オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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開帳

/War …vol.06

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 ああ、くそ。

 ドジったな。

 

 まさか、あれだけ……しこたまブチ込んできた炎属性の弾幕や魔法が、あの吸血鬼には通じていなかったとは。まったくもってしてやられたわけだ。あんなすげー痛そうに悶え苦しんでいたのが、ぜんぶ演技演出の一環でしかないなんて、予想もしていなかったぜ。

 やっぱりすげぇな。御主人の“敵”は。

 俺らと同じはずの、ただのNPCまで、あんな戦法や戦術を披露してくれるとは。御主人が集めていた情報データ以上の力を示されたのは意外っちゃ意外だが……いや、100年も前にこの妙な世界を征服したらしいから、それからずっと、100年も軍拡を──戦いの準備をしていたとしたら、逆に当然なのかね?

 

 ああ、くそ。

 まだ他にもドジってる気がするな。

 

 あれだ。“たられば”の話にしかならねぇが。

 ──ナタが生きていたら。

 ──ウチの最強の“矛”殿が生きて、この戦いに参加していたら、もちっとマシな戦いを披露できた…………というのは、微妙なところかね?

 この“三対三”の戦いは、完全にアチラさんのご厚意みたいなモンだからな。ナタが生きていたら、向こうのコマも増やされるだけだろうし。じゃあ、俺が代わりに、あの第八階層で、あの赤い娘(ルベド)の相手をしても、ナタほどの時間を稼げたとは、どう考えてもありえねぇわな。

 

 結局、格納庫は最後の一個まで開けなかったな。

 第六格納庫の最強殴打武器“大破城鎚”──第七格納庫の最広範囲兵器“ICBM”──全部が無駄に終わっちまって。第八の戦車と戦闘機群のあとは、第九格納庫の予備武装しか残ってなかったし、ああ、これは「しゃーなし」だな。

 

 あとは、そう。

 そうだ。最悪なミスが、ひとつだけ。

 隊長のミカが、一日一回だけのスキル・大回復フィールドの生成“スプリング・オブ・コロサイ”を発動した時に、次元操作師(ディメンジョナラー)の俺が、〈次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉をして…………は無理でも、せめて〈転移遅延〉や〈不死者拘束〉、〈光の縛鎖〉とかを使って、少しでも長く、死の支配者(オーバーロード)のアインズ・ウール・ゴウンを、正の力で満ちた薬泉に()からせておけば、シャルティアの魔力をもっと削り落とせて、もちっとだけ、コッチの戦況が有利に働いたかもしれない。勿論、拘束耐性や封印無効化はしているだろうから、通じたかどうかはガチで微妙なところだろうが。

 あれは完全に、隊長の対処についていけなかった、俺のミスだわ。

 御主人の危機(ピンチ)になると、光の速さで反応する“盾”殿についていけないのは、当然っちゃ当然なのだろうが──ああ、もう、チクショウメ。

 

 まぁ、いずれにしても。

 俺が死ぬことで、敵のNPC一体を──確実に“足止め”できるだけでも、ヨシとするか。

 

 しかし。

 ほんと容赦しねぇな、この女。

 御主人が持っていた攻略戦時の映像で見た時のツラに比べれば、ずいぶんと冷静な感じだが、もう「俺を殺したくてたまらない」って感じだわ。いい面構えだよ、まったく。天使の身体をボールみたいに蹴り飛ばしやがって。うはははは……“それでいい”。それでこそ、“俺の最後の役目”も、果たしやすいって、もんよ。

 

 第一・第二・第三階層守護者──真祖(トゥルー・ヴァンパイア)──シャルティア・ブラッドフォールンの魔力は、だいぶ削り切った。

 スキルの“槍”も“盾”もそれなりに使わせたし、エインヘリヤルとかいう切り札も、これで終わり。“血落の棺獄”については、カルマ値が中立の御主人には効きゃしねぇ──カルマ値500の隊長にブチ込まれていたら危なかったから、おまけでヨシってことにしておくかね。

 仮に、奴がここから戦線復帰できても、大したことはできないはず。

 これで、俺の戦闘は、終わり、か…………

 

 ああ……

 

 嗚呼、ちくしょう。

 

 最後まで、御主人、の、戦い、見届け、たか、った、な……

 

 

 

 じゃ あとぁ 頼むぜ   隊 長

 

 

 

 ── あ ば よ     ご しゅ じ ん

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 シャルティアは、己を縛る天使の固有スキルに対し、慄然と吼える。

 

「バカな!!??」

 

 光の帯を切り裂いてみたが、当然のごとく効果はない。では、自分の足首を切り飛ばそうとしたが、光が攻撃を弾き返す。ならば脛を。それがダメなら膝を。太腿を。腹部を。いくら自らに刃を突き立てようとしても、淡い光がシャルティアを覆い尽くし、やがて、すべての攻撃行動が取れなくされた。

 

「ぐ、ぎ、くそッ……あ、ありえない……こ、こんな!」

 

 まさか奴は、あの堕天使は、“自分の配下(シモベ)全員”に、これを──この、最後の決戦の場でまで、“足止め”の『捨て駒』をさせるつもりなのか!

