オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

31 / 103
 原作の、現段階での『南方』の情報は

「黒髪黒目の人が一般的」書籍2巻、ペテルが言及
「“刀”の流れてくる土地」書籍3巻、ブレインが手に入れた武器
「八欲王の残した、砂漠の中にある浮遊都市」書籍4巻、アインズがアルベドに説明
「“無名なる呪文書(ネームレス・スペルブック)”というアイテム」書籍5巻、イビルアイが言及
「服の一種で、スーツなる物」書籍6巻、イビルアイがデミ……ヤルダバオトの姿を見て
「八欲王が唯一残した都市・エリュエンティウ」書籍7巻、帝国魔法省の地下で

 くらいだったでしょうか?


南方士族領域 -1

/Flower Golem, Angel of Death …vol.05

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 水色の髪の少年は、二階席の正面窓(フロントガラス)……天井が開放された車体から身を乗り出すようにして、黒い街道を突き進む車速の風と戯れながら、大いにはしゃぎ笑う。

 

「いやぁ、素晴らしい動像(ゴーレム)たちです!!」

 

 二階から見下ろせる馬車の動力源たちは、実に働き者ばかりだ。足並みを揃える巨大な鉄馬は、アンデッドの御者(コーチマン)手綱(たづな)に従い、黒い街道を整然とまっすぐ進み続ける。動像(ゴーレム)は、与えられた機能や労務に使われるためだけの、言うなれば機械装置じみたマジックアイテム。自分のような特別製(NPC)ではないものは、難しい思考は出来ず、同族を感じ取る感応すら皆無。

 だが、ナタという少年には、彼等が何らかの意気込みを──矜持を──誇りをもって、自らに与えられた役務に邁進し注力しているように感じさえする。

 ナタも同じ動像(ゴーレム)種。

 その中でも極めて珍しい“花の”動像(ゴーレム)だ。

 たいていの動像(ゴーレム)というのは、鉄などの金属、樹などの木材、あるいは原典通りの土塊(つちくれ)である泥や粘土、岩石で身体を構築されたものが大半だ。他にも、鎖の動像(チェイン・ゴーレム)歯車仕掛けの動像(クロックワーク・ゴーレム)など、ゴーレムだけでも多くの種類がユグドラシルには存在していた。どれも「像」というだけあり、その姿形は人間や生物の造形が与えられ、それは馬車を()鉄馬(アイアンホース)たちや、ナタもまた同様である。中には自然物……(フレイム)(アイス)などの身体を持つゴーレムもいるようだが、ナタは実物を見たことがなかった。何しろ彼はギルド拠点NPC──ユグドラシル時代は、拠点内にいる同族の動像(ゴーレム)しか見たことがなかったのだから、当然である。

 あるいは、この魔導国──アインズ・ウール・ゴウンの麾下には、そういう珍しいタイプもあるのか、ナタは大いに気にかかってならない。

 

鉄馬(アイアンホース)ガ、今時そんなニ珍しイのカ?」

 

 ナタは奇妙なイントネーションを発する彼に振り返る。

 

「珍しいというわけではありません!! ただ、自分は彼等のような存在が大好きだというだけです!!」

 

 少年の振り返った先で、妖巨人(トロール)の極太の首が大きく傾く。

 変わった奴だと肩を竦める巨躯の亜人は、とりあえず自分の隣の席……彼の巨体だと席を二つ占領しており、三列連結タイプの席の窓際一席が空いていた……に、少年を座らせる。

 

「アンまりはしゃいデ、落ちテも知らんカラナ?」

「ありがとうございます!! が、心配ご無用!! 自分であれば、ここから落ちても大した損傷にはなりませぬので!!」

 

 誇るように告げる少年は、近接戦闘職に重きを置いた、ギルド最高峰の格闘戦タイプ。たとえ、二階席の高さから街道の黒い石畳に転落しても、すぐさま大地を蹴り跳ねて、突き進む馬車に舞い戻ることは容易にすぎる。

 

「まぁ、ソレもそうカ?」

 

 妖巨人(トロール)が軽く頷けたのは、ナタと生産都市で拳を交え、結果、賞金の半分を失った事実から歴然としていた。あれほどの身体能力を披露できる少年ならば、特になんの問題もないと納得できるというもの。魔導国臣民たる妖巨人(トロール)は馬鹿ではない。特に戦闘のことになれば、自分を(くだ)してみせた相手の力量を見誤るなどという失態を、犯すはずがないのだ。

 

