オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

4 / 103
救出

/Different world searching …vol.3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄紫色の髪の少女を抱き助けたカワウソは、〈飛行(フライ)〉によって空中を飛んでいるのでは、ない。

 堕天使は飛ぶことができない。「堕天した天使」が空を自由に飛ぶ〈飛行〉の状態になるには、最高レベル獲得時に取得できるスキルを発動するより他になく、また今回は使う必要を感じなかった。あれ(・・)がなくとも、聖騎士の身体強化スキルでどうにかなってくれると判断し、事実、使うまでもなくカワウソは目的のひとつである「少女の救出」を成し遂げられた。

 ジャンプした勢いそのままに少女をキャッチしているような状態だ。迷宮(メイズ)で自分の身体能力を把握しておいてよかったと、心から思う。カワウソと少女の身体は、弧を描くボールのような放物線の軌跡のまま、崖下に広がる森の中に着地する。聖騎士の持つ肉体強化の特殊技術(スキル)は、思いのほか堕天使の肉体能力を底上げしてくれた。おかげで、カワウソは傷一つ負っていない。

 

「よし」

 

 着地の衝撃は難なく相殺可能。

 救出にはばっちりのタイミングだったが、マアトの先導(ナビ)もあって、少女の居場所と危機的状況は知悉していた。だからこそ、カワウソは何とか少女の落下をギリギリ回避させることができた。

 急転する事態に混乱する少女を腕の中に抱えたまま、〈敵感知(センス・エネミー)〉の魔法を発動し、僅か遠くに見える崖を注視すると、黒い影が無数に岩肌をくだっている様子が見て取れる。その中でも、とりわけ巨大な暴力の塊が、まるで滑落する勢いで崖を走破していく。

 やはり、あのモンスターたちは、少女を追跡する意思を持っている。

 

「そこで大人しくしてろ」

 

 抱き下ろされ、大木を背にし、瞬きを繰り返す少女は、ゲームのプレイヤーにしてはかなり弱っちい感じしか受け取れない。

 そもそもにおいて、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)ごときに逃げ惑う事しかできず、あまつさえ崖から転落するなど、素人にしても出来が悪すぎる。身に着けている装備は一目見た感じだと、それなりに整っている。だというのに、こいつは猟犬たちよりも低いレベルしか保持していないというのか?

 いずれにせよ。

 まともな話ができそうな存在と言うのは、いろいろな意味で貴重だ。

 あんなモンスターたちに狩られるままにしておくというのは、いかにも勿体ない。

 そう結論するカワウソの背後で、揺れ動く茂みの音と、獰猛な獣の唸り声が奏でられる。

 少女が危険を告げるのとほぼ同時に、地獄の焔を滴らせる牙が、カワウソの身体へ四つ、六つ、八つ……合計して十八体も殺到する。

 もうひとつの目的である「戦闘の実験」を敢行。

 聖剣を空間から鞘走らせた堕天使は、もはや使い慣れた特殊技術(スキル)を解放。

 光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅴ。

 下段から降り注いだ光の束が、一直線に奔る輝きの奔流に数多(あまた)の猟犬をとらえ、その存在を影法師ごと斬り刻み滅ぼしていく。

 種族としては悪魔系統に位置づけられるモンスターなため、聖剣による神聖属性攻撃はかなりのダメージ量となる上、特殊技術(スキル)で数ターン分の継続ダメージをもたらすとあっては、その形状を留めておくことすら不可能だ。

 この攻撃エフェクト自体は、迷宮(メイズ)で実験検証済みだったので驚きも何もない。

 だが、それでも。

 

「……おいおい」

 

 意外なことが起きてしまい、カワウソは愕然となる。

 切り払った猟犬の群れと共に、周囲に鬱蒼と生い茂っていた草木までも、諸共にカワウソの視界から消滅してしまったのだ。

 まるで、森の一部が切り開かれたかのように、太陽の光が視界を明るく染め上げる。

 

「やべっ……森の木まで、攻撃できるのかよ?」

 