 このスキルのせいで、シャルティアの召喚したもう一人の戦乙女“死せる勇者の魂(エインヘリヤル)”が実存をなくしていく。この“足止め”スキルは、スキルを被った存在のあらゆる敵意・敵対行動を否定し、完全に攻撃性能を封じられてしまう。当然、他に例を見ない強力な召喚攻撃たるエインヘリヤルによる攻勢は、これといった戦果も勝ち得ることなく封殺されることに相なった。

 あまりにも口惜しい。

 シャルティアは憎悪と驚嘆に思考を煮え滾らせながら、氷山のごとき冷厳さを取り戻す。

 そうして、戦い続けている同胞──アインズを護るもう一人の王妃へ──警告を飛ばす。

 

「アルベド! 気を付けなんし! コイツラを殺したら!」

「ええ。判ったわ、シャルティア」

 

 同胞の窮状を、女天使との剣戟の最中に視認した女悪魔。

 

 アルベドは短く応えたが、さてどうすべきか。

 目の前の敵を、女天使(NPC)を殺した途端に、自分も“足止め”スキルによって行動を制限されるだろう。

 そうなっては、アインズはあの汚らわしい堕天使と、あろうことか一対一で戦い続けることになる。

 無論、アインズ・ウール・ゴウンに、モモンガという至高の存在に、敗北はあり得ないと判っている。それでも、自分は彼の盾なのだ。盾が主を護らずして誰が護る?

 では、殺さずに女天使を無力化する方法はあるか?

 自分には拘束や封印と言った無効化手段は持ち合わせがない。この手は敵の攻撃を弾き飛ばし、主を如何なる災厄からも守護し果せる盾の機能しか持ちえない。その盾の暴力性は、敵を無力化するのではなく、敵を消滅し蹂躙し虐殺する手段しか発揮しえない。

 このままでは──

 

「御主人様を、護れないわね」

 

 睨み据えた金色の女天使は、会心の微笑を浮かべ、悪魔を見下ろす。

 アルベドの意識が漆黒と化す。

 

 殺したい。

 殺したい殺したい殺したい。

 殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい。

 殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい

 殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい

 殺シタイ殺シタイ殺シタイ(コロ)シタイ(コロ)シタイ(コロ)シタイ(コロ)シタイ(コロ)シタイ(コロ)シタイ

 心ガ弾ケソウナホド、殺戮(コロ)シタイ。

 

 ──だが

 

「──殺してやる」

 

 冷徹なアルベドの無表情に宣告されたミカは、同じく無表情に、言いのけた。

 

()れるものなら」

 

 突撃する女悪魔と女天使──戦斧と光剣が、交差する。

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 パチパチと、拍手を短く打つ骸骨の掌に対し、カワウソは何も言わない。

 

「ふふふ……やってくれたな」

 

 にこやかな雰囲気すら漂う声音の主は、玉座の間の中心で硬直を余儀なくされる吸血鬼の乙女を縛りたてた敵の術策を褒めそやす。

 

「まさか、だ。

 まさか。このナザリックの最奥を目指すためのチームメンバーの中にまで、“足止め”スキル保有者を揃えていたとは──いいや」

 

 そうしながらも、アインズはまったく冷静すぎる思考で、カワウソのNPC──クピドの本来の用途を推察していく。

 

「あの愛の天使(キューピッド)くん。クピド──という名だったな。彼もまた、第八階層での“足止め”要員として、使うつもりだったのかな?」

 

 カワウソは無言を貫くが、表情が震えるのを抑えきれない。唇の端が吊り上がってきて、たまらない。

 

「かつての攻略戦の時と比較して、“あれら”の数が二つ分、少なかった。

 かつて、君の仲間とやらが踏み込んだ時……1500人撃退時の“あれら”は、九体。そして、“ルベド”。合計して10体の脅威を、君のギルドの拠点NPCたちに封じさせようとした。違うかな?」

 

 否定する言葉がない。

 否定する意味もない。

 カワウソは微笑(わら)うしかない。

 これで、カワウソたち天使の澱の残存戦力は、カワウソとミカの、たった二人。

 状況は悪くなる一方。だというのに、カワウソは嗤えてしまってしようがないままに、笑い続ける。

 クピドの死によって、ナザリック最強格と目される階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンを封じることに成功。おまけに、厄介な分身体(エインヘリヤル)も消え失せた。これは喜ばしい大戦果と言える。

