オリ主が挑む定礎復元   作:大根系男子

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ヒロイン、一応アルトリア先輩なんだけどね。
回想ですらこれっぽっちも出てこない、なんでだろ(すっとぼけ)


純白の花嫁(セルフ発狂完備)

冷えた雨が全身を濡らした。

淡い空色の洋装もじっとりと水を含んで重くのしかかる。

 

『哀れだな』

 

先程まで自分を文字通り刻み続けていた男の言葉を思い出す。

雨よりもずっと重い言葉であった。

 

『数合わせとは言え我々とは違い、限りなく正規に近い霊基。ならば当然マスターが必要だ、不幸なことだがね』

 

主人、主人っ、主人ッ(マスター、マスターっ、マスターッ)

滑稽だ。

この期に及んで自分は未だ主人が無くては生きていけ無い身体らしい。

いよいよもって亡者めいてきた。

仮に王妃であったものが今ではただの亡霊とはとんだ喜劇も良い所だろう。

化けて出るならもっと素敵な姿がよかったというものを。

 

『その様子では聖杯から何も受け取ってはいまい』

 

首を剣で貫かれ、四肢を枯れた荒野に縫い付けられた私の横に片膝をついて男は話す。

最早何もできない私をこれ以上甚振ることもなく、ただ哀れみを込めて冥途の土産とでも言いたげに語りだした。

 

『君も含めた我々は英霊だ。過去未来にその名を遺した哀れな亡霊、その影を願望器を餌にクラスという名の器に縛り付けて代理戦争を行う。それが聖杯戦争、そしてそれが君が此処に居る理由だ』

 

英霊。

知っている。

死して世界の裏に在るとされる座に着いた超常の者。

丸っきり自分のような半端に玉座から逃げた愚か者では到底辿り着けない栄誉だろう。

そんなモノに自分が成ってあまつさえ聖杯欲しさに遠い時代の果てに未練がましく現れたというのか。

本当に、なんて無様なのだろう。

 

『マスター無き身では本来特殊なスキルでもない限り早々と座に送還されるのだが、幸か不幸か君はそれを持ってしまっていた』

 

わあ素敵。

そんな技能があるだなんて、頭がおかしくなりそうだ。

いやもう可笑しくなったのだろうか、それとも可笑しくなっていこうとしているのだろうか。

分からない。

 

『神性によるものか生前の功績か、そこまでは分からないが大地そのものから魔力を高効率で吸収する。成程通常の聖杯戦争で、正規のマスターが存在すれば最下位候補キャスターとは思えぬ猛威を振るっただろうよ』

 

猛威、猛威?

何処がだろうか。

振るった十三の砲門、大地の大源を貪りその己の身体を通して放たれた高密度の魔力砲。

見覚えのある、懐かしさすら感じる近代的な建築物を根こそぎ焼き払って見せたそれが、この男には何一つ通じなかったというのに。

魔術に対する霊的な防御、そして淡く輝く七つの花弁。

己の砲門一つ一つを嘲笑う様な莫大な神秘が秘められた百を超える剣軍。

幾ら、幾ら、幾ら撃とうとも一度たりともその身体を傷つけられず。

だからこそ点から面に、周囲の大源を結晶化させ空間そのものを地雷で埋め尽くした。

成程、傷はつけられた。

醜い喜びが、下卑た感動が胸を震わせ脳を活性化させて。

 

『残念ながらこの戦争はもう決着が着いていてね。それも飛び切りの厄ネタだ。何せ汚染された聖杯の中身が零れだし何もかもご破算にしたのだから』

 

固有結界などという規格外の神秘によって、私の振るった魔術は悉く否定されつくした。

後は簡単、無垢な乙女が欲望に汚されるように。

剣の総軍によって蹂躙されつくしたのだ。

 

『当然君が寄る辺にする大地も泥に侵された。となればそれを吸収した君も加速度的に泥を吸い込むことになる……そうなったのも必然だろう』

 

