オリ主が挑む定礎復元   作:大根系男子

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日間ランキング入ってるし評価もちょっぴり上がったし、感想も書いてくださったし(あたい感想大好き!)、しかもお気に入り登録してくださったご新規さんがいる!
うれしい!
ありがとうございます!
やっぱり、ほんわか路線は最強なんや!!!



というわけでお待たせしました。
いつものグロ注意です。
ばりばりR15です。

さよならほんわか路線。


【幕間】英霊伝承寓話後篇〜とぐろ巻くみみず〜

秋。

 

「次郎丸ー!お昼にするわよー!」

 

夏の暑さが少しずつ鳴りを潜め穏やかな気候がゆっくりとブリテンの地を包む、そんな秋のことだった。

とある農村。

そこで次郎丸は有体に言えば農作業に従事していた。

 

山をその巨体を活かして切り拓き農耕地を拡大する、というのが果たして農作業なのかどうかはいぶかしむ他ないが。

 

Fooo(おお)Fooooooooo(ワイバーンのお肉や)!」

「そうよー、繁殖期に狩りまくった栄養たっぷりの糞迷惑な害獣野郎(ワイバーン)ちゃんよー」

 

のっそのっそと声をかけられた次郎丸は潰しかき混ぜていた小高い山だった何か(開拓地)から離れてギネヴィアの元へと行く。

主人はにこやかな笑顔でぶんぶんと勝手に持ち出された宝剣(燦然と輝く王剣)を振り回し、その前には幾つもの鍋と蒸し焼きにされた雑竜(ワイバーン)の肉があった

 

雑竜という幻想種はそれが伝説に語られるような大仰な存在でもない限りは系統樹を外れたそれにしては珍しく繁殖期というものをもつ。

これが次郎丸の主が転生するより前に生きていたという神秘を放逐した時代であればそうではないだろうか、此処は神代の残り香を宿す五世紀のブリテンである。

雑竜程度の神秘は世界に溢れ、それ故に幻想種でありながらそこに存在する生物として世界から認識、定義される。

だからこそ牛馬のように生態系に根付いた生物としての概念(卵を産み生きそして死ぬ肉の身)を彼らは宿す。

 

蛇とも同一視される竜の通例に漏れることなく生物としての特性を持つ雑竜は多くの蛇と同じように夏に繁殖期を向かえる。

一般的に繁殖期というのは栄養豊富な野山の幸を食らって肉質は非常に良く、かつ活動量も多いため大変美味だが文字通り来年度以降の食料(次の世代)を増やす時期であるため基本的に狩猟は禁じられる。

が、野山を荒らし生態系も繁殖期も知ったことかと言わんばかりに狩りまくった上で貴重な農村の作物だけでなく力なく若い栄養を狩っていくワイバーンに関しては話が別だった。

鍬を奮い野山を駆け赤子を背負い大地と勝負する一般的なブリテン人は一対一であればワイバーン程度わけもないが基本的にいくら仮初とはいえ生態系に根付いたとしても幻想種は幻想種、それらを狩るのは騎士、延いては王族の勤め。

そんなわけもあって今年もまたうんざりするほどワイバーンを狩ったため、村々に配り諸侯に配っても肉が大量に余り結局次郎丸の餌となっていた。

ちなみに太郎丸は肉を食べない。

草食だからだ。

 

Foooo(あー)FooooFooFoooo(母ちゃん、また剣持ち出して)!」

「いいのよ、どうせ倉庫で埃被ってるんだし。資源の有効活用よ」

 

ほらね、こうやってと言いつつやはり剣を振り回すと皿とグラスがひとりでに宙を奔る。

そして鍋で温められていた雄鹿と西洋蕪のシチュー、それから汲み溜めておいた湧き水をそれぞれに注いで未だ農作業に従事している農民たちの下へと嘘のように跳んでいく。

ステータスアップするマン(燦然と輝く王剣)もまさか自分が戦場ではなく料理のために使われるとは思っても見ないだろうと感じ入ることはあったが次郎丸は大人だった。

大人だから言いたいことはTPOに合わせて口をつむぐし()()()()()自分の母と違ってそこそこ探査能力に秀でた次郎丸は近づいてくる見知った反応のことは何も言わず、

