オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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接近と書いて、ニアミス


接近 -1

/Flower Golem, Angel of Death …vol.07

 

 

 

 

 

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 第一生産都市・アベリオンの特徴は、地表部を見る限りは中世ヨーロッパ風の古めかしい街並みが整然と──100年前はただの森林や岩場などで未開墾の、亜人たちの巣窟だった丘陵地帯でしかなかったことが信じられないほどの規模で──建立(こんりゅう)されているところだろう。その周辺地域には四季を感じさせる田園や果樹が大地の実りを結晶させ、都市の住民に憩いの場を設け、訪れる者に牧歌的な印象を与えてくれる。

 この近辺地域は、聖王国救援(吸収および平定)期に、魔皇ヤルダバオトとその手勢によって悪魔的な実験場とされていた暗い過去があったらしいが、その影はいまやどこにも見当たらない。実験に巻き込まれた現地の住人たちは重く口を噤み、震え咽びながら悪魔たちの支配に甘んじていたところを、慈悲深きアインズ・ウール・ゴウン魔導王が、救いの手を差し伸ばしてくれた。当初こそ魔導王の助勢を疑心暗鬼に受け取るしかなかった亜人たちは、ヤルダバオトが征伐され、王陛下の君臨する魔導国の庇護下のもとで、汚辱の傷と絶望の記憶を癒すことが可能となった。かの王への恩義は子々孫々に渡り継続されていることは、街の中心部に慎ましく建造された魔導王像のモニュメントに捧げられる贈り物の量で理解されることだろう。

 

 人間と亜人と異形、それぞれが共存共栄を成し遂げ、高度に洗練された魔法技術をそこここに取り入れられた街並みは、当時の周辺諸国の建築様式をふんだんに盛り込みつつ、ここを故郷とする亜人たち──豚鬼(オーク)などを魔導王陛下が救済すべく下賜されたのがはじまりとされている。そのため、この都市は以降に建立(こんりゅう)される各都市群──交易都市・工業都市・冒険都市などでも暮らす亜人向けに、様々な改良工事(バリアフリー)が施されている。大きな体格の亜人用に建物の入口は広く、生活用品なども頑丈な素材と構造を使用。多脚多腕や動植物の手足を持つ種族にも最適な工夫が随所に施されており、この都市は生産能力確保の任務の他に、多種多様な亜人種の共存形態模索のため、様々な試作試案が実行される実験地としても有用な成果を上げてくれた。

 そうして、100年後の現在。

 人間種の他にも数々の亜人──小鬼(ゴブリン)人喰い大鬼(オーガ)蜥蜴人(リザードマン)の他にも、ビーストマンや人馬(セントール)山羊人(バフォルク)など──が店を構え、食物や飲料、衣服や生地、日用雑貨や調度品、魔法のアイテムや武装などを遣り取りしつつ、平和な街の風景を形作っている。

 

 

 

「今朝の新聞だよ! 一部100ゴウンだよ!」

 

 売り子の小鬼(ゴブリン)の少年に、都市を行き交う大人が慣れた調子で真新しいインクで大量に刷られた朝刊を受け取り、100ゴウン硬貨を手渡していく。少年はリードで繋がれている骸骨の狼(スケルトン・ウルフ)の首に下げた集金箱に硬貨を放り、狼の背中に括りつけた新聞を、さらに次なる客──魔法の箒に乗って飛行する人間の都市民へと供給していく。

 何気に、製紙技術と印刷技術も発展していることが、こんな光景からも読み取ることが可能だ。

 イズラは普通に少年から新聞を購入することもできたが、不要な魔導国民との接触や、たとえ100ゴウンであろうとも、追加の外貨獲得が見込めない現状では惜しい出費となる。書籍などは本屋で購入するしか今のところ手がないが、新聞などは意外にも街のゴミ箱に読み捨てられることが多々あるらしく、イズラは捨てられたそれを密かに回収し、翻訳魔法の眼鏡を装備することで内容を把握していくという最も安上がりな方法で、そこに羅列明記された情報群を蓄えていく。

 

「『大冒険祭』一等冒険者(ナナイロコウ)“黒白”の「白銀」によるエキシビジョンマッチ。今大会の目玉…………ローブル領域の平和式典には、「予定通り魔導王陛下が臨席される」と、共に参陣されるデミウルゴス大参謀猊下が表明…………奴隷の不法売買問題…………第二魔法都市・ベイロンの魔王妃殿下恩賜中央工房にて、人形(ドール)動像(ゴーレム)作成を利用した義肢装具技術を復元。先天性欠損患者への医療転用に期待…………ふむ」