「ところで、オまエ。その髪、本当にどウシたんダよ?」

「企業秘密であります!!」

 

 馬車の隣席という感じで再会した時より一貫して、ナタはそう言って答えをはぐらかしていた。

 最初こそ、見知ってしまった少年の変貌──湖底を思わせる蒼色が、今は清らかな湖面を思わせる水色に変じていた姿を疑問視していた妖巨人(トロール)だったが、それ以上は訊いても意味がないと観念して、別の疑問をぶつけてみる。

 

「おまエ、南方に何ノ用だ? 知リ合いでもイるノか?」

「いいえ!! ただ行きたいから行くのです!! いけませんか!?」

「……イイやァ?」

 

 そう強く主張されては何とも言い難いらしく、妖巨人(トロール)の魔導国臣民は特に追及することなくナタの言動を受け入れる。ここまで意思が明確かつ頑強な子供というのも珍しかったが、ナタの実力を知る彼には何やら腑に落ちるものがあるらしかった。

 

「それにしても!! この二階建ての馬車、素晴らしい!!」

 

 ナタは感想を述べる。

 オープンカーのごとく天井が解放され、見晴らしがよいのもそうだが、魔法の力によってだろうか、吹き付ける風が強すぎて身が冷えるということはない。車体の揺れも驚くほど少なく、搭乗者への配慮がこれでもかというほどに施されているのは、驚嘆して当然の魔法技術──なのだが、

 

「そウか? こレくらい普通だロ?」

 

 いかんせん、100年後の魔導国では一般に普及し尽くした魔法の馬車は、あまりにもあたりまえ過ぎた。震動は整備された街道の均一度も影響しているが、馬車自体に重量軽減や振動を抑制する魔法が込められており、乗り心地は抜群。おまけに、外気にさらされながら車内の温度を一定の状態に留めることも可能という性能は、100年前にも存在しなかった魔法技術だろう。リクライニングまでも完備されたシートは、巨大な亜人でも座れるように、二席や三席を合体させることも出来るという機能性にも溢れていた。(無論、その分の代金は請求される)。

 この馬車と似通った規格のものが、大小さまざま──公共交通機関用から、都市内個人搭乗用に至るまで、種々様々なものが生産・供給されて久しく、ナタが感じるほどの新鮮な驚きなどとは、臣民には無縁なレベルにさえ常識化されていたのだ。

 ナタは隣席者の主張から、「これは普通」という情報を得ていく。

 カワウソに与えられた任務内容を思えば、どんな些末事(さまつじ)重大事(じゅうだいじ)として認識される。この魔導国における常識を知らぬままに活動しては、いろいろと弊害が生じるのは明白。ならば、ここは適当に誤魔化すのが理想的な判断であるはず。

 

「とんでもない!! 自分は本気で!! この馬車は良いものだと判断できます!!」

 

 言って、彼は自分たちの後方席にまばらに座り、風景を愉しむ乗客たちを眺めた。

 誰の顔にも──人間にも亜人にも──快適な移動手段を供し、旅の安全を守る馬車への信頼と安心ぶりが見て取れ、ナタをしても心温まる光景だと認識され得た。人間と森妖精(エルフ)の夫婦が子どもを胸に抱いてあやし、老いた女性が亜人の若者らに、その場で剥いて切り分けた果物をオヤツ感覚で配っていた。

 実に、よい国だ。

 花の動像は、本気でそう実感していたし、その事実に反感を懐くこともない。

 アインズ・ウール・ゴウンが敵であるという事実は間違いないが、それがそのまま=暗君になるとは限らない。それぐらいの判断力は持ち合わせていた。

 

「しかしながら!! 本当に、奇遇でしたな!!」

 

 ナタは隣席者を振り返り、驚くほど体重を感じさせない様子で背もたれから身を離して、隣席者の表情を覗き込む。

 

「あなたも南方の領域とやらに、どのようなご用向きがあると!?」

「アぁ……ちョっとナ」

 

 妖巨人(トロール)は何やら気恥ずかしそうな……醜悪な亜人の造形だと、実に恐ろしげに悪辣になってしまうが、その実、優しい表情を形作って、太いボコボコの指先から生える鋭い爪で頬を器用に引っ搔く。

 

「俺ハ、見た通リの妖巨人(トロール)種なンだが、──おマえ、ウォー・トロールは知ってルか?」

「申し訳ない!! 皆目、知りませぬ!!」

 