 

FoooFooFooo(おとーやんに怒られても知らへんでー)……」

 

一応義理を果たしたといわんばかりにため息交じりの小言を言って、忘れていたかのように焦って「頂きます」と神への感謝を告げる。

なんだかんだ母は食事のマナー、というか食物への礼を失することには厳しい人なのだった。

そうして漸く少しだけ遅い昼食にありつくため、次郎丸は肉に齧り付いた。

 

じゅっと沸き立つような肉汁と甘辛いソースが岩をも砕く次郎丸の歯から喉へ、そして意へと流れ込んでくる。

自分の呼吸すら香ばしい肉の旨みになった錯覚を覚えた。

肉は柔らかく鳥に近いが食い応えは牛や猪のそれだ。

臭みはソースと微かに鼻を擽り肉の脂っぽさを抑える香草によって爽やかなものへと変わっている。

 

うまい、そう感じることに目の前にいる人を見て罪悪感を覚えながら次郎丸は母が己を思って作ってくれた食事を無心に頬張り、ただただ今日も食べられることに感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ食いでだねぇ」

 

ふと、声がして後僅かとなった肉を置いて次郎丸は顔を声のほうに向けた。

いつの間にか来た父親と『どきっ!ブリテン王族の鬼ごっこ~(聖剣の光の)ぽろりもあるよ~』を始めた母親は消え、代わりに朝から共に作業をしていた村人が集まっていた。

 

「王妃様が連れてきた時はびっくりしたけど、頼もしいええ子ができんさってほんまよかったねぇ」

「太郎丸の兄さんは寡黙で働きもんだけど、こっちは陽気で働きもんだねぇ」

「次郎丸ちゃん、きょうはありがとうね」

 

代わる代わるお礼や賛辞の言葉を口にする農民たち。

神秘への理解度、というよりも王妃のやらかしへの免疫力がつきまくってるブリテンの民でも最初こそその10m級の巨体を揺らすピンクの蚯蚓(でっかい亜竜)には驚いた。

中央から送られる質の良い土が彼が作ったものだというのは通達が来ていたがそれでもこうして開墾にこられた今朝は驚きしかなかった。

だが蓋を開けてみれば鼻歌交じりに土を耕し何言ってるのか分からないが農民へ話しかける姿、何より明確に自分たちの生活圏を広げて言ってくれるその姿を見てすでに好感が驚きを凌駕していた。

 

「ほんと、良いこだねぇ」

「次郎丸!こっちのシチューも飲むねぇか?」

「次郎丸ちゃん!一緒に遊ぼう!」

「ねぇーねぇー!これなぁに?」

 

いつの間にか人だかりのなかには子どもや働けず守りをしていた老人たちも集まり気づけば村中の人が集まっていた。

農作業に従事していたものはもっと食えと自分たちの食事を寄越そうとする。

老人たちは嬉しそうに微笑んでいる。

子どもたちは意外と筋肉の詰まって固い次郎丸をつっついたりよじ登ろうとする。

次郎丸は困ったように笑い子どもたちを器用に背に乗せると歓声が秋晴れの空に響いた。

 

嗚呼幸せだ。

 

皆が笑う。

幸福を口元が指し示す。

喜びが感謝となって溢れ、次郎丸はただただ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁお仕置きの時間です!観念なさい、ギイネヴィア!」

「ちょ!まっ!タンマ!タンマぁ!」

「いいえ!たんま?なんてものはありません!誰ですかそれは!心配したんですよ!大体私を置いて勝手に遊びに言った罰ですっ!甘んじて捕まり仕置きを受けなさい!」

「まってまって!ちょっとアグラヴェイン止めなさいよ何白目剥いてんのよ!あ、おいこらトリスタン寝るな起きろこの間のことイゾルデに言いつけるぞ!あ、ちょ、いきなり起きてどこ行くのよ!?……え?『イゾルデ、今、(会い)に行きますだから怒らないで』?え?王妃は?ねぇ上司は?ねぇ現在進行形でピンチな上司はどうするのよぉぉっっ!!」

