比企谷八幡の憂鬱 作:可愛いは正義
「ねえ?何か苦手な食べ物ってある?」
「んー辛いもの、かな」
「そっ、りょーかい」
ハルヒはエプロンを身に包み俺の部屋のリビングで料理を作ってくれている。
うん、美味しそうな匂い。
そもそも何故このような状況になったのか、それは2時間ほど前に遡る。
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目が覚めたら退院しても良いよと医者からお墨付きをもらった俺は退院することになった。
今回の事故で右腕を骨折したが他に損傷がなく頭を少し打ったので意識さえ戻れば大丈夫だった。何度かMRIで検査をされていたらしいが特に問題は無かったらしい。
「それでお兄ちゃん。右腕動かせないのにご飯どうするの?」
「あー....ほら世の中には便利な便利なお店があるんだから」
「コンビニでお弁当なんて駄目だよ?」
ぐっ....小町には全てお見通しのようだった。
だが他に方法が無いのも事実なのでこれ以上の策がない。
「あの涼宮さん」
「どうしたの小町ちゃん?」
「良ければこの愚兄にご飯を作ってはいただけませんでしょうか?」
「(は?俺の妹は何を言ってるの?)」
「私が?」
「はい...。小町含めてお母さんもお父さんも今から千葉に帰ります。何日も休むわけにはいかないので。でもこの愚兄はご飯をコンビニ弁当で済ますと言ってます。ですからー良ければ料理をお願いしたくてですね....」
「おい、小町。なに言って」
「良いわよ」
「は?」「おっ!」
「そういう理由なら構わないわよ。料理を作るくらいわけないし」
「おおっ!ありがとうございます♪」
「......俺の意思は?」
-------------------それで今に至る。
出かける前は段ボールの山だったが、俺が入院している間に小町や母親が片付けてくれたのか部屋はスッキリしていた。
俺はソファーに座りながら、落ち着かない心臓をどうにか落ち着かせるためにテレビを付けて気をまぎらわせる。
俺が付けたチャンネルでは、宇宙人特番をやっていた。
【宇宙人は存在する!昔からある書物にはよく登場していた!?】という題名で放送されている。
内容は昔の童話にもあった【かぐや姫】がテーマになっていた。
実はかぐや姫は宇宙人で、偶々お爺さんとお婆さんに拾われてしまい、探し回っていたがなかなか見つからなかった。だがかぐや姫の美しさは直ぐに噂になり居場所がバレてしまった。それでかぐや姫のお話の最後のように空に浮く馬車のようなものでかぐや姫は連れていかれてしまった。これは昔の人がUFOに乗せられたかぐや姫を見てそう思ってお話として今も伝え続けられている。という内容だった。
話としては好きだが竹取物語の話でここまで想像できた奴の方が凄いと思う。
番組が終わる頃には、机の上に食事が並べられていた。流石に食器くらいは運ぼうとしたら怪我人は座ってなさいと言われたので大人しく座り直す。
「時間があまり無かったから簡単なものしか作れなかったけど、美味しくなくても文句言うんじゃないわよ?」
「言わねえよ....」
言えるはずがない。俺は作ってもらっている立場なのだ、感謝はしても文句なんて言ったら小町に殴られる。
それに.....。
「旨そうだな....」
目の前には野菜と肉の炒め物とオムライスが置かれた。
「本当はカレーにしようと思ったんだけどね、煮込む時間がないからオムライスにしたわ」
「いや、そこまでしてくれなくても......」
「何いってるのよ!やるなら徹底的にしたいのよ!あーもう!オムライスだってもう少し時間をかけて作りたかったけど、そんなことしてたら後1時間はかかるし。それに明日の朝御飯も作って置いたから今日はそれで我慢しなさい」
朝御飯も作っておいてくれたのかとハルヒに感謝しながらオムライスを口に頬張る。
うん、旨い。
「それじゃ、私は帰るわね」
「送っていくか?」
「あんたね....怪我人は休んでなさいよ。明日から学校だし、あ、あと。明日お弁当作ってくけど何か入れてほしい食べ物とかある?」
は?一瞬理解出来なくて固まってしまう。
