咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
第二演習場に私たちは移動した。
対戦する3人はもう既に向かい合っている。
七宝君は闘志を溢れ出しているが、香澄と泉美は最初そこまで積極的ではない様子だった。生徒会で事務をしていた泉美は完全に巻き込まれたとしか思っていないだろう。しかし、面倒くさいことはここで叩き潰すという意見で香澄と一致したのか、今2人は負けないぐらいのやる気を持って七宝君と向かい合っている。
この試合のルールはノータッチルール。身体的接触を禁止するルールで異性間では余程のことがない限りこれが適用される。相手を戦闘不能にするか、コートから相手を押し出したら勝利のいつも通りのルールだ。
「直接攻撃はダメだけど、魔法で遠隔操作する武器は使っていいわよ。あと致死性の攻撃、治癒不能の怪我を負わせる攻撃も禁止ね。危なくなったら私が止めるから」
私がそういうと七宝君はやれるものならやってみろ風に鼻で笑うような仕草を見せたが、まあそれはご愛嬌であろう。
「では双方構えて」
香澄と泉美はエリアの中央に移動したが、琢磨は境界線近くから動かず、脇に抱えていた本を足元に落とした。
私が試合開始の合図をすると、サイオンの光が閃き、魔法が放たれた。
試合の最初は地味な戦いであった。香澄は七宝君に空気の塊をぶつけたりしてコート外に出そうとしているが、障壁でそれを防いでいる。
一方七宝君はエア・ブリットという空気弾の魔法で攻撃しているが泉美の領域干渉に防がれている。
5歳の頃の深雪より3人とも魔法の使い方が下手な気がして、せっかく新しいイメージに繋がるかもしれないと思って楽しみにしていた私はげんなりしていたが、香澄と泉美が発動させた窒息乱流により私は息を吹き返した。
窒息乱流とは移動・収束の複合魔法であり、空気中の窒素の密度を引き上げ、その空気塊を移動させる魔法だ。酸素濃度が極端に低下した気流を少しでも吸い込んだら、低酸素症で意識を失う。
流れを操るという術の制御が非常に困難であり、私でも神依をしないと七草双子と同じように気流を完璧にコントロールすることはできず、少し荒さが目立ってしまう。
それぐらいの高等魔法であり、まず高校生レベルではまずお目にかかることはできない。
それを可能にしているのは『七草の双子』と言われる理由である『乗積魔法』を使用したからである。
普通魔法師が同じ魔法を発動しても事象改変の威力が増すことはなく、お互いに干渉し合って、結果として効果を表すのは、最も魔法力のある者の魔法である。例外として古式魔法には複数の魔法師が一つの儀式を行うことで単独では不可能な大規模魔法、高等魔法を実行する技術は確かに存在するが、その手の魔法儀式は必ず詠唱、祭壇などの五感で共有できる媒体やプロセスが必要になる。
しかし、七草の双子の場合魔法式を分担するのではなく、魔法力を掛け合わせて魔法を行使している。2人は同一の遺伝子を持っているだけではなく、魔法演算領域の特性までもが完全に一致しているからできる芸当であった。
すごい簡単に言うと2人でやる無能力キャラの神依だ。
イメージしたら深雪とできないだろうか。みなもとならできる気がするがそれならリザベーションでいい気がする。
そんな魔法に押された七宝君はミリオンエッジを発動させた。七宝君が持ち込んだ本は普段私が学校に持ってるものと比べても大きく分厚いもの。それが一斉に紙吹雪となって飛び散って2人を押し包もうとしている。その紙吹雪は硬化されており、無数の刃で構成されていた。
これに似たものは前の世界の何かの漫画で見たことがある。それが思い出せただけでもこの試合を見にきた方があった。
そんな魔法に対して双子は新たな魔法を発動した。それは「熱乱流」のアレンジ魔法。
多種類多重魔法制御は第三研の研究テーマであり、その成果は十文字家の「ファンランクス」にも取り入れられている。
そんな第三研の成果を得たまま第七研に移動した七草家の魔法師にとって、これぐらいのことは困難なうちに入らないものであった。
呼吸を許さない嵐が七宝君を襲い、発火点を超える熱を浴びながらも、紙の刃が香澄と泉美に迫る。このまま行けば七宝君は低酸素症で倒れ、泉美と香澄は紙の刃によって無数の傷を負うだろう。
枕神怜も予知を使いそろそろ止めろと言っているので、ナビに従い止めることにする。
「そこまでよ!」
私は術式解体を使い3つの魔法を全て吹っ飛ばした。魔法を無効化された3人は何が起きたのかわからないという表情をしている。
「この試合はどっちも失格でどっちも負けね」
「どういうことです!」
最初に私に食って掛かったのは七宝君。
「試合前に言ったわよね。致死性の攻撃などは禁止、危なくなったら止めるって」