「この……っ!この期に及んでまだ他の男のことを気にしてッッ!!---星の息吹よ」

「だめだめだめ!最果ての加護と王剣の加護でブーストして聖剣ぶっぱは駄目だって!!気障ゴリラ助けて……ってなんであんた私服なのよ!何爆笑してんのよ公務中でしょうが!助けろ馬鹿甥!あ、こら、村娘ナンパしに行くなぁぁぁ!!!!」

「以下省略!!!もう許しません!約束された(エクス)---」

「あ、これお星様エンドだわ」

 

「---勝利の剣(カリバー)!!!」

 

 

 

締まらないのはお約束である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー!」

「次郎ちゃん!もっとひゃー!」

 

冬。

 

去年に比べればずっと穏やかだがそれでも雪が降った。

日照時間の少ない冬季というものは農民たちにとっては存外暇なものである。

冬越しの支度はすでに済ませ、首都や諸侯たちからは例年通り食料も送られ潤沢な供えがある。

あとは春に向けて日用品の修繕を済ませたりといった細かなことだけであった。

無論それは大人の話だ。

普段は農作業に借り出される子どもたちもこんな雪の降った暇な日には外に出て遊んでいた。

蚯蚓と。

 

FoooFoFooooooFooo(舌かむなよー)

「「「はーい!」」」

 

のんきな声と明るい子どもたちの笑い声が輪唱する。

凍てつくような空気は息を白く染めるがそれを意に返していないのは喜び色づく笑顔を見れば一目瞭然だった。

両手の指を越える数だけの子が集まり次郎丸に乗ったり雪だるまを作って遊ぶ。

見れば雪合戦をしながら時折次郎丸にぶつけて気を引こうとする子もいた。

ちなみに今日はギネヴィアはいない。

王城に王の石像(20m、胸のサイズはお察し)を作った罰で一日政務に励んでいる。

 

Fo(あっ)FoooFooooooFoFoooo(おーい、そこ危ないから行くなよー)

「わかってるよー!」

「心配性だなー」

 

時折はしゃぎすぎて次郎丸の近くから外れそうな子はそれとなく注意をしながら次郎丸は今このときを楽しんでいた。

それぞれが思い思いの遊びを楽しんでいる。

冬は憂鬱になる季節だ。

それは日照時間の短さによって人体が生成するセロトニンの量が減少するからだとされるが。

それはさておき、やはり冬の寒々しさというのはどうにも心を寂しくさせていけない。

だからこそ子どもたちのはしゃぐ声がどうしようもなく気持ちよく耳を打った。

 

 

橇滑りをする子がこちらに手を振る。

本を持ってきて何人かで真剣に読んでいる子もいる。

雪合戦をして泣いた子がいれば年長の子が優しく慰めていた。

次郎丸を埋めるんだと馬鹿みたいな理由で必死に雪を彫っているやんちゃ坊主たちもいる。

 

そして自分の頭上に載っている少女が声をかけてきた。

 

「ねぇねぇ!次郎丸知ってる?」

Foooo(んー)?」

 

はしゃぎすぎて息を切らしながら、けれど目を輝かせて少女は言う。

 

「あの丘を少し越えたところにね!きれいな桜の木がたっくさんあるんだって!」

 

少女が指差すようには雪に埋もれた木々を抱える開けた土地があった。

弾んだ声で少女が続ける。

 

「お父さん、あ、村で猟師をしてるんだけどね!お父さんが言ってたの!あそこの桜はブリテン一の桜が見られる場所なんだって!」

 

すごいでしょ!という誇らしげに言う。

そんなすごい場所を見つけた父を自慢すると共に自分の知っているすごいことを自慢する、そんな子どもらしい言葉で次郎丸はくすぐったかった。

かつての、ただの次郎丸には理解できなかったまっすぐな親への愛がどうしようもなく理解できて、そんな理解できる自分と脳裏にちらつくあの日の笑顔を思い出してなんだか恥ずかしかった。

だからそんな恥ずかしさを隠すように、ことさら大きな声でいいことを思いついたとでも言わんばかりに言った。

 

Foooo(さくらかー)FooooFoooFooooooFoo(ええなー春なったら見に行こなー)!」

「ほんと!?」

 

反応は上々。

気持ちのいい言葉が返ってきて次郎丸の胸を満足感が満たしてくれる。

 

