オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.09
×
ナザリック周囲を囲む平原。
エモット城の内周と呼ぶべき地に屯する撮影部隊──ハンゾウなどの傭兵モンスターや隠形可能なシモベたちは、様々な形で、天使の澱なる敵対者共の侵攻を記録し、連中の戦闘能力の完全把握のために必要な映像データを収集するという、重大な任務を仰せつかっていた。
その栄誉職──部隊の一員に組み込まれた
そうして、彼等の中の一人が、それを見ていた。
遺憾なことに、撮影用アイテムの捕捉範囲に紛れ込んだ天使の数が過大かつ圧倒的であったために、アイテムの性能仕様上、映像として記録することは出来ずにいた。だが、彼等の中のほんのわずかな人員が、堕天使が解放した未知のスキルを、悪魔の視力におさめていた。
急ぎ連絡しなければならない。
だが、自分たちにのみ通じる種族同士間で行われる念話は使わない(万が一にも盗聴・傍受され、撮影班やナザリックへ害を被る危険を冒すわけにはいかなかった)。連中に気づかれるような行為行動は厳に慎みつつ、重要な情報を、至高の御身へ的確に十全に完璧に奏上すべく、遠回りになりながらも最適な移動速度とルートで、天使共の走破する戦場を離脱。
ナザリックへと己の足で戻り、表層に詰める御身のアンデッドを通して、伝達を乞うのだ。
影の悪魔は、死神を屠る際に微かに見届けた、
悪魔たちの背後。
天使の澱は、第三防衛線を切り崩しにかかっている。
そして、まこと幸運なことに。
悪魔の帰還した表層の墳墓には、堕天使のスキルを『止める』手法を考察し終え、来たる天使どもの歓迎の用意のために
×
カワウソは思い出す。
それは、出撃直前の、最後の作戦会議でのこと。
「我々、ギルド:
この異世界で、アインズ・ウール・ゴウンと戦うという無謀な挑戦を遂行せんとする堕天使を、ミカが導いてくれた。ツアーとの会談を終え、エモット城への侵入路の確認や、作戦指揮を構築していく中で、絶対的な“勝利条件”として、ミカが最大限に利用すべきと進言していたもの。
「連中は大陸すべてを、全世界全種族全臣民を統治下におく超大国。我々のような木っ端な、……失礼。ただ、事実として、Lv.100の存在“十数人”規模の勢力では、天地がひっくり返りでもしない限り、ありえない」
そんな戦局において、唯一の光明たりえるのは──ただ、ふたつだけ。
カワウソの装備する
そして、もうひとつ。
「アインズ・ウール・ゴウンの、連中ほど強大な相手が、我等“格下”に懐いて当然の心象。
──慢心。
──油断。
そして、
そこを利用するしか、我々が、このギルドが……戦える方法は──ない」
ないないと、繰り返し冷ややかに紡ぐミカの声。
熾天使たる彼女が語った必須条項は、相手が強大であればあるほど、壮大で膨大で超大で雄大であるがために、確実に生じるであろう、決定的な“スキ”だ。
物語でよく目にすることだが。
たとえ、どんな賢帝や賢者であろうとも、失敗する時には失敗する。何故か。
それは人間であれば誰しもが己の成し遂げた事柄を、積み上げてきた基礎と基盤を肯定するから。肯定できないもの──自己で自己を否定するものは、自家撞着の自己矛盾に耐え切れない。人は、自分が降り立つ大地が不変であると信じなければ、一歩を踏み出すことは出来ないし、落ちてくるはずのない空が落ちてくるなどと妄信しては、青空の下にいることにさえ怯え震えながら生きることになる。それらは常識というものであり、誰も自分を否定しながら生きていくことはできない。──否定を続けていけば、人はあまりにも簡単に粗末に、究極の否定を自己に施す。自分が、「この世界にいること」すらも、否定してしまう。
国家もまた同じこと。
素晴らしき大国・幸福な生活を送る臣民・あまねく世界に名を轟かせる栄光の極みに立つ以上、それだけのことを成し遂げた事実を誇り、肯定し、受容できなければ、それは暗君の治世であり、100年もの長きに渡って存続できるものではない。
王とは権威者だ。権威というのは、否定されては維持できない。
否定し拒絶し反逆する何もかもを掃滅していけば、後に残るのは
国民に支持されぬ王侯が、大手を振って凱歌を謳えるわけもなく、自己を規定できぬ統治者が、法によって治まる国の規範にはなりえない。
ミカが語るのは、敵である魔導王──魔導国の主君たる者に生じ得る「肯定」の
驕慢とは、一概には悪いことではない。
驕るものは久しからず……されど、驕らないものに、栄光も栄華も極められない。
過度な自己否定を繰り返すものに、勝利が微笑む道理はない。
しかし当然、カワウソは
「アインズ・ウール・ゴウンが、驕慢に
ミカは、押し黙った。そして──
そうして、今。
「あと少しだ!」
第三の防衛線にて。
第二防衛線や第一防衛線の残存が、背後から追撃し包囲網を築きあげてくるのも撃退しながら、天使の澱は平原を進む。
やはり上位アンデッドの姿はなく、居並ぶのは中位アンデッドの戦列ばかり。そこへ死体の集合した巨人や巨人そのものが白骨化したようなモンスターが加わりながら、地下より現れる
アンデッドのくせに死体そのものの効果で炎に耐性を備える炎竜のゾンビが盾となって立ちはだかり、霜竜のゾンビが吐き出す氷雪の嵐が、雑魚天使の軍を凍えさせ地に墜とす。
だが、天使の澱の誇るLv.100NPCの進撃を止めることは難しい。
竜形のアンデッドを神聖属性の光で焼き尽くして、ブチのめして、行軍路を確保。
その間にも、カワウソは新たな疑問を懐き始める。
(アンデッド共の抵抗が、心なしか薄まっている、ような?)
