どうすんのこの惨状、という感じですがまあ何とかします。
ぱちりと小気味良い聞き慣れた音と、歳を追うごとに磨り減っていく感じた覚えのない重みで目を覚ました。
何を、していたのだろうか。
ここは、どこなのだろうか。
体がやけに重い。
目を開けるのが何故か怖くて、嫌になる。
微睡みにも似た泥のような疲弊だけじゃない。
味覚なんて五年も前にほとんど失った自分が喉奥から血の味を噛み締めている。
覚えている。
これは、敗北の味だ。
「ああそっか……また負けたのね」
自分の声で今まで何があったのか思い出して、身体を起こした。
重い癖に体重自体は軽い。
そうだった、右は肘から先を切り飛ばされたのだったか。
それにしては妙な軽さだと思って、掛けてある毛布を横で眠る少女に静かに押しやって見てみれば、成程、理由は直ぐに理解できた。
「酷い様、仮にも常勝の王の妻がこぉんなことになるなんて」
■んだ方がましだ。
剥ぎ取った毛布の下から出てくる筈の両脚がある場所には、力尽きたように垂れて中に何もない事を知らせるドレスの裾だけ。
四肢の内、三つが欠けていた。
よく見れば身体の至る所に血の滲んだ包帯が巻かれている。
専門家と較べれば劣るとはいえ、神代の魔術医療の心得のあるメドゥーサがいるにも関わらずこの状態。
あれからどれ程時間が経ったかは分からないが霊体である自分が肉体の損傷を修復出来ない程に枯渇した魔力。
原始的な治療方法が施されたのも道理なんでしょうね。
何より、こんな戦力にもならない状態を兵器を手入れしてまで生かしておいているのだから、きっとカルデアからの再召喚も出来ない程窮した状況なのだろう。
「まあでも、行かなくちゃ」
今自分がどこにいるのかは分からない。
私の左手を握って眠っているマスターとまだ赤々と燃える薪。
あの女神が来た時点でマスター達は天馬でかなりの距離を運ばれた筈。
自ずとあの戦場から随分と離れた場所にいることだけはわかる。
それでも敵がどこにいるかなんてこと、感知するまでもない。
肌を通して感じる膨大な魔力、辿るのなんて目を瞑ったとしてもたやすい事。
おまけに時折
あの女神の魔力が大きすぎて魔術なしでは感知できないが、きっと私以外の皆が戦っているのだろう。
距離はかなりある。
足を失った自分では辿り着けないかもしれない。
今の魔力量で空間転移なぞした日には一メートルだって跳べやしないだろう。
でも行くのだ。
這いずってでも、土の味を噛み締めてでも。
娘が待っている。
怨敵が生きている。
ならば行かない理由がない。
復讐は果たさなくてはいけないのだから。
「どこ、行くの?」
声がした。
心臓でも掴まれたんじゃないかと思う程、鼓動が飛び跳ねる。
親に悪戯がばれて咎められた童女のように、本当に年甲斐もない言い訳が口を飛び出しそうになって、一度口を噤んでから答えた。
「起こしちゃったかしら?ごめんなさいね、マスター」
「もう一回聞くね、何処に行くつもりなの?ギネヴィア」
話術、は流石に使えない。
マスター相手にということもあるが、そんな無駄な魔力消費は出来ない。
別に問題ない、分かってくれる筈だ。
戦争なのだから。
「ちょっとお花摘み、なんてどうかしら?」
「その身体で?」
「……ええ、これでも魔術師ですから。この程度の傷、なんてことないわ」
「……その身体で戦いに行くの?」
言葉に詰まる。
それは分かるでしょうとも、そこまで間抜けな子ではない。
だが、それならこんな問答に意味がない事も分かってくれる筈だ。
「そうね、もう一踏ん張りしてこようと思うの。大丈夫よ!ちょっと頑張ればあんな猪、ちょちょいのちょいで吹き飛ばしてやるんだから!」
返事はない。
ああ分かってくれたようだ。
そうよ、当たり前なのだ。
敗北は許されない。
負ければ人理は燃え尽きる。
負ければ母と呼んでくれたあの可愛い娘も居なくなる。
負ければ、愛しいあの人と過ごしてきた時間すら無かったことになる。
それは駄目だ、許されない。
「だから、ね?この手、離して頂戴」
殺さなくては。
復讐を果たさなくては。
だというのにまだ離してくれない。
「ねえちょっと聞いてるの?……ああ若しかして身体のこと?大丈夫よ、これぐらい次郎丸呼ぶなりして何とかするから。平気平気、お母さん意外と頑丈なの」
嘘だ。
次郎丸はさっきから反応がない。
憎い。
あの矢の大群から、夜空を埋める星のようなあの殺意から自分のような弱小サーヴァントがどうやって生き延びたのかと思えば、如何やらあの子が身を挺して守ってくれたようだ。
憎い……ッ。
当然、代償は大きい。
幾ら再生能力に秀でふんだんに魔力を宿していても、自死以外で、それも魔力が全て無くなるまで使い切って死んだ。
憎いッ!
