狂女戦記 作:ホワイトブリム
エステルの命は風前の
誰も見舞いに来ないと思っていたが一度だけの会話しか交わしていないレルゲン少佐が訪れた。
「内臓破裂による出血が酷く、今日明日が山かと」
治療を担当する医療班がレルゲンに報告する。
素行の悪くない小さな少女に対する理不尽な暴力は帝国兵士としては恥だ。
速やかに加害者を捕縛し、厳重な罰を与える事を眠れるエステルに報告する。
「このまま目覚めなければ二階級特進だな」
軍の規律を曲解する
とはいえ、子供を徴兵する帝国もどうかしているのだろう。だからこそ責任は大人にあると思う。
年端も行かない子供を下らない理由で死なせるのは情けなくて涙が出る思いだった。
そんなことを考えているとエステルの目蓋が開いた。
「起きた……、のか?」
「……レルゲン少佐殿……、恐縮であります」
敬礼しようとしたが腕が動かなかった。
少女の言葉にレルゲンは返礼する。
「気をしっかり持ちなさい。帝国の医療は世界一だ」
大きな声にならないように優しく語りかけた。
「……ご心配……には及びません。演算宝珠……の力を以ってすれば……たちどころに……」
「演算宝珠に癒しの力があるのか? いや、たとえあったとしても完治には至らないはずだ」
確かに様々な魔法を行使するとはいえ未だに研究が進められている謎の技術だ。
だが、エステルは帝国が開発した
鍛錬を重ねる上で行使できる事は確認していた。問題は何所までの位階とどんな魔法が使えるのかに長く手間取った。
帝国から支給された演算宝珠の起動で一気に情報が流れ込んで具合が悪くなったが、その中に魔法の一覧表のようなものがあった。そして、それとは別に使用できる武技も。
尋常ではない数だったのはデウス様の
ちょっと、というかかなり多くて困るんだけど。
魔法や
獲得している
いくら演算宝珠でも小さな身体に許容できる絶対量が多すぎては壊れてしまう。精神とか、内臓とか。
安易な力の獲得ほど怖いものは無い。これはスレイン法国の教義にもある事だ。
管理できなければ自滅してしまう。かつて自分が漆黒聖典を裏切ったように。
能力の過信は自滅を招く。
★ ★ ★
エステルは自分が獲得した魔法の一つを発動しようとした。
何事も急激な飛躍は怖いものだ。
第一から第二、第二から第三へと位階を上げていく。
「〈
信仰系第三位階の魔法だが内蔵損傷を即座に治すほどの力は無い。ただ、かなり痛みは軽減されるはずだ。
本来ならばもうすぐ八歳児になるような幼女が第三位階を行使するなどスレイン法国であっても『天才』か『巫女』候補に位置する事態だ。
魔法体系そのものが違う世界。だが、その二つが融合すればどうなるのか。
互いに干渉し合わず。補い合えば不可能を可能にする魔法の更なる発展に繋がるかもしれない。
「今のはなんだ? 手が光ったようだが……」
通常、魔法を行使する時に光るのは演算宝珠だ。
レルゲン少佐は手が先に光る、という初めての現象に驚いた。もちろん、魔法にはあまり詳しくないけれど、報告書で知りえていた内容を思い浮かべてみたが自分の記憶に無い現象に思える。それと気付いたが演算宝珠が輝いていない。そんな事がある得るのか、と。
色々と不確定要素があるような気がしたので後で質問状を送ってみようかと思った。
二回ほど魔法を行使した後、身体が楽になったのかエステルは静かに眠りに着いた。
「……顔色が良くなっているように見えるのは錯覚じゃないだろうな」
瀕死だったはずの血の気の無かった少女の顔に赤みが差してきた。早速、医師に検査を依頼する。
つい数分前まで絶望的結果を伝えていた医師が驚くほど、
それでも失った血液が戻ったわけではないようで貧血気味のエステルは食事療法をしながら勉学に勤しむことになった。
奇跡の復活と呼ばれはすれど昇進するわけではない。
退院後、軍隊教育を中心に学び、半月後から鍛錬を再開するまでに回復した。
信仰系の魔法とはいえ戦闘に役に立つほど強力ではない。軍隊全てを強化する画期的な兵器でもない。
エステルは魔法より身体を動かす事が得意な学生なので頭脳労働に関してはなかなか伸び悩んでいた。
「成績だけ見ると子供らしいのだが、代わりにデグレチャフ二号生は大人顔負けだな」
「成績は優秀ですが肉体面はさすがに
後れを取らない方が驚愕する事態だ。
帝国兵士の沽券に関わる。子供に負ける大人が居ては他国の笑いものだ。
「そういえば、料理に関して問題があったらしいが、それはどうなった?」
「はっ。劣悪な環境で育った為に肉料理を受け付けない、というものですね」
聞いた内容が真実であるのならばとても口に出せないものだ。
それゆえに理解は出来るのだが血肉を作る上でエステルにはしっかりと食事を摂ってもらいたかった。代わりにデグレチャフは平然と出された食事を平らげている。
最初こそは拘束してでも無理に食べさせようという案があったが、今は自主性に委ねている。
「もっと細かく液状にでもして流し込むしかないか」
特例としてエステルの料理は特別製にしてもらえないか上層部に打診する。もちろん、予算内に済む方法で。