咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
その日の放課後、咲は上機嫌であった。深雪が琢磨が咲のことを馬鹿にしたなど伝えても、あらそうなの程度で気にする様子もない。
達也が咲に聞けば、みんなが紙の本に興味を持ってくれたのが嬉しいらしい。
今現在、紙の本は普及しているとは言い難い。なぜならスクリーン型端末の書籍アプリで読むことができるので、わざわざ重い本を持ち運ぶ必要はないからだ。
しかし、咲は本を好む。達也も咲に前、本を布教されたが書籍アプリの方が便利だと断った。深雪にも布教していたようだが、深雪はもともと書籍をあまり読まない。
咲にとって紙の本に興味を持ってくれるのは嬉しいことであるのだ。達也は周りの人は本ではなく、咲に興味を持っていることに気づいていたがそれを口に出すことはなかった。
4月14日の土曜日の夜。
今日、咲は本に興味を持ってくれた子に貸す本を探すために、マンションに戻っている。マンションには本が莫大な量あるので今日は戻ってこないらしい。
そんな1人欠けた達也たちの家に珍客が訪れた。その珍客とは黒羽姉弟だ。
「文弥、亜夜子ちゃん、久しぶり」
水波からリビングに案内された姉弟は達也に迎え入れられた。水波は本来ボディーガードとしてついていくべきなのだが、咲が早朝誰にも見られないように出発したので水波が置いていかれる形となったのだ。
簡単に挨拶を交わした後、外用の服に着替えてきた深雪とお茶を4つおぼんに載せてきた水波がやってきて、全員揃う。
「咲お姉様は今日いらっしゃらないのでしょうか?」
「ああ、咲は今日所用で帰ってこない。何か問題があるのか?」
亜夜子の質問に達也が答える。達也の返答を聞き、2人は残念そうに肩を落とすが、少しの時間で気を取り直したようで、達也を見据える。
「いいえ、咲さんには後で伝えて貰えば大丈夫です。現在、国外の魔法師勢力による」
文弥は自分たちが調べたことを達也たちに話し始めた。
同じ頃、咲のマンションの自室にも珍しい客が訪れていた。
「どうして私がここにいると知っていらっしゃったのでしょうか?」
「私は四葉のスポンサーだ。このマンションにお主が入ったぐらいの情報はすぐに調べられる」
「これは失礼しました」
咲の目の前に座っているのは横浜騒乱の時に咲が魔法協会で出会った東道老人。その時と変わらず白く濁った左目が異様な圧迫感を与えている。
「それで私にどんな御用件で?」
四葉のスポンサーであるなら真夜に何か命令してそれを咲に伝えればいい。なぜ自分を訪ねてきたのか咲はわからなかったのだ。
「4月25日、民権党の神田が第一高校を訪問する」
「確か国防軍に対して極端に批判的な方でしたよね」
「そうだ。名目は魔法師権利の擁護。本心は魔法師を国防軍から排除しようとしている」
咲は達也に先週説明してもらったので、頷くことで続きを促す。
「裏で扇動しているのは七草家だ」
「つまり、私に七草家を潰せと」
咲の物騒な意見に東道老人は首を横に振る。その顔はどこか楽しそうであった。
「そこまではやらなくていい。七草家の思惑をもっとよく考えてみろ」
咲は仕方がないので末原の神依を行う。考察や作戦の立案は末原が一番使いやすいのだ。
咲が神依を行なった瞬間、東道老人の左目が何かを捉えたような目をしたが、咲が気づくことはなかった。
「世論に対しては、反論する相手がいいひんから反論することは難しい。やから反魔法主義者は早うからそれに目つけて、魔法は悪ちゅう世論を作り上げようとしとる。非魔法師が多い日本では、どちらに意見が傾くかは火を見るよりも明らかや。せやから、対象を魔法界全体から高校生と軍の癒着という話題にすり替えたんと違うんか?」
「世論は分断されると弱くなるのは道理だ。そして七草家が関係するとなると四葉と一○一の関係も考慮するべきであるだろう」
咲の少し砕けた言葉遣いを東道老人は心地好さそうに聞きながら付け足す。
「つまり七草家は四葉の弱体化を望んでるちゅうことか、スポンサーさんはうちにその神田ちゅう議員の一高で行われるだろうパフォーマンスを生徒会長の力を使って無駄にしてほしいと言いたいんか?」
「満点だ。報酬は座布団5枚でどうだ?」
「私たちも関係することですし報酬は頂けません、情報が十分な対価です」
途中で咲は神依を解除し、首を横に振りながらそう言う。
「タダより高いものはない、というのは真理だ。少なくとも私はそう思っている。それならば、適当に本を見繕って送ってやろう」
「私はかなりの数の本を読んでいますが」
「それならば私の頼みをこれから4つほど達成したら大きい図書館を建ててやろう、それでどうだ?」
学校の図書室が小さいと常々思っていた咲はそれに目を輝かせ、首を縦に振り直す。
「ある寺より美味い茶であったぞ、馳走になった」
そう言い残し、東道老人は席を立った。
図書館という言葉につられた咲はこれからも面倒ごとに巻き込まれるということに気づいていなかった。