咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

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講義中の方が執筆捗る説あります


第69局[双子]

4月8日、第一高校入学式当日の朝。

私たちは初めて4人で第一高校に登校することとなった。

今日は昨日のように不躾な視線を受けることなく、入学式開会3時間前に学校へ到着した。こんな時間に水波と登校したのは、当然入学式の準備のためだ。

入学式は生徒会主導で行われ達也は風紀委員で生徒会ではないのだが、人手がいる入学式会場への案内や準備や警備などは風紀委員会や部活連にも手伝ってもらう予定である。

 

「おはようございます、達也さん!深雪と咲もおはよう」

「おはよう、3人とも。時間ぴったりだね」

 

ほのかと五十里先輩が朝の挨拶を掛けてくる。

 

「おはようございます。五十里先輩もほのかも早いですね」

「早く来ないと落ち着かない性分なんだよ」

 

そういいながら五十里先輩は私の後ろに控えている水波に目を向ける。

 

「ところでその子は新入生だよね?」

「そうです。水波ちゃん、五十里先輩よ」

「初めまして、五十里先輩。桜井水波と申します。いつも達也様や咲様、深雪様がお世話になっています」

 

私に呼ばれた水波は挨拶をする。五十里先輩は口ぶりから四葉の家の者と理解してくれたようだ。その後中条先輩が少し遅れてやってきて全員揃った。

 

 

 

私たちも含め入学式準備に動員されている生徒は一度、講堂に集まり、連絡事項と注意事項を確認すると各自持ち場に動いた。

私たち生徒会は講堂でのリハーサル、風紀委員会や部活連などは会場準備や校内の見廻りだ。

 

 

 

リハーサルは張り詰めた空気の中無事終了した。緊張しているのか今日は七宝君の私を見る軽蔑した目はなく、深雪も喧嘩腰ではなかった、少しよそよそしい様子ではあったが。リハーサルが終わったので私も自分の仕事に取り掛かるとする。

 

「新入生の誘導に行ってきます」

「お姉様、行ってらっしゃいませ」

「よろしくね、咲さん」

 

深雪と五十里先輩に見送られ私は講堂を出て行った。

 

 

 

堅苦しいセレモニーなどは嫌いだ。まだこうやって外で風に当たっている方が気が楽である。あと来賓誘導とかよりは、こちらの方が知らない大人と喋ったりすることが少なくて楽だ。そう思って昨年度の七草先輩と同じく私は迷っている新入生の誘導をかってでたのだ。

 

 

講堂の前庭から繋がる桜並木に挟まれた道を見回っていると、こちらに向かって歩きながら喋っている女子生徒二人を見つけた。

 

肩にはエンブレムがあるので一科生。二人は同じような背格好、白と黒のストライプのお揃いのリボンをつけていた。髪型は大人しそうな印象を受ける方がロングヘア、もう片方の活発的な印象を受ける方はショートヘアであるが、どこか雰囲気というかオーラが似ていた。

 

「あ、おはようございます」

「おはようございます」

 

話に夢中で自分たちの世界に入っているようだったが、私が近づくと気づいたようだ。

 

「おはようございます。新入生ですか?」

 

私は優しく微笑んだ。

 

「はい、そうです」

「講堂の場所はご存知かしら?」

「大丈夫です」

 

近くで見るその二人はオーラだけではなく、顔立ちもよく似ていて、双子であることがすぐわかった。

近くに保護者や同伴者は見えないが、今日は平日。仕事を休んでまで入学式を見にくるかといったら微妙な線である。1人暮らしの生徒も多いので保護者がいないのも別におかしくはない。

 

「もうすぐ開場なので、講堂近くまで移動しておいた方がいいと思いますよ」

 

照みたいに入学式の場所がわからず迷ってるわけではないことを確認した私は誘導に戻るべく、その場を立ち去ろうとした。

 

「あの…すみません」

「ん?何かしら?」

 

しかし歩き出そうとした私の足を彼女の少し緊張した声が呼び止めた。

 

「もしかして、四葉咲さんですか?」

「ええ、よくご存知ね」

 

四葉であるし、生徒会長であるし、知られていてもおかしくないだろう。

 

「はじめまして。七草泉美と申します」

「同じく七草香澄です」

 

なんかどこか見たことあるなあと思っていたが七草の双子か。それにしても準決勝で大量失点しそうな名前と永水で一番やばいおっぱいオバケのような名前だ。

 