 ユグドラシルのゲームでは、カワウソはフィールドそのものに攻撃を加えるようなことはできなかった。否、より正確には、ゲーム内においてああいう「普通の木」というのは、採取や伐採、開墾や土壌調整を行える職業・木こり(ランバージャック)森祭司(ドルイド)などでなければ、燃料となる薪や、建築資材の木材に加工することは不可能なはず。ユグドラシルにおいてゲーム画面にある物体(フィールドオブジェクト)というのは、専門職による採取・伐採によってのみ、プレイヤーたちの懐に収まるアイテムに変貌する仕様であった。それこそ、モンスターの死骸からデータクリスタルや食材などのアイテムはドロップしても、その全身を、内臓や骨格、表皮や鱗などを取得するのにも専用の特殊技術(スキル)を持つ職業・狩人(ハンター)や加工職人などでなければ、余すことなく使い尽くすことはできなかったし、死霊系魔法詠唱者などの職種でなければ、死体をゾンビやレイスといったアンデッドモンスターとして再利用することも不可能だった。

 勿論、森の探査をわずかに行っていたNPCたち――イズラ、イスラ、ナタ――が採取可能だった時点で、ゲームの時のようなフィールドオブジェクトという可能性はありえなかったわけだが。

 しかし、

 

「ユグドラシルじゃ、こんな大地が(えぐ)れるような攻撃じゃなかっただろうに……」

 

 樹々が攻撃対象になったこともさることながら、その下にある地面まで、光の刃によって地割れのような陥没……というか、ほとんど地形が断層を起こしているような様が、鋭くひた走っている。事前に戦闘実験を行った拠点第一階層の迷宮(メイズ)では、こんなにもえぐい効果を発動することはなかった。これはつまり、この地面というのは、ギルド拠点ほどの防御力など一切もたない、現実として存在する本物の大地なのだという証明なのでは、と推測する。

 

「でも、現実の大地に、ゲームの攻撃が通じるって、おかしくないか?」

 

 そう呆れたように独り言を呟くが、自分の目の前で起こった出来事を説明するとなると、そうとしか言いようがないのも事実だ。

 印象としては脆い世界なのだなという考えを抱きつつ、カワウソは次なる標的を感じ取り見定める。

 開けた森、大地の傷、同胞たちの死を迂回して現れた猟犬たちによる挟み撃ちのような多面攻撃を、堕天使は片手に握る聖剣ひとつで薙ぎ払う。

 発動させた特殊技術(スキル)は、光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅰに留める。

 光輝の刃Ⅰは、無属性武器を一時的に神聖属性に転換する光の刃を、その剣の表面に覆った姿で発動する程度の攻撃(アタック)特殊技術(スキル)だ。見た目にはただでさえ煌きを放つ聖剣が、光の粒子によって覆い隠されたような感じとなる。この粒子によって、敵に継続ダメージを加算するのだ。

 聖騎士にして、Lv.100の堕天使の腕力と瞬発力で木っ端のように吹き飛ばされる猟犬たち七頭は、その骸を大地に転がし、吐き出そうとしていた紅蓮の焔を(ことごと)く鎮火・霧消されていく。カワウソ自身の剣尖の速さによって、彼には一片の傷も汚れも付着することはない。

 

 ……はて。

 カワウソは新たな現象に頭をひねる。

 

 死体が残ることは、ユグドラシルでは珍しくもなんともないが、あんなにも様々な形状になるものだっただろうか?

 クリティカルヒット扱いというもので、モンスターの死体にも差別化があったのを見た覚えはあるが、頭部の消滅した死骸や、腹部から赤黒いものをこぼしているというのは、少し、──いや、かなり、──グロい。中には吹き飛ばされた衝撃で森の木の幹に貫かれて果てている死体まであるのだから、かなり異様な光景になる。おまけに、流れ出てくる血の量というのも、ゲーム時代とは比較にならないほどだ。

 無論、血というのも立派なアイテム扱いを受けるオブジェクトなのだが、ここまで生臭い香りを嗅ぐなんてこともなかった為か、やけにリアルに感じられる。もうちょっと威力の強い攻撃で、完全に消滅させるくらいの攻撃をした方が、精神衛生上いいかもしれない。だが、それだと実験が──

 などと状況を努めて冷静に分析するカワウソの耳に、

 

 

「オオオァァァアアアアアア──!!」

 

 

 聞く者の肌が粟立つような咆哮が。

 同時に、地獄の猟犬の(むくろ)を踏み超えて、それは現れた。

 カワウソは、これの姿をマアトの魔法越しに見ていたので、この邂逅(かいこう)にはさしたる動揺はない。

 しかし、その姿は堕天使の声音をわずかに凍えさせ、鋭さを増幅させる。

 

