咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

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追憶編スタート


第61局[哀哭]

わたしは魔法の歴史についての教材ファイルを読んでいたがシートベルト着用のアナウンスが聞こえたのを機にそれを閉じた。中学生になったばかりのわたしには少し難しい内容だったが、このくらいの方が退屈しなくていい。

現代の飛行機はこれぐらいでは航行に支障はきたさないが情報端末をオフにするのはマナーだ。

横をみると従姉妹である咲お姉様は紙の本を読んでいらっしゃる。今回の旅行は家族のプライベート旅行であるのだが、わたしがわがままをいって、付いてきて貰ったのだ。

プライベート旅行は家の事情からあまりなく、そしてお姉様と旅行をするのは初めてであるので、ガラにもなくウキウキしてしまう。

お母様とお姉様の3人ではなく兄も一緒なのが玉に瑕なのだけど。

 

兄は私たちと同じエグゼクティブクラスではなく、ノーマルクラスに乗っていた。

兄にノーマルクラスの方を見て貰っているのは万が一テロが発生するのは警備のゆるいノーマルクラスであるからだ。

わたしの家族が普通ではないのは私もわかっている。兄は四葉と認めてもらえず私のボディーガードのような立ち位置にいる。

本家の人たちは1人を除き、兄を使用人そのものとして扱う。それはお母様も同じだ。

なぜ妹にアゴで使われたりして平気であるのか、それはわたしの疑問であった。

 

 

空港に到着し、預かり手荷物を待つ兄と姉を待っていた。兄が取りに行くのはいつものことなのだが、姉が取りに行くのは疑問で仕方なかった。

 

姉は唯一、兄を使用人として扱わない人である。わたしと接するのと同じように兄を扱う。そこが少し不満だったりもする。

そして姉は他の使用人すらぞんざいに扱うことはない。現当主、四葉真夜様の娘であるのに使用人は道具という四葉の精神に反している。しかし四葉内でそれを咎められる人はいない。真夜様が姉を溺愛してるのもあるが、一族は皆、姉の力に一目置いているからだ。

 

「神依」

 

それが姉の力。神をまといその能力を使う。その力は圧倒的であり、何度も勝負をしているが勝てた神の数は少なく、それも攻略のヒントを貰ってようやく勝てたに過ぎない。

そしてこの1年負け続けている神は今までの神よりはるかに強力であり、魔法を使用すらできずに負けている。

 

それほど強力な力を持っているのに威張ったり偉そうにすることはほとんどない。何か姉自身が持つ流儀や信念があるのかもしれない。

 

 

そんなことを考えていると姉が私たちが待つ会員制ティーラウンジに戻ってきた。

 

「叔母様、荷物の返却が終わりました」

「咲さん、貴女が行かなくても良かったのに。今回、貴女は深雪さんの頼みで来てくれたお客様なのよ」

 

お母様の返答に笑って姉は答えている。お母様が言ったことはわたしもそう思っていたのだが、それを口に出すことはできなかった。

 

 

 

別荘でわたしたちを出迎えてくれたのはお母様のボディーガードの桜井穂波さんだ。

彼女は遺伝子操作により魔法資質を強化された調整体魔法師「桜」シリーズの第1世代である。

そんな生い立ちであるのだが明るくさっぱりした女性であり、護衛任務以外にも細々としたお世話をしてくれ、本人曰く家政婦の方が性に合ってるらしい。

先に別荘にきていたのは現地の情報収集のためであった。

 

「さあどうぞ。冷たいお茶と温かいお茶どちらがいいでしょうか?」

「そうね、せっかくだから冷たいお茶をいただくわ」

「はい、畏まりました。咲さん、深雪さん、達也くんも冷たいお茶でよろしいですか?」

「お願いします」

「はい、ありがとうございます」

「お手数おかけします」

 

ただ一つ桜井さんに不満があるとすれば、兄をお母様の息子として、わたしの兄として扱うことだろうか。

姉もそうしているし、言ってしまえば当たり前のことだ。

しかし、四葉の概念に縛られている私はその当たり前のことができない。

そんな自分が、この時わけもなくもどかしかった。

 