 妖巨人(トロール)の種族は適応力が高く、わけても戦闘能力に長じた一族を称してウォー・トロールという。

 うん、だろうなと言って、少年の様子から察していた巨人は大きく頷いた。妖巨人(トロール)あらため戦妖巨人(ウォー・トロール)の彼は続ける。

 

「ここかラ、遥か東方──首都方面ヨリ東の先の地にアる、ウォー・トロール領域が俺の生まレでな」

 

 ナタは興味深い内容を静かに聴取していく。

 まとめると、戦妖巨人(ウォー・トロール)というのは、100年ほど前に現れたアインズ・ウール・ゴウン魔導王──その配下の末席に加えられた“ゴ・ギン”という武王をはじめ、戦いに特化した亜人種族のひとつ。

 当時、大陸中央で覇を競い闘っていた六大国の一国として台頭していたトロールの国が存在したのだが、魔導国が西方より征服……大陸統一事業の一環として侵攻し、両国は戦い争うことに。

 その結果は、歴史が語る通り。

 だが、アインズ・ウール・ゴウンによって、人間の帝国の闘技場で武を磨いていた王が同族らの助命嘆願を試み、ゴ・ギンを新たな首長・代表とすることで、中央の妖巨人(トロール)種は殲滅の憂き目を免れる。やがて全妖巨人(トロール)種は、ゴ・ギンの同胞・配下として統一され、ゴ・ギンという「武王」をウォー・トロール領域の外地領域守護者として任命、妖巨人(トロール)種は魔導国の傘下のもとで、かつてないほどの繁栄を築くことになったという。

 以上の経過を経て、ゴ・ギン亡き後、妖巨人(トロール)種の全「守護者」となった彼の名誉を讃え、魔導王の許しのもと、武王を信仰する風習が魔導国のウォー・トロール領域で広く普及することと相なった。

 

「その『武王信仰』に従って、あなたは現在、“武者修行”の旅路にあると!?」

 

 武者修行者たる亜人は、太い腕を組んで大いに頷く。

 かつて武王が成し遂げたのと同じ修練の旅路につくことが、全妖巨人(トロール)種の若者に、ある種の成人の儀として受け入れられていったのだ。

 

「偉大ナル先祖の名を讃エるための修行が、神の上の超越者──魔導王陛下への尊崇ニも繋がル、というわけダ」

 

 意外にも宗教などには寛容な魔導国だが、それらの頂点にはすべてナザリックと、何よりも偉大なる名である“アインズ・ウール・ゴウン”が君臨している。

 すべての英雄譚や伝説を、塗り潰し、書き換えながら、巧みに臣民たちの心を掌握する技量の(すい)が、そこにはあった。

 

「なるほど!! では、あなたが辻決闘なる興行を(もよお)していたのは、己の修練のためと!?」

「それもアルが、あとハ俺みタいな(いくさ)バカが稼げル方法が、あれクらいしかナイからだな。

 ……いや、知り合イに、しつこク誘ワれてイる職もアルにはあるガ」

 

 そう言って、彼はため息をひとつ。

 

「しカし。アレだ……さすがニ、ここ一週間ノ稼ギが、よりにもよって今日、出立予定の直前に、オマエみたいな坊ズにやられるとハ、な」

「まことに申し訳ありませぬ!! が!! いただいたお金を返すことだけは、出来ませぬよ?!」

 

 一応は、両者合意の下で金銭を遣り取りした以上、それを覆されてはたまらない上、今のナタの手元には調査隊四つに分散された金額の四分の一が残っている程度。四分の三がない以上、少年には全額返金する手段などあり得なかった。

 ナタの実直に主張する言葉に対し、妖巨人は手を振って違げえよと大笑する。

 

「それハいいンだ。というか、おまえニハ、賞金の半分を残してもらっタんだから、むしろ感謝してルくらイだ」

 

 あの賞金には、彼の武者修行のための旅費……宿代や食費なども含まれていた。戦妖巨人(ウォー・トロール)の彼だと、一日の食費だけでも数千ゴウンは確実にとぶという。妖巨人(トロール)の特徴たる再生回復力も、さすがに餓死などには対策のしようがないのだ。そういった状態異常を克服する魔法のアイテムを購入するには、特別な許可──冒険者のライセンスなどが必要になってくる。故に、とても手が出ない買い物であった。

 だとするならば、彼を打倒し果せながら、賞金の半額を残してくれた少年には、むしろ感謝しかないと、巨躯の亜人は言う。

 妖巨人(トロール)はしみじみと痛感した様子で言い募った

 

