咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

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繋ぎ回


第84局[夜行]

一高女子選手の内、二年生は6人。ホテルの部屋はツイン。そうなると咲と深雪が同部屋になるのは確定しているようなものである。

一方、男子技術スタッフは5人であるので1人余る。そこは達也が去年と同じく相方が機械の1人部屋だ。

達也は寂しいなどいう気持ちは当然なく、逆にこのことはこれから行うことに都合がいいものと考えていた。達也は今、目立たないように黒一色の服に着替え、スティープルチェース・クロスカントリーのコースを調べようとしていた。無論、既にパラサイドールが配置されているとは思っていない。それでもコースの地形が分かれば、何処に罠を仕掛け何処に伏兵を置くか少しは予測できると考えてのことだ。

だが達也はコースに潜り込むことはできなかった。

蟻の這いいる隙間もない警戒システムを見ながら、達也はなぜ去年無頭竜の侵入を許したのかと思ったがすぐ自分の勘違いに気づいた。去年のことがあったからだと。

正規軍の基地が犯罪組織ごときの侵入を許すなど、昔であれば打ち首ものだ。基地の幹部は憤死寸前の恥辱を覚えたに違いない。この厳重な警戒態勢は去年の事件を踏まえたものに違いなかった。

咲の未来視でコースを確認してほしいと達也はふと思ってしまったが、かぶりを振ってその考えを頭から追い出す。今回は咲の力を借りないと決めたのだ。そんな思いと共に、国防軍の魔法師に見つからないよう慎重に視野を広げる。達也の視力はサイオンレーダーに感知される類のものではないが、彼の異能に気づくような能力を持った監視者がいるかもしれない。すぐアクセスを遮断できるよう密やかに、認識を世界に浸透させていく。

 

達也の広げた視界の端に見覚えのある存在が引っかかった。達也の目で見えるものは映像ではなく情報だ。地形などを見るときには使えないが、相手が隠れていたり見つからないようにしているときは咲の範囲を見る目より効力を発揮する。その物理的な距離が近くて情報的な距離が遠い2人の方へ、五分ほど歩いて行き、闇に紛れた影に向かって声をかける

 

「文弥、亜夜子」

 

いきなり話しかけられて驚いた、という気配が生じた。その後すぐ、影が固まり出し形を作る。そこには目を丸くした亜夜子と嬉しそうな文弥の姿があった。

 

「達也さん…驚かさないでください」

「別に驚かすつもりはなかったんだが」

「だったらあんなに怖い声を出さなくてもいいんじゃないですか」

 

亜夜子の抗議は本気の割合がかなりの部分を占めていた。短く吐いた息はホッと胸をなで下ろすものであったし、目尻には反射的なものであろうが少し涙が滲んでいる。

そんな言葉に達也は反論しなかった。戦闘中ではないが、それに近い心理状態であったし優しい言い方ではなかったことを自覚していた。

 

「お前達もコースを調べに来たのか?」

 

謝ったりはしなかったのだが。

 

「……ええ。ですが警戒が厳しくて」

「中に入れなかったんです」

 

亜夜子が言い淀んだ部分を文弥が補填する。

 

「亜夜子の魔法でも入れなかったのか?あ、いや、悪かった、責めているわけじゃないんだ」

 

意外感に捕らわれてきくまでもない質問をしてしまったことを謝罪する。達也が驚いた以上に亜夜子が悔しい思いをしているのは確かめなくても分かることだった。

亜夜子の得意とする『ヨル』といった二つ名の元になった魔法の開発については達也も関わっている。そんな亜夜子でも入れないとは警備の厳重性がうかがえるであろう。

 

「達也兄さんも調査に来られたんですか?」

「ああ、だが俺も中には入れず困っていたところだ」

 

達也の得意とするところは戦闘や暗殺である。八雲に指導を受けているので忍びの技術も一流に近いが、生来の適性からして亜夜子に遠く及ばない達也が、亜夜子に侵入できない場所に侵入できるはずがなかった

 

「咲お姉様はいらっしゃらないのですか?」

「咲をこの件には関わらせない」

 

亜夜子の質問に対して強い口調で返ってきた返答に2人は少し面食らった。

 

「まあ咲の協力があったら、こんな場所には来ないんだがな」

「…じゃあなぜ?」

「まあいろいろな」

 