何かの作戦か──アインズ・ウール・ゴウンの思惑は何だ。
心の
考えても
強化された上位アンデッドさえ湧いてこなければ、ギルド:
加えて。
ただただ、敵を
これを止めようとしたところで、兵力を
(上位アンデッドがこないのは、“OVER KILL”を警戒している?)
カワウソが
それを警戒しているかのように、次の上位アンデッドは襲ってこない。
あれは“LIMIT”に比べれば発動条件はそう多くない犠牲者数で
ミカに目くらまし用として〈
魔力はケチって当然。
彼のような純粋な
もしも仮に、いざ正面から対戦するような状況を構築された場合。
その時までに、無数にいるアンデッドと視界を共有し、やられて魔法がキャンセルされたら、すぐに魔法で繋ぎ直して視界を共有する……なんて面倒をかけて監視する使い方をしては、いくらなんでも魔力の無駄遣いが祟ることになりかねない。
あるいは、そう。魔力を無限にもっているような
(少なくとも。モモンガというプレイヤーは、そういう運営にBANされるチート使用者って情報はないんだが)
ユグドラシルの評価だと、「悪のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの長」「強力な即死スキルの使い手」という他に、「異様にPVPの勝率が高い」とか、「時間魔法のコンビネーションが適確」とか、そういう感じの情報しかなかったはず。
(なんにせよ。会ってみれば、解る)
会えればの話だが。
また、長い長いアンデッド共の戦列を踏み超え、大量の人骨や腐肉の残骸を焼き尽くして──
その時が来た。
「見えました」
カワウソの肩の少し上。空を舞う熾天使の瞳にもはっきりとわかるほどの距離に
ナザリック地下大墳墓の表層を護る墳墓の壁。
カワウソは、懐かしさすら感じながら、前進。
以前は、瘴気と毒霧の立ち込める沼地の奥に聳えていたはずのそれが、いまは、爽快な新緑の野に鎮座していて、近くにはログハウスも。そのギャップに、少しだけ笑いがこみあがる。
「…………
思い出す。
皆と一緒に。
あの門を踏み超えた。
あれから、どれくらい経ったか。
あれからカワウソは、どれだけ戦い続けてきたのか。
1500人からなる討伐隊……その一員として、カワウソの旧ギルド:
第一階層の墳墓を破壊し尽くした。
第二階層の蟲地獄や水死体を焼き払った。
第三階層で、
──仲間たちは進攻を続けた。
第四階層の地底湖を走破し、
第五階層の氷河を煉獄に変え、
第六階層のジャングルを蹂躙し、
第七階層の溶岩を凍結させて……
あの、第八階層で──仲間たちは、皆、負けた。
1500人の討伐隊は、“あれら”と“少女”に、殲滅された。
ギルド武器は砕き折られ、ギルドは消滅し、皆とあれだけ苦労して整えた拠点は、無人の屋敷に変わった。ナザリックの第三階層で死んで、ホームポイントだった拠点に戻った後のこと。ギルドの皆が勝って戻るのを、いつものようにささやかな祝勝会の準備をしながら待っていた時、唐突に、旧ギルドのNPCたちが消え失せ、拠点を使用していたギルドがなくなり──カワウソはそこで初めて、討伐が失敗した事実を知った。頭上に浮かぶ『敗者の烙印』が、赤々と、熾天使の頭上に輝いた。
ギルド長たち主要メンバーはINしなくなり、残存していた人たちもユグドラシルに留まることはなく、副長はリアルの仕事がようやく一段落して再会を果たし、同時進行でリーダーに起こったトラブルも、──ようやく聞けた。
……旧ギルド:
「カワウソ様」
耳元で呼びかける女天使の声に、カワウソは頷く。
「──門を開けに行け! イズラ! タイシャ!」
鍵開けの得意な
二人を阻もうと、地中や空中より襲来する
イズラとタイシャが真っ先に門の巨大な錠前にとりついた。
「防御陣形!」
二人の作業を護るべく半円の陣をミカは召喚した天使で築き、その内側に護られるNPCたちは適時援助攻撃を行う程度。
堅牢な門扉の複雑な施錠を外すまでの五分あまりを、カワウソは祈る思いで戦い待ち続ける。
「────開錠成功!」
金属の荘厳な音色が響く。
歓声はあがらない。あげている余裕などない。アンデッドの黒い竜が煩わしい以上に、ここから先にある
最低限の周辺警戒を終えて、イズラとタイシャが我先にと鉄製格子扉の奥へ滑り込む。敵影は、いっそ不気味なまでに存在しない。仲間たちを門の内に誘導。
ナタとクピドが警戒と
天使の澱は、全員で、ナザリック地下大墳墓の表層に、到達。
「ガブ、今だ!」
吼えた主人の号令に則して、聖女は魔法を唱える。
「〈
聖なる光の絶対防壁。三つの神聖な立方体の力によって、墳墓の外の軍勢……腐敗した不死竜共は、一歩どころか一指たりとも、己の防衛対象である拠点へ触れること叶わず。