「俺のような弱輩(じゃくはい)では、まだまだ修行が足りんトいうことが判ッタ。いい教訓ダよ」

「なるほど!! ──うん!? 弱輩(じゃくはい)?! つかぬことを(うかが)いますが、ご年齢は!?」

「ん? 13だガ? ……アあ、人間ノ眼には判らんのだッタな?」

「13!! なるほど確かに、弱輩でありますな!?」

 

 ナタは心底、意外そうな声音をあげて納得する。

 都市を行き交うビーストマンやミノタウロスよりも頑強そうな巨躯で、まさか齢13と考える者は多くないはず。鋭い爪牙(そうが)を覗かせる筋肉質な肉体や、長く膨れた鷲鼻が醜い顔まで、すべてが怪獣じみている。亜人は、基本的に普通の人間などと比べて成長速度が速く、成人年齢も早い。だとしても、彼の体つきは並の妖巨人(トロール)のそれよりも巨大(デカ)い部類に位置するだろう。事情を知らなければ年齢を見誤ることは確実だ。

 聞けば、声のイントネーションについても大人に比べてだいぶ聞き取りにくいらしく、これは若い妖巨人(トロール)の特徴なのだとか。大人であれば、一応ちゃんと発話することも可能になるらしく、妖巨人(トロール)とは思えないほど知的なものや魔法の理解を得るものなどが、彼の出身領域には多く存在するらしい。

 

「なるほど!! では一応、念のために、確認させていただきますが!! 市場で暴走し突っ込んできた魔獣、あれは、あなたがけしかけたわけではないのですね!?」

「魔獣? 何のこトだよ……って、ああ。あノ、タクシーが暴走したっテいう?」

 

 特に身に覚えがないという巨躯に対し、ナタは微笑みを深めて「それは重畳(ちょうじょう)!!」と一言。

 

 ナタの誠実な微笑みの底に灯る、確かな戦意。

 もしも、目の前の妖巨人(トロール)の若者が、自分たちに突っ込んできた都市タクシーの魔獣をつかわした下手人であったなら、ナタは何をしでかしていたか、本気でわからない。

 自分との闘いに──レベル差がありすぎるとはいえ──純粋な勝負事に不服を覚え、報復と称して市場に混乱を招き、さらには無関係である少女や同胞(ゴーレム)に危難を与えたものがいたならば、ナタはそいつを許しはしない。目の前の亜人がそういう無道を働く手合いでないことは「拳を交わした仲」という感覚で充分に信頼が置けるものだが、一応は確認しておかねばならなかった。

 

 ナタは、生粋の戦士。

 創造主たるカワウソから与えられた職業レベル95をすべて近接戦闘の戦士職業で埋め尽くした、『武の申し子』だ。少年の見た目とは裏腹に、ギルド拠点NPC内でも最強の呼び声の高い、数多くの剣を与えられた“最強の矛”である。“最強の盾”たる防衛隊隊長のミカと並んで、来るべき時には第四階層で敵の撃退任務を与えられたナタであるが、結局その役目を果たすことは一度もなく、このアインズ・ウール・ゴウンが大陸を支配する異世界への転移という、奇妙奇天烈な異常事態に直面している。

 戦士であるナタは、(おのれ)が恨みや憎しみを買うことは承知できるが、それを己以外の他者で発散したり巻き込んだりなどという敵の愚行は、断じて許し難い。それは“戦い”を(けが)(おと)す行為。戦闘者としてあってはならない、方向性のない暴力の発散に過ぎない。恨みや憎しみを晴らすのであれば、他人ではなく自分(ナタ)に挑みかかるのが筋というもの。

 この思考は、カワウソが提唱するアインズ・ウール・ゴウン魔導国への対応とも合致していた。彼の復讐の矛先は、アインズ・ウール・ゴウンという存在そのもの……なれど、魔導王に臣従する一般民衆は、自分たちの存在理由とは、まるで何のかかわりもない事実が、彼等への積極的な攻撃を認めようとはしない最たる要因として機能していた。

 無論、主人の危難の種は、即断即行で摘み取ろうとするだろうが。

 

 ナタは知っている。了解できている。

 自分たちの敵となるものは、主人の見据えた敵と、その主人の行動・命令を阻害する存在、すべて。

 かのアインズ・ウール・ゴウンが統治する国民というのが、自分たちの邪魔をするような手合いと判断されれば、ナタは動像(ゴーレム)の機械的な思考で、すべてを斬殺してしまうかもしれない。いくらナタ自身がカルマ値では「善よりの中立」を保持していようと、主人へ降りかかる害毒のすべては、ナタの振るう剣で、すべて薙ぎ飛ばし斬りはらう対象となり得る。NPCとは、そういうための存在に過ぎない。