ハルヒが俺の為に弁当を?夜ご飯作ってもらって今更とか思うかもしれないが流石に悪い。というか罪悪感すら抱きそうだ。
「流石に悪いし、学食で済ませるか購買でパンでも買う」
「何言ってるのよ。小町ちゃんからお金預かってるんだから1ヶ月間は、ご飯作るわよ」
「俺その話知らないんだけど....」
「聞いてなかったの?おかしいわね。ま、良いわ。じゃ、そう言うことだから」
「........小町謀ったな」
今度会ったときに頭にチョップをくらわせようと、俺が考えていた時だった。
「冷たっ!?」
頬に冷たい何かが当たって前を見るとハルヒが笑顔でマッカンを俺の頬に当てていた。
「........ふぇ?」
その突拍子もない行動とハルヒの笑顔に目を奪われた俺は間抜けな返事しか返せなかった。
「はい。MAXコーヒー、小町ちゃんからよ。あ、もう一本は私が貰うわね」
ハルヒからマッカンを受けとると、鞄からもう一本マッカンを出したハルヒはその場で飲み始めた。
俺もマッカンを一口啜る。
3年間ずっと飲み続けてきたマッカンの味は変わらず俺の気持ちを癒してくれる。
だけど今日のマッカンの味は何処か違っていた。
いつもは癒して落ち着かせてくれるマッカンだが今は一歩前に踏み出せと後押ししてくる。
「ふぅ.......ねえ、八幡」
「なんだ.....」
「私は面白い事が好き」
知ってる。ずっと前から。
「私は宇宙人でも未来人でも超能力者でもいい。人外に会いたい」
「ああ」
「でも方法が見つからないわ。毎日髪の結びかたを変えて宇宙人にコンタクトを取ってみた。駄目だった。小学生の時、グラウンドに宇宙人にメッセージを書いた。それでも駄目だった。期待薄だったけど高校の部活にも期待したわ。でも只の同好会の集まり、本当の話なんて無かったわ」
「ハルヒは、いないと思ってるのか?」
「馬鹿言わないでよ!いるに、いるに決まってるじゃない!いないと駄目なのよ!いないと......」
顔を俯かせたハルヒの瞳からは涙が雫となって溢れてくる。
「なあ、ハルヒ」
俺はハルヒを抱き締めながら言った。
-------------------覚悟を決めて。
「俺と部を作ろう。一緒に宇宙人や未来人や超能力者を探す部を」
「......私達の部?」
「ああ。泣くなんてハルヒらしくないだろ。お前なら口を動かす前にまず行動、だろ?」
「........そうね。そうだったわ!」
ハルヒは俺との抱擁をといて笑顔になる。
「ああ」
「それでこそ、私の団員よ!!早速明日から部活を始められるようにするから八幡は部を作るための条件を調べておいて!私は団員と部室を探すわ!あ、それとこれ私のメルアドと携帯電話の番号だから登録して」
急に元気になったハルヒのマシンガントークについていけない俺は、困惑しながらも馴れない手付きで携帯をおし......右腕が骨折してるせいで押すこともままならないことに気付いた俺はハルヒに携帯を渡した。
「頼むわ」
「あんたね.....まぁ腕怪我してるし、しょうがないわね」
馴れた手付きで携帯に打ち込み俺に返してくる。
「家族以外の連絡先知らないって切ないわね....」
「う、うるせえ....」
「まっ、良いわ。ワタシガハジメテッテコトダシ」
ん?後半の方声が小さくて聞こえなかったな。
「今何て言ったんだ?」
「何でもないわよ。それじゃまた明日ね八幡」
「おう」
翌日。俺はハルヒが作っておいてくれた朝食をレンジで温め直して食べている。
味噌汁に鮭と朝御飯の模範とも言えるメニューがあった。
「旨いな......昨日はスプーンだったから良かったが左手で箸って使いにくいんだな」
扱いきれない箸でなんとか食べて朝食を味わい。制服に着替える。
何て言うか...似合わないな。
何だよこの色は。俺の目とミスマッチ過ぎるだろ.....。
鏡の前に立つと青緑色という珍しい制服に身を包んだ俺が立っていた。
ちょこんとアホ毛が立っているのがチャームポイントだったがしっかりとした制服を着ると逆にマイナスになりそうだ。
仕度も済んだので部屋から出て鍵を閉めてエレベーターのボタンを押す。
余談だが俺の部屋はマンションの6階にあるのでエレベーターを重宝してる。
うん、文明の利器って素敵!
