咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
「咲様、飲み物をお持ちしました」
「ありがとう水波ちゃん、入って」
達也と深雪を部屋に返し、水波を再び呼んだのは訳がある。私が寝てる(?)間に何が起きたのか説明してもらうためだ。達也と深雪に聞いた場合、場合によりこっちのことも話さないといけなくなるので、心配させるだけだと思ったのと、このまま部屋に居られると身体を動かせない状態がバレる可能性が高くなると考えたのだ。
「水波ちゃん、私が寝てる間のことを話してくれるかしら」
私がそう言って聞くと水波は喋り始めた。
「咲様がお部屋にお戻りになられて1時間後ぐらいでしょうか。咲様のお部屋から何か声が下まで聞こえたのです。達也様が咲様のお部屋を魔法で確認なさってその時はまだ動きませんでしたが、次第に回数が多くなり、悲鳴ということに気づいた私たちは咲様のお部屋に向かい、先ほどの状況になったということです」
「ありがとう、よくわかったわ」
時計を見ると布団に入ってから2時間経っていることからあれは夢であったのだろうか?確かに夢特有のご都合主義で展開が早い場面が多かった。しかし私の体が動かせないということが説明つかない。
もしかしたら夢を操って精神攻撃する精神干渉系魔法だろうか。いや、もし魔法なら達也が気づいているはずであるし、怜のアラートもならなかったし魔法ではなさそうだ。
それにあいつが言っていた『あなたは私、私はあなた。同一と言っても過言じゃない。おねーちゃんみたいなもの』。つまり私のように神依を使える可能性もある。だけど悪夢を見せるキャラなんて咲にいただろうか?
次の日、まだ身体を起こすこともできないことから達也と深雪には風邪をひいたふりをして学校を休んだ。2人は朝どこかに行ってきたようだがこの時間に行くとしたらたぶん九重寺だろう。しかし深雪が行くとは珍しい。何かあったのだろうか?
申し訳ないことにこのズル休みには私のボディーガードであり従者でもある水波も付き合わせてしまっている。私の部屋で甲斐甲斐しく看病をしてくれている水波に罪悪感が湧いてきた。
「ねえ、水波ちゃん。ちょっといいかしら」
「はい、咲様」
私は水波に昨日のことを言うか迷った。もし、言ったならば水波も標的にされるのではないかと。
「今日、私が休んだ理由は風邪だからじゃないの」
「え?」
そう思いながらも話し始めてしまった。たぶん1人で抱え込むには私にとっては大きすぎる問題だったからだろう。
「私は今、身体を起こすこともできないの。多分精気を抜かれたのね」
「精気…ですか?」
精気とは生命力の塊であり、レオも吸血鬼事件の時に精気を抜かれて入院していた。
「精神干渉魔法の攻撃だと思うんだけどどんな魔法か見当がつかないのよね」
「それを達也様や深雪様は?」
私が攻撃を受けたということを私のボディーガードとして驚きを隠せない様子であったが、あの攻撃は守りようがないし仕方がないだろう。
「教えてないわ。これはあの2人には秘密よ」
「それはどうしてでしょうか…?」
「私しか解決できないし解決するべき問題なのに心配かけたくないじゃない」
達也が気づかなかったということはサイオンを使う攻撃でもないし、深雪が気づかなかったということは霊子が関係する攻撃でもないということだ。それに会話の内容的に私を狙っているのは明白である。私の問題に心配をかけたくないという思いは本当であった。
次の日の木曜日もその次の日の金曜日も私は学校を休んだ。流石に精気をほとんど抜かれた状態は1日では回復しなかった。竜華の膝枕は自分には当然できないので一般人よりちょっと早いぐらいしか回復量がないためだ。
私はあの夢のことを隠していたが、私を見舞いに来た深雪の反応から達也と深雪も私に対して何か隠しているように思えた。
週末になって第一高校はようやく「運営ショック」から脱却しつつあった。月曜日にもたらされた競技種目の変更の報せから代表選考のやり直しを経て、週末の土曜日、競技の練習が再開された。新種目のロアーアンドガンナーとシールドダウンはイメージを掴むために模擬戦をやってみようという話になった。私はようやく歩けるようになったので午前中の授業に出席し、午後はシールドダウンの選手ということでこの模擬戦に参加している。
シールドダウンの女子用リングにはソロで出場する私と練習の助っ人に選ばれたエリカがペアを組み、ペアで出場する千倉先輩と手川先輩の代表ペアと矛を(盾をというべきか)交えていた。
シールドダウンのリングはサイズを除くと外見は「ロープと柱がないボクシングのリング」なのだが、床面は滑らない素材が使われており上下振動も最小限になるように抑えられている。そのいかにも走ってくださいというようなリングをエリカは縦横無人に走り回っていた。
