狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#032

 act 32 

 

 朝日が昇る少し前に目が覚めたエステルは顔を洗ったりした後、軽い運動を始めた。

 演算宝珠を使わない時が一番、動き易い気がする。

 変な道具より慣れ親しんだ肉体武器が一番信用における、という事かも知れない。

 戦時中なので夜中だからとて戦闘が止まるわけではない。常に誰かが起きていて敵と戦っている。そして敵側も同じように反撃する。

 どういう理由で国同士で争っているのか。エステルは知らない。

 知らないまま戦う事に疑問を感じないのか、と聞かれればどう答えようか。

 敵が居るのに殺さない理由がわからない、と言うかもしれない。

 少なくともお互い仲良くしようだなどと言うつもりは微塵も無い。

 仲良くする理由は無く、敵という存在が居るからこそ戦えるのだから、それを無くすのは勿体ない。

 

「では、諸君。敵魔導師による我が軍の観測者狩りを防ぐ為に奮闘せよ」

「はっ!」

 

 一個中隊から二個中隊へ。

 現存戦力としては少ないけれど、それは他の地域に分散しているからであって潤沢な兵力は何処(どこ)も望んでいる。だからこそ一地域だけ増強する事は出来ない。

 

エレニウム九五式保持者二名による掃討作戦を実行する。地上は他の者に任せて君達は魔導師のみに集中してほしい」

「了解しました」

 

 返事が一つのように聞こえるが、実は二人だ。

 エステルともう一人『ターニャ・デグレチャフ魔導少尉』の声がほぼ同一だったので、初め聞く者は大層驚いていた。

 オイレンベルクと共に同席している第二〇五魔導中隊を指揮するイーレン・シュワルコフ中尉も驚いていた。

 顔や雰囲気は違うのに、と。

 

「双子ならば声が似ていても不思議は無いと思うのだが……。見事に同じ声に聞こえるな」

 

 普段の喋り方について、多少の差異がある。(おも)にはきはきした喋り方になる時は同じ音程になる。

 

「本当に少尉と声が似てますねー」

 

 デグレチャフの部下に女性将校が居て、手を合わせながら喜んでいた。

 

「同じ年頃と聞くが……。いや、今は無粋だったな。では、説明を続ける。敵は確認されているだけで二個中隊規模と推定されるが超遠距離からの狙撃を得意としている。遠隔視の術式を用いていると見て間違い無いだろう」

 

 一般兵は宝珠を持たないので防殻による恩恵は持っていない。

 空から一方的に狙い撃ちされるばかりだ。

 いくら狙撃が得意でも魔導師相手では動かざるを得ない。

 更に二手に分かれて挟撃する形で追い込む戦法を取る予定なので、かく乱の目的もあった。

 

「先鋒を志願します」

 

 と、手を挙げたのはエステルだった。

 

「エステル少尉。貴官が……、ああトランスによる意識障害か……。それならば早い離脱が必要だろう」

「回収班を二名ほど控えさせていただければ二個中隊をまとめて撃滅いたします」

「えっ!?」

 

 と、驚いたのはデグレチャフの後ろに並んでいた女性将校だった。

 驚くような事を言った覚えは無いのでエステルは後方を振り返る。

 年の頃は十代後半ほどだろうか。

 金髪碧眼。髪は肩にかかるほどの長さ。胸の張り出しが確認出来るし、体型も女性らしさが確認出来るほど整っている。少なくともエステルにはそう見えた。

 後方には男性が二名居たが男性の人数が多いと個性を見つけるのが難しくなる。

 

「何か不満でも?」

「あ、いえ……。二個中隊規模(24人程度)一個小隊(4人)で撃滅すると聞こえたもので……」

「小隊ではなく、私一人で撃滅する予定だが?」

「……はあ!?」

 

 口を大きく開けて驚かれた。

 物静かな男所帯では珍しい反応でエステルは苦笑する。

 デグレチャフの部下は個性的で羨ましいと思ってしまった。

 

「失礼、エステル少尉。うちのセレブリャコーフ伍長はまだ貴官の戦闘を間近で見ていないのだ」

「戦闘と言えばデグレチャフ少尉と差ほど変わらないと思うのだが……」

「確かに」

「……二人が喋ると不思議な感じですね。一人芝居のようで声帯模写のような……」

 

