オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
・ここまでのおさらい・
50話を超えて、文字数は余裕で90万字超過。
随分と長くなってしまいましたが、この物語は、
「バカな堕天使プレイヤーが、アインズ・ウール・ゴウンに挑戦し続け」
「彼がそのためだけに用意したと言えるNPCたちと共に」
「100年後の魔導国、ナザリックに挑戦する御話」
/Platinum Dragonlord …vol.02
×
カワウソは、相変わらず悪夢を見ている。
かつての仲間たちに棄てられた、見限られた、裏切られた自分自身を、
真っ黒な
涙が出るほど滑稽で、薄ら笑いがこぼれるほど残酷な、過去の記憶。
ここはいったい、どこなのだろう。
この悪夢はいったい、いつまで続くのだろう。
諦めればよかったのに──なぁ?
振り返ると、黒い男の鬼貌が、醜い異形種の微笑みが、赤黒い円環を戴く復讐者が、カワウソと向き合っていた。もはや夢の世界では馴染みつつある堕天使の自分と、対峙する。
あんな連中のことなんて、諦めて、忘れて、裏切ってやれば、よかったのに──なぁ?
カワウソは頷く。
彼の言っていることは正しい。
こんな
なのに、自分は、こんな愚かしい行いを続けている。
何故か。
何故なのか。
そうすれば、おまえはきっと──。
頷いて堕天使の自分に向かって歩を進める。
そして、まっすぐに告げる。
「そうだな。──おまえの、言うとおりだ」
臆することなく言いながら、その影法師の自分を引き裂いていた。
いつの間にか握られていた白い剣が、黒い堕天使を斬り伏せたのだ。
「諦めて忘れて、見限って裏切って──」
漆黒の闇の底で、無数に現れるのは、自分の影。
本心や脳髄の奥深くで、判り切った事柄を繰り返す笑顔を、カワウソは打ち倒し続ける。
切り裂いて、捻じ伏せて、突き穿って、殴り倒して、蹴り砕いて、
何度も何度も、幾度となく自分を笑う自分自身を、殺し尽す。
「皆に背を向けて、引き返してさえいれば……」
こんなことにはならなかったかもしれない。
「けどな」
現実をすべて受け入れて、カワウソもまた事実を声に乗せる。
「俺は諦めない。俺は忘れない。
引き返さないし、戻らない……」
希望や躍動といった意気を感じさせない、機械よりも無機的で、空白よりもスカスカな声音。
黒い夢の底で、カワウソは凶器を、狂気を、振りかざす。
「俺は、皆を──
言って、カワウソは最後の堕天使を、袈裟切りに斬り伏せた。
深紅の鮮血を流すのは、やはり自分の影。
斬り伏せられるまま闇の中を転がる異形の狂笑を、カワウソは踏みつけるように……抱き締めるように……慈しむかのように、見下ろしてやる。
「──絶対に、
どこまでも無意味で、何よりも空っぽな誓言を紡ぐカワウソを、倒された堕天使の群れは憐れむように……あるいは誇るかのように……もしくは謳うかのように……笑い続ける。
血の涙と笑みを零す堕天使の骸は、ほつれるように表面が崩れていき、残骸の灰塊と化して、カワウソの身体に吸い込まれるような渦を巻く。
夢の中の自分を、自分自身を斬り伏せたはずの掌を、カワウソは見下ろす。
そこにあるのは異形種の、強欲にも復讐を望み続ける、堕天使の浅黒い掌。
この夢を見ていると、しきりに考えてしまう。
今の自分は、果たして、人間なのか。
本名“
今の自分は、いったい──何なのか。
答えのない自問を繰り返す。
取り留めのない孤独の闇を、たった一人で歩き続ける。
病的なまでに繰り返される悪夢の深部で、カワウソは、天を、空を、仰ぐ。
遥かな高みに、震える手を伸ばす。
そこにあるはずの怨敵の影に爪をかけようとする。
溺れるような重い虚無と、胸を貫く空疎の中を、足掻き続ける。