「もしかして七草先輩の妹さん?」

「そうです。昨年度は姉がお世話になりました」

「いえいえ、私もお世話になったわ」

 

モノリスコードに出させられたり、生徒会長にさせられたり、実際色々お世話になった。

「姉から四葉先輩の」

「四葉はたくさんいるから咲でいいわよ」

「ありがとうございます。咲先輩の話は常々伺っていますし、去年の九校戦の試合も拝見させていただきました。とても素晴らしい歌声でした」

 

熱のこもった目で泉美が見てくる。なんかその目は深雪が私を見る時の目に似ている気がする。

 

「ありがとう、嬉しいわ」

「あの…よろしければ私を泉美と呼んでもらってもよろしいでしょうか?」

「ボクも香澄って呼んでよ。咲先輩」

「いいわよ、泉美ちゃん香澄ちゃん」

 

四葉家と七草家はあんまり仲良くないが、別に先輩後輩の関係で仲良くしてはダメということはないだろう。

そして泉美はどこか深雪に、香澄はどこかみなもに性格が似ている。大人しいタイプと活発的なタイプの違いであろうか。

 

「ご両親は一緒なの?」

 

流石に七草家当主と会うのは嫌であったので、そう質問してみる。

 

「いいえ、両親は忙しいので今日は姉が一緒なんです」

「七草先輩が?」

「はい、こっちです」

 

前庭の方に二人に連れられて歩いて行くとそこにはスーツ姿の七草先輩とそれと妙に近い達也の姿があった。

 

「あらっ」

「こらーーーーーっ!」

 

落ち着いている泉美と対照的に、香澄は一直線に達也の方に走り出した。

 

「お姉ちゃんから離れろ!このナンパ男!」

 

突然の叫び声に驚いたのか、それとも後輩と仲良くしていると誤解されて慌てたのか、七草先輩はヒールだったのが災いして、勢いよく後退した後、足を取られ転びかけた。

そのよろけた七草先輩を達也は肩を掴み支えるが、その光景はさらに誤解を加速させた。

 

「離れろって言ってるだろ!」

 

そう叫ぶと香澄の身体はフワリと浮かび上がり、空中で加速しながら一直線に飛び、膝蹴りが達也の顔面を襲う。

しかし、達也は慌てることなく片手でキャッチした。彼女の膝を掴みながら突き上げるように力を加えることで、運動ベクトルを横から上に変える。

ブロックされるとか叩き落されるとかならまだしも、バレリーナのように持ち上げられた香澄は、当然バランスを崩した。

 

とりあえず空気の層集めて対処しようと思っていたが、横の泉美が魔法で落下速度を緩めた。彼女の魔法式が香澄の身体に張り付いているのだが、これは普通ならありえないことなのだ。通常、他の魔法師に魔法をかけることは無意識に展開している情報強化の防壁、エイドス・スキンに阻まれてしまうため高い魔法力が要求される。しかしそのエイドス・スキンをまるで損なうことなく、通常ならば自分自身に魔法をかけた場合にしか起こらない現象が、第三者の魔法によって発生していた。

香澄が無傷で軟着陸すると、達也はすぐに大きく後ろに飛び3メートルほどの距離を空けた。

 

「香澄ちゃん、大丈夫ですか!?」

「泉美ありがと、助かったよ」

 

着地に合わせて両膝をついた香澄の元に、泉美は駆け寄っていた。

 

「こいつ、ナンパ男のくせに強いよ」

「いえ、えっと香澄ちゃん?」

 

二人とも探るような目をしているが敵意を剥き出しにしているのは香澄だけであった。

 

「ナンパ男ね、ふふっ」

「おい咲、笑うな」

 

止めろという目をしてくるが面白そうなので無視だ。

 

「少し落ち着いた方が…」

「ボクの直感が叫んでる。こいつ、只者じゃない」

 

香澄は膝をついたまま達也を睨みつけ、左袖のCADを露出させてコンソールに指を走らせようとする。二回目の魔法の無断使用。明らかな違法行為だ。面白そうだが、流石に立場上止めないとまずいか。

 

「香澄ちゃん」

 

私の声は普段と変わらない。

 

「魔法の無断使用は犯罪って教わらなかったのかしら」

 

