狂女戦記   作:ホワイトブリム

22 / 49
#022

 act 22 

 

 魔力の固定化とは消費して消える予定のものを消さずに残すこと。

 使えば無くなるという概念というか世界の法則を捻じ曲げる行為だ。

 そして、新型宝珠は不可能を可能にするだけの機能があるらしい。

 無尽蔵に魔法を使う兵士が増えれば世界はより混沌と化すのではないだろうか。

 

『鼻血だけですか?』

「はい」

 

 離れた場所に居る研究員に報告していく。

 

「……魔力の固定化とは自然法則に逆らうものなんですね」

『世界に自らの意志を干渉させ、現世に実体を持った現象を再現するのだ。それは当然であろう』

 

 シューゲル主任技師の落ち着いた声が聞こえてきた。

 

『まだ平気なら色々と術式を試してみたまえ』

「了解」

 

 壊れた飛行機というのはたくさん置かれている。

 部品や資源回収の為に用意されたものだろう。それが小さな女の子達によって吹き飛ばされていく。

 

爆裂式

 

 実際は声に出す必要は無いけれど、マイク越しに開発スタッフにどんな術式を使っているのか伝える意味合いがある。

 位階魔法は音声を必要とするのが一般的なので無詠唱に比べればデメリットは少ない。

 

『エステル少尉の宝珠核内の温度が少し高いですね』

『二人共今のところ安定した状態のようです』

『……出力不足だ。これではまだ成功とはいえない』

 

 確かに今の所は支給された標準宝珠並みの性能しか出ていない。であれば成功とはいえないのも理解出来る。

 つまりもう少し出力を上げろ、ということだ。

 強い意志を持てば威力も高められる。ゆえに膨大な魔力消費も高くなれば体感し易くなる。

 力が吸い取られるような脱力感。

 武技(ぶぎ)の使いすぎによる集中力の欠如に似ているかもしれない。

 

「可能な限り出力を上げます」

『エステル少尉。最初の頃より安定している。恐れを抱かずに魔力を込めたまえ』

 

 優しいシューゲルの声。それは悪魔の囁きに似ている気がした。

 さすがに素直に従うには勇気が要る。

 暴走しないように細心の注意は払うのだが、繊細な宝珠は自分の性格と同様に気まぐれなので中々一歩が踏み出せない。

 

爆炎術式

 

 通常の爆裂式よりも強力で大量の魔力を消費する術式を展開。

 戦場ではそう何度も撃てない必殺の一撃だ。

 魔力どころか体力までも吸い取られるような感覚が襲ってくる。

 

『温度急上昇っ!』

『ま、まだ辛うじて想定内っ!』

『最初の頃より使いこなしている証拠だ。構わん。少尉、撃ちたまえ』

「………」

 

 返事は何故か出来なかった。

 鼻血をダラダラと垂らしながら標的に標準を合わせる。

 エステルと同様にデグレチャフも同じ術式を展開していたが、こちらは鼻血は出ていなかった。

 

「エステル少尉。私が合図を送ろうか?」

 

 デグレチャフの言葉にエステルは頷いた。

 

「では……。てー!

 

 二人の幼女が最大火力の爆炎術式を込めた弾丸を放つ。

 放たれた弾丸は魔力の光りをまといつつ標的に向かって飛んでいく。ただそれは人間には視認出来ないほどの速さだ。

 普通の人間であれば飛び交う銃弾を視認することなど出来はしない。それほど銃弾は速く飛ぶものだ。

 撃たれてから避ける事など不可能に近い。

 『流水加速』や『超回避』などでも使わない限り。ただ、この武技(ぶぎ)でも辛うじて知覚できる程度なので簡単に避けられるほどの速さは得られない。

 

          

 

 二つの弾丸が標的に着弾し、大爆発を伴なって何もかも吹き飛ばしていく。

 通常であれば次弾まで魔力を込める休息期間を必要とする。だが、今回の実験では理論上、魔力は消費されずに現世に固定化されるはずなのですぐに撃てなければ理論が破綻することになる。

 

『まだ無事であるならばもう一度、撃ちたまえ』

『……た、確かに魔力は多少は減っていますが次弾分は残っているようです』

『デグレチャフ少尉も今だ健在っ!』

「エステル少尉は激しく体力を消耗している。これ以上は危険と判断いたします」

 

 ただ、自分(デグレチャフ)は後一度くらいは余裕がある気がした。

 体力バカであればエステルが健在であるはずなのに。

 彼女(エステル)の魔力量は少ないのではないか、と疑問に思った。

 鼻血を流しながら次弾装填の作業を震える手で(おこな)うエステル。

 

