オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の設定は、書籍七巻P352から
【経験値を消費して生み出されるアンデッドの副官で、レベルは90にもなる】
 これ以上の情報は現在のところありません(多分)。なので、この作品に登場する具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)は、原作とは著しく異なる可能性が“大”ですので、あしからず。


殺戮

/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.08

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「さすがは至高の御身、アインズ様の生み出したアンデッドでありんすえ!」

 

 シャルティアが喝采を飛ばすのと同期して、各守護者たちも、映像に映る堕天使を攻め立てる上位アンデッドの姿に惚れ惚れとした表情をうかべ、歓声を喜悦の色に染める。

 アインズは己惚れることなく、冷厳に頷いて応えた。

 

「うむ。相手は、異形種にしては脆弱極まる堕天使……Lv.90クラスのモンスターでは、実力が拮抗するのは道理だ」

 

 たとえ彼がプレイヤーであり、アンデッドへの対策を整えた装備やレベルを保持していようとも──種族としてのステータス数値が劣悪になり、各種の攻撃への脆弱性を露呈する“堕天使”である以上──これは必然の結果と言える。

 確かに、彼もLv.100プレイヤーとしてふさわしいだけの戦闘能力はあるらしい。

 ヘイト値を稼ぎながらHP1で耐え抜き、敵の手数を増やす死の騎士(デス・ナイト)。オーラを垂れ流し、即死スキルを連発する魂喰らい(ソウルイーター)。他にも、この異世界においての英雄クラスや伝説に謳われていた中位や下位アンデッド程度では、いかに“堕天使”といえども速攻で殺し尽くせて当然な力を示せて、当たり前。それがLv.100という存在であり、適正な支援者や防御役を侍らせることで得られる戦闘能力なのだ。

 透徹とした声音で、アインズは分析を述べていく。

 

「彼の強みは、これまでの戦闘を見る限り、速度・敏捷性を超特化させての、“先の先”をいく戦法によるもの。自分へと降りかかる脅威や攻囲を超速度で回避・突破することで、相手を翻弄するスタイル。だが……具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)……あれもまた、殺戮をもたらす死神の『速度』については、ユグドラシルではかなりのものがある」

 

 おまけに。

 具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)は、ツアーから提供されたある死体を使って、永続性を保持しているアンデッド。アインズの経験値消費型特殊技術(スキル)で生み出されたLv.90を超えるモンスターは、堕天使の脆弱な攻撃で倒すのは至難となるだろう(ちなみに、作成のために消費した経験値は、100年間の反抗因子鎮圧平定や、ツアーなどの竜王との模擬戦闘で回復できている)。

 白刃を閃かせる亡霊のごとき幽鬼が、堕天使の聖剣と鍔迫り合う。

 彼の特殊技術(スキル)──頭上にある「Ⅵ」の数字は、一向に減る気配がない。

 

「やはり、あのカウント数字は、敵の命を生贄(いけにえ)として捧げ、その死によって発動するもの。つまり、強大な敵──カワウソ本人では倒しようのない敵をぶつけておけば、発動する条件を満たせないようだな」

 

 100年という長きに渡り君臨してきた魔導王アインズ。

 その頭脳は、はっきりと堕天使が繰り出すスキルの弱所を見抜いていく。

 いかに後方に待機して支援を飛ばすNPCでも、上位アンデッドたる具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)を覆すほどの強化は見込めない。堕天使のステータスの劣悪さはそれほどの領域に位置している。

 アインズはこれまでに観察していた戦闘の事実から、正答を次々と論じていく。

 

「彼、カワウソが具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)を、あの謎スキルで殺すには、他のアンデッドを狩るべきだろう。……しかし、それは不可能なこと」

 

 死の神の特殊能力によって、カワウソは目の前の“死”との対決を余儀なくされる。

 誰も死から(のが)れること叶わぬように、死の神は何人(なんぴと)であろうとも、回避することはできぬ事象──故に敵対者は、死に対して背を向けて逃げることは、不可能。

 命という雑草を刈り取る死神の刃と鍔迫り合うカワウソを、NPCのミカたちが護るように攻撃と防御を飛ばすが、いかんせん距離が離れ過ぎていると、有効な対策を打ち立てることは難行を極めた。

 

 

「さぁ……早く殺してみせろ」

 

 

 殺せるものなら──アインズは凶暴な笑みを骨の顔に浮かべながら言い募ってしまう。

 対してカワウソは、降臨し来襲してくる死に対し、輝きをこぼす聖剣を、振るい──

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 よりにもよって、このタイミングで。そう口の端にこぼしかけるのをこらえるように、堕天使は歯を食いしばる。