FooFooo(ほんまほんま)!」

「約束だよー!絶対だからね!!」

FoooFooooooFoooFoooooo(ちゃんと休み貰うて行くから大丈夫)

 

そう返すと絶対だよ!と念を押ししながら嬉しそうに少女ははにかむ。

すると下から、

 

「ずりぃぞ!俺だって行きたい!」

「あ、ぼくも!」

「わたしも行きたい!」

 

そんな自分もという声がする。

それに次郎丸は苦笑いを浮かべながら任せておけと返した。

 

FooooFoooooFoooooo(ほんならみんなで行こうなー)!!」

 

その声にたいする回答は歓声でまたしても次郎丸の胸を満たしてくれた。

 

嗚呼、幸せだと。

 

「約束だよ……ぜったい、ぜぇったい!春になったら一緒に桜を見に行こうね」

Fooo()FoooFoooooo(約束や)

「やったー!次郎丸大好き!」

 

そんな一年を過ごした。

そんな幸せな約束を結んだ冬だった。

そんな、そんな。

 

ただのみすぼらしい飢えた蚯蚓が。

幸福になれた一年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ!それからどうしたの?」

FoooooFoooooo(何てことあらへんで)FooFooooooFooFooo(ただずぅっと、そうやって遊んだ)FooooooFoooFoooo(それでこの話も仕舞いや)

「そうなんだ」

 

話は終わり、そういっておいらはジャックを乗せて廊下を進む。

話してる最中に農場を出て食堂へと向かっていた。

もうええ時間やしな。

士郎ちゃんと桜さんがおいしいご飯作って待っててくれるだろうし、ジャックはまだ小さいしなぁ。

はよ大きくなってもらわんとな。

子どもは。

 

子どもは元気が一番や。

 

 

 

子どもは、元気で、幸せでなくちゃいけんのや。

 

 

 

「ねぇ、私たちも……」

 

ほしたら、なんやジャックがちょっと照れた声出しよる。

ははーん。

 

Fooo(もっちろん)FoooFoooooFoFooooo(母ちゃんが起きて)FoooooFooooFoFooooooooooo(立香とマシュの嬢ちゃんたち)FoooFoooFoFoFooo(みぃんなが帰ってきたら一緒に遊ぼうや)

「ほんと!?」

 

ちょっとばかしその声が懐かしくて、あるはずのない涙腺が緩む。

年取るとあかんなぁ。

おいちゃんもええ年だしなぁ。

しゃあないわ。

 

FooooooFooooo(ピクニックなんかええな)FooooooooFooooo(みんなでおべんと作って行こうや)

 

自分の知っている楽しそうなことを口に出した。

 

「うん!行きたい!私も作るね!」

FooooooFooooo(ほんまか、楽しみにしとるで)!」

 

ええな、ピクニック。

よくモーちゃんたちといったけど楽しかったなぁ。

ジャックやここの皆と行くんもきっと楽しいんやろうなぁ。

 

っと、いつの間にか食堂や。

この時間ならそこそこ職員もいるやろから寂しないやろ。

 

FoooFooooo(だから飯食って元気になるんやでー)

 

ほななーと告げおいらはジャックをおろしてまた農場に戻ろうとした。

 

「じゃあさ!」

Foooo(んー)?」

 

扉に手をかけ顔をこちらに振り向けたままジャックが笑って言う。

 

 

 

 

 

 

 

「桜!私たち、桜が見たいな!」

 

 

 

 

 

 

 

「……FooooFooooooFoooooooo(ほんなら、咲いとるとこ行こかー)

()()()()!」

「……Fooo()FoooFoooooo(約束や)

 

それじゃあ約束だよという言葉と共にジャックが食堂へと駆け出していった。

廊下には、もう誰もいない。

 

ただ。

 

うそつきという言葉が。

 

なんとなく聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また春が巡ってきた

淡く桜は色付く。

やわらかい生命の息吹が風に乗って鼻を擽る。

 

花と。

 

『---あ』

 

草と。

 

『---ああ』

 

鉄と。

 

『---嗚呼』

 

血と。

 

『嗚呼ぁぁ』

 

火の臭い。

 