「……へ、うへっ……。〈能力向上〉……〈能力超向上〉

 

 身体が膨れるような現象を起こし、武器を構えるエステル。

 

〈即応反射〉……爆炎術式……」

 

 『即応反射』は崩れた体勢を無理矢理元に戻す武技(ぶぎ)だ。

 

 ブッ。

 

 変な音が聞こえた。

 放屁(ほうひ)に似ていたが尻に違和感が無いので違うと判断。

 

「?」

 

 エステルは脱力感に襲われながら顔を下に向ける。

 ダラダラと止め処もなく流れているのは血。それも鼻から勢い良く。

 鼻腔(びこう)の奥を通り、脳内が熱く感じる。

 焼けた鉄棒で突き刺されたような感じだった。

 不慣れな魔力制御で身体が拒否反応でも示したのか。だが、それでも実験は続けなければならない。

 ダラダラと流れ出る鼻血に意を介さず照準を合わせる。後は引き金を引くだけだ。

 

宝珠核の温度更に上昇っ! 一気に融解寸前までっ!』

『このままではっ!』

 

 エステル側では怒号に似た絶叫が飛び交うがデグレチャフも安易に注視する事ができない。

 次の一撃を放てば終わりなのだから。

 仕事は最後まで(おこな)うのが筋だ。

 

「この一撃が最後だ。………。てー!

 

 一拍の呼吸の後に合図を送る。

 二人同時に引き金を引き、そして、エステルの宝珠核が激しく輝きだした。

 一気に体力を持っていかれたのか、発射と同時に後方に吹き飛ばされていく。

 それだけではなく、狙撃銃も赤熱の後に砲身から()ぜていく。

 先端からめくれ上がるように引き裂かれ、エステルの腕まで届くと、その腕さえも爆風でも受けたかのように肉体を裂いていった。

 その間、僅か一秒にも満たないはずなのにデグレチャフはとてもゆっくりとした時の中で見ていた。

 感覚が極限まで研ぎ澄まされたかのように。

 次の瞬間には宝珠の大爆発が起きるのではないかとさえ予感させる。だが、それは夢幻(ゆめまぼろし)ではないと確信する。

 今までなりを潜めていた自称唯一神こと『存在X』の出現だろう。

 周りの時間が次第に遅くなり、やがて静かに停止する。

 

「……存在X……」

「久しいな」

 

 重厚で老年の男性を思わせる声が聞こえてきた。

 ()()()()()()転生させられてから初めての出会いではないだろうか。

 身体の自由は奪われているが首などは辛うじて動かせられる。その状態でエステルを見やると両手は肘まで粉砕。顔や身体の前面部分の皮膚がめくれ上がったひどい状態になっていた。

 肝心の新型宝珠は光りを発しているので健在だと思われる。

 

「相変わらずだな、貴様は」

 

 爆炎が辛うじて人の形を成し、語りかけてきた。

 

「あのシューゲル技師を(そそのか)したのは貴様だろう、存在X。それと貴様の敬虔(けいけん)信徒(エステル)が今まさに死にそうになっているが?」

「確かにこの者は敬虔な信徒である。貴様らの演算宝珠とやらを祝福奇跡という恩寵(おんちょう)を与えようとしたのだが……。一歩遅かったようだ」

 

 相手の表情は見えないが存在Xはとても落ち着いた様子で喋っているように聞こえた。

 よその世界から差し向けた刺客ではないのか。救おうとは思わないのか、と。

 数秒後には命を散らすかもしれない姿と変わり果てているエステルが動き出した。

 デグレチャフ同様に止まりつつある世界に干渉しているようだ。

 

「……デウス様……」

「信心深き者よ。ご苦労であったな。しばし休め」

「……はい」

 

 従順な子犬は文句一つ言わずに従う。ただそれはデグレチャフからすれば狂信者の所業にしか思えない。

 今まさに死ぬ状況下で何故、得体の知れない相手の言葉を信じられる、と。

 自分ならば眉間を撃ち抜くほどの憎悪をあらわす所だ。だが、今は身体が思うように動かせられない。

 

「本来ならば不干渉を貫きたいところだが、不信心な貴様の行動は目に余る」

「生憎と神への祈りを必要とする程、追い詰められておりません」

 

 だいたい、刺客を差し向けておいて見捨てるような神に祈りなど捧げたいと思う方がどうかしている。

 

「信仰心に目覚めてもらう為に今後、宝珠を使うたびに神への祈りを唱えずにはいられなくなるだろう。やがて貴様の心の邪気も綺麗に浄化されるであろう」

「……はあ? 爆弾をくくりつけておいて祈りを強制するだと? それは奇跡などではない。一般的にそれは呪いだ、存在X! なにが神の奇跡だ、祝福だ!