あの子を再召喚するには魔力も時間も足りない。
殺したいッ。
恐らくあと二日と召喚は無理だろう。
殺さなくちゃッ!!
ああだから嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
嘘であっても。
取り返さなくては。
もう二度と、家族を喪いたくない。
「……いい加減にして、私は行かなきゃ「一人で?」……ええそうよ、一人でよ」
そうだ、一人だ。
立香が居るのならマシュもいるのだろう。
三人揃って、向かえば速いかもしれない。
だが、それは駄目だ。
「私も行くよ」
「駄目よ」
それは絶対に駄目だ。
「後ろにいるから、マシュが居るから、そんな理屈が通じないの。彼奴はそんなに綺麗な敵じゃない、必要なら
「嫌だ」
「ッ!……嫌だじゃないの。あれは強いの、私たちがどんなに頑張っても勝てないぐらい、一瞬でかき消されちゃうぐらい強いのよ。……貴女は此処に居て、ちゃんと待っていて、ね?必ずジャックを取り戻して帰ってくるから」
「絶っ対にやだ」
ぷつりと何かが切れた。
「こっ、のっ!分からず屋!いい加減にしなさい!貴女が行ってどうするの!?いい加減手を離しなさい!!」
この娘は何を意固地になっているのだ。
私たちが勝てないほどに強いのだ。
英霊九騎が揃って成す術もなく蹂躙されたのだ。
私の娘を奪っていった憎い怨敵なのだ!
「……同じこと、言ってあげるよ。いいギネヴィア?」
「何よ!」
聞いてあげるから言ってみなさいよ!
そう思っていると立香は立ち上がり、偉そうに胸を張って腰に手を当て、吼えた。
「ギネヴィアがいたって糞の役にも立たないですよーだッ!このメンヘラ王妃!」
「……は?」
は?
「貴女がぐーすか眠ってる間にもう二回も戦ってるの!そうだよ二回とも負けたよ!もう朝が来ちゃうよ!今更ぼろぼろの星1くそ雑魚サーヴァントが増えたぐらいじゃ勝てませーん!」
は?
