オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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※「書籍11巻作者雑感」より抜粋
 ツアーとかは種族レベルに加えて特殊な(非常に優秀な)ドラゴン専用クラスを多数習得しております。その中にワイルドマジック関係もあったりします。他にも名の知れたドラゴンは成長段階で取得できる種族レベルの代わりに職業クラスを習得していたりしてます。


白金の竜王と竜騎士

/Platinum Dragonlord …vol.04

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王は多忙を極める。

 そんな魔導王の傍らには、黒髪のポニーテールが麗しいメイドが付き従っていた。白黒の衣服に金色と銀色──卵の彩を思わせる装甲を纏う魔法詠唱者の左手薬指には、婚姻の証が煌きを放っている。

 

「こちら、議会にて計上・審議・認可された予算案の書類です」

「ご苦労。ナーベラル」

 

 大陸各所に存在する都市や領域の地方政務、王自らが執り行う演説や芸能者らを用いての国威発揚や祭典行事、臣民一人一人の適正診断を併用しての人的資源の効率的運用、冒険の果てや研究室の中で新たに発見される異世界の稀少物質や珍奇な代物、それらの活用法則の模索と探求──などなど、魔導国を預かる国主が目を配り手を配る事柄は、あまりにも膨大かつ多岐にわたる。

 政治。経済。医療。学問。芸能などの文化継承。冒険者や戦闘者などの育成と強化──何より重要なことは、平和的な魔導国の統治に関わる諸々を、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちに見せて恥ずかしくない国造りのために、彼は優秀な人材を積極的に登用・抜擢し、この100年でほぼ完璧な布陣を整えて久しかった。魔導王が生み出す優秀かつ疲労摩耗することないアンデッドモンスターを大量に使役するのみならず、現地で「これは」と認められるだけの存在──英雄や傑物と言えるものも、魔導国の政務補佐や各公的機関、軍組織などに組み込まれている。

 

 それでも、魔導王は忙しい。

 いくら優秀な人材やNPCに恵まれていようとも、国家の主君たる存在は今日も今日とて、(まつりごと)の最終決定の権を行使せねばならない。

 じっくりと内容を吟味し、血の如く赤い魔導王の御璽を押された予算書類を、ナーベラルと呼ばれるメイドは(うやうや)しい手つきで受け取った。

 

「以上で、午前の政務は終了となります……魔導王陛下」

「よし。では、次だな」

 

 戦闘メイドに精査と捺印を終えた書類を預け、魔導王はすくりと執務机の席から立ち上がる。

 彼がいるのは、魔導国の最終首都防衛戦を担う土地──『絶対防衛』と銘打たれた城塞の中に築かれた、この大陸で一二を争うレベルの発展を遂げた巨大都市の政府庁舎、全面水晶張りの高層建築であった。この城塞都市の成り立ち上、この庁舎があった土地──政務地区と定められているこの場所は、かつてアインズが最初に親交を結んだ村の(あと)を、記念碑の形として残すのみとなっている。

 絶対防衛城塞都市・エモット。

 ここの初代都市長にして、外地領域守護者を拝命した人間の娘──女将軍のアダマンタイト像と共に、各種希少金属で建造された魔導王アインズ・ウール・ゴウンの巨像を戴く広場を有する庁舎建設の中──その最高の位置にあり、最大の防御に護られた、魔導王専用の執務室。

 三歩後ろに控えるメイドを連れて、最上位アンデッドの姿をした彼が向かうのは、第一会議室。

 黒髪のメイドが早足になる。輝きそうなほど磨き抜かれた扉を主人の代わりに開けるナーベラルに頷いて、魔導王は執務室内に控えていた近衛たち──その中で最も屈強な守護者に声をかけた。

 

「行こう、コキュートス」

「ハッ。御供イタシマス、陛下」

 

 例の天使共が、ここにいる彼……「魔導王の代行」に釣られた天使が現れても即応・討滅可能な能力と装備を有するLv.100NPCは、謹直な姿勢で、魔導王役を務める同胞に追随。

 この世界で最も尊き身である魔導王を護衛する腹心の部下、第五階層“氷河”の階層守護者、魔導国六大君主が一柱にして「大将軍」を拝命した蟲の王(ヴァーミンロード)が右後ろに続き、黒髪のメイドは左後ろへ。それ以外の政務補佐(アンデッド)近衛兵(ロイヤルガード)たちは、三名の前後を守る行列を構築した。おまけとして、隠形(おんぎょう)中のモンスターも周囲を警戒し続ける。

 この大陸内──この世界で最頂点に位置する存在の護衛や補佐として万全の彼等が到着したのは、庁舎内でもそれなりに頑丈かつ魔法的な防御を幾重(いくえ)にも張り巡らせた会議室の中だ。吹き抜けは高く、床面積も広い。会議室というよりも大広間として使用するのが相応しいだろう。壁一面を覆う硝子水晶から、朝の陽の光を浴びる城塞都市の威容が一望できる。

 そこに集まっていたナザリックのシモベ達……主に、コキュートス配下の近衛や将兵、それに混じって悪魔やアンデッド、混血種(ハーフ)などが、一斉に起立。

 

「ご苦労、おまえたち」

 

 言って、魔導王は手を振りながら最上位者の席……上座に腰を落とす。

 将軍たるコキュートスが王の右斜め前の席につき、メイドのナーベラルが王の左隣の席に納まる。

 

「では、始めるとしよう。

 第八回目となる議題“堕天使プレイヤーと、そのギルドへの対応について”だが、まず、おまえたち陸軍省の意見を聞こう」

 

