狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#013

 act 13 

 

 いくら治癒魔法を持っているとはいえ爆発に耐えられなければ死んでいる。

 夜間に意識を回復したエステルは身動きが取れるか確認した後で魔法を唱える。

 第四位階までの行使は確認したが第六位階までいかないと危ないかもしれない。

 戦士としては第六位階でも充分だろう。あまり信仰系に偏っては戦士としての力量が減退してしまう。

 それにしても酷い目にあった。

 上空で爆散しなかっただけ奇跡としか言いようが無い。

 

「……デウス様。このままでは天に召されてしまうのですが……」

 

 祈りを捧げれば何かくれるとか言っていたことも忘れてきた。

 意識が飛び続けると思考も飛ぶのではないだろうか。

 折角の技術や知識は忘れたくない。

 数年前に迂闊に食べた肉が原因なのかは分からないけれど。いずれ戦闘に支障が出れば転生した甲斐(かい)が無くなってしまう。

 どうかお見捨てにならないで下さい、デウス様。

 スレイン法国でも神への祈りは適当だったクレマンティーヌとしては新しい(せい)謳歌(おうか)したい欲望がとても強い。

 (つつ)ましやかに生活し、一方的な暴力にも耐えてきた。時には反撃するけれど。

 それでもまだ自分は戦い足りない。

 少なくともあと四十年は生きていたいです。結婚して子供を作るのは諦めてもいいけれど。

 

「欲にまみれておるクセに信心深いとはあいも変わらぬな貴様は」

 

 世界の時が止まり、聞き覚えのある神の声。それだけで自然と涙がこぼれる。

 デウス様。

 神への祈りを捧げるスレイン法国式での姿勢を取る。

 

「神への祈りを忘れていない貴様の為に聖遺物を与える。だが、我々はあまり干渉できる立場に無い。無神論者の不届き者が居るからな」

 

 では、その者を殺してまいりましょう。

 

「力ずくでは神の威光が台無しだ。その事はこちらで検討するゆえ……。それより貴様が得た力をもう少し鮮明としよう。与えた命令に変更は無いが……。(すこ)やかに過ごすが良い」

 

 ありがたき幸せにございます。

 そして、気がつけばベッドで寝ている自分に気が付く。

 白昼夢のようなひと時は夢幻(ゆめまぼろし)だったのか。

 そうであっても別に構わない。

 戦士として戦えるのであれば文句があろうはずが無い。

 

          

 

 翌日も実験なのだが今回はいきなり爆発せずに飛ぶことが出来た。

 今までの演算宝珠に比べて高出力で空を飛べる。

 理論上は18000フィート(5400メートル)。さすがにそこまで飛べるのか自信が無いし、地上戦闘に慣れているエステルとしては本当に怖いと思った。

 人間は地上で生活する生き物だ。鳥と同じ生活をすぐに出来るわけがない。

 空中制御も一段と難しくなっている。

 口を開ければ突風によりすぐ窒息するかもしれない。

 様々な術式で身体を守りつつ通信機で地上とやりとりする。

 

『今のところ問題無し』

「高度6000(1800メートル)。制御乱れあり」

『了解』

 

 通常の宝珠の運用範囲ならば多少の誤差は問題ではない。

 もう少し高度を上げてからが本当の戦いだ。

 移動速度の向上で視界確保が難しい。ゴーグルは必須。裸眼では水分が飛んで涙が止め処も無く出てくる事態になるかもしれない。

 酸素の薄い地域に突入するので、酸素生成の術式の制御に問題が無いか絶えず気にする必要がある。

 確かに万能に近い演算宝珠なのだが呆れるくらい多機能でビックリだ。

 

「……おっとっと……。あわわっ……」

 

 繊細な動作を要求する新型はとても乗り心地の悪いものだった。

 内部構造の説明を受けてもさっぱり分からないエステルにとって製作者を信じる以外の道がない。

 信じて吹き飛ぶのは騙されているのと同義ではないのか。

 多少の乱高下はあるが今のところは爆発せずに飛行できている。

 