「ばーかばーか!何が王妃様だ!悔しかったらさっさと身体直しなよ!出来ないんでしょ!星1低ステですもんねー!」
この、
「今更一人で行ってどうするのよ!私とマシュが行っても負けたんだよ!一人で気持ちよーく寝てた王妃様は知らないでしょうけどねー!」
言わせておけばッ、
「悔しかったら言い返してみろ!この貧乳ロリババァ!」
「それを言ったら戦争でしょうがっ!自分の胸が大きいからって調子乗ってじゃないわよ!」
「やーいやーい!アラサー貧乳幼女ー!悔しかったら大きくなってみなさいよー!」
「ああん?うるせーぞっ糞餓鬼ッ!次郎丸の中に放り込むぞ!」
「きゃー、お化粧と一緒に猫かぶりも落ちてますよお客様ー」
「……うるさい!もういいわっ!冷蔵庫に作り置きして祝勝会で出そうと思ってたタルトッ!士郎君に教わって作った会心の出来だけどあんたにはあげませーん!ざまぁみなさい!」
「はあ!?ずるじゃん!それずる!!」
「ずるじゃありませーん!」
「……ケチババア」
「ウナギゼリー鼻に詰めるわよッ!!」
何があってブリテンの料理はああなってしまったんだろう。
初めてカルデアの端末でそれを見つけた時に絶望して、その後士郎君が作っていた鰻の煮凝りを見て二度絶望したわ。
同じ島国でどうしてこうなったの。
「っていうかギネヴィア腕ないし詰められないじゃん!ばーか!」
「ばかっていう方が馬鹿でしょうが!こんなもん、魔力があったら幾らでも治してやるわよ!百本ぐらい生やしてやるわよ!」
「腕を!?」
「腕を!!」
「……すごいじゃん」
「……ごめん、やっぱ嘘。流石に一から生やすのは無理」
「ダメじゃん」
ぐぬぬ、悔しいがおっしゃる通り。
腕なんか生やせないし、出来ても即席の義肢ぐらいだ。
せめて切られた腕があったら何とかなるのだが。
そこまで考えてふと、思う。
あれ、私、何してるのかしら。
ぜぇぜぇと二人して息を切らしながら子供みたいに口喧嘩。
そこそこ離れたとこでは神霊クラスの怪物と仲間が戦ってて、それで私は口喧嘩?
阿呆か私は。
阿呆だった。
こほんと仕切り直しで咳払いをする。
流石にこれは恥ずかしい。
「と、とにかく。貴女はここで待ってなさい。私は優雅に空でも飛んで助っ人に行くから」
「顔真っ赤にして言っても可愛いだけだよー」
「うるしゃいっ!」
「はいはい、あざといあざとい」
「くぅぅぅっ!」
足があったら地団駄踏んでるところだ。
何時からこの子はこんなに意地が悪くなったのだろう。
ああ冬木で私を救い上げてくれたあの子は何処。
ああ目の前だ、ふぁっきゅー。
「……私とマシュがさ」
一人で歯噛みしながら悔しがってる私を無視して、ぽつりと立香がこぼした。
「二人だけメドゥーサに運ばれて逃がされて、それで皆が帰ってきたときどう思ったか分かる?」
「……それは」
「皆ぼろぼろでさ、分かってると思うけど次郎丸が守ってくれて、ぎりぎりでジャンヌが宝具を発動できたから何とかなったって言ってたけど」
鎧も服も、体中もぼろぼろだった。
自分なんて脚もなかった。
ほかの皆もきっと相応の怪我を負っているはずだ。
それを見たこの子がどう思ったのか、考える必要なんてない。
「ギネヴィアなんて両足ないし、片腕もないしマシュなんか悲鳴上げながらすっ飛んでいったんだよ」
でも私は、そう言って立香がキッと顔を上げた。
「心配したんだよ……だけどね、それ以上に」
綺麗な瞳に涙が溜まっている。
「私は悔しかった!怖かった!」
「何で一緒に戦わせてくれないの!私も皆の仲間でしょ!?」
「頼りないのは分かってるよ!へっぽこなのも知ってるよ!一緒にいたって役に立たないのも分かってるよ!でもッ!」
ぽろぽろと涙が地に吸い込まれていく。
言葉が私の胸に突き刺さっていく。
「私は仲間でしょ!一緒に戦うってッ私の杖になってくれるって約束したじゃんっ!勝手に仲間はずれにしないでよ!私の居ないところで怪我しないでよっ!」
叫ぶように怒りにも似た切なる悲痛を、他者を心から思い、その一方で自分の心の悲鳴を告げる。
そんな矛盾していて、何処までも人間臭い叫びを立香は上げた。
「
何も、何も言えなかった。
自分だって、分かる。
王妃として何時も自分は戦友を見送る側だった。
数日たって帰ってくるのは何時も亡骸だった。
同じだ。
自分がガウェインを失った時。
自分がガレスを失った時。
そして自分がジャックを失った時。
自分が傍に居れば!
何が出来なくても、何かあったんじゃないか!
