狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#012

 act 12 

 

 ケガ自体は治癒魔法であらかた治してしまったので数日で退院できたのだが、制服につけた勲章はとても珍しいものらしく、出会う軍人に笑顔と拍手で出迎えられてしまった。

 帝国において突撃章の授与はとても名誉な事だとデグレチャフは言っていた。

 その中でも『銀翼突撃章』というのは通常は死人に授与される。それを生きたまま授与されたのは滅多に無い、というかほぼ無い。

 当然の事ながらエステルは軍の組織形態に全くといっていいほどに(うと)い。

 あと、魔導師にとって誉れ高いと言われている二つ名も貰う事になった。

 エステルは二つ名の方が馴染みがある。ちなみに『真紅』という。どういう基準でそうなったのかは分からない。

 前世で勲章と言えば『冒険者プレート』だ。もちろん、実力で勝ち取り増やしていったものだが。

 人から貰うのも悪くはないなと思った。

 ただ、軍内部で勲章をたくさん身に着けた人間はほとんど見かけたことが無い。

 ジャラジャラとうるさくて目立つ事この上ないけれど。

 

「これ、要らないからあげるって出来る?」

「そういう事は出来ない。諦めてつけていろ。何かの役に立つかもしれないぞ」

 

 基本的に勲章は軍服に付けたままにする決まりになっていて、飾っておく事はしないという。

 知らない社会構造にエステルは驚かされる。

 

「お前が前面に出てくれるお陰で私は後方任務で楽をさせてもらった。この調子で頑張ってくれたまえ」

 

 と、ニコリと微笑むデグレチャフ魔導少尉

 そういえば哨戒任務で昇進したんだったという事を思い出す。

 

「少尉になったとして見た目で何か変化でもあるの?」

「階級章が変わる」

 

 と、デグレチャフは自分の肩に縫い付けられている階級章に人差し指を置いた。

 昇進するごとに星が増えたり意匠が変わっていく。

 普段はそれで相手の階級を判断する。名前を覚えていなくても上司に敬礼する目安になる。逆に間違って下の階級の者に敬礼すると笑われてしまう。上司がするのは敬礼に対する返礼だ。

 

「……それにしても、エステル少尉は軍の構造を全く理解していないとは……。あれだけ勉強したのに」

 

 というかド素人のまま軍人になった阿呆そのものだ、と呆れていた。だが、それは仕方が無い、とも思う。

 ()()()()()が軍の組織形態を把握してから入隊などしない。ましてデグレチャフは()()()()ある程度の知識を持っているのでスタート地点に違いがあって当たり前だ。

 同期に先を越されることは普通であれば嫉妬を感じるのだが、相手がエステルだと苦笑しか浮かばない。

 最前線に配属されてため息ばかりついていたが今回はエステルのお陰で比較的、楽な任務で終わった。

 良い弾避けとして頑張ってもらいたいものだ。

 戦闘バカは戦闘に。頭脳労働はデスクワーク。

 どちらも楽ではないが危険度は圧倒的に違う。こちらはこちらで仕事を全うするだけだ。

 戦死して二階級特進はいくら上昇志向の自分(ターニャ)でも選びたくない選択だ。

 今のところ『存在X』もなりを潜めているようだし。というか、奴はいついかなる手段で現れるか分からないが邪魔するなら眉間を撃ち抜くだけだ。

 

          

 

 エステルは上官に呼ばれ、新たな辞令を受ける事になった。それも同期であるデグレチャフと共に。

 

「……二人が並ぶと別人のはずなのに声が似ているせいで姉妹と錯覚しそうになるよ」

 

 聞けば聞くほど区別が付かないほどだ。だが、見た目では明らかに違うのだが、どうしても姉妹だと思ってしまう。

 別々で居てくれれば特に問題は無いのだが、不思議なものだと上官は感心していた。

 

「はっ、よく言われます」

 

 声帯模写の特技があるわけではないが二人共、それぞれ不思議には思っていた。

 上官はタバコに火を()けて少し長めに煙りを出す。

 男社会の世界において大人の大半は喫煙者だった。特に会議室はタバコの臭いが染み付いている。

 そこに小さな女の子がやってこようがお構いなし。

 もちろん、全員が喫煙者という訳ではない。

 エステルは麻薬の臭いなどを苦手としているが一般的なタバコの煙りは煙たいけれど頭痛を感じるほどではなかった。もちろん、煙りが充満した部屋の中だとどうなるか本人にも想像がつかないけれど。

 上官が提示した辞令では本国戦技教導隊付きの内示。

 総監部付き技術検証要員としての出向要請。

 エステルにはさっぱり分からない単語が続いた。こういう時はデグレチャフの出番だった。

 

「かねてより打診があった新型宝珠の試験が(おこな)われるので、それを受け取ってもらいたい、とのことだ」

「新型……でありますか?」

 

 前線に行け、という辞令に比べれば安全な後方勤務と言えるだろうし、デグレチャフにとっては文句の付け所が無い。

 本国で最新鋭の装備に恵まれる他、様々な技術を身につけられる事では申し分のない内容なので二つ返事で了承するところだ。

 総監部付き、というのは事務や人事部が見守ってくれる中での様々な技術開発に携われるというものだ。今回は新型の演算宝珠の実証実験に付き合わされるようだが、これはさすがに行ってみないと分からない。

 後方任務であるのだから断る理由は無い。

 喜び勇んで二つ返事をすると上官にいい印象を与えないだろうから控えめな返答に留めておく。

 

「配属命令を受領いたします」

 

 同時に同じ言葉で言ったので不思議な響きに聞こえた。

 聞けば聞くほど似ている。世の中には不思議な事があるものだと口元が少しだけ緩んだ上官。

 