 魔導王の号令と共に、議場の長い卓上に用意された書類へ、全員が手を(あるいは肢や触腕を)かける。

 この会議は、議題内容からも判る通り、ほんの数日前に「会敵」した“とあるユグドラシルプレイヤー”と“天使ギルド”に対して、魔導国が今後どのように対応していくか──軍事展開をしていくか、さらなる交渉折衝を試みるかの議を話し合う…………という名目で用意しただけの「舞台」にすぎない。

 全員が、いかにも真剣な語気と表情で喧々諤々の論議を紛糾させているが、実際には何の意味もない小芝居であった。

 アインズ・ウール・ゴウンの決定は、絶対。

 故に、100年後に現れた連中への対応協議など、基本無意味。アインズが紡ぐ一声に忠実であるシモベたちが、こんなところで議論を深めることには、差したる効果など無いのだ。

 だが、これは効果など無いが、意味ならば十分に存在する。

「連中のようなユグドラシルの存在がこのタイミングで現れるのは、“まったくの予想外”であった」とか、「“対応が後手に回ってしまった”のも無理がない」とか、ここに集うシモベ達は、事実と全く異なる──正確な情報を巧妙に隠すための文言を紡ぎ続ける。

 

「至高の御方に唾吐くがごとき行状は見過ごせん」「否。連中と、もっと歩み寄ることも必要ではないか」「連中の戦力が不明瞭に過ぎる。(いたずら)に手を出すのは、あまりにも危険だ」「何を言う! 我等ナザリック地下大墳墓こそ不滅不敗! 至高の御方々への忠節を示し……、──!!」「──、──、──?」「……! …………!?」

 

 つまり。

 これはポーズ……“見せかけ”の会議に他ならない。

 この会議を覗き見ているかもしれない勢力──あの天使ギルドの連中に、事実を誤認させるために。

 会議は平行線をたどり、様々な意見で収集がとりにくい状況を演出。これを、都合八回。しかも、各省庁に属するシモベたち(大半は名前すらないPOPモンスターによる替え玉が多い)にも意見陳述を許しているという状況設定なので、アインズ・ウール・ゴウンは決断と行動を鈍化しているように見えるだろう。

 ……もっとも、連中が警戒を深め、まったく城塞都市の覗き見を、この会議を監視するという蛮行を敢えて実施しないということも、ありえる。

 それでも、連中への対応策は、取り過ぎるということはありえない。

 相手は、アインズ・ウール・ゴウンの“敵”を標榜する一味。

 油断や過小評価は禁物という、アインズ本人の言もある以上、ここにいる全員は本気で、連中を欺くための会議を断行し続けるのみなのだ。

 

 ──そして、この世で最も尊い御身……アインズ・ウール・ゴウン本人が、この程度の防御設備に身をさらし、実効力も不明な芝居演劇に直接参加する意義は、ない。

 

 本物たる父から代行を任された魔導王役の彼は、会議を総括する立場にありながらも、時を空費するがごときシモベたちの意見に、存在しない耳を傾き続ける。

 

「魔導王陛下は、どのようにご判断を?」

 

 普段とは全く違う呼び方──アインズでもなければ、彼本来の名前でもない──けれど、最上位者への呼びかけに相応しい呼称で、彼の補佐を務めるナーベラル・ガンマが意見を求める。

 

「皆の意見は、どれも理解できる。連中は、至高なる御──アインズ・ウール・ゴウンに対し、敵対すると放言した存在……」

 

 これを看過することは出来ない。

 そう率直に述べながらも、魔導王は連中に対しても一定の慈悲をかける可能性を告げる。

 

「だが。連中が未知なる状況に困惑していることは、先行派遣したメイド──マルコ・チャンの証言で明らか。今しばし……今しばし、対応を伸ばす猶予くらいは与えるべきかもしれない」

 

 まるで歌うような明朗な調べ。

 告げる内容はシモベにはあるまじき軟柔と難渋ぶりだが、これでこそ、この会議を覗き見ているものはこう思うだろう。

『アインズ・ウール・ゴウンは、まだギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)に手を出せる状況ではない』と。

『アインズ・ウール・ゴウンは、自分達のようなものを許してくれるかもしれない』と。

『アインズ・ウール・ゴウンに降伏さえすれば、あるいは助かるのではあるまいか』と。

 舞台演者のごとく快活な台詞を紡ぐ王の姿は、見るものにはまったく慈悲深く、敵対することが馬鹿らしくなるほどの情け深さを演じきっていた。

 役者(アクター)の魅せた好演の完璧さ精巧さに、コキュートスが感心の息を吐き、ナーベラルが薔薇色の微笑を浮かべる。

 その時であった。

 役者たちの集う劇場内に、魔法の連絡が届けられたのは。

 

「うん? どうした、アルベ……ほう?」

 

 いずこからか届けられた〈伝言(メッセージ)〉を受信した魔導王は、納得の首肯を落とす。

 

「なるほど。わかった、皆に伝えておくとしよう。ありがとう」

「い、いかがなされましたか、パ──魔導王陛下?」

「フム……マサカ?」

 

 一抹の不安、胸に懐く危惧から、ナーベラルとコキュートスの表情が僅かに(かげ)る。

 魔導王に扮するアインズのシモベは、メイドと大将軍に重く頷く。

 

「ああ。“例の件”だ」

「……ナルホド。ヤハリ」

「ついに……ですか……」

 

 言葉少なに意志疎通を図る三名。

 魔導王の姿をしたシモベが、“例の件”と言った出来事を、ここにいる全員が理解していた。

 

 

 

 あの堕天使(カワウソ)が、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と、邂逅を果たしたのだ。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

『さぁ──戦おうじゃないか』

 

 それは暴風雨の激突のごとき衝撃波と大轟音を伴った、攻撃。

 殺到した四本の武装は、過たずカワウソの周囲を守っていたNPC──ミカ、ガブ、ラファのもとへ差し向けられる。

 

「迎撃!」

 

