彼女は荒野に立ち尽くしていた。辺り一面、見渡す限り何もなく、荒れた土だけがあり、文明も生物も何も其処には見当たらなかった。
かつて、此の場所は荒野などではなかった。森林伐採だとか、酸性雨だとか、そう言った環境破壊の話ではない。そんなに何年も、何十年も時間の掛かる話じゃない。ほんの数十時間前、つい昨日まで、其処には街があったのだ。老若男女あらゆる人間が、集合住宅や戸建に店舗様々な建物が、車が、野鳥が、虫が、花が、街路樹が、線路が、電車が、野良犬や野良猫、または
彼女が乗り捨てた自転車の車輪が、カラカラと乾いた音を立てる。前籠は歪み、塗装は剥がれ、所々錆び付いた自転車は、荒野の中にあって唯一の文明機器となっていた。呆然としていた彼女は、ヨロヨロと、年若い女性に似合わない老婆のような動きで歩き出した。
しかし、数歩も行かず座り込んでしまう。彼女は泣いていた。音を立てず、声を上げず、表情を歪めることなく、ただただ涙だけを流し続けた。それはまるで、彼女という存在を構成する何かが止めどなく溢れ出しているようであった。其の涙が止まったとき、かつて此処にあった街と同様に消え去ってしまうのではないかと錯覚してしまう。
「……守れ……なかったのね……」
途切れ途切れにそう呟いた時に、彼女の表情が初めて歪む。其処に浮かぶのは喪失、悲痛、そして後悔。
そして、彼女は叫ぶ。守れなかったものを愛しい者の名前を。やがて、声が嗄れるほど叫んだ彼女は、力尽きたように崩れ落ちる。何もない荒野に横たわり、涙を流す。もう、其の顔には何の表情も浮かべてなかった。
「私は……間違えたんだ……」
彼女は倒れ込んだまま、肩から提げていた鞄を探ると、中から何かを取り出した。其れは
「…………呪われろ…………」
小さく呟くと、その白く、細く、美しい首筋に、勢い良くナイフを突き立てた。其の動きに躊躇いはなかった。まるで、そうすることが当たり前のように自身の生命を投げ捨てた。
鮮血が辺りを濡らす。 何も描かれていない
目を瞑り、息絶えた彼女の口許は、
微かに、自嘲するように、