咲-saki- 四葉編 episode of side-M   作:ホーラ

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誕生日回でもあり序章回でもあります


第42局[暗雲]

論文コンペがちょうど一週間後に行われる10月23日の日曜日、深雪と達也は2人でショッピングモールに来ている。

買い物をするにしてもわざわざ日曜日という、人が多い時に出てくる必要はないのだが、これには訳があった。

 

今週の金曜日は咲の誕生日なので、その時に送るプレゼントを買う為である。本当はもっと早く買いたかったのだが、論文コンペの準備で忙しく買う暇がなかったのだ。

 

今日、咲には2人でFLTに行ってくると言ってある。咲は機械をあまり好む人ではないのでFLTに来ることはない。行くの面倒だし、家で本を読んでいると咲は毎回言うので2人で抜け出したい時には最適な嘘であった。

 

 

「お姉様が貰って喜ばれるものは何でしょうかね?」

「深雪が贈るものだったら咲は何でも喜ぶと思うぞ。俺は慎重に考えなければいけないがな…」

「お兄様が贈られるものもお姉様は喜ばれると思いますよ」

 

深雪がそう言ってくれるが、咲へのプレゼントは頭痛の種であった。

咲が深雪のような普通の女の子であれば、アクセサリーなどの無難なものを深雪にアドバイスを貰い、贈れば問題ないだろう。

しかし咲は自分を着飾ることは一切しない。当然、身だしなみには気を使っているがアクセサリーの類いはパーティなど以外でつけていた覚えがない。普段も肌をなるべく見せない服であり、きらびやかな可愛い服より落ち着いた色の服を好む。

なので煌びやかなアクセサリーの類は送るのは怖い。

咲の趣味は読書であるが、それに関するものはもう中学の時点で深雪と2人で全て送り尽くした。

 

何を送ろうかという悩みを抱えてる達也とは対照的に深雪は楽しそうである。

達也と買い物に行くのは深雪にとって、とても楽しいことなのだ。当然、咲もいた方がさらに楽しいことなのだが。

 

達也にとっては深雪と咲の2人を連れてショッピングに行くと、達也が絶世の美女を2人も誑かしてるような疑いと嫉妬が混ざり合った目で見られるので、まだ咲か深雪のどちらか1人の方がマシでもある。

 

 

 

達也と深雪がまず向かったのはブティック。咲に送るプレゼントで、なおかつ深雪のお眼鏡に適うというブティックというのは並みの値段ではない。しかしトーラスシルバーの片割れの達也にとってはたいした金額でもなく、深雪にとっても本家からお金をもらっているので全くもって問題なかった。

 

「これなどお姉様似合わないでしょうか?」

「フリフリが可愛すぎるとか言いそうだな」

 

深雪と咲の身長や体型はほとんど似たり寄ったりなので、深雪と咲が服を買うとき、咲は試着などは自分でせずに深雪に着せて、深雪を着せ替え人形にして楽しんでいる。その姿を見ることで自分が着た場合のイメージをして、買うかどうかを決めている。

最初から自分で着ろよとか思うだろうが、深雪は毎度毎度、姿を見せる度に咲に褒め言葉の嵐を貰い、深雪にとっても楽しいことなのでこの買い方はやめる気が当人たちにはなかった。

 

結局、深雪の服を買っただけでその店を出ることになった。服はやはり当人がいないと好みがわからなくて難しい。

 

結局、ショッピングモールのだいたいの店を回り、2人とも悩みに悩んでプレゼントを買うことができたのは太陽が沈み始める時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

10月28日

今日は論文コンペ前の最終準備で生徒会は目が回るほど大忙しであった。機材の搬送は明日であるが、そのための準備に加え、総警備隊長の十文字先輩や他の学校の生徒会長や警備隊長等と行う警備態勢の最終確認。もちろん学園生活を行うための日常業務を行わなくてはならない。

下校できたのは最終下校時刻すれすれであった。

 

「咲、ちょっと付き合ってくれないか?」

「この時間に?別にいいけどどこに行くのかしら」

 

もう既に日が沈んでいる今日に何か買うものがあるのだろうか。もしかしたら、明後日の論文コンペのための何か必要なものかもしれない。しかし、今日チェックした限りではそんなものはなかった。

 

「深雪は先に帰って夕食の準備をしときます」

「わかった、先に帰っといてくれ」

「え?」

 