 応じることなくほくそ笑むだけの堕天使。それに対し、アインズは業を煮やしたわけでもない、実に軽すぎる口調で、シャルティアの戦闘不能状況を“よし”とした。

 

「まぁ、想定の範囲内だ。君たちが、あの第八階層で、“あれら”を止めた時点で、こうなることもある程度は予期していた」

「──予期していたなら、足止め対策はしておくべきだったんじゃないのか?」

 

 無論。アインズ・ウール・ゴウンとは言え、すべての敵の属性や攻撃手段などへの対策は、システム上の理由で不可能である。弱点となる各種属性への耐性や無効化、時間対策や即死対策、状態異常や次元封鎖などへの抵抗手段の確保など、例を挙げていけばキリがない。いかに無数の種族特性や特殊能力を有するアンデッドや悪魔とはいえ、ユグドラシルの法則に則る以上、この異世界でも種族としての弱点が強制されている道理だ。

 そして、天使の“足止め”は、専用の対策を施さなければ確実に罹患する事象──かつて、プレイヤー1000人規模の討伐隊が──全員があの第八階層で足止めされ尽くしたのと、同じように。

 

「そうだな。さすがに“足止め”対策の装備やアイテムなどを、こちらが用意しきれなかったのは、痛切の極みだ」

 

 嘘っぽいな。

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの生産力をもってすれば──というか、第八階層に“足止め”用の天使を置いている以上、“足止め”対策の装備だけ用意できなかったというのは、虚偽に思える。もちろん、シャルティアは完全に行動不能の棒立ちになっているのは、エインヘリヤルが消えた事実から見ても明らかだが、残るアインズとアルベドの方は、さてどうだろう?

 考えられる可能性としては、「“足止め”対策・無効化」のデータはそれなりに高額かつ貴重。そのため、その武装はそれ一点の能力に突出し、他の防御データなどを組み込めない──わかりやすくいえば、装備箇所が食いつぶされる可能性が高まるということ。

 だが、仮にも真剣勝負の場で、あるかどうかわからない“足止め”のために、貴重な装備箇所を消耗するよりも、確実に使ってくるであろう属性への対策をひとつでも多く固めた方が、まだ建設的な判断だと言える。実際、シャルティアは炎属性への防備を固めていたからこそ、クピドの弾幕や魔法を喰らって、あれほど余裕な状態をキープできていたのだ。カワウソも同じ立場に立てば、アインズと同じ対応と判断をしたはず。

 何はともあれ、戦いは継続される。

 

「安心しろ。少なくとも堕天使の俺には、“足止め”スキルは使えないんだからな」

「わかっているとも。穢れた堕天使に純粋な天使のスキルが与えられないのは、よく理解している」

 

 そう。

 アインズがカワウソを殺す上で、躊躇すべき障害は、何ひとつとして、ない。

 

「さて。君を憐れんでいたつもりはないが。さすがにシャルティアを止められた以上、のんびりとはしていられない──」

 

 戦闘を再開するように歩き出したアインズ・ウール・ゴウン。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)のくせに、聖騎士たる堕天使と接近しようと、悠々たる足運びで、歩を進め続ける。

 

「私も、そろそろ……本気で挑むとしよう」

 

 カワウソは一瞬で、聖剣と戦鎚を構え──。

 

「“第二天(ラキア)”!」

 

 堕天使専用の足甲が黒く輝く。

 刹那。

 堕天使の脚力が、石畳の上を滑るように駆けた。

 刹那の間に距離を詰め、反射防御など期待しようがない背後へと回り込む。

 神聖属性の剣とハンマーによる同時攻撃。ミカの薬泉のスキル(スプリング・オブ・コロサイ)が通用した彼の姿からして、神聖属性への対策は万全とは言い難い。アンデッド種族における、弱点の中の弱点。あれが演技だというのなら、シャルティアの〈大致死〉で回復される理由は? 貴重な魔力を消耗する主王妃の様は、確実にアインズの体力を気遣っての行動に他ならない。

 さて。

 アインズは、どうする。

 先ほどと同じように、自己の周囲を護る魔法を飛ばすか?

 それとも他の手段に訴え出るか?