 

「やっぱり、死の騎士(デス・ナイト)、か」

 

 

 猟犬たちの飼い主のごとく現れた追撃者。

 その身長は二・三メートルにもなり、身体の厚みは人というより猛獣のそれを思わせる。左手には全身の四分の三を覆うような巨大な盾──タワーシールドを保持し、右手には一・三メートル近い波打つ形状の大剣──フランベルジェを握っている。その巨体を覆うのは漆黒の金属。随所に血管のような真紅の紋様を刻んだ全身鎧だ。鋭い棘が所々から突き出す様は、暴力をそのまま形におさめた形状である。兜は悪魔を思わせる角を生やし、顔の部分が開いた箇所から憎悪と殺戮に着色された亡者の眼窩が、爛々と世界を睨み据えている。

 ボロボロの黒いマントを翻し、死の騎士はカワウソめがけ突進する。その姿は騎士の突撃というより、肉食獣の跳躍じみた速度。人間の平均身長を超過する巨躯でありながら、その動作は影のように軽やかなものだ。

 しかし、カワウソにしてみれば、死の騎士(デス・ナイト)は雑魚アンデッドの一種に過ぎない。

 特性として、死の騎士は雑魚モンスターのヘイトを集め、どのような強力な攻撃もHP1で耐え抜くという盾役としては非常に優秀な存在だが、そのレベルは35程度。カワウソのギルドの門番を務める小動物たちと同レベルに過ぎない。

 

 一合。

 

 たったそれだけで、死の騎士の命運は決する。

 刃を交わした瞬間に、光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅰを発動する神器級(ゴッズ)アイテムの攻撃により、騎士の持つ大剣はバターのように切り裂かれ、そのまま勢いよく白い刃を喉元に突き入れられる。指輪のひとつを使い〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉を発動。確認したHPは僅か一目盛分。とどめとして抜き放った刃は、過つことなく騎士の頭を大地に転がしてみせた。

 大地の上に(くずお)れた死の騎士の肉体は、清浄なる力によって浄化されるとか、憎悪から解き放たれて粉微塵に砕け散るといった現象を起こさない。光輝の刃Ⅰは、そこまでの効果は発揮しないのだ。

 ユグドラシルの仕様上では、実体を持つモンスターは死体をそのまま残すものが多い。その死体からデータクリスタルやドロップアイテムを入手できたり、あるいは死体に特殊技術や魔法などを使用し加工することで別のもの──肉などの食料や、金属などの素材、あるいはゾンビなどのアンデッドモンスターの傭兵NPC──にして手に入れることが可能だ。

 ……だが。

 

「クリスタルは、ドロップしないな?」

 

 死の騎士の(むくろ)をくまなく検分するが、これといったアイテム──クリスタルや素材はドロップしていない。これは、先ほどの猟犬たちも同様であった。

 ここがユグドラシルとは別の世界であることの証明が、ひとつ増えたと考えるべきか。

 だが、それならユグドラシルと同じモンスターが徘徊しているというのは、どういう理屈なのだろう。

 しかも、ここは森の真ん中だ。

 アンデッドは大抵の場合、墓場や廃墟などで自然発生(POP)するモンスターだ。それ以外では悪魔の城や地下洞窟などのダンジョンで見かけるぐらい。こういった森林地帯であれば、アンデッドよりも猛獣(ビースト)とか精霊(エレメンタル)とか、あるいは小鬼(ゴブリン)人喰鬼(オーガ)くらいとエンカウントするのが自然だろうに。

 

「カワウソ様」

 

 さらなる疑問に陥っていた堕天使の耳に、怜悧な音色が注がれる。

 

「ミカ。無事だな?」

 

 振り返り見た先で「馬鹿にしないでください。あたりまえであります」と、毒舌天使が宣言する。

 彼女が握る光の剣は、役目を終えたことを確認すると、目にも止まらぬ速さで鞘の中へ戻される。

 ミカは頭部の上半分をすっぽりと覆える(ヘルム)に、目の部分はサンバイザーを思わせる透明な硝子構造で覆っている。彼女が熾天使である特徴の“輪”は、その兜の構造物であるかのようになっているが、健在だ。正常な天使種族の中でも、特に熾天使は、余程の事でもないと“輪”と“翼”を失うことは出来ない種族。同じように背中から生えるべき翼についても、鎧の一部──胸当て部分を護るか隠すように盛られ、組み巻かれた感じとなっており、自然に存在を主張している程度に落ち着いている。事情を知らないものが見れば、ただの人間の女騎士といった立ち姿だろう。

