オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.05
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アーグランド領域。
「……はじまった」
白い大樹のごとく荘厳な竜。鋭い牙が列をなす口腔の奥から、彼は嘆息を吐き落とした。
その言葉の意味を理解し、ツアーの傍に立つ騎士──カナリアが生真面目な頷きを返してくれる。
ツアーがカワウソという、アインズ達の敵に渡した通行証──それから送付される情報を、彼は己の脳内で知覚できる。堕天使と護衛たるNPCが二体、魔法都市・カッツェに転移して、そこから、ツアーが教えたとおりのやり方で、一行は平和的に城塞都市・エモットの門をくぐりぬけ、そして、平原の戦いへと至った。
これで一応、ツアーの役目は完全に果たされたことに。
カワウソの協力者としても。アインズの友人としても。
だが。
「……」
ツアーは己の住居たる宮殿の聖堂で、カワウソの展開した魔法を眺める。
──“超位魔法”という、この世界には存在していなかったはずの、究極の事象。
それ自体は驚くには値しない。ツアーもかつて、これと同じ位階の魔法を何度か見たことがある。
六大神が、八欲王が、そしてツアーの仲間たる“リーダー”の仲間が、この魔法を使っていたし、アインズとの共闘戦線でも、それは同じ。
あの
八欲王の最後の一人から、ギルド武器と共にそれを継承したツアーは、十三英雄のプレイヤーにそれを託し──そして結局、今ではエリュエンティウの浮遊城内最奥……元の安置場所に蔵されるに至っている。
「
真なる竜王というべきツアーの知覚力・鑑定眼だからこそ、その脅威的な性能を誇るアイテムの存在を看破することは容易。
「カワウソくん、彼の
世界一個に匹敵するそれは、まだ起動すらしていない。
この戦いは、まさに「決死」とも言うべき戦場である。
にも関わらず、彼は拠点NPC12体と、各種召喚モンスター……超位魔法で召喚せしめた戦乙女の軍団のみを頼りに、平原のアンデッド軍へと、突撃。
数百年の長い年月をかけて戦術戦略の理を獲得している竜王にしてみても、彼の戦闘方針はこれ以上ないほどの最適解──というか、これ以外の小細工を弄することが不可能なほど「不利」──という戦況にある。
だが、そんな状況下で
「単純に、今は使えない……発動条件要項を満たしていない? それとも、発動するタイミングを見計らっているのか?」
いずれにせよ。彼が今以上に不利な局面に陥れば、発動することは確実だろう。
それほどの影響力を発揮して当然な能力を発揮するのが、
ツアーは推測する。
ナザリックの内部で起動させるつもりか?
だが、アインズの拠点にはナザリックを守護する
その情報はアインズ
故にカワウソは、それら情報は知らないはず。
少なくともアインズ……モモンガが遊んでいた当時の情報で、
ユグドラシル末期から終焉期においても、ナザリック地下大墳墓を本気で再攻略しようという気運は生まれず、アインズが確認した限り、ネット上でナザリックの情報が売り買いされることも絶えて久しいだけの年月が流れ、何より、「げーむ」に対するユーザーたちの熱が冷え切っていたのが要因だろう、と彼は語っていた。
だから、ナザリック地下大墳墓は“伝説のまま”に、サービス終了を迎えたのだ──と。
そう告げるときの彼の寂しそうな語りが、竜王の耳に残響している。
「……どうするんだい、カワウソくん?」
アインズと同じユグドラシルのプレイヤー……でありながら敵対することになってしまった、異形の顔を凶暴な笑みで歪ませる男を、見る。