 

 しかし、あの魔獣の事故が、故意的なものか否かの判断は、ナタとイズラの二人には不明。

 あるいは魔導国の間者が放ったという可能性も考えられたが、それにしてはやり方が無作法すぎるし、意義が薄い。潜伏中のイズラの能力をかいくぐって、自分たちの力量を図るべく遣わしたとしては、あまりにも脆弱かつ意味のない行為に思えた。どうせだったら、二人に対し広範囲魔法で先制攻撃でもしかけてきた方が、まだ有意義な威力偵察ができたはず。街中であり、周囲にいた人命を考慮したと考えても、あんな低レベルな獣でどうにかなると本気で思われたとは考えにくかった。当て馬にしても、もっと他のやり方があったはず。

 

「どウした、坊ズ?」

 

 妖巨人(トロール)の顔が不思議そうに少年兵を見下ろしている。

 

「いえいえ!! 何でもありません!!」

 

 熟考に耽る花の動像(フラワー・ゴーレム)は首を振った。

 とりあえず、亜人の言葉や声音に嘘を感じられなかったナタは、快活に微笑む。

 

「しかし、自分は信仰系職業の僧侶たる坊主(ぼうず)ではなく、ただの戦士であり剣士!! 出来れば名で呼んで……ああ!! そういえば、まだお名前を教えておりませんでしたか!?」

 

 両者ともに今更な事実を思い出す。

 

「そうダったな。俺ノ名前は、ゴウ。ゴウ・スイだ」

 

 よろしくと言って、太く大きな掌を差し出す妖巨人(トロール)に、少年は笑って応じる。

 

「自分の名は、ナタと申します!! 以後よろしく、ゴウ殿!!」

 

 子供の手とは思えない──だが、彼の実力だとかなり手加減されていた──握手の力に、ゴウは力強く「応!」と吠えて握り返す。

 

 

 

 

 

 こうして奇妙な旅の道連れとなった二人──ナタとゴウ・スイは、六頭立ての鉄馬の動像(アイアンホース・ゴーレム)の馬車によって、首都圏と呼ばれる地域から遠く離れた、南方の地を訪れる。途中、何もなさそうな草原地帯で下車していく客をおろすために、ぽつんと佇む停留所で止まること数回。

 当初、ナタとカワウソたちが懸念していた領域進入の際も、問題らしい問題はなく、越境時の車内アナウンス──同乗している死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の声が機械音声のように響き渡る。

 これは、ナタが購入した馬車の運賃にあらかじめ税金がかけられているためだ。つまり、馬車などの公共交通手段以外の方法で領域を超えていたら、漏れなくアウト。そういった処理を誤魔化せる暗殺者の同胞(イズラ)を伴っていないナタは、彼も気づかぬうちに正解を引き当てていたわけだ。

 

「これが、南方士族領域!! 初めて見ます!!」

 

 率直な感想を懐くナタ。窓の外へ身を乗り出さんばかりに好奇心の(とりこ)となった少年に、妖巨人(トロール)の修行者であるゴウは、誇るでもなく説明する。

 

「北の方とハ、ちョッと変わった土地だ。初メテの奴は大抵、そんな感ジになるわナ」

 

 ゴウは、彼が知り得る限りの南方の情報を、若い亜人特有のイントネーションで述べ立てる。

 

 

 

 馬車が進む街道は、かつては、一面に渡って熱砂が山と谷を波立たせていた“海”のごとく広大極まる砂漠地域とは思えないほど、生い茂る木々や草花で、完全に緑化されて尽くしていた。吹き込む風は涼しく、生物を焼き尽くす灼熱の気配は何処にもない。

 

 そんな草原をほぼ一直線に進む馬車から、大きな街が見渡せる。

 

 街全体は黒鉄(くろがね)の城壁と城門で守られ、その周囲の地域には、切り倒されて製材された材木が、黒い大地──アスファルト──の上にうず高く盛られていた。見れば、人間や森妖精(エルフ)森祭司(ドルイド)が魔法によって再生させた森林を、骸骨(スケルトン)死の騎士(デスナイト)などのアンデッドが適当に()りこみ、それをオーガやトロールなどの巨漢が運び出して、然るべき加工職人──林業従事者たちによって製材するというルーティンが見て取れた。切り出された材木は徹底的に帳簿端末によって管理され、魂喰らい(ソウルイーター)の荷馬車で黒い街の奥に運び込まれる。何らかの燃料か、あるいは建材に使用されるのだろう。