 

 そんな日常的な朝の都市風景の中を、誰にも見咎められることなく、どころか、存在を認知すらされていない調子で建物の屋上に佇む男が──正確には“死の天使”が──いる。

 フード付きの黒い外套を着込む男は、暗殺者(アサシン)盗賊(ローグ)系スキルを使用することで、自分の姿や気配を隠形・隠蔽する手段を有する、つまり、こういう潜入活動にはうってつけの存在。

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)に属する、拠点防衛用NPCの一人である彼は、己の主人の命に従い、この生産都市の検分と調査を実行している真っ最中だ。

 

「あちらは──昨夜は随分と派手にご活躍なさったようだ」

 

 飛竜騎兵の領地を訪れて僅か一日と少しで、カワウソは領地内に巣食っていた病原体たる老人──黒竜を里中にバラまこうと画策していた元長老の企図を妨害せしめた。

 魔導国への背信・叛逆行為自体は、イズラにとっては自分たちの利にも出来たのではないか……アインズ・ウール・ゴウン打倒への道に利用できたのでは……と思わなくもなかったが、カワウソの意思決定こそが重要かつ、そして絶対だ。

 彼が断罪し、飛竜騎兵の里に安寧を取り戻させた。それが答えだ。

 それら活動詳報は、すべて〈全体伝言(マス・メッセージ)〉を扱えるマアトを経由して、ミカから配信されたもの。

 今は奇岩内部に残留しているやも知れない黒竜の発見退治に尽力している為、忙しいらしい。

 創造主がここまで頑張っている。

 これは、イズラたち調査隊も、一層の奮励努力が求められるところと見て間違いないだろう。

 

「街の表面は、だいぶ理解できましたし──いよいよ地下に潜ってみますか」

 

 読み込んだ新聞紙を軽く折り畳んで大事に荷袋の中へ仕舞うと、昨日から計画していた作戦の発動を即決する。主人が頑張っているのに、自分たちが頑張らないでいるのは恥ずべきことだ。

 都市の表層部は、魔法技術の生きた人間と亜人の居住地帯であり、農業や畜産業に従事する者らにとっての社宅や寮じみたものだと、とうに把握された。

 この都市が、生産都市と題される由縁──魔導国における食料供給の“台所”として機能しうるための施設が、地下に在るという。

 都市周辺地域の農園だけでは賄いきれない量の農作物が、毎日のように大通りや商店街に陳列され、おまけに他の各都市への輸出売買まで成立させることができるだけのものが、都市往還用の荷馬車──魂喰らい(ソウルイーター)が馬車馬となり、御者が中位アンデッドの隊商(キャラバン)──が、今朝早くの夜明け前から、都市の東西南北に据えられる門扉より流出し、さらには体表に霜が降りる竜種が、運搬会社の騎獣場広場などから静かに飛び立っていく。魔法の〈保存(プリザベイション)〉技術によって劣化しない食料品を主たる産物としている都市だが、霜竜(フロストドラゴン)による天然の冷凍保存技法のおかげで、そういった魔法を酷使させる必要性はない。何しろ、この生産都市だけでも毎日のように大量の食料品が出荷されているのだ。どんなに優秀な魔法詠唱者を揃えたところで、疲労と摩耗は避けられないほどに膨大過剰な量になる。

 ならば、魔法による〈保存〉以外の方法で、遠方へと安全かつ安価に食料を送付するための存在として、常時冷気を放つ──冷凍保存が効くドラゴンの肉体というのは、重宝されて然るべきだろう。

 ここまでを見越して、魔導国建国より少ない日数で、霜竜(フロストドラゴン)を大量に支配下に置いたというのが、魔導国の歴史──農産業界の常識として語られていると、イズラは書店で立ち読みした書籍から情報を得ていた。

 

「随分と手際が良いことで」

 

 イズラの所感はそんなところだった。

 確かに、驚嘆して然るべき建国計画だと思われてならない。

 