エレベーターは9階から6階まで降りてくると止まった。
「あ」
「あら?比企谷君。怪我はもう大丈夫なの?」
エレベーターが開くと朝倉さんともう一人女の人が乗っていた。
「あ、ああ。大丈夫、右腕骨折してるからこんなんだけどな」
俺は包帯で固めてある右腕を軽くあげて苦笑いを浮かべる。
「そう....大変そうね。学校で比企谷君が事故に合ったって聞いて病院にお見舞いに行ったんだけど、意識が無かったから心配してたの」
「態々悪かったな。でももう、大丈夫だし。気にしないでくれ」
「うん、そうよね。あんまり気にされても嫌よね。ほら早く乗って一緒に学校に行きましょうよ」
「え、あ、ああ....」
俺は視線を朝倉さんの隣にいる女の人に向ける。容姿はとても幼いが間違いなく美少女だ。朝倉さんともハルヒともベクトルは違うが可愛い部類だろう。
そんな二人と一緒に登校したらどうなるか?答えは決まっている。
しかも今の俺はタイミングが悪い。事故のせいで初日から出ていないので変に悪目立ちしてるのだ。
「あ、悪い。部屋に忘れ物したから取りに戻るよ。待たせても悪いし先に行ってくれ」
「ふーん。ねえ、長門さんどう思いますか?」
ん?長門さん?なんか最近どこかで聞いたような.......。
「嘘........」
一言だけ言って黙り混んでしまった。というか先程からあまり喋ってない。朝倉さんのようにガンガン来られても困るが、これはこれで困る。
「ふむふむ。嘘かー。比企谷君、嘘ついたらいけないよ?」
「は?」
「だから、部屋に忘れ物のこと。嘘なんだよね?」
え?何故バレたの?もしかしてさっきの嘘の一言?おいおい、それこそ嘘だろ?
「いやいや嘘じゃねーって.....」
「それじゃあ。私も待たせてもらおっかな♪どうせまだ時間あるし。長門さんはどうしますか?」
「私も....大丈夫」
詰んだ......。
「はい、じゃあ決定!それじゃあ比企谷君の部屋で待たせてもらいましょうか」
は?俺の部屋に入る、だと?
.....................素直に一緒に行くか。
「はぁ.....分かった。降参だ。一緒に行くよ」
「やりましたね、長門さん!」
「..........」
何に対してやったのか分からないが気にしないことにしよう。朝から体力が無くなってしまう。
さて俺は今、長門さんとやらと朝倉さんと登校している。周りには俺達と同じ制服に身を包んだ高校生が沢山見受けられる。
そして............。
「し、視線が痛い......」
美少女二人と歩いているとこんなにも視線を集めるものなのかと、今まで経験したこともないような視線ラッシュに襲われる。
「ん?どうかしましたか?」
朝倉はキョトンとした顔で下から俺の顔を覗きこんでくる。
前屈みになってしかも俺は上から見ているのでハッキリと胸元を見てしまい慌てて顔を背ける。
「な、何でもねえよ....」
「そうなんだ。あ、今日席替えがあるらしいわよ」
「席替え?」
「うん。まぁ名前順じゃ皆嫌だと思うし学校からの配慮なんじゃないかな?」
「ふーん」
先程から朝倉が話題を俺に振り俺がその話題に返すという感じで歩いているが、長門さんとやらは本当に無口だった。歩く人形なのか?って思ってしまうほど無口だった。
顔の表情一つ変えないその姿はどこか妖艶に映り畏怖の念さえ込み上げてきていた。
周りからの視線と朝倉さんとのトークで一日の大半の体力を消費した俺は、職員室に行かなくちゃ行けないからこの辺でと玄関で二人と別れた。
職員室に入ると中学とは違い少し広々とした職員室だった。先生達も風格というか威厳というのか中学とは何となく違う雰囲気が漂っている。