しかし、私は一瞬オーラを香澄にぶつけた。神依時ではないのでそこまでのオーラはないが、昨年度の最後、学校全体を恐怖させたらしい(私はそんなつもりはなかったのだが)オーラだ。香澄はそんな私のオーラに一瞬ひるんでしまう。

 

「いい加減にしなさい!」

 

事態について行けず呆然と固まっていた七草先輩が香澄に拳を下ろした。声を出さずにうずくまってるのを見ると相当痛かったのであろう。

 

「…お姉ちゃん、いきなりなんなのさ」

「それはこちらのセリフです!香澄ちゃん、貴女いきなり何をしているの!?」

 

七草先輩は本気で怒っていた。意味ありげな笑顔に本音を隠したいつもの姿からは想像できない姿である。

そんな七草先輩を見て、香澄の顔の色は赤から青に変わっていった。

 

「咲さんが言った通り、魔法の無断使用は犯罪よ!何度も説明してあげたでしょ!それも入学当日からどういうつもり!?」

 

七草先輩は両手を腰に当てて怒っている。しかし縮こまりながらも香澄は抵抗を放棄しなかった

 

「でも、そいつがお姉ちゃんにいやらしいことをしようとしていたから…」

「い、いやらしい!?」

 

その抵抗は七草先輩にある程度ダメージを与えていた。

 

「私たちはそんなことをしていません。何を考えてるんですか、貴女は!」

 

結果は火に油を注いだだけに終わったが。

 

「ごめんなさい、達也くん。妹がとんでもない真似をしてしまって。香澄ちゃん、貴女も謝りなさい」

 

七草先輩が達也に向かって深々と腰を折った後、香澄は心の中でどう思ってるか別にして、潔く頭を下げる。

 

「申し訳ありませんでした」

「私からもお詫び申し上げます。香澄の無礼をどうかお許し下さい」

 

当事者の香澄だけではなく、泉美も姉に続いて頭を下げる。美少女3人から謝られている達也はさぞ居心地が悪いだろう。さっきの暴力事件は私たち以外誰も見ていなかったが、今はこちらを窺う視線がちらほらある。

これは達也が彼女たちをいじめていると誤解されかねない。

 

「顔を上げてください。結果的に何もなかったから気にしていませんし、これぐらいなら日常茶飯事です」

 

私は家で達也に対してどうやったら魔法を遠距離から当てることができるのか、という実験で軽い魔法をよく達也に放っている。それのことを言っているのだろう。

 

「日常茶飯事?」

「ええ、そこの咲が家で奇襲を仕掛けてくるので、こんなことはよくあることです」

 

そんな達也の言葉を聞いて3人ともギョッとしている。しかし、すぐにその七草先輩の表情は後ろめたそうなものに塗り替えられる。

 

「あ、あのね。達也くん、咲さん」

「なんでしょう」

「今の件、本当だったら職員室に報告しなきゃならないことはわかってるんだけど、お願い!私に免じて見逃してもらえない!?」

 

七草先輩は目をつぶって両手を合わせた。

 

「この程度で大騒ぎするつもりはないですよ」

 

この程度で問題にされたら達也や深雪が補導された回数など数え切れないし、私に至っては娑婆に出ることはなくなるだろう。

私たちにとってお互い様だ。

 

「あの魔法寸止めにするつもりだったから達也さんは上に持ち上げたのよね?」

「そうだ」

 

私たちにとって魔法式から魔法の内容を読み取ることは容易い。あの飛び膝蹴りはブラフであり10cm前で止まるように定義されていた。もしそうでなければ達也はあんな穏便な態度はとっていないだろう。停止するポイントがわかっていたから、停止直前のポイントで魔法が強制終了するよう達也は手を加えたのだ。

 

「ハァ…流石ね、二人とも」

 

感心している様子の真由美の横で、香澄は愕然としている。真由美にとって咲と達也の異常性はお馴染みのものなのだ。

 

「七草先輩、私たちは新入生の誘導がありますので失礼させて頂きます。会場はすでに開いていますのでどうぞお入りください」

 

そう私が言って、返事を待たず二人でその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「それにしてもナンパ男ね」

 

私は香澄が言ったナンパ男が気に入っていた。達也を深く知る私にとって、全く達也に当てはまらないこの言葉が壺に入ったのだ。

 

「もし俺が本当にナンパ男だったら、咲に一番に手を出すさ」

「………………私を口説いてるのかしら?」

「そんなことないさ」

 

相変わらず達也の冗談はよくわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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