狂女戦記 作:ホワイトブリム
昨日の今日で万全とは言いがたい体調に軽く舌打ちするエステルに拠点で準備を整えていたユースティス・ベルリッヒ伍長ら三名は心配の眼差しを向けていた。
先ほど、互いの小隊長が顔を突き合わせて一触即発の雰囲気を感じたが何もなくて安心したと思っていた矢先の舌打ちだ。
何か不満でもあったのではないかと。
「や、やはりデグレチャフ少尉に何か言いたい事があったのではありませんか?」
「んっ? いや、別に」
と、あっさりした解答が返ってきた。
「昨日の戦闘に参加できなくて悔しいなって思っただけだよ」
と、半分はそうなのだが、残りは憑依した天使への憎しみだ。
仕事の邪魔をされるのが我慢ならない。
特にやる気を出して意気込んでいたところだった。大変に腹立たしい。しかも負けてしまった。
硬い身体だったがスティレットは無事だったので安心は出来た。
「……そういえば私の下半身とかどうなったんだろうか?」
聞いた話しでは治癒魔法の行使で消えるはずの肉体が残っていた、らしい事を聞いた気がした。
肉体が欠損した場合の再生では、離れた部位はたちどころに消える筈だ。スレイン法国ではそう教わった。
それがこの世界では残るらしい。原理は分からないけれど、そうであるならば離れた自分の肉体はどうなったのか、少し気になる。
「死体処理に回されたのではないでしょうか?」
「貴重品などは回収済みと聞いています」
ズボンに大事なものは入っていない筈なので処分するのは構わない。しかし、残るのであれば変な事に使ってほしくないな、と思う。
一応、女の子なので。
「……
鈍重そうだと油断した自分が悪いけれど。
最後に繰り出された一撃。あれは確かに見えなかった。
蹴りだと思うけれど、見かけによらないモンスターの強さの一端というものか。
武器の都合上、接敵戦闘しか出来ないし、幼く小さな身体では対応に限界がある。それでも
モンスター退治は元漆黒聖典の仕事でもあったし、意地もある。
「……折角意気込んで楽しみにしていたのに……」
二個中隊を一人で撃滅します、と宣言してこの結果だ。
とても恥ずかしい。
一日経てば敵も警戒して小隊規模の散発的な戦闘になるかもしれない。それでは折角の宝珠の見せ場がない。
「……しかし小隊長」
「んっ?」
「半身からの再生ですが……。身体の栄養はどうなるのでしょう? 無理矢理の復活では身体が薄まるような印象なのですが……」
身体全体の栄養の半分をいきなり消失し、再生の為に更に半分の栄養を使った、とすれば今のエステルは栄養失調気味になってもおかしくない。
確かに言われて気づいたエステルだが
万能の魔法とはいえ実際は深刻な事に陥っている可能性は否定できない。
集合時間までに無理に食事をしても具合が悪くなるだけのような気もしないでもない。
「……では、伍長諸君。小官の為に食料を手に入れて来い、と言ったら集めてくれるか?」
「勿論です! お任せ下さい!」
「少しだけ待っていて下さい!」
「強引な強奪は控えるように。食べてすぐ身体に栄養が行き渡るわけではないので」
「はっ!」
三人は見事な敬礼を自分達の小隊長に見せて駆け出す。
自分の部下だと今更ながら思い出すが、こういう活用に使うものなのか少し疑問に思った。
★ ★ ★
集合時間までに融通してもらった食料を荒々しく食べたりはしないエステル。
いつ
例えるならば何処かの令嬢かお姫様といった印象だ。
だが、エステルからすれば証拠を残さない。周りに気付かれない静かな食べ方をしているだけだと
これが数時間前まで血まみれ姿の瀕死状態だったと誰が信じられるのか。
ふっくらした金髪ボブカット。愛らしい赤みの瞳。
身体は栄養失調気味という事で細身だが誰が見ても可愛い娘と評するほどだ。
その小さな身体は化け物に決して恐れを抱かず、果敢に攻め立てる獰猛な獣の如し。
武器を持った彼女の近接戦闘は大人にも負けない胆力を持つ。
その反面、射撃と学力は平均より下というところが微笑ましい。
「……改めて思いますに……、小隊長はそのお歳でどれだけの修羅場を経験されてきたのでしょうか?」
ヴェルリース・ポウペン伍長が静かに食事しているエステルに尋ねた。
食事中の質問に対して殺気を振りまく事はしないエステルだからこそ尋ねられた。
今まで彼女が怒った場面は先の戦闘以外では殆ど見かけないのではないか、と思われる。
言葉を出す時はちゃんと口を拭う。
「とってもたくさん」
にこやかに答えるエステル。
「……少なくとも君たちよりはたくさんだ。……次の戦闘で邪魔が入らなければ私の戦闘を存分に拝ませてあげるよー」
口が横に一気に裂けたのではないかと思わせるほどの邪悪な笑顔に変化し、伍長達は言い知れない恐怖を感じた。
つい一瞬前まで可愛らしい幼女だった筈のエステルが悪魔に魅入られた、または悪魔そのものに変化したのではないかと錯覚してしまった。
「……は、はぁ……」
今の顔は何だ、と三人は冷や汗を感じつつ改めてエステルを見直す。
そこには先ほどの邪悪な笑みは無く、至ってごく普通の幼女が居た。
自分達が年上である事で多少は侮っていたところはあるかもしれない。とはいえ、そうであっても汗が止まらない状況は何なんだ、と自問する。
「そうそう。武勲目当てに君たちをどうこうするつもりはないよー。折角の部下は大切にしなきゃ、色んな人に怒られてしまう。そんなに厳しい命令はしないけれど、自分の身は出来るだけ自分で守れるようにね」
「は、はいっ!」
三人は知らず知らずの内に席を立ち、敬礼する。
逆らえば殺されると身体が感じたのかもしれない。あるいは生物としての生存本能か。
「今は休憩時間だから、そこまで緊張しなくていいよ。ところで君達は食事は済んだの?」
「はい。お先に済ませておきました」
エステルが最後だという事だ。
予定時間まであと少しと迫っているので、身体に必要な分を取り入れた後は戦場へ気持ちを切り替えるだけだ。
殺しを堪能する為ではない。
安易に殺されないようにする為だ。