咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

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第62局[親族]

沖縄に来ているからって世間と縁を切れるわけではない。

今日はパーティに招待されている。

招待主は黒羽貢さん。四葉の分家の御当主だ。断ることはできない。

 

ため息をつきながら準備を終え、玄関に降りると姉も準備を終え待っていた。

 

「深雪、そのドレス姿とても綺麗よ」

 

大好きなお姉様に褒められることにより嬉しくなってドレスを着てよかったと舞い上がってしまう。

そして褒めてくれた姉当人はとても綺麗であった。お姉様は普段、派手な服を着ないのだが、パーティ用に深紅のドレスを着たお姉様はとても優雅で上品な姿であり、同じ年齢には見えない。見慣れているわたしでも見惚れてしまうぐらいの姿であった。

 

「そんな不機嫌そうな顔をしてはダメよ深雪」

「そんなわかりやすいですか…?」

 

隠しているつもりであったのにバレてしまった。そんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか?

 

「いいえ、たぶん私だからわかったのだと思う。だけど私よりもっと表情読み取るの上手い人もいるわ。深雪も普通の中学生じゃないんだから隙を見せない方がいいわよ」

「お姉様も不満たらたらに見えるんですが…」

 

そういうお姉様は明らかにめんどくさいっていう顔を隠そうとはしてない。

 

「私は姿すら見せないから関係ないわ」

 

実はわたしは初めてお姉様と一緒にパーティに行く。それだけが少し楽しみであったのだがこの言葉を聞いて少し不思議な気がした。

 

 

 

 

「叔父様、本日はお招きいだだき、ありがとうございます」

 

パーティ会場に着き、予想通り個人のパーティ会場にしては大きすぎる会場で、予想通り豪華な食事が並ぶテーブルを背景に、予想通り高価なスーツを身にまとっている叔父様に出迎えられたわたしは、型にはまった挨拶をする。

 

「よく来てくれたね、深雪ちゃん。深夜さんは大丈夫かい?」

「お気遣い恐れ入ります。本日は大事を取らせていただきましたが、少し疲れがあるだけかと思います」

「それは一安心。こんなところで立ち話もなんだから奥へどうぞ」

 

叔父様はわたしの後ろに立つ兄の存在を黙殺して喋る。わたしは叔父様に背中を押されて奥へ入って行く。兄は入り口で置き去りのまま。その時、違和感に気づいた。

 

「叔父様、咲お姉様はどこへ向かわれたのでしょうか?」

 

入場までわたしの近くにいたお姉様がいない。まるで神隠しにあったようだ。

 

「深雪ちゃんは知らないのか。咲ちゃんはパーティに呼んでもいつも姿を見せないのさ。ちゃんと来ているということはカメラで見えているんだけどね」

「……認識阻害の魔法ってことでしょうか?」

 

黒羽家は諜報を担う四葉の分家である。当然、姿を見せないために認識阻害の術も得意としている。その黒羽家当主に対して認識阻害の術をかけるなんて尋常ではない。

 

「たぶん普通の認識阻害の術じゃないね、思うに神依だと思うよ」

「っ!?」

 

今までわたしが魔法戦で勝負して来た神は、魔法力を上げたりするものが多かった。こんな力もお姉様は持っているのか。別荘で言っていたのはこのことなのであろう。

 

 

 

 

それはともかく、わたしはこうして1人で黒羽親子の相手をしなければいけない状況になった。

 

「亜夜子さん、文弥君、お元気?」

 

わたしから声をかけると、それぞれいつもの笑顔で迎えてくれる。

 

「お姉さまもお変わりないようですね」

「深雪姉さま!お久しぶりです」

 

黒羽兄妹は私たちより一個下の学年の双子である。学年が一個下とはいっても私が三月生まれであり、2人は6月生まれであるから歳は同じである。だからか知らないが、亜夜子さんは私に対して明らかにライバル心を向けてきている。

ここにはいないが、お姉様の妹のみなもさんも私に対してライバル心を持っており、面倒な関係になっている。

 

私がそんなことを現実逃避気味に考えながらも、叔父様の自慢話は続いている。わたしはそれを聞きながら適当に相槌をうち、時間が過ぎるのを待っている。お姉様はこれを嫌ったのだろう。

だが幸いなことに、それは長くは続かない。いつも通り文弥君がソワソワし始める。

 

「ところで深雪姉様…達也兄さまはどこに?」

 

いつもの。文弥くんはわたしを実の姉のように慕ってくれているけど、それ以上に兄を慕っていて尊敬している。

憧れているといった方が妥当かもしれない。それもまあ理解できないことはない。

実際兄は魔法以外では優秀である。お姉様も成績はずば抜けて優秀なのだが、兄はそれ以上。スポーツは何をやらせても一流。

見かけの優しさとか爽やかさとかは、はるか無縁であるが兄はすごくかっこいい…

 

って何を考えてるのわたし!?

