咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

63 / 91
第60局[対立]

達也が咲の頰を叩いたのを見て、リーナは驚愕していた。達也は敵対しなければ人に手をあげることは学校で聞いた限りないし、何より咲に暴力を振るうなんて考えれなかった。この場の最後の1人、深雪を見ると深雪はありえないものを見たという目をしている。やはり演技ではないのだろう。

 

咲も叩かれたことに気づくまでは目を丸くしていたが、何が起こったのか気づいてからはリーナとの戦闘前と同じ表情になった。

 

「何の真似かしら?」

「お前こそ何の真似だ。家から出るなと言っておいたはずだが」

 

達也は怒っていた。達也に激情は1つしか残されていない。それは咲と深雪を大切に思うこと。達也は咲が咲自身の自分のことを大事にしなかったことに怒ったのであった。

パラサイトを自分の中に取り入れたり、不可抗力とはいえシリウスであるリーナと戦闘したり、最近の咲は自分を大事にしないことが多かった。外敵からは達也自身がどうにか対処できるが、咲の自分を大事にしない行為はいつか身を滅ぼすと思っていた。

なので達也は咲をパラサイト事件に関与させないようにしたのだ。

しかし言いつけを破り、学校に来た咲に今までで少しずつ貯めていた怒りとともに爆発してしまったのである。頰を叩いた後はやってしまったと思ったのだが。

 

「私はあなたの駒じゃないのだけど」

 

咲の言うことも事実である。咲はいつも誕生日の早い達也に従っているが、家の序列から見ると達也は咲のずっと下であり、命令できる立場ではない。

 

「安全のためだ、仕方がないだろ」

「与えられた偽りの平和の箱庭の中で暮らすつもりはないわ」

「勝手にしろ」

「それじゃあ、勝手にさせてもらうわ。じゃあね」

 

売り言葉に買い言葉で咲は飛行魔法を使いこの場を立ち去った。呆然とするリーナや「お姉様…」と心配する深雪を置いて。

 

 

 

 

事後処理を終え、家に帰った時待っていたのは咲ではなく、一通の置き手紙であった。そこにはこの家を出て行くとの旨が書かれていた。

 

東京には四葉家の者が仕事で泊まるとき用のマンションがある。そこには咲の1室もあるのでたぶんそこに行ったのだろう。

荷物はほとんどこの家の部屋に残っていたので、ずっと家を出て行くつもりはないだろうが制服や本がないのを見ると、ある程度本気で家出をする心意気が感じられる。

 

 

 

 

 

翌日、週明けの月曜日の学校はまたいつもと雰囲気が違うように感じられた。

深雪と2人で登校した達也はクラスに入るとエリカたちに囲まれる。

 

「ねえ、達也君。咲と喧嘩でもしたの?」

「どうしてそう思う」

 

昨日の言い合いを見ていたのは深雪とリーナだけのはずで、後処理の時にその話はしてない。エリカたちは知らないはずだ。

 

「朝1人で登校して来た咲さんが今まで見たことがないくらい、ものすごーく機嫌悪かったらしいんだよ。その機嫌悪い咲さんとすれ違った生徒は嘔吐しそうになったり、カタカタ震えたり、失禁しそうになったらしい。そんな機嫌の悪い理由は達也か深雪さん関連しか思いつかないし、校内でもそう噂されている」

「なるほど。あいつとは少しすれ違いがあってな。その噂とは?」

 

この朝の時点で広まっている噂は気になる。ゴシップネタに達也は興味はないが自分が関係しそうなものは別であるのだ。

 

「だいたいは達也と深雪さんと喧嘩したってものだけど、突拍子のないものだと達也が咲さんと付き合ってるのに浮気したとか、達也に告白して振られたとか、付き合ってる達也の束縛が厳しすぎて咲さんが怒ったとか、2人を知ってる僕たちからしたらそんなことありえないみたいな内容もあるよ」

 

達也はこめかみを抑える。咲はこの学校の男女の中で一番人気である。こういう噂はだいたい人気でない方が悪者にされるケースが多いが今回のケースもそれに当てはまり、達也が悪者にされていた。

しかも、その突拍子のないものにほとんど正解のものがある。頭が痛くなる話であった。

 

 

 

 

 

「ミユキ、サキのあれどうにかならないの」

 

リーナが咲を襲った件の後、四葉はUSNA大使館の高官に圧力をかけ咲の暗殺と拉致や戦略級魔法師の捜索をやめさせた。リーナは吸血鬼事件の対処が残りの作戦であったので、それが終わった今、帰国の3月中盤まで学校生活を普通に過ごしている。