「くっ、速い……」
こちらの陣形はエリカが2人をかき乱し、私が後ろから援護するという陣形である。相手もそれに合わせて手川先輩が前衛、千倉先輩が後衛という布陣をとっているのだが、自己加速魔法を使うエリカの速さに全くついていけてなかった。ジグザグにステップを踏むエリカを手川先輩が見失った瞬間、彼女のシールドを強烈な衝撃が襲った。エリカが盾が接触する瞬間、自分の盾の慣性を極大化させ、それを手川先輩のシールドに叩きつけシールドごとリングの外に弾き飛ばした。
「やるわね、エリカ」
エリカが1人を倒したのを見て、私は練習は終わりというように本気を出す。私が発動した魔法は七宝君に教えている気体群体制御魔法の応用。シールドダウンは流体、固体を使う魔法は盾に当てなければいけないが気体はどこに当ててもルール的には問題ないのだ。
私は空気中の分子を移動させ、気圧が高い場所とほとんど真空な気圧が低い場所を作り出し、それを一気に解放させた。そうするとどうなるか。気圧は高い方から低い方に移動するので、一気に空気が移動するのだ。
普通の魔法では起こすことのできない台風を上回る竜巻ほどの風力が発生し、千倉先輩を吹き飛ばした。しかしこの魔法には弱点がある。
「ちょっと…咲!なにやってんのよ!」
この魔法は範囲を設定できないので硬化魔法で地面と自分の相対位置を固定していた私はともかく仲間のエリカも吹っ飛ばしてしまうという弱点がある。すまぬ、エリカ。
男子の方を見るとレオと沢木先輩ペアが代表ペアの桐原先輩と十三束くんペアに勝利していた。
エリカの批判を受け流し、この結果を見てため息をついている服部先輩とこっちを見ている達也の方に歩いていく。
「四葉…やはり千葉と西城を選手にした方が良かったんじゃないか?」
「攻撃部位に縛りがなければあの2人は最有力候補だったのですが」
そんな話を2人でしている。この話は私が休んでいる時に代表選考の席でもそういう話が出たらしいが、もっとも強く反対したのは達也らしい。
「シールドダウンのルールでは勝てないと?選考の時にも言っていたが、実際に試合をして見るとこれでは」
「みんなシールドダウンの戦い方に慣れてないだけです。なあ、咲」
服部先輩の疑念をやんわり否定した後、近づいてきた私に声をかける。
「ええ、そうね」
私がうなづいているのを見て達也はまた別の人に声をかけた。
「エリカ」
「何?」
「エリカ、咲の相手をしてやってくれ」
「ペアを組むんじゃなくて今度は対戦相手ってこと?」
「ああ」
「いいわよ、咲にはさっき吹き飛ばされた恨みがあるしね」
エリカはやる気満々で物騒な笑顔を携えながら跳ねるようにしてリングに上がった。
「咲」
「わかってるわ」
「だろうな」
そんな会話をしてリングに上がった私を見てエリカは顔を引き締めた。
「エリカとやるのは初めてかしら」
「そうね、楽しませてもらうわ」
「2人とも構えて」
試合場内に審判がつかない九校戦の慣例にもれず試合場内には審判はいない。試合開始を告げるブザーの代わりに達也がホイッスルを吹いた。
エリカが先に動いた。エリカはあまり遠距離魔法は得意ではない。なので自分の得意な近距離戦闘に持ち込んでからが勝負だと思っているのだろう。
確かにエリカは近距離戦闘は私より強い。ノールールの斬り合いなどであったらガイトさんを神依しない限り100%負けるであろう。しかしエリカは大事なことを忘れている。このルールは普通の近距離戦闘ではない。攻撃してくる方向が限られている魔法近距離戦闘だ。
エリカの身体が急停止する。自分の身体にかかる慣性を中和しているからこそこうなる行動なのだが、止まったのはエリカの意思によるものではない。私が展開した対物障壁にエリカの盾がぶち当たったのだ。
私はエリカがどんなフェイクをかけてどんなに早く動こうと最終的には私の盾に向かって突っ込んでくることを予期していた。なぜならこのルールの近距離攻撃は盾にしか認められていないから。それなら盾に突っ込んでくるのは自明の理である。私は次のステップに移動した。
エリカの身体がふわりと浮かび上がる。自分で飛んだわけではない。私が斜めに使った障壁に乗り上げた格好だ。慣性を中和しても重力は作用してるから踏ん張ることはできる。だが足場から切り離されたら抵抗するすべはない。ここで慣性を中和してる術式を破棄すれば問題ないのだがエリカの能力では間に合わなかったのだろう。
そのままエリカは私の障壁によって羽のように場外に運ばれた。
「やられたやられた、咲はやっぱり別格だわ」
「このルールはエリカの行動が制限されやすいからエリカにとって不利なルールよね」
「そんなこと言ったら咲も病み上がりだから動き悪かったじゃない」
達也が見ていないときは調子が悪いのがバレないように軽い自己加速魔法で動きを補助していたのだがその魔法を気づかれたのだろうか?
