―――酷い面ね、友よ
声がした。
顔を上げればそこに友がいた。
生涯、只一人の友であった。
―――何を嘆くというのだ、己の無力かしら?
皮肉気なその言葉に狂おしい程の惜別を感じ取り、吐き出しそうになる。
泥のように煮詰まった激情が喉から迫り出そうとして、それを奥歯で噛み締めた。
高々二十にも満たぬ年月の憤怒なぞ目の前に立つこの友の前では塵に等しいと諦めてしまったのは何時からだったか。
何より弱音を吐くなぞとてもではないが己の矜持が許すことはなかったから。
故に問う、それでいいのかと。
それに友は呆れた声で、されどその瞳に抑えきれんばかりの希望を灯して答えた。
何時だって友はそうだった。
―――そうだ、これでいいのよ
微笑むように世界を語る。
―――ただこの選択こそが、この選択肢だけが
その瞳が、その唇が、唯々愛を紡ぐ。
―――私を産んだ母に報いる
愛おしいのだと万雷の喝采すら鳴り沈むほど響く歌声のように、そう語る■だった。
―――たった一つの復讐なのだから
そう、愛するが故に剣を手に摂り振り翳す愚かな友であった。
枯れ果てたのは喉だったか涙だったか。
その答えなぞ終ぞ知らぬまま、剣を交わすことなく我等は別れた。
今生の別れは酷く味気の無い、強いて言えば淡白なものであった。
目が覚める、だなんて言い方もヘンかもしれない。
けど、私はまたこの廃墟で目を覚ました。
「無事この教会に接続できたか。何よりだ」
「えと、おはよう……ございます?」
「うむ、よくぞ来た。待っていたぞ、未だ幼くなれど、心強き勇士達よ」
勇士だなんて、そう呼ばれて何となく座りが悪い。
私はそんなに凄い人間ではない。
勇士だなんて呼ばれる様な人間じゃない。
そんな内心なんて気にすることなくスカサハは話を続ける。
「佳いものだ。こうして何処とも知れぬ戦場とは言え静かに高ぶりを感じつつ生娘のように動乱に身を委ねる外ない歓喜に浸る時間というのは。実に心地よい」
「戦場……そうですよね、今日も、今晩もまたあの骸骨兵たちを倒しに行くんですね」
「ん?嗚呼、そうか、
「スカサハ?」
なんでもないと、そう気にするなと言った彼女は教会の出口へと歩いていく。
その歩調は澱むことがなく凄く淡々としている。
「あ……あの、どちらへ……?」
「気負うな、マシュ。我らが此れより向かうは戦場であっても内に抱いた熱を離さず消さぬよう、されど冷えた鉄心を喰らって歩め」
「えと……」
「そうだな、頭は冷静にしておけということだ。あまり雁字搦めに考える出ない、この浮世というのは得てして複雑奇怪に見えるがその実、然して単純に出来ている。故だ、お前も、そして立香もただ歩き続けることを考えよ。この先が戦場であろうと然したる問題ではないのだ」
歩き続ける。
何故か凄くしっくりとくる。
何でもないその言葉が凄く腑に落ちた。
けど、
そんな僅かに泡が水面に浮いたように沸き立った小さな
「さて、暫し散歩と洒落込むぞ」
協会の外。
昨日まであの小さな骸骨兵と戦った場所を通る。
スカサハが放った宝具の残り香。
強い強い魔力の波動。
前にあの子から教わったときに宝具とかそういう強力な力は世界に
当然だ。
町中で爆弾を点火させておいて何もないわけがない。
当然魔力の残滓が残って暫くの間、龍脈の流れを阻害させたりするらしい。
だから宝具は必殺技なんだと、教わった。
況してや昨晩スカサハは地面に無数の穴を開けていたはずだ。
其れなのに今はそんな戦闘跡がどこに見られない。
立ち並ぶビルから観覧車が突き出ている。
一見して複雑化したのだとわかる有名な
普通に配置こそされているコンビニの中は子どもの落書きで滅茶苦茶だ。
地面には止まった車に紛れて乳母車やおもちゃの車が落ちている。
そしてそういうの全部から土もないのに生えているシロツメクサ。
そんなガラクタを寄せ集めたような、昨日見たままの光景がそのまま存在している。
何より、
「これは……」
「む?ああ、彼奴らのことか。そうだな、お主達にしてみればあれこそが敵であったか」