生命が誰の救いの手も取れずに散った。

そんな、

 

 

 

 

 

 

『嗚呼ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

直前まで息吹いていた命を捥ぎ取られた、死の臭いが鼻を突き刺した。

 

 

 

皆死んでいた。

誰もいない。

火で燃やされた。

家を斧で叩き割られた。

勇敢に家族を守ろうとして剣で耳と目をそぎ落とされてから殺された父親がいた。

子を守るように抱いたまま陵辱され槍で貫かれた母親がいた。

腹を裂かれ背骨を踏み折られた老人がいた。

必死に逃げても捕まり体中の毛という毛を燃やされ黒い粉にされてから喉奥に焼けた鉄を流し込まれて死んだ少年がいた。

悲鳴を上げた赤子は喉をちぎられ死んでいた。

 

一緒に桜を見ようと約束した子は。

 

 

 

「---う、そつ……」

 

 

 

白く汚され手足をひしゃげさせて。

それだけ。

ただそれだけを言って。

 

静かに息をするのをやめた。

なんでもない蛮族の侵攻。

この土地ではよくあるそれで。

次郎丸の幸せは全部、全部、全部。

散って燃えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴はもうあがらない。

絶叫は必要ない。

痛覚は残している。

痛みを。

ただただ痛みを。

こんなものではないのだから。

こんなものではないだのから。

 

 

 

あのこが感じた苦しみは絶望は恐怖は悪意は。

 

 

 

夏。

王妃の工房はそれほど大きくない。

だから改造を受けたいと申し出た次郎丸はその中に入るために。

まず体を輪切りにした。

すぐには死にはしない。

幻想種の血肉を宿したのだから。

だからなんでもできた。

母は絶叫した。

すぐには死にはしない。

無謀ともいえるような、肉体強度を現実法則から度外視して、この世の邪悪を煮詰めたような魔道をもって治療すれば。

逆に言えば、そうでもしなければ生き永らえれないように自らを傷つけた。

脅しだった。

敵を殺させろと、そう血を流し死に体の身で言った。

 

 

悲鳴はもうあがらない。

絶叫は必要ない。

痛覚は残している。

痛みを。

ただただ痛みを。

こんなものではないのだから。

こんなものではないだのから。

 

 

 

あのこが感じた苦しみは絶望は恐怖は悪意は。

 

だからなんでもない。

こんな痛みはなんでもないのだと。

 

母が泣く。

もうとっくに体中の水分なんかなくなったぐらいには泣いているのに。

もうずっと泣いている。

体中に刃を通され針で何日も刺され続け異色の薬品で胴体を汚染されるのを解凍された頭で見つめ、魔術回路を無理やり神経を潰して作り上げられ。

そんな風に我が子だと認めた相手を殺さぬように殺す母親が泣きながら謝るのを見て。

 

自分が次郎丸ではなく、とぐろ巻くみみず(ただの兵器)になったのだと。

 

そう自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋を越える。

冬を越える。

関係がなかった。

 

『やめてくれ』という言葉が聞こえた気がした。

知るか死ね。

『助けてくれ』という言葉が聞こえた気がした。

攻めてきたお前が悪い。

『化け物め』という言葉が聞こえた気がした。

その通りだ。

『お母さんたすけて』という言葉が聞こえた気がした。

そうかかわいそうに、だが死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ねッッッ!!!

 

戦場を駆ける。

大地を割り地中から顔を出せば引きつった絶望が敵の顔に映る。

それがどうしようもなく次郎丸の胸の中の何かを失わせる。

ゆっくりと歯で潰す。

潰して出た汚い何かを敵にかければ狂ったように泣き出す。

敵も魔獣を出すが絞め殺した。

お前は違う、何かおかしいと同属であるはずの魔獣が悲鳴を上げるが知ったことではない。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ねッッッ!!!