「そうでもしなければ貴様は己の欲望のまま神を冒涜(ぼうとく)し続けるであろう」

 

 それは悪質な宗教勧誘ではないか。

 世間では一般的に『マッチ(火をつけて)ポンプ(消火する)』と呼ぶ。

 いつから唯一神という輩はカルト(狂信的な崇拝)を熱望するようになった、と。

 

「拒否権は無いと? その者は私を殺しに来たらしいじゃないか」

代行者だ。私も忙しい。神への祈りを忘れない信徒であるが……、少々強引であった事は(いな)めない」

 

 つまり神が自らの間違いを認めるという事なのか。そんなことがありえるのか、とデグレチャフは驚いた。

 傲慢の権化たる神とやらに反省という概念があるのか。

 

「未だ命令は保留だが……。()()()()はうまくいってほしいものだ」

 

 存在Xが言い終わった後でデグレチャフの演算宝珠が激しく輝きだした。それと同時に膨大な魔力が吸い取られていくのを感じた。

 つまり存在X演算宝珠に何らかの細工をした事になる。

 今すぐ首から外したいところだが、間に合わない。

 この自称神とやらは手段を選ばない邪神そのものだとしか言いようが無い。

 

 存在Xに災いあれ。

 

 今日ほど存在Xに憎しみを抱いた事は無い。

 銃口を向けようと腕を強引に動かそうとするがなかなか動いてくれない。

 

「さあ、偉大なる(しゅ)の御名を広めるために……」

 

 と、自分で偉大なる主とか言っている事自体、胡散臭い。

 どこまでクソッタレで傲慢な邪神なのだ、と声にならない抗議をあげる。

 そして、二人の演算宝珠の輝きは全身を包み込むほど大きくなった。

 

          

 

 主の御名と言っても正式名称は伝わっていない。

 諸説あるが人間が発音出来るものではない、とか。聖なる四文字(テトラグラマトン)であるとか言われている。

 正直、誰にも口に出来ない名前をどうやって広めるというのだろうか。その辺りを神は考えていない(ふし)がある。

 そんな事を思っていたのも一瞬だった。

 緑色の演算宝珠の輝きは黄色へと変化する。それは黄金に似た神々しさか。

 色の変化と共にデグレチャフの顔から感情が抜け落ち、一種のトランス状態に陥った。

 時が動き出し、後方に吹き飛ばされるエステルも態勢を立て直し、治癒魔法を唱えた。

 そして、二人はゆっくりと航空術式を展開し、空へと登っていく。

 

「……神の奇跡は偉大なり」

 

 同時に同じ言葉を紡ぎだす。

 

「……主を讃えよ……、その(ほま)れ高き名を」

 

 言葉が終わると同時に一気にスピードが上がり、高度3000(900メートル)を突破。

 五分後には8000(2400メートル)に到達している。

 

宝珠核の温度安定!』

『四機同調を確認!』

『……奇跡だ』

『し、しかし、二人共応答ありません』

 

 地上で待機している研究スタッフの声が漏れて出ていた。だが、恍惚状態の二人の耳に入っているかは不明だ。

 何者かの意志に従い、二人は天を目指している。

 それから数分後に理論限界の18000(5400メートル)へと到達した。それも何の異常事態も引き起こさせず。

 

『す、すごい……』

『限界高度に到達っ!』

 

 数分ほど待機した後でデグレチャフは我に返る。

 そして、異常に肌寒い現実に気がつく。

 

はっ!? 私は何を……。ここは高度限界……だと!?

 

 地上から情報を急いで集めて驚愕する。そして、すぐに酸素生成術式などを展開し、身を守る。

 見慣れない宝珠の輝きに驚き、術式展開が違和感無く実行された事にも改めて驚く。

 本来なら多少の消失感があるのだが今は起動しても消費した気持ちが湧いてこない。

 高所順応なしで到達したらしいのでゆっくりと高度を落すと一緒についてきたエステルの姿に気が付く。

 

「エステル少尉。貴官も下がってはどうか?」

 