 兜越しにミカの号令が大きく響く。

 カワウソを守るように、舞い飛ぶ四本からなる凶器の侵攻を阻む壁を女天使がスキルで築いた。

 だが、そこでありえない事象が起こる。

 

「なに……ッ?」

 

 太陽光のごとく燦然と輝く壁が、いとも簡単に突破されていた。

 防御が砕けたわけではない。ミカが展開した防御壁を貫通し浸透して、白銀の業物が三体のNPCを攻め立てたのだ。通常であれば、ミカの防御スキル……“太陽柱の盾(シールド・オブ・サンピラー)”に、あらゆる物理攻撃と魔法攻撃は阻まれるはず。たとえ、突破されることがあっても、太陽の光に満ちた盾の効果範囲を通過する内に、攻撃力が著しく減退するはずなのだが──あの浮遊し飛行する四本の武装は、そんなスキルなど知ったことではないと言わんばかりに、射出された際の威力と速度を維持し続けていた。

 女騎士の握った剣と盾が幅広の剣と尖鋭な刀を、幻影の拳を放つグローブが斧の重量を、朴訥な旅人の樹杖が槍の穂先を、それぞれ迎え撃つ。

 

「……チッ」

「な、何よ、これは!!」

「どういうつもりか、ツアー殿っ!?」

 

 三人ともが驚嘆と困惑に彩られた表情で、状況に対応。

 その間に、カワウソは白の聖剣と黒の魔剣を取り出し、虚空に円を描いて〈転移門〉を開こうと試みるが──

 

「やられたな」

 

 門は、転移の魔法は、一切まったく、機能しない。

 何度試しても、剣の能力は発動する気配を見せてくれない。

 この玄関ホール内……もしくは、この建物全域に、高度な転移阻害でも張り巡らされたのか。だが、ユグドラシルを基準に考えると、違和感がひとつある。カワウソは当然のことながら、転移阻害に対する対策や能力、アイテムを整えている。二本の神器級(ゴッズ)アイテムに備わった機能を考えるならば、次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)程度の妨害工作は突破可能なはずなのだ。

 しかし、剣は魔法を発動してくれない。

 これはどういうことなのか──答えは一つしか考えられない。

 

「アンタの仕業か……白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)?」

『さて、何のことだい?』

 

 とぼけた声は軽く響くが、それは強者の貫禄というものだろう。

 カワウソは結論する。

 優雅に歩を進める竜騎士の力を、推定。

 こいつは──この世界で見てきた、今までの敵の中で、最悪に──やばい。

 

 拠点にいるマアトたちと連絡は、……取らない方がいい。監視の目なども控えさせておいて正解だった。こんな得体の知れない敵を前にする主人の姿など見たら、彼等は拠点の防備など忘れて、こちらに強行突入してきたかも。そうなっては、拠点の人員が減る分、向こうの攻略難易度は激減し、魔導国の介入……侵攻軍などに潰され、すべてがパァになる可能性もあるのだ。

 絶対に、ここにいるメンバー以外の増援は望めない。 

 それが、カワウソの導き出した結論であった。

 

『そんなことよりも、いいのかい? 君の仲間たちがピンチだが?』

 

 舞い踊るように自動攻撃を加え続ける武装群……剣、刀、斧、槍の迎撃を続けるミカたちは、重く鋭い、甲高い金属の音色に攻め立てられ、一方的な防戦を強いられている。ミカは光剣の他に、この世界で初めて取り出した光の盾まで使用して、竜王の放った剣と刀の猛攻を本気で(しの)ぐ。ガブはグローブで斧刃や柄頭の一撃を巧みにいなし、ラファは槍に対応するには不向きにも見える樹の杖を見事に使いこなしながら、竜王の武器の群れを相手取る。

 三人のレベルを考えるならば、ただの自動制御──オート化された攻撃──に似た信仰系魔法だと、〈心霊武器(スピリチュアル・ウェポン)〉などがあるが、その程度の性能に後れを取ることはありえないはず。

 この異世界のレベル──魔導国の一般的な臣民が保有するレベル基準が低水準である事実を考えるに、このような拮抗状態を維持するはずはない。

 だとするならば、この武装の持ち主のレベルが、ミカたちのそれと同格である可能性は高い。

 というか、断定してもいいだろう。

 白金の竜王、ツアインドルクス=ヴァイシオンの能力は、カワウソたちLv.100と同等──あるいは、それ以上かも。ユグドラシルには存在しなかったが、この異世界で、Lv.100を超える存在というものが実現していれば、きっと目の前の竜王こそがそれなのやもしれなかった。

 

「ピンチを煽っている相手に言われたくはないね」

 

 それほどの相手に対し、カワウソは冷静さを保った。

 軽い口調で竜鱗鎧(スケイルメイル)の竜騎士を牽制。

 ツアーはまったく上機嫌な様子で肩を揺らすだけの反応しか返さない。

 実に余裕な態度であった。

 そして、カワウソは踏み込むべきか否か、判断を付けかねる。

 無手の相手──この世界の竜王──アインズ・ウール・ゴウンの同盟者とやらの攻撃力の高さは、ラファからそれなりの情報を得てはいたが、それでも、前に踏み込む勇気が、足りない。

 では逃げるべきか、というと──それは、ありえない。

 背を見せ、背後にある扉をこじ開けに向かうなど、論外だ。

 逃げようとした瞬間に背後から急襲されそうな、きな臭い空気を感じ取る。

 

『まぁ、それもそうだね』

 

 ツアーが何も持っていない右腕を振り上げた。

 途端、主人の声なき号令に打たれたように、四本の武装が勢いを増す。

 

「ちょっ、マジで!?」

「これ程、とは!!」

「……くそが」

 

 ガブとラファが純粋な驚嘆を表し、ミカは面倒が増えたことに対する苛立ちを募らせる。

 ツアーは三人の烈声に応じるように、さらに腕を振った──その時、

 