そこにいるはずの復仇の存在を求め、堕天使は澱の
夢の終わりは、いつも通り。
眼が眩むほどに暖かく清明な光が差し込んでくる。
胸の空っぽを埋め尽くしてくれる──何よりも優しい、光──
カワウソは、その光の源を見透かそうと、手をかざして、目を細めて──
×
目を醒ます。
白いベッドの上。真っ白い自分の部屋。寝乱れたバスローブ。
あの重い悪夢が、欠片も思い出せなくなりそうなほど、眩しい朝日。
ヨルムンガンド
「はぁ……」
最悪な夢が続いている。この世界──異世界に転移してから、いい夢というものからは縁遠い日々が続いている。いっそ眠りたくないと思うほどの悪夢の量だが、堕天使の肉体は、どうあがいても休息を求めるのだ。
寝ても覚めても、悪夢は決して終わらない。永遠に。
「……最悪」
ゲームで遊んでいた時のキャラアバター、堕天使の自分。同じゲームで造り上げた拠点NPCたちと共に、この異常な事態に遭遇し、判明した事実。
アインズ・ウール・ゴウン魔導国。100年の時を歩んだ大陸国家。世界をひとつの旗のもとに征服し尽した、最上位アンデッド。ナザリック地下大墳墓と、その階層守護者やNPCたち。
これが現実に起こっていることだと確信できる奴がいれば、そいつは間違いなく破綻的な思考の持ち主だ。ゲームと同じキャラや魔法やアイテムやモンスターや法則が生きる世界で、自分が“仇敵”と見定め、挑戦を続けてきた相手が君臨する世界が「現実だ」などと信じ込める奴は、どう考えてもオカシイ。
そして、自分は……カワウソという男は、オカシイ思考の持ち主なのだろう。
「……」
悪夢の中で眠り、悪夢に苛まれて覚醒する日々。
ここ数日は、なかなか夢見が悪い。魔導国の襲撃や進軍は影も形もなく、逆に、その事実が怖気を誘うほど不自然に思えた。カワウソが数日前に、ナザリックの使者として契約を持ち掛けたメイドに言った布告内容と、その直後に行った上位アンデッド四体をブチ殺した案件を考えるなら、ここまで何も起こらないのは奇妙すぎるはず。ツアーとやら、
もしくは、魔導国は積極的にカワウソを害したくない事情でもあるのか。
あるいは、カワウソの行状を屁にも思わないほど、力の差が歴然としているからか。
しかし、この件は深く考えても意味がない。「これから先、どうなってしまうんだ」と考えるよりも、他に考えておきたいこと──考えておくべきことは山積していた。
「どうなっているんだ──俺は?」
カワウソは、繰り返される悪夢を思い出す。
真っ黒い澱の底で、相変わらず咽び泣く男と、堕天使のプレイヤーが相対する、最悪の悪夢。ウンザリするほど繰り返される自問自答。夢の中にいる自分を、殺したいほどの殺意で眺め、実際に
そんな夢の終わり方も、なんだかパターン化されているとわかっていた。
黒い闇の底、澱の降り積もった水底に差し込む、太陽のごとく清らかな光。
かつてカワウソの仲間
その光に触れようと、少しでもその熱を長く感じていたいと、指先を伸ばして実存を確かめようとした……その瞬間に、いつも夢は醒める。
あるいは、かつての栄光……皆との思い出……仲間たちの残り火が見せた幻想なのだろうか。
それはまるで、神様に救いを求め、一心に手を伸ばした子供が、すげなくあしらわれるような、夢の終わり方。
「馬鹿馬鹿しい」
ぽつりと呟く。
神と呼ばれる存在など、カワウソはゲームの中のキャラでしか知らない。
カワウソが修める信仰の力──それにはゲーム法則の根底に据えられた、「信仰の対象」となるものが必須。信仰系魔法詠唱者は仕様上、何かしらの「神」というものを設定上信仰しているシステムが、ユグドラシルには存在した。邪神にカテゴライズされる“始まりの血統、神祖カインアベル”などの雑魚イベントのボスをはじめ、ユグドラシルには数多くの「神」が
