とりあえず、拾肆章をどうぞ、おあがりください。
「おや? 警戒されているみたいだね。ショックだなぁ、初対面の人間にそんな態度を取られたのは……わりと頻繁にあるな」
眉目秀麗が服を着て歩いている様な見た目に、へらへらと軽薄な笑みを浮かべる鳴田氏は掴み所が無く、味方だと言われても敵だと言われても、何方もすんなりと納得出来てしまいそうだった。
「警戒もするさ。その声は
「声? ああ、気にしないでくれよ。これは自前さ。キミが声変わりする前からこの声だし、キミが能力に目覚める前からこの声だ」
「……僕の能力を知っているのか?」
訊ねてはみたが、正直其処までの驚きはなかった。僕が普段は能力を使わず、他人に話す事が無いとしても、僕が異能力者である事を知っている人間は皆無では無い。情報屋と言う位だからな、どうにかして調べたのだろう。
「キミに合わせるなら、『俺は何でも知っている』と言ってやりたいけど、残念ながらキミの能力の全てを知るのは、俺の能力をもってしても難しいんだよ。だから、『何でもは知らないよ、知っていることだけ』と答えておこうか」
「僕の何に合わせたのかは知らないが、
「嘘を言っちゃあいけないな。キミの周りには
……藍空に亘に新樹に……確かに何人かいるな。僕の妹達も
「しかし、僕の人間関係まで把握してるなんて、流石は情報屋といったところか。さっき、能力と言っていたが、そういう異能力なのか?」
「……俺の能力は今いる市町村集落で現在起こっている事、過去に起こった事が全部分かるんだ。『世界の中心、鳴田さん』って呼んでるんだけど、なかなか浸透しないんだよねえ」
能力名に自分の名前を入れてしまうのは如何な物だろうかとは思う。しかし、其の街で起こっている全てを知る事など可能なのだろうか? 事実かどうかは少々怪しい所だ。
「おや? 疑っているね、じゃあ、キミの関係者に直近で起こった事を教えてあげるよ。特別にタダだよ」
いや、別に頼んではいないんだが……。僕の物言いたげな表情に気付いていないのか、それとも気付いた上で無視をしたのか、能力を発動する鳴田氏。目を見開いて虚空を睨んだかと思うと、
「今から一時間ほど前、キミの友人の亘航君が同じくキミの友人の猪上堅二君を押し倒した」
「
「冗談冗談。これは一昨日の話だから、直近の出来事じゃあないな」
「押し倒したのは!? 押し倒したのは事実なのか!?」
本当に何があったんだよ!? そんな藤咲やら左藤やらが喜びそうな展開は求めてないぞ!! しかし、藤咲は兎も角として、左藤の奴は雑食すぎるだろ。妹萌えの話をした直後に、
「そうだね、君達が喫茶店『風見鶏』で頼んだメニューでも当てようか?」
「もう、それでいいよ……」
「そいつは結構。西緒君がミックスサンドとブレンドコーヒー、鷹橋さんがブレンドコーヒーのみ、蒲池さんがナポリタンの大盛りとブレンドコーヒーだ」
「お、大盛りとか、わざわざ言わなくても良いんじゃないか?」
鳴田氏の言葉に、今迄黙っていた蒲池さんが反応する。女性としては大盛りを頼んだ事を言われるのは恥ずかしい様だ。僕としては、沢山食べる女性と言うのは好感が持てるのだが。寧ろ、玩具みたいな弁当箱で昼食を摂っている女子を見ると、もっと食べても良いんだよと言ってあげたくなる。
恥ずかしそうに顔を紅くする蒲池さんを見て、鳴田氏がニヤリと嗤う。何やら嫌な予感がしている僕を余所に、鳴田氏が揚々と口を開いた。
「……その後、此処に来るまでに二時間もかかった理由は、蒲池さんが財布を落としたからだね。異能力のデメリットかと思うくらい見事な不幸っぷりだよ。見ていていっそ清々しい! 財布を落とすことになった原因は、ズボンのお尻のポケットに穴が開いていたことだね。ちなみにポケットが破けていただけじゃなく、実はお尻の部分も少し破けているようだね」