「そんなに動き悪かったかしら?」
「今日の咲、全体的に歩幅がいつもに比べて狭いよ。これって身体がだるくて重いからでしょ」
「流石エリカね」
流石エリカ。武道の道を極めたらそんなことまでわかるのか。
そんなことを喋っているとさっきの試合を見せて、肉弾戦を挑んでくる相手の対処方法を千倉先輩と手川先輩にアドバイスを終えた達也は端末を取り出し、別会場に向かった。
お目付役がいなくなった私はやりたかったことを提案する。
「服部先輩」
「ん?なんだ」
「私と桜井の対戦を許可してもらえるでしょうか?」
ずっとやりたかった水波との対戦。ボディーガードとガード対象者の戦闘は当然許されていない。達也や深雪がいれば止められるに決まっているのだが、そんな四葉家のきまりを服部先輩が知る由も無い。私は達也と一度対戦したことはあるが、達也は深雪のボディーガードであるので問題なかったのだ。
「向こうはペアの代表なので2vs1で大丈夫ですが」
「会長のお前との練習はためになるだろうな、対戦を認めるが俺に許可を取る必要はあったのか?」
「はい、ありました」
この許可はバレて本家から文句を言われても先輩と後輩の対戦だったという言い訳をするための工作である。
私はリングの側に立っている水波とペアの子に声をかける。
「水波ちゃんとえーと…」
「は、羽田です」
水波と緊張している水波とペアを組んでいる子に話しかける。
「次は1vs2で私と対戦だそうよ」
いかにも服部先輩が提案した風に言う。
「咲様…!ですが…」
「今は先輩、後輩の関係と思って、ね?」
「……わかりました」
「羽田さんもよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
私と2人はリングに上がり向かい合っていた。最初水波は戸惑っていたし、羽田さんは緊張していたが選手に選ばれただけあって向かい合っている今は集中した顔をしている。
「3人とも構えて」
試合開始を告げる笛を今度は服部先輩が鳴らした。
最初に動いたのは私と水波。私がドライブリザードを放とうとするが、その前に水波が対物障壁を貼る。私はそれを見て先ほどの試合で放った暴風を起こすが水波はそれを読んでいたのであろう。真空の膜を貼る気密シールドを発動し私の暴風を防ぐ。
自分が起こした暴風の中、相手を見るがどちらも動いていない。いや動く必要がなかったのだ。
「…詠唱魔法ね」
詠唱魔法。古式魔法の中でも特に特徴的なものであり、現代魔法が発達した今、ほとんど使われていないものである。
詠唱魔法の特徴として発動までに長い詠唱を必要とし、隙が大きい。そしてその詠唱を知られていた場合、その詠唱を聞いた段階で対策を取られてしまうという大きなデメリットがある。しかし、発動できた時の魔法の規模や干渉力は高く、詠唱魔法でしか起こせない事象もある。
達也が羽田さんと水波を組ませたのは水波の高校生離れした防御力で羽田さんの詠唱魔法の発動までの時間を稼ぐという作戦を考えたからだろう。シールドダウンは近接戦闘に優れた選手を代表にしがちなので逆に遠距離系の選手を代表にする達也の考えにおそれいる。詠唱魔法の効果がわからないが確かにこの戦法をこのペアを新人戦のレベルでは攻略するのは難しいだろう。
そんなことを考えていると詠唱が完了したのか羽田さんの魔法が発動した。
「TK(テレキネシス)なんて始めて見たわ…」
『テレキネシス』。物を能力で持ち上げ移動させる魔法。ものを浮かせる魔法ならば単一工程魔法などでも再現可能であるがこの魔法は他の魔法と違い加速、減速、ベクトルなどを自由に変化することができる。この魔法を自分にかけることにより飛行魔法として使用することもできるので、汎用性も強度も段違いである。飛行魔法を開発した達也はTKにも注目していた時期があったので羽田という苗字でピンときたのであろう。
羽田さんは私が持っている盾を浮かび上がらせて、盾と共に私をリングの外に出そうとしている。盾から5秒間手を離したら負けであるので普通の人ならこの魔法を発動された時点で負けであろう。普通の人ならば。
「よっと」
いきなりの盾の浮遊は止まり、盾と共に私は地面に着地した。
「嘘…」