 

味方に恐怖された。

それがどうした。

味方に刃を向けられて止められた。

今日は終わりだ、次の戦場を待とう。

母にやめてと泣きつかれた。

それが理解できなくて嗤った。

 

季節など関係なく。

ただただ殺して殺して殺して。

 

戻ってくることがないなんてこと。

 

だれよりも分かっていたのに。

 

それでも殺し続けた。

 

 

許されてはいけない。

何をかなんて問う必要はない。

許されてはいけない。

何もできなかった。

たとえその場にいなかったとしても。

何の力もなく、のうのうとこの時代を生きていた己を許してはいけない。

贖罪を。

一人でも多くの敵を彼女たちに捧げよう。

一つでも多くの悲劇を減らし、敵兵の死(最高の喜劇)を彩るのだ。

 

 

 

もう、何も見えない。

 

聞こえない。

 

だというのに、否。

 

 

 

『---う、そつ……』

 

 

 

だから、あの言葉だけ残っている。

 

そうだから、許されないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春が来て夏が来て秋が来て冬が来た。

また春になった。

 

「ねぇ」

 

散歩に行きましょうという声に引きづられてここまできた。

あれからずいぶん経ったのか。

もう暫く敵を殺していない。

だから久々の外だった。

王から、その()()()()()使()()()()()()()()()()を秘密で持ち出した母親が誘って来たのはなんでもない野山だった。

宛てはあるのか迷いなく進むその小さな背からこちらを見ずに声がかかる。

 

「覚えてる?」

 

何をか。

分からない。

もうずっとあの日の光景しか脳味噌は見ていない。

戦場でも居城でもそれは変わらない。

あの日の一言が耳を離れない、離してくれない。

 

「わたし、ここで貴方と会ったの」

 

なにかを言っているのは自覚する。

だがそれだけだった。

とぐろ巻くみみずの思考にはもうそこにある感情は読み取れない。

ただ事実を事実としてしか受けとれない。

言葉を音を解した情報としてしか受け取れない。

 

「私は、あの日貴方を拾ってよかったと思ってる」

 

ひねくれた返事ひとつでもできたらよかっただろうに、生憎そんな心が芽生える前に全部塗りつぶれてご破算となった。

だから親子の感動的な、臭い三文芝居なんて起きるはずがない。

 

「ここまで良く働いてくれたわ」

 

森が開ける。

王妃が何かを言う。

関係がない。

兵器に心はない。

苦悩すらない。

慙愧といえるか分からない、自我が生まれて一年で焼きついた呪いだけがある。

それだけだ。

 

「だから」

 

風が吹く。

感動などない。

奇跡などありえない。

 

「貴方に一つ、お願いをすることにしたの」

 

そこは木立だった。

開けた、ぽつんとそこだけ開けた場所だった。

淡く桜は色付く。

やわらかい生命の息吹が風に乗って鼻を擽る。

とおい、遠いいつだったかの記憶。

あれから何年が経とうと色濃く残った悲劇(情景)と言葉だけ。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ母ちゃん、自分で呼んどいて遅いじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

少女がいた。

どきりとする。

あの日、約束した、この場所で。

守れなかったその約束が、再現される。

 

「あら、時間ぴったんこかんかんよ?」

 

心臓が早鐘を打つ。

金紗の髪を揺らし赤い衣をまとった王に良く似た少女だ。

彼女ではない。

 

「なんだそれ……まあいいや、それよりなんだよ用事って」

 

あの幼い少女とは似ても似つかない。

だけど、でも、嗚呼どうして。

 

「嗚呼、そうね。そうだわ。そうしましょう」

 

ないはずの涙腺が震えるのだ。

何も聞こえないのだ。

何も知らなくていいのだ。

殺さねば殺さねば。

俺があの子の、あの人たちに報いねば。

 

「ねぇ()()()。お願いがあるの」

 

 

許されてはいけない。

代替行為などあり得ない。

命の生死にそんなものあってはならない。

あの日誓った言葉に嘘があってはならない。

だからこれは違う。

彼女ではない別人と花を見たからではなく、もっと別の。

 

「これから先、私と。ううん、私たちと」

 

あの日に心の奥底に沈めた、楽しかった思い出が。

幸せだった日々が。

 

「毎年この花を見に来てほしいの」

 

一緒に笑いあったあの日々が。

共に働き、少しずつ大きくなっていく生活圏を見て喜んだあの日々を。

そして、

 

 

 

「ね?()()()

 

 

そう言ってあの日守れなかった約束が、もう一度交わされた。

もう果たせないはずの約束が、もう一度この胸に帰ってきた。

 