 

リーナが言うのは咲のあのプレッシャーのことであろう。咲の放つプレッシャーは魔法感受性が高いほど感じてしまうので、同年代最高クラスの魔法感受性を持つ深雪とリーナはクラスが違っても感じてしまうのだ。

 

「お姉様があんなに不機嫌になられるの初めてなのよ」

 

朝、B組を覗いた時、静かに本を読んでいるが明らかに機嫌が悪いのがわかった。普段と変わらないようにしているつもりかもしれないが隠しきれていない。

 

「深雪がそう言うぐらい珍しいって…確かにいつも怒ることなんてなくてみんなに優しいけど」

「そりゃタツヤに頰をた」

「リーナ」

 

深雪はリーナの言葉を遮る。深雪の中ではあの光景は思い出したくないものである。兄が姉を思ってるからこそだとはわかっているが心情はまた別なのだ。

 

「深雪はなんで咲の機嫌悪いのか知っているの?」

「お兄様とお姉様のちょっとした行き違いよ」

 

ほのかの疑問に深雪は答えるとリーナは何かまた言いそうにしていたがそれを目で抑える。リーナも理解してくれたようであの時のことを言おうとはもうしなくなった。

 

 

昼食も久しぶりに別々に食べ、その日の放課後の生徒会活動。今生徒会は卒業式の後に行われる卒業パーティの準備をしている。本当は準備に追われて大変なはずなのだが

 

「咲さん、1人で全部やらなくてもいいんだよ。僕たちも手伝うよ」

「こうしてた方が気がまぎれますので」

 

五十里先輩が手伝いを申し出るが、姉にやんわり拒否される。姉は人手がいるもの以外の全ての業務をこなしていた。普段は25%しかやらない決まりになっているのだが実に70%の業務をこなしていた。

しかし咎められるものはこの場にいない。中条先輩に至っては姉のオーラにずっと震えている。

 

残りの業務が時間がかかるものだけになったので、五十里先輩の勧めで姉は早めに帰宅した。私を迎えに来た兄と会いたくないのかもしれない。姉が出て行くと私たち4人は息を吐いた。それほど圧力が凄かったのだ。

 

「普段怒らない人を怒らせるとやばいってことが身に沁みたよ…」

「そういえば咲さん四葉でしたね…」

 

中条先輩は改めて姉が四葉ということを思い出したようだ。

 

梓にとって最初は四葉という名前だけで恐ろしい存在だったが、次第に3人とも怖い人ではないことがわかり(達也は怪しいが)、恐ろしさは減っていった。特に咲は3人の中で戦闘狂ってことを除けば最初から一番恐ろしさが少なかった。しかしその評価を覆さざるをえないほどの咲のプレッシャーであったのだ。

 

「家ではどうなの深雪」

「不機嫌になられてから一度も家で一緒になったことないのよ、ほのか」

「え!?咲さんは家出をしたということなんですか?」

「そうなりますね…家出先はお姉様が個人的に所有していらっしゃるマンションの一室だと思いますが」

 

一介の高校生がマンションを所有しているのは普通おかしい話なのだが、十師族や百家ではないことはない話であるので違和感なく梓達は理解できた。

 

 

 

家に2人で帰り、深雪が達也に切り込んだのは夕食後であった。

 

「今回の件、深雪はお兄様も悪いと思いますよ」

「わかっている、手を出したのは確かに悪かったとは思っている」

「では…」

「謝りたいとは思うが機会がな。今日の調子だとなかなかあってくれないぞ」

「お姉様も自分にも非があるとお思いなはずです」

「どうだかな」

 

咲が怒る時は大抵、咲の信念に反する時だ。それに咲は頑固である。非があるとは思っていても自分から謝りに来ることはないだろう。

 

「あの…お兄様。明日、お姉様のところに泊まってきてもよろしいでしょうか?」

「大丈夫、泊まってきていいぞ」

 

深雪は早く姉にこの家に帰ってきてほしかった。そのために姉と話し合うためである。達也と2人だけの家は何か物足りなく、寂しく感じるのだ。

深雪は姉に明日泊まる旨の連絡を取ろうとしたが、連絡を取る手段がなかった。姉はメールをほとんど見ないし、姉の部屋の電話番号を知らなかったからだ。

 

 

 

