咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

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第86局[意志]

大会三日目

今日はシールド・ダウン・ペアの予選+決勝とアイス・ピラーズ・ブレイク・ペアの決勝リーグが行われ、シールドダウンでは十三束、桐原ペアが優勝。

ピラーズ・ブレイクのペアも花音、雫ペアが他校を寄せ付けない実力を見せつけ、優勝を飾った。

しかし、シールドダウン女子ペアが三高のペアに接戦の末、予選敗退。三高ペアがそのまま優勝したが、もし予選で三高に勝っていたならば逆に一高ペアが優勝していただろう、それほど白熱した試合であった。

だが結果は結果である。2日目終了時点では40点だった一高と三高の点差は100点に開いてしまったため、夕食の席は優勝したペアを祝うという雰囲気は盛り上がらなかった。

 

 

その代わりと言ってはなんだが

 

「雫、優勝おめでとう!」

「まあ雫の実力なら当然よね」

「おめでとー、雫」

 

もう既に定例化した達也の作業車で行われる夜のお茶会で、雫の優勝を祝う言葉が飛び交っていた。

 

「ありがとう、みんな」

 

何度祝われてもやはり嬉しいのだろう。雫ははにかみながら頭を下げた。

 

「明日は深雪だね」

 

雫は恥ずかしさを誤魔化すのと、深雪へのエールを込めて、話題を振った。

 

「私も頑張らないと」

 

深雪も冗談や誤魔化しのない笑みで雫の言葉に答える

 

「深雪は頑張りすぎない方がいいんじゃないかな。肩に力が入ると思わぬ落とし穴にはまるかもしれない」

「落とし穴にはまった程度で深雪が負けるなんてあり得ないんじゃない?気をつけないといけないのはフライングで失格になるのぐらいじゃない?」

「もう。スバルもエリカも私がそんなおっちょこちょいだと思っているの?」

 

スバルとエリカの言葉に深雪はおどけた口調で抗議をした。

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどね」

 

スバルが苦笑いを浮かべながらそう返し、深雪からもそれ以上の追及はなかった。

 

「それで咲は今日も練習?」

「ええ、試合前の今日ぐらいお休みになったらいいですのに」

「咲、初日から一回もお茶会に来てないよね」

「咲こそ、そこまで頑張る必要なくない?咲が負けず嫌いなのは知ってるけど、咲に勝てる人なんてほぼいないって」

 

雫の質問に対する深雪の返答にほのかとエリカがそれぞれの言葉を重ねる。

 

「あといつも静かだが今日は人が変わったように静かだった。あれは咲の二重人格なのか?」

「あ、それ私も思いました」

「確証はないけれど、そうだと思うわ。お姉様は去年みたいなことを防ぐために気を張っているのじゃないかしら」

 

スバルと美月が発した言葉に深雪も同意する。深雪は姉が神依をしていたことをわかっていたが、その神依は深雪が知っている神依じゃないような気がしていた。

 

「やっぱりそうですか。今日の咲さんは精霊を使って何か探しているようでしたし、それに」

 

咲と同じく精霊を見ることができる美月が納得するような声色で言葉を発した。

 

「それに?」

「今日の咲さんに見られた時に思ったんです。あ、今見られちゃったなって」

「え?なにそれ見られたんだから見られたに決まってるでしょ」

 

エリカは反論したが、深雪は美月が言っていることが分かる気がした。

 

「ううん、そうじゃないのエリカちゃん。何か自分の大切なもの、本質を見られた気がするそんな気がしたの」

「え、そんな感じしなかったよ」

「私もしなかった」

「僕は気づかなかったな」

「私も美月みたいに思ったよ〜」

 

美月がいう咲のそんな視線に気づいたのは深雪、エイミィ、美月の3人だけであったので、なんとも言えない結果となった。

 

「それより、昼間のエイミィがそんなこと気にしていられたのかい?僕としてはエイミィの機嫌が直って安心したよ。あのまま一晩中拗ねられていたら、困ったものだった」

「す、拗ねてないもん。拗ねてなんかないもん」

 

無気になって反論する英美にスバルは「まあまあ」と彼女を宥める。

スバルと英美は同室である。ほのかや雫たちほど達也たちと仲良くない彼女たちは、会場に来てから二人で行動することが多く、彼女に機嫌を傾けられるとスバルも居心地も悪いだろうし、それ以上に友人として何とかしてやりたいと思ったのだろう。

 

「何があったの?」

 

深雪は英美にではなく、スバルに聞いた。英美に聞いても何も返ってこないことは明白だったからだ。

 

「何でも無いってば!」

「いや、十三束のヤツがね……」

 

スバルの口を英美が横から赤い顔で大声を出し妨害しようとしたが、そんなもので彼女の口を塞げるはずもなかった。彼女が暴露した原因に、ああ、と納得した顔を浮かべるものが多かった。

 

「十三束君がどうかしたんですか?」

 

美月は隣に座っていた雫に問いかけるが、その質問に回答したのはエリカであった。

 