笑い声が聞こえる。
昨日の嘲り交じりのそれではない、昔授業で遊びに行った保育園とか、それこそ自分が嘗て通った学校でも聞きなれた声。
高音のこんな場所には似合わない歌うような声。
少女のそれだ。
その音の元はやはり昨日私たちを襲った、あの小さな骸骨兵たちからだった。
「可笑しいじゃん……だってスカサハは昨日、あいつらを倒しに召喚されたって」
「いいや、アレは違う。彼奴らはただの住人だ、この内面世界のな」
よく見てみよ、そう言われて骸骨兵を見ると確かに彼女達は表情こそ分からないけれど嬉しそうに手に持った玩具で何かしら遊んでいる。
「昨日お主達が襲われたのは恐らく突然のうち
「それは……はい、そうですが」
「ふむ、釈然とせぬか」
その言葉に二人揃って頷く。
それはそうだ、こっちだって急に連れてこられて行き成り襲われたんだから。
アレが敵でないというなら、一体スカサハは
「ではこういうのはどうだ?」
すっと無駄一つない所作に導かれる指先が差したのはやはりあの骸骨達。
「
指先で、確かルーン魔術だっけか、何かの文字を描くと骸骨達の頭上から色とりどりの花びらが降ってきた。
それに気づいた骸骨達は大喜びで手を上げぴょんぴょんと、本当に子どもがそうするように跳ねながらそれを掴もうとしている。
そう本当に、まるで
「立香よ、お主はあれを見て何を想う?」
「……普通の、子どもが遊んでる、みたいな……?」
言ってからつい恥ずかしくなる。
行動はどうあれ見かけは完全に怪物なのだ。
それが普通の子どもだなんて、それも遊んでいるだなんて……。
けれどどうしてか、私はそれを否定できなかった。
普通なのだ。
ごく普通に遊んでいる、はしゃいでいる、今生きていることを心の底から喜んでいる。
そんな当たり前の光景。
ちょっと前まで私が生きてきた世界のそれにしか見えないことを、否定できなかった。
「ほう、普通と来たか……では聞くが、姿かたちは違えどお主もああして普通に過ごしていたのではないか?」
マシュは言葉を話さないけれど、多分同じ気持ちなのだろう。
何処か羨ましげにも見える寂しげな表情で、けど頷きながら同意してくれた。
それにその物ずばりの問いをスカサハは投げかけて、
「姿が違えば共感できず、理解できず、怖れを抱く……うむ、全くもって人間の道理だ」
一人納得するように腕組をしながら歩きながら、それもモデルみたいに見惚れるような立ち姿でだ!、話を続ける。
「普通、平凡、当然。嗚呼全くもって世知辛い物よな。嘗て特異であるという事は形はどうあれ人ならざるものとして天上より与えられし神秘の結晶として扱われた。それが今や
「それは……そうですが……」
出る杭は打たれる。
私の住んでいた国は特にそういう傾向が強かった。
だから何となく分かる。
「同時にやはり古来より人は『違う』ということを恐れ畏怖し祀り上げ、将又廃絶し淘汰せんとする。それは人の、生物の宿命だ。異なる物を除外し認めず切り捨てる。そうすることで正しい血統、正しい種の保存を行ってきた」
歩みは止まらない。
私たちが小走りで何とか着いていくのが精一杯だというのにスカサハはさっさと先に行ってしまう。
「だからこそ、忘れるな」
その歩みが止まった。
ふいに、だけどまるで初めから其処で立ち止まることが決まっていたようにぴたっと、これもまた背筋が伸びて女の私が見惚れちゃうぐらい綺麗な姿だ、止まった。
言葉と共に振り返ったその表情は、凄く
「立香、マシュ。違う事を恐れるなとは言わん、無知であることを厭うなとは言わん」
物憂げで、
「だからこそ其の
苦し気で、
「恐怖とは打ち勝つ物ではない。況してや切り捨てる物でもない。真の勇ある者とはな、立香、マシュ」
気丈な振る舞いをするスカサハには決して似合わない、唯々
「其れら醜き情を心の内に抱き留めたまま次の一歩を踏み込む者の事を言うのだ」
哀しげなそれだった。
そう言い切るとくるりとスカサハは顔を前へと向ける。
「さて、お主達。この先をもう幾何も行けばこの階層から次の階層へと繋がる門がある。名を……そうだな、肖るのであれば『SG』とでも言おうか」