最近咲の調子がおかしいのは、同じ親族といえども咲の許可なしにいうのは好ましいところではないし、文弥たちは四高で対戦相手である。咲は別にいいというだろうが、一応気を使った結果だ。

 

「そうですか…じゃあ達也兄さんと僕たちで力を合わせてみませんか?もしかしたら3人の力なら」

「いや、その必要はないよ」

 

文弥の具体性のない提案に応えたのは達也でも亜夜子でもなかった

 

「誰!?」

 

亜夜子が警戒心を一気に上げながら発した声に森の中から1人の影が浮かび上がる。

 

「師匠もっと普通に登場はできないんですか?」

「僕は忍びだからね」

 

達也のため息交じりの苦情に、いつもの返しで八雲は応えた。

 

「……達也さん、もしかして」

 

亜夜子は八雲の正体に思い当たったのか、警戒心を緩めながら達也に訊ねる。

 

「たぶん、亜夜子の考えている通りだ」

「ではこの方が、九重八雲先生ですか」

 

感慨深げに文弥が頷いた。黒羽姉弟にとって、2人の力を持ってしても八雲は全容がつかめない相手であり、自分たちが近づかれても気づけないのも悔しいが納得できる。

 

「それで師匠何かわかりましたか?」

「いいや、コースには何も仕掛けられていなかったよ」

「コースに入れたのですか!?」

 

亜夜子が驚きで思わず声をあげ、慌てて口を手で塞ぐ。この警備システムを2人でも無理だったのに1人で突破したのが信じられなかったのだ。

 

「いやいや、それほどでも」

 

八雲は鼻高々といった感じに返答をする。大人気ないと思ったが、それを追求する場合ではないので話を進めた。

 

「それで中はどんな様子でしたか?」

 

パッシブセンサーなら亜夜子の魔法でいくらでも無効にできるのだが問題はアクティブセンサーである。そのアクティブセンサーをどうやってごまかしたのか達也は気になったが、八雲がそう安安と手の内を明かす訳がないと考えた達也は本来の目的を優先したのだ。

 

「そのままの意味だよ。今はまだ、普通の障害物しかない、ただの演習用の人工森林だね」

「パラサイドールが配置されそうな場所の予測はできませんか?」

「できないね。たぶんどこにおいてもそう大差は無い。地形に左右されず運用可能という程度には実践的に作られているということだろうね」

 

今夜はどうやら無駄足だったようだ。達也は八雲に礼を述べようとするとその前に八雲は一つ言葉を付け足した。

 

「あとこれは別件で忍びの勘だけど、何か悪い予感がするから身の回りには気をつけたほうがいいかもしれないね」

「去年の無頭竜のような輩が嗅ぎ回っていることですか?」

「いや、彼らのように大規模な組織ではなく単独犯という気がするね。九校戦全体を大きく狙っているというより誰か個人を見張って狙っている。そんな気がするよ」

「師匠でも尻尾は掴めないと」

「いやはや申し訳ない、だけど忠告はしたんだ。これで許しておくれ」

 

それを聞いた3人は情報と注意をくれた八雲に礼を述べ、ホテルに別々に戻った。

 

 

 

ホテルを抜け出していたのは達也達だけではなかった。咲も時を同じくしてホテルを抜け出していたのだ。富士の裾野は神聖な場所であるので、精霊や神依の力が上昇しているのが肌で感じられ、咲としては練習として最適な場所であったのだ。

咲はシールドダウンで使う神依を確認した後、衣の神依の練習を行った。最近は照の神依の練習も行なっていたのだが、満月に近い今日は久しぶりに衣を練習することにしたのだ。

 

「咲様」

 

練習を始めてからしばらくして、海底撈月の強度を確かめていると不意に後ろから声をかけられた。相手は水波だ。

 

「どうした水波」

「いえ、咲様がホテルを抜け出すのが見えましたので、ボディーガードとしてついてきたまでです」

 

水波は普段の咲の口調と全く違う衣の口調を聞くのは初めてのはずなのだが、疑問を覚えない様子で淡々と応えた。それを聞いて咲は再び練習を再開した。

 

「あの時のことを咲は夢寐にも忘れられないんだ。だから夢中でもあのようなものを見るし、敗滅することを極端に恐れている。咲と衣達は唇歯輔車なのだから、衣が今度は咲を支える番だ…」

 

そんな咲の独り言はこの場にいるただもう1人の人物、水波にしか聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 




次回から競技開始だけど咲以外カットかなあ…

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