 カワウソは交差した両手で、一秒の後に、死の支配者(オーバーロード)の頭蓋を打撃し破砕する軌道を、描く。

 防御の魔法はない。

 唱えられた魔法は、防御のそれでは──ない。

 

 

 

「〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉」

 

 

 

 高く澄んだ硬質な金属音が、神聖属性の武装二丁を堰き止め、装備者の骨の身体を守り抜いていた。

 数歩たたらを踏むように後退して、カワウソは息を呑んだ。

 

「な……そん、な……」

 

 堕天使の攻撃軌道に現れたのは、白銀の盾。

 否。

 開帳されたのは、盾だけではない。

 

「あ、あッ、ば──か──な……ッ!」

 

 カワウソは己の眼を疑った。

 幻や夢の類を見せられたように、次の攻撃への運動と思考に移行できない。物理攻撃が封じられたのなら、せめてこの距離で、ゼロ距離で信仰系攻撃魔法を、神聖属性魔法をブチ込むことが、正しい戦者の追撃となりえた。

 だが、カワウソはまるで魅入られたかのように、全身が硬直する。精神支配などへの完全耐性を、神の隷属者であるが故の特性で付属している堕天使の脳が、一瞬以上も呆けるほどの衝撃を、精神的一撃を受けていた。

 アインズが唱えた魔法は、繰り返すが防御の魔法を盾にするものでも、純白の鎧を編み込むものでも、ない。

 漆黒のローブの代わりに、今、アインズ・ウール・ゴウンの総身を覆う、現実。

 現れた白銀の武装は、魔法詠唱者が、アインズが装備できるはずがない、もの。

 

「あ、アア、アース・リカバリー? …………、馬鹿な!」

 

 カワウソの双撃を受け止めた盾と鎧。

 鎧の胸甲部には巨大な蒼い宝石……特大のサファイアが輝きを放ち、骸骨の姿からは想像もできないほど清廉で神聖に過ぎる光輝を溢れさせている。

 距離をとることすら忘れたように立ち尽くすカワウソは、吠える。

 喚き散らすしかなかった。

 

「それは、たっち・みーの! 『ワールド・チャンピオンの鎧』だ!」

 

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンに所属する、“最強”のプレイヤー。

 九つある世界(ワールド)のひとつ・アルフヘイムでの公式大会優勝者(チャンピオン)たる、純白の聖騎士。

 その鎧は間違いなく、カワウソが動画の中で幾度となく確認してきた、至宝の中の至宝。

 たっち・みーの鎧装束は、幻術や精神的な錯誤ではない……完全な現実として、カワウソの目の前に、白銀に輝く恐怖のごとく、光臨している。

 

「何故──何故おまえが、魔法詠唱者(マジックキャスター)のおまえが、それを装備できる!?」

 

 否。

 語り説かれるまでもない。

 カワウソは、直前にアインズが唱えた魔法を思い出す。

 

「まさか〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉……そんな、ことが」

 

 カワウソが知らなかったのも無理はない。

 

〈完璧なる戦士〉の魔法は、そこまで珍しい魔法ではない。

 魔法詠唱者がLv.100の戦士へと変貌する魔法。その程度の情報はカワウソも知悉している。この魔法によって、魔法詠唱者であろうとも、職業によるペナルティ……制限なく、戦士の扱う武器を装備することが可能になることを。

 ユグドラシルに存在する種々様々な武装――特定の職種につかねば使用不可な、忍者専用の手裏剣、仏僧系統職の金剛杵や袈裟など、一風変わったものでも手軽に扱えるようになる――を使い、楽しむ程度の救済措置でしかなかった。

 敵やモンスターが落と(ドロップ)したレアな武装も、即座に換金や交換、素材にするのではなく、そのアイテムの魅力をDMMO-RPGの世界で体感するべく、この魔法は大いに便利使いされてきたもの。

 

 だが、魔法詠唱者というのは、当然のことながら近接職最強と謳われるワールド・チャンピオンとは無縁のプレイスタイルを貫く存在。九つの世界それぞれで最強と冠されるワールド・チャンピオンにしか与えられない装備であるはずのアイテムを保持する魔法詠唱者など、本来であれば存在するはずがない。公式大会での優勝商品であるため、その性能は破格の一言。神器級(ゴッズ)を超え、ギルド武器にも匹敵する領域にあるアイテムであるため、詳細な情報は多くの謎に包まれていた。

 

 しかし、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンには、ただ一人だけ、他の八人のワールド・チャンピオンとは違う道を突き進んだプレイヤーが在籍していた。

 

 言ってしまえば、かつてユグドラシルというゲームにおいて、〈完璧なる戦士〉の魔法が、ワールド・チャンピオンの武装も使用可にせしめると知り得た者は、限られていたのだ。

 そして、ワールド・チャンピオンであるたっち・みーが、ギルド長である魔法詠唱者に譲り遺した鎧は、この異世界で幾度となく、アインズを助けてくれた。

 そして、今回も。

 

 

 

「──我が名は、アインズ・ウール・ゴウン」

 

 

 

 その名の意味が、ここへ来てさらに堕天使の脳髄へ浸透し尽くす。

 

「おまえの前には、我等アインズ・ウール・ゴウンの、四十一人のプレイヤーの力が集まっていることを知るがいい」

 