酸素生成術式……。防御術式。気圧調整……」

 

 喋りながら飛ぶのは気持ちが悪い。

 顔に当たる風が冷たくて口が震えて上手く喋れない。

 

宝珠核の温度上昇!』

「了解。魔力を放出し」

 

 爆散。

 意識の飛んだエステルが次に気がついた時はベッドの上だった。

 自分は今まで空を飛んでいたはず、夢だったのかなと思うほど風景に違いがありすぎた。

 

「目が覚めたか、エステル魔導少尉。……地上に激突する前に回収できて良かった」

 

 と、安堵の表情を向けるのはデグレチャフだった。

 空中で受け止めてくれたのかもしれない。全く覚えていないけれど。

 あと、彼女が居なければ天に召されていたかもしれない。どうなっているんですか、デウス様。

 言葉が出ないのは包帯のせいではなく、爆発により鼻から下が吹き飛んでいるからだ。よく首が繋がっているものだと自分でも驚いた。

 治癒魔法とはいえ大怪我を治すものは限られてくる。

 第四位階でも再生しない事はないが時間がかかる。

 接触魔法は対象が一人だけ。集団にかける場合はもっと高位になるから使いどころが限られてくる。

 失った肉体が徐々に戻ってもまた失う事になると拷問にしか思えない。

 

「治癒魔法か……。痛みを和らげる……、いや、脳内麻薬に抵抗があったな。とにかく、休むといい」

「ありがとう」

「まだ感謝は早いぞ。あのマッド(シューゲル)の実験は終わっていないだから」

 

 デグレチャフは怒りで爆発しそうな顔のまま自分の部屋に戻っていった。

 あまり他人に興味があるとは思えなかった彼女にも怒り、というものがあるようだ。

 喜怒哀楽に関して淡白だと思っていたが違うようだ。

 

          

 

 新型宝珠の正式名称は『エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠』という。

 宝珠核を四機搭載し、高出力の性能を発揮する。当然、魔力もそれ相応に消費される。

 それはつまり通常の宝珠を四個ぶらさげればいいだけなのでは、と言ったら物凄く怒られるだろうな。

 二機の同調でさえ難しいと言われているものを更に難しくした革新的な宝珠が謳い文句だが、実際に使うのは兵士だ。

 

「く、クレマンティーヌ・エステル魔導少尉……。しゅ、出発……しま……す」

 

 朝から何故だか身体が震えて声がうまく出て来ない。

 

『だ、大丈夫ですか? 体調が悪いなら』

『さっさと飛びたまえ』

 

 容赦の無い声はシューゲル主任技師だった。

 デグレチャフより大人しいと言われるエステルにも恫喝じみた声をぶつけてくる。

 

「りょ、了解……」

 

 震える身体のまま空を飛ぶ。

 高度3000(900メートル)辺りでエステルは意識を失い、落下した。

 気がついた時は医務室だった。

 昨日と同様にデグレチャフが助けてくれたようだ。

 一緒の実験なので待機していた事が(さいわ)いした。

 

「貴官は貧血だそうだ。そんな調子で高高度の実験は無理だ」

「……どうりで……」

 

 血が足りない時は思うように身体が動かないものだ。

 充分な血液が無いだけで身体に異常をきたす。いくら万能と言われる魔法でも血液を精製するものをエステルは知らない。

 食事療法が有効的だろうけれど、この施設に満足な食事などあっただろうか。

 

「食料については明日届くらしいが充分に休むといい。無理しても実験など成功しない」

 

 予算を凍結しないなら兵士に満足な食料くらいは寄越せ、と大声で叫びたいところだ、とデグレチャフは思った。

 エステルの魔法は思っていたほど万能ではないかもしれない。

 

          

 

 鉄分補給はいいが即席の輸血をさせようとしたシューゲル主任技師の意見はデグレチャフや上層部が却下したようだ。

 身体が資本の兵士は使い捨ての駒ではない。

 

「ドクトル。貴方にとって実験動物かもしれませんが一日で完全復活できるほど即席兵士ではありませんよ」

 