 否。

 このタイミングだからこそ投入されたか。

 

「チィッ!」

 

 大きく舌を打つカワウソは、何とかスキル発動条件数を稼ごうとするが、それよりも尚早く敵の攻勢は到来する。

 

「ッ!」

 

 クスクスと聞こえるのは、死を誘う微笑み。

 女神が含み笑うように響き続ける風の()は、あまりにも巨大な鎌が奏でる葬送の韻律であり、鎮魂の挽歌。

 漆黒の影のごとくたなびくローブは、不定形の靄のごとく空間を染め上げ、そうして一瞬のうちに(カワウソ)の視界から消え失せる。

 無論、実際に消え失せたわけではない。

 次の一瞬で、視界を巡らせるだけの時すら与えずに、死の神はカワウソのもとへ接近していた。

 フードの奥に秘された虚無の相貌……黒影(かげ)が、死を想起させる。

 アンデッドの振り上げた得物の速度は、まさに、死の神の凶風。

 

「クソ!」

 

 咄嗟に聖剣の刃を顔面に持ち上げた時、死神の振るう曲がりくねった処刑鎌(デスサイズ)と鍔迫り合いを演じる。

 わかっていても回避が遅れた。

 あの黒い幽鬼……“具現した死の神”と呼ばれる上位アンデッドモンスターの最大の特性は、「死の風」と呼ぶべき戦闘方法を発揮することが挙げられる。生きとし生けるものすべてが死より逃れること叶わず。その事実を突きつけるがごとき呵責なさで、あの死神は敵プレイヤーの首を刈り取りにかかる超速度特化型のステータスを披露する存在。敵対したと分かった瞬間には先手を打たれ、その速度に嫌気がさして逃走を試みても、死神の速度から逃れることは許されない──ゲーム的にいえば、“逃走不可”スキルを保有している厄介な相手なのだ。

 カワウソは神器級(ゴッズ)の足甲“第二天(ラキア)”を起動している……起動していて、この速度に追随できない。

 死の支配者(オーバーロード)部隊もそうだったが、魔導王の生み出すアンデッドというのは、かなり強化された状態にあると見て間違いな

 

「クォ!」

 

 思考する端から攻撃を間断なく注ぎ込まれる。鈍くたちこめる鉛色の瘴気を纏った鎌の白刃は、カワウソの目では追いきれる次元にはない。物理的には不可能に見える大鎌の十三連撃に圧倒されてしまう。

 幸いというべきか。速度に超特化されたステータスゆえに、死神の攻撃力はさほどでもない。

 が、油断していると処刑鎌(デスサイズ)に宿る「一定の確率で対象を即死させる特殊能力」に襲い掛かられるため、クリティカルダメージだけは負わないように努力しなければ。即死対策はLv.100の戦闘では基礎中の基礎。カワウソはしっかりと対策を講じてきているが、こんなところまで来て、貴重な蘇生アイテムを起動させて消耗するのは避けたい。道半ばで倒れている暇などあるものか。

 

(ユグドラシルと同じ、野良のモンスターであれば行動は読める──が、しかし)

 

 この上位アンデッドは、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの生み出したもの。

 死の騎士(デス・ナイト)ですら、大軍で密集陣形を組み、魂喰らい(ソウルイーター)に騎乗するなど、その挙動はユグドラシルのそれとは比べようもない汎用性を発揮していた。

 ただのNPCでは不可能な事象を、この世界では可能であるという、現実。

 

「……ッ!? なッ?!」

 

 予想通り。

 予想していても、驚かされた。

 野生に存在するモンスターの挙動とはまったく異なる戦闘行動を取られる。まるで影の残滓を揺らめかせながら戦野を馳せる死神は、主人に鞭でも喰らっている馬車馬のごとき苛烈さで、堕天使に猛攻猛追を仕掛けてくる。通常の野良にはないパターン。十三連撃など軽い挨拶だったと言わんばかりの練武を、闘争を、死の大鎌による嘲虐を、死の神は堕天使の前で披露してくれる。

 野良だと相手の出方を窺うように周囲を漂い、逃げられない敵をじわじわ嬲るように攻め続ける余裕な動作をするのが通常行動パターン──なのだが、奴からはそんなものを微塵も感じなかった。

 奴の主人であるアインズ・ウール・ゴウン──その作戦指示を忠実に果たそうとする、強大なシモベということか。

 

「──離れやがりなさい、死神」

 