にっちもさっちもいかなくなれば、通行証を取り出し、備え付けの〈
その時点で、彼の至上目的は達成不能に陥るだろうが、命あっての物種とも言う。その程度の判断ができないなんてことはありえないはず。ツアーとの共謀関係がバレるのを懸念してくれているとしても、ならば最初からこんな望みなど一片もない戦いに赴くはずがないだろう。
だとすれば、答えは単純。
彼はいまだに、諦めてなどいないということ。
「たった500騎程度を招来しても、ジリ貧だと思うが──」
見える光景は、漆黒の絨毯の端に、白い墨液が垂れたような様相を呈している。
浸透する純白の一滴は、大地の底へ伸びる植物の根のごとし。
不死者の陣を踏み越え蹴散らしていく天使の戦列。
──それでも、アンデッド軍の有利は絶対的であった。
文字通り、四方八方が敵だらけ。
今は良く抵抗できているが、ナザリックに近づけば近づくほど、アンデッド軍の規模と総量は膨大になる。深く潜り込めば、黒い魔軍の戦団に取り囲まれるのは必定の運び。
ツアーは、ギルド:
×
天使の軍勢があげる鯨波の声は、城塞都市・エモットの住人には一切感知できない。
エモット城の内部と、その奥で起こる出来事の一切は、完全な防音設備と防御魔法の恩恵によって、都市の臣民たちの耳にはまったく届くことはない。無論、盗聴盗撮することなど、論外だ。この戦いを記録してよいものは、エモット城の平原外周部に配置された記録係の撮影班のみが許されている状況にある。
エモット城は、許可された存在以外が突入しようとすれば、漏れなく城内に駐留しているアンデッドの警備兵たちに存在を探知され、城内の各種トラップ機能の
今回の平原の戦いは、おそらく魔導国の歴史に残ることはない。
ただ、当事者たちだけの記憶に秘されるものとなることだろう。
「どうですか、ユウゴお兄様?」
「うん……彼等は平原で戦いを始めたようだよ……ウィルディア」
言って、母譲りの黒髪が美しい青年は、銀の髪に紅の瞳をいただく
母たる少女然とした
きわめて細い指先は、実は肉を一切帯びていない……父とまったく同じ、骨の異形。その骨の掌を手袋などで隠すでもなく、ただそのありさまを褒めたたえるがごとく、楚々とした指輪や腕輪の宝飾などで飾りつけ、父より受け継いだ造形の艶と美を、これでもかと言わんばかりに磨き上げている。
骸骨と吸血鬼が融和した
名は、ウィルディア・ブラッドフォールン。
母──シャルティア・ブラッドフォールンの息女として、アンデッドモンスター・
男女を問わず魅了せしめる吸血鬼の甘美な色気。姫の纏う蠱惑の空気にあてられただけで性的絶頂を催すことになるだろう、至福の笑み。そんな表情を面に浮かべる異母妹に対し、同じ種類の「淫魔の美笑」をたたえる青年は、父と同じ肋骨の奥に秘された心臓を、わずかにも高鳴らせることはない。
それをわかっていても、異母妹たる姫は瞳の紅玉と妖火を愛欲と情欲にたっぷり潤ませながら、異母兄たる王子に問いかける──
「本当によろしかったの、お兄様? 父上やマルコ姉様たちだけで、あの天使共の相手を?」
──背後から戯れるように抱きつき、椅子に座る
ユウゴは柔らかく骨の指をつまんでみせた。
「こーら。駄目だよ、ウィル。時と場所を考えないと」
「もう。お兄様ったら。お父様に似て、相変わらずつれないのですね?」
「今は状況が状況だからね──“遊ぶ”のは、事が全て終わった後にしないと、父上たちに叱られるよ?」
「はーい」
言われずともわかっています。そう微笑んで、アインズ・ウール・ゴウンの姫は珠のように美しい
姫も十分に心得ている。
父から与えられた「仕事」を疎かにしては、父や母に申し訳が立たない。
王女は、父からの贈り物たる己の骨の指を愛おしそうに見つめ、慈しむように撫でる。