カワウソが(設定システム上)信仰する神は、『敗者の烙印』を押された“
その他に例を見ない──他のプレイヤーにはまったく存在を認知され得なかった“復讐者”の神を信奉する種族こそが、カワウソの稀少なレベル構成の一角を担っている。
しかし、だ。
「神なんているわけがない」
カワウソが生きていた
だが、少なくともカワウソという人間は、神などという存在が本気で存在していると盲信できるような家庭環境ではなかったし、何より、その家庭というものは小学校卒業直前に、両親と死別したことで消滅している。葬儀にしても、一般的な直葬と共同墓碑に名を刻む作業程度で済んでいた。以後の生活は、就職した企業に依存することになり、……そういう意味では、会社組織という絶対者に盲従する信徒のような生活を送ってきたわけだが、それを宗教に当てはめるのは少しばかり強引に過ぎるだろう。
この異世界ではどうだか知らないが、カワウソは神とやらに会ったこともなければ、会えるような気もまったくしていない。
「いたとしたら、そいつはとんでもないクソ野郎だな」
カワウソは嘲るように笑う。
こんな異様な世界に放り出して、高みから人を見下ろしている存在──神様がいたとしたら、自分は間違いなく怒り狂うだろう。
……いいや。
むしろ感謝すべきなのかもしれない。
笑顔で握手を求めてもいいのではないだろうか。
こんな世界に放り出されたおかげで、カワウソはようやく、仲間たちとの、“かつての約束”を果たせるというもの──
「……どうしてこうも、考えが一方向に向かいまくる?」
折に触れて思うことだが。
自分の……カワウソの思考は、この世界に転移する以前よりも極端化している傾向が強い。そう自覚せざるを得ないほど、堕天使の脳髄は欲望や欲求に忠実であろうとする。
これほどの状況……自己の生存すら危ぶまれるほど絶望的な局面なのに、どうして自分は、ここまでアインズ・ウール・ゴウンへの復讐を望むのか。望み続けられるのか。
仮説としては、堕天使という種族……『あらゆる欲望に忠実である』モンスターの肉体が、カワウソの「復讐心」や「戦闘欲」と適合している可能性が挙げられる。
いっそ狂気的なまでに、アインズ・ウール・ゴウンへの復讐に
答えは永遠に出そうにない。
ベッドから起き上がり、身支度を整えて眠気を拭い落す。顔を洗って歯を磨き、武装を身に纏って意識をシャンとさせる。最後に、堕天使にはありえない頭上の円環……いつも頭上で回り続ける、赤黒い
「“これ”が役に立てば、言うことはないんだがな……」
苦笑がこぼれる。
悪辣な使用条件や、効果が微妙な“これ”を使うリスクを思う。
ゲームでは大したことない結果しかもたらさなかった──『敗者の烙印』と同じ不名誉な証でしかないものだが、こちらの世界では少しくらい「いい感じ」になっていることを、願わずにはいられない。
何しろ、この
加えて、
実験と言えば、数日前にミカを利用して行おうとした──
「蘇生実験は不発に終わったし……」
ためしにと、カワウソはアイテムボックスを開く。
変わらずお気に入りの位置に置いている「あるもの」を避けて、武装関連の場所から手頃なサイズのナイフを取り出す。
データ量はそこまででもない鋼鉄の塊、
一応、上位物理無効化Ⅲの
深呼吸をひとつ。
あらゆる懸念を放棄して、ナイフを皮膚の下……血の流れる柔肉の奥深くに突き入れようと、両腕に力を籠めて──
「ッ……やっぱり、だめか」
わかっていたことだ。
こうなるとわかりきっていた。
もう何十回も試したが、いつもこうなるのだ。
体の中で強張っていた力を緩めていく。白刃は一滴の汚れも吸うことなく、小刻みに震えるでもなく、喉から数センチ前の空間で停止していた。
カワウソは、ナイフを自分に突き立てられずに、硬直する自分を自覚する。