 人間とカップラーメンの区別が出来ていないんじゃないか、この男は。とデグレチャフは呆れつつも憤慨する。

 ほら、三分経った。走れるだろって言っているようなものだ。

 これが自分の部下なら、言うかもしれないな、と思わないでもないけれど。

 訓練の一環で口汚い言葉を使うのは能力向上にとって必要だからだ。

 むざむざ与えられた部下をポンポン殺して返すようでは軍隊として狂っている。

 

「時間は有限だ。のんびりとベッドの上で休ませる余裕は無いのだよ」

「無かろうが時間は作っていただきます。それともドクトルの造っているものは新型宝珠ではなく新型花火ですか? 毎回、綺麗に爆発しますから、そりゃあ綺麗でしょうけれど」

 

 兵士は打ち上げ花火ではない。

 敵に狙撃される前に爆発する花火を作ってどうするんだ、このクソマッドが。

 爆発すると分かっている花火を抱いて飛ぶ兵士の気持ちは伝わらないんだろうな。戦闘に長けたエステルでさえ気弱な子供と成り果てているじゃないか。

 一応『銀翼突撃章』保持者だぞ。ここで二個目を授与させる気か。

 

「ドクトルの実験は二階級特進の量産計画だとは知りませんでしたよ」

「君ら兵士が制御すればいいだけの簡単な話しではないか。理論上は完成しているんだ。後は君らがうまく使いこなす番だ」

「理論と実践は違いますよ、ドクトル」

 

 それを本気で言ってるなら仮想敵国の科学者も画期的な演算宝珠をとっくに開発している。

 確かに新型は革新的ではあるし、従来の演算宝珠と同等の大きさで宝珠核を四つも搭載させている。

 一気に小型化が成功して舞い上がっているのではないのか。

 実験より安全を考慮してもらう事にした。どの道、改善しないままでは何度やっても予算の無駄としかいいようがない。

 帝国が敗北するというよりは予算の枯渇(こかつ)で自滅するんじゃないか。確かドイツも戦時中は食料に困って居た筈だ。

 次の日、実験場に食料が届いたわけだがエステルは肉料理が苦手だ。しかし、食べられないわけではない。

 細かく切り刻み、小さくして少しずつ食べるのだが、貧血の影響か手に力が入らない状態になっていた。

 育ち盛りの子供なのに肉を受け付けないのは大変な事だと思う。

 同じ施設で育ったデグレチャフは独自に食料を得て今まで生き延びてきた。

 あの地獄(修道院)に比べれば軍の料理など容易く平らげられる。

 不味いが食べられない事はない。だが、あの地獄は違う。

 食べてはいけないものを食べなければ長生きできない。そして、エステルは確実に味を知ってしまったがゆえに食事に手間取っている。

 頭では分かっている筈だ。だから、必死に食べようと努力している。

 何も知らない無知でいれば苦しまなくて済んだのかもしれない。けれども、極限状態の世界で生き延びたエステルはデグレチャフですら逃げ出す場所に居座り続けたのだ。

 普段は大人しい性格に見える。だが、確実に狂気を隠し持っている。

 

「……やはり肉は苦手か」

「本当は大好き。物凄くお腹が空いている」

 

 腹が鳴っている音は聞こえている。それでも手が拒否している。それを食べるな、と。

 基本的にエステルはなんでも食べるらしい。毒物以外。

 血液を造るためとはいえ大量に食べれば済む問題ではない。食べたら肛門から出るものだ。

 必要な栄養をしっかり身体が吸収しない限り、時間ばかりかかってしまう。

 食事療法というのは即席で出来るものではない。

 食事の後は鍛錬。とにかく、エステルは自己鍛錬に余念が無い。

 暇だったのでエステルの肉を食べ易くする為に細かくしながらクソマッドをどうやってぶっ殺そうか思案する。その怒りのお陰か、硬い肉が()()切れる。

 いくら食糧難とはいえ帝国は農業の事をどう考えているのか。

 珈琲一つもまともに用意できない。

 肉とビールで喜ぶのは大人だけだ。

 


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