 そう告げるミカの光剣が、カワウソを攻め立てる黒影へ輝く刃を飛ばす。しかし、彼女の攻撃はアンデッドの残す影の粒子すら、かすらない。

 それを追って、カワウソの創り上げた……こちらもこの異世界でありえない自立意識と行動能力を有したNPCたちが、主人の援護を次々に飛ばした。ガブの幻影の巨拳が宙を薙ぎ、ラファの神聖属性魔法が空を払い、ウリの極大火球三連射が天を焦がす。

 が、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の速度……現状のカワウソのそれを超えている敏捷性能に、ついてこれる奴は多くない。カワウソと同格の花の動像(フラワーゴーレム)・ナタであれば何とかしのいでくれるはずだろうが、カワウソの復讐者スキルに巻き込まれることを危惧して動くに動けない。少年の速度が遺憾なく発揮される近接戦闘距離に近づくということは、カワウソの展開しているスキルの必殺圏内に常在することを意味する……それではカワウソのスキルを発動するわけにいかない。さらにいえば、ナタに死神の相手をさせるということは、物理攻撃主体の彼には難しいこと。非実体系統の筆頭格・最上位に位置しているアンデッドに対し、ナタはそこまでの攻撃性能を発揮し得なかった。

 

「申し訳ありませぬ!! 自分の分裂刃では!! ──大してお役に立てません!!」

 

 悔し気ながらも盛大に、かつ壮烈に吼える花の動像(ナタ)の飛ばす四種の分裂する刃は、純粋な物理攻撃系アイテム。非実体のモンスターを相手にするには、魔法を付与したアイテムか、魔法そのもので攻撃するしかない。

 魔法詠唱者(ウリ)鍛冶師(アプサラス)のNPCであれば、魔法を武器へ一時的に付与(エンチャント)することは可能だが、それに伴う魔力消費──具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)を殺せるだけの効果を発動する消耗量は、馬鹿にはできない出費となる。

 おまけに、あれだけの速度を誇る敵対象を追尾しきる魔法や、範囲攻撃系による絨毯爆撃もまた、魔力消費量は過大になる傾向にあった。ウリをはじめ、遠距離支援攻撃を放てるNPCたちの魔法では、攪乱程度の用途にも使えず、無駄撃ちするだけに終わる。

 

師父(スーフ)!! 火尖鎗(かせんそう)の使用許可を!!」

「よせ! まだ使うな!」

 

 背中に背負う秘密兵器を取り出そうとする少年を、短い大声で押し留める。確かにあの火力で、ナタの戦闘速度で繰り出される炎上攻撃を行使すれば、天使の澱を襲う死神を倒すことは出来る。だが、火尖鎗の一日の使用回数は、六回。大量に存在しているであろう難敵──たかだか一体の上位アンデッド程度に使うのは得策であるはずがない。かなうならば、ナタの主武装はナザリックの守護者たちか、第八階層での戦いに残しておきたかった。

 

「タイシャ! 独鈷(どっこ)を!」

 

 言われた黒髪の武僧──通常形態の今は大した速度を出せないが、雷精霊形態に変身するとかなりの速度ステータスを確保できる座天使(スローンズ)は、その手に握る雷霆を意匠された特殊装備、“僧”などの職のみが扱えるそれを、投槍の如く肩の上──袈裟という衣服を焼かんばかりの至近に、構える。

 

(オン)…………!」

 

 彼の元ネタにちなんだ真言の聖音を紡ぐ。

 瞬息で黒い僧衣の裾を翻し、純白の足袋に覆われた脚で大地を踏み込む。投げ払われた武装は雷霆の刃を纏い、上位アンデッドの影へと幾枝ものばす雷樹の輝きとなる。天を引き裂かんばかりの轟音が、聞く者の鼓膜を震わせて痛い程に。

 身に降りかかる物理攻撃など気にも留めていなかった死神が、本気の回避運動をとって後退。魔法攻撃やアタックスキルは、奴への数少ない特効手段たりえる。

 が、

 

「すぐにまた来ますぞ主殿!」

 

 タイシャに手ごたえはなかった。

 緊迫した空気。

 インドラの独鈷(どっこ)による魔力を込めた一撃は、これといった戦果もなく……せいぜい空中にいた中位アンデッドの群れをいくらか掃滅しただけで、ほとんど空振りに終わる。

 黒い有髪僧(うはつそう)の早口が告げる通り、影は二瞬ほどでカワウソの視界に舞い戻り、三瞬ほど様子見するように飛行。

 次の一瞬で、カワウソの眼前に影が(よぎ)る。

 