「どうせあの女とイチャイチャしてたんでしょう」

「あの女って?」

「平河、平河千秋よ」

 

そこでようやく美月はエリカが言いたいことを理解したようだ。

平河千秋は今回、十三束のエンジニアとしてCADの調整を行っていた。彼女は元々起動式のようなソフトよりCAD本体のようなハードの方が得意であり、起動式のアジャストはいいが、アレンジは苦手分野だった。しかし、十三束のエンジニアに選ばれたことで気合が入っており、苦手な起動式のアレンジも担当教員であるジェニファー・スミスの元に通いつめ、爆風の起動式を扱いやすいよう組み替えることに成功した。遠距離魔法を苦手としている十三束でも遠距離攻撃ができるように手元の空気を打ち出すという『遠距離型近距離魔法』という風にアレンジしたのだ。

コンセプト自体は作戦参謀の達也が考案したものだが、それを十三束が使いこなせるようにしたのは平河千秋の努力の結晶である。

試合後の夕食の席で十三束と親しげに(親しげというには千秋はうつむいていたが)話していたのを選手のほのかたちメンバーは見ていた。

 

「エイミィ。十三束君のことだから、本当に感謝の気持ちを示しているだけだと思うよ」

「だからなんでも無いって」

 

ほのかの慰めに、英美は再び否定したがその姿を見て英美の言葉を信用できるわけがなかった。

 

「エイミィ。十三束君はダメだよ」

「何が!?」

 

ましてこんなわかりやすい反応を見せるんだから隠す気があるのかという状態だが。

 

「十三束君は達也さんと違って本当に鈍いんだから、はっきり言ってあげないと」

 

雫が省略していた部分を後出しされて、英美は微妙な顔をしていた。弁護する気はないが弁護したくても無理だという顔だ。

ちょうど男性陣の会話がひと段落つき、女性陣の話に耳を傾けていた達也は、引き合いに出されてどんな顔をすれば良いのか選択に困っている様子だった。

ただ幸い、彼の困惑は長く続くことはなかった。

 

「マスター」

 

いきなり達也のことをピクシーがテレパシーで呼びかけた。彼はある特定の状況にならない限り、テレパシーの使用を禁じていた。

つまりその状況が来たということだ。

 

「お兄様?」

「機械の調子が少しおかしいようだから見てくる」

 

達也は静かに立ち上がると、深雪にどうとでも解釈できる言い訳を残しながら、作業車の中へむかった。

 

 

 

 

作業車の中に入るとピクシーが運転席の情報パネルに地図を表示させていた。同胞の位置をキャッチ、つまりパラサイドールの位置を捕捉したようだった。わかったのは向こうのパラサイドールの位置とパラサイドールは16体いるということだ。それは達也が調査に向かった時、旧第九研の中に確認した戦闘用ロボットの数と一致していた。

しかしこちらが捕捉できたように、当然向こうもこちらを捕捉したようで、反応はすぐになくなった。どうやら休眠状態に移行したようだが、ピクシー曰く反応の継続中には移動した様子はないらしい。

向こうにこちらの存在を認識されたのは不安材料だが、達也は無駄足になっても構わないと考え、隠していた装備を身に着けて車外へ出た。

 

車外に出ると、お茶会は既にお開きになっていた。

 

「達也さん、また明日」

「深雪も、また。あと咲にも頑張れって言っといて」

「達也、深雪さん。お邪魔しました」

「じゃあな達也」

 

ワイワイと賑やかにホテルへと戻っていく友人たちに小さく手を振っていた深雪が達也を見上げにっこり笑った。

 

「お兄様は今からお出かけなのでしょう?」「ああ」

 

あまりに的を射ていて誤魔化すことすら考えられず達也は頷いた。

 

「そう思いまして、みんなには引き揚げてもらいました」

 

恐ろしいまでに見透かされていたが、達也もそれも今更かと動揺は顕在化する前に消え失せた。しかし、次の言葉には達也も動揺を抑えれなかった。

 

「お兄様、行かないでください」

「深雪…お前?」

「いいえ。お兄様、行かせません」

 

深雪の顔には興奮の色はない。強い意志を目に滾らせ、達也の前に立っていた。

 

「お兄様が今、敵の元に向かわれる必要がありますでしょうか?深雪は思いません」

「ピクシーが敵の居場所を探知した。ようやく掴んだ手がかりだ」

「それ以前の問題です。私がお尋ねしたいのは、何故お兄様が九島家の実験を事前に阻止しなければならないのかというところです」

 

達也は珍しく言葉に詰まった。達也は差出人不明のメールを受け取った時から、自分が阻止するのが当然のものだと考えていた。だが、本当に自分が成さねばならないことなのだろうか。

 

「深雪は今から、お兄様に身勝手で、浅ましく、差し出がましいことを言います。お叱りは後から甘んじて受けます。ですが、お兄様聞いてください」

 

そう言いながらも深雪は毅然としていた。彼女はそれをしっかり受け止めた上で達也の前に立ちふさがっていた。

 

「九島家の実験にお兄様が責任を負われるいわれは一切ございません。この実験にお兄様は、なんの責任も負っていません」

 