 都市流通において問題となる街道網の整備──均一舗装の道路・馬車の構造強化・馬を疲労しないアンデッドや動像(ゴーレム)に転換・街道周辺に住まう脅威の除去・様々な人間と亜人の交流を活発化させることによる国土の安寧と固定──そのために、大量の食料品を「魔法によらぬ保存加工」によって、属国化・条約締結・吸収併呑した諸方へと確実かつ安全安価に送達するために、魔導王は早い段階から馬車移動以外の輸送手段に目をつけ、それを実行に移している。

 何しろ、魔法詠唱者の教育には大変な投資と時間がかかる。才あるものを選抜し、文字を教え、教義を施し、……そういう準備と教育がなされなければ、魔法を扱える存在というのは、まず生まれ得ない。魔法使いは畑で栽培するわけにはいかない人的資源なのだ。いくら魔法習熟に一定のアドバンテージを持つ亜人や異形種がいたとしても、国家運用に足る人材の教育というのは、一朝一夕に成し遂げられるはずのない大事業。つまり、一年や二年で大量に揃えることは、難業である以上に不可能な次元であると言える。

 だが、この異世界には別の手段──現実的な保存手段として転用できるモンスターが存在していた。

 その代表こそが、極寒の体表温度を持つ霜竜(フロスト・ドラゴン)

 霜竜を大量に使役できれば、単純な輸送の速度と保存性は格段に、かつ確実に向上する。物資の流通が活発化することで雇用や商業が発展し、よって、一定以上の経済活動レベルを高水準で維持されることにも繋がっていく。──ゴウン紙幣などのそれまでにない新たな“紙幣”・貨幣制度の導入も、そうした社会基盤の充実の下で成し遂げられていった背景があった。

 

 そこまですべてを読み切って、アインズ・ウール・ゴウン魔導王……魔導国という名の大国が100年前に国家を樹立したことは、これまでの歴史が物語っている。それは認めざるを得ない事実のはずだ。

 

「さてと」

 

 イズラは自分の目的を遂行すべく、事前に調べ尽くしていた地下への入り口を──無数にある中で、都市観光客向けの一般入場口のある都市中央を目指す。

 

「すごい、モニュメントですよね」

 

 イズラは馬鹿にするでもなく、ただ率直な感想を呟いてしまう。

 不可知化中の天使は、声や足音どころか、自分の心拍音や筋肉のさえずりさえも外には漏れださない。感嘆の独り言を紡いでところで、特に何の問題にもなりえなかった。

 晴天を仰ぎ見る。

 巨大と言って良い、全高30メートル程度の壮強な像は、絡み合う蛇を想起させる杖を掲げた魔法詠唱者(マジックキャスター)──アンデッドの最上位種族である死の支配者(オーバーロード)──至高帝・神王長などの、様々な尊称をもって臣民たちに敬慕される、王の中の王──あらゆる魔を導く絶対王者の姿を正確に再現しようと努力されていたが、これでもまだ小さく、御身の尊さの10分の1も再現できていないだろうと、台座のガイドスペースには記載されている。

 実際の魔導王陛下の存在感は、これを数十……数百倍させても届かないほどだとも。

 無論、実際のサイズが、こんな巨人めいた感じではないことは、イズラは予想がついている……あるいは本当に巨人の骸骨だったりしないだろうかとも思われてならないが、モンスターとしての死の支配者(オーバーロード)という最上位アンデッドに、そんなスケールアップはありえない……はずだ。

 

「地下農場見学を希望される方は! コチラで手続きをお願いしまーす!」

 

 行政観光課の徽章を大きな胸元に施す青いオーバーオール姿の半人半獣(オルトロウス)の女性が、案内用のプラカードを掲げて、当日チケットの発券受付用のプレハブ小屋へと誘導している。

 様々な人や亜人が列をなす地下への入り口に、イズラはやはり誰にも気取(けど)られることなく、人の列などお構いなしに前へと進めた。入念な下調べの末、自分の能力であれば容易に侵入可能であることを理解していた。一応、本日有効な入場チケットなどは昨夜の時点で購入済み。これで問題なく、イズラは見学ツアーの人込みに紛れ込める、はず。

 地下へと続く道は、ダンジョンのように薄暗いということはない。

 むしろ客の安全性を考慮した照明の数で、視界を白く眩く染め上げている。各種族用サイズの自動昇降機……アンデッドによる浮遊エレベーターが数基用意されており、脇には非常用出入り口となる階段へと続く扉もあった。手をつなぐ親子連れや、老夫婦などの列をかき分けるでもなく、暗殺者の天使は階段への扉を開けて潜り込む。潜入能力に長じた彼の行動や姿を捕らえられる存在は、やはり存在しえない。いかに魔導国の臣民と言えど、隠密に特化したLv.100NPCを感知することは、一般人レベルではまず不可能であった。