「SG、ですか……それは何かの略称でしょうか?スカサハさん」
「それはそうじゃな、儂からは何とも言えん。
さてそろそろか、そう言って言葉を切るスカサハ。
その視線の先にあるのはやはり白い花、シロツメクサだ、で覆われた地面。
白い、白いその場所。
ぽつりと、黒。
スカサハの表情が変わる。
点々と、滲む。
獰猛で猟奇的で、それでいて凄く色っぽい表情に。
しとしとと、沸き立つように。
いつの間にかその手には朱色の槍が。
じくじくと、膿み出すように。
そして開戦の言葉を、私たちを戦場へと駆り立てる合図をした。
「そら、来たぞ。この内面世界の
悲鳴が上がる。
私の口からでもマシュからでもない。
骸骨兵だ。
あの小さな少女たちは口々に騒ぎ立てて建物の中へと逃げていく。
そしてそいつらは現れた。
「なっ!?」
地面が滲む。
泥をぶちまけて拭えない汚れを服に染み付けたように、その色が黒へと変わる。
どろりとした何かが地面から湧き出て。
それが扉となってそれは這い出てきた。
「シャドウサーヴァントッッ!?」
「否。よく見よ、お主達は幾度も英霊と戦ってきたのだろう。ならばその瞳だけでなく、鼻で、肌で、そして脳髄に刻まれた経験で敵を見よ。それこそが戦場で敵と相対するということだ」
黒い靄を纏った戦士、サーヴァントの召喚失敗例。
それがシャドウサーヴァントだ。
でも言われてみれば、確かに違うのだ。
「違います……これは、この反応は確かに英霊に近しいですが……」
「うん、違う……なんか凄く薄い」
そう、薄い。
気迫も凄い、ぶつぶつと何か呟き目をらんらんと輝けせている彼らは確かに恐ろしい。
だけど、違う。
何というか、存在がそのものがサーヴァントよりもずっと、揺らいでいるというか、そう、不安定なのだ。
「薄い、か。正解だ。こやつ等は元より英霊ではない」
それをスカサハは肯定し、湧き出続け今この瞬間に乱れた隊列でこちらへと向かってくる敵へと槍を向けた。
それに遅れてマシュも盾を構え突撃してくるシャドウサーヴァント擬きと戦い始める。
その手に持っているのは様々だ。
黒くてよく分からないが、スカサハの持つ槍とは意匠も形も随分違う。
その昔、図書室で読んだ漫画に出てくる中国の武将が持つような其れ。
剣を持っている騎士風の敵は士郎さんの短刀の様に短いけど違う、半ばから折れている。
故郷でよく知る鎧兜を纏った武将の持つ弓はアルテミス達のそれと違って弦が切れている。
全員が全員、亡霊と呼ばれるそれらは何かが欠けている。
「マシュ、英霊とはなんだ?」
槍で亡霊たちを軽々と捌くスカサハ。
彼女は対照的に息を切らしつつ潰しても潰しても地面から湧き出る黒い敵に苦心しているマシュに質問した。
まるで何時もと変わらないような、そんな軽い言葉。
「え……はいッ!え、英霊は生前偉業を成して人理にッ!刻まれ座に登録された人類を守護する形而上の存在ッ!ですッ!」
「うむ、正解だ。では立香、英霊となるにはどうすればよい?」
マシュの答え。
それは何時か何処かで教わったこと。
他愛もない食後、陽射しなんてない無機質な蛍光灯の下で。
それでも習った大切な思い出の一欠けら。
私はそんなに頭はよくない。
けれど、ちゃんと覚えている。
答えられる。
矢継ぎ早に来る敵、その数を確認し邪魔にならないようマシュにのみ指示を出しながらスカサハの問いに私も答える。
「自分の行い、自分の行動、自分の成し遂げた事っ!それが一つでも世界にとって、生きている人、そしてこれから先の未来を生きていく人たちにとって重要であれば、その人は英霊になれるッ!……」
自分の言葉だ、習った通りの言葉ではない。
だけどニュアンスは伝わったようで、上から叩きつける様に振るった真紅の槍で数十の亡霊を纏めて磨り潰して霧散させたスカサハは満足したように喉を鳴らして正解だと告げた。
「よく勉強しているではないか、感心だ。その通り、英霊とは生前に人理存続にとって著しく有益だと判断された個や群体を座と称される高次領域に存在が登録された人理の記憶だ。故に」