 壁の向こうの街から立ち上る白煙の数は、ざっと数えても50を超え、軽快な鎚の音が交響楽のごとく忙しない調子で打ち鳴らされているのが、ナタという来訪者の少年兵には感知できた。

 

 

 

 南方士族領域────鉄鋼業において、北のアゼルリシア領域と双璧をなすとまで評されるこの地域には、数限りない鍛冶師や職人が生きており、彼等は、この地域でしか産出され得なかった“刀”などの強力な武器・防具をはじめ、さまざまな技術・発明・文化を固着させた『南方人』の末裔として、魔導国に上質かつ重要な“武装の素材”を供出する任務を負った臣民たちだ。

 

 

 

 かつては広大な砂漠地帯によって、以北との交流らしい交流は寸断され、行商人が北方……100年前まで人間の数少ない勢力圏であった王国や帝国などに、“刀”などの特産物を輸出・交易していた程度の土地は、魔導国による大陸統一によって緑化され、一部に当時の砂丘やオアシスを残しつつ、魔法の黒街道による交通網が供され、以前よりもはるかに交流が盛んに行われるようになっている。

 余談となるが。

 浮遊都市・エリュエンティウは、その南方にある旧砂漠地帯の名残を顕著に残す土地であり、100年前の魔導国編入の時から、『浮遊する城の下に都が築かれ、無限の水がその浮遊する都市から流出し、魔法の結界で守られた都市全域に恩恵を与えている』とか。この都市は30名からなる都市守護者によって護られており、魔導国以前に盟約を結んだ“白金の竜王”ツアインドルクス=ヴァイシオンが、魔導王と盟を結んだことで、竜王と共に魔導国の傘下へと下ったらしい。

 

 

 

 ナタに望まれ乞われるまま教えてくれたゴウという戦妖巨人(ウォー・トロール)。彼は暴力的な見た目とは裏腹に、意外にも教養深い一面があるようだ。

 

「まぁ、詳シいことは俺も知ラン。コレから会ウ知り合いニ、詳しソうなノがいるにはイルが」

 

 ゴウの説明が続く中、馬車は整然と街道を進み、押し開けられた巨大な城門を、材木や職人たちと共にくぐりぬける。

 街の内部に入ったナタは、目を輝かせた。

 

「──おお!! すごい!! すごいです!!

 こんなにも、たくさんの武装が創られているのは、初めて見ます!!」

 

 長くギルド拠点の第一階層“迷宮(メイズ)”にて防衛任務に励んでいたナタは、感嘆を禁じ得ない。

 その光景に圧巻の表情を浮かべ、とにかく笑う。

 無論、武装の数で言うなら、自分の主人であるカワウソが築き上げたヨルムンガルド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)の武器庫も負けていない。兵隊であるクピドによって徹底管理された第三階層の武器庫には、剣や斧、鎧や盾の他に、種々様々な魔法の武器が(のき)を連ねていた。わけても、武器庫管理者を任命されている彼のみが扱える“魔法の銃火器類”の豊富さは、ある種の博物館じみた荘厳さに連なるものがあると、ナタは確信すらしている。

 だが、大量の武器や、その素材となり得る金属などを製錬する光景が、街の入り口から中心に至るまでの大通り全体で見渡せるというのは、さすがにありえない風景といえた。ナタが唯一知るギルド拠点の製錬作業所は、同胞である鍛冶職系NPCのアプサラス──彼女に与えられた一室のみである。それを思えば、まるで露店や商店のように通り一面を製錬所の炎と、鍛冶師たちの振り下ろす大鎚の音色が二桁単位で存在する様は「見事!!」としか言いようがなかった。

 

 数時間の旅を終えた馬車は、街の発着場で停車し、ナタは風呂敷を抱えたゴウと共に下車していく。添乗員のアンデッドをはじめ、ここまで運んでくれた同胞(ゴーレム)に対し、惜しみない感謝を述べて、ぞろぞろと行列を作る人の波と共に去る。

 ナタは好奇の眼で、南方の街の様子を、そこに生きる人々の様子を目に焼き付ける。

 奇妙な衣服が多いなと思いつつ、少しも静かにならない街の喧騒を心地よく受け入れる。

 

「アベリオンの生産都市とは、これまた違った活気です!!」

「こノ街は、センツウザン。士族の領域の中デ、エリュエンティウの次ノ次くらイには栄えテいる街だ」

「センツウザン?! それはどのような謂れのある名であるのか、ご存知ですか!?」

「さァ……なんか『山ヲ船が通ッたから、せんつうざん』トカなんとか……よく解らン。このあたり独特のものだ。クシナなら、何か知っているはズだろうガ?」

 