「イッ!?」

 

 斬撃を受けた堕天使の右足──だが、神器級(ゴッズ)装備の足甲を突破するほどの攻撃力は示せないため、刃はカワウソの身体を転ばせる程度の状況しか生まない。

 しかし、その事実だけで、堕天使は慄然(りつぜん)する。

 

(装備の効果を読んだ? ──いいや)

 

 確実に。

 具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)は、カワウソの速度特化性能──その発動原理の主体となる“足”を刈ろうとしていたのだ。

 

(ただのアンデッドであるわけがない──アレは、アインズ・ウール・ゴウンの生み出した……)

 

 結論する間にも、死が黒い疾風(はやて)のごとく、影のごとき無音と共に、押し寄せる。

 回避も逃亡も不可能。他のNPCたちではついていけない戦闘速度。

 だとしても、解せないことが、ひとつ。

 

(どうして、“第二天(ラキア)”に速度向上能力があると知っている?)

 

 足甲を引き裂こうとした理由……それは、カワウソの速度を向上されては面倒だから。

 それに気づいたのは、今までの戦闘で、その事実を見ていたからだろう……とするならば。

 

(アインズ・ウール・ゴウンは──俺を、見ている?)

 

 見て、知って、理解している。

 そうでなければ──おかしい。

 速度向上効果は特段珍しくもない装備効果だ。ユグドラシルであれば足甲や靴に限らず、指輪や首飾りなどの装身具類でも、使用者の敏捷性を向上させるアイテムはいくらでも存在する。にもかかわらず、死神は執拗に堕天使の「足甲」のみを剥ぎ落とそうとするかの如く、大鎌の驟雨(しゅうう)を注ぎ続ける。

 

(単純な部位脱落──脚をなくせば機動力が落ちるということを狙って……なわけ、ない。わざわざ足甲を引き剥がしている暇があれば、首や心臓を狙って一撃死を狙い続けるはず)

 

 無論。カワウソはそういったクリティカルポイント──致命箇所を護る神器級(ゴッズ)の首飾りを装備しているし、同ランクの鎧もあればそれは不可能という判断が働いたと見做せる。実際、初手の十三連撃はほとんどそのあたりを狙っていたが、鎧の防御力は神器級(ゴッズ)のそれ。容易に突破できるわけがない。

 それでも。カワウソの速度向上能力を潰そうという次善策に訴えるというのは、ただのモンスターの判断で行える戦略ではないだろう。いくらNPCが自我を持つ異世界であろうとも。

 

(相手に合わせた戦略修正。ユグドラシルの、野良には不可能な頭脳戦。

 そんなことができるのは作成者や召喚主────『プレイヤー』だけ)

 

 確定に近いだろう。

 勿論。魔導王とやらが、そういう知識を得ているだけのデータの集合という線も、なくはない。高度に組まれたプログラムであれば、「あるいは」とも思う。

 アインズ・ウール・ゴウンが生み出したはずの上位アンデッド。死神が自発的かつ自律的に思考する存在だとしても、あれほど積極的かつ苛烈的に、逃走不能な敵を攻撃する性能や性質というのは、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)には存在しない。逃亡できない敵をじわじわと嬲り引き裂くことを愉しむモンスターが、まるで相手の強み・長所を潰すという必勝手段にかかりきりになるというのは、戦術選択の基本とはいえ、いかにも奇妙に思える。

 カワウソは嗤い震える唇に、歪んだ微笑を刻みながら疑問をこぼす。

 

「はは……“いつから”だ?」

 

 いつから。

 いつから連中は俺たちの存在に気づいた?

 いったい、いつから連中は俺たちの戦闘方法を探っていた?

 この戦いの最中か? エモット城や都市に侵入した時か? ツアーとの会談の時か? 魔導国の調査──生産都市地下での戦闘──飛竜騎兵の領地で起きた造反事件の時?