「失礼します。1年5組に今年入学した比企谷八幡です。事故の為欠席してました、1年5組の担任の先生はいますか?」
俺が問いかけると優しそうな男の先生が此方に歩いてきた。
「私が1年5組の担任をしている、霤(あまだれ)才藤(さいとう)と言います。クラスの皆からは、どっちが名字だが分からん!とよく言われますが霤が名字なので才藤先生か、霤先生とでも呼んでください」
「は、はあ.....それでは才藤先生。後はお願いしても良いですか?」
「はい。大丈夫ですよ、丁度HRも始まるのでいきましょうか」
おお、HRって聞くと高校入ったって言う気がするなぁ。中学じゃHRじゃなくて朝の挨拶とか生活?とかいう授業スペースみたいに設けられてたっけな。
「分かりました」
俺は才藤先生に付いていき1年5組の教室に一緒に入る。
教室に入ると、教室が少し賑やかになる。
「はい、皆席について。今まで入院していて来ることが出来なかったお友達が来れるようになったので紹介します。それでは比企谷君」
なんか転校して来たみたいだな。
「はい」
俺は黒板の中央に立ち眺めるとハルヒと目が合い、昨日の事を思い出して目線を反らすと朝倉さんと目があった。
朝倉さんは手を小さく振ってくれているがこんな場面で振り返せるほど俺の理性は鋼ではない。
「えーと、比企谷八幡です。千葉県から来ました。好きな飲み物はマッカン。で宇宙人や未来人や超能力者を探してます」
教室は一気に静まり変える。
「以上です」
俺はそのまま空いている席に座る。
ヒソヒソと話し声が聞こえるが気にしない。もう俺は覚悟を決めたから、迷うことはなかった。
HRが終わるとハルヒは教室を出て何処かに行ってしまう。前の方から朝倉さんが俺の席に近付いてきた。
「おはよう。朝のあれどういうことなの?」
朝のあれ?あー宇宙人の件か。
「別に良いだろ」
「まぁ自己紹介は自由だけどね。あんな感じだと浮いちゃうわよ?」
「構わないさ。朝倉さんも嫌なら俺のこと無視してくれて構わない」
「もう、そう言うこと言うんだから。私はこのクラスの委員長もしてるんだからそういう生徒を出したくないの」
「なら諦めてくれ。2年に上がった時にその目標を達成してくれ」
「はあ.....分かったわ。でもあまりやり過ぎないようにね?........忠告はしたからね」
「ん?」
朝倉さんは、席に戻って女の子同士の友達だろうか仲良さそうに話している。
それにしても.....忠告ってなんだ?
「よお!俺の名前は谷口!なぁ!お前の自己紹介って誰から聞いたんだよ!?」
「なんのことだよ」
「自己紹介だよ!自己紹介!宇宙人とかなんとかっての。涼宮ハルヒと全くおんなじだ。もしかしてお前涼宮ハルヒに惚れてるとかか?なら止めとけってあいつは異常だからな」
は?ハルヒが異常?こいつは何を言ってるんだ?
あんな笑顔で笑うやつが異常?
あんな美味しい料理を作ってくれるやつが異常?
谷口とかいうやつの言葉は怒りにより徐々に聞こえなくなっていく。
「それでなー涼宮ハルヒって言うのはよー」
「.......黙、れよ」
「あ?」
「黙ってろって言ってるんだ!お前にハルヒの何が分かる!」
俺は谷口の制服の襟を左手で掴みあげて怒鳴る。
「な、俺はただ親切にあいつのことを」
「ふざけるなっ!......あ.....いや悪い。言い過ぎた」
俺は教室を出て屋上に向かった。
「はぁーようやく登校出来たのに授業サボるとか.....」
「どこのヤンキーよ、八幡は」
「ハルヒ.....」
一時間目の授業が始まった時、二人は屋上にいた。