 アインズの“本気”。

 語られる名の重みが、カワウソの中心にあるもの……心臓よりも脆い何かを、握り、砕く。

 

「……あ、……あああ」

 

 勝てない。

 勝てるはずがない。

 だって、アインズには────

 

「ぅ、あ……!」

 

 感情が凍え軋む。

 臓腑が氷点下に達し、全身を巡る血潮が半ば滞っていく。

 

「フン」

 

 カワウソの狂変に頓着することなく、本気のアインズは戦闘前の準備時間中、腰のベルトに差し込んでいた“棒”を取り出し、間髪入れずに砕き折った。

 課金アイテムである棒の効果で、新たな武装が両腕にはめこまれる。

 

「せいや!」

 

 魔法使いには似合わない咆哮と踏み込み。

 至近距離で呆けていた堕天使は、両手の武装・剣と鎚を無意識に交差して、防御の姿勢を整えた──

 

「がっゲ!」

 

 つもりになっていた。

 無様な声を喉からブチ撒ける。

 極太の棘が怒りの感情を彷彿とさせる巨大なガントレットの拳が、防御ごとカワウソの身体を弾き飛ばした。

 とんでもない衝撃が全身を鳴轟していき、構えていた武装の内、“聖鐘を鳴らす戦鎚(チャーチベル・ウォーハンマー)”が、枯れ木のように粉々となって砕け散った。さすがに神器級(ゴッズ)装備たる聖剣の方は、鉄拳の破壊力に耐え抜いたが、カワウソは反撃や迎撃に移れない。

 

「お次は、これだ」

 

 また棒の砕け折れる音が。

 瞬間、吹き飛んだ関係で距離の離れた堕天使を射抜くような、太陽の輝き。

 アインズの両手が構える弓矢の先端は、まったく当然のごとく、堕天使の方角へ向けられている。

 

「そん、なっ」

 

 射かけられたのは属性ダメージの集合にして巨塊。物理防御など無視して、堕天使の鎧も武器も貫通して、確実にダメージを集積させる射撃武器だ。シャルティアが興奮しきった歓声で「ゲイ・ボウ!」と武装の名を叫んでいるようだが、幾閃も繰り出される光矢を(かわ)すのに必死すぎて、カワウソには半ば聞こえていない。

 

「さっきの籠手は、やまいこ、の……あの弓は、ペロロンチーノ、の……う、嘘、だろ?」

 

 間違いなく、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンに所属するメンバーの武装だ。

 カワウソが見間違えるはずがない。アインズ・ウール・ゴウンへの復讐のために、ナザリック地下大墳墓の再攻略のために、カワウソが蒐集(しゅうしゅう)し探求し検証し続けた、ギルドメンバーたちの情報。彼らのログインが確認されなくなった後も、カワウソが溜め込んだアインズ・ウール・ゴウン対策の情報量は、確実に彼らの武装なども把握させることを可能にしていた。

 しかし、それでも──

 

「あ、あああ……」

 

 絶望感で足が(すく)む。

 耐え難い畏怖に、心の臓が凍りつく。

 カワウソは今になって、ナザリック地下大墳墓の最高支配者……アインズの底を見誤っていた事実に気付かされる。

 

「さっきまでの威勢は、どうしたっ!」

 

 弓での射撃になれていないのか──はたまたカワウソの転げるような回避に焦れたのか、アインズは吼えたてながら別の武装を披露してくれる。突撃してくる魔法詠唱者に、堕天使の聖騎士は半泣きになりながら逃げだしていた。

 

「うぅ、あああぁ!」

 

 あれは、あの雷光を帯びた刀は、武人建御雷(ぶじんたけみかずち)の──

 

「ぎゃああああああああッ!?」

 

 逃げようとするカワウソの背中……右の肩甲骨を引き裂く激痛。

 神器級(ゴッズ)の鎧である“欲望(ディザイア)”でなければ、確実にその下の肺腑ごと、右腕をもぎとり斬り落としていただろう一撃は、神器級(ゴッズ)アイテム・建御雷八式(たてみかずちはちしき)の、鍛え上げられた刀身のなせる業。

 

「あ、ああ、ああああ……」

「どうした? ──もう終わりか?」

 

 (そび)え立つ絶望が、刀を振り上げている。

 カワウソは震える脚で、足甲の速度で、どうにか回避できた。ほとんどアインズを蹴り上げるような、優美さもクソもない、悪足掻きも同然の挙動。打たれたアインズの方がかすかに怯んだおかげである。だが、次もうまくいく保証などない。

 

「く、ぅ、あ──」

 

 胸の奥底にあるべきものが欠け落ちたような──頭の中心に冷たい鉄を撃ち込まれたような──悪戯な神(ロキ)に横合いから投石をぶつけられたような感覚を味わい、そこに佇む白銀の絶望を、直視できない。