なんだと……!? 赤面して両手をお尻に当てる蒲池さんを尻目に、僕は鳴田様の御言葉を傾聴する姿勢に入る。
「そこから少しだけ、注意して見ないと分からないくらいに、ほんの少しだけ下着が見えていてだね、本日の蒲池さんの下着の色は……」
「下着の色は!?」
食い気味に反応した僕に対して、鳴田氏が口を
僕が視線で訴えるのに対して、鳴田氏は口を閉じた儘で動かない。よく見ると、其の視線は僕では無く、僕の後ろに固定されていて、顔色も蒼白になっており、額には汗が浮いていた。此の飄々とした男が此処まで動揺するとは何事かと思い、僕は後ろを振り向くと其の儘硬直した。恐らく、今の僕は鳴田氏と同じ表情になっているだろう。何故なら其処には、
「……次は車椅子じゃなくて、病院のベッドから動けなくしてやろうかァ……?」
夜叉般若と化した蒲池さんが立っていたからだ。其れを見た大の男二人が、速やかに土下座に移行したのは言う迄も無いだろう。ちなみに、鳴田氏は腕の力だけで飛び上がり、着地してからの土下座、所謂
謝り倒し、宥め
「……ところで、さっきの蒲池さんの言葉だけど、鳴田さんが車椅子なのは蒲池さんが原因なんですか?」
其の質問に答えたのは、蒲池さんでは無く鳴田氏だった。
「まあ、ちょっと前にでっかい喧嘩をしてね。その結果がこのざまさ。軽くリハビリをするだけで歩けるようにはなるんだけど、戒めとしてこのままにしてあるんだよ」
喧嘩で相手を車椅子生活にしてしまう蒲池さんに戦慄しつつも、其れを他人事の様に話してしまう此の男にも僅か乍ら畏怖を感じた。……とりあえず、蒲池さんは怒らせない様にしようと心に誓いつつだ。
「ちなみに、上の倉庫がボロボロの廃倉庫になったのも、その喧嘩が原因さ」
驚愕の表情で振り返る僕に、気不味そうに苦笑し乍ら頬を掻く蒲池さん。……本当に怒らせない様にしなくては……。
彼等が言う所の
「大丈夫大丈夫、大体の事は把握しているからさ。『横浜連続暴徒事件』……ね。実は口止めされてて、多くは語れないんだよね」
「口止め? もしかして、犯人を知っているのか?」
「認知しているのかと言う意味でなら知っているけど、面識があるのかと言う意味では知らないよ。口止めしてきたのは犯人とは別の人物だからね」
「それは誰なんだ?」
「おいおい西緒君、俺だって情報屋の端くれだよ? 情報漏洩は万死に値するんだ。それとも、キミ達の正義感のために、俺に信用と職を無くせって言うのかい?」
そう言われると口を噤むしか無くなる。僕等が仕事で此処に居る様に、彼だって仕事で情報の売り買いをしているのだ。情報屋と言う位だ。情報を流したり渡したりする事だけで無く、秘匿隠蔽、時には抹消するのも仕事の内なのだろう。其れが彼の生き方だ。其れを僕達の都合で否定する事があってはならない。喩え其れが、けして褒められた行為では無いとしてもだ。しかし、頭では理解をしても、心では納得しないと言う事は多々ある物だ。僕が其処を何とかと、頭を下げようとした時、蒲池さんが鳴田氏に食って掛かっていた。
「傷ついている人がいるんだぞ! 罪の無い人が苦しんでいるのに、お前はそれを見過ごすのかよ!?」
「ああ、見過ごすね。それが、人間の選択である限り、俺はそれを尊重する。その結果がハッピーエンドでもバッドエンドでもだ。貴女は俺がそういう人間だって知っているはずでしょう?」
「……しかし、早合点は良くないな。俺はこう言ったんだよ、『多くは語れない』と。つまりは少しは話せる事があるってことさ」
