狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#038

 act 38 

 

 急激な失血の為、意識が戻ったのは数時間後になったエステルは頭痛に耐えながら目蓋を開ける。

 側に居た看護兵(メディック)治癒魔法を使うように勧められ、言う通りにする。その間に看護兵(メディック)は報告の為に席を外す。

 

「………」

 

 余計な戦闘でどんなお咎めを受けるのか、それを思い出し、エステルは顔を青くする。

 つい調子に乗ってしまった。

 演算宝珠の力に過信したツケか、と。

 色んな人に迷惑をかけてしまったんだろうな、と後悔の念が襲ってくる。

 

 あの智天使(ケルビム)は次は確実に倒す。

 

 という強い決意を固め、再戦するまで銃殺刑にならないようにデウスに祈る。

 武技(ぶぎ)の使い過ぎで軽い頭痛があるようだが、一日一杯休めば治るかも、という軽い気持ちで一息つく。

 翌日には全快してオイレンベルクの元に訪れるエステルに一同が驚愕する。

 あまりにも驚かれたので新しく支給された制服がおかしいのか、いつも付けている銀翼突撃章が無いせいか。などと、色々と自分の身体を確認する。

 勲章は誰かが持っている筈だが、無くしていたら現場に戻って探すしかないけれど。

 

「……よくあの状態から復帰できたな。というより普通に戻ってくるとは思わなかったぞ」

 

 一日しか経っていないし、昏睡状態からの復帰と言えば早くて数日。悪くて数ヶ月以上が一般的のような気がした。それがたった一日で平然と自分の目の前に立っているのだから。

 昨日の死闘は集団催眠の術式でも使われたのか、と他の魔導師達に尋ねたくらいだ。

 

「そうですか? どういう状態になっていたのか良く分かりませんが……。それと勲章を無くしたみたいなんですが……」

 

 と、言うと隊員の一人が(うやうや)しく銀翼突撃章をエステルの目の前に持ってきた。

 新しく授与します、というような雰囲気を感じた。

 

「小官が大切に預かっておりましたっ!」

 

 元気よく答える声にエステルはびっくりした。

 

「そ、そうお? ありがとう」

 

 受け取った勲章は溶けておらず、無事である事が確認できて少し安心出来た。

 それと戦利品はどうなったのか、ついでに尋ねてみた。

 

「ああ、あの変なは厳重に保管している。貴官が良ければ研究室に回したいのだが……」

「……研究室……。一度は手にとって確認させて……。いえ、上官の命に従いたいと思います」

 

 少しでも戦線離脱の罪が消えるなら安いものだ、とエステルは苦渋の選択を選んだ。そのせいか顔はとても悔しそうに歪む。

 今にも泣きそうな顔にオイレンベルクには見えて、つい苦笑する。

 気持ちは正直だな、と。

 

「今は作戦行動中ゆえ、のんびりと戦利品を眺めさせるわけには行かないが……。激闘の戦利品だ。貴官の意思を尊重する事を約束する」

「ありがとうございます」

 

 敬礼しながら礼を述べるエステル。

 それだけ見ると何の不思議も無いのだが、オイレンベルクは疑問に思っていた。

 エステルの後ろで()()()()()()()()()デグレチャフに何か言う事はないのか、と。

 正確にはデグレチャフ魔導少尉だけではなくエステルの部下や他の兵士達も同様ではあったけれど。

 一様に思う事は一緒だとレーオンハイト・ツー・オイレンベルク中尉は感じた。

 

 何故、平然と復帰できるんだ、と。

 

 上半身だけになって瀕死の重傷だった人間がだ。

 いくら治癒魔法とはいえ普通は死んでいて当たり前。いや、復活してきたのは脅威だが、と冷静になってきた筈のオイレンベルクも混乱してきた。

 

「……まさかとは思うが……」

 

 と言いながら、部下はきっと『それ以上は突っ込まないで下さい』と無言の嘆願を寄せているに違いないが、言わずにはいられない。

 自分は多くの部下を抱える中隊長の任を預かるのだから。

 

「今日にでも出撃する気なのか?」

「はっ。任務の遅れは一大事ですので。動ける内は働きます」

 

 素晴らしいくらい模範的な返答。というよりは真面目人間と言った方が正しいか。

 言い分は理解出来なくは無い。しかし、本音としては数週間は安静にしてほしい。本来ならば看護兵(メディック)などが言う事で、それを自分(オイレンベルク)(たしな)める所だ、一般的な流れでは。

 今回ばかりは中尉自身が部下に休養をどうしても与えたくて仕方が無い。それくらいの酷いケガだった。

 何も知らない上層部ならば治ったのなら出撃させたまえ、と平然と命令するところだが。

 

「……デグレチャフ少尉」

 

 ふと、同期の彼女に声をかけてみた。すると彼女は身体を一瞬だけビクっと震わせた。

 声をかけないで下さい、と訴えているように見える。

 だが、残念ながら上司は悪魔だ。

 

「君の同期は……。化け物かね?」

「……おそらく。小官が事務方に専念したくなるほどの戦闘狂だと判断いたします」

 

 デグレチャフはこっそり自分の希望を混ぜ込んで返答する。

 もちろん、事務方は願ってもない部署だ。

 後方支援に回してください、と今なら声に出したいくらいだ。

 

「……本人の意思は尊重する、とか言ったが……。本音を言わせてもらえれば……、何故、休まない?」

 

