狂女戦記   作:ホワイトブリム

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 act 45 

 

 撮影の仕事が終わったが問題の映像が検閲に掛けられれば公開は()()()()されない。それどころか査問委員会に引っ張られる可能性すらある。

 それでもエステルなりのプロパガンダ映像として理解されれば口頭による厳重注意程度で済むかもしれない。

 本当は全身を切り刻む予定だったと後で聞かされた監視員は震え上がった。

 では、それをなぜしなかったのかと問われたエステルは本当に子供らしく恥じらいながらにこう言った。

 

「……さすがに……、やり過ぎかなと思って……」

 

 両手を後ろで組んで足をもじもじさせて視線を逸らす仕草。

 そこだけ見ればあの凶行に至ったエステルと同一人物だと誰が信じられるのか。

 演技が上手いと言うべきなのか。大人として頭でも一発殴って叱り付けるのがいいのか判断が付かなかった。

 

「いやでも……、国内向けにプロパガンダを流すならインパクトは……、あった方がいいかなと……」

「我々はインパクトを受けましたよ。ですが、それが正しい方法だとは限りません」

 

 いや、それこそが正しい方法かもしれない、と思わせる事には成功したと言える。

 軍人としては間違っていない。けれども可愛らしい少女としては残念な結果だ。

 戦争中だから綺麗な映像は逆に不謹慎と取られるかもしれない。そう考えればあながち(まと)外れではないともいえる。

 何とも判断に困る事態だ。

 とにかく撮るべき映像の仕事は終わっていたので撮影係りとしてはあまり深く踏み込みたくなかったのか、そそくさと退出していった。

 血まみれの衣服は当然、処分するしかない。

 戦士として活動していたエステルにとって可愛い服は嫌いではないけれど、今は好んで着たいとは思わなかった。

 

 女の子らしい自分というものが想像出来なかった。

 

 極論的にはそういう事だと思った。

 前世の記憶を持ち、武器を持って戦場を駆け巡る幼女に女の子らしさを求められても困る。

 でも、それが嫌かと言われれば否と今の自分ならば答える自信がある。

 折角貰った第二の人生だ。

 手放すには惜しい。今はただそれだけを胸に秘めておくことにする。

 

          

 

 撮影の仕事を終えた後、軍大学に進学する事になっていた。

 勉学はどうしても必要だし、軍事行動を客観的に学ぶ上でも大事な事だ。

 幼女だから適当な幼年学校に入れればいい、という話しではない。

 軍事機密を持った幼女だ。その扱いは繊細でなければならない。

 

「……勉強は苦手だもんな……」

 

 敵は見つけたら殺せ。六大神を崇めよ。などという分かり易い教義で育ったせいで細かい歴史とか習った記憶が無い。

 戦士は頭より身体で学ぶもの。それはエステルとて例外ではない。

 それがこの世界では自分の常識が殆ど通用しない。だからこそ新しい知識に溢れたこの世界はとても好ましい。

 陰に隠れて殺人に勤しむより、命令されて敵地で暴れるほうが効率がいい。

 時には傀儡になる事で気が休まる。

 戦場から離れてしばしの平穏な日々が訪れたわけだが、元々の学が無いので現地の様々な知識を詰め込めるだけ学ぶ。

 軍事面は聞き流すように務め、基本的な知識を平行して得るのだが労力が倍以上に(上が)り、時には熱を出して寝込むこともある。

 気が付けば一週間に二度以上は医務室に厄介になっている。

 

「……おおぅ……、頭が痛い……」

 

 不眠不休で知識を詰め込みすぎたせいか。それとも周りの人間達に遅れないように焦り過ぎたか。

 知識欲は人並みにある方だと自負していたのだが、無茶が過ぎた。

 戦場とは違い、事務作業は意外と(こた)える。

 

「寝不足と過労をその歳で発症するとは……」

 

 と、医務室の先生に驚かれた。

 見た目は幼児ですが中身は四十過ぎのババァですよ、と言っても信じてもらえる筈がない。

 精神年齢は実年齢とは言えないかもしれないけれど、クレマンティーヌとしての人生はそれなりに長い。

 頭脳労働もばかには出来ない。それがよく分かった。

 そんな生活を気が付けば一ヶ月も続けていた。

 簡単な国の歴史は頭に入れたが吐き気が酷い。体調が安定するのに更に一週間以上はかかった。

 