 カワウソの右腕として創造しただけのことはあるらしく、ミカは主人とは違い、まったくそつなく戦闘行動を完了させたようだ。その証拠に、彼女は死の騎士(デス・ナイト)が持っていたのだろうフランベルジュを四本、大地の上に突き刺して示す。ドロップアイテムという感じだが、これはカワウソの倒した騎士の傍に切り裂かれ落ちているものと遜色ないもの。聞けば、やはりクリスタルなどをミカは入手していないらしい。位置的には数百メートルほど離れていた感じか。これ以上、他のモンスターが現れる気配はなかった。

 

「――やるじゃないか。こっちは一体倒すので精一杯だったのに」

「崖を下りた死の騎士が一体だけだったからでは? おかげで、猟犬たちの始末はカワウソ様が一手に引き受けてくれたわけですし」

 

 ミカは追跡続行のために崖下への安全ルートをとった死の騎士四体を狩るべく、別行動を取っていた。

 無論、カワウソの貧弱な能力でも、さすがに特効属性を扱える状況で、Lv.35程度のモンスターが相手なら、その倍の量を連れてこられても対応は可能なのだが。

 

「しかし。少し派手に戦いすぎではありませんか?」

「ああ……やっぱり、そう思うか?」

 

 光輝の刃Ⅴを繰り出した際に、森の一定範囲が猟犬諸共に断裁され消滅してしまっている。この森が誰かの領地なり所有物なりしたら、カワウソは罪状をはられるかもしれない。そうなる前に、ガブあたりを連れてきて、幻術で森の破壊っぷりを隠匿するか、さもなければ森祭司(ドルイド)系魔法を扱えるアプサラスに再生させる必要があるだろう。

 ここが誰かの土地や命名済みのフィールドだとすれば、マアトの特殊技術(スキル)で鑑定も可能だが、はたして。

 

「あ、あの」

 

 思考に耽っていたカワウソは、ミカ以外の声を聞いて、ようやく自分がここに赴いた理由を思い出した。

 カワウソは比較的穏やかな、あたりさわりのない表情を浮かべて振り返る。

 

「ああ。怪我はしていないか?」

「あ……はい。おかげ、さまで」

 

 腰が抜けた感じの女の子は、しかし礼儀を知っているらしい調子でお辞儀してくる。言葉も通じるようで少し安堵した。翻訳魔法を発動するコンニャク(アイテム)を摂取する手間もない。

 あらためて、その少女を見下ろした。

 少女の身なりはそれなりに整っている。軽金属で出来た胸当ては、見た感じの年齢に比して豊かな膨らみを隠しきれていない。はっきり言えば南半球に当たる部分が露出している。へその部分もまる見えだ。防御能力は最小限に、身軽さを最大限にしようという意思の表れだろうか。腰には剣を収めていただろう鞘がぶら下がっていたが、中身は空。あの死の騎士たちから逃げる途中で折れるなり紛失するなりしたのだろう。

 顔立ちはゲームに登場するキャラのように、可憐かつ麗美だ。カワウソの見た感じとしては、リアルなら十人中七人か八人は振り返るんじゃないかといった具合である。年齢は多く見積もっても十五歳前後、それぐらいに小柄であった。

 一言でいえば、軽装剣士の美少女。

 それが、この女の子から抱いた第一印象である。

 

「いくつか質問しても構わないか?」

「は、はい。何で、しょうか?」

「どうして死の騎士(デス・ナイト)たちに追われていたんだ? こいつはヘイトを集めることはできても、逃げるプレイヤーを追い回すようないやらしい特性は持っていないはずだが?」

「え、ええと……最後の方は、よくわかりませんが、私が追われていたのは、その……」

 

 何とも歯切れの悪い調子だ。

 ゲームだとこういう場合、大抵がワケありなのだが。

 

「……正直に言わせてもらうと、私、罪人なんです」

 

 ワケあり確定かよ。

 

「……そうか……罪状は?」

「え? その、えっと多分……不敬罪という、奴で」

「不敬罪?」

 

 それってつまり、こいつはこの世界の王族だか有力者だかを怒らせた手合い、ということになるのか?