 と、改めてエステルに向けて尋ねてみた。

 

「はっ? あまり長く休んでいては戦闘能力を疑われて……、何かの罰則があるのでは、と……」

「兵士を死ぬまでこき使う非道な組織ではないぞ。……いや、実際に死ぬ兵士は居るが……。ケガをすれば撤退させている。君達に救援任務だって与えている」

 

 復帰できそうに無い兵士に退役だって認めている。両腕の無い人間に銃を握れ、とは言えない。

 寛容のある国だ、と思う。もちろん、命令遵守は時に非道だが。

 だからこそ、休め、と大声を張り上げたいところだった。だが、いかんせん。戦況は逼迫(ひっぱく)している。

 一人でも戦える兵士はありがたいし、エステルの復帰は決して小さくない希望だ。

 それとも彼女は復帰しない事で何かの罰則でも食らうと思っているのか。

 命令違反の戦闘行為は確かに該当するかもしれない。

 それは正体不明の化け物相手でなければ指摘するかもしれない。だが、自分達は目撃してしまった。

 尋常ならざる化け物相手に奮闘していたエステルを。

 黙って見逃せば良かったのか、という判断は自分には出来ないし、出来る限り迎撃できれば良いに決まっている。

 よく戦ってくれたと誉めてやりたい。

 

「私からは是非とも休息してくれと言いたいところだ。一日とは言わず三日……。本来なら復隊など絶望的な状況だ。……いや、やる気は買うが……」

 

 なんと言えばいいのか。さすがに人生経験においてエステルよりも豊富だと自負できる、筈なのに言葉に窮する。

 

「身体が本調子か分からない以上は休息すべきだ、エステル少尉」

 

 と、恩を売る気でデグレチャフは助け舟を出す。

 もちろん打算無くしては言えない事だ。

 エステル自身も回復したてでデグレチャフの意見は(もっと)もだと思った。

 身体が分断されるほどのケガならば下半身に違和感があるかもしれない。

 空を飛ぶ戦闘ではあまり気になるほどではない気もしたが、無理は良くないとも思えてきた。

 あと一日くらいはしっかり休まないと十全な戦闘が出来ない可能性がある。

 なにしろ新しい武技(ぶぎ)を使いすぎた。

 

          

 

 エステルが元気を無くす様子は本当に叱られた子供にしか見えない。

 オイレンベルクは自分の権限で出来るだけ彼女の休養を上層部に掛け合ってみたくなった。

 あまり贔屓してはいけないし、今は身体が復活しているので嘆願は無駄に終わる可能性も高いけれど。

 それでもせめて後一日は休ませたい、と個人的には思う。

 

「……そういえば、どうしてデグレチャフ少尉が()()()()()に来ているんですか?」

 

 と、今更な疑問を口にする。

 ここは第二〇六強襲魔導中隊の拠点である。

 当然、エステルの腕を切り落とした事に対する意見を聞くためだった。

 話しぶりでは全く気にしていないようにしか見えない。むしろそれが驚愕に(あたい)するのだが。

 

「エステル少尉に危害を加えた事に対する弁明とか。貴官の意見を聞こうかと思ったのだが……」

「……ああ。でも、あれは……。演算宝珠の弊害ですよ」

 

 と、平然と(のたま)うエステル。

 

「弊害で済まされる事なのか?」

 

 その理屈で言えば他の宝珠持ちもいついかなる時、状況次第では仲間同士で殺し合うか分からなくなる。当然、そんな危険な物を持たせるわけにはいかない。

 今は九五式だけが対象かもしれないけれど。

 いくら戦闘に勝つためとはいえ、きっと使用を禁止する事になるのではないのか、と。

 

「神に祝詞を捧げる時、信仰心の無いデグレチャフ少尉は平気かもしれませんが、私の場合は何かに憑衣されてしまう恐れがあるみたいです」

 

 詳しい事はもちろんエステルには分からないけれど。二人が近い場所に居る時に問題が起きる可能性はきっと高い。

 デウスが何かやらかしているんだろうけれど、と薄っすらとは思う。

 信仰心の無い、と言われて軽く呻くデグレチャフ。ほぼ事実なので弁解は出来ない。

 

「……それはオカルトではないのか?」

「かもしれません。少なくとも彼女が何も行動していなければ私は仲間を射殺していて今頃は軍法会議の場に引っ張られていた事でしょう」

 

 手に拳銃を握っていたし、と。

 自分の意思ではないにしても引き金を引く指はエステルのものだ。それを弁解する事は出来ない。

 軍刀で心臓を一突きにされなかっただけ運が良いと思わなければならない。

 もし、憑衣ではなくただの八つ当たりであれば、自分はどうしていただろうか。

 痛ーな、バカ。と言って殴っているかもしれないし、目をスティレットで突いているかもしれない。いや、あの時は武器は持ってないから指で突くとか。

 どちらにせよ、手を出せば何らかの罰則は避けられないと思う。

 

「……貴官が納得しているのならば私が追求し続けるのも不毛だな。だが、多少の罰則は必要だ。無罪放免とは行かない」

 

 それは目撃者が多くあるからだ。

 内容が内容なだけに減俸とかでは釣り合わない気がするし、軍法会議をする余裕は今は無いけれど。

 緘口令を部下に()いて様子を見るのが適切か。

 


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