咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
8月1日、いよいよ九校戦会場に出発することとなった。しかし集合時間はすでにすぎているが、バスはまだ発車していなかった。
理由は七草先輩が「七草家」の用事で遅れるそうで、先に向かっててと連絡が入ったそうだが、七草先輩は男子女子どちらにもファンが多く、みんなで待つことになったからだ。
達也と渡辺先輩は暑い中、外で待っている。当然深雪の機嫌は悪くなり、逆に深雪の周りの気温は低下しているように感じられた。この状態では寝ることもできないので、軽く未来を見たところ今から2時間後に七草先輩は着くようだ。
「深雪少し出てくるわ」
そう言って席を立つと、周りの席の人が最後の希望を失ったような目で私を見るが、そんな目で見られても困る。
「渡辺先輩、達也さん」
「咲か、どうした」
バスから降りてきた私を不思議そうに渡辺先輩は見た。
「七草先輩が着くのは2時間後です。流石に今から待つのは疲労がたまるかと」
「それは勘か?」
「未来視ですよ」
渡辺先輩と生徒会役員は私の未来視を知っている。許可は出ていたので、本当は全校に広まっても良かったのだが、流石に秘匿するべき能力だと渡辺先輩たちは考え情報は秘匿されている
「そうか、それなら15分前まではバスの中で過ごすとするか、達也くんも戻れ」
「わかりました」
これで少しは深雪の機嫌も解消されるであろう。
席に戻るとほのかと雫が深雪の対処に悪戦苦闘してるらしかった。
「お帰りなさいませ、お姉様」
「ただいま、達也さんを車の中に戻したけどこれで良かったかしら?」
「ありがとうございます。流石はお姉様です」
深雪の機嫌は解消された、これで寝ても大丈夫であろう。会場まではここから3時間、先輩が来るのは2時間後なので5時間寝れる。5時間後にタイマーを頭の中でセットし私は眠りに落ちるのであった。
「咲が寝てるのを見るの初めて見る気がする」
「いつも本を読んでいますもんね、確かに珍しいです」
雫とほのかがそう感想を述べる。深雪はため息をつきながら2人の感想に答える
「お姉様は夜ずっと本を読んでいらっしゃったようです。理由を聞いてみると、バスで本を読んでしまったら向こうに着いて読む本が少なくなる。徹夜で本を読んでバスの中でねれば、読む本の総量と睡眠の総量はほとんど変わらずに向こうで読む本は増えるとかなんとかおっしゃっていました。けど深雪は健康が心配です」
「いかにも咲っぽい理由」
「お姉様は寝ると、自分が決めた時間までほとんど起きないので、いろいろ大変なんですよ」
「咲さんも意外と抜けてるところあるんですね」
その後達也がまた真由美を外で待つことになり、深雪の機嫌が悪くなっていくのを見て、早くも確かに咲が起きないのは大変だと感じる、雫とほのかであった。
真由美は咲の未来視通り2時間後に着き、ようやくバスは出発した。
摩利は咲のことを考えていた。咲は入学してすぐ四葉家の直系として恥ずかしくない力を見せつけ、1人でテロリストを壊滅させ、さらには未来視も使える。深雪とのピラーズブレイクの練習試合も見たが到底自分じゃ勝てないだろうと感じた。自分は咲と同じバトルボードの選手で練習でも顔を合わせていたが練習での咲は数回コースに出ただけで他は考え事をしているようだった。達也に話を聞いて見るとあれは咲の中では一番練習していることになるそうだ。こんな能力を持つ咲を普通は手放したくないものだが四葉家は手放す可能性がある。何を考えているのだろう。
「どうしました、摩利さん?」
「いや、少し考え事をしてただけだよ、花音」
摩利の隣の席に座っているのは千代田花音、百家本流の二年生であり、単純な干渉力なら学年一と言う噂まで出ている。さらに対物攻撃力なら摩利をも凌ぐという、十師族の実戦魔法師にも匹敵する魔法力の持ち主だ。その対物攻撃力を生かしてアイスピラーズブレイクに出場する。
「そうですか」
彼女は何処か機嫌が悪そうだと、摩利は見抜いていた。
「精々三時間くらいだろ。それぐらい我慢しろ!」
「私だって小さな子供じゃあるまいし、二時間や三時間くらい我慢は出来ますよ!だけど…今日は啓とずっと一緒だと思ってたんですよ。少しくらいガッカリしてもいいじゃないですか!」
「お前たちはいつも一緒に居るじゃないか…いくら婚約者だからと言っても、下手をすればあの四葉の3人よりも一緒に居る時間が長いんじゃないか?」
「バス旅行なんて今時滅多にないんですから楽しみにしてたんです!それに、兄妹従姉妹と許婚同士なら、許婚同士の方が一緒に居る時間が長くて当然です!」
「そうなのか?」
「そうですよ!」
普段の花音の性格は実に摩利好みなのだが
「(毎度五十里が絡むと別人だな……)」
まるで達也や咲が絡む深雪のようだ。