 最低限の照明が薄緑色に灯る階段を、巨大な支柱を螺旋状に取り巻く通用路を、天使は音もなく駆け下りる。一階分を降りるにはかなりの時間をかけたところで、“第一階層(エリア)”と表記された扉があることを翻訳メガネで視認し、そこへ潜り込む。鍵などの存在もあったにはあったが、やはりそこは盗賊(ローグ)系の特殊技術(スキル)とアイテムで安全に、かつ事後発見されても気づかれないように細心の注意を払って開放してしまう。こういった工作活動において、イズラの能力は遺憾なく発揮されるもの。ゲームの拠点NPCにはほぼ不要なはずの能力は、この異世界においてようやくその本懐を遂げられたのだ。

 

「……第一エリアは、確か穀倉でしたね」

 

 イズラは脳内に収めた情報を確実に思い出す。

 事前に得ていた情報通り、地下一階のエリアは『穀倉保存地帯』というだけのことはあるらしく、大量の穀物を詰め込んだ袋がビルのような山をなし、梱包された加工食品や生食用品などが魔法によって〈保存〉されている、まさに“地下倉庫”であった。階段を降りてもすぐに地下一階部分にたどり着けなかった理由は、これほど広大かつ、天井までの高さが二桁メートルにはなることを考慮すれば納得するしかない。階層内は作業員用に〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の照明が明るく全域を照らし出し、ヘルメットで安全対策を整えた従業者たちが、アンデッドやゴーレムたちに対し、力仕事を割りふっている。魔法の箒に乗った魔法詠唱者や、騎乗獣を乗りこなす騎兵職の若者が、速達便を急ピッチで荷運びしている姿も見受けられた。そうやって運び出された品目は、地上へと続く搬入路を通じて外に送られ、待機していた馬車や空輸便に積載される。

 先が見通せないほどの奥行きがあるのは、この地下空間は、この都市地域のすべてに広がっているほど広大な面積を掘削し造営された結果だ。ここでの移動には、四輪駆動型の小型動像(ゴーレム)を使うか、あるいは速達便を用意していた者等に相乗りしてというのが主流らしい。

 

「次に行きますか」

 

 すでに時刻は昼を過ぎた。

 一階層分を眺め検分し終えるのに、だいぶ時間がかかってしまったのには、勿論、理由がある。

 

 イズラは、この都市について、より詳細な情報を得るべく派遣された調査隊。ただ漫然と一階層分を眺めて、それですべてを知った気になるのは、任務内容にはそぐわない。あるいは、この一階層の何処かに、魔導国内でも著名な──それこそ、ナザリック地下大墳墓に直送される便があるのではないかと、丹念に可能な限り調べてみたが、そう都合よくはいくわけもない。

「何故そんなことを?」と聞かれれば、彼は次のように述べただろう。

 

 ──そういった荷が存在していれば、もしかしたならば、あのナザリックへと急襲劇をかける手段たりえるやもと思われたのだ。

 

 どんなに可能性が低くても、あのナザリックに至れる道筋を発見・入手できたならば、それは自分の主人の利得となる筈と信じたイズラ。だからこそ、観光鑑賞用のエレベーターには乗らず、自由に行動が可能な非常階段ルートを選んで、この空間への侵入を果たしたのだ。

 ……だが、実際に翻訳メガネで荷物をひとつひとつ確認し探してみた限り、そんな直行便などありえなかった。ナザリック地下大墳墓を擁するという絶対防衛城塞都市・エモットへの荷がそれなりの数が確認されはしたが、そもそもにおいてエモットなる都市の全容把握すら出来ていない現状下では、そこまで魅力的なルートにはならない。直行してくれるのであれば、ナザリックに乗り込むという本義を叶える垂涎(すいぜん)(まと)たりえるが、その手前の位置に至る程度の道のりでは、彼の望むものとの間に天と地ほどの開きがある。