この魔法を発動中、ガブは攻撃行動をとれなくなるが、問題ない。
侵入を果たすまでの時間を稼ぐための完全聖域は、アンデッドなどの負の存在に対して、触れただけでたちまちの内に浄化する攻性防壁のごとく立ちはだかり続けるのだ。
「よし。中央の
向かおうとした、その時。
「そこまでよ──侵入者共」
湧きおこる気配。
戦慄が氷の刃のように、背筋を、心臓を、脳髄を、撫でる。
「
「──
中央の霊廟より姿を現した、傾国の美女。
それが、二人。
イズラたちNPCが、誰一人として気配にまったく気づかなかった、圧倒的強者。
反射的にイズラが弓矢を瞬速で放ち、タイシャが速攻で雷撃を飛ばす──が、それらは不可視の壁にでも激突したように払い落とされる。
一方は、カワウソが良く知っている吸血鬼。
一方は、カワウソにはまったく未知の存在。
真紅の戦装束・鎧甲冑を身に帯びた銀髪紅眼の真祖。
純白のドレス・黄金の首飾りを纏う黒髪黒翼の悪魔。
「ば、馬鹿な──どうやって……どうやって隠れていた?!」
「
イズラとタイシャの絶叫。
その負け犬共の吠え声に対し、吸血鬼は超然と微笑み、女悪魔は艶然と含み笑う。
〈認識阻害〉という、この異世界で練り上げられた魔法は、ユグドラシルの存在には
「──『降伏勧告』のために、私たちは姿を見せたのに」
「──手を出したのは“そちらが先”でありんす、ねぇ?」
愉悦に歪む美貌は恐ろしく微笑み、敵対者たちへの慈悲など
そして、〈認識阻害〉の装備やアイテムの恩恵で隠れていたのは、そこにいる悪魔や真祖だけでは、ない。
カワウソとミカ達──天使の澱の前に、それは顕現する。
「……チッ。クソが」「ちょ、う、嘘!」「この、気配は──」「やられ、ましたな」
「あり、え、ない」「────こんな、数」「うわー……、マジかー」「不覚不覚不覚ッ」
「いや真に誠に多すぎます!!」「ぁわわわ」「──へぇ?」「はッ。結構な数だことでぇ」
ミカたちが口々に雑言を漏らすほど、不可解な事象。
いつの間にか、そこに現れていた……蜃気楼のヴェール、特殊な迷彩布にでも隠されていたように姿を現すのは、ナザリック地下大墳墓が誇る、屈強な衛兵たち。
ナザリック・オールドガーダー。
ナザリック・エルダーガーダー。
ナザリック・マスターガーダー。
そして。
それら精悍な衛兵共と共に
蒼い悍馬に跨った騎士・
白濁した眼球を無数に宿す肉塊・
死と腐敗のオーラを常に撒き散らす盗賊・
黒い幽鬼の姿は、先ほど仕留めた者とは別の、
……生産都市で殺した
他にも様々な“上位”アンデッドが、見本市のごとく墳墓の表層に並び立っている。優に100を数える上位アンデッドの群れ……軍が、ギルド:
たった13人程度のLv.100では追いつかない、「絶対死」の葬列。
──ここにいるアンデッドのすべてが、ナザリックの超烈な強化を受けていると考えれば、その能力はLv.100相当──それが100体以上とは、確実に脅威的だ。
あれほどの行軍の果てに、苦労して解放したはずの門は固く閉ざされ、石像のゴーレムや墓石に化けていたモンスターによって、
第三の防衛線が手薄に見えた理由は、これ。
すべては罠であった。狩りの獲物が、籠にぶら下がる餌に食いつくのを誘うように、天使の澱はまんまと出し抜かれたわけだ。
終わりだ。何もかも。
撤退脱出など不可能。
突破は、……
「突破できるなどとは、夢にも思わないことね」
ドス黒い
女神のごとく優美な顔に宿る敵対者への呪詛じみた感情は、遠目にも、カワウソたちを八つ裂きにしたくてたまらないという悪暴の色が塗りたくられていると、わかる。
「おまえたち、天使共の死に場所は、“ここ”」
虐殺の意気に濡れる紅玉。
見慣れていたはず第一・第二・第三階層守護者が紡ぐ甘い声音は、「おまえそんな声だったのか」と軽く感動するのも憚られるほどの、敵意の血色に滲んでいると、理解する。
「至高の御身、魔導王アインズ・ウール・ゴウン様の慈悲を得て、この表層で果てることができるという事実を、御身からの御恵み……かくも素晴らしき御方から、貴様らに対する贈り物であると思いなんし」
「諦めることね、堕天使」
抵抗さえしなければ、慈悲深き死でもって、罪を償わせてやると。
ミカたちが手にした武装を構え、カワウソを囲む防御陣を築くが、四方八方に
そんな、NPCたちの後悔と屈辱と挫折感の中心で。
「……諦める?」
堕天使は、悪夢に
「あきらめる、だと?」
カワウソは、白い女悪魔を
「諦めるわけがない。諦めていいはずが」
ない、と。
そう紡ぐよりも先に、
ドシュ
と肉を引き裂くような音色が、堕天使の耳に突き刺さる。