「エステル君。君はいつも顔色が悪いな」

 

 声をかけてきたのは同じ教室で勉学に勤しむ『クリスタ・ヴォート』学生だ。

 男性軍人が多く、個性的と言えるほどの人間が見当たらない。

 大まかに軍人は民間と貴族の二つに分かれる。

 クリスタは前者で志願兵の一人だと思われるがエステルは詳しい事までは分からなかった。

 彼は年齢で言えば二十代を少し超えていて、容姿や背丈などはほぼ平均的。

 エステルのような極端に若年である者はデグレチャフを除けば居ないかもしれないほど少数だ。

 

「覚える事が多くて」

ご大層な勲章(銀翼突撃章)を持つ君でも勉学が苦手とは……。世の中は不思議で満ちているようだ」

 

 偉業を成し遂げた者は勉学も優秀である、という風潮があるのかもしれない。けれどもエステルはそこまで都合のいい知能を持ち合わせていないことを自覚している。

 幼年から駆け足で短期間で習熟する無茶で身体を壊しているけれど、本来ならば遊びたい盛りの子供だ。

 とても軍人になるような年齢ではない。

 魔力を持つがゆえに兵士に志願したのはデウスの命令があったからだ。

 この世界に転生してくれた者の頼みを断れば自分の命などあっという間に消えてしまう。だからこそ運命に抗えない。

 命令は必ず完遂する。その気持ちは今も持っている。

 デウスには第二の人生を貰った恩があり、それに報いる気持ちもある。

 ただし、遂行する方法だけは好きにさせてほしい。

 不完全な今の状態では命令を完遂した後、あっさりと処分されそうなので。

 従うからには要望を聞いてもらいたい。これはエステルなりの妥協である。

 

          

 

 図書館と教室を往復し、時には食事療法も(おこな)う。

 転移とは違い、現地の人間として生まれた弊害はなかなかに改善されない。

 何度かの試験を終えた後、故郷(ふるさと)に帰郷する事にした。

 といっても古びた教会しか知らないけれど。

 あれからまだ一年くらいしか経っていない筈だ。未だに存在し続けているのならば、様子くらいは見ておきたい。

 一応、上層部に何人かの下士官を引き連れる許可を得る。

 ついでに汽車や車の手配も頼んだ。

 

「………」

 

 戦争真っ最中の祖国において安寧できる場所は帝都に近い地域くらいで、周りは敵国に囲まれているせいで土地が荒廃している。

 それでも住む場所のない者は我慢して居座り、生にしがみつくしか出来ない。

 少しでも良い暮らしが出来る事を夢見て、痩せた土地を開拓する。

 軍の上層部は祖国の土地にあまり関心がないのか。兵站状況の改善策に意外と消極的だ。

 それとも別の理由があるのかは分からないが、今のままでいいはずがない。

 

「エステル中尉。先ほどから何を書いておられるのですか?」

 

 『ローラン・ヘルダーリン』学生。階級は少尉。

 今回の旅に同行してもらう男性の一人だがエステル直属の部下という訳ではない。

 他にも数名が控えている。それぞれ自分たちより年下の子供にしか見えない相手のお世話係を仰せつかり、気持ち的には面白くない者も居る。

 ローラン学生は興味本位が大きいので嫌な顔は見せていない。しかしながら命令を受けてエステルを見かけた時はさすがに驚いていた。

 

「兵站状況の改善案だ」

 

 食べ物がとにかく貧相。このままでは兵士の栄養が足りず、長期の戦闘は無謀としか言いようがない。

 せめて田畑の改善だけでも可及的速やかに(おこな)ってほしい。そういう気持ちで色々と書類をまとめていた。

 敵から奪うだけでは一時的で終わってしまう。

 

「不味い料理は食べたくないし、身体が資本の兵士稼業にとって死活問題だから」

「ビールとソーセージだけで満足できないと」

 

 エステルの場合はチョコレートと牛乳だけで充分ではないか、という不謹慎な事が浮かんだが言葉には出さない。

 彼女は自分達より階級が上なので。

 迂闊な発言はたとえ子供だとしても上官侮辱罪に問われる。

 それに銀翼突撃章持ちだ。軽はずみな事は汽車の中であっても出来はしない。

 


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