てっきり深雪も付いてくるものだと思っていたので、深雪と達也の言葉に引っかかりを覚える。深雪が私たち2人についてこないなんて何かある。達也に頼まれたのだろうか。

 

 

 

深雪と別れた私たちは達也の誘いで喫茶店に入った。

 

「何か話があるのかしら?」

「お前と2人っきりで話したかっただけなんだが」

 

達也がそう真顔で言うのでドキッとしてしまう。いつもとのギャップずるくないですかそれ。

 

「確かに、達也さんと深雪なしで出かけるの3年ぶりぐらいかしらね」

「前は家で窮屈な思いをしてた俺を連れ出してくれたからな」

 

2人で昔のことを思い出し、話しながら喫茶店で時間を過ごす。私もそうだが達也も論文コンペで気を張っていたので少し気分転換できた。しかし、私を連れてきた本当の目的はわからないままであった。

 

そのあと行きつけの小さい本屋で(電子書籍や郵送システムが発達しているので大きな本屋はこの世界にほとんどない)、新刊の本を買い幾分かウィンドウショッピングをしてから帰るとだいぶ遅い時間であった。

 

 

 

玄関を開けると二つのクラッカーのパーンという音がした。

 

「お姉様、お誕生日おめでとうございます」

「おめでとう咲」

 

珍しく笑っている達也と当然笑顔の深雪がクラッカーを鳴らしながらそう言ってくれる。この一週間忙しくて完全に自分の誕生日を忘れていた。リビングからは料理のいい匂いがしている。達也が私を引き止めたのはそのためであったのだろう。

 

「ありがとう。この準備のために達也さんは私を足止めしたのね」

 

たぶんこの計画は、深雪が私をビックリさせたくて計画を立て、達也に話し、達也は子供っぽいと思いながらも断りきれずに行われたのだろう。

 

「お姉様、荷物は部屋まで私が運びますのでどうぞお席についてください」

 

笑顔の私を見て、同じように笑顔を浮かべる深雪は張り切って働き始めた。

私の部屋に荷物を持って行き、食卓に深雪の力作であろう料理やケーキを並べる。深雪はとても楽しそうであった。

 

 

 

3人だけの小さな誕生日パーティはこの3人にしては賑やかな様子で進んだ。ハイテンションの深雪が急に歌い出し、達也が深雪に引きずられたのか手拍子をするなど、私でも初めてみるような光景が一番面白かった。

 

「お姉様、深雪からのプレゼントです」

 

誕生日パーティの締めくくりにまず深雪から誕生日プレゼントが手渡された。包装紙を剥がすと出てきたのはヒマラヤ水晶のブレスレッドであった。ちなみに水晶のアクセサリーは、この世界で魔法師の間でとても好まれるアクセサリーである。

 

もともと水晶には調和と能力を引き出す力があるとされていて、そして魔法が広まったこの世界では、霊力に関わるものを高める効果や想念波の指向性を高める効果がある。

特に神々が宿る霊力の高い特別なスポットと言われているヒマラヤ山脈で採掘されたヒマラヤ水晶は、とても希少価値が高いだけではなく、強い浄化力をもち、霊的能力をさらに上げる効果や運が向上する効果を持つ。

 

これにより、水晶は現代では魔法の補助媒体として現代では価値が認められており、魔法師がアクセサリーの類として好むのは当然であろう。

 

「お姉様はネックレスよりあまり目立たないブレスレッドの方がいいと思ったのですが、どうだったでしょうか」

「ありがとう深雪。とても嬉しいわ。大切にするわね」

 

深雪を撫でながらそう言ってあげるととても深雪は花が咲くように嬉しそうな笑顔を浮かべる。

自分の髪の色は棚に置くが、チャラチャラした金色のアクセサリーより、こういった透明のアクセサリーの方が私は嬉しい。ネックレスもあまり好きでないのでブレスレッドの方がいいのも事実であった。

 

「俺からのプレゼントだ」

 

達也に渡された四角いプレゼントはずっしり重い。包装紙を丁寧に剥がすと、中から出てきたのは装飾が施されたジュエルケースにもなるオルゴールであった。ゼンマイを回し音楽を流すと流れてきた曲はなんとまさかMIRACLE RUSHであった。

 

「咲がよく鼻歌で歌っている曲のオルゴールがたまたまあったんだ」

 

この世界にはやはり咲関連のものがips細胞といい混ざっているのだろう。咲の曲の中で一番MIRACLE RUSHが好きな私はとても嬉しかった。

 