「しかし、咲先輩。窒息気流はミリオンエッジと違い、致死性の魔法でも後遺症を残す魔法でもありませんが」
泉美が言外に七宝君の反則負けと言う。七宝君が反論の声を上げようとするが、その前に泉美に返答をする。
「確かにそうね。だけどそんなコントロールする余裕、さっきの貴方達にあったのかしら?」
私にそう言われ双子は口ごもる。
「そのようなことはありません!そうなる前に決着はついていました」
「自分の勝ちだと言いたいのかしら?」
「そうです。七草の熱乱流では俺のミリオンエッジを止めることは出来ませんでした。窒息乱流が気密シールドを破る前に、俺の攻撃が届いてました」
七宝君が私の判定に食って掛かるように反論してくる。
「怜、本当はどうなる未来が見えたん?」
「3人とも同時に倒れたで。彼は低酸素症で倒れただけやけど、彼女達は止めんとひどい有様やったで」
私は無理やり怜をみんなに聞こえるように喋らせる。初めてこの光景を見る3人はともかく、九校戦のバスの中で見た以来の他の立会いメンバーも皆驚いていた。
「まあ怜の予測はともかく、七宝君の言う通りなら七宝君の負けね。ミリオンエッジを浴びせられたらどういうことになるか知っていたでしょ?」
「では、最初からミリオンエッジを使えば俺の負けだと決まっていたんですか!」
「攻撃力をコントロールできない限り反則となるわね」
「無茶苦茶だ!」
七宝君は私の言葉を聞いていきり立っていた。私の冷静な態度がそれを煽っているのかもしれない。彼のエキサイトぶりを見て部活連の先輩の十三束君だけではなく、さっきまで試合をしていた香澄まで心配している様子が視界に入っていた。
「じゃあ、俺は試合が始まる前から切り札を封切られていることになるじゃないか!とんだハンデキャップマッチだ!」
「別に条件は同じよ。切り札を1つしか用意できてない七宝君が悪いんじゃないかしら」
面倒くさくなってきたのでちょっと煽る口調になっていった。
「詭弁だ!禁止されるような殺傷力のある魔法をあいつらは使っていたじゃないか!」
「窒息乱流は十分な殺傷力を持つけど、最初止めなかったのは怜のアラートがならなかったから。つまり威力がルール内だったってわけ。だけど七宝君がミリオンエッジを放ってからはアラートが鳴り響いていたわ。ミリオンエッジの威力を抑えることができなかったことは明白よ」
私はルール内に収まらない致死性の攻撃が発生した時に怜のアラームがなるように設定したのだが、七宝君に説明する手段がない。
そんな私の言葉を聞いた七宝君は顔を真っ赤にしてこう言い放った。
「怜、怜って、それは何の妄想ですか?神とか怜とかそういう頭お花畑の厨二病設定は見てて痛いですよ」
それは七宝君精一杯の反論だったのだろう。
私はそれを聞いて顔を青ざめる。別に七宝君の言葉に顔を青ざめたわけではない。確かに神とか神依とか自分でも厨二病ぽいなあとは常々思っていた。私も自分みたいな奴がいたら痛いやつだと思う。実際言われてみても確かにと思うだけで、何も不快に思わない。しかしここで、達也と深雪がいる前でそれを言って欲しくなかった。
深雪は私の神依の力に陶酔しているし、達也も私が馬鹿にされるのを許さない人だ。私が守ってあげないと七宝君の命は危ないだろう。
第二次四葉大戦(第一次はこの前の喧嘩)が勃発しそうであったので、とりあえず守ってあげるために、塞の神依をしようとするがその必要はなくなった。
十三束君が七宝君を殴り飛ばしからだ。
「十三束先輩?」
「七宝いい加減にしろ!さっきから失礼なことばかり。そんなに自分が偉いと思っているのか!」
何が起こったかわからないという表情で床に手をついたままの七宝君に十三束君が血相を変えて怒鳴りつける。
「俺は…そんなつもりじゃ…」
「七宝。お前がそんなに自分の力を証明したいと言うなら、僕が付き合ってやる!」
「十三束君、その役目私にやらせてもらえないかしら」
驚いたように十三束君は私の方に振り向くが、他の立会いメンバーはまたかという顔をしている。
私的にはここまで何も仕掛けなかった私を褒めて欲しいのだが。
「咲さん、それじゃあ意味が…」
「私の試合の後、適当に理由をつけて達也さんとの試合をセッティングしてあげるから」
私は十三束君に小声でそう言う。十三束君は昨年度、クラスで何度か達也と対戦したいと言っていたのだ。
十三束君はまた驚いたような顔を見せたが、私のそんな提案にうなづいてくれる。
「今日はもう時間がないし、七宝君もミリオンエッジの準備がいるだろうし、試合は明後日にしましょう。それと服部先輩に話を通さなくてはいけないわね。行くわよ、達也さん深雪」
まだ少し怒っている第二次四葉大戦を引き起こしそうな2人を連れて逃げるために、早口でそう言ってその場を後にした。
ダブルセブン終了後のIFのすこやん書こうとしたら3話目にて挫折したのでIFは同票だった照から始めます。