そう思わずにはいられなかった。
忘れていた。
自分のことで頭がいっぱいで、何も、何も、考えられなかった。
口からこぼれたのは情けない言葉だった。
「ごめんね、立香」
そっと、泣き崩れた立香を片腕で抱きしめる。
暖かい。
生きてるのか、死んでいるのかすらもう分からない自分とは違う。
優しい温もりだった。
「ごめんじゃないよぉ……」
「ええそうね」
「エリちゃんも清姫も、ゲオル先生もみんな居なくなっちゃった」
「そう」
「ギネヴィアがはやく起きてくれないからだよぉ」
「ごめんね」
「……嘘、ごめん」
「嘘なもんですか、私の方こそごめんなさい」
ほんの数秒か、どれくらいだろうか。
分からないけれど、優しい時間があって。
だから、気持ちが切り替わったのも分かった。
殺したいでもない。
殺さなくちゃでもない。
もうこの優しい少女がこれ以上泣かないように。
私の可愛い娘とタルトを食べれるように。
情けないことだ。
怒りに囚われて、一番大事なことを忘れてた。
「私は貴女の杖よ、立香」
「ふぇ?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの可愛い主人。
とはいえ流石に鼻水は頂けないので、布巾で拭ってやる。
「貴女が指揮してなきゃ何処に行けない、何にも出来ない。だから」
―――一緒に戦いましょう。ね、
「……うんっ!」
力強い返事が返ってきて、私は気が付いたらずっと抱えていた憎悪が吹き飛んでいた。
ざくりと音を立てながら森の中を進む。
『時間がないから簡単に説明するよ』
レオナルドの穏やかで、でも疲れが僅かに感じる声がした。
私を背負って歩く立香はもう聞き終わってるのか特に反応はしない。
ただ黙々とどこかへ向かって歩いていく。
『現在残っているのはエミヤ、メドゥーサのカルデアに所属するサーヴァントが二騎。そして特異点自体に召喚されたジークフリートとジャンヌ・ダルク、そしてアマデウスだけだ。そして次郎丸があの宝具を防ぐ盾になったときに過剰な回復をした所為で君が昏睡していた間、二度あの女神と戦った。その中で分かったことがある』
少ない。
明らかにあの規格外を相手に戦える戦力ではない。
広範囲の宝具と莫大な魔力、そして異様なほどの身体能力。
相手にするなら、如何にか相手を弱体化しなくてはいけない。
『一つはあの女神は宝具を介して表出化したカリュドーンの猪の意識が、聖杯を軸に英霊三騎の霊基を使って霊基再臨を図った存在だ。本来最高でも幻獣域の存在が霊基再臨によって、神獣まで階位を上げている。正直な話、単純な戦力としてみればどう考えても勝ち目はない』
あ、私知ってる。
これ無理ゲーっていうのよね。
うんうん、神獣とかどうしろっていうのよ。
神霊クラスの幻想種とか、ほんと、もう。
でも、
「逆に言えば、神霊でありながら幻想種っていう
『その通りだギネヴィア。アーチャー、いや、衛宮士郎の持つ
そう、相性の問題だ。
どれほど霊基再臨で強化しようと、神の獣なんていう存在が、恐らく現代最後の神殺しと大英雄の業を持つ彼から逃れえる筈がない。
『例えどれほど変質しようと神話の存在は伝承に縛られる。あれがカリュドーンの猪である限り、弓矢で傷をつけられるという行為は嘗てアタランテにそうされたように、敗北の兆しとなる』
遥かアカイアの地で語られるその狩りの顛末を思い出す。
最終的に撃ったのはメレアグロスではあったが、初めて傷つけたのはアタランテの矢によるものだ。
ジークフリートは竜の血を浴びて鋼の肉体を得ながら背中にはその加護が行き届かなかった。
それは今も変わらない。
アキレウスがその踵が弱点であるように。
クー・フーリンがカラドボルグを前にし敗北をよしとしなくてはいけないように。
伝説で語られる存在は誰しも克服できない生前の制約に縛られる。
矢傷を受けたことが
如何に神獣の域まで霊基再臨を果たそうと、あれは元をただせばアタランテに討たれた
ならばサーヴァント同様、
『当然問題はある、女神の高い基礎能力だ。幸い彼女の宝具は何とか発動の兆候が分かったからこちらの観測を伝えて妨害できるし最悪、ジャンヌ・ダルクの宝具で防げる』
現に今ロマニたちが総力を挙げてるしね、というレオナルドの後ろからは確かに引っ切り無しに怒声が聞こえてくる。
彼らも今、一緒に戦っているのだろう。