翌日、登校した深雪はB組の姉のもとに向かった。姉はいつも通り本を読んでいて、不機嫌オーラは昨日よりマシであったがクラスメイトはまだ近づけないようだ。

 

「どうかしたの深雪」

 

深雪が近づいたのを感じ取ったとったのであろう。姉は本から顔をあげた。

 

「あの、お姉様…」

「何かしら?」

「今日、お姉様の部屋に泊めていただけないでしょうか?」

 

姉の不機嫌オーラが消えた。急なことで驚いたのであろう。

 

「深雪1人かしら?」

「はい」

「それなら大丈夫よ、着替えは持ってきてるの?私のを使ってもいいのだけど」

「持ってきてますけど、お姉様のを着たいです」

「いいわよ、帰りは食材を買って帰らないといけないわね」

 

姉はどこか楽しそうであった。もしかしたら姉も1人で寂しかったのかもしれない。そのことを言っても否定するだけだろうが。

 

 

 

 

「ミユキ、サキとタツヤは仲直りしたの?」

 

昼食時、リーナが聞いてきた。リーナと深雪は2人で屋上に来ている。普通は寒くて屋上にくる物好きな人間はいないが、CADを持ったこの2人にとっては快適な環境を作ることなどお茶の子さいさいである。

話は戻るがリーナがそのように思った理由は昨日のプレッシャーが感じ取れなくなったからであろう。あの重苦しい空気はなくなり、平穏な学校生活が返ってきていた。

 

「いいえ、まだよ。でも回復に向かっているわ」

「そう。あのトラウマを思い出すから早く仲直りしてくれないかしら」

「トラウマって、お姉様に負けたこと?」

「そうよ!意味分からない言葉を発したかと思うと何にも魔法効かなくなるし、ありえないぐらい怖いし、どうなってんのよサキは」

 

たぶん衣の神依のことだろう。姉は自分の体に海底撈月の効果をかけることによりヘビィメタルバーストを無効化したと言っていた。満月だったからと言っていたが、戦略級魔法を無効化する姉はもう別次元にいるように感じた。

 

「お姉様を殺そうとした罰よ、お姉様は簡単に死ぬようなお方ではないし、手痛い反撃を食らったと思うけど」

「確かに、サキに手を出すのは私にとってもUSNAにとっても得策ではなかったわね」

 

四葉はUSNAの戦略級魔法師の調査を止めさせている。深雪は二重の意味を込めて反撃という言葉を使ったがリーナもそれを理解したようだ。

2人だけの時しかできない会話をしながら、昼休みを終えた。

 

 

 

放課後の生徒会活動は昨日と打って変わって、姉の機嫌が良かったのでいい雰囲気で進んでいた。作業効率もよく早めに終わることができたので、姉と買い物をして帰っても十分な時間があった。

 

姉の家出先は四葉が持つ高級マンションの最上階。

 

「どうぞ、何にも面白いものはない部屋だけど上がって」

「お邪魔します」

 

1フロア丸々使った豪勢な作りになっている最上階のスイートルームは、姉らしい作りなっている。たくさんの本棚が並び机や椅子が置かれている。家の姉の部屋も書斎のようになっているのだがここは小さな図書館のようだと深雪は思った。

 

「小さい時から、私の読み終わった本をこの部屋に送っているのよ」

 

つまりここにある本全て、姉が読んだ本というわけだ。読書以外にほとんど趣味を持たない姉だがこの本の量は尋常ではなかった。

 

深雪は荷物を置き料理をしようとするが、深雪はお客さんだからということで姉が料理を作り(姉はキャップの神依をつかい機械なしに料理をしていた)、2人で夕食を食べた。

夕食後のお茶をしている時、会話がひと段落すると姉は急に笑顔を真剣な顔に変える。

 

「で、深雪は私に、達也さんに謝れと言いにきたのかしら?」

「いえ…」

「否定しても無駄よ。私は深雪のお姉さんなんだからそれぐらいわかるわ」

 

最初は厳しく聞こえる声だったが、後半はいつもの優しい声に戻っていた。

 

「深雪は達也さんと2人だけで暮らすのが嫌なのかしら」

「お兄様を尊敬するようになってから、お姉様がいらっしゃらないのなんて、初めての経験なので」

 

家の用事などで姉は何日か家を空けたりするが、あれはノーカンだ。

 

「確かに、よく考えると深雪と達也さんが本当の意味で仲良くなってから3年しか経ってないのね…」

 

姉の言葉を聞いて深雪は三年前のことが思い出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。