達也にお礼を言った次の瞬間、遅い時間にもかかわらずインターホンが鳴る。誰かと思いみると相手は四葉の家のものであった。

深雪と達也が出ることになり、2人が玄関に向かうとTV電話が鳴る。相手は母だ。

 

「こんばんは、咲さん。お誕生日おめでとう」

「ありがとうございますお母様」

 

達也と深雪がいるので、普通の状態の母が話しかけてくる。玄関から戻ってきた深雪と達也は私が母と電話しているのを見て顔を引き締める。

 

「ご無沙汰しています。叔母様」

「お久しぶりです叔母上」

「2人とも久しぶりね、そんなに固くならなくてもいいわよ。深雪さん、咲さんにその小包渡してもらえないかしら」

 

深雪から先ほど玄関で貰ってきた小包を受け取る。開けてみると一冊の本であった。タイトルをみた私は

 

「こ、これをどこで?」

 

と声を震わせながら質問する。送られてきた本はいぜん、私が読んだ本の下巻である。上巻がとても面白く続きを楽しみにしていたのだが作者が失踪してしまい、下巻が発売されなかったのだ。

 

「四葉の情報網を総動員して残っていた原稿を探し出したのよ。その作者は佐渡侵攻の時に亡くなってるらしいわ」

 

だから下巻が発売されなかったのか。私はその作者の冥福を祈る。

 

「ありがとうございます。初めて四葉でよかったと思いました」

「咲さん。感謝してるならお母様大好きと3回いい」

 

母が最後まで言い終わらなかったのは私が電話を切ったからだ。達也と深雪は苦笑いを浮かべている。

嬉しいのは事実であるが、面倒くさかったのでぶちぎった。まあお礼も言ったし問題ないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

美月が吉田君に胸を揉まれる事件やもう1人一高内に内通者がいたとか中国の人喰い虎の呂が真由美と達也と摩利に撃退されたなど色々な出来事があったがようやく論文コンペ当日となった。

 

私は生徒会長であるので他校の発表を見なくてはいけない。風紀委員会で外回りして声を掛けられるよりマシであるが、私では理解できないので船Qの神依してデータ保存しといて末原に後で理解させようと思っていた。

 

寝ることなく他校のプレゼンを聞き審査していると、休憩中塩釜先輩から連絡が来た。緊急の要件らしく昼会えないかとのことだ。

 

昼、塩釜先輩と合流すると聞かされたのは呂を乗せた護衛者が襲われ呂が逃げ出したとのことだ。明らかにこれはこの会場が襲われる流れである。

私は神依して、未来視を使った。やはり予想通りだ。私は達也と深雪を探す。達也と深雪は控え室にいたので助かった。

 

「達也さん!」

「どうした咲、そんなに慌てて」

 

私は未来で見たことを伝えた。

 

「そうか、一高のプレゼンが終わった後の15:37にテロリストが入ってくるんだな。入ってくる前に遠隔魔法で潰すか?」

「一応未来通りに動けば私たちの身近な人は死なないからそこで潰すのはやめた方がいいわ、未来が変わる可能性がある」

 

怜の複数の未来が見える能力は、現在何か行動を起こさないと見えないのが使いにくい。もし未来でテロリストを入ってくる前に潰した場合、怜の一発ツモがずらされたように未来が変わる可能性があるのだ。

 

「じゃあ会場まで突入させて俺が気をひくから咲が排除。その後正面玄関の敵を俺が排除して、お前は地下道でゲリラを対処しながら生徒を避難させるって感じか」

 

「そうね、それが一番だわ。だけど見えたのはこの会場の近くの半径1キロぐらいでそれの外がどうなってるかわからないわ、さっき言った作戦が終わったあとは各々で動く感じでいきましょう、深雪は達也さんについて行きなさい」

 

「わかりましたお姉様」

 

言われなくてもそうするだろうが一応言っておく。生徒会長でなかったらもっと自由に動けたのにと思ったが言っても仕方のないことであった。

 

 

 

 

一高の発表が終わり15:30となった時、管制ビルに自爆車両が突っ込んだことから、ついにその時が始まる。人類史の転換点と評される「灼熱のハロウィン」。その発端となった「横浜事変」が。

 

 

 




ブレスレッドとオルゴールのプレゼントには意味があるので調べてみると面白いと思います

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