『だが要の士郎君の宝具は彼本来の持ち物ではないせいで制約がある。それが発動にかかる時間だ。おまけにカルデアの魔力を何とか回しているが、全員長時間の戦闘で限界も近い。恐らく、一度限りだろう。つまりその一度きりを無駄にしないよう宝具が発動するまでの時間を何とか稼いであの女神に当てられる状況を作るのが君の、いや君たちの役目だ』
「簡単に言ってくれるわね……」
役目だ、なんて言われても流石にこれはどうしようもない。
何せ自分の宝具は強化はできるが相手の弱体化は出来ない。
罠を張ろうにも今の魔力じゃ難しい。
「だから、マシュと二人でここまで作ったんだ」
ここまで会話に参加せず、黙々と自分を担いで森の中を歩いていた立香が口を開いた。
開けた場所に出る。
「お待ちしてました、ギネヴィアさん」
其処に居たのは当たり前だがマシュ一人。
だがその手にいつも携えている盾はない。
地面に置かれ、星光を受けて静かに鎮座している。
その周りには拙いながらもよく書き込まれた魔法陣。
私はこれを知っている。
何せ自分も、あの冬木で一度使用しているのだから。
「ちょっと待って頂戴……
『いいや、待てないな。時間はそうない。だからこっちが勝手に言わせてもらうぜ?―――
「なっ!?ばっ!?」
『おおーいい反応だ。うん、これにはダ・ヴィンチちゃんも大満足。というわけで、あとは君たちで説明してあげてくれ』
私はロマニの手伝いに行ってくるよーと努めて陽気な声でレオナルドは通信を切った。
その声に充てられてか、もう考えるのも疲れる。
「……それで立香、どうするつもりなの?」
「勿論、サーヴァントの
見りゃわかるわよ。
なるほど戦力が足りないなら補充すればいい、賢い考えだ。
こんな歩けないサーヴァントなんかじゃなくて、戦力足りえる英霊を呼び出せばいい。
うんうん、百点満点ね……なんてとてもじゃないが言えない。
「分かってるの?カルデア式の召喚された英霊が劣化した状態なのは、刻まれた術式そのものが耐えられないからなのよ?」
カルデア式の欠陥は召喚したサーヴァントが即戦力にならないこと。
カルデアの炉から供給される
つまり、今この場で作った術式なんかで即戦力を召喚するなど、不可能だ。
「でもそれって
「はい、先輩」
「だからっそれがどうした、って……貴女達まさかッ!?」
立香が私を背負ったまま、片腕を伸ばす。
マシュはその様子を見て、拳大の何かに魔力を通しながら陣の中央に投げ入れた。
その数は、十四個。
手を翳し、魔力の奔流で大気が揺れ動く。
止めようにも背負われた自分ではどうにもできない。
何とか術式を中断しようにも一度起動した術式はどうにもならず、崩壊しないように抑え込むので精一杯だ。
「止めなさいッ!このバカ娘!魔力炉を通さずに召喚なんてしても貴女の貧弱な魔力量じゃ碌な魔力供給も出来ないから無駄に決まってるでしょ!」
そうだ、カルデア式が魔力炉を通すのは術者の技量にサーヴァントの能力を左右されることなく最高のスペックを保つためだ。
結果、そのことで即戦力が呼べなかったとしても、当初の予定通り47人のマスターが同時に特異点を攻略するのなら戦力にバラつきのない安定した
だがもし高い技量の人間や魔力量に富んだ術者なら、自前の魔力で召喚した方がいいかもしれない。
だが立香はそうじゃない。
ほんの半月前までただの学生だったというこの子は魔術師としての技量もひよっこと言って良いのかも微妙で、何より魔力量だって雀の涙みたいなもの。
だから、こんな方法に勝算なんて、ありっこない。
「だから私とギネヴィアさんが必要なんです」
「ってバカ!貴女何やってっ!?」
悲鳴が口から洩れる。
マシュが息切れをしながら必死に術式に魔力を送り込んでいる。
つまりだ、立香で足りない魔力をマシュが肩代わりしているのだ。
「私っ、これでもっ、マスター候補だった、んですっ!」
「そういうことじゃっ!?痛っぅ!」
三人揃って、魔力の嵐の中で吹き飛ばされそうになりながら何とか堪える。
それでも足りない。
術者本人の技量が圧倒的に追いついていない。
ああそうか、それで私が必要なのか。
ああくそっ、本当にもうッ、
「やってやろうじゃないのォッ!」
魔力充填、再起動。
話術、再起動。
魔力残量、僅か。
疑似味覚、解除。
皮膚感覚、解除。
視覚向上、解除。
聴覚向上、解除。
「王ッ権、執行ォッ!