兄への気持ち以上に心服し、尊敬し、聖愛すらしている、
そんな妹のいつもの様子に微笑みつつ、ユウゴは自分の役割に努める。妹の先の問いに応える。
「僕らが不安がっても意味がない──父上たちであれば、きっと大丈夫だからね」
仕事熱心な王子は手元の端末をいじり、父から送られてくる
「おおお!」
室内で共に行動する同胞、大人形態に変身した
「あれが、我らが至高の君、アインズ・ウール・ゴウン様の“敵対者”」
「あは♪ 敵の数ッ、チョー少な! どう考えてもヤバイっしょ、これ!」
「しかも、おじい様──アインズ様たちと同じレベルのものは、
「…………連中、実はバカ? かも…………」
「それにしても、戦力差の概算もできないなんてことはないと思うけれど」
「とすると、何か『手』があると見て間違いないのかしら?」
「そう考えるのが自然でしょうね、カツァリダ。それに、連中はLv.100NPCが12人」
「ウチ一体は、ニグレド様の監視に気づきかけた上、ガルガンチュア様に軽微な損傷を与えた
「そして、ザフィリの御両親……ソリュシャン様と三吉様を
全員が警戒と危惧を相貌に浮かべて当然の、ユグドラシルから渡り来た敵の姿。
侵攻する天使の敵勢が、アンデッドの軍列を蹂躙すべく、鏃状の突撃隊形を形成していた。
そんな秘戦を「鑑賞」することを許され──なれど「干渉」することを一切禁じられた者たちが、エモット城の上層階に詰めていた。親愛の限りを尽くす父母から、そして何よりも
つまりこの場所は「南」──敵対者、ギルド:
ユウゴは混血種の同胞をまとめる立場・『魔導王親衛隊』の隊長職を拝命する者以上に……ナザリック地下大墳墓に残留した父母や同胞たるNPCたち──そして最も愛する女性にして、将来を誓い合った
「迎撃は予定通り、まずは“兄上”が作った中位アンデッド軍が投入されているね」
魔導国・第一王太子──ユウゴの言う、兄。
それは、アインズに直接創られた
パンドラズ・アクターは、ここにいるユウゴやウィルディアたちの、形式上の“兄”という立場にありながら、彼という存在についてはナザリック地下大墳墓に属するシモベたちにしか知悉されておらず、魔導国臣民で宝物殿の領域守護者である彼のことを知るものは、ごくごく限られた者のみとなっている。
ユウゴたちは幼少期より、何かと父の政務や国務の代行を請け負う“兄”のことを、不思議に思っていた。
「どうして彼が魔導国の王太子の
父たちに比肩する叡智と力量を誇り、その変身能力と演技弁舌の妙によって、兄であるパンドラズ・アクター以外に、父たるアインズ・ウール・ゴウンの“代行”など不可能。聞いた話によると、アインズがこの世界に渡り来てすぐに構築した
それほどの存在に自然と触れ合い、兄たる彼の聡明さと財政面における
にもかかわらず、アインズがパンドラズ・アクターを「自分の息子(のようなもの多分)」と公言していながら、彼は本来の姿──
それがあまりにも解せない。
特にユウゴ──父アインズの後継としての期待を一身に浴びて生まれた王太子は、その重責を己の
そんな“兄”の展開する軍勢を目にし、王子たちは率直な尊敬の眼差しで、告げる。
「やはり、我らが兄上の軍計は素晴らしいな。中位アンデッドだけの部隊で、召喚された格上の戦乙女たちに拮抗しつつある」
無論。この平原にくまなく設置された、アンデッドにとって有利な戦況を生み出す各種アイテムが起動している状況も大いに関係していたが、それでも、父たるアインズのそれよりも些少劣化している軍団で、敵の召喚モンスターの部隊に敢闘し、善戦できている。
ユウゴやウィルディアも、父たち同様にそれなりのアンデッド生産能力……“中位アンデッド作成”などの