 それこそ、絶対防衛の名の通り、城塞都市の防衛能力がイズラたちの知るユグドラシルのそれを大きく上回る規模の防御や索敵が「絶対的」に働いていたならば、荷物に紛れ込んで城塞都市に侵入・侵犯するのはリスク以外の何でもない。あのナザリックへの道が開かれる可能性としては、そこまで魅力的な手段にはなりえないのが現状である。たとえば、城塞都市はナザリックを擁してこそいるが、実際のナザリックは都市内の隔離空間にあるだけで、潜入するだけ無駄になる可能性も否定できない。都市全体が結界装置でしかなく、そこへ不法侵入した時点で、侵入者を問答無用に掃滅する機能などを擁しているというのも、この異世界ではありえると思わねば。

 

 イズラは非常階段を、影のごとく無音で駆け下りる。

 次に至った階層は、第二階層(エリア)・農作農耕地帯。

 先ほどの倉庫と同じ敷地面積と天井高を誇る階層内は、魔法による光と大気に満ちた、土の薫りがする農場であった。

 現実にも、LED農業などに代表される人工の光や土壌の代替物で問題なく農作物を発芽・生育させ、場合によっては並の農産物よりも栄養価の高い野菜などを収穫できるが、ここでは様々な魔法を併用発生させることで、それらよりも数段発展したプランテーション農業を確立されていた。

 生い茂る黄金の麦穂や、青々と実る葉野菜や果物──それらを森妖精(エルフ)に指定された通り収穫するアンデッドの隣で、収穫済みの空いた土地を耕し、次の田植えを行うべく人間などの森祭司(ドルイド)従業員が数人がかりで土壌を回復させている。場所によっては、地下空間の中で魔法の“雨風”まで降らせていた。

 都市表層に広がっていた以上の地下農園は、まさに生産工場のごとく機能的な管理体制のもとで、画一的な食糧供給体制を可能としており、それらにはアンデッドの労働力の他に、人間や亜人などの魔導国臣民による手が、絶対的に加えられていた。いかに不死身を誇るアンデッドといえども、万能ではない。単純な肉体労働であれば可能なようだが、農作物の選別や、土壌回復や栄養供給のための魔法の行使などは、ただの下位アンデッド程度では如何ともし難い様子。

 

「よくもここまで考えたものだ」

 

 黒い翼を展開して飛行しつつ、不可知化中のイズラは、ひとり感心しきっていた。

 いかに相手があの“アインズ・ウール・ゴウン”であろうとも、その統治体制や支配能力──ただの農作業すらも、ここまで効率よく運用させるように手配しきった手腕は、純粋な賞賛を送るより他にない。あるいは、自分たちの拠点にいる下級の天使たちでも同じことが可能かもしれないが。

 

「というか。あの数のアンデッドを、一体どうやって制御統括しているのでしょうか?」

 

 大量に召喚作成されるモンスターには、時間制限がある。

 天使にしろ、悪魔にしろ、──不死者(アンデッド)にしろ。

 

 魔導国の動像(ゴーレム)については、魔法技術による産物──いわゆるギミックやアイテムと同列のものと考えて良い(そういう業者があること、ゴーレムを“売る”存在を都市内で確認済みだ)。

 花の動像(フラワー・ゴーレム)であるナタや、ヨルムンガルド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)の入り口を鎮護する四体の動像獣(アニマル・ゴーレム)などのように、特別な造られ方をするNPCと同列には扱われない。魔法によって生み出される消耗品や、機械装置の一種と見て良いだろう。

 

 だが、この都市などをはじめ、魔導国にはおびただしい数のアンデッドが動像(ゴーレム)と同量かそれ以上の規模で存在し、自らに与えられた職務に邁進する日々を過ごしている様は、彼等は特殊技術(スキル)による召喚作成ではないとみるべきか。

 だが、大量のアンデッド……モンスターを使役し従属させるというのは、生半可な魔法や特殊技術(スキル)では不可能だし、そもそもにおいて百や千のモンスターを、それぞれ別々の作業に従事させるというのは、どういう理屈なのだろうか? 噂に聞く超位魔法や、カワウソが装備しているのと同じ世界級(ワールド)アイテムの力か?