 いいや……それとも

 

「ギィッ!」

 

 さすがに神器級(ゴッズ)装備の装甲を突破できないと理解した死神の鎌は、カワウソのほぼ剥き出しになっている腕を背後から引き裂きにかかる。思考に意識を持っていくと戦闘警戒が疎かになるのは如何ともし難い。

 左腕に奔った、鮮血の噴き出る一文字。

 

「ギ、ァ、ガアアアァアアアア、ァアアアアアッッッ!?」

 

 ありえないほどの痛み。

 堕天使は種族特性──弱点として、斬撃武器脆弱Ⅳを有する。

 それは、適正なレベルの者から与えられる斬撃攻撃に対して──抵抗不能なダメージを(こうむ)るということ。

 

「カワウソ様ッ!」

 

 ガブをはじめ、NPCたちが我慢ならぬ様子で悲鳴と叫喚を紡ぐ。

 追撃しようと企む死神を、ミカとナタが危険を承知で、阻む。

 

「チッ、逃げられたか──!」

「大事有りませんか、師父(スーフ)!!?」

 

 主人が痛苦にのたうち、両手の得物を草原に取り落とすという無様をさらしている光景に驚嘆を覚えているNPCたち。

 カワウソは痛みを拡大していく──死神の振るう処刑鎌(デスサイズ)に纏わりついた鉛色の瘴気が、呪詛のように切り傷を拡大していこうとしている──傷口を、ボックスからひったくるように取り出した真っ赤なポーションを傷にぶっかけて、癒す。この状況で、死神の襲撃を警戒せねばならないミカの癒しを期待することはできない。空になった瓶を放り捨て、祈る思いで斬撃ダメージの消滅を……確認。

 

()……くぁ……」

 

 湧き出る脂汗を拭い、この世界ではじめての“傷”の痛みから解放される。

 カワウソはミカたちに無事を伝えながら、未だ頭上に浮かぶエフェクト……“OVER LIMIT”の残りカウント「Ⅵ」を眺める。

 しかし、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の襲来によって、いつの間にやら第二防衛線を築いていた中位アンデッド軍は後退。あれを追いすがっているうちに、今でも攻撃の機を窺っている死神の急襲を受けるのは確実だろう。

 今は急がなければならない。落とした聖剣と星球を構え直す。

 具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)……上位アンデッドを投入してきたということは、おそらく、復讐者のレベルの特性に感づいたからだろう。生贄となる敵を求める内に、今のような反撃を繰り返されては、カワウソの気力と体力が底をつくことになる。

 なので──仕方ない。

 

「“光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅴ”」

 

 逆襲すべく発動したのは、復讐者のスキルではない。

 死神の舞う空を閃光の純白で覆い尽くす神聖属性アタックスキル。範囲攻撃を後退することで回避する具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)は、またもカワウソの視界から消え失せる。

 

 同時に、復讐者のエフェクト……「Ⅵ」の数字が消え失せる。

 

(アレを殺すのに、六体も殺していられるか)

 

 20回分の累積殺傷スコアは無に帰することになるが、惜しくはない。それよりも確実に、上位アンデッドを屠る手段に訴えておく必要がある。

 そのために、“OVER LIMIT”では都合が悪い。

 

「予定より早いかもだが──ミカ」

 

 横目に窺う女天使に、短く「やれ」と命じる。

 委細承知済みの天使が、空いている片手に魔力を集めた。

 天使の長たる彼女に発動させるそれは、第十位階に位置する召喚魔法。

 

「〈最終戦争・善(アーマゲドン・ヴァーチュ)〉」

 

 彼女の手より生じた魔法の輝きは、白い球体となって天へと昇る。

 一個の極大水晶のごときそれは一定の高さに達した際、その内側から、多種多様な下位・中位などからなる天使の軍勢が湧きおこり、戦場の空を色とりどりの羽根や火の粉で舞い飛び始める。これと似たような魔法だと〈最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)〉が存在しており、あちらは大量の悪魔からなる軍勢を召喚するもの。悪魔は勝手に暴れ出すなど味方として機能するものではないが、天使の場合──“善”の側は別だ。

 

「   総軍   」

 

 熾天使(ミカ)は命じる。

 召喚主たるミカの強化を受けた小天使の軍団が、天上より攻め寄せる隊伍を築き、四方の空に、展開。

 

「  蹂躙せよ  」

 

 清明に響く命令を受け、新たに得られた味方の軍勢は、平原の空を馳せる。

 そして、カワウソもまた行動する。

 

戦乙女(ワルキューレ)、残存部隊──“特攻”」

 

 カワウソからの最後となる下知を受けた聖歩兵・聖騎兵・聖弓兵・聖術兵などからなる超位魔法〈指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)〉の召喚天使たちが、喜び勇んで翼を広げ、戦野を痛快な速度で疾走(はし)る。彼女たちの召喚可能時間は、あとわずか。見渡せば、戦乙女たちの横顔は──召喚主たちへの敬意と、戦うことへの喜びを表す美笑(びしょう)しか、見て取れない。「どうか、あなた方の武運長久を」──そう口にするがごとき乙女らの、死への行軍。