言葉を切り、私も気が付かなかったマシュに迫る刃を一息で飛び込んで砕き折り、そのまま敵を後ろにいる仲間も含めて貫く。
「その存在は人類史が長く続く限り決して潰えぬ輝きとなる。そんな存在となるには、マシュ、お前のような手段以外ではそれこそ人理そのものや人類の最深層である
阿頼耶、聞いたことがある。
エミヤから教わった、何でも世界最古の悪徳商法だとかなんとか。
「英霊になれない者とは私のように世界の理から外れてしまった者か、若しくは人類史にとって価値無きものと断じられた存在、つまり眼前の敵のような者達の事だ」
英霊未満。
サーヴァントは座にいる
そしてシャドウサーヴァントは正規の召喚から劣化した
そういうことなら、敵の希薄さも理解できる。
要する、今無限に沸き立つこいつらはコピーどころじゃない。
言うなれば出来の悪いインディーズバンドのCDみたいに、知名度も糞もない本当に無名の存在なんだ。
だけどそれなら。
そんな疑問が沸き立つ。
「こやつ等を称する名は
なら、どうして。
どうしてそんな奴があの子の。
「呻いているのさ、嘆いているのさ。確固たる自我を持てず正しく亡者と成り果てた己を。だからこそこの戦場にいる、何もかもがとうの昔に終わり果てた場所へとぞろ集まって、最後の空席を埋めることで嘗ての輝きへと至るために。若しくはこやつ等もまた惹かれたのかもしれんな、僅かに開いてしまった心の隙間を縫い歩く香り、輝かしき門の主人の帰還に」
その疑問への答えはあまりにも曖昧で、今の私たちには到底理解できない。
理解できるのは、
「先輩ッッ!!」
今もまだ、此処は戦場だってことだけだ。
「ッ!
マシュ達の防衛線をすり抜けて敵が来る。
すぐさま
私は魔術師として三流以下のひよっこだ。
それでも仮にも戦場に立てれるのはマシュ達が頑張ってくれるからと、カルデアのスタッフさん達が作ってくれた魔術礼装があるからだ。
大した本数のない魔術回路から生み出した小さな魔力を種火に礼装を起動させることで、三種類だけだけど礼装自体に登録された魔術を呼び起こすことができる。
私自身に掛けることは勿論、サーヴァント達に使用して戦闘を有利に運ぶこともできる優れものだ。
それを自身に掛けてすぐさま凶器の届かぬ場所まで回避した。
そうすればほら、
そうだ、
「先輩!無事ですかッ!」
「ありがと、マシュ。大丈夫、マシュが来てくれたから平気だよ」
だから、
そうだ、私一人じゃ何にもできない。
私なんかじゃ何にも。
「やれやれ、世話の焼ける」
その言葉と共にいつも間にか手にした紫紺の剣でスカサハが目の前の敵を切り裂いた。
「一人は見て見ぬ振り、そしてもう一人は無自覚ときた……如何にもお前たちにとってあれは聊か以上に悪趣味が過ぎたのだな。全くこれだから躾の成っていない畜生は」
やれやれと肩を竦めながら踊るように槍を振るう。
大地が割れるなんて生易しい表現は相応しくない。
綺麗に槍が空を切った場所、ただ振るった場所をその静かな衝撃だけで切り裂く。
それは見えない刃になって、剃刀より遥かに鋭く眼前のそれこそ百八十度すべてに居る敵を切って捨てる。
それで一時的に敵の勢いは止む。
「ッ!……やはり、先輩」
「うん、根元を叩かなきゃ駄目みたいだね」
けれどその勢いが止まっても地面から湧き出る幻霊は止まない。
黒く滲んだ泥のような地面はじわじわと範囲を広げて、今や目の前一杯に広がっている。
そしてその泥の中からB級映画のゾンビみたいに腕を伸ばして幻霊たちは湧き出てくる。
その仕草はまるで、何かを掴みたくて仕方がない、そんな風に私の目には映る。
無駄な思考だ。
戦士だなんて言ったら恥をかく私だけれど、それでも死線は越えてきた。
だから戦場に立った時に無駄なことを考えてる暇なんて持っちゃいけない。
なのについ考えてしまって、頭を振った。
そんなことよりも根元だ。
あの泥を何とか、それこそ根こそぎ焼き払うぐらいの火力が、