 水底に沈むような窒息感。堕天使(カワウソ)は武器を取り落とし、溺れかけた。

 

「あああ、ああ、あ、ははは……」

 

 あまりの恐怖。

 あまりの絶望。

 人間──思考がマヒし尽くすと、笑いが込み上がる。

 そんな空笑いも、数秒もすれば嗚咽(おえつ)に融けて消えた。

 

 彼と自分の違いを、これ以上ない形で目の当たりにした。──させられたのだ。

 

 勝てない。

 勝てっこない。

 勝てるはずがない。

 勝てる道理なんてない。

 

 アインズには、四十一人の仲間がいた。

 

 今も彼には、ナザリック地下大墳墓が、拠点NPCが、仲間たちが残していった武装が、彼の命を守り、今まさにこの時も──共に戦い続けている。

 

 対して、カワウソは、一人。

 たったの、一人。

 ひとり──

 ヒトリ……

 (ひと)

 

「く、ぁ、あぁぁ──」

 

 胸を穿つ感情の鉄杭に、黒い涙が零れ、血を吐くような純黒の(あぶく)があふれる。

 堕天使の眼球が崩れ、世界が虚無の暗黒に落ちていく──

 瞬間だった。

 

 

 

前を見なさい!

 

 

 

 声が。

 女の声が。

 女天使の大音声が。

 暗闇を駆け抜ける一条の光のように、カワウソの意識を明るく照らした。

 

あなたの目的を果たしなさい! あなたの目指すことを成し遂げなさい!

 

 厳しくも凄烈に。

 激しくも壮麗に。

 ミカの声が、女天使の存在が──

 カワウソの胸を──脳を──魂を──心のすべてを、励ましていく。

 

 

 

あなたの望むまま! あなたの挑むまま!

 前に進め! そして、乗り越えろ!

 あなたの、──すべてを!!

 

 

 

 言われたことをすべて理解した、瞬間だった。

 

「お……お、おお……う」

 

 戦意が、

 闘志が、

 復仇の魂が、

 堕天使のすべてを、再燃させる。

 

 

「 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」

 

 

 手折られた花の茎のごとく無惨に全身を屈しそうだった堕天使が──

 黒から透明に変わった、涙にまみれの相貌と眼差しが──

 感情的に吠える。

 そのまま、異形の復讐者は、何か得体の知れぬ力に、脚を、剣を、身体を、心臓を支えられたかの如く立ち上がり、一歩を、──前へ。

 

「今のは?」

 

 アインズはその変貌を──カワウソの再燃を前にして、静かに疑問する。

 彼の興味は、堕天使(カワウソ)の昂奮ぶりではなく、それを促した熾天使(ミカ)の能力に向けられた。

 

「あの女天使……まさかとは思っていたが……」

 

 最高位天使たる熾天使(セラフィム)が放つことができる“以上”の光り輝くオーラにあてられ、堕天使の能力が格段に飛躍していた。

 否。それだけではない。

 

「自軍鼓舞──いや、違う。これは、やはり、()

「アインズ様ッ!?」

 

 注意喚起するアルベドの声に、アインズは自分の状況を把握する。

 至近に迫るは、黒い堕天使の双眸。

 寒気が骨の髄から沸き起こった。

 肉薄した堕天使の剣が、いつの間にか拾い上げた天国の門の剣と、新たにボックスから取り出したらしい黒曜石製の片手剣──銘は“黒曜の聖剣(オブシダント・ホーリーソード)”──が、これまでにないほど鋭く、(はや)く、骸骨の(くび)へと叩き込まれようと──

 

「うぉ!!」

 

 ──した瞬間に、驚異的な反射速度を披露して、アインズは致命箇所(クリティカル・ポイント)への攻撃を避け──

 

「がはぁッ!!?」

 

 ──た先で、続く堕天使の回し蹴りを胸骨の中心に叩き込まれた。

 神器級(ゴッズ)の足甲“第二天(ラキア)”には、さほどの攻撃力はなかったはず。

 だが、堕天使の脚に纏わりつく神々しいまでのオーラが、アインズの骨の身体を焼灼して、吹き飛ばす。

 

「が! はぁ! くっ、──な、ん」

 

 だ、と続けようとして、堕天使の壊れた翼──その影を、真上に、感じた。

 

「ッ、“堕天の壊翼”!」

 

 堕天使最大レベル15によってのみ開帳される、元の天使の力……カワウソの場合は熾天使の能力をある程度まで解放できるようになるスキル。飛竜騎兵の領地・飛竜洞の地底湖で見せた時と同じ肉体エフェクトが、カワウソの右の背中より伸びていた。

 それ自体はいい。

 熾天使対策は万全である上、彼が行使できる熾天使の能力は、あくまで攻撃性能に特化したものばかり。対応さえ誤らなければ、恐れる必要などありはしない。

 だが。

 

「あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ!」

 

 死の支配者(オーバーロード)として精神が沈静化されるアインズ──自分を戦慄させ続ける、この尋常でない覇気は、なんだ?