「グ、ァ!!?」
次いで零れた声音は、少年の苦鳴。
カワウソの目の前に飛び出していた蒼い髪。
自分たちの創造主へ迫る脅威の超速度──それに完全に対応可能なステータスを示す“矛”。
少年の中心を、鉛色の瘴気を纏う白刃が、抉る。
差し込まれた刃の数は、二つ。
「ナタッッ!?」
驚愕し、目を見開く間際。
ナタは己を抉り殺した──ゴーレムの起動
超速度で離れていく上位アンデッド二体は、同胞の仇討ちをしそこねたことを悔やみながらも、後退。
この場を仕切る女悪魔と吸血鬼の壁になる位置に舞い戻る。
貫かれた胸元から、純白の花弁をこぼすナタ。
「ア──あ……」
壊れた機械のように、手足から力感をなくす少年──その四肢に、新たな力が蘇る。
風火二輪の靴を大地に噛ませ、落としかけた武装を器用に振るって持ち直す。
「自分は、無事です!!」
ですが、と少年は申し訳なさげに続ける。
「申し訳ありませぬ、
そう。
それがナタの最大の能力。
確実に今、
その光景を前にして、玲瓏な悪魔の美声が紡がれる。
「
他にも、花の動像は“光合成”──つまり、自然体力回復という稀少な能力も併せ持つ、NPC限定のレア種族。
それらを確実に理解しながらも、カワウソの知らない女悪魔──シャルティアという守護者と肩を並べて君臨する女神のごとき
「おまえは、いったい」
「貴様らごときに、この私が名乗りをあげるとでも?」
だろうなとカワウソは頷く。
カワウソという侵入者・侵犯者に対して、情報を与えるようなバカはしないという強い意志を感じ取る。
嘲弄するように面貌を微笑みのまま固定しつつ、暴力的なほど過剰な敵意を如実に示す黒髪有角の烈女。その正体は、カワウソが知らないナザリックの守護者か。あるいは、現地で捕縛使役することに成功した存在なのかは不明。だが、その存在感は、隣に立つ真祖の吸血鬼……シャルティア・ブラッドフォールンのそれと同等同格。
シャルティアと並んで、魔導王が生み出しただろう上位アンデッドに護られている立ち位置にある以上、悪魔たる彼女もまたこのナザリックにおいて相応の実力者……Lv.100NPCと同等の存在と見て、間違いない。第八階層の次・第九階層の守護者あたりだろうか。
しかし、疑問がひとつ。
どうしても気になる事実が、ひとつだけ、ある。
「俺は、アンタに似たあれを、……少女を知っている」
あの第八階層で。
あの1500人全滅の動画で、幾度となく視聴し続けてきた──真っ赤な、少女。
今、あそこにいる女神のごとき女悪魔は、あまりにも、あの少女にそっくりであった。
「おまえは、あの赤い少女の、
震える声でこぼす疑問。
だが、解答は得られることなく、白い女悪魔は問い返してくるのみ。
「……あの
悠然とした微笑が、ただでさえ黒い凶笑が、敵意と憤怒と憎悪と失望の熱を滾らせるような無表情に、変貌。
「1500人?」
「とぼけるなッ! 堕天使風情がァッ!」
猛り狂うシャルティアが、轟々と槍の穂先を振るう。
「貴様は! あの不遜愚昧なる1500人! 我等が守護する大任を与えられしナザリック地下大墳墓を──御方々の居城を踏み荒らした害獣共! その一人だったのでありんしょうが!」
火山噴火よりも荘烈な激昂は、弱い存在が傍にいれば声と槍の風圧音圧だけで吹き飛びかねない力を周囲に
それを前にしても、カワウソは少し記憶を探るでもなく、解答へとたどり着く。
「ああ。だったら、どうした?」
1500人という数字に、あの“討伐隊”のことであるという理解を得た。
堕天使の肯定を前にして、ナザリックの守護者たちは厳格な対応に努める。
「──泣いて許しを請いなさい、堕天使共」
「さすれば。我等が至高の主、アインズ様によって、“苦痛なき死”を御許し戴けることでありんしょう」
守護者たちは烈火のごとき怒りに身を委ねることなく、冷厳に天使の澱を葬る戦列を前進させる。
「……その程度のこともできない愚鈍愚昧愚劣であれば」
「おまえら全員──切り刻んで砕き潰して焼き融かして凍え震えながら殺された方がマシだったと、後悔させるでありんす!」
万事休す。
死の恐怖に竦むカワウソには、この上位アンデッドの全周包囲を、どうにかできる力は、ない。
だというのに。
カワウソの世界は、まったく別の色に染まっていく。
「────」
泣いて喚いて獣の如く地を這いながら許しを請う──
許しを請う。
苦痛なき痛苦なき死を死を死を御許しいただける──
御許し。
──許し?
「ア、ああ、ア˝ア˝ア˝……?」
漆黒の闇が、一言の紅い血文字で塗りつぶされていく。
許し
許し許し
許し許し許し
許し許し許し許し許し許し許し許し許し許し許し許し許し──!!