 ワケありの中でも最悪な部類だな。出来れば異世界の王様とか政府とかなんかと敵対なんて、現状ではしたくないのに。

 こめかみを押さえつつ、カワウソは先を続ける。

 

「どんなことをして、不敬罪に問われたんだ?」

「あ、アンデッドの行軍に、その、墜落して」

「アンデッド、行軍……?」

 

 おいおい。

 それってつまり、アンデッドが支配する国がこの近くに存在するってこと?

 いや、アンデッドを支配できる種族や、魔法詠唱者(マジックキャスター)という線も捨て難いか?

 

「み、見たこと、ありませんか? 骸骨(スケルトン)の、戦士団とか、死の騎士(デス・ナイト)の、儀仗兵(ぎじょうへい)とか」

 

 いや、そんな恐ろし気なイベント、参加したことないから。

 もう……何というか……面倒くさくなってきた。

 

「はぁぁぁ……おまえ、名前は? 出身は? 種族は?」

 

 眉間をおさえっぱなしのカワウソは、自分の腰に装備した鎖の端を意識する。この装備を使えば、少女の捕縛は容易である。訊けるだけのことを聞いたら、こいつを捕まえて、適当な国家機関に引き渡してしまおう。

 死の騎士たちを()ったことはこの少女のせいにして「お目こぼし」を狙う。可憐で純朴な少女のようだが、今は下手に助けることができないのだから、しようがない。

 そんなカワウソの心算も知らず、少女はつっかえつつも自分のことを紹介していく。

 

「えと……私の名前は、ヴェル・セーク。出身は飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)の一族。えと、種族? と言われると、あの、人間だと思います?」

 

 正直、名前以外はそんなに重要視していなかった。ただ、いざ国家機関などに突き出す際に、情報は多い方が擦り合わせもうまくいくだろうという心積もりがあったからだ。

 だが、意外にも気になるワードが出てきた為、カワウソは興味本位に問い質してみる。

 

飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)? 飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)と言ったか、今?」

「は、はい。一応、私も飛竜騎兵の、その、端くれで」

 

 飛竜(ワイバーン)とは。

 ユグドラシルでは三十レベル後半に到達した騎乗兵系統の職を有したプレイヤーが騎乗できる魔獣の一種だ。その飛竜を特別に呼び出し騎乗できる職種が「飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)」という。竜を乗りこなすなど、実にファンタジー感のある職種であるため、憧れたプレイヤーは数多い。実際、カワウソも一度は目指したこともある。

 だが、こいつはレベル的には大して違いのないはずの死の騎士(デス・ナイト)に逃げ回っていることしかしていない。ということは、こいつのレベルは三十未満──(いや)地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)からも逃げの一手しか取っていなかったから、ひょっとすると二十五を下回るはずだ。だというのに、三十レベル後半が必須条件のはずの飛竜に乗れる?

 ……訳が分からなさすぎるぞ、もう。

 

「……それで、ここからもっとも近い都市とか、国はどこにあるんだ?」

「はぇ?」

「だから、この近辺にある街や国の場所を聞いているんだよ」

 

 ヴェル・セークは困惑の上にさらに困惑を相乗させるような眼差しで告げた。

 

「え、あ、あの……この近辺に国は、一つしかありません。というか、この大陸は、一つの国の支配下にあるんです、けど?」

「……何?」

 

 カワウソは呻いた。

 その答えはさすがに予想を超えていたのだ。

 一つしか国がない。そんなことが実現可能なのか?

 大陸というからには、日本のような島国ということはあるまい。

 オーストラリア? 南北アメリカ? ひょっとするとユーラシア大陸なみの規模を、たった一国で支配しているというのか?

 まさしくファンタジーな世界観だな、頭痛が酷くなる一方だ。

 

「……その国の名前は?」

 

 知らないと主張するのは、割と勇気のいる行動だった。

 大陸を一国で支配している事実を、その大陸にいる存在が知らないというのは奇怪なものだ。実際、少女は疑問符を大量に浮かべながら、たどたどしく質問に答えようとする。

 

 だが、カワウソの予想など、その少女は(ことごと)く裏切ってしまう。

 

「ア……」

「……あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン、魔導国、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第二章 至高なるアインズ・ウール・ゴウン魔導国 へ続く】

 

 

 

 

 

 




 飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)の記述や設定は、書籍四巻p12を参考にしています。
 二章に続く前に、幕間を一話はさみます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。