……自覚せざるを得ない。
自分を「傷つけ殺す行為」に対し、まるで見えない何者かが、カワウソの凶手を掴んで自制を促しているような感じだ。無論、この部屋にはカワウソの他には誰もいない。隠形した存在など何処にもいないし、それを看破する指輪などをカワウソは装着している。
奇怪な現象ではあるが、カワウソは自分で自分を害する行為──自殺自傷に、悉く“失敗”していたのだ。愛用している
これは、カワウソの防御ステータスが働いたからではない。上位物理無効化Ⅲはオフにしている上、そのスキルはLv.100の存在には関係のない──Lv.60以下からの攻撃を無効にするだけの代物。ステータスが貧弱な堕天使だからといっても、一応、自分自身のレベルを考えるなら、まったく攻撃が通らないということはありえない。堕天使は各種攻撃にも脆い種族特性──斬撃武器脆弱Ⅳ、刺突武器脆弱Ⅳ、打撃武器脆弱Ⅲ、魔法攻撃脆弱Ⅳ、特殊攻撃脆弱Ⅲなど──ペナルティを帯びているから。
いかなる武器を使っても、いかなる方法を試しても、カワウソは自傷自殺が不可能ということが、ここ数日の調査でわかっている。
「
奇妙な安堵感に頬が緩むのと同時に、この絶望的な状況から足抜けすることはできないという事実を、あらためて確認しておく。
ユグドラシルにおいて。プレイヤーがプレイヤー自身を傷つける=攻撃することは不可能なこと。死亡によるレベルダウンを行おうとする際は、わざと強力なモンスターに殺される=自殺してリビルドをするのが頻繁に行われていた。ちょうど数日前、ミカに自分を殺させようとした感じで。実際、カワウソも幾度となく、自分自身のレベル構成をそのように変更してきた経歴がある。でなければ、
しかし、この異世界で、どこまでも現実に近い筈の世界で、尚且つ物理や魔法などの攻撃に脆い堕天使であれば、自分で自分を殺す=自殺することくらい、普通にできてもおかしくはないはず。
なのに、カワウソは、できない。
まるで世界が、カワウソの死を拒絶するかのようにも思えて、奇怪だった。
「……何にせよ。俺は、この世界で戦うしかないわけだ」
その事実を認め、堕天使は自嘲するように苦笑をひとつ。
カワウソは奇妙なほど冷静に笑い、自分が自傷不可・自殺不可である事実を受け止め、その現象がいかなるものか、考えを巡らせる。
堕天使のテキストデータ……設定に、そのような文言が刻まれていたのだろうか。あるいは、異世界の法則のひとつである「自分の職業では装備不可能なアイテムを使用しようとすると、手から取り落とす」のと同じで、プレイヤーは自刃することはできないという縛りでもあるのか。
「まぁ……できないものは仕方ないか」
これでは、蘇生アイテムの起動実験は棚上げしておく他ない。
『カワウソを嫌っている。』NPCが殺害を躊躇した以上、他のNPCでは無理な相談だ。カワウソが召喚した天使モンスターにそれをさせようとしても、悉く拒否られて終わっている。
実際に蘇生可能かどうか……アインズ・ウール・ゴウンとの戦いで必要になるはずのアイテムが機能するかしないかの確認はしておきたかったところなのだが、……なんだったら、これから会う予定の竜王とやらに頼むのも手か。
……いいや。
「やめておくか。ミカに怒られる」
あの時。
数日前に急遽実験しようとした時に見せた、女天使の
自分のような堕天使──このギルドを、天使の澱のNPCたち諸共に、破滅の道へと衝き動かすクズの命まで、一応の創造主に対する敬意だか尊重だかによって、大切に扱おうとしてくれた心意気を、これ以上無為にするような行いは避けるべきだろう。
だが、実際問題として、蘇生アイテムが使えるか否かわからないとなると、
「……あの、例のスキル……」