何故なら、ユウゴたちもまだまだ「成長途上」にあるからだ。
ナザリック地下大墳墓の誇るパワーレベリングによって、他の混血種たちに比べて、Lv.100の存在同士の子であるユウゴとウィルディアは、父アインズたちと同じ段階にたどり着きつつある。
だが、各種種族レベルや職業レベルに最大15という上限がある一方で、この異世界ではひょんなことから、まったく未知の職業レベルを獲得する事例も確認されている。
この世界でのレベル数値獲得の実験も行ってきたアインズ達であったが、下手なレベリングを行うと微妙な職種を微妙な数値だけ獲得するなどのムラが生じることが判明しており、そのような事態を避けるためにも、ユウゴたちのレベリングは100年もの間にわたり、慎重の上に慎重を期して続けられてきたのだ。死亡以外でのレベルダウン方法が確立されていないため、我が子らを殺してまでリビルドさせるような真似を、優しいアインズは完全に拒絶していたのも大いに影響している。ユウゴ達
それほどの愛情を注がれ育まれてきた王太子たちは、平原で行われる戦闘の光景を眺め、素直な感想を交換し始める。
「……けれど、お兄様。連中がLv.100であるならば、いかにお父様や大兄様たちの力で、アンデッド軍が強化されていると言っても、決定的な力量差は覆しようがないですわよね?」
確かに。ユウゴは頷くしかない。
中位アンデッドで強力な戦乙女の天使に拮抗出来ていても、その白い軍列に護られた敵の首魁の攻撃をとどめることができなければ、大局的にはナザリック側が不利と見える。
だが。
ユウゴは知っている。
「そこも、父上たちは織り込み済みなようだよ」
レベルの差が開き過ぎている場合、数を頼みとした防衛戦には限界がある。
それこそ、今回の天使たちと同じことをナザリックの階層守護者たちも「やれ」と命じられれば、中位アンデッドの軍団程度であれば、走破することは難しくはない。さすがに万単位のアンデッドを打ち破るのは苦労するだろうが、不可能ということはなかった。数量による暴力を、質実による暴力で打ち払えるのが、Lv.100という最頂点の力なのである。
つまり、これは防衛戦の形をしてはいるが、その実態は、違う。
「この
アインズ・ウール・ゴウン……父
ユウゴ達は寝物語や歴史の授業などで聞かされてきた。
ナザリック地下大墳墓の始まり──至高の四十一人──ユグドラシルで起こった出来事──1500人による大規模侵攻──お隠れになった御方々──唯一、この地に残ってくれた、最後の創造主──そして、この異世界への転移現象。
そうして、アインズ・ウール・ゴウンは、100年かけて営々と準備を続けてきた。
その100年で生み出され続けた中位アンデッド軍──この平原を護る彼らが、Lv.100の存在に対してどれほどの戦功を“あげるのかあげられないのか”の「実地調査」という意義が、今回の戦いには含まれていた。
敵は、僅か十数人のLv.100の存在たち。
圧倒的にこちらの優勢下で事が進められると確信できる小勢。
これを使わない手はない。
父は本気で100年後に現れたプレイヤーなる存在を憐れみ、彼等と協力関係を結べるように便宜を図ったが──結果は、“敵対”という形に落着。天使という、アンデッドにとって相克関係に位置する勢力でもあったために、そういった属性相性の有利不利が、どれだけの大軍に通用するのかを調べる上でも、今回の実験には好適な敵軍たりえる。
そして何より、
「連中がどれほどの戦力を──スキルを──
それを調べる上で、一日の上限数まで自由に生産可能な、補充がいくらでも利く類の軍を動員することは、ユウゴたち──アインズの子供らの判断からしても最適解に違いなかった。