堕天使の狂気的思考が、カワウソの奥にある禁忌の領域を侵犯していく。
古ぼけていく記憶。何よりも大切な汚物。忌まわしくも尊き仲間達。繰り返される過去。
嘲弄する悲鳴。数え切れない震動。涙は血の味に。血は涙の味に。嗤う自分を笑う自分。
裏切った裏切り。裏切りを裏切った。裏切られ裏切り続けて。裏切っても裏切り足りない。
許してください。許してください。許してください。──誰でもいいから許シテクダサイ。
思考がチグハグに汚染されては修繕を受ける。
思想がアチコチに移ろい流れイカリをおろす。
──許しにいったい、何の意味がある。
仲間を許した自分。仲間を許してしまった自分。許してはいけない──許すべきではない──許していいはずがな
「カワウソ様」
狂乱の
聞きなれた天使の温度に、意識が一瞬で浮上する。
「ア、──あ?」
ここは、ナザリック地下大墳墓の表層。
振り返れば、復讐の女神によく似た、
堕天使の浅く震える呼吸を、あたたかな癒しの掌が励ましてくれる
「大丈夫です」
無表情の極みを得ている熾天使の言の葉。
星彩を帯びる唇は、そっと口づけるような声で、嫌っている主人の枢軸を支える。
「──我等が、います」
その一言で十分……否……“十分以上”だった。
「は、はは……ああ、ああああ」
脳液を沸騰させ、全身を焼き焦がしそうだった狂気が薄まり、自分の地獄行きに付き合う存在たち──この異世界で得られた“仲間”たちを、見つめる。
「……そうだな」
震える声で、ミカ達の存在に万謝を贈る。
しかし──
ああ、なんて、ひどい。
どこまでも非道で、どこまでも無道な、こんな
「うん。許しなんて、いらない」
許しという言葉を紡ぐことへの抵抗をなくす。いつの間にか取り落としていた武器を拾い上げ、ボックスの中にしまう。
「俺は、みんなを許したから──だから」
真実、すべてを許すかのように
「──諦めるわけにはいかない」
涙声で言って、カワウソは頭上で緩やかに回り続ける円環を掴む。
ナザリックの守護者たちが油断なく身構えるが、知っているのかいないのか、赤黒い円環の能力は、世界に波及するもの──
発動を阻害されるよりも早く、カワウソの前に下ろされた円環は、復讐者の意志と掌に押し込まれるようにして、起動。
途端、円環は赤黒い血のようなモノを
「ついに!」
「発動しやがったでありんすね!」
凶悪な笑みを浮かべる守護者たちになどお構いなしに、
円形の紅い陣は墳墓全周を廻り、やがて、その天上……空中にまで効果範囲を示す巨大な円環が何重にも回り広がり始める。
そして──
「…………ん?」
「…………は?」
何も起こらない。
「え…………なに?」
「一体、何だったでありんす?」
墳墓の表層は、平穏そのもの。
平原から薫る草花の風が、涼しく頬を撫でるばかり。
守護者たる二人は、手に手に見慣れない装備を換装しながら、カワウソの
だが、攻撃らしい攻撃はない。
あるわけがない。
「発動完了」
黒い男は飄然と頷く。
残り発動時間は、きっかり10分。
カワウソは悠々と、ボックスからあるものを探る。
「チッ。ただの、こけおどしかヨッ?!」
血気にはやって、シャルティアが上位アンデッドに「
ナタを貫き殺した
「なにッ!?」
「ハァッ?!」
ミカを引き裂かんと鎌を振り上げた死神は、熾天使の致命箇所への攻撃をいれようとしたその時、ミカの反撃の二太刀で死んでいた。鍔迫り合いもなにもない、一方的な殺戮劇。
守護者たちをはじめ、全員が凝視する
異変を察した
そして、今度は先ほど
笑う少年兵・ナタの全身もまた、ミカと同じ赤黒い……否、あの
「貴様、何をした!」
女悪魔が堕天使に吼える。同時に直接攻撃ではなく、
だが、天使共を殲滅できるだけの負属性魔法の絨毯爆撃は、何の効果も与えられずに終わる。
堕天使は明るい微笑みのまま言ってのける。
「『卑怯』とは言わないよな?
おまえたちナザリックも、
二人は手中の装備を構える。
カワウソたち、天使の澱の様子はまるで、“敵となれるものなど無い”がごとく。
「……ユグドラシルでは不可能だったけれど」
「この、異世界でなら────」
攻撃を断行するでもなく、何かを、右手の指にはめつつある。
ついで右手に、何か鉄の塊を握りしめた。
平原の戦いの直前に、彼が確認していた──カワウソの、宝物。
「おまえたちは、この“剣”と──」
掲げ示すそれは、どう見ても武装とは呼べない。
カワウソが愛用する
刀身は朽ち果てたように折れ砕け、武器としての用途としては使えそうにない両手剣──そのほとんど柄しかないような形状の、クズ鉄。“元の完全な姿”の時とは比べようもなく粗悪で脆弱で、何の攻撃にも防御にも使えず、何の光輝も美調も宿さない“剣だったようなモノ”を、カワウソは放擲することなく、しっかりと、握る。
それは、この異世界に転移した初日、アイテムボックス内で真っ先に確認した「あるもの」だった。