「な、何なに?!」

 

 智天使の聖女が愕然と声をあげた。

 斧を拳で弾き飛ばしたガブの足元から、得体の知れない金属の輝き──床面の石畳と思われていたそれは、白金の板金であった──が舞い上がり、乙女の体躯を包み込む。

 その輝きは瞬きの内に一つの形状を整え終える。

 成形された輝きは、巨大かつ純白の籠手。

 巨腕のごときそれに、ガブの腰から下がガッシリと掴みあげられていた。

 

「ば、馬鹿な!!」

 

 ガブは声を荒げる。

 創造主たるカワウソから与えられた装備によって、拘束耐性の魔法〈自由(フリーダム)〉の恩恵を受けている自分が、動きを完全に封じられていたのだ。NPCたちの認識だと、これはありえない現象のはず。高度な拘束魔法の気配などなく、純粋な膂力のみで、物理攻撃力──パワーに秀でたガブが拘束を受けるなど。

 そんな銀髪褐色の美貌を歪める智天使の頭上に、斧の重量が一直線に雪崩れ込もうとして、

 

「しッ!!」

 

 ラファの投げ放った杖が、聖女への一撃を弾き飛ばした。

 恋人からの救援に対し、だが、ガブは憤懣やるかたない様子で、中指を立てそうなほど吼え散らす。

 

「ちょっと!! これ、どういうことよ!! 聞いてないわよ、ラファ!?」

「すまない、ガブ。私にも何が何だか……いい加減、説明を願えますか、ツアー殿ッ!!?」

 

 否。

 こうなる予感も十分あった。

 このような戦闘状況に陥る可能性──罠の確率も大きいと判断していた。

 それでも。

 ツアーから招待を受けたラファは問い質さねばならない。

 襲い掛かる二本の武装──斧と槍を相手取る神官戦士、牧人(ハーダー)の姿を与えられた主天使(ドミニオン)が、手元に戻した樹杖の他に取り出した鉄槌で、応戦。

 この場所へ一行を連れてきた──主人たるカワウソの利となるだろう邂逅を手配したNPCにとっても、この展開は意想外の出来事といえた。

 冒険都市で出会った白金の竜王・ツアーの人格や人徳を考えるならば、このような騙し討ちまがいの戦いを──罠を仕掛ける可能性は低い、「ありえない」とは言わないが考えにくいと、そう判断していた。

 にも関わらず。現状は甚だ危険を極めた。

 白金の竜王の鎧……彼は怒気を表すラファの問い訴える内容に、清々(すがすが)しい語調で応じる。

 

『うん。言ったじゃないか? “いろいろと、試させてもらう”と』

 

 なので、君たちはしばらく邪魔しないでくれると助かるなどと、白銀の鎧は呟いた。

 

「じょ、冗談じゃ、ない!」

 

 ラファに護られるガブは、普段の神聖な笑みが嘘のような、獅子のごとき獰猛な憤怒を面に表す。

 

「こんな、金属の、塊、なんかで! この、私を、拘束して、おける、わけ……!」

 

 勇ましくも籠手の拘束を力押しでこじ開けようとする智天使(ケルビム)は、しかし、言った内容を遂行できない。

 

「くっ、そッ! 何よ、この籠手ッ……何で、私の、力で、破壊、できない?!」

 

 渾身の力を込めて、女英雄(ヒロイン)の絶大な強化スキルに任せた豪腕を発動するが、籠手の拘束から抜けるのに時間がかかりそうな具合である。ギルド二番手の物理攻撃力を有する彼女の鉄拳と腕力は、相手の武装が脆弱であれば、たった一撃・握力に任せた破壊行為で、すべて破砕できる性能を誇る。

 なのに、それができない。

 

『あまり暴れない方がいいと思うよ? 大怪我をするかもしれない』

「ッ、ふっざっけっんっなああああああああッ!!」

 

 グギギギギギ、と嫌な音を立てながら、純白の巨大な籠手が、その指先や関節が罅割れ始める。

 

『ああ……これは、あまり悠長にしていられないか──』

 

 な、と続く直前に、ツアーの鎧は上体をそらした。

 その心臓部──胸甲の隙間を突き穿つような黒い剣の軌跡が、一直線に奔っていった。

 ツアーが回避した攻撃の主、堕天使は巨大階段の上から、ツアーを見下ろす形となる。

 堕天使の奇襲にたじろぐでもなく、ツアーは微笑まじりの問いを投げてきた。

 

『君は、ユグドラシルプレイヤー、だね?』

「──そうだと言ったら?」

 

 応答を待つよりも早く、堕天使は両脚の足甲を再起動。

 黒い残光を引く影が、下にいる竜騎士の中心を蹴り穿つ速度で跳んだ。

 だが、

 

『なるほど。君は素早いようだ』

 

 直撃はなかった。

第二天(ラキア)〉の足甲は床の石畳を砕くだけで、気がついた時には、騎士の姿は数メートル先の位置へと逃げ果せた後だった。

 カワウソは訊ねる。

 

「俺の勘違いだったら申し訳ないが──俺たちは、アンタの招待を受けて、ここに来ているはずだが?」

『うん。その通りだね?』

 

 では、これは何だ。

 ミカたちを襲う四本の武装からなる剣戟の音色がホール内に響く。

 こんな戦闘が、この世界の竜の「歓迎の儀式」というものなのか。

 ──RPGなんかだと実際にありそうな話だが、現実にやられると迷惑この上ないのだが。

 

『何度も言っているけど、君たちのことを“試させてもらいたい”だけだよ』

 

 今後の為にも(・・・・・・)