 全員がカワウソの命令に従って、カワウソの行く先を照らす篝火のごとき微光を振りまきながら、堕天使に崩されかけた陣を立て直したアンデッドの軍団を、追撃。その途上で、投槍や弓撃、神聖属性の魔法で、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の存在と、奴の逃走回避のための道を潰すがごとき飽和攻撃を、敢行。

 

 天使軍によって、天と地が、戦場のすべてが、覆い尽くされる。

 堕天使と、彼の拠点NPCたちの姿すら、一瞬の間だけ隠れ消えてしまうほどに。

 

 そして…………

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)は、フードの奥にある黒い影でしかない面貌に驚愕を(あらわ)にする。

 

 敵がさらに用意した、ありとあらゆる雑魚天使からなる軍団……炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)雷の上位天使(アークエンジェル・サンダー)監視の権天使(プリンシパリティー・オブザベーション)安寧の権天使(プリンシパリティー・ピース)などの軍列が生じ、それらが一糸乱れぬ行軍隊形をとって、自分たちナザリック地下大墳墓の表層を護る大任を帯びしアンデッド軍へ攻撃をしかけてきたのだ。

 さらに、あの堕天使が召喚したという強力な戦乙女(ワルキューレ)──この平原に満ちる膨大かつ過剰な負のフィールド効果によって弱体化されながらも、ここまで完闘してきた戦乙女らが、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)と、その後方に控えしアンデッド軍へ特攻じみた突撃を行い始めたのも異様だ。

 いくら残された召喚時間がわずかばかりだと勘定しても、こんな攻撃にさらされてどうにかなるような上位アンデッドはいない。少なくとも、死神の速度を誇る己には、あれらの繰り出す遠距離攻撃の類は、容易に回避できる程度。さすがに“素”の状態……ナザリックの強化を念入りに受けている状態でなければ危険だったかもしれない鉄風雷火(てっぷうらいか)の波状攻撃であるが、ここはナザリックの者にとって有利に、そして、此度の敵である天使共には、まこと不利な戦域の中。

 

 無駄なことを。

 

 槍と鏃と魔法の雨を苦も無く避けきり、最前を走っていた騎手を、白亞(はくあ)悍馬(かんば)ごと大鎌の一刀で(ほうむ)る。

 仲間の死に(おび)()じることなく、戦乙女らの空中騎行は、死の神の黒い旋風に撫でられた瞬間に、首を断たれ胴を切られての消滅……敗着を余儀なくされる。

 頭上からは、戦乙女よりも弱い雑魚天使共の戦列が殺到。

 死の神は、女の声で(わら)い続ける。

 それが死の神としての種族の象徴……(あまね)く死者を平等に扱い、微笑をもって葬り去る存在としての性質がそうさせるのだ。

 それに、連中は至高の御身──己の創造主たるアインズ・ウール・ゴウンに牙を剥き刃を向ける愚物の郎党。

 残った第二防衛線を食い破ろうと挑みかかるクズ天使共を、農耕用のそれよりも(いびつ)禍々(まがまが)しい巨大鎌にかけてやる。

 ここに集いしアンデッドは、同じ主人(アインズ)によって作成された同胞たちだ。それを護るのは、御身に創られた上位アンデッドとして、当然の責務。

 戦乙女の最後の特攻と、有象無象の天使軍の総攻撃が、天と地を満たしたとき、

 

 

 

 ──ドスッ

 

 

 

 という音を聞いた。

 

『……な?』

 

 見下ろしたそこにいるのは、開いた黒い転移門より渡り来た、漆黒の、堕天使の、狂笑。

 敵の、カワウソの握る聖剣の刃が、死の神たる己の胸に突き刺さっているが……おかしい。

 自分は実体を持たない、いかなる物理攻撃をものともしないアンデッド。誰も闇を刃で貫けないのと同じように、死神たる己に物理攻撃手段は通用しない。神聖属性の“スキル”や“付与魔法”を纏った攻撃ならいざしらず、ただの剣の一撃ごときに、貫ける道理は、ない。

 

 ない、はず、なのに──

 何故──この、赤くて紅い血は、非実体の、自分の、胸、か、ら?