 イズラの矮小な認識では、そんな技法や道具は知らない。支配下に置かれたモンスターは、主人の下知を受ける従僕と化すということは解る。だが、だとしても──だとすると、この量は、奇怪すぎる。

 骸骨(スケルトン)農夫(ファーマー)

 死の騎士(デスナイト)警邏(ポリスマン)

 死の騎兵(デスキャバリエ)御者(コーチマン)

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)行政官(アドミニストレーター)

 魂喰らい(ソウルイーター)馬車馬(ワークホース)……他にも様々なアンデッドが、都市で、職場で、あるいは小さいモノが個人の所有端末やペットのごとく溢れかえり、魔導国臣民の暮らしを支える存在として、有効利用され尽くしている。

 一体、どういう魔法や法則が働いているのだろうか。

 自分の主(カワウソ)……プレイヤーであれば、何か知っているのだろうか。

 

「あるいは、この異世界とやらの独自の法則で、作成されたアンデッドは制限なく活動できるのでしょうか?」

 

 少なくとも天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の仲間が召喚作成する天使には、時間制限がある。それは確かだ。

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの首領たる死の支配者(オーバーロード)のプレイヤーは、死霊系魔法に特化したことで、通常では考えられないほど強力な力を有していると、イズラは“アインズ・ウール・ゴウンの敵”としての認識(カワウソが与えた情報)から知り得ている。アンデッドの最上位種族である死の支配者(オーバーロード)であれば、一日に一定数のアンデッドの召喚作成が特殊技術(スキル)で可能という事実が、その説を補強した。

 しかしながら、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る個人というのが、イズラたちにも不可解と言えば不可解であった。

 ギルド(・・・):アインズ・ウール・ゴウンの死の支配者(オーバーロード)と言えば、確か「モモンガ」という名であったはずなのに。

 調べてみた限り、アインズ・ウール・ゴウン魔導王というのは“個人”を指す名称であり、魔導王は100年もの間、この大陸の覇者として、賢政と仁愛を施す不死者の王君として、あまねく臣民たちの頂点に君臨してきているらしい。

 

 このように、イズラをはじめ天使の澱のNPCたちは、他にも様々な、四十一人分のギルド構成員全員のユグドラシルプレイヤーの情報を──信憑性は不鮮明だが、カワウソが知り得る限りのものを──天使の澱に属する彼等は、共通認識として定着されていた。

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは、伝説の存在。

 ユグドラシルの歴史上において、様々な偉業を成し遂げた“悪”のギルド。

 1500人全滅という、他に例を見ない経歴を持ち、11個の世界級(ワールド)アイテムを保持した、創造主(カワウソ)の──復仇の相手。

 そんな彼等の内部事情や人間関係などは不明だが、ゲームにおいて重要な戦闘データ・PVPの記録などは、ユグドラシルのWikiにも載るほどに有名な部類であった。最大100人で構成されるギルドにおいて、“41人”という定員の半数にも満たない構成員数で「伝説」と謳われた彼等は、それだけの存在たりえたのだ。

 イズラは思う。

 あるいは、彼等アインズ・ウール・ゴウンの保有する世界級(ワールド)アイテムが、これほどのアンデッドの同時使役と大量召喚を可ならしめているのかも。

 

「……だとしたら、マスターの世界級(ワールド)アイテムが、どこまで通用するのかどうか、という話になりますよね?」

 

 カワウソもまた、ひとつの世界級(ワールド)アイテムを保持している。

 天使の澱に属するイズラたちNPCは、彼一人を、絶対唯一の創造主として生み出された存在。

 彼がユグドラシルにおいて、自分たちに語り聞かせてくれた────カワウソ自身は、ただの独り言みたいな感覚にすぎなかったが…………彼自身が繰り広げた冒険と挑戦、成功と失敗、そして、堕天使には存在し得ないはずの、だが天使種族のそれとはまったく異質極まる、あの装備のことを、彼等はそれなりに知っていたのだ。

 詳しいことはおそらく、第四階層で──カワウソに最も近い場所を常時護るように定められた、隊長のミカが把握しているはず。

 

「さすがに、そこまで考えるのは私の役割からは、はずれ過ぎますかね」

 

 ひとりごちる死の天使。

 主人の力や存在が絶対的と妄信する傾向にあるNPCたちであっても、さすがに相手の情報を冷静に考慮し、彼我の実力差を検証し天秤にかけるだけの知能は備わっている(一部例外はいるだろうが)。

 だとすれば。

 あの伝説のギルド、あのアインズ・ウール・ゴウンの名を戴く大国と王者──魔導王に対して、自分たちがどれだけ劣勢を強いられているのかは、いやでも認知せざるを得ないだろう。