平生の通りの軽薄な態度に戻った鳴田氏は、へらへらとした笑みを浮かべた儘でそう言った。
「そ、そっか……すまないな……」
「いやいや、気にすることはないよ。なんたって、俺と貴女の仲じゃあないか。貴女のそんな所も愛せるよ、俺は」
……今、何か聞き捨てのならない事を鳴田氏が言った様な気がするんだが。
「あ、あの、蒲池さん……? もしかして、お二人は、そういう……?」
「なっ――!? ち、違う違う! そんなんじゃないよ!! お前も、誤解を招くような言い方するなよ!!」
真っ赤になって否定する蒲池さんと、肩を竦めて苦笑するだけの鳴田氏の対比が実に印象的だった。何だか、小学校時代の「お前○○のこと好きなんだろー!」「ばか! べつに、あんなやつ好きじゃねーよ!」みたいな感じになってしまった。まあ、僕の小学校時代は友達が多くなかった――居なかった訳では断じて無い――為、そう言った遣り取りをした事は無いのだが、そう言った遣り取りは大体の場合、
「安心してくれて良いよ西緒君。俺は特定の誰かを愛している訳ではないから。桜場さんだって、鷹橋さんだって、当然、キミだって平等に愛しているさ」
「博愛主義って奴か?」
「まあ、似たようなものかな。俺は人間を愛しているのさ。大好きで大好きで大好きで大好きでたまらないんだ! だから、いつまでも俺が愛せるキミでいてくれよ」
……一体どう言う意味だろうか。其れではまるで、一歩間違えば、僕が
――コホンと、小さな咳払いで我に帰る。隣を見ると、困った様な表情を浮かべる蒲池さんと目が合った。
「あー……とりあえず、話を戻さないか?」
同感だ。其の意を籠めて首肯する。此の鳴田良悟と言う人物は、嘘こそ吐かないものの、どうやら
「……さっきも言った通り、多くは語れないよ。というより、一つだけだ。たった一つだけ、俺が今から言う場所を調べてくれ」
そう言うと、ニヤニヤと言うかニタニタと言うか、非常に厭らしい笑みを浮かべる鳴田氏。勿体振る様に黙ること十数秒。妙に長く感じた其の時間の後に、彼が言葉を発する。
「……第三
第三穂綿学園……今、其の名前を聞くことになるとは思わなかった。
「キミにとっては馴染み深い名前なんじゃあないのかい、西緒君?」
馴染み深い何てもんじゃない。良い思い出も悪い記憶も、全て其処に置き棄てて来たのだから。
第三穂綿学園。大丸山の中腹に存在する中高一貫教育の公立校で、附属の大学も存在する。此の辺りでは五本の指に入る名門進学校だ。山を切り崩して作った巨大な学校で、生徒数は千人を超える。
――そして、此の僕。西緒維新の母校である。
なんとか恒例にしていきたい謝辞のコーナー。
有部理生さん、草柳さん、まりもさんさん、テレビスさん。高評価ありがとうございます!
お陰さまで何とかかんとかやれてます。そろそろ、ちょっとは、少しは、ミリ単位くらいは人気になってきたと自惚れて良いでしょうか? ダメですか? ……頑張ります。
hisashiさん。返信にも書きましたが、毎度誤字報告ありがとうございます。助かっています。いや、本当に助かっています!
和泉マサムネ先生が、「俺みたいな弱小ラノベ作家は次々新作を出していかないと忘れ去られてしまう」みたいな事を作中で言ってましたが、じゃあ僕みたいな弱小二次創作作家は? 一ヶ月も開けたら存在否定でしょうか? とこの一ヶ月ビクビクしてました。皆様が読んでくれて一安心です。これから、書き溜めを作っていかないと、また一月後に更新とかになりかねないので頑張って書いていきます! だから見捨てないで!(切実