「大体何で技術スタッフは別移動なんですか!移動中作業なんてできないじゃないですから、分ける必要ないじゃないですか!このバスだってまだスペースが残っていますし、それに足りないなら二階建てでも三階建てでも良いのでもっと大きなバスに乗ればいいだけの話でしょう!」
捌け口を見つけ、いっきに不満を爆発させた花音を見て、摩利はコッソリとため息を吐き愚痴を聞き流しながら、考え事に戻るのであった。
「………深雪、お茶でも飲まない?」
「ありがとうほのか。でも、ごめんなさい。私はお兄様のように、この炎天下わざわざ外で待っていた訳では無いから、まだ喉は渇いてないの」
「あ、うん、うん、そうね」
「(駄目じゃない、達也さんの事を思いださせちゃ)」
「(今のは不可抗力だよ…)」
一度深雪は機嫌直ったのだが再び達也が外に出て待っているのを見て再び機嫌が悪くなったのだ。深雪の機嫌に対しての特効薬である咲は寝ていて使えない。
どうしたものかと考えていると、深雪の口から呪詛のような言葉が漏れ出してきて、とうとうこれはどうしようもないと思ったその時であった
「深雪……」
咲が深雪の肩に頭を乗せるように動き寝言で深雪の名前を呼んだのだった。
「お姉様……」
深雪は、咲が深雪のことを寝言で呼んでくれたことにとても喜んでいた。自分の夢を見てくれていることも嬉しいのだろう。深雪は幸せそうに咲の頭に頭を寄せた。
雫とほのかは寝てても一瞬で深雪の機嫌を直してくれた咲に心から感謝していた。
機嫌が良くなった深雪の周りには、近付くのを躊躇っていた男子や女子で溢れかえったのだった。本当は深雪の横の咲にも近づきたかったのだろうが、寝ていたので話しかけるのは遠慮したのだろう。
あまりにも煩わしくうるさくなったので摩利は、深雪たち四人を強制的に自分の席の後ろにし(寝ている咲はなかなか起きないらしいので魔法で移動させた)、更に四人の後ろの席に十文字を座らせた。そうする事でバスの中は平穏を取り戻すが、窓の外を見ていた花音の悲鳴で平穏は崩れ去った
「危ない!?」
対向車線を近づいてくる大型車がパンクか脱輪かが起き、路面に火花を散らしている。ハイウェイの対向車線は道路として別々に作られていて、間には堅い壁で仕切られている。普通は対岸の火事の出来事なのだが、今回は普通ではなかった。
いきなり大型車がスピンし、ガードレールに激突すると、飛び上がるように一高のバスに飛んできた。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
無秩序に発動された魔法が無秩序な事象改変を同一の対象物に働きかけ、キャストジャミングのような魔法の相克が起きる。その結果全ての魔法は発動しない。
「馬鹿、止めろ!」
この状況を打破できそうな1人をとっさに叫ぶ。
「十文字!」
摩利はこの状態を打破できそうな人を十文字1人だけ…いや2人しか知らなかった
真由美は寝ていて使い物にならないと初めから分かっていたし、この状況に真由美の魔法はあまり適していないのだ。真由美はどちらかというと対人間のスピード系の魔法師であり今回のような大型車に対して相性が悪い。
止められる可能性を持つ2人目の咲を見ると、気持ちよさそうに寝ていた。こちらも使い物にならない。
克人は既に魔法発動の体勢に入っていた。ただし彼の顔には滅多に見れない焦りが確かにあった。摩利は絶望に打ちひしがれる思いになるその時。
「仕方ない、助けたるわ、今回限りやで」
後ろの咲の席から聞き覚えのない声が聞こえた。振り返ると咲はまだ気持ちよさそうに寝ているが、かすかに光っているように見えた。横の深雪も驚いている。
再び大型車に目を向けると、まずサイオンの波動が無秩序に働きかけている全ての魔法式を吹っ飛ばした。その後すぐ、障壁魔法と消火の魔法が展開され一瞬で事態は収束した。
バスの中の全員は自分を含め何が起こったかわからないようだった。呆然としているとまた聞き覚えのない声が聞こえる。
「疲れた、疲れた。このバスの中のメンバーだけやったら、咲抜きには対処難しそうやったからうちが対処しといといたで、うちと咲に感謝してな、じゃあ、ほなな」
そう言い残し咲の発光は止まった。
「えーと皆大丈夫? 危なかったけどもう大丈夫よ。咲さん?のおかげで大惨事は避けられたから。怪我した人はシートベルトの重要性を覚えておいてね」
真由美もこの状況を打破しようと喋ったようだが自身も混乱しているようだった。この状況を打破するには咲本人から聞くしかないが咲は未だに気持ちよさそうに寝ている。
「四葉、今の魔法知っているか?」
「いえ…だけどあの喋り方ならお姉様が似たような喋り方を何回かしていらっしゃいましたね…」
どうやら起きてから事情聴取する必要がありそうだ。
関西弁の間違いは許してください…
何番煎じかわからないよくある転生ものなのにたくさんの人に読んで貰ってるのはありがたい限りです、読んで下さってる皆様ありがとうございます。