「否、不要だ。そも、そんな物は
「ひゃっ!?」
「えっ!?」
言うが早いがスカサハは私たちを抱き寄せて、華も恥じらうJKをだ!、軽々と小脇に抱える。
「む?マシュよ、お主少し軽すぎだぞ。もう少し飯を食うとよい。過度の節制、小食は逆効果だぞ」
「あ……はい、申し訳ありません……」
「宜しい……でだ、立香よ」
「え……なに、ああいいや、やっぱり言わないで」
「いいや駄目だ、言うぞ。お主は少し背と腹に「あー!困ります!困りますお客様!あー!困ります!」……誰がお客様だ、馬鹿たれめ……全くそれなりに胸は、うむ儂やマシュには劣るとはいえあるのだから少しは「あー!聞きたくない聞きたくない!」……全く」
呆れたように溜息をつくスカサハ。
けど私は悪くない、だって花も恥じらうJKだよッ!!
一グラムで一喜一憂するお年頃だよッ!!
仕方ないじゃんッ!
「……では跳ぶぞ」
「え、何処に?」
「無論前へだ。我が秘術、
では逝こうか、そう言って軽やかに一歩踏み出した時にはもう、
「わあ……!」
「すごい……すごいです!先輩!スカサハさん!」
私たちは弧を描くように空を舞っていた。
敵が豆粒程度にしか見えない程遥か上空。
たった一歩でスカサハはその場所まで私たちを連れて跳んでいた。
跳ぶ、という表現も変な話だ。
今も風を切りながら、けどまるで後押ししてくれるみたいに背中に風を受けながら空を闊歩する私たちはとってもじゃないけどジャンプした結果だとは思えない。
本当、まるで魔法みたいだ。
「そうかそうか、うむ、満足したか」
「はいっ!これが聞きしに及ぶ影の国の大秘術『鮭跳びの術』なんですね!流石です、スカサハさん!」
「うむうむ、佳い佳い。あの馬鹿弟子は力技で攻略したが、本来我が秘境の最奥に辿り着くにはこの美麗にして華麗なる儂が生み出した美しい術理が必要というものだ……あの馬鹿弟子は自前の身体能力で攻略したがな、全く。……それで、お主はどうだ?立香よ。空を駆る旅路というのも中々であろう?」
「すっごく気持ちいいっ!!……あれ、でも、これどうやって
まだ空を走っているんだが、ふと思った。
全然落ちる気配ないし、一体どうするのだろう。
それにあっけらかんとスカサハは答える。
「嗚呼そんな事か……無論、
そう、何事もないかのように答えた。
「「へ……?」」
「ああだから、立香よ。次跳ぶ時までに少し鍛えておけ。若さに胡坐をかくと肉は幾らでも着くぞ」
「「ちょ……」
「うら若い儂の細腕ではお主は少し、そう、端的に言うなればちとばかし重いぞ」
「「えぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」」
「ではさらばだ……ああ、
「「むぅぅぅりぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」」
そして、はっはっはとわざとらしい陽気な声でスカサハは私たちを放り投げた。
それは立香達も知る由もしないこと。
「行ったか」
遥か向こう、スカサハが『SG』と呼んだ門へと立香達を放り投げた後、スカサハは一人泥の中心へと降り立つ。
「うむ、遅かれ早かれこの先を見るだろうしな。早い方がよいだろう」
私が出るのもそれから先でいいだろうとスカサハはごちて、ひっそりと笑った。
「さて、どうせお主ら。揃いも揃って幼子を貪る獣でしかあるまい、ならばこの先も生涯の果てを行こうと我が領地を踏むことすら敵わぬはずだ」
その笑みは憐憫。
その口元は嘲笑。
「平伏し喜ぶがよい、貴様らが招かれるは冥府の果て。星の如き猛者にのみ許された絶境だ。その幸運を噛みしめて」
その言葉の意味を分かるほど知性を持たぬ幻霊たちでも悟ることがあった。
「地に咲く花を貪らねば輝けぬ己を呪って逝くがよい」
それが己の死を告知するものであるという事を。
そして告げられる。
何もかもが死に伏す、冥府の窯が開かれる。
その鎮魂の狼煙が。
―――
拝啓、カルデアのおかんへ。
「無理無理無理無理っ!!」
お元気でしょうか?