テレキネシスをやぶられて驚く羽田さん。強度は高いし、魔法式を使う魔法でもないので発動された時点での無効化する方法はほぼない。私が無効化した方法はこの魔法特有の弱点、テレキネシスを使う時、魔法式の代わりに浮かべるものと自分の間にpassをつなぐ必要があるという点をついた。私は塞の神依を行い、盾と羽田さんのpassを塞いだのだ。それによりテレキネシスは効果を失い、私は盾と共に地面に着地することとなった。
「そろそろ反撃しないとね」
しかし反撃は容易ではない。普通ならば水波の障壁を破って盾を攻撃しなくてはいけない。
「サキ、テレキネシスできる気がします」
「これが咲様の…」
「え、なにこれ…」
私は『詠唱なし詠唱魔法』で発動したテレキネシスによって相手を場外まで運び勝利した。
私が今回使った神依はマホ。原作では一度見た相手の能力を1日に各1回真似できるというチート能力であり、この世界に置き換えると相手が発動した魔法をデメリット無しで使用できるという能力となる。なぜデメリット無しになるかというと、咲vita全国編でのマホは1局ごとにランダムで14人のキャラの中から1つの能力を得るのだが、玄の能力がきた場合、ドラを切ると次の局からドラが来なくなるという能力は次の局から別の能力が発動されリセットされるのでドラをきっても何も問題がないという玄ちゃん涙目の能力になっているからだ。
今回の場合詠唱が長いというデメリットを無視して詠唱魔法を発動することができたのだ。
なんか水波と対戦したというより羽田さんと対戦した感がいなめないが水波の障壁魔法の強度を知ることができたのでよしとしよう。
「咲様、ご指導ありがとうございました」
「ありがとうございました」
水波と羽田さんが頭を下げてくる。水波はどうやら自分の中で指導ということにして折り合いをつけたらしい。
「2人ともすごいわね。負けるかと思ったわ」
私に褒められて羽田さんは嬉しそうにしている。実際、初見でこの2人相手に勝つのは深雪レベルじゃないと厳しいと思えた。
「それに羽田さんのその魔法、私好きだわ」
詠唱魔法はいかにも魔法って感じで私は好きだ。私がそういうと羽田さんは何か思い直したような顔をしていた。
羽田飛代
古式魔法の名家、羽田家の1人娘。羽田家は詠唱魔法、特にテレキネシスを利用した飛行魔法を得意としており、この方法による飛行は羽田家の人間しかできないと言われていた。飛代もそれを誇りとしていたし古臭い詠唱魔法と陰で言われていても我慢することができた。
しかし一年前、その誇りは完全に打ち砕かれた。FLTのトーラスシルバーによる汎用飛行魔法の発表。それも詠唱無しに簡単に飛べるものだ。
飛代は迷った。それまでは三大難問の1つ、飛行魔法を実現している例外の1人であったので自信を持って魔法科高校に進もうと思っていた。しかしその自信が打ち砕かれた今、自分は魔法科高校に進むべきなのか。
そんな迷いと共に夏休み、九校戦を見に行った。そこで飛代は1人の選手に度肝を抜かれた。飛代の度肝を抜いた選手こそ、咲であったのだ。
自分のように単に1つの魔法を使うのではなく、複数の強力な魔法を使いこなす咲。そんな咲の姿にすっかり虜になってしまった飛代は第一高校に進学することを決めた。
飛代の入試成績は1科生に入ったものの1科生の中では中の下程度。飛行魔法が実現していないならともかく、自分が九校戦の選手に選ばれるとは夢にも思っていなかった。九校戦の選手に選ばれたとき、選ばれて嬉しいという喜びもあったがそれよりも咲とお近づきになれるかもという期待を持った喜びの方が大きかった。
金曜日に行われた代表選手が集まる最初の顔合わせでは咲は欠席。少し落胆する飛代であったが、次の日、待ち望んだ日がやってきた。憧れの咲との対戦。結果は1vs2だったにも関わらず完敗だった。自分の得意とする詠唱魔法を発動させても勝てない相手。そんな憧れの相手に自分の魔法を褒められたのだ。
飛代は飛行魔法が発表されてから心の底で自分の詠唱魔法を蔑んでいた。それは自分自身を否定していたのと同じであり、自分自身を蔑んでいたのだ。憧れの咲に褒められたことによりその胸につかえていた暗い気持ちは取れ、まだ詠唱魔法も捨てたものじゃないという誇らしい気持ちに再び置き換わったのである。
このように咲は何気ない言葉で人の負の気持ちを正の気持ちに変えることが多々あるのだが、咲自身は気づくことはなかった。