それは達也自身も理解している。彼は心の中で深雪の言葉に頷いた。

 

「それと同時に、スティープルチェース・クロスカントリーに出場する全ての選手に対してお兄様が責任を負わなければならないことは決してありません」

「……」

 

達也は深雪が言いたいことをおぼろげながら理解した。

 

「お兄様。深雪は今から浅ましく、差し出がましいことを言います」

 

深雪の口調に卑下や偽悪は含まれていない。彼女の芯は全く揺らいでいない

 

「優先順位をお忘れではありませんか?お兄様」

 

達也は深雪のその言葉に天啓を打たれるようであった。

 

「お兄様は私とお姉様だけを守ってくださればそれでいいのです」

 

深雪の声は泣き出しそうな声であり、目に溜まった涙を隠すためにか彼女は俯いた。

 

「パラサイドールなど当日まで放っておけばいいのです。パラサイト本体さえ解放してしまうことさえ考えなければ、あのような物などお兄様の敵ではありません。競技終了後に解放された本体は私がまとめて始末します。それでも行くというならば、僭越ながら全力で止めさせていただきます」

 

睨むように、挑むように、深雪が涙をもう流してない瞳で達也と視線を合わせた。この宣言には達也を本気で狼狽させる効果があった。

 

「よせ、深雪。まさか俺の『眼』を封じるつもりか!?そんなことをしたらお前まで魔法が使えなくなるぞ!」

「明日の競技は棄権どころか、退学の可能性もありますね。ですがこれ以上お兄様にご無理をさせるよりましです!」

 

深雪はここではじめて興奮を露わにした。

 

「お兄様はご自分がどれほど無理を重ねているのかお気付きですか?朝から夕方まではエンジニアとしてCADの調整、試合が終われば相談を聞いてアドバイス。夜は遅くまで後輩を指導しながら翌日のCADの準備。それと並列して九島家と国防軍を相手にとっているんですよ!これではいくらお兄様でも持ちません!」

 

深雪の目から涙がポロポロと溢れる

 

「それにお兄様は気づいていらっしゃいましたか?ここ最近、毎日お姉様が疲労困憊でいたことを。お姉様は無理して私たちに笑顔を作ってくれていたんですよ!そんなお姉様を無視するのはあまりにお姉様がかわいそうです!お兄様はお姉様をこの件に関わらせないことで、問題を抱えているお姉様の問題を減らそうと考えられたようですが、まずお姉様の抱えている問題を解決しようとするのが先ではないでしょうか。それに深雪はもう嫌なのです。趣味の読書もせず、ひたすら過剰に魔法に打ち込んでボロボロになっていくお姉様を見るのは」

 

達也は自分が疲れていることを、妹がここまで思いつめていたことに気づかなかったほど、咲のことを考える余裕がなかったほど、疲れ切っていたことを覚った。

 

「深雪がそんなことをする必要はない」

 

達也は穏やかに優しく深雪に語り掛けた。

そんな達也を深雪は意外感に打たれた顔で見上げる。

 

「今日は裏で魔法の練習をしている咲を拾って、このまま部屋に戻ることにするよ」

「お兄様……?」

「俺が間違っていた。お前の言うことが正しい」

 

深雪は説得は無理だと思っていた。人間の一般理論からしたら、達也の方が正しいのは明白だったからだ。

 

「俺はお前たちだけ守れればそれでいい。俺が守るべき相手は深雪と咲だけだ。お前の言う通り、最近の俺は咲が悩みを抱えているのを知っていながらあいつを蔑ろにしすぎた。深雪の言葉で目が覚めたよ」

 

その言葉は深雪の望む言葉と同時に、心を縛る言葉だ。深雪は先ほどまでの雄弁さは嘘のようにただ無言で達也を見つめていた。

 

「咲を迎えにいこう」

 

そういって達也は隠し持っていた武器を戻しに車内に一旦戻った。

 

 

 

お茶会が終わった後の片付けは水波がやってくれていたので、達也が武器を片付けるとすぐに咲が魔法の練習しているらしいホテルの裏手の森に向かいにいく準備は整った

そこで、ふと達也は胸に疑問が湧いた

 

「水波、そういえばお前。咲にお茶会の方に参加してと言われたらしいがそれは命令だったのか?」

「はい、咲様には珍しく命令でした」

 

普通、ボディーガードが護衛主から離れるのはおかしいが、咲が命令したならおかしくないと思える。しかし、咲は部下に命令することが少ないということは四葉家の中では有名である。咲の命令は大体、危険な状況の時に部下を傷つけさせないための時であった。

 

達也は嫌な予感がした。咲の性格、咲にしては珍しい命令、異常なまでの魔法練習、今日の何かを見通す目、そして八雲の警告。何個もの点が一つの線で結ばれた。

 

「咲が危ない。急ぐぞ」

 

達也は慌てて深雪と水波に声をかけると同時に、ホテルの裏手の山の奥で雷鳴が鳴り響いた。




ここからはオリジナル色、原作改変がだいぶ強くなると思います

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