アルベドたちには、まったく価値のないゴミクズにしか映らない“これ”こそが、カワウソの切り札のひとつ。
さらに、もうひとつの札を切る。
「あと……“これ”が何か知っているか?」
剣の詳細など分かりようがなかったアルベドは一転、その純銀のごとく輝く装備品を見せられて、愕然と叫んだ。
「そ、それは──!」
彼女は知っている。
遠目にも、その意匠が意味する指輪の正体を理解する。
銀色の輝きを灯す指輪に、三つの流れ星が意匠された、超々
彼女は、かつて、それを目の前で使ってくれた主人の説明を、克明に記憶している。
堕天使は傲然と唱える。
「指輪よ! 俺の願いを叶えてくれ!」
すでに、平原で使った超位魔法〈
この指輪に込められた超位魔法の発動に支障はない。
その証拠に、指輪が起動したことを報せる光輝が、墳墓の表層を明るく照らす。
「
「悪足掻きにも程がありんす!」
確信に満ち満ちる悪魔と真祖の叫喚。
だが、カワウソは意にも介さない。
「やってみる価値はある」
指輪の蒼白い閃光は、まちがいなく、堕天使の願いを発動させようと、煌々と輝き続ける。
その光景に、悪魔は真祖に攻撃を託す。危険極まる
「奴を止めてッ!!」
「言われずとも!!」
シャルティアは中央の霊廟に陣取ったまま、スキル・
遠距離からの攻撃でも、魔力を込めることで目標を完全に追尾して
奴らの本当の性能を発揮した──わけがない。
あるべき可能性は、ひとつだけ。
「奴ら全員、攻撃がきかない?!」どういうことだと疑問を発するよりも早く、シャルティアは周囲にある上位アンデッド群に下知を飛ばす。「殺せ殺せ!! 殺し尽せェ!!!」
自らに与えられた口調すら忘れ紡がれた、主王妃による強命。
とにもかくにも、上位アンデッドたちが攻撃を、魔法を、
しかし、堕天使を取り囲む天使たちによって阻まれ護られ、何の成果もあげられない。
否。
その天使たちこそが、何かの力によって、守られている。
「俺の願いは、『この“剣”、このアイテムに与えられた機能を発揮し──』」
その間にも、堕天使のプレイヤー・カワウソは、己の願いを発露する。
右手の指にはめた
その
心の臓腑を握る魔法を。時を支配する時計を。袈裟斬りに振り下ろされた大剣を。豪速で繰り出された穂先を。魔法を帯びた一矢を。死神の巨大な
それらは
反則的なまでの性能。
幾重にも張り巡らされた赤黒い防御力・明滅するような発光現象は、ただの一枚も、天使たちを一体も、突破できない。
「なんだ! 何なんだ、コレはッ!?」
「まさか、あの赤黒い環の効果が?!」
この現象。
赤黒い円環を“世界”に戴く堕天使が、最後の願いを、指輪に託す。
「『──“この剣の魔法”でもって、我等、ギルド:
「「やめろ!」」と本能的に叫ぶ守護者二人。
だが、堕天使の声を──カワウソの願い求める声を、遮断することは、ついに、できなかった。
「『ナザリック地下大墳墓・第八階層“荒野”に転移させよ』!」
超位魔法が、発動した。
願いは、聞き届けられた。
望みはすべて、かなえられた。
──
──
ガラクタの残骸──朽ち果て折れた剣が光を放ち、天使たちを、天使の澱のすべてを、
──かの地へ。
×
「…………え?」
起こったことが理解できない。
「な…………に────?」
アインズは〈水晶の画面〉に映し出された光景を食い入るように見つめる。
目の前から敵が消失してしまった事実に惑乱するアルベドとシャルティア。
上位アンデッドたちも、完全に姿を見失っているように右往左往している。
そして、映像の中には、奴らが、いない。
天使の澱が、いない。
「チッ、クソ、馬鹿な、ありえん!」
動揺し混乱の極致に達するアインズだが、アンデッドの精神はすぐに起こった出来事を、事象が現実のものであることを確認させる。
玉座に備え付けの大画面──防衛機構の一部を使用して、表層の墳墓とは別の地点を透視するカメラを発動。この異世界で唯一、ギルド拠点に干渉可能なゴール地点──玉座にあるコンソールを操作しながら、奴等を探す。
そして、映し出された光景は、剥き出しの岩塊が延々と地平線を構築するような、荒野。
第六階層に比べ面積と高さは及ばないまでも、それでも広大な、剥き出しの大地が砂塵を巻き上げる、静寂の景色。
そのほぼ中央に、ありえないものが、いた。
「……転移、している?」
ありえない。
このナザリック地下大墳墓は、
その防衛能力によって、この拠点内に転移して侵入することは不可能。
なのに。
ナザリックの表層にいた天使たちは、
ギルド:
第八階層“荒野”に転移した。
────信じがたいモノと、……
「ありえん。いくら超位魔法──〈
この異世界において。
使用者の“願い”“望み”を確実に実現する魔法へと変わっていた超位魔法。消費される経験値にもよるが、それは、不可能を可能とするのに好都合な魔法へと変じていた。
カワウソが指に嵌めて使用したソレは、アインズも使ったことのあるガチャアイテム。