 先ほどまで恐怖に泣く子供のような様態を呈していたのが信じられない復調ぶり。否──ただの復調ではない。

 

「……先ほどよりも速いだと?」

 

 アインズの体感でしかないが、足甲の効果で速度が向上した以上のステータスで、カワウソは蹴撃を叩きこんでいた。

 おまけに、どういうわけか。先ほどまで感じられなかった……鎧や足甲などの装備効果とは別物らしい神聖属性の強化が、堕天使の全身を覆い尽くしている。あれは熾天使の力ではない。“堕天の壊翼”に、回復能力たる希望のオーラは発揮できない上、アインズの“絶望のオーラⅤ”で、容易に中和できるはず。

 

 なのに、これはいったい、なんだ??

 

「グォ!」

 

 あまりにも速く迅い、一閃と一閃。

 聖剣の(きっさき)が存在しない心臓を貫き抉ろうとするのを回避してみせるが、カワウソの身体に触れる端から、浄化の力によって体力が削られていくのを実感するしかない。これでは手による接触──〈吸収(アブショーブション)〉の装備による体力奪略など論外である。

 アルベドの悲鳴じみた絶叫が聞こえるが、当然ながら女天使(ミカ)に行く手を塞がれていた。シャルティアが動けないのは言うに及ばず。アウラたち他の守護者も。

 アインズは一瞬で思考する。

 戦士化中は魔法が使えない。魔法のアイテムを起動させることは出来る。できるが、それはアイテムに込められた魔法だけであり、この状況に即応するには不足してしまう可能性が大であった。たっち・みーの鎧や盾の防御力は高いが、何しろカワウソの身に宿る神聖属性は、それすら貫通してアインズの体力を削減していくもの。

 口惜しさは残るが、今のカワウソを相手取るのに、アインズが本来得意とする魔法を封印するのは、本能的に危険な気がした。課金アイテムの棒は、ストック残量は十分。〈完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉にしても、魔力さえ残っていれば再発動は可能。カワウソの謎の状態・謎の力が驚異的である以上、ここでこだわる必要性は、限りなくゼロだ。

 魔法を解除。

 アインズは、元の漆黒のローブ姿に立ち戻る。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)剣守り(ウォール・オブ・プロテ)の障壁(クションフロムソーズ)〉」

 

 涙の消し飛んだ純黒の相貌を見上げる間もなく、全周囲に防御魔法を展開。

 断頭台(ギロチン)のごとく振り下ろされ叩き込まれようとした白黒の双刃を、寸でのところで押し止めることに成功。

 しかし、カワウソはアインズが高速で紡いだ三重防御にすら、すぐさま(ひび)をいれて、破壊。

 馬鹿な。

 そう呟く余裕すらない。

 咄嗟に身を退くアインズ。直後、半瞬前までアインズの頭があった地点を、防御を破壊した二振りの聖刃が抉り焼き尽くしていた。聖騎士の特殊技術(スキル)とは一線を画す清浄な輝きが、アンデッドの目に痛いほど飛び込んでくる。

 

「ク、ソ!」

 

 毒づくアインズを、神速の足甲がまたも強烈に蹴り払った。

 さらに後退するアンデッドを、蛇のように執着し追撃する蹴り足の回転円舞が捕らえる。

 足甲の両くるぶしに掴まれ挟まれた頭骨を、脊髄諸共引きずり出さんばかりに持っていく、脚の力。

 

「ハァッ!!」

 

 堕天使の紡ぐ、裂帛の呼気。

 それと共に、アインズの視界が数回転、縦に転がり回って堕ちる。

 気づき、衝撃を感じた時には声もあげられない。アインズは、カワウソの脚によって投げられ、頭蓋から派手に床面に叩き伏せられていた。第三者目線だと、見事なフランケンシュナイダーを喰らったような格好となる。

 さらに追撃の気配。

 容赦も遠慮もない堕天使の殺気が五月蠅(ウルサ)い。

 何となく──本気で──存在しないはずの脳髄や臓腑が悪寒で震えそうなほどの敵意に打たれたように、その場から横に転がる。

 硬い金属の衝突音。

 辛うじて横目に見れば、堕天使の二つの聖剣が、アインズの先ほどまでいた頭と胸の位置を、床諸共に貫こうと刺突してきていた。第十階層の石畳の防御は最高クラス……にもかかわらず、カワウソの剣は、かすかに床面を割り砕いていた。

