咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

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第56局[想念]

バレンタインを終えた2月15日。

昨日の浮ついた空気と打って代わって、奇妙な雰囲気が漂っている。

 

なんでもロボ研が所有しガレージにある3H(人型家事手伝いロボット)が笑みを浮かべて、魔法の力を放ったらしいのだ。

朝にその話が会長の私の元に舞い込んたのだが、私はCADならともかく機械にはそんなに強くない。なので、昼に達也と一緒に行くことになった。

既に生徒会として五十里先輩と中条先輩には向かってもらっている。私が呼んだ達也には吉田君達4人、それと深雪と雫ほのかが付いてきておりいつものメンバーでガレージに向かう。

 

ガレージに着き、先に対処を五十里先輩から話を聞くと、今朝3Hは自己診断プログラムを実行し問題なく終了した後、なぜかそのまま終了せずに学校の生徒名簿にアクセスし始めたらしい。

それを感知した遠隔管制アプリはウイルスに感染した可能性が高いとし、強制停止コマンドを送信した。普通は抵抗することは不可能なはずであるがなぜか機能を停止しなかった。なのでサーバー側が無線回線を閉じることでようやく3Hの異常な稼働は止まった。

そしてその間ずっと、ピクシーは嬉しそうな笑みを浮かべていたらしい。怖い。

 

その後、少し調べてみると、電子頭脳の辺りから高濃度のサイオンの痕跡が観測されたらしい。なのでその原因解析を込めて達也を呼んだのだ。

 

「ピクシー、サスペンドモード解除」

 

達也が診断するためにサスペンドモードを解除する。ちなみにピクシーとは3Hの愛称である。

 

「ご用でございますか」

 

起動時の決まり文句だが人間に近く感じられる。私は目で電脳部分を見るとそこには面白いものがいた。

 

「今朝7時以降の操作ログと通信ログを閲覧する。その台に仰向けに寝て、点検モードに移行しろ」

「アドミニストレーター権限を確認します」

 

ピクシーの視線は本来、顔ではなく胸ポケットにある管理者権限を示すカードに向けられるべきなのだが、視線は達也の顔に向けられて動かない。

 

ピクシーはミツケタという小さな音を紡ぎ出し台車から降りると達也に向かって飛びかかった。

その衝撃を、達也は後ろの深雪を守るために正面から受け止めた。達也は今ピクシーに抱きつかれている。よくあるロボットと人との禁断の恋の1シーンのようだ。

 

「四葉君ロボットにまでモテるとか、何股かけてるのかしら」

「お兄様…」

「誤解です」

 

達也が深雪に避けなかった理由を説明してる間、私は新たなカップリングの誕生に笑うのを我慢していたが、達也にはわかったらしい。

 

「咲、何がそんなにおかしい」

「達也×ロボットの同人誌を考えてたのよ。まあ冗談は置いといてそのピクシー、簡単に言えばロボット版の私だわ」

 

達也以外は頭の上にはてなマークが飛んでるが、達也にはその可能性を考えがあったようにみえる。

 

「ていうことは…」

「そう、美月も見えるかしら。パラサイトがいるわよ。普通のパラサイトではないようだけど」

 

ほのかと美月を見ながら言うと、美月は眼鏡を取り見るとパラサイトがいることを伝える。美月もやはりほのかを見ている。私たちの意見は一致したようだ。

 

「でもこれって」

「やっぱり美月もそう思うわよね。よくわからないけどほのかの思念波の影響下にあるのよ。簡単に言えば、ピクシーはほのかの神依をしてる感じかしら。その点も含めて私に似てるって言ったわけ」

 

私に似ていると言ったのは、パラサイトが同じように取り憑いているという点とこの点があったからだ。このメンバーはすでに神依のことを知ってるので説明がしやすい。

 

「ほのかさんとラインが繋がってるわけではなく、ほのかさんの思念をパラサイトが写し取った感じですね。それかほのかさんの想いがパラサイトに焼き付けられたというべきだと思います」

「私はそんなことしてません!」

「ほのかが意図してやったわけではない、そうだろう?」

「はい、意識的なものではなく残留思念に近いです」

 

私の意見に美月が付け加えてくれ、パニックを起こしかけているほのかを達也が宥める。

どうやらほのかも心当たりがあるようで、両手で顔を覆っている。

 

「残留思念…つまり光井さんが何かを強く想ったことが、たまたま近くを漂っていたパラサイトにコピーされたということかな?それの後に、ピクシーに憑依した?それともピクシーに憑依した後焼きついた……?」