経験値消費が要求される〈星に願いを〉を、経験値消費なしで、しかも三度も使うことができる超々希少なもの。
だとしても。
ナザリック地下大墳墓の防御力、
なかったはず。
無論。それくらいのこともアインズは100年の間で既に実験検証済みだし、
勿論、貴重な経験値を消耗する魔法故に、実験可能だった絶対数はそこまでではない。
が、それでも、こんなことありえないという思いが、アインズの存在しない脳髄を沸騰させる。
「いいや、いいや、いいや、まさか──」
アインズは冷静に、冷徹に、冷酷に考える。
今しがた。
堕天使の輪のごとく浮かんでいた──鮮やかな血の色に輝き回る、天を覆うほど巨大な円環。数は“九つ”。それが今、“八つ”へと減った。
それはまるで、紅の印璽のごとく、世界全体に、転移した先の第八階層に、赤黒い影響力を及ぼしている。
「まさか、あの円環の
ゆっくりと予想に耽溺しそうになる自分をアインズは叱咤した。
アインズは〈
「ヴィクティム!」
『
「敵が第八階層に侵入した。まことにすまないが、桜花聖域のオーレオールと共に、ギルド武器とニニャ、あとダアトを死守せよ。急なことで、我々がそちらに行くには問題がある。桜花聖域の防御レベルを最大級に──
問題なく起動しております。御心配には及びません。
そう告げる赤子のエノク語を聞いて、とりあえず胸をほっと撫で下ろす。
「うん。わかった。では侵入者共の迎撃は、“あれら”とルベドに一任する。おまえたちは、警戒を怠るな」
第八階層守護者との連絡を切る。
次いで、アインズは玉座にいる守護者たちに確認する。
「デミウルゴス……スレイン平野の、敵拠点の様子は?」
「も、申し訳ありません! これは、あまりにも予想外なことで、確認対応に時間が。情報も錯綜しており!」
「構わない。スレイン平野を常時監視させている“あれ”──
「──畏まりました。アインズ様!」
「うむ……コキュートス」
「申シ訳アリマセン! 我ガ息子タチノ方モ、敵拠点ノ“消失”──転移現象ハ意想外ノ事態ダッタモノデ……申シ開キナドモッテノホカトハ心得テオリマスガ!」
「良い。おまえの子供たちに落ち度などあるものか。この事態を予期しえなかった私の不明こそが、最大の
「そんなことは」と抗弁する守護者やメイドたちを落ち着かせつつ、冷静に事態を見据えること己に課すアインズ。
それでも、まんまと転移して
「馬鹿な連中め──たったの十三人で、ナザリックの第八階層に、転移するなど……」
思った瞬間、アインズは己の軽薄な思考を捩じ伏せる。
あの堕天使──カワウソとやらは、……プレイヤーだ。
プレイヤーであるのなら、アインズ・ウール・ゴウンが誇る第八階層の蹂躙劇を知らないはずはない。1000人規模のプレイヤーを飲み込み、殺し尽した
全盛期ではなく、末期の時にユグドラシルにハマったとしても、あの時の動画データはネット上で無数に拡散され、だからこそ抗議メールが、運営もパンクするほどの量が届けられたのだ。その当時を知らない新参であろうとも、ナザリック地下大墳墓は、その第八階層を守護する者らの力は、周知徹底されて然るべき情報だったはず。
ナザリック地下大墳墓は「難攻不落」──挑むモノは馬鹿でしかない、と。
「いいや、違う──」
知っているに“決まっている”。
堕天使は、カワウソは、言っていたではないか。
飛竜騎兵の領地を去る際、マルコに交渉役をやらせた時、奴ははっきりと、明言していた。
『あのナザリック地下大墳墓・
そう。復讐。
復讐こそが、彼の絶対目的。
それ以外など、彼は何ひとつとして望みはしなかった。
アインズ・ウール・ゴウンそのものではなく、ナザリック地下大墳墓の存在ではなく、
カワウソの復讐の対象は、「“あれら”と“
それ以外は余分でしかない。
だから、願った。
だから、欲した。
あの堕天使は、明確に、明快に、「第八階層に転移させよ」と求め願い、そして、叶えられた。
彼は、間違いなく第八階層を、知っている。
第八階層の“あれら”や、ルベドを知っている。
「何か──まだ切り札があるのか?」
あの、相も変わらず天を、第八階層の
だとしても、実に馬鹿げている。
「まさか、本気で──
ありえないと思った。
誰もが『チート』と表現した、ナザリックの最大戦力たる者たちに挑戦するなど──正気の沙汰どころの話ではない。
堕天使とは自殺願望の強い種族なのだろうか。アンデッドに成り果てた自分のように、彼も種族的な特性や性質に引っ張られている可能性もあるだろうから、その辺りは研究してみたいところだ。
しかし、
奴らはもはや、助かりはすまい。
だが、
あえて、
あの堕天使がすべて承知の上で、
ナザリックの第八階層“荒野”に転移したとするならば。
「……何を企んでいる?」
他にも様々な疑義が、難解極まる迷路のように、アインズの頭蓋の内に構築される。
そもそも、奴らはどうやって転移した? 超位魔法の影響だけなのか?