 声をかけたが反応が無い。

 血を流しすぎて気絶しているのかと思って近づく。

 爆風により消失していた肉体は既に完治していたが服はひどい有様になっていた。

 ほぼ上半身裸。

 抱えている制御装置は血だらけ。

 両目の目蓋は閉じていた。血が垂れていたが膨らみ具合から眼球は存在しているように見える。

 

「……気絶しているのか?」

 

 無意識のまま航空術式を展開しているのかもしれない。気絶しているならばそのまま引っ張って降ろした方が無難だ。

 それにしても存在Xによって唱えたくない祝詞(呪言)を口走ったらしいのは如何(いかん)ともしがたい。

 

演算宝珠は未だに安定。地上に戻ってください』

「了解。計測は継続されたし」

 

 無意識で飛行するエステルの身体を引き寄せて地上を目指す。

 高出力を叩き出している演算宝珠は最初の失敗が嘘のように身体になじんでいる。

 実験は成功のようだが、不安は残る。

 存在Xが言うように起動するたびに神への祈りを捧げなければ恩恵にあずかれないのならば、それは正しく呪われた事と同義だ。

 敬虔な信徒ならば平気かもしれない。だが、生憎と無心論者である自分が信じるのは自分だけだ。

 

          

 

 抵抗無く地上までエステルを降ろすと宝珠の輝きは消えた。

 エステルは失血による意識障害に陥っているかもしれないので速やかに医務室へと運んでもらった。

 造血術式というものがあるのだが、つい先刻まで存在を忘れていた。なのでエステルもおそらく忘れている、と思う。

 とはいえずっと気絶していたようだから術式展開は結局無理だっただろうけれど。

 

「……とにかく実験は終わった……。全く……」

 

 とんでもない実験に付き合わされたものだ。

 生きていることが奇跡なのは間違いないが存在Xによる工作だと思うと気持ち悪い。

 周りを見渡すと地面が割れていた。

 というか辺りの建物がボロボロになっている。

 

「お二人の演算宝珠の輝きが変化した途端に爆風が発生しまして……。その後、地響きも発生したんですよ。それはもう凄かったです」

 

 と、研究員の一人から事情を聞いた。

 ただ単に空を飛んだわけではないらしい。

 新型宝珠の高出力の余波は凄まじいものだったようだ。

 実験が成功したとしても運用できる者がデグレチャフとエステルの二人だけだと数日後に聞かされた。

 完成品である新型宝珠を他の兵士に持たせたところ出力が安定せず、数分で魔力が枯渇。

 その影響で数人の魔導師が医務室送りになった。

 運が良い事に未だに死者が出ていない。

 

「神に選ばれた二人専用ということだろう。だが、そう悲観したものではない。成功例のお陰でダウングレードの開発予算が下りた。こちらならば問題なく兵士達の戦力増強に繋がるだろう」

 

 と、四機の宝珠核の量産が出来なくなったにも関わらず開発技師『アーデルハイト・フォン・シューゲル』は悲嘆に暮れず量産品の開発に乗り気だった。

 一番作りたかったものが出来て安心しているのかもしれない。

 最初の頃の狂気度は薄れて、気のいいおじさんに見えるほどだ。

 ダウングレードに関して双発とはいえすんなりと普及させる事は難しいと予想している。そもそも演算宝珠を扱うには一定水準の技量というものが必要だ。

 『ベテラン』級の兵士はどの国も欲しがる逸材で、教育に(しのぎ)を削るほど。

 おそらく『登録魔導師(ネームド)』と呼ばれるほどでなければ扱えない。

 

「そうそう。エステル少尉の武器の製作があったな。それは後で届けることにしよう」

「武器?」

 

 と、デグレチャフは首を傾げた。

 

「なんだね、デグレチャフ少尉も成功の報酬として何か欲しいものでもあるのかね? 大きなものでない限り、出来るだけ叶えてやりたいが……」

「い、いいえ。今は特に……」

 

 存在Xと取り引きしただけではなく、シューゲル主任技師とも取引していたとは、と思いはしたが別段、嫌な予感は感じなかった。

 少なくともシューゲル主任技師は曲がりなりにも技術者だ。人間を洗脳するような物騒なものは作らないだろう。将来的には作るかもしれないけれど。

 

「……で、エステル少尉の姿は無いようだが……」

「食事療養に入っていますよ。明日には帝都に向かう予定だそうです」

 

 物資は軍宛に届けてもらえば問題ない。

 (シューゲル)の作る武器がデグレチャフを殺す武器になる、かもしれない。その時は覚悟するだけだ。

 存在Xへ祈りを捧げている間は殺されることは無いらしいし、不本意だが今は安全度は高いだろうと予想している。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。