侮蔑と哀れみともとれるその目。

何ことだろうか。

一体彼は何を憐れむのか。

こんなに、この身体は軽くなってしまったというのに。

五体で無事な場所は一つもない。

それでも生きていられたのは、それでも魔力を振るえたのは、無意識に喰らった泥のお陰なのだと彼は言う。

 

『さて、私はこれで帰らせてもらうよ。騎士王からの命令でね、如何やら新しい来客がこの地に降り立ったようだ』

 

そう言って立ち上がると彼は固有結界を解いた。

何か聞き覚えのある単語が聞こえたような気がしたが、それを想うのが怖くてするりと溶けて泡となった。

再び雨が頬を打つ。

 

『さようならだ、哀れな少女よ。君は此処で朽ちていけ、若しかすると我らと戦列を並べるやもしれんしな』

 

後に残ったのは動くことすらままならない、襤褸衣だけ。

嗚呼何てことだろう、生きることすら、もう億劫だ。

王妃でもなければ、何者でもない亡霊がただいるだけ。

何て気持ちが悪い。

何て醜い。

これが結末。

これが終焉。

少しでも良き未来を、そう思って辿り着いた先すら満足に見れず、託された留守も流した血への報いも果たせず、異邦の地で誰にも看取られず消える。

 

「……あは」

 

愚劣で愚昧で無知蒙昧。

 

「…あははっ」

 

何て、何て。

 

「あははははは」

 

何て私からほど遠い結末なのだろうか。

笑って見せても楽しくない。

やっと声が出せる程度の回復したというのに視界の先が黒く沈む。

聖杯の泥だったか、ああ良いだろう。

飲み込めばいい、そうして喰らい潰して跡形もなく消してくれればそれでいい。

それいいのだから。

 

不意に、足音が聞こえた。

忙しなく、歩幅もばらばらの幼い歩みだ。

決して訓練された兵士の物ではない。

驚いた、彼の言った通りここは最果て。

誰もいない無毛の大地。

そんな場所で

 

「大丈夫っ!?」

 

聞こえた声は知らない者からだった。

暗く沈んだ瞳に何とか向ける。

後ろで忙しなく憤る少女を無視して必死に何度も呼び掛ける子どもが居た。

未だ二十歳も超えていないだろう、筋の付き方も戦士のそれではない。

全身の魔力回路も一見しただけで分かるほど未熟。

こんな場所に相応しくない、少女だった。

 

「今、助けるからね!」

 

何を言っているのだか。

嗚呼そうか後ろから魔力、大きさから言ってサーヴァントとやらなのだろう。

怪我をした私を連れてそれから逃げようというのだ。

何を。

嗚呼可笑しい。

可笑しい。可笑しい。

そうだ可笑しいぞ。

何を言っているのだ、この少女は。

 

「何……言ってるの?」

 

お前は何を言っている?

私が何一つ太刀打ちできない化け物、その仲間が迫っているのだぞ。

こんな不出来な女なんぞ捨て置けばいいじゃないか。

何一つ成し遂げられぬまま逃げ遂せて楽になって、その果てに辿り着いた場所で生涯をかけて培った魔術が何一つ役に立たなかった魔女だぞ。

何を、一体何を言っているのだ。

 

「もう良いんだよ、よく頑張ったね」

 

何を、だから何をっ。

 

「何考えてるのっ藤丸!マシュが抑えるのだって限界があるのよ!第一()()は……」

 

年若い魔術師が言う。

その通りだ、見知らぬ、どこの誰とも言えない私を何故っ。

 

「大丈夫です!私こう見えて力持ちですから小さな子ぐらい抱えて走れます!」

 

だから。

 

「もう大丈夫!私たちが来たからっ、お姉さんと一緒に逃げよう!」

 

だからッ!

そんな、そんなっ。

貴女は何を言っているの!?

こんな何も残せなかった愚か者を救って一体何の得がある!?