あの壊れた剣の効果だとしても──単純な転移魔法だとは思えない。
仮にそうだったとしても、大いに疑問が残った。
転移魔法は、己の目で……魔法で見た場所への転移は可能にするが、『動画で見た』場所というのは転移可能地点にはなりえない。かつて、あの第八階層に踏み込んだ存在だと仮定しても、そもそもどうやって“諸王の玉座”の防衛能力を──「転移阻害の絶対防壁」を突破したのか。いくら異世界に転移したことでシステム的な変更や調整が加えられているとしても、ナザリックが実験した限り、転移魔法の仕様はそこまで便利な改竄を施されていなかった。
つまり、あの剣の力は、単純な転移魔法ではないという、推測がひとつ。もうひとつは、奴の
是が非でも、あの円環の性能や効果などは究明しておきたいが、使用者を限定しているアイテムの可能性もあるので、問題と言える問題はそのあたりか。カワウソの特殊な種族・職業が必須のアイテムとなると、奪い取っても使えない確率が跳ね上がるわけで。
「それに……」
連中が転移した地点も、アインズ個人には奇怪に思えた。
第八階層の入り口ではなく、何故か、荒野の中央地帯に、転移。
連中、第八階層“荒野”のフィールドのほぼ中心に、
「なるほど。『
だとしても驚嘆して余りある光景に相違ない。
すべてが終わったら、念入りに調べておく必要があるだろう。
天使たちが今いるのは、第七階層から第八階層へ転移してすぐの入口地点でもなければ、第九階層に至るための出口である
荒野のほぼ「真ん中」だ。
かつて確か──あのあたりで待機していたヴィクティムを殺したことで、連中の大多数は身動きが取れなくなり、それを眺める位置にいながらアインズたちは、
そのような古戦場とも言うべき荒野の中心に、暴虐の嵐が吹き荒れるだろう死地に、奴らは自ら望んで飛び込んでいた。
ナザリック侵入という愚劣極まる侮辱行為への激昂も、一周回って感嘆に置換されるほど、アインズは真実、面白がってしまう。
表層周囲にある草原での合戦は、見事な差配だったが……あまりに「愚か」としかいいようがない。
その証拠に、天使たちはアインズが最も危惧する方向とはまったく“逆”の道に──転移の鏡に向け、駆け出していく。
「連中の進行方向──目的は……やはり“鏡”だな」
次なる第九階層へと至るための転移の鏡に向かって、13の敵が走る。
あたりまえと言えば、あたりまえだが……桜花聖域──この異世界においてのギルド武器の安置場所と定めている領域──からは、遠ざかる道のりである。
「──ふぅ」
ない心臓が穏やかな鼓動に変わるように、焦燥感は引く波のごとく消えていく。
やはり、堕天使たちは、この拠点の、アインズ・ウール・ゴウンの誇るギルド武器の所在など──知らない。知りようがなかったようだ。これは当然。ギルド武器の安置場所については、あのツアーにさえ漏らしていない。万が一の可能性として、戦闘メイドなどのナザリックに属するNPCの記憶を覗いたりした場合も考えられたが、それは杞憂であったようだ。
愚直なまでに、次の階層を目指し、全員一丸となって走り続ける。
実に懸命な判断だ。
涙ぐましいほど適切な処置である。
しかし、だからこそ……愚かしい。
思わず安堵と嘲笑の吐息を吐き出してしまう。
アンデッドが息なんて吐くはずもないが。
「アルベド、シャルティア、
魔法の繋がりの向こう、
「なに、おまえたちが謝る必要などない。そして、心配する必要も、ない。連中があの第八階層で果てる様を、ここで皆と共に観戦しようじゃないか。大丈夫。私はおまえたちのすべてを許そう。アルベド。シャルティア」
待っているぞと優し気な微笑を含めつつ、王妃二人との〈
いっそ小気味よいほど軽妙な心持ちで、魔導王は玉座の間に煌々と映し出される
嘆息するように肩を竦める。
「……さぁ、どうするんだ?」
ギルド:
アインズは空っぽな胸骨の奥の鼓動を熱くしながら、天使たちの行方を──その
アインズは、知らない。
ナザリックの者たちも、知らない。
ギルド:
その力、その機能、その役割……
彼らのほとんどは、
堕天使プレイヤー・カワウソによって、
あの「第八階層を攻略するべく用意されたもの」である──その事実を。
アインズは、まだ知らない。
まだ。
×
超位魔法と、朽ち折れた剣が導いてくれた結果を、堕天使は整然と受け入れる。
カワウソは荒野の園の中心で、生命の息吹を感じない戦場で、天を見上げる。
「……やっと」
ナザリック地下大墳墓が誇る転移阻害。
転移阻害は、ギルド拠点の仕様というより、拠点防衛用のアイテムなどを使って敷設されるシステム。だが、ナザリック地下大墳墓などの高レベルダンジョンは軒並みありえないような転移阻害能力を獲得しており、小規模のそれとは雲泥の差と言ってよい。
「やっと、会えた」
そんなナザリック地下大墳墓の防御を突破し果せた堕天使は、空を──
「ああ……やっと……やっと
皆との、誓いを。
あの時の、約束を。
「終わりにしよう。何もかも」
カワウソは、拠点NPCたちと共に、“あれら”を見上げる──
そこには、空に浮かぶ星が、──七つ。
太陽・月・水星・木星・金星・土星など。
愚かなる侵入者・カワウソは、その名前を知らない。
第八階層の“あれら”こと──
生命の樹はエデンの園に存在する樹であり、知恵の実を食べた人間が、生命の樹になる実を食すことで、完全なる生命・不老不死となることを恐れた神により追放される原因となったもの。
そして、ユダヤ教・神秘主義思想のカバラにおいて、生命樹とは10個の
第八階層の“あれら”とは。
第八階層守護者たる胚子の天使・ヴィクティムに与えられた
そして。
かつて“ナザリック地下墳墓”を守護していたボスモンスターたちより賞賛のごとく贈られた
諸王とは即ち、かつてダンジョンに君臨していたボスモンスターのことを示す。
星の形状を構築した、偽りの
──
あまねく王を統べ治めし者──「諸王が
カワウソは──天使の澱はついに、第八階層の攻略に、挑む。
※これは二次創作です。
第八階層守護者・ヴィクティムの住居【
ただし。
第八階層の“あれら”が、
──
しかし。第八階層にある複数形のもの=あれらって呼べるものは、
現状だと
おまけに、Web版の「大虐殺-4」で、
〈以下抜粋〉
「──戻れ、第8階層に」
アインズはここまで連れてきた最大戦力の1つをナザリックに撤収させる命令を送る。誰が気づいただろうか。太陽と重なるように、巨大な発光体があったのを。
〈抜粋終了〉
という感じでしたからね。
もちろん、書籍とWebでは設定が違う可能性も大いにありますが……
さぁ、どうかなー?
次回・第八章もお楽しみいただければ幸いです。