 

これは吉田君の自分の考えをまとめるための独り言であるはずだった。しかし、それは独り言ではなくなった。

 

『その通りです』

 

答えは本人、ピクシーのテレパシーのようなものでもたらされる。このテレパシーは私が精霊や咲たちのキャラと喋る時と同じようなものだろう。

 

『私は、彼に対する彼女の特別に強い想いにより覚醒しました』

「音声によるコミュニケーションは可能か?」

『音声を理解することは可能です。ただ、この身体の発声器官を操作することは難しいので、こちらの意思伝達はテレパシーを使わせて下さい』

 

人間の器官とロボットの機構はやはり使い勝手が違うのであろう。

 

「それにしても、我々の言語に随分と通じているようだが、どのように習得したんだ?」

『前の宿主から知識を引き継いでいます』

「お前はやはりあの時逃したパラサイトか」

『パラサイト。確かに、我々はそのようなものです』

「それでお前たちは宿主を変えることで何人犠牲にした?」

『犠牲、その概念には異議があります。何人殺したという質問には答えることができない。私はそれを覚えていない』

 

達也とピクシーの会話は淀みなく進んでいく。誰も口を挟むことはない。

 

「覚えられないぐらい多数ということか?」

『違います。我々が宿主を移動する際引き継ぐことができるのは、宿主のパーソナリティーから乖離した知識だけです。パーソナリティと結び付けられた知識は移動の際に失われます』

「なるほど、だから前の宿主の情報はなく、人数も多いか少ないかも覚えていないということだな」

『その通りです。あなたの理解は正確だ』

「質問に答える以外にも、そうやって感想なども言うことができるんだな。お前たちは感情を持っているのか」

『我々にも自己を守る欲求があります』

「つまり自己保存に対して益か害かを判断する善悪の感情は存在すると言いたいんだな」

 

だから祓おうとした私を襲ってきたのであろう。

ちなみに私の中にいるキャラたちも基本行動原理としては私自身を守るために行動する。それは天照大神の神依でも変わらない。もしかしたら私が重症を負ったりして動けなくなったら、私を守るためにキャラたちが深雪や達也など他の人に移り神依ができるようになるのかもしれない。まあ、重症を負っても昨日達也を家で膝枕したことによる再生のストックが1回分あるので、そんな事態になるとは思えないが。

 

「しかし、感情の有無など今はどうでもいい。お前のことはなんと呼べばいい?」

『我々には名がありませんので、この体の名称のピクシーと呼んで下さい』

「電子頭脳から知識を引き出すことができるのか?」

『この憑代を掌握してからは可能ですが、名称については、貴方が先ほどそう呼んでいました』

「ではピクシー。お前は我々に敵対する存在であるのか」

『私は貴方に従属します』

「なぜ俺に?」

『私は貴方の物になりたい』

 

真面目な話し中であったのに吹き出してしまった。いきなりこんなことを言われて吹き出さないのは無理だ。いきなり恋愛小説で時々見るこの言葉を言ってくるのは、とんだロマンチストだ。

 

『私は「光井ほのか」のこの想いにより覚醒しました』

 

ほのかの叫びを私は魔法でカットする。ほのかには悪いがここで遮らすわけにはいかない。

 

『我々は強い想いに引き寄せられ、それを核として「自我」を形成します』

「強い想い?それはどんなものでもいいのか?」

『いいえ。私たちを呼び覚ますのは人間の言葉でいう「祈り」、純度の高い想いのみです』

 

当然どんな「祈り」かは聞くまでもない。

 

『貴方に尽くしたい』

『貴方の役に立ちたい』

『貴方に仕えたい』

『貴方の物になりたい』

『貴方に全てを捧げたい。それが祈りです』

 

後ろでドタバタ暴れている。深雪とエリカが抑えているはずだが相当暴れているのだろう。確かにこの想いを想っている人の前で言われるのは恥ずかしい。

 

「興味深い話だ」

 

達也は「情」ではなく「知」に関心があった。なんという精神。

 

 

 

吸血鬼は私のものとピクシーのものの2匹の他にもいるはずである。私のパラサイトからは情報を聞き出すことができない。

しかしピクシーは喋ることができる。

ピクシーが語った事が本当でも嘘でも、事態収束に向けての手駒を手に入れることができた。

 

 

 

 

 

 




ほのか不憫だ…

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