 セレブリャコーフという女性の言葉に他の将校たちが明るく笑い出す。

 命を懸けた戦争の中にあって笑う余裕があるというのは傲慢か、それとも一時(いっとき)の幸福か。

 エステルにとっては特段、指摘するような事はなかったし、中尉たちも苦笑しているようだった。ただ、デグレチャフは少し眉根を寄せていた。

 バカにされていると思ったのか。それとも部下の口の軽さに辟易しているのか。

 もし自分の部下であったら言わせておく。それが悪口だと感じれば多少痛めつけるかもしれないけれど。

 

「伍長~。いい加減にしたまえ」

「あっ! し、失礼致しました……」

「二個中隊と言えど一塊(ひとかたまり)になっているとは限りません。せめて片方でも打撃を与えておければ……、と愚考いたします」

「二対二の戦闘なのだから戦力を減らす事には(やぶさ)かではない。だが、確実に仕留める必要がある。従来の示威攻撃ではなく爆炎術式規模が望ましいが……。やってくれるか、エステル少尉」

「はっ。最善を尽くします」

「では、数の多い方を任せるとして……。デグレチャフ少尉は精神汚染なるものに危惧はあるか?」

 

 あるか、と尋ねたものの同じ宝珠を持つのだから無い、と答えるのはおかしい。

 とはいえ、エステルは自己申告してきたがデグレチャフはこの問題について何も言及していない。だからこそ確認が必要だと判断した。

 

「小官はそれほど乱用は致しませんが……。確かに危惧しております。私の場合は神への祈りが足りないお陰で影響は軽微のようです。ですが一度、使用すれば隙が出るのは否めません」

「貴官の武勇はかの軍神マルスに愛されていると評判なのだがな」

 

 この世界にも前の世界同様の神が存在し、名称が似ているものが多い。

 明らかに『異世界』のはずなのに、とデグレチャフは疑問に思っていた。そもそもこの世界は何なんだ、と。

 よく似てはいるが同一ではない。

 過去に飛ばされたとは違う違和感があった。

 

          

 

 ターニャ・デグレチャフは神を信じない。

 クレマンティーヌ・エステルは神を信じる。

 同じ声以外は対極的に色々と差異のある二人の幼い少女達。

 金髪以外にも眼の色や髪型も違うけれど、多くの者が双子の姉妹と感じている。

 違うと断定できるのは当人のみ。

 かたや日本の元サラリーマン。

 かたやどこかの国の女戦士。

 それぞれが何らかの理由で死し、同じ世界にデグレチャフは『存在X』と呼ぶものに。

 エステルは『デウス』と呼ぶものに転生させられた。

 存在Xデウスはほぼ同一の存在ではあるが、どんな目的があり二人に干渉したのか判然としない。

 エステルの場合はデグレチャフの暗殺、または殺害目的かもしれないけれど。

 そもそも『ターニャ・フォン・デグレチャフ』は存在しない。

 正確には貴族の称号を表す『フォン』の資格を()()得ていないからだ。

 最初に聞かされた時、時間軸のズレをデグレチャフは感じた。

 人智を超越する邪神が考える事は正直、知りたくは無い。だが、事は自分の命がかかっているので気にかけざるをえない。

 エステル本人は理由はどうあれ、転生後の世界を満喫したいと思っているし、無理に殺害に至ると自分の命が危なくなる事を()()()()自覚している。

 他国に亡命するとしてもデグレチャフの見立てでは言葉や文化の壁があり、そう簡単では無い。まして、デグレチャフの転生前とは因果関係の無い人物だ。

 いや、だからこそ何の気兼ねもなく殺せる相手、という解釈も捨てきれない。

 邪神に(そそのか)された哀れな子羊とも言えなくはない。

 一旦は過酷な運命から逃れたとはいえ、ライン戦線で再会するのは運命というよりは存在Xが裏で手を回したとしか思えない。

 『エレニウム工廠製九五式演算宝珠』を持つ者を有効利用しようと考えた上層部が余計な気を回した、とも言えるけれど。

 命を狙われている気がするデグレチャフとしては笑えない事態だ。

 


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