 そう言って、鎧姿の竜王は攻勢に出る。

 堕天使は両手に握る片手剣──白と黒の剣を防御するかの如く交差させた。

 聖騎士の強化系スキルを全解放する──瞬間、竜鱗鎧(スケイルメイル)が、握りしめた拳を振り下ろせる至近にまで迫っていた。

 咄嗟に、足甲の超速度で回避。

 その速度のまま、竜騎士の背後へと回り込む。

 手中の剣を同時に振るい、真二文字の斬撃を、後背から首の当たり(クリティカル・ポイント)に加えようとした──

 

 その双撃を、竜王は振り返るでもなく、右の掌で掴み取る。

 ──二本同時に。

 

 マジか。そう唇が紡ぎそうになるほど精密な回避運動だったが、その反応速度は常軌を逸している。ワールドチャンピオン同士のPVP──トーナメント大会の動画じみた反射防御だ。

 

 カワウソは、己の配下たるNPC・ラファから事前に聞いていた。

 冒険都市で出会った、この鎧姿の竜王──ツアーの強さを。

 しかし、それでも、驚嘆を隠すことは出来ない。

 

『悪くない攻撃だけど──それで本気なのかい?』

 

 ツアーの兜がカワウソを振り返る。思わず剣を乱暴に振るった。ツアーは名残惜しむでもなく、カワウソの双剣を手放した。鎧の掌は傷ひとつ負っていないと判る。

 堕天使の基礎ステータスは、お世辞にも優れているとは言い難い。異形種の中では最低とも言えるほどの惰弱ぶりだ。格上を倒そうと思うなら、よほどの戦略と戦術──事前準備と属性相性の計算は必須となる。そんな種族になることをカワウソは決断して、熾天使からこの堕天使に“降格”を果たした。

 そのかつての判断が間違っていたとは、思わない。

 ……思わないが、状況は控えめに言って、マズい。

 カワウソは純白の聖剣をボックスに直しつつ、用意していた(ショートカット)装備を取り出した。

 ユグドラシルには種々様々なアイテム──武器が存在していた。魔を滅する剣や神を殺せる刀。人血を啜ることを望む斧槍や霊魂を貫ける特殊な弓矢。なかにはパーティーグッズじみたピコピコと音が鳴るハンマーやクラッカー爆弾など、バラエティ豊かな武装が。

 その中で、カワウソの長いユグドラシル生活で手に入れたアイテムは、運営の用意したボスイベントの景品から、上位ギルドの解散記念で払い下げられた神器級(ゴッズ)アイテム──通常モンスターが良く落と(ドロップ)した初期武装など、途方もない数にのぼり、ボックスに納まりきらないものはすべて、ギルド拠点の武器庫に預けなければならないほどの量と化している。

 そして、この竜王の招待に応じ──罠の可能性を当然ながら警戒していたカワウソは、それなりの準備を整えていた。

 ユグドラシルでの「対“竜”装備」──その一本を右手に握る。

 

「殺されても、文句はないんだよな?」

 

 とりあえず確認はしておくべきだ。

 相手は、この大陸を治めし大国の同盟者──信託統治者と呼ばれる、強大な竜王だと聞いている。

 そんな相手に、手加減をして勝てる見込みは薄い筈。そこらの一般臣民……Lv.20がせいぜいの強さしかない現地人と一緒にするのは、いかにも礼を失する行為。

 全力で挑むことが望ましい。

 堕天使が取り出した武器は、“竜種特効”の付加能力を帯びた名剣──『グラム』

 北欧神話に登場する「竜殺しの英雄・シグルズ」が愛用した武器が元ネタで、その英雄はドラゴン退治の物語で有名な存在だった。その英雄に扮したイベントNPCと共に、ファブニールという悪竜を討伐すると貰えるのが、このイベント達成アイテムであるわけだ。

 さらに、こういった装備品を自分の手で改造・改装していくことも、鍛冶生産職の手を借りることで可能。そういったことを専門に請け負うギルド団体──鍛冶職ギルドも存在していたし、その程度の改良ならばユグドラシルでは頻繁に行われていた。この剣はカワウソのカスタマイズで、竜種に対する特効を増幅させている。カワウソが竜狩りの際には必ず携行した代物である。

 

『ふむ──見事な剣だね。先ほどの聖剣より格は落ちるけれど、竜に対する特効でもあるのかな?』

「わかるのか?」

 

 竜という異形種は、全般的に財宝や装飾、調度品への執着心が高く、その巣窟には黄金と宝石が山となっているのが多いモンスター。

 種族らしい鑑定眼の持ち主は、カワウソの装備品をいとも容易く目利きしてみせる。

 確かに、この剣は竜への特効能力を持たせているが、神器級(ゴッズ)よりも二つほどランクは落ちるもの。

 カワウソが左手に握り続ける神器級(ゴッズ)の魔剣“魔獄門の剣(ソード・オブ・デモンズゲート)”は、負属性──正の属性に対する特効手段たりえる。見た印象だが、ツアーの属性(アライメント)は悪というよりも、善の方に傾いている気がした。鎧からこぼれる輝きは神聖な雰囲気すら感じさせる。中立である可能性もなくはないが、神器級(ゴッズ)の有する性能は他の武装に比べて、単純に攻撃力数値などを上昇させてくれるもの。ただでさえ弱い堕天使にとって、ステータスを増強する手段は豊富にあった方がいい。神器級(ゴッズ)装備はその代表格と言えた。

「神聖」な「竜」を殺すための武装としては、カワウソにこれ以上の組み合わせは、ない。

 

『では、こちらもなるべく全力で応じるとしようか』

 

 堕天使は応じる口を持たず、両手の剣同士を、キン、と重ね鳴らす。

 なるべくというのが引っ掛かる物言いだったが、竜王は即座に行動へ移る。

 寸前、

 

『おっと』

 

 竜騎士のもとへ清浄な光の束が、一直線に襲来。ツアーは、その攻撃を難なく弾き飛ばした。

 聖騎士の攻撃スキル“光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅳ”──その発生源である熾天使を見やる。