王剣、最大稼働。
肉体に掛けていた、失っている五感を補う魔術を解除し全力を宝具の発動に捧げる。
『増幅』の王権によって魔力が高められる。
霊核が小さくない皹をいれながら軋んでいく。
構うもんか、まだやれる。
この子たちの頑張りに報いなければ。
若い子に負けたんじゃ、ジャックに合わせる顔がない!
さあ後もう少し。
「「立香/先輩っ!」」
こちらにもマシュにも顔を向けない。
だからどんな顔かは見えない、というか視覚を切ったせいで正直景色なんてもう霞んだ様にしか見えない。
それでも分かる。
きっとうちの可愛いご主人様は『応!』とでも言いたげな不敵な笑みを浮かべてる事だろう。
「いッ、けェェッッッ!!!」
右手に刻まれた令呪が光り輝く。
誰かに命ずるのではなく、純粋に魔力源として一画を残して陣に捧げられる。
そこまでやって漸く、
「ほんとうにもう、この子たちは……」
霞んでいる視界の中で、黄金の輪が見えた。
感覚器が失われていても魔術回路は稼働している。
触覚とは違うものを肌で感じる。
あの自称女神に感じた刺々しい威圧感とは違う。
もっとずっと優しくて、穏やかな、その清純で自然と畏敬を抱かせる神々しさ。
一際強く光が輝いて、召喚が終えたのだけは分かった。
全員息も絶え絶えだ。
魔力だってほとんど残ってない。
何とか視覚と聴覚だけ戻して、そこに立っている
「はぁい!ダーリンの永遠の恋人!アルテミスでーす!本当は名乗るの駄目だけど
「はーい、ペットできゅーとなおりべぇことオリオンでーすって分かった、俺が悪かった、謝るから!ちょっと隣の子が可愛かったから見とれちゃっただけで浮気じゃないから握りつぶさないでぇぇ!」
「成程、そういう風にすれば管理もしやすいと……ふふっ私も
星明りより尚柔らかく嫋やかに輝きながら、えっと、うん、多分恋人のオリオンさんらしき生物を握り潰す女神アルテミス。
もう一人はまだ自己紹介をしていないが、どうやら士郎君の知り合いのよう。
三人で顔を見合わせる。
くすりと思わず三人同時に笑みが零れた。
何がおかしいのかわからない。
これから戦場で命を懸けるというのに、それでも笑ってしまう。
「さあっ皆行こうッ!」
立香の号令がかかる。
随分と長く時間をとってしまった。
まずは移動をしながら新人さんに状況説明だ。
さあ、反撃の狼煙を上げるとしよう。
カルデア式ではレベル1しか召喚できないよ、と言ってたのは今日この日のため!
まあ霊核崩壊寸前、令呪一画消費で魔力も枯渇寸前、しかも出てくるサーヴァントはランダムな裏技なので今回きりの裏技です。
次回でオルレアンは終了、きっちりカリュドーン狩りをします。
例のごとく型月名物『相性でごり押し』ですが。
しかし彼女がようやっと出せてよかった……