 単純な世界級(ワールド)アイテムの保有数の差。ナザリック地下大墳墓と、ヨルムンガルド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)の、拠点レベルの差。100年という歴史を持つ大国と、転移してまだ一週間にも満たない天使たちの……圧倒的な……差。

 

「今日はここまでにしますか」

 

 焦りは禁物。

 じっくり調査を推し進め、自分たちにとって有益な情報を見分けねば。

 漫然と長居するのは危険やも知れない上、今日のチケットパスを明日まで携行していては、いざ見つかったりすれば面倒極まるだろう。明日分のチケットを購入しておかねば。

 イズラは非常階段を上り、何くわぬ顔で、朝のルートを辿って、悠々と、夕暮れに染まる都市へと戻る。

 

「下の調査は、明日にしますか」

 

 調査はまだ終わりではない。

 第三階層(エリア)・畜産加工地帯。

 第四階層(エリア)・魚介類養殖地帯。

 あれほどの大規模農場を地下世界に構築できる魔導国であれば、さらに下の階層に放牧場を造営し、回遊魚が行き交う水槽の中で海の幸を養殖させていることも容易だろうが、百聞は一見に如かずという。何より、イズラ自身がこの目で見ることで、今後の彼等天使の澱にとって重要な発見や利益を得られるやもしれない。危険は承知の上。虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 

「明日で三つの階層は──回れそうにないですかね?」

 

 今日だけで二つの階層を調べるので精一杯だったことを考えれば、そう想定しておいた方がいいだろう。それほどに広く大きな空間が、生産都市の地下に存在している。

 黒い外套を誰の目にさらすことなく、イズラは人込みを歩きながら、調査初日に入手していた観光案内(パンフレット)をもう一度検分し直す。人込みが急に割れて、死の騎士(デスナイト)の警邏隊10体が忙しなく駆け去っていくが、彼等のような中位アンデッドもまた、イズラの存在を感知し得ない。

 

「この都市管理魔法とやらは──街灯のランプとか、でしょうかね?」

 

 イズラは目の前で今まさに点灯し始めた大通りのランプを眺めて推測する。

 他にも、上下水道などの管理や、台所で火を使った調理をするためのコンロなども、そういう魔法が生きている可能性があるが、憶測の域は出ない。

 果たして書店にそういうことを記述した本はなかっただろうかと思い、イズラは自然と本屋を探し始める。イズラは、本が好きだ。彼自身、「本」を取り扱う死の天使であることからも、本という存在そのものが厚い興味の対象になりえた。武器武装として使える「本」であれば、尚のこと関心を寄せられたことだろう。

 第五階層(エリア)・都市管理魔法発生地帯については、観光客の出入りは完全に制限されている。観光のためとはいえ、いくらなんでもそこまで見せる必要性はない上、警備問題として、都市を管理するための魔法を発生させるところに進入を許す理由もない。それこそ、何らかの犯罪者やテロリストなどに都市機能を麻痺させられる可能性を考えれば、デメリット以外の何でもないはず。

 無論、イズラはこの都市をどうこうするつもりなど、まったく完全にありえない。

 そんな『命令』を、主人であるカワウソは、イズラに対して命じていないのだから。

 だが、彼の任務は“都市の調査”──この都市の魔法を機能させるという場所(エリア)へ潜入し、検分することは、もはや必然でしかない。

 

 

 

 

 

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『イプシロン様』

 

 夕暮れに染まる第一生産都市・アベリオンの集合住宅の一角で、ソリュシャン・イプシロンは報告の声をしわがれた音色で紡ぐ影の悪魔(シャドウデーモン)に振り返った。

 

『都市郊外にて発見された罪人共のアジト。そこで拉致監禁されていた奴隷たちの子どもらの救助……搬出作業が難航しており、増援を求められております』

「わかりました。そちらは死の騎士(デスナイト)の警邏隊CとDに任せます」

 

 戦闘メイドは自分に指揮権を与えられた中位アンデッドたち──都市警邏隊の彼等10体を、ただちに増援へと送り出す。

 こちらは当初の想定よりも簡単に制圧できたので、余剰戦力を他の個所に分散しても、何の影響もない。

 

「では。話の続きといきましょう」

 