 

『強いね、彼女。僕の剣と刀を迎え撃ちつつ、君の援護を行えるとは』

 

 白銀の武装二本を、単体で同時に相手取り続けるミカが、攻撃の隙をついて刃と殺気を飛ばしていた。

 兜の奥の表情や視線は読めないものの、盾役の乙女は自分の任務をまっとうすべく行動し続けている。カワウソのもとに竜王の刀剣が殺到しないように。

 

「そりゃあ、強いだろうさ」

 

 自慢するわけではないが、ミカは特殊な存在だ。

 カワウソが製作したNPCの中でも稀少なレベルをいくつか与えた。熾天使以上の種族。タンク系に特化した職業(クラス)構成。異形種に対する特効能力を有する女聖騎士として、カワウソが与えられる限りの「すべて」を与えた存在。他のLv.100NPCよりも、レベルや装備や役職の面において、彼女ほどの優遇措置を与えた存在はいないと言っても良い。

 

 ──どうして。──それほどのNPCに対し、どうして『カワウソを嫌っている。』などと設定したのか。

 それは……信じた仲間たちに、裏切られ見捨てられ“嫌われた”過去がなければ、きっとそのような設定文を与えることはなかっただろう。

 自分が生み出し作り上げたものに対し、かつての仲間たちの面影を重ねるなど。

 いくら自分の知っている最適なパーティ構成が、かつての仲間たちのそれ以外に他にないと言っても、度し難い程の愚挙に思えた。

 

 それでも、カワウソは課金してまで、自分の仲間となるNPCたちを強化し続けた。目当ての種族や職業を引くためにガチャを回し、山のように積みあがった外れ景品を換金し続けた。花の動像(フラワー・ゴーレム)などの超レアを引いた時は、その場で飛び上がってしまうほどに喜んだこともあった。

 あの、第八階層を攻略するために必要な力まで、NPCのほぼ全員に、与え施した馬鹿さ加減に吐き気を催す。

 

『ラファたちの方も、もう少しで突破されそうだし──ここは、早く勝負をつけさせてもらうよ』

 

 戦局は徐々にではあるが、カワウソ達の方へと軍配が上がりつつある。

 ミカは単体でツアーの自動攻撃をしのぎながらも、主人への援護を飛ばすようになり、ガブは己を拘束する籠手を破砕する間近。ラファは傷を負いながらも、動けない恋人へ来襲する武装を弾き防ぐ戦いを継続中。

 なので、カワウソは時間をかけさえすれば、完全に事を優勢に運べる状況と言える。ミカとガブとラファが四本の武装を屈服・破壊し果せさえすれば、ツアーはカワウソたち四人を相手に戦い続けなければならない。

 ツアーが勝負を急ぐ理由。さすがにLv.100の存在を同時に四人分相手取れるほどの力量はないということだろうか。カワウソの強さはLv.100でこそあるが、そこまで卓越しているとは言い難い。カワウソの自己評価としての強さは、装備込みでも中の上。相性がよく、よほどの作戦と計算と運が揃えば、上の下にも食い込める程度。ミカはそれ以上の性能を発揮しうるが、NPCであるが故に「戦闘経験の浅さ」という不安材料はあるし、ガブやラファはお遊び要素が強いレベル構成の上、装備品も際立って優秀とは言えない。

 そんな四人を相手に、勝負を早めたいというツアーの意図を探る。

 

「こんな勝負に何の意味があるんだ?」

 

 思わず口を突いて出た言葉。

 堕天使の問いかけに、竜王の鎧は微笑むかのような仕草で肩を竦める。

 

『それを君が言うのかい、プレイヤーのカワウソ君』

 

 ツアーは確認するように首を傾げた。

 空っぽの器のようによく響く声が、問いを返す。

 

『……確か、“アインズ・ウール・ゴウンとの戦い”、“復讐”だっけ?』

 

 そう、ラファから聞いていたという竜王。

 冒険都市を訪れた新人冒険者たる彼の存在がNPC──ユグドラシルに関連するものだと結論付けたツアーは、だからこそ、自分の正体を明かして、ラファにここへの招待状を持たせた。

 

『彼に……彼等アインズ・ウール・ゴウンに刃を向け敵対する勢力……そう聞いていたからこそ、僕は君たちを試したい。──否』

 

 試さざるを得ないのだ、と竜王は告げる。

 ──だいぶ向こうの思惑がわかってきた気がするが、油断は禁物。

 それにまだ、カワウソはツアーを信用することは出来ない。

 剣を構えた姿勢を、一瞬だけ低くして、駆け走る。

 ツアーの鎧の中心を抉る斬撃……竜種特効の剣に乗せた、“光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅴ”による遠距離拡散の連続攻撃スキルを試みる。

 対して、

 

 

始原の魔法(ワイルド・マジック)────〈・・・・・・〉』

 

 

 悠然と両腕を広げる竜王の、前方の空間が、淡く、小さく……(ひず)む。

 未知の現象に、カワウソは慌てて攻撃動作を回避運動へと切り替えた。

 飛び退いた先で、竜王の眼前で発生した奇怪な現象を観察し観測し続ける。

 

「なんだ?」

 

 何の魔法か特殊技術(スキル)か、判らない。

 始原の魔法(わいるど・まじっく)──そんなもの、ユグドラシルに存在していたか?