ジャックは我がままを言ってませんか?
お姉ちゃん達心配です。
「ほ、宝具!宝具展開します!きょ、許可!許可をください先輩!!」
おかんは体調どうですか?
桜さんに搾り取られて腎虚になってませんか?
士郎さんのやつれた顔を見ながら深々と『サーヴァントなのに……サーヴァントなのに何で腎虚寸前なんだい、アーチャー……』そう言って溜息をつくドクターの顔と隣で爆笑しているダ・ヴィンチちゃんが眼に浮かぶので心配です。
さて、今私たちは
「いいから!早く早く!ぶつかっちゃうよマシュ!」
恐怖のスパルタ女教師の手で地面に向かってスカイダイブ中です……ぶっちゃけ死にそう。
やばい、やばすぎる。
マシュが宝具を展開しようとする。
盾を構えるけど、それって衝撃まで吸収してくれるのだろうか。
というかマシュの腕折れないだろうか。
……やばい、やばすぎる!
「了解!真名偽装ッ!宝具ッ仮そ「いいや、その必要はないだろう。違うか、
ぶつかる寸前。
絶対絶命って言葉が身に染みる状況。
上空数百メートルからのダイブの終わり頃。
二人きりのその場所に三人目の声。
馴染みはない、初めて聞いた声だ。
けどその心地の良い重低音は私をマスターと呼んだ。
「ふぅむ、フィンの一番槍よ」
ぐっと引っ張られる。
私の身体が太い大木のような腕に抱きかかえられる。
離れたマシュの身体は呼びかけに応えた艶のある声の持ち主がしっかりと受け止めている。
「言うに及ばず、虹霓の猛者殿。安心なされよ、マスター。我らこの一時ばかりの従者為れど、我が名と騎士の道をケルトの神々に掛け、誓って貴女方を守り抜こう!」
「はっはっは!猛るな若いの!うむ、好いぞ。スカサハ姐の手ほどきの元に仮初であろうと誓いは誓いだ!俺もアルスターの男、何、この
気持ちの良い快活な言葉。
二人の会話は私たちと風を置いてけぼりにしながら下へ下へと突き進み。
「そらぁッ!」
弾ッ、そう弾むように轟くように地響きを唸らせながら見事私たち四人は着地した。
砂煙が巻き上がり、そして止む。
顔を上げて前を見据えれば、先の方に小さくこんな廃墟に似つかない門が見えた。
あれが、目的地。
あの先に行く。
ゴールが見えた。
だというのに、なぜか、どういうわけか足が竦む。
まるで行きたくないと歯医者に行くのを嫌がる子供みたいに。
陰鬱な気持ちになる。
それを知りたくなかった。
「さて、自己紹介がまだだったな、マスター」
そんな気持ちを横からひっぱたくどころか助走付けて粉々になるぐらいの勢いで叩き込んでくる元気の良い声。
見れば、そこには細い目をした大男と抱きしめたマシュの手を取って恭しく下す美男子の姿があった。
「えっと貴方、達は……?」
「応とも!俺はアルスターは赤枝の騎士団が若頭!フェルグス・マック・ロイ!螺旋なりし虹霓にて大地を穿ち天を結ぶ稲妻なればこそ!天地天空大回転ッ!我が剣を以て今この一時ばかり、お前たちの道を削り拓こうッ!」
「真名をディルムッド・オディナ。此度の仮初の召喚では
その名乗りに聞き覚えはあった。
詳しい逸話とかは知らない。
けど時折ギネヴィアが口にしていた、ギネヴィアの居た時代よりも前の英雄だったはず。
「ケルト神話を彩る大英雄!信じられません!お二人を先輩は土壇場で召喚なさったのですか!?」
「え……ううん、違うよ、マシュ。そりゃパスはなんでか通ってるけど……」
違う。
そうだ、
私は無力だ。
私はそんな凄いこと出来ない。
だからきっと違うに決まっている。
そんな得体の知れない後悔に胸が沈む。
その思いを隠したくて思わず顔を伏してしまった私にマシュが心配したように呼びかけてくれるが、何も言えない。
気まずい空気が流れる。
それをやっぱり鼻を鳴らして、
「ほれッ!」
「ッ!?……いっ……たぁいっ!」
ばしんと力強い音で打ち壊したのはフェルグスと名乗った大男の手が私の背中を叩いたからだ。
……っていうか。
「滅茶苦茶痛いじゃんっ!」
「せ、先輩!?大丈夫ですか!??」
大げさじゃなくてマジでいたい。
一体何なのだ!?