 

 

 

「お母様、少し散歩してきます」

 

着いたばかりで泳ぎに行くのは慌ただしい気がしたし、別荘に閉じこもっているのももったいない。お姉様も誘ったのだが、「こんな暑い中外に出るなんて正気の沙汰じゃない」と断られたので1人で行こうとしていた。

 

「深雪さん、達也を連れて行きなさい」

 

最初から散歩が台無しになった気がした。

 

 

 

麦わら帽子をかぶり、褐色の日焼け止めクリームをぬったわたしは現地の子と遜色ないと思う。わたしの白い肌はビーチや砂浜では悪目立ちしてしまうのだ。

お姉様はわたしと同じぐらい白いが、お母様は多少日焼けするし、兄は褐色であるので家系的なものか家系的なものじゃないかはわからない。

砂浜を歩くわたしは後ろからついてくる兄のことを考えないようにしていた。しかし考えたくないものを考えてしまうことはよくある話で兄のことを思った瞬間、思考のループにはまってしまう。

 

俯いていたまま早足で歩いていたわたしは突然後ろから腕を掴まれ、その直後前から衝撃を受け兄の胸に倒れ込んでしまう。

わたしの前方不注意も悪いが、腕を掴まれ止まったので明らかにわたしがぶつかられたのであろう。

 

その相手を見ると軍服を着崩したアメリカ軍の第2世代「取り残された血統」だ。彼らは素行が良くないものも多いから気をつけるべしと沖縄観光の際によく言われている。

そしてその男の後ろには同じような軍人が2人、ニヤニヤと笑いを浮かべている。

 

生理的な恐怖が浮かびそうになるがそれは収まる。お姉様の魔法の恐ろしい力をいつも見ているわたしにとって、これぐらいで心がすくむことはない。わたしはいざとなった時のために魔法の準備をしようとするがそれは遮られた。

 

「詫びを求めるつもりはないから早く引き返せ、それがお互いのためだ」

 

まったく子供らしくない言葉が兄から発せられる。その言葉に、わたしは姉のようにCADなしでは上手く魔法を扱えないことに気づかされる。使えるには使えるのだが、上手く手加減できないのだ。

わたしへの警告を込めての兄の言葉なのであろう。

 

「なんだと?」

「聞こえていたはずだが?」

「地面に頭をつけて許しを乞え。今なら軽く怪我をするぐらいで許してやる」

「土下座しろというなら頭をではなく額というべきだな」

 

兄がそう言った直後、男が兄に殴りかかった。大人と子供の体格差は歴然。わたしは反射的に目をつぶったが、目を開けた時信じられない光景が目の前に広がっていた。

兄が両手を使って大男のパンチを受け止めていた。

 

魔法の兆候はなかったし、兄は魔法を上手く使えないので武術だけで受け止めたのであろう。相手の大男も驚いたようだが、ニヤリと笑った。

 

「遊びのつもりだったんだがな」

「これより先は洒落じゃ済まないぞ」

「ガキにしたら生意気なセリフを吐くんだな」

 

そう言って男は足を踏み出そうとしたが踏み出されることはなかった。兄の肘鉄が鳩尾に入ったからである。男は痛そうにうずくまり、背後の2人は立ちすくんでいた。

 

その2人を無視し兄に連れられて家に帰ると桜井さんに出迎えられた。そんなに酷い顔はしてないと思うが何かあったことがわかったらしい。

わたしは作り笑いを浮かべ大丈夫と言いシャワー室に逃げ込んだ。

 

 

震えそうな体を熱いシャワーで温める。

「なんで」

シャワーとわたしの涙が混じり合う。

「なんでわたしはないているの?」

「なぜわたしが泣かなければならないのよ!?」

「何故……なんでよ…」

同じ問いを繰り返したがここにはわたししかいない。わたしの疑問に答えてくれそうな姉も当然いない。わたしの叫びは誰にも答えられることはなく、こだまするだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




劣等生の中で一番追憶編が好きです

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