 可能な限りユグドラシルの記憶を探ってみるが、そんなもの見たことも聞いたこともな

 

「「「 カワウソ様ッ?! 」」」

 

 突如として響いたのは、天使たち三人の、悲鳴じみた警声。

 そして、

 

『つかまえた』

 

 全身の皮膚が粟立(あわだ)つ。

 振り返ると、竜王の壮健な鎧兜が、カワウソの肩を叩いていた。

 ありえない。

 カワウソは、今、始原の魔法(わいるど・まじっく)とやらを、それを発動していたツアーを見ていた。なのに、気がついた瞬間、NPCたちが叫ぶのを聞いた直後──ツアーに背後を取られている、現実。

 幻術ではない。それならば、この場に連れてきた最高位の幻術使いたるガブがすべて無効化できる。転移魔法の可能性は、どうか。だが、カワウソが握る神器級(ゴッズ)の転移魔法に特化した剣で魔法が起動しないのは確認済み。カワウソと同じ超速度特化のステータスにしては、違和感が圧倒的に強い。

 起こった現象が理解できない。

 まったくの未知なる事象に、カワウソは心臓が止まりそうな恐怖に支配される。

 急展開過ぎる戦いについていけない。

 竜王の片腕には、それまで装備していなかったはずの武器が、一瞬のうちに握られている。

 それは、いつか見た、あの一等冒険者のモモンが握っていたそれと通じた──純白の大剣。

 片手に振りかざした武器を、竜騎士は躊躇(ためら)いなく、振り下ろす。

 白い光跡が、ツアーが掴み押さえた黒い鎧を、袈裟切りに引き裂いていた。

 堕天使の脆弱な身体は、その斬撃に、抗えない。

 

「があ、ぁぁぁッ!?」

 

 轟く苦鳴。

 (くぞお)れる堕天使。

 天使の澱のNPCたちが、絶望の表情で主人の名を叫びかけた。

 

『ん?』

 

 ツアーは瞬時に、自分が感じた、その手ごたえの違和感に気づく。

 堕天使の肉体は肩から胸へ大きく斬り伏せたはず……なのに、

 

「……」

 

 ──血が、一滴も噴き出さない。

 その事実を認識した直後、両断したはずの堕天使の肉体が、細かい灰の粒子のように、掻き消える。

 

『偽物?』

 

 正解を口にするツアーが振り返る。

 醜悪な面貌の堕天使は、そこに佇んでいた。

 

 ──それも、複数人。

 まるで鏡に映し出されたように精巧な像が、幾体も鎧姿の竜王を取り囲んでいた。

 

『なるほど。話に聞く、堕天使の能力だね?』

「……ラファにでも聞いてたのか?」

 

 一瞬、ほんの一瞬だが、ラファがやらかした可能性を想起せざるを得ない。

 だが、ツアーは首を静かに横へと振ってくれる。

 

『いいや。僕が個人的に集めていた情報のひとつだよ』

 

 堕天使Lv.13で獲得する特殊技術(スキル)──“欺瞞(ぎまん)の因子”。

 堕天使は、これといった攻撃用の特殊技術(スキル)を確保できない、劣悪な異形種。

 Lv.1で取得する“清濁併吞(せいだくへいどん)Ⅰ”──己に降りかかるカルマ値依拠のダメージや、正と負の属性から生じるペナルティなどを無とする特殊技術(スキル)から始まり、2レベル刻みで同スキルの上位バージョンを獲得。

 Lv.9で“清濁併吞Ⅴ”を確保した後、次のLv.11で“神意の失墜”というスキルを有するようになり、Lv.13を経て、最後にして最大のLv.15で、ようやく犠牲元になった天使レベルに則した攻撃能力等を解放できる“堕天の壊翼”を確保できる仕組みだ。

 そして、この“欺瞞の因子”は、主に回避スキルとして有用な能力を示す。

 

 堕天使は、多くの同胞を引き連れ、そいつらを率いて神への反抗を企てた存在──それ故に、高レベルの堕天使は「欺瞞からなる反抗と反逆の因子」を周囲に拡散し、自分と同じ堕天使を複数体生み出すことによって、自己に降りかかる脅威や戦禍を、他の堕天使に割り当てることができる…………ようするに、この特殊技術(スキル)は自分の“身代わり”になるための分身を生みだすのだ。

 生み出された分身──人造物(コントラクト)は、まるで戦闘機のチャフのごとく相手の攻撃を自分本体から逸らせることを可能にしている。だが、絶対とは言えない。あまり一戦で回数を使いすぎると敵が特殊技術(スキル)に慣れてしまうし、発動するタイミングが悪いと、本物を探り当てることも容易となる。おまけに、この分身は回避以外の用途には使えない……純粋な攻撃能力どころか防御すらも皆無なため、せいぜい敵の認識を攪乱するための“囮”程度の能力しか持ち得ないのだ。

 

 カワウソと同じ姿の“カワウソたち”は、ツアーに対して特攻じみた集団包囲攻撃を敢行するが、それはあくまで欺瞞……混在している本体の攻撃がどこから来るか不明にするための演出に他ならなかった。

 竜王はカワウソの群れからなる攻撃を、何の支障も感じていない様子で防御し回避し尽していく。

 その口から漏れる口調は軽く、重々しい雰囲気などとは無縁のままだ。

 

『やはり、ユグドラシルの存在は厄介だね。弱くなった僕ら竜王の力では、手加減して戦うのも難しい』

「ユグドラシル……手加減……」

 

 手加減というのは、先ほど言っていた『なるべく全力で』と似たような雰囲気を感じてしまう。

 ツアーが語る様々な情報を、カワウソは注意深く拾い上げることに努めた。

 

「アンタは、あのゲームを、ユグドラシルを、知っているのか?」

 

 ユグドラシルプレイヤーという単語を知る、この異世界の竜王。

 各種情報を総覧した限り、この魔導国が100年の歴史を刻む以前から、この世界に生きていたという白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)。ツアーは、はっきりと頷く。

 

『完全に──とは言えないが、ね。魔導王アインズや、僕のかつての友人から、情報を得ている』

「そうなのか……それを、その情報を俺に教えるつもりは?」

『──今のところは、ないね。けれど』

 