実験に使ったナイフを収納するのと同時に、ボックスの中に仕舞われている動画映像のデータを取り出す。ダイニングの椅子に腰かけて、動画の再生ボタンを押した。
その動画は、カワウソが“対アインズ・ウール・ゴウン”のために
ソロで狩りをしていたプレイヤー・モモンガを偶発的な邂逅から追い詰め、PKしようとした連中が撮影していた
動画に映し出されたのは、
多勢に無勢。
壁役の中位アンデッドが尽きかけ、危機的な状況に追い込まれたプレイヤー。
──次の瞬間、
時計の文字盤が背後に現れ、
逆向きに回転する針が12カウント目に達した時、
あらゆる即死対策を貫通して、モモンガを囲んでいたPK連中を「即死」させた、異様な能力。
種族特性やクラススキル、装備していた防具などに付与された即死攻撃耐性や無効化を、モモンガの即死能力は突破可能。
話によれば、同じ状況で生き残れたプレイヤーに共通していた情報は、自動発動タイプの蘇生アイテムを所有していたというところで一致している……らしい。生き残った奴は訳も分からないうちに仲間が全滅してしまい、その隙を突いてモモンガの逆襲で殺されるか、あるいは彼の逃亡を許すかの択一しかなく、それ以上の詳細を知るものは現れなかった、ということ。
彼を知らないユグドラシルユーザーは、よほどのご新規さんでもない限り、ありえない。
国内で人気を博し、12年に渡って愛好されたDMMO-RPG。
そのゲームの中で“伝説”と語り継がれるギルドを知らない者がいたら、それはとんでもないモグリ野郎だ。誰もが知っていて当然の、あの「1500人全滅」を成し遂げた異形種の集団──“悪”のギルドを束ねたギルド長。
そして、この異世界──魔導国にて君臨する最上位アンデッドは、あのナザリック地下大墳墓の最高支配者だという、歴然とした事実。
「アインズ・ウール・ゴウンが、彼……モモンガだとすれば……」
否。
たとえ、モモンガでなかったとしても。
彼と同じ戦闘力を保持する存在──ゲームデータの移植や再現だと仮定しておくのは、正しい判断であるはず。
しかも、これだけの状況。プレイヤーであるカワウソと同じ
何故なら、ナザリックに所属していたプレイヤーは41人。
だが、ナザリック地下大墳墓が、プレイヤーの姿を模倣した影武者を立てられるというのであれば、モモンガ以外の40人が、影も形も現れないのは奇妙ではないか? アルフヘイムのワールドチャンピオン“近接戦闘職最強”のたっち・みーや、ワールドディザスター“魔法戦闘職最強”のウルベルト・アレイン・オードルなど、他にも在籍していた強力なプレイヤーの代替が、他にも君臨していて良いのでは?
にも関わらず。
アインズ・ウール・ゴウン魔導国の頂点に君臨するのは、モモンガと同じアンデッドが、一人だけ。
階層守護者たちは勢揃いしているのに、ユグドラシルで討伐隊が編成されたギルド──最盛期の構成員数は41人と、上限数100人を考えると多いとは言えないが、それでも“十大ギルド”に名を連ねた存在たち……残る40人の存在が、ここまで調べた限り、この異世界の国でまったく出てこない……政府組織や公立機関に在籍していないというのは、「魔導国にモモンガ以外のプレイヤーがいないことの証明」になりえた。
無論、ナザリック地下大墳墓のNPCたちが、勝手にギルド:アインズ・ウール・ゴウンの名前を祭った最上位アンデッドを王座に据えている可能性もなくはないが、カワウソが自分のNPCたちに感じる印象から考えるに、NPCが偽物の君主を奉るというのは、あまりにも
そして、彼が、モモンガが、ギルド長故に「NPCたちにとって“特別な影武者”」というのであれば……
「どうして“モモンガ”と名乗らない?」
何故、魔導王自らが、わざわざ“アインズ・ウール・ゴウン”と名乗る必要がある?