あの人とわたしは、ただ血が繋がっている兄妹に過ぎないのに。これではわたしブラコンみたいじゃない!

 

「あそこに控えさせているわ」

 

無理やり作った笑顔で壁際を指差す。文弥くんの顔が赤くなっているのをみるとごまかせたようだ。亜夜子さんも無関心を装いながらチラチラと壁際に目をやっている。お姉様の先ほどの面倒くさいオーラぐらい分かりやすい。

 

「達也兄さま!」

「もう文弥ったら」

 

文弥くんは小走りに、亜夜子さんも文句を言いながらも如何にも走り出すのを我慢しているという早足で兄のもとへ駆け寄る。

対照的に、叔父様は苦虫を噛み潰しながらゆっくりとした歩調で向かう。

 

文弥くんは一生懸命、兄に話しかけている。

兄は何度かうなづき笑った。

あの人が?あんな普通に?なぜ?

わたしには、あんな笑顔を向けてくれることはないのに…

 

「咲お姉様はいつも通りいらっしゃらないのですね…」

「僕も咲お姉様にお会いしたかったです」

 

達也と会えてさらに欲が出てきたのかもしれない。お姉様はわたしたちの世代、6人の中で一番のリーダー的存在である。

一番年上なのは兄だが四葉と認められていない。そうなると、圧倒的な力を持つ二番目の年長者のお姉様がリーダーになるのだ。

 

「咲、笑ってないで出てきてやったらどうだ」

 

兄は何を言っているのであろう。周りを見渡してもお姉様はいない。それに兄がお姉様に話しかけた口調。わたしに話しかけるように主人に話しかけるものではなく、それは家族や友達に話しかけるようなものと同じ口調であった。

 

「やっはろー、文弥くん、亜夜子さん。達也さんがあんなに自然に私以外に笑ってるのみて笑いを我慢できるわけないじゃない」

 

兄の隣から幽霊のようにお姉様が現れた。わたしたちは叔父様も含めあっけに取られてしまった。

 

「黒羽の叔父様、お久しぶりです。今日はお招きいただきありがとうございます」

「あ、ああ。ようこそ咲ちゃん。姿をみせるなんて本当に珍しいね」

 

お姉様の挨拶に、叔父様はなんとか返した。

これほど驚くというのは本当に珍しいのだろう。

 

「ええ、面白いものが見れましたので少し出てくる気になりました」

 

兄のあの笑顔にお姉様はわたしと違うことを思っていたらしい。

 

「文弥、亜夜子。達也君の仕事を邪魔をしてはいけないよ。達也くんもご苦労様。しっかりお勤めを果たしているようだね」

「恐れ入ります」

 

叔父様はお姉様の横にいる兄に話しかけ、話しかけられた兄は先ほどまで浮かべていた笑みが嘘のような無表情。

 

「あら、お父様。少しくらいよろしいのではありませんか?ゲストに危害が及ばぬようにするのはホストの義務。会場にいる限り達也さんが気を張ること無いと思いますけど」

「姉さんのいう通りです。黒羽は1人のお客様の安全も保障できないぐらい無能では無いでしょう」

「それはそうだが」

 

わたしもそうだけど、亜夜子さんも文弥君も叔父様の本音はわかっているのだろう。自分の子供たちが兄に好意を向けているのが気に入らないのだ。

兄はわたしの護衛役であり、悪く言えば使い捨ての道具。道具と割り切ることが出来なければ四葉の後継者とはなり得ない。文弥君は一応次期当主を狙う候補者であるので叔父様は外聞を気にしているのだろう。

そういう意味では叔父様は骨の髄まで「四葉」である。自分の子供が道具に感情移入してるのがみっともないと、思っているに違いない。

 

しかし次期当主候補筆頭のお姉様は反対の考え方を持っている。道具ではなく人間。任務でも決して部下を見捨てないらしく、部下や使用人の信用も厚い。それを咎める声が上がりそうなものだが、真夜叔母様の溺愛とお姉様の実力がそれを許さない。

 

わたしにはまだ叔父様とお姉様、どちらの考えが正しいかはわからない。それを考えられるほどの力も頭もまだ無い。真夜叔母様の娘であるのに四葉の信念に歯向かっているお姉様の方が異常なのだと思うことにした。

 

 

「達也さん、ちょっと風に当たりたい気分だからついてきてくれないかしら。叔父様、少し失礼します」

 

意外なことに助け舟を出したのはお姉様であった。

困っているところに助け舟を出された叔父様はそれに乗っかるが、文弥君と亜夜子さんは不満を漏らす。

お姉様は兄が会場から出る都合の良い建前を作ったのだ。これは兄も叔父様のどちらも助ける役割を持っている。そのことも考えてのこの言葉なのであろう。

 

そう考えていたが、会場から出る軽い足取りを見て、ただパーティが面倒だったから抜け出したかったのが一番大きい割合を占めていたのだろうと考え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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