 この“試し”を何とか出来たら、それなりの便宜は図ると、そうツアーは約束を結ぶ。

 カワウソは頷き、竜種特効の剣を素早く振るう。

 

 鎧姿でいる相手・モンスターへの対応方法は、まず、堅牢な鎧の外装を引き剥がすことが有力な攻略方法として挙げられる。鎧で守っているということは、その下にある中身・鎧で覆い隠さねばならない肉体は、比較的弱く脆いものが大勢を占めている。

 なので、

 

「その鎧、引き剥がさせてもらう」

 

 そこにあるはずの素顔と肉体を晒しものにすれば、相手の防備やステータスを削ぎ落とす効果が期待できる。この世界に君臨する竜王の正体を、直に見てみるというのも悪くはない。

 

『君にできるかな?』

 

 挑戦者を見下ろす超越者のような笑声が耳を撫でた。

 カワウソは口内で、無言のまま応える。

「俺にはできない。

 堕天使の攻撃力やスキルでは、そんなことは不可能に近い」と。

 

 だが、ここにはカワウソ以外の存在……かつての仲間に似せて作った部下(NPC)たちが、いる。

 

 ツアーは怒濤のように攻め寄せ、その手に握る白い大剣(グレートソード)を軽々と振るって、カワウソの分身たちを薙ぎ払い、そのスキルの鏡像を灰燼へと帰す。

 

「力を借りるぞ、ガブ」

 

 言って、カワウソはひとつの魔法を発動。

 

「〈協調の成果(コーディネイテッド・エフォート)〉」

 

 唱えられた魔法よりも早く、竜王がカワウソの特殊技術(スキル)で築かれた群れを、突破。ミカやガブ、ラファたちの援護は間に合わない距離にまで詰まった。

 

『──!』

 

 振りぬかれた極太の刃が、堕天使の浅黒い肌を切り裂くよりも早く、カワウソは動く。

 ツアーの握る刃を、カワウソの右掌が無造作に掴んでいた。

 竜種特効の剣は、ひとまず足下に落として。

 そして、先ほどまでありえなかったような、堕天使のステータスには不可能だろう握力のまま、掴んだ大剣の白刃を、ほんの一秒で握り砕く。

 

『お、おおッ!』

 

 感嘆符が頭上に見えそうなほど率直な驚愕をツアーは声にするが、鎧の内の顔色は判るわけもない。

 カワウソは、自分にはありえないような運動能力──通常では考えられないような物理攻撃ステータスの上昇を実感。

 カワウソの発動した魔法。

協議の成果(コーディネイテッド・エフォート)

 仲間の保有する特殊技術(スキル)を自分の取得可能レベルなどの枠を超えて限定的に行使発動が可能になる魔法は、自分と共に戦ってくれる自軍勢力──仲間がいなければ、発動することができないもの。長くソロで活動してきたカワウソが、かつての仲間たちとユグドラシルを遊んでいた時の、その名残。

 その魔法によって、カワウソはこの場にいる──効果範囲内で拘束されている仲間──智天使のガブの保有するスキルの中で、敵の鎧に対する特効物理攻撃を、選択。

 敵の存在や武装を、問答無用で破砕し尽すための、力の集約──“唯の力(パワー・オブ・ワン)”。

神は我が力なり(ガブリエル)」という元ネタに因んだ強化スキル。

 カワウソの速度ばかりに気を取られ、接近戦を挑んでいた鎧は、事後行動に移れない。

 その隙を逃すわけもなく、カワウソは握った拳を、ガブの特殊技術(スキル)で強化され尽くした一撃を、竜王の鎧──その横っ腹へと叩き込んだ。

 ガシャンと白い金属が、鳴く。

 あっけなく分解し崩れ、留め金から割れたようにバラバラとなって吹き飛ぶ鎧装。

 そして、吹き飛んだその中身は、鎧の防御力に護られたことで、健在。

 まったくの無傷。

 鎧に護られた竜王を、中にいた人物を斬り伏せようと剣を振るおうとして──

 

「な?」

 

 カワウソは、千載一遇とも言うべき必殺の機会を得ながら、次の攻撃動作を取れない。

 左手に構えていた魔剣や、足元の剣を蹴り上げて攻撃に連動させる意気がなくなった。

 

 あらゆる敵意と攻意を喪失してしまうほど、その中にいたものに愕然となる。

 

 ──露になった鎧の中身。

 その姿を頭の上から爪の先まですべて確認して、カワウソは目を丸くする。

 

「え、と──これは?」

 

 竜王というからには、竜人とか、そういう感じの男が入っていると思っていた。

 白金の竜王が紡ぐ軽妙な口調は、それなりに年嵩のある男性のそれと符合していた。

 なのに。

 現れた鎧の中身は、まるで違った。

 

 白い髪を結い上げ、白い瞳を決然と細め、白雪のような純白の柔肌を纏った可憐な乙女が、バラバラに(はじ)けた、武骨で強壮で尋常ならざる竜王……その鎧の中に入っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ツアーの情報や設定については、書籍版の他に

※Web版・諸国-5より抜粋
 自らの直ぐ脇、そこにいるのはドラゴンが選んだ騎士だ。
 ドラゴンの鱗そっくりな白銀のスケイルメイルで身を包み、長い白銀の槍を携えている。ドラゴンをモチーフに作った鎧姿は、直立するドラゴンのようでもあった。

※Web版・大虐殺-4より抜粋
「まぁ今は中身が入っているみたいだがの?」
「そのとおりだとも。昔とは違い、私の騎士が入っているよ」

などの記述をもとに、100年後のツアーの鎧の中に、“中身になってくれる竜騎士”が入っている設定です。
あと、ツアーなどの「(ドラゴン)という種族」については、D&Dの方も参考にしています。

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