敵が圧倒的に不利だからこそ、敵は自らの性能を惜しげもなく披露してくれるはず……
否、披露せざるを得ない。
ギルド:
中継映像の中で、アンデッド軍から繰り出される斬撃や弓撃を疾駆によって
あの、カワウソが一度だけ使った
堕天使が生産都市地下で発動してみせた、
智謀において魔導国内の頂点に君臨する母や兄、大参謀たる悪魔は勿論、親愛なる父──アインズですら「まったく知らない」という、未知の
「状況は、あの時とほぼ同じ」
おまけに、今回のこれは軍団規模。
相手はたった三桁の勢力で挑戦するのがやっとであるのに、ナザリックの備えは万単位。文字通り桁が違った。
いかに相性や彼我の実力差があろうとも、あれほどの数に蹂躙されては──おまけに、連中の得意分野たる神聖属性などを減衰される
「ん──
これでまた、天使軍の行軍速度は鈍化を余儀なくされる。
地中に潜伏していた下位アンデッドの掌が大地より咲く草花のごとく沸き起こり、疾走する堕天使や戦乙女の足元に絡みつかんと、まるで地雷兵器の爆炎のごとく抱擁し、固縛していく。比較的性能の低い下位のアンデッドでは、あれだけの力を秘める天使モンスターに触れるだけでも浄化作用で死滅するものであるが、アンデッドに有利な
「あそこは、
十分な距離にまで進軍してきて敵勢を、正確に
おまけに、死の騎士たちの突撃も加われば、天使軍に逃げ場などない。アンデッドたちに同士討ちを
白い軍列が、不死の黒い大津波に呑み込まれる……まさにその時。
──世界が閃光の白に染まった──
「あれは?」
「神聖属性のスキルだね」
ユウゴは即座に理解し指摘する。
光が閃く中心に、六枚の純白の翼を広げた女騎士──熾天使の姿を正確に捉える。
「確か彼女、ミカという名前だったね」
兄が女の名前を呟いただけで不機嫌そうに眉を
光が巨大な
ユウゴは微かに嘆息する。期待していた、堕天使の仕業ではなかったのだ。
彼の傍に仕え続けるがごとく飛行する女熾天使が、広範囲・全周囲──上空は勿論、地の底にまで広がる烈光を降り注がせただけ。
「
飛竜騎兵の領地──セーク族の聖域たる
いかに「HP1で耐える」特殊能力を持つ
そしてそれを、アンデッドを指揮するユウゴたちの兄──宝物殿の領域守護者は心得ている。
聖なる輝きが陣地をまばゆく照らした瞬間に、軍はその効果範囲から逃れ回避する行動に専念。無駄にやられる兵数を必要最低限に留めることに成功できるのは、指揮する創造者の卓越した判断力の業である。
それでも、至近で光を浴びたアンデッドたち──概算して500体ほどが
平原にポッカリと空いた陣地に向けて、堕天使と白い軍団は疾走を続ける。
あまりにも愚直。
あまりにも短絡。
そう評して当然の突撃行為が、彼等の唯一の戦術であるかのごとく。
カワウソたちの単純な作戦を侮蔑し嘲弄する魔導王親衛隊の構成員たち──幼馴染たる混血種の乙女らとは対照的に、ユウゴは深い沈黙を保ち、一言。
「……おかしい」
彼だけは、その戦場の光景に違和感を覚えていた。
「お兄様?」
ウィルディアが
「なにか、気になることでも?」
「ああ──何故、ミカという
「それは、……あの女天使とやらが、
あの女天使が常に放出している“希望のオーラ”、その“Ⅴ”というのは、熾天使の特徴たりえた。彼女は飛竜騎兵の領地でオーラによる蘇生を行使した場面も確認されており、確定情報としてナザリック内で周知徹底されていた。
妹の当然の推測に兄は頷きながらも、それとは別の部分で引っ掛かりを覚えていた。
率直に告げる。
「ここはアンデッドに有利な条件が揃えられた平原だよ。
大気に満ちる“絶望のオーラ”。天使の攻撃を