『やったー!次郎丸大好き!』

あの子がそう言ってくれた、あのときの約束を。

悲劇で塗りつぶした兵器としての己が剥ぎ取られる。

次郎丸としての自分が帰ってくる。

 

「でけぇなあ、お前。次郎丸っつうんだ。これからよろしくな!」

 

嗚呼、泣けなくて良かったと次郎丸は思う。

泣いてしまう。

悲しい。

辛い。

苦しい。

だけど幸せだったころの記憶もある。

 

呪いのようにたった一つの言葉と悲劇を抱えていた兵器ではなく、たくさんの感情を持てあます次郎丸(赤子)に戻っていたから。

 

呼ばれる、名前を。

次郎丸、次郎丸、と。

笑顔を見せられる。

ほころんだ笑顔だ。

勝気な笑顔だ。

あの青空だ。

そのときの記憶までよみがえる。

 

嗚呼駄目だ、もう何も分からない。

ぐちゃぐちゃの感情の渦に赤子は飲まれていた。

 

「止められなかったのは私よ」

 

次郎丸が我に返えると既に母は先来た道を戻っていた。

抗議しながらモードレッドも引っ張られていく。

 

「早く殺せばよかったのだと、そう一度でも我が子を思ったろくでなしで。貴方がそうなる前に何もできなかった愚か者」

 

母は振り返らない。

 

「母親らしいことなんてもうきっとするのは許されない。だけど、それでも」

 

「今日ぐらいは泣きなさいよ。涙を流せなくてもね、人は、生き物は。心で泣けるものよ」

 

「だからね?もういいの。しっかり泣いて弔ってあげなさい。貴方はもう十分、がんばったんですもの」

 

そう言って母は笑った。

あの日見た青空のままで。

優しく、もういいんだよと。

そう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

淡く桜は色付いている。

やわらかい生命の息吹が風に乗る。

 

花と。

 

『---あ』

 

草と。

 

『---ああ』

 

土と。

 

『---嗚呼』

 

川と。

 

『嗚呼ぁぁ』

 

己の蟠り。

 

 

 

 

 

 

 

 

『嗚呼ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!』

 

あの日君は何を言おうとしたのか。

もうおいらには分からないけれど。

 

ごめんよ。

どうか今日だけは泣かせてくれ。

ごめんね。

さびしいよ。

あいたいよ。

もういっかいあそびたいよ。

かなしいよ。

くるしいよ。

ごめんね。

ごめんね。

 

ありがとう。

しあわせにしてくれて。

ありがとうだいすきだといってくれて。

ありがとう。

ほめてくれて。

ありがとうよろこんでくれて。

 

さようなら。

 

さようなら。

 

さようなら。

 

 

 

そうやって、漸く次郎丸は。

故人を思って泣くことができた。

弔いの涙を流すことができた。

この数年間、敵を憎悪し殺すことで感情をごまかすことしかできなかった赤子が漸くこの日。

さようならの言葉を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからそう、誓ったのだ。

約束したのだ。

『共に桜を見る』、その為に。

あの日守れなかった約束の場所で。

今度こそ。

誓ったのだ。

 

守るのだ、母を、妹を、父を、家族を、この国の皆を。

 

何度も泣かせたあの青空をもう二度と泣かせぬために。

強く成り果てたこの身のすべてを使い潰してでも。

化け物のようにしてでも。

約束をするのだ、したのだ。

他の誰にでもなければ神にでもなく、ただ己に。

失ってしまってもそれでも幸せな時間があった。

笑顔があった。

生きている。

己は生きている。

何一つできず約束を守れなかった。

だけど。

それでも幸せだったのだ。

その幸せに報いたいのだ。

こんな化け物を拾って育てて愛してくれて、そして幸せな日々を与えて。

そうして今日、許してくれたあの青空を。

 

 

あの笑顔を守るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『---う、そつ……』

 

 

 

 

 

 

 

この言葉を今度こそ、裏切らないために。

 

次郎丸としてではなくとぐろ巻くみみずとして。

 

あの人の笑顔を、守るのだ。

 

 

 

 

 

 




ギネヴィアさんじゅうごさい、渾身のショック療法

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