国の名前がアインズ・ウール・ゴウンだからといって、国を治める王の名前まで同じにする意味を思う。
「彼がモモンガだったら、“アインズ・ウール・ゴウン”と名乗るのも……解らなくはないんだが……」
「いいや。そんな、まさか」とは、思う。
そして、これは仮定や推測の域を出ない話。とりあえず、魔導王アインズ・ウール・ゴウンとやらと直接話してみないことには、なんとも言えない情報に過ぎない。
NPC連中が強力な替え玉を乱造できないとしても、モモンガ一人だけを魔導王として信奉するのは、カワウソの状況と「まったく同じ」と考えるならば、ユグドラシルのゲームに唯一残留していたはずのモモンガ……終焉期のあのゲームで、わずかながらに目撃例が続いていたプレイヤーである可能性の方が、段違いで高いと判断してよいはず。
「仮定──アインズ・ウール・ゴウンが、モモンガであるとしたら?」
カワウソはそのために、有料かつ優良な攻略サイトで情報を集めたり、モモンガを見かけたというスレの書き込みに飛びついては、情報のあったフィールドを狩場にしていた時期もあった。勿論、彼と出会えたことは一度もないし、悪質なスレで偽の情報をつかまされたことは、一度や二度ではきかない。
すべては、ギルド:アインズ・ウール・ゴウン……その長として最後まで残った彼と、戦いたい
そのために。ユグドラシル時代にカワウソは、ナザリック攻略と並行して、「対モモンガ用」にもレベル構成を考え、アンデッド対策として相応しい威力を持つはずの、今の堕天使の種族と、聖騎士などの職業レベルを獲得したのだ。アイテムなどもわざわざ課金してまでかなりの量を取り揃えており、今も左手の手首には
しかし、この世界でこれらが無用の長物になっているとしたら……
「悪く考えてもしようがない」
蘇生アイテムの件は、とりあえず考えを保留。
ここ数日、拠点内で出来た実験の中で、一番の成果といえば、超位魔法〈
ただし。
それがあのギルド、アインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔導王と、彼の従えるナザリック地下大墳墓のNPCたちにどれだけ通用するのか考えると、どうしても頭を
「……悪く考えるなって……」
自分で自分を
何しろ、相手が相手だ。
異世界に君臨する超大国──大陸全土を掌握した、あのアインズ・ウール・ゴウンが“敵”なのだから。
これで希望を持つ方がどうかしているだろう。
故に、今のカワウソは、希望をもって行動できる自分は、間違いなく、……おかしい。
「まだ。まだ、可能性はある、はず……」
唇の端が、恐怖にか歓喜にか判らない感情で吊り上がる。
震える拳を握りしめながら、昨夜も確認した今日の予定を、思う。
これからカワウソは、魔導国のある場所へ赴くことになっている。
天使の澱のNPC・ラファが差し伸べてくれた書状……状況に溺れかけた堕天使が縋りついた、一本の
ボックスから取り出したのは、数日前に受け取った招待状……魔導国内で高い地位に据えられた
「おはようございます」
その時、扉の向こうから響くノック音と、女の声が。
「カワウソ様。起床のお時間になりましたが?」
扉越しの声は、聞きなれた女天使のそれでは、ない。
「ガブか」
どうぞと言って入室を許可する。
城砦の防衛隊隊長の熾天使・ミカではなく、その補佐役の智天使・ガブの姿が。
「ミカは、どうし…………ああ、準備中だったか?」
「ええ。なので、私めが代行を──円卓での会議には出席する、はず、です」
少し表情の暗い銀髪褐色の聖女は、言葉少なに頷いて、防衛隊隊長の不在を謝罪する。
カワウソは思いだす。
ミカは竜王との会談・招待に臨む前の準備を整えていると、ここ数日ほどはカワウソの世話に就くことが難しいと、目の前にいる隊長補佐のガブから、説明を受けている。
ミカの能力は、NPCたちの中で断トツだ。唯一与えた
この屋敷に常駐しているのは、NPCたち全員の隊長にして、この屋敷での最終防衛戦の“盾”となるミカと、メイド隊が十人。
そして、異世界に転移してからの配置転換で、Lv.100NPCの何人かが時たま訪れることがある程度。なので、ガブがここへ訪れるのは珍しくもなんともない。
数日前から、カワウソは特に疑問もなくガブの主張を受け入れ、ミカの準備とやらが整うまでの時間を許した。ミカ本人からの請願ではないという点は、わずかながら奇妙に思えたが、……やはり、あの時の身勝手な実験で、怒っているのかもしれない。
(やっぱり、もう一度あとで謝っておくか)
何にせよ、
「……カワウソ様?」
「ああ、悪い。今、行く」
応えたカワウソは、ヴァイシオンなる竜王からの書状を、ボックスの中へと仕舞いこむ。
・疑問点・
自殺できないカワウソ。
書籍九巻、ガゼフとのPVPで、アインズはデータ量の少ない短剣で、自分の顔に攻撃を加えてみせた(ダメージは通らなかったが)。故に、自殺攻撃は不可能ということはありえない。アインズとは違い、今回のカワウソは自分を守るスキルをオフにし、あまつさえ彼の種族は斬撃攻撃に脆弱な堕天使である。
なのに何故、彼は自殺できないのか?
次回は近日更新します