特に、神聖属性の攻撃などは著しく機能を減衰される条件がそろっている──なのに、何故、同じ範囲を、あれほどの威力で、あのスキルで焼き払うことができる?」
王子の見定めた全周囲展開式のスキルは、ユウゴたちが動画データで閲覧した件の堕天使の戦闘光景とまったく遜色ない範囲に威力効果を発揮している。いや、ひょっとすると、それ以上かもしれない。
だが、それでは計算が合わない。
「カワウソは熾天使のLv.5を
その推測は事実であった。
天使種族のレベルをプレイヤーが獲得する上で、上級天使に昇格するために必要な条件──既存の下級天使のレベルを消費することで、上位種への転生を可能にするシステム。分かりやすい例だと、
そうして最頂点の熾天使Lv.5の他に、種族レベル用アイテムや様々な獲得条件をクリアすることで、
そうして、入手できたそれらすべての天使種族レベルを
堕天使最大Lv.15で入手可能なスキル“堕天の壊翼”を行使することで、一日に一度・時間制限付きで、それら元々の種族レベル分のスキルやステータスをカワウソが行使可能になることは、これまでの戦闘調査研究で判明している事実。カワウソが堕天使の最大スキルを現状において使わないのは、“温存”のためだと予想はつく。その他の配下に、不利な戦況でアンデッドの群れなす攻撃を打ち払わさせるのは、それ以外の処方がないためだとも。
しかし、
「何故、あのフィールドで、創造主であろう堕天使なみの攻撃力を、あの熾天使は発揮できる?」
あるいは課金アイテムか。
いや、ひょっとすると…………
「あの女天使……」
王太子ユウゴは、顔の前で手指を伸ばしたまま組み合わせる。
母の黄金と、父の火の輝煌をともす瞳を
彼等と、父の創った
──『あの女熾天使……アレは、強い』
──『あの女……ただの天使種族ではないぞ!』
父が生み出した
「まさかとは思うが──」
父たちから聞かされ教えられ、自らも図書館などで総覧できるユグドラシルの研究と見識を積み続けたユウゴは、沸き起こる予感に総毛立つ己を感じる。
ありえない。
ありえることではない。
だが、それ以外の解答は得られそうに、ない。
至急、連中のレベル構成を看破するように父へ上奏する……には、危険が多い。そういった情報系魔法へのカウンターが飛んでくる可能性を否定できないと、これまでさんざん警戒し続けてきた。
それに、父アインズたちが、
「うん……ただ……
沈思する王太子の耳に、神聖な光輝が繰り出される音色が届く。
ぱっと顔をあげる。
天使軍を蹂躙せんと、再び、
そういった攻撃の魔手を、うるさい羽虫を焼き尽くすがごとく、あの女天使・ミカは掃滅していく。神聖属性攻撃は、同じ神聖属性や善なる存在を傷つけられない。天を舞う熾天使が繰り出す閃光が、確実にアンデッドたちだけを打ち据える特効能力を発揮していった。
無論、彼女の他にも点在するLv.100NPCによって、十数体~百体規模のアンデッドが浄化され破砕され無へと帰るが、アンデッド軍の戦列の規模は、その程度の攻撃では刈り尽くせないほどに圧倒的。
シスターの振るう鉄拳が死の騎士数十体を空間ごと圧壊させ、羊飼いの握る杖から神聖な輝きがこぼれる。黒翼の繰り出す鏃が骸骨の頭を十体ほど貫通し、白翼の吹き鳴らす角笛から生じる演奏が
そして、それら全員を駆使し、確実にナザリックへと進軍を続ける堕天使・カワウソ。
──それでも。
アンデッドは恐れることなく、敵の行く手を阻む盾を広げ、磨かれた剣と槍と斧と矢と杖を差し向ける。
僚友の骨が砕け、戦友の腐肉が弾け飛び、己自身を浄め朽ちさせる光の奔流を浴びても、彼等はけっして恐れて後退などしない。
アンデッドだから。
大挙して押し寄せる黒い怒濤を、主人に命じられたミカが、白い光のスキルによって滅ぼし尽くす。