 知り合いの名を呟くゴウは、何やら周囲を見渡している。

 

「確か、ゴウ殿は此処(こちら)で、お知り合いと会うのでしたな!!」

 

 頷く亜人の様子は、何かを、誰かを探しているような気配が見て取れる。南方の地に訪れる理由については、長かった道中で訊いておくのに十分な時間が二人にはあった。

 ゴウは周囲を気にしつつ──警戒しつつ──言葉を紡ぐ。

 

「んアア。アベリオンを出る前ニ、ここに来ルと端末で〈伝言(メッセージ)〉はしたンだが?」

 

 言って、彼は風呂敷の中にあるものを取り出そうとした瞬間──

 

「んん!?」

 

 ナタの戦士としての知覚が、自分たちに──より厳密に言えば、ゴウ一人に、急速接近する影を捕捉する。

 だが、少年兵は動かない。

 動かなかった理由は、四つもあった。

 ゴウが攻撃されるにふさわしいだけの理由がある(犯罪者や、個人的な恨みを懐かれている)可能性が、ひとつ目。ゴウに迫り来る何者かには、殺気が驚くほど存在しないのが、二つ目。そして何より、ナタは妖巨人(トロール)である彼の実力であれば、この程度の状況は対応可能なことを理解していたからというのが、三つ目。さらには、ナタの実力では、いくら手加減しても勢い余って襲撃してくる人物を意図せずに傷つけ殺しかねない可能性が、最後の四つ目だ。

 そして実際、ナタの手出しなどまったく無用であった。

 ゴウは素晴らしい反射速度で、自分の背後から得物を振り下ろしてくる影に向き直った。

 常人では知覚不能な返し技で、人込みに紛れ襲来しながらも、殺気などまるでなかった攻撃を……人影の手首を、掴んだ。

 おかげで彼の荷物である風呂敷は大地の上にブチ撒かれる──寸前で、少年兵が器用にひょいとすくい上げてしまう。

 そして、至近距離で睨み合う襲撃者とゴウ。互いの表情に笑みの気配が零れ出す。

 

「相変わらずですね、ゴウ」

「それはコっチの台詞ダ」

 

 可憐な高音で、戦妖巨人(ウォー・トロール)の巨躯の後背に殺到していた影は、艶っぽく微笑んだ。

 肩の線には届かない黒絹の髪に、珠のように怪しく輝く赤い瞳。白磁の顔には、何らかの魔法的処理なのか、奇妙な記号めいた紋様──漢字の一列が、タトゥーのごとく右顔面から首に至るまで貼り付いている。

 巨大な亜人の膨れた掌に掴まれた態勢でありながらも、冷笑を浮かべる人物の線は、細い。

 暗殺者や忍者とよばれる存在よりもしっかりとした体つきだが、柔らかな丸みを胸や尻に帯びる様は、完全に女性のそれに他ならない。ただ、身長を考慮すれば、どうあっても乙女というより“少女”という方が正しいはず。

 しかし、その妖艶な笑みは、その凄絶さからかあまりにも蠱惑的で、同種(にんげん)の異性を(とりこ)にしてやまぬ美貌と見て間違いない。二十歳の成人女性と言われても納得がいくだろう。

 同種でないナタは特に何を感じるでもなく、別に気にかかってしようがないところが、他にあった。

 それは、少女の格好である。

 

「いい加減、あなたも武装したらどうなの? 戦妖巨人(ウォー・トロール)の馬鹿みたいに太い腕でも、ウチのサイズ調整機能付きの、魔法武器の刀だったら、問題ないはずでしょ?」

「ウルせぇ。余計なオ世話だよ、スサ」

 

 少女は両腕を吊り上げられながら──そうしていないと、間違いなく彼女は手中に握る黒鉄の輝きを、目の前の巨人に遠慮なく振り下ろしていただろう──余裕の口調で微笑み続ける。

 戦妖巨人(ウォー・トロール)の反撃にさらされてもおかしくない状況であるが、襲撃を受けた本人は面倒くさげに少女を放り出して、ナタより受け取った風呂敷から、はずみで取り出していた通信用ゴーレムを仕舞い直した。

 それ以上のやりとりすら馬鹿らしく思えたように、ゴウは肩を竦めて少年に「驚かせテ悪い」と謝る。

 ナタは、大地に下された少女の上下……衣服の造りに目を凝らし、言う。

 