 

 

 

「“OVER(オーバー) KILL(キル)”」

 

 

 

 堕天使が手中の剣を捩じり発動するスキルの名を聞いて間もなく、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)は殺戮された。

 赤く紅い血を、その身から吹きこぼして。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「な──何ッ?」

 

 アインズは唐突に、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)と繋がっていた召喚の糸が断ち切れたことを理解する。

 中位アンデッドなどの膨大かつ過剰な総量のそれらはいちいち把握できない繋がりであるが、強力な存在たる上位アンデッドのそれは強固かつ巨大なものであり、何より数もそこまで多いというわけではないので、理解し把握すること自体は、今の、100年もの研鑽を積んだアインズには十分可能である。

 しかし。ありえない。

 映像で見れた光景は、確実にアインズの作成した上位アンデッドの圧倒的有利を示していた。

 第十位階魔法〈最終戦争・善〉で召喚された雑魚天使の過大な軍勢が戦場を満たしはしたが、あの程度の雑兵が増えても、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)ならば問題なく対応可能なレベル。

 この地に充満し充溢する負の存在を強化するオーラやアイテム──それらの強化を受けた具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の性能は、Lv.100のそれにも匹敵する。事実、カワウソは自分以上の速度を有する高レベルモンスターに翻弄され、彼の副官たるミカをはじめとしたギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のLv.100NPCたちにしても、有効な攻撃性能を発揮し得なかった。当たりさえしなければ、どんなに強壮な力も0(ゼロ)と同義。

 

 にもかかわらず、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)は死んでいた。

 

 熾天使の召喚した新たな雑魚天使軍や、残存の召喚時間を有効利用すべく特攻を命じられた戦乙女らに体力が徐々に減らされていったわけでもなく、ほんの一瞬で、少しばかりカワウソ達の姿が雑魚天使共の影に隠れた数十秒間で、上位アンデッドのモンスターが、即死無効の特殊能力を有する存在が──死亡。

 

「まさか」

 

 湧きおこる予感に、骨の体には存在しない鳥肌が生じたかに思えるほどの危惧を(いだ)く。

 アルベドやシャルティアたちが、主人の表情が暗く(かげ)っていくのに気づき声をかけようとした(具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の死亡は、作成者であるアインズにしか知覚し得ない)時──天使の軍が第二防衛線を食い破るように突貫する光景の中で──

 

 血を吹きこぼして絶命している上位アンデッド・具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の死体が、平原に打ち捨てられていた。

 

「バッ、馬鹿なっ!?」

「い、一体、何が?!」

 

 白皙の面貌を愕然と蒼褪めて吼えるアルベドとシャルティア。

 他の王妃や守護者、戦闘メイドたちですらも面にする。悲鳴じみた声音は重なり続け、「ちょ、ありえない!」「どど……どうして?」「あの堕天使の仕業でしょうか?」「コレハ──即刻即時ニ、迎撃ヘ向カウベキデハ」「待ちたまえ、コキュートス。それはあまりにも拙速だ」と、危機意識の色に染まり果てていく。

 

「落ち着け。アルベド。シャルティア」玉座の間に満ちるのは、闇のごとくすべてを内包し抱擁するがごとき、主君の声。「そして、我がシモベたちよ」

 

 一斉に配下たちの不安と警鐘を鎮めるアインズは、本当に、穏やかであった。

 

(慌てても意味がない。アンデッドになったおかげで、冷静に思考できて助かる)

 

 悠然とした挙措と口調は、真実、アインズが胸中に懐く大波の嵐を見事に隠しきる。

 

「皆の警戒は当然だ。しかし、今は──今少しだけ、冷静に、な」

 

 大いなる父のごとく、NPCたちの不安と焦慮を(なだ)めて安堵させるアインズは、瞬きの内に具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の被った“死”を推理する。

 

(戦闘状況からして、何かしらの即死攻撃を受けたのは確実。だが、アンデッドの即死無効を貫通突破することが可能なレア能力となると、やはり先ほどの10カウント特殊技術(スキル)ぐらいだろうか。だが、10体の犠牲(いけにえ)を稼ぐほどの時間があったとは思えない)

 

 それこそ。あの雑魚天使の軍──第十位階魔法〈最終戦争・善〉の発動と、戦乙女たちの騎行によって、一時的にカワウソ達の姿は覆い隠されてしまった、あの時に。あの一瞬に……何かが。

 

(カワウソには何か、他の切り札があるのか?)

