狂女戦記 作:ホワイトブリム
夜間の戦闘もやることは一緒だ。問題は視界が悪いこと。
魔導師は暗視の術式が使えるので戦闘自体は可能だが一般兵士はそうはいかない。だからこそ敵が攻め入るのに絶好の機会となる。
いくつもの塹壕の中で仮眠している兵士も居る。
砲撃の音でも目が覚めないほど疲弊していたりする。今の内に休めるものは休んだ方がいい。
「各位、砲兵を狙え」
「了解」
昼間と違って無謀に突貫する歩兵が殆ど居ないので仕事が
敵歩兵の撃ち漏らしは仕方が無いが砲兵だけでも数を減らしておかないと攻めるのが難しくなる。
長距離攻撃の一撃は一般歩兵にとって脅威だからだ。
「観測を
地上の歩兵からの攻撃の届かない高い位置からの射撃。仮に届いても防殻術式で防げる。だが、砲弾は簡単にはいかない。
距離や口径の問題もある。たまに防殻を突破するので安易に魔法に
『CPよりロビン01。少し後退せよ。貴官らの現在位置は突出し過ぎだと報告されている』
「こちらロビン01。予定地点で合っているはずだが? それは間違いないのか? オーバー」
たまに報告が混乱する事がある。それは別の小隊や中隊が抗議している時に起こりやすい。
一人で撃墜数を稼ぐな、という意味合いがあるとか。
抗議自体は規則に抵触するほどの軍規違反でなければ問題はない。
双眼鏡で辺りを確認し、現在位置を表示する術式を展開する。それらをCPに送信する。
演算宝珠は機械でできている。どういう仕組みなのかエステルは分からないけれど多機能な分、原始的な思考が中心の
今は出来るから出来る、という理屈で理解しているに過ぎない。
新しい発見は多くて楽しい世界だと思った。
『こちらCP。そちらの現在位置から
「了解。……しかし機動防御戦ではないのか? オーバー」
『
順調に行軍が出来たせいか、既定の仕事は終わったのだろうかと思った。
歩兵と砲兵に注意しつつ部下に後退を命じる。
散発的な発砲音が聞こえる意外は特に異常事態は無く、敵魔導師の魔力反応もない。
「小隊長。負傷兵は近くには居ないようです」
「んー、分かった。弾薬はまだ充分か?」
「あと……、五つ分はあるのでまだ進めます」
支給された狙撃銃は20発の弾丸を装填出来るものだが、一日で随分と消費したはずなのに敵はまだまだ健在なことに驚いた。
丸々残したところで罰則はない。
「敵影は無いようですが……、別働隊のところに向かったのかもしれませんね」
「……折角命令を受けたのに……。これでいいのかな」
敵を後退させることが目的であって無理に撃ち殺す必要は無い。とはいえ、それだけでいいのかエステルにとっては疑問だった。
下がった敵はまた前に出てくる。そうであるならばしっかり射殺すべきではないのか。
「ロビン01よりCPへ。追撃命令が無ければ
『検討するゆえ、残敵に留意し現場にて待機せよ』
「了解」
真っ暗闇の中で待機を命じられたとしても動くな、という意味ではない。
近くの塹壕などに避難し、索敵任務を継続する。
魔法による光りが目印となるので光りが漏れないように遮光装備で身を守る。
「負傷者は居るか?」
「負傷はおりません」
と、三人共に元気よく答えた。もちろん、周りに声が漏れない程度の音量で。
味方の兵士も無謀に突撃しているわけではないようで、今のところエステル達の居るところまで進軍している者は見当たらなかった。
第四小隊以外の小隊はどうしているのか、と。それぞれ別行動している筈だが、行軍していて忘れそうになる。
「こちらロビン01。応答願う」
電波障害はない。指定された周波数は二回確認した。
『こちらアイビス01。ロビン01、緊急事態か?』
「現在、RTB申請の為に待機中。そちらの損耗はどうか? オーバー」
『損耗なし。こちらも待機中だ。他の小隊も同様のようだ』
「了解した」
今日の分の仕事は終了という事だ。
CPからの返答が無いのは少し不安ではあるけれど。
★ ★ ★
部隊を展開しているのはオイレンベルクの中隊だけではない。それぞれに指令を送るだけで結構な時間がかかっている。
エステル達の帰還命令が下ったのは四十分後だった。
命令系統が多いと一つの命令が降りるまで早いものもあれば遅いものもある。
深夜の任務を終えて拠点に戻った後、部下達に休息を命じ、エステルは報告の為にオイレンベルクの下に向かった。
「ご苦労だった。我々の仕事は一旦、終了だ。明日まで休息してくれ」
「了解しました」
「他の部隊の兼ね合いから機動防御戦が
それぞれの小隊長が敬礼して退出していく。
気が付けば日時が変わっていた。
遅い食事の後は睡眠。そして、朝方の非常呼集で目覚める。
激戦区の睡眠時間はとても短い。精神的な疲労が蓄積していくが、それはエステルだけではない。
もちろん、交代を繰り返す。配置されたばかりの兵士にとって辛いのは終わりが見えない事だ。
それを乗り越えられれば優秀な兵士になるか、二階級特進になるか。抗命罪で無駄に散るか。
目が覚めたエステルは別命があるまで兵士達の宿舎の周りを走ったり、筋力トレーニングを
「諸君。おはよう」
身奇麗にした後で部下を集める。と言っても三人だけだが。
「おはようございます」
エステルの朝の挨拶に部下達は敬礼で出迎えた。
二度にわたる激戦の中、大きなケガもなく無事でいてくれたのは素直に嬉しかった。
後で叱られたくなかったので。
「次の指令まで食事なり、装備品の確認。ケガをしていれば
当たり前の事を普通に伝えるだけだが、部下達はエステルの低身長が気になるのか、見下ろす形に違和感があるらしい。
目線の高さに関してエステルは気にしない。
「何か質問はあるか?」
「はい。質問させていただきます。我々は敵兵を殲滅しないのでありますか?」
「しないようだ。あくまで後退させるのが目的だ」
後退した敵は武装を整えて再進撃するのではないだろうか、とベルリッヒ伍長は危惧する。
もちろん各小隊長は
不毛な戦いは一日でも早く終わらせた方がいいに決まっている。
「救援任務と平行していては我々の体力を無駄に失うだけであります」
「そうだろうな」
かといって現場を改善するように具申する事は簡単ではない。
そういう風に戦えと上層部からの命令が下っている以上は不毛だと分かっていても続けるしかない。
自分達で勝手に行動する事は立派な軍規違反に問われる。
責任者であるエステルもただでは済まない。だが、新兵は英雄願望が強い。特に志願兵は。
命令違反してでも国に貢献できれば罪は帳消しにはならなくても軽減くらいはされるのでは、と夢想している。だから無茶な行動に出ようとする。
エステル自身はスレイン法国時代に比べれば適度に命令が来て安全に作戦に従事できるので文句は
思うようにいかないのは仕方がない事なのか。これが当たり前なのか。
色々と知らない事があって楽しいけれど。
「空から敵を迎撃するだけの簡単な仕事だと思うのだが……。貴官らは命が
「はっ? 惜しいと言われれば……、そうだと言えます」
「殉教者を出せば隊を率いる私が処罰を受ける、かもしれない。それは……、困るのだがな……」
ようやく本格的な戦争という仕事にありつけのだから、そう
爆発実験から生還し、