 

 

「いい……からっ!早、く逃げなさい。私はもう、いいのッ!こんなッこんな無価値な女なん「駄目だよ」……え?」

 

ぴしゃりと幼い子を窘める様に少女は私の言葉を遮った。

 

「そんなこと言っちゃダメ、諦めたりなんてしないで。貴女一人で無理でも、此処にはお姉さんが三人もいるんだよ」

 

自信ありげにそう言いながら私担いで走り出そうとする。

止めて。

 

「もう怖いことなんてない」

 

止めて。

折角、折角諦めたのに。

 

「もう怖い奴なんかに渡さない」

 

私を抱き上げ走り出す。

幾ら小柄でも人一人分抱えて走るのは辛いはず。

恐怖か疲れか、手が震えている。

足だってちょっと気を抜けばすぐに転びそう。

それなのに彼女は諦めない。

私は折角、折角諦めたのに。

もう死んだのだと、何もできることなんかないと、未来を見てしまった義務感を抱えて生きていくことに。

友と笑う毎日に。

仲間と食卓を囲む毎日に。

我が子に物を教える毎日に。

 

「もう怖い目なんて合わせない」

 

私の心なんか無視したまま彼女は走り続ける。

後ろから響く轟音に脅えることもせず、ただ愚直に走る。

諦めた私を。

 

「必ず、私が守るから。だからもう」

 

もう愛した人(アーサー王)と共に手を取り合って未来を見るのを諦めた私を。

 

「大丈夫」

 

大切な宝物(ブリテン)を見捨てた、こんな惨めな私を。

力強く抱きしめたまま助け出してくれた。

 

「あ……」

 

何も言えなかった。

何もできなかった。

ただ暗く沈んだ視界に光が差し込んで、泥は溢れた水と共に洗い流れていくのが分かった。

人として、ただ当たり前のことをする。

傷ついた力無き民を守る盾となる。

それはまるで自分の大切な宝物のようで。

そしてかつて、そんな宝物に泥を塗らぬ様励んだ王妃としての己のようで。

余りにも眩しかった。

 

「っ!藤丸!止まりなさいっ!」

 

少女の名が呼ばれて急静止する。

目の前に先程までなかった鎖が幾重にも張られている。

それは蛇。

獲物縛り上げじわりじわりと喰らう罠。

触れるが最後、骨すら溶かす甘き毒。

敵が来たのだ。

 

少女達の行き場が失われた。

もし私を拾っていなければ、そもそもあんな所に無様に転がって居なければ、もしかすると彼女達は此処から逃れられたのかもしれない。

そんな仮定が頭を過る。

でもそれは、そうそれは。

 

「ちょっと待っててね」

 

そう私に一声掛けると近くの瓦礫の裏に横たえてくれる優しい人。

きっと後ろの魔術師とこの先をどうするか相談しているのだろう。

ほら見たことか、私を拾ったことをこっ酷く叱られている。

嗚呼そうだろう、そうでしょう。

私を助けなければ、もしかすると、ひよっとしたかもしれない。

そうだ、そうなのだ。

だけどその仮定は彼女の正しい行いを否定することに繋がってしまう。

それは駄目ね、それは駄目よ。

だって目の前の幼子を救った優しい人が、そのせいで死ぬなんて、騎士の道を歩む王の妻として決して許してはいけない事なのだから。

 

「ねえ、貴女」

 

私の言葉に振り返った彼女は、此方を安心させるよう笑いかける。

手足の震えが隠されていない。

それはそうだ戦場も知らない生娘だ、怖くて辛くて逃げ出したくて仕方がないだろうに。

それなのに人の道を、人倫を捨てた獣に成り果てなかった。

ならば、応えなくては。

 

「ごめん、今何とか「ねえ、お嬢さん。お名前を教えてくれないかしら」へ?」

 

例えこの身が朽ちた亡霊であっても、最後の最後に逃げ出した愚か者であっても。

この身は、彼女の選択を間違った物にすることだけは、人の道を選んだ先に幸いが無いなどと馬鹿げた結末を描くことだけは許