 アインズは素早く転げ続け、訓練通りの回避方法に則り、その場を離れ続ける。

 立て続けに殺到する神聖属性を纏う連撃。

 野兎を狩るのに全力を尽くす獅子のごとき爪牙の殺到ぶりだ。

 足甲だけでも得体の知れない焼灼攻撃を与えたことを考えれば、純粋な殺傷兵器である剣での攻撃は、是が非でも回避せねば。

 しかし、堕天使は追撃の手を緩めない。

 

「チィッ──〈飛行(フライ)〉!」

 

 機動力の増す魔法でその場を飛び退る。

 堕天使は、猟犬かハイエナのごときしぶとさで、獲物であるアンデッドの足元に追随し、しつこく喰らいついた。

 状況分析を冷静に行えるアンデッドの特性──それをもってしても、堕天使の速度は彼の対応限界を超越し尽くしていた。

 黒い異形が振るう白刃の軌跡が、(あやま)つことなくアインズに殺到する。

 

「しまっ!」

「うあっ!」

 

 右肩から胸にかけての範囲を深く抉り斬られる。

 

「ぐぅぁ、──くそ……!」

 

 想定以上に強化されたステータスと属性攻撃を浴びて、鎖骨あたりが砕けたような痛みを訴える。

 肩の切り口を左手で押さえ、悪態をつく間もなく、アインズの身体が再度襲い掛かる衝撃に吹き飛んだ。

 またも堕天使の蹴り足。

 それを構えた黄金の杖で防御した直後、さらにもう一本、堕天使の空中足刀が伸びてくる。

 アインズの鳩尾(みぞおち)をまっすぐに穿つ衝撃に、骸骨の身体は続けざまに吹き飛ばされた。

 

「ごぅ、ぐぐぁ!」

「あああああっ!」

 

 呻くアインズの身体を、蹴りからの突進で、そのまま壁面の柱へと叩きつける堕天使。

 刹那。

 振り抜いた聖剣二つの軌跡が、アンデッドには存在しない臓腑の部分を、真二文字に抉り、引き裂いた。

 

「ぎぃ! ──な、め、る、なぁ!」

 

 返す刃でもう二撃を加えんと欲する堕天使を、アインズは〈魔法最強化(マキシマイズマジック)負の爆裂(ネガティブ・バースト)〉によって吹き飛ばし引き剥がした。

 堕天使の特殊技術(スキル)で中和され、それほど凶悪な一撃にはなりえない負属性魔法だが、自分の周囲を掃除するのには適していた。カワウソは爆裂の波動にさらされ、十数メートルも吹き飛ばされたところで、難なく片翼を広げ宙に留まる。

 アインズは反撃の姿勢を緩めはしない。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉!」

 

 立て続けに放たれる第十位階魔法を、堕天使は見事に回避し果せる。そして、またも出鱈目な軌跡と速度(スピード)で突貫してくる。

 その瞬発力は、Lv.100とはいえ、魔法詠唱者の能力で捉えきれる次元にはない。

 

「ぐ、が!」

 

 一撃離脱(ヒット・アンド・アウェイ)方式に白と黒の聖剣を振るい、宙を舞い踊る堕天使の灰色の羽根を、残滓として残すのみ。

 アインズは実感せざるを得ない。

 完全に、奴にペースを握られてしまった。

 

「く、〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

「うあああッ!!」

 

 堕天使のデタラメでジグザグで滅茶苦茶な軌道が、〈上位転移〉で逃げ果せた後(・・・・・・)のアインズを捉える。

 

「な!」

 

「マジで!」と心中で驚嘆するアインズ。

 カワウソは転移先を把握したわけではない。

 ただ、デタラメに玉座の間を縦横無尽に飛行し、その軌跡にアインズが偶々飛び出しただけだ。

 もはやカワウソの速度は、閉鎖空間内での転移では対処不能。転移した先に堕天使が突っ込んでくる速度は、魔法詠唱者の判断速度を超えすぎていた。

 せめて、強化魔法で補強し直す時間さえあればと口内で呻きつつ、アインズは堕天使の剣によって、天井に叩きつけられた。アンデッドの肋骨数本が砕けるダメージを負う。そうして、また吹き飛ばされる。

 

「ぐ、が──」

「うあっ!」

 

 カワウソは、追撃の手を緩めない。

 

 そんな中で、

 

「……ふ、ふふ」

 

 どこからか聞こえる笑声。

 その発生源たる骸骨……今まさに死地に立たされ、死戦を繰り広げる男の面貌──

 表情など浮かぶはずのない彼の顔に浮かぶそれは、見える者には完全に見えていた。

 

「────フハッ!」

 

 アインズは、まるで無邪気な子どものように、破顔していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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