「あなたのその御召し物──それは、スーツでございますな!?」

 

 自分の知識と照らし合わせて、問いかけてみる。

 身の丈150センチ程度の平均的で柔らかそうな女体(にょたい)をキッチリ包み込んだ上下黒のジャケットとスラックス。太陽の照り返しが眩い純白のインナー。女性ゆえか首にネクタイの姿はなく、代わりに何かの社章のようなブローチが、細い首筋の肌色に近い襟元を飾っていた。足元はパンプスで、もはや見るべきものが見れば、現実世界のキャリアウーマンと、まったくもって遜色がない。

 ナタが北の首都圏方面で主要だった中世~近代風の衣服などと比べて、はるかに現代的な装いであるが、おかしなことに、そのスーツ姿の少女は帯刀……腰に赤銅色の鞘を佩いていたのは、彼女がそういったビジネス関係の職種でないことの証左に思われた。

 

「ええ、その通りです」

 

 問われた本人は艶然と微笑む。

 両手で刀を握っていた少女は、身長はまだ少女のそれでありながらも、その卓越した身体の捌き方は戦士として一角(ひとかど)の存在と見做して十分なものを備えている。身を包む奇妙な衣服──ビジネススーツの腰に佩いた鞘に、手慣れた様子で納刀する姿は、知識のあるものならば「サムライ」という単語をいやでも想起されたことだろう。

 スーツ姿でサムライというのは、かなり奇妙ではあるが。

 

「ゴウ? こちらの可愛いお子様は? まさか──あなた、ついに人攫(ひとさら)いでも始めたの?」

「バーカ。そんなんジャねぇよ。ていうか、“ツイに”って何ダ、“ついニ”って」

 

 否定されるとわかっていて、巨人をからかったらしいスーツの少女。

 彼女は、ナタの瞳をまっすぐにとらえた。

 

「お初にお目にかかります。私、センツウザンにて随一の刀鍛冶(ソードスミス)(うた)われる一門“八雲一派”の頭領代行にして用心棒──名を、スサと申します」

 

 自分よりもはるかに背の低い子供相手にするには、あまりにも懇切丁寧に過ぎる自己紹介だったが、「歳は16です」と告げられて、ナタは特段なにかが気にかかる感じもなく、気安く挨拶を交わすことに。

 

「スサ殿ですか!! こちらこそ、どうぞよろしく!!」

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 ナタが、南方士族領域に足を踏み入れたのとほぼ同時刻に、この冶金と精錬と鋼鉄の市街を訪れた存在が、いる。

 南方士族領域に建造された城館のひとつ。この地域特有の日本家屋の平屋建て、瓦の屋根や白亜の塀に囲われたそこに設置された転移鏡(ミラー・オブ・ゲート)より、ぞろぞろと顔を出す骸骨(スケルトン)や土の種族のモンスター。さらに、姿を見せない──不可視の精強な悪魔や蟲種族も、整然と館の敷地内に立ち並んでいく。

 

「ようこそ。おいでいただきました」

 

 迎え入れたのは、城の管理を請け負う現地人の一等臣民。この街の代表者でもある初老の男──執事(バトラー)の制服とは似て非なる、この地域固有のビジネススーツ姿に、魔導王陛下より拝領した最高品質の小太刀を帯刀する一級政務官・アシナに、最敬礼をもって迎え入れられたのは、一人の少女だ。

 あまりにも若く美しい、赤金(ストロベリーブロンド)の髪を煌かせる、都市迷彩色の小物や「一円」シール……そして、最も印象的な白色の銃器を剣のごとく腰に下げた、メイド。

 彼女はナザリックから派遣された、戦闘メイド(プレアデス)が一人。

 

 

「…………シズ・デルタ、これより任務を開始する」

 

 

 左目をアイパッチで覆い隠し、逆側の右目に翠玉(エメラルド)の光を宿した少女は、無機質な声を奏でて、だが、はっきりと告げる。

 主人より与えられた重要な任務に従い、彼女は多くの護衛と特別派遣部隊──新鉱床掘削嚮導部隊として編成された、大量の下位アンデッドと現地人の山小人(ドワーフ)やクアゴアなどの掘削者たち。それらと共に、南方にて新たに発見された新鉱石の大量確保のため、シズは新鉱床を目指す。

 

 

 

 城館のある街の名は、センツウザン。

 この領域において、鉄鋼事業に長じた市街のすぐ近くに、シズの目的の鉱石は眠っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。