慌ててわたわたするマシュ。
そして痛がるそんな私を置いてさっさとフェルグスは門の方へ行ってしまう。
ディルムッドの方も困った顔をしつつ、それに着いていく。
立ち上がる。
ちょっとその態度はカチンときた。
一体全体何なのだ!?
「ちょっと!ねぇ!……ねぇってば!」
「先輩、落ち着いてください!
そんな
悔しい。
なんだかすごく。
分からないけれど。
どんどん門の方へと脚は進む。
フェルグスたちを負いながら、燻る
ひたすら足を縺れさせながら、もう走ってるみたいに追い縋る。
「ねぇってッ「なあマスター」……なにっ!?」
フェルグスが立ち止まって声をかけてきた。
立ち塞がるように、目の前に雄々しく立っている。
あれだけ呼びかけたのに、その声に応じたその背はなんだか凄く寂しげだった。
「―――何を後悔している?」
「……は?」
そしてその言葉は寂しげでこちらを気遣ってくれる優しさがあって。
そしてどんな刃物よりも鋭かった。
「それほど恐ろしいか、あの娘が」
「なに、を」
……イ。
「それほど憎いのか、無力な自分が」
「……い」
……サイ。
「己の足でこの大地を踏みしめることすら厭う程に、お前は」
「……さいッ」
…ナサイ。
「己の内に沸いた嫌悪を憎むか、藤丸立香よ」
「うるさいッッ!!」
―――ゴメンナサイ。
その一言が耳から消えてくれない。
「何っ!?何なの!??勝手に殴って勝手にしゃべってッ!何なんだよぉ!!!」
消えないのだ、気持ち悪さが。
塵のように消し飛ばしたあのサーヴァントを。
体中がぼろぼろになって、全身怪我してない所なんてなくて。
それでも泣きながら狂ったみたいに嗤って戦う彼女の事を。
何より―――ッ!
「……そうかそれほどか」
「マスター……」
返す言葉はない。
肩で息をしてしまう。
胸の内で沸き返り暴れ狂う熱が止んでくれない。
終わってくれない。
苦しい。
辛い。
ああ―――、
「嗚呼だからこそか……スカサハ姐め、嫌な役を押し付けてくれたな」
「ええ全くです……されど、ここがマスターの浅瀬に違いないのでしょうから」
「やれやれ……ならばマスター」
そう言って、フェルグスがその場を引いた。
その先にあるのは門。
気づけばあと五分とかからず辿り着く場所まで来ていた。
「しかと見届けていけ」
其処に、あの子は居た。
「―――アレがこの世界の主人だ」
開かれたその先。
「……え……あ……なんで、どうして……?」
どちらの声だったのだろう。
マシュも私も、息を飲んで。
飲み込んだ死臭で胃液が激流する。
鼻を突く鉄の匂い。
白い花弁は濁った色で染まっている。
「……う」
獣が盛るような唸りと狂気の叫び。
肉が肉を打つ音。
何かを引きずるような湿った音。
けたたましい情欲の声。
「……うぅ」
無数の影。
知っている、先程までスカサハと共に倒していた幻霊。
それが我先にと飛び掛かり血を滴らせ貪り喰らっている。
「ぐぇッ……!」
その中心、門の前に鎖で縛りつけられた大切な仲間は。
「ぐぅ……ぇッ……ッ!」
全身を赤色に染め上げながら無数の
「っ……ゥッ……ぁ……」
そしてその姿を私の脳が理解させられて、私の意識は泡を立ててこの場から逃れていった。