「これで四発目……次に発動すれば、“熾天の断罪”の一日の発動上限数に達しますわ」
妹の言う通り、すでに熾天使のスキル上限数分を撃ち終わりかけている。
その最後の一回を使えば、あとは蹂躙を待つだけのはず。
「あ、使った」
数分も経たず、呆気なく使われてしまって、思わず拍子抜けすらしてしまう。
まったく出し惜しむでもなく、熾天使の解き放つ光芒──攻撃スキルが戦場を白に染め上げる。
ユウゴは
「さすがは熾天使──父上たちが、最も警戒すべき種族のひとつということか」
そうして、今ようやく、第一の防衛ラインを突破されたことになる。
これで、パンドラズ・アクターの率いる第一防衛線のアンデッド軍、その展開布陣された者の半数以上が掃討された。大量のアンデッドたちは敵の繰り出す広範囲に渡るスキルや物理攻撃の連撃によって、まるで暴風雨か地殻変動にあてられたがごとき様相を呈している。彼ら中位モンスターは、集団でこそ意味がある。陣立てが損耗し
──しかし、この時ふと、誰もが予想だにしない、想定外なことが起こった。
「まさか、本気で中央突破──を?」
成し遂げるとは思っていなかった妹が、言葉を途切れさせるのも当然。
第一のラインを突破されはしたが、まだ次の防衛線が残っている。
熾天使の広範囲に及ぶスキルとLv.100の力量差によって、ようやくほんの一枚の戦線を乗り越えることができただけ。
続く第二防衛ラインが待ち構えている上、第一で中央から分断された戦団が再編を終えてしまえば、そのまま連中に対する包囲陣は完成してしまうだろう。機動力のある騎兵による包囲戦術を使うまでもなく。
怪しいのは、行軍の塊の中で比較的安全圏に控え、戦車の上に載せられながら進軍に随伴している三体だろうか。とくに、
「他の天使たちに、彼女なみの広範囲殲滅スキルがあれば話は別だろうけ──ど……?」
ユウゴは異母妹と同様、映像内の光景に困惑する。
「……あれ……は、どういうことだ?」
王子の疑問する声は、おそらくこの光景を見る者──天使の澱以外の全員が懐いた言葉であった。
天使の軍団が、整然と居並ぶ第二ラインのアンデッドたちの列を前にして、その編成を組み換えつつある。
後方に控え、戦車に乗った仲間を護るがごとく密集し、側面と後方から襲い来るものを打ち払うように
ダムのごとく巨大な防壁には一点の
そして、その隊伍の内に、彼等の守るべき堕天使は、────組み込まれていない。
「ば、馬鹿な!」
「何を考えている?」
カワウソは、襲い掛かり来る第二防衛線のアンデッド軍──
ほぼ一人で突っ立っている。
無論、その上空と背後には、ミカをはじめ彼のNPCたちが援護を飛ばせるように武器を構えているが、その距離は先ほど連携を続けていた乱戦時に比べ、明らかに離れすぎている。およそ二十メートルの空間が開かれていた。天使たちの能力であれば防御や強化などの魔法・スキルを飛ばすのには間に合う範囲だろうが、ここでそのように陣立てを組む意味とは。
ありえない陣形である。
総大将自らが先陣を、しかも単独で行くつもりか。軍事学の常識など、それら一切を無視している。ウィルディアをはじめ、親衛隊の皆も、愕然と堕天使たちの騎行ならぬ“奇行”に目を
「自決でもする気か…………いいや、違う」
これは違うと速断する。
ユウゴは、死の重騎兵団とも呼ぶべきものら──平原の園の先にある地を守護する横列に向かって、
白い聖剣と黒い星球を両手に握り、たった一騎で──突撃。
そんな主人に追いすがるがごとく、ミカたちも進軍を再開。
堕天使の身に降り注ぐ天使たちの防御魔法や身体強化の力。
その時だ。
堕天使の頭上に、あの忌々しい『
※
また、
今回の話で【