 

 もっともありそうなのは、彼が頭上に戴き続ける赤黒い円環……世界級(ワールド)アイテムの発動か。

 だが、円環は相も変わらず通常通り、堕天使の頭上に浮かんだまま。

 世界級(ワールド)アイテムが発動すれば、なにかしら派手なエフェクトなり演出なりが出てくるもの。アインズの保有する“これ”も。宝物殿に蔵されている、“傾城傾国”も。

 世界級(ワールド)アイテムによるものという可能性は、極めて低い。

 

(まさか。ミカとやらに〈最終戦争・善〉を発動させたのは、……)

 

 単純な軍対軍の状況を構築するためのもの──だけでは、ない。

 上位アンデッドを邀撃(ようげき)し殲滅するための手段──なのでは、けっしてない。

 

 この時。あるいはアインズが、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)と視界を共有する魔法を発動しておけば、このような事態にはならなかっただろう。そのような魔力を消耗せずとも、平原の野を監視し撮影するシモベ達から送られる映像情報だけで事は足りるだろうという吝嗇……至高の存在たるもの、泰然自若に構え、NPCたちの仕事を奪うような真似をしてはならないという自戒……あるいは、カワウソ達への手心・慈悲・情けの類が、そこまでのことをアインズに要求させなかった。

 

 アインズは確信していた。

 第十位階魔法で行われた召喚攻撃は、ただの“目くらまし”に過ぎない。

 本当は、大量に召喚される天使の軍団によって、カワウソの発動する特殊技術(スキル)──切り札の存在を隠すために、あの魔法は覿面(てきめん)な効果を発揮。

 無論、最初からこれを発動しなかったのは、召喚モンスターの召喚持続時間には限りがある上、単純に魔力を消耗することを嫌ったが故か。

 

「──見事だな」

 

 真実、アインズは感心させられる。

 カワウソと彼のNPCたちは、本気の本気で、ナザリック地下大墳墓を、第八階層に到達することを希求してやまないからこそ、これほどの作戦行動を可能にしているのだろうと推察できる。

 それが、その事実が、アインズには面映(おもは)ゆい

 

「彼には驚かされてばかりだな……」

 

 アインズが、あのサービス終了の日に期待していた挑戦者──ギルド長として、ナザリック地下大墳墓をずっと維持し続けた存在として、待ち続けていた。それが、100年の時を超えて、こうして目の前に現れてくれた事実に、ほくそ笑む。

 あの時は「過去の遺物」と思い知らされていた。

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの栄光など、まったくの無意味であったと知らしめられたような気概をもたらされた。

 だが。

 彼は、彼等は、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)は、“今”この時に、ナザリック地下大墳墓への再挑戦のために、並み居るアンデッド軍を走破し、強化された上位アンデッドの妨害すらも争覇してみせた。

 純粋な賞賛に値する。

 

「──だが。これ以上、好き勝手はさせない」

 

 その強い意思を見て取った王妃二人が、忠言する。

 

「アインズ様。私達にお任せ」

「必ずや。わらわ達が御身の敵を撃ち果たして参りんす」

 

 二人の覚悟に後押しされて、アインズは決意する。

 当初の作戦計画のひとつ、残された企図のひとつを、冷酷に採択していく。

 

「アルベド、シャルティア」

 

 二人に世界級(ワールド)アイテムを持たせているアインズ・ウール・ゴウンは、命じる。

 

「我が上位アンデッド部隊と共に──上で歓迎の用意を(・・・・・・)

 

 アインズの下知を受け、王妃二人が迎撃に討って出る。

 カワウソの能力は不明な段階で、守護者をあたらせるのは得策ではないが、場合によっては彼女たちに貸し与え装備させている世界級(ワールド)アイテムを発動し、蹂躙してしまえばよい。いかに彼が世界級(ワールド)アイテム保有者といっても、二つの世界級(ワールド)アイテムに抵抗できる確率はどれほどのものと言える。

 第八階層のあれらを投入はしない。

 あれらの攻撃力は過剰であり、今も平原にて防衛の役目を演じるアンデッド軍を、諸共に吹き飛ばすような暴威にしかならない。この異世界では同士討ち(フレンドリィ・ファイア)は解禁されている。敵を追いすぎて、万が一にも、表層にある墳墓へ蹂躙攻撃を飛ばされる可能性を想起すると、こんな近場で投入はしたくないというのが本音だ。それならばまだ、しっかりとした戦術戦略に則して行動可能な守護者二人に任せた方が良い。

 

「くれぐれも用心するんだ。場合によっては、我がアンデッドたちを盾にしてでも生き残れ」

「──御心のままに」

「必ずや。二人で帰還いたしんす」

 

 意気軒昂──連れ立って迎撃に向かう二人を見送り、水晶の画面へと視線を戻す。

 映し出されるのは、薄くなった第二防衛線を破断する堕天使と、彼の天使たち。

 アインズは、第三の防衛線を再編・再構築しながら、彼等の来襲を、待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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