 影の悪魔を数体率いるソリュシャンは改めて、自分たちが捕縛し果せた罪人共……二等臣民や三等臣民などで構築された“違法売買者”の郎党数人を見下していく。

 黄金に輝くロールヘアに、水底を思わせるほど透き通った瞳。人間であれば──特に男であれば、確実に獣欲や肉欲を想起され性的興奮を覚えてならない、煽情的なほど整えられた豊満な女体を包み込む白黒の衣服は、彼女の創造主たちより与えられたメイド装束の一種。銀色に輝く足甲のヒールは高く鋭利で、その防具だけでも武器として扱えそうな力を感じさせつつ、開いた胸元や太腿の肌艶は、どこまでも蠱惑的に輝いていた。

 黒いヘッドドレスを揺らすことなく、ソリュシャン・イプシロンは冷厳に、あらゆる感情を感じさせ得ない声を発していく。

 

「あなたたちは、奴隷の売買契約を結んだ。しかし、奴隷の個人的な売り買いは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が宣布した国法──奴隷法によって禁じられている。これは理解しているでしょうね?」

「……はい」

「奴隷は、個人の財物として取り扱われる人間や亜人のことですが、それらを取引する際には、国への請願を通し、然るべき監査機関の目のもとで、公正な取引を行う。それによって、奴隷たちの命と権を守られている──にも関わらず、貴様らはそれを無視し、自分たちの利益だけを求めて、奴隷たちを売買した。そうですね?」

「……ひぃ」

 

 現行犯共の代表たる亜人──手足を拘束された牛頭人(ミノタウロス)の巨漢が、まったく似合わない悲鳴交じりに理解の声を上げて、頭と角を床にこすりつけるようにして平伏している。

 ソリュシャンは、主人の定めた法を反故にした愚劣極まる臣民失格者共に憤懣(ふんまん)やるかたない苛立ちを覚えつつ、郎党の首を()ねてしまいたい衝動を押し殺して、冷静に断罪の言葉を(そら)んじていくことを、己に努めさせた。

 慈悲深いアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は、ソリュシャンにこうするように、命じておられる。

 

「安心なさい。情報照会によると、あなたたちの中の何人かは“二度目”の罪を犯したが、他の仲間の居場所を吐きさえすれば、とりあえず臣民等級を下げられる“だけ”で済むわ」

 

 粘体(スライム)の戦闘メイドは、人間の構造上不可能な動作で、顔面をグニャリと歪め、優し気に微笑ませた。

 無論、ここで一言目に承諾せねば、その時点でこいつらの罪と罰は確定となる。

 こいつらは完全に現行犯。ここで行われた売買の対象──奴隷たち数名は保護が済んでいる。アインズの威光と、法の下で庇護される奴隷共を、不当な商取引の対象物として売り買いしようとしていた大罪で、第一次法廷において連中は「実刑判決」を受けることは確実だ。証拠の口座や映像記録も、ソリュシャンが掌握済み。彼等はこのままいけば、臣民等級を下げられるどころか、等級を剥奪され、あらゆる臣民権を失い、“奴隷以下”の処遇を受けることもありえる。

 魔導国において、“死刑”はそこまで酷い扱いとは見做されない。死体は新たなアンデッドとして、未来永劫の社会奉仕に尽力することで、その罪は完全に許される。彼等は臣民として、“安らかな死”を与えられるのだ。

 ただの“奴隷”として、一等臣民たる主人たちに飼われる者らよりは数段マシな……ナザリック基準だと慈悲深い死を賜るよりも、何倍も恐ろしい処遇が、“奴隷以下”の“物”たちに与えられる。

 故に。

 ここで罪を減じたければ、彼等は諸悪の根源を差し出す必要が、ある。

 出来なければ、彼等は己の身分証に記された等級を下げられる以上の罰が、下される。

 

「吐きなさい。いと尊き御身──アインズ様が定めた“奴隷”たち……“従属者”たちを、騙し、唆し、あまつさえ人身売買するような、愚物共の巣穴は、主犯者は、どこ?」

 

 二等臣民や三等臣民だけで、あれだけの奴隷を囲い、売買を行えるわけもない。

 (ひざまず)き、許しを乞う売人(バイヤー)たる男の後頭部に、ヒールの底を押し付けることなく──汚らわしい罪人に触れさせるのもおこがましい。これは彼女の創造主が創り与えた装備品なのだ──、公正な司法取引を持ちかけるメイドは、震える雄牛の口から零れる愚物共の根城を、この都市の地下深くに位置する場所を、確実に紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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