「よろしい。取り急ぎ兵站(へいたん)総監部に出向してくれ」

 

 新型は大抵が極秘。細かい詳細は現場で聞くしか無いのだが、どの程度の代物なのか気にはなる。

 

          

 

 新型宝珠の開発、実証実験の為に出向してデグレチャフが驚いたのは信じられない欠陥品であったこと。

 これではモルモットだ、と叫びたい気持ちがあった。

 もし事故があっても脱出装置は万全ですよ、と優しい研究員を一人残らずぶち殺してくれよう、と殺意が芽生えるのも時間の問題だった。

 確かに魔導適性値は他の追随を許さないほど膨大だと言われたが、ものには限度がある。

 胸に大型爆弾を積んで空を飛ばされる気持ちが果たしてどれだけ伝わっているのやら。

 同じ実験につき合わされているエステルは()()()()()()して気絶中。よく五体が無事であったと驚いたものだ。

 

「おおっ! 安全な後方勤務のはずがぁぁ!」

宝珠核が不安定です!』

「分かっている! それよりパラシュートは()()()()開きますよね!?」

 

 安全に安全を重ねて丈夫なものを要望したが今日ほど心許ないと思った事は無い。

 見ろ、エステルのパラシュートは飛び出た瞬間に燃え尽きてしまった。

 それでも防御術式が()()()()機能したのは奇跡ではないのか。

 

「革新的な爆弾の間違いだろぉぉ!」

 

 爆散。

 防御術式があるとはいえ全身打撲のまま地上に落下。骨折しなかったのが不思議なくらいだ。

 確かにパラシュートは機能した。ボロボロに破れていたが。よくこれで着陸できたものだ。

 

「で、デグレチャフ魔導少尉!? ご無事ですか!?」

「無事じゃなかったら言葉など出てきませんよ!」

 

 イタリア赤い悪魔(OTO M35型手榴弾)でも投げてから爆発するというのに。ただし、いつ爆発するか分からない気まぐれの不発弾並みの欠陥品だけど。

 

新型演算宝珠の爆発テストを受けに来たわけではありません!」

 

 安全な後方勤務の筈が命をかける結果になるとは。

 今までの演算宝珠に比べれば大幅な出力アップなのだが不安定すぎる。

 通常、宝珠核は一個だけだ。だが、この新型は双発に双発で制御する四機の核を持つ。それを一兵士に制御しろという実験だ。

 死亡事故を何度も起こしている事で未亡人製造機揶揄(やゆ)され、()()()()()()()になった大国(アメリカ合衆国)輸送機(V-22 オスプレイ)の信奉者かと錯覚しそうになった。

 図面では完璧。あとは使いこなせないお前(兵士)が悪い。という理屈はマッドサイエンティストの常套句だ。

 いや、()()マッドサイエンティストに訂正する。

 これを作った奴は底なしのバカだ。

 

「デグレチャフ少尉」

 

 と噂をすればクソマッド。

 開発主任の『アーデルハイト・フォン・クソマッド』という。いや、間違いだと認めたくは無いが訂正せねばならない。

 欠陥機を作って自慢しているクソマッド『アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師にはアルムの山にお帰り下さい、と言いたい。

 クララが立った事で満足していればいいものを。わざわざ彼女(クララ)を走って飛んでニーキックまで出来るようにしなくていいんですよ。

 

「君たちはいつになったらちゃんと制御するのかね」

「これは私達に責任があるのではなく、構造上の欠陥といわざるをえません」

「け、欠陥だと! 私が作った新型宝珠に欠陥などあるはずがない!」

 

 実際に爆発してるだろ、見てなかったのか、このクソ野郎。

 だいたい飛ぶ前に吹き飛んで正常と言える神経が理解できない。

 そういえばエステル少尉は今頃、医務室だろうか。意識があれば治癒魔法とやらで復帰は早いだろうが、その分実験再開も早いんだろうな。

 同期としてお悔み申し上げる。

 

ドクトル(シューゲル)宝珠の開発主任なのではありませんでしたか? これは間違いなく爆弾です」

「なにを言っている。演算宝珠を開発しているんだ。破裂して無くなる粗末な兵器などに興味が無い」

 

 その粗末な兵器なんだよ、クソマッド。

 久しぶりに怒りの湧く人間にめぐり合えてストレスが溜まったり発散したり、気持ち悪い事この上ない。

 よくもまあ小型化したものだ。これだけは誉められるべきものだ。ついでに遠くに投げる手榴弾として量産した方がいい。物凄くコストがかかるだろうけれど。

 それとも戦術核を開発したいのか、このクソ野郎は。

 だったら帝国兵に持たせず、捕虜に持たせて故郷に落とせばいい。

 そうすれば戦争はすぐに終わる。

 

「四機同調は画期的なのだ。それを成功させることが君達に与えられた仕事の筈だ。なぜ、それが出来ん」

「……何故? 初めから欠陥だと分かっているものをどうすれば成功に導けるかなんて知りませんよ」

「ま、また! また欠陥と言ったな!」

欠陥品です! これは確実に。次は爆発しないように改良でもして下さい。今のままでは命がいくつあっても足りませんので」

 

 全く、話しの通じない狂人は檻から出すべきではない。

 話しに付き合っていたら医務室にたどり着くまで何年も過ぎてしまう。

 既に転属願いは出しているが中々受理されない。

 それほど帝国は追い詰められているのか。

 少なくとも開発予算を凍結しないと戦争どころではない、と思う。この演算宝珠は戦闘機並みのコストがかかっていると聞いている。

 欠陥品の量産は破滅しかありませんよ。

 画期的な性能を生み出す新型宝珠、と聞こえはいいが机上の空論の成功など眉唾物だ。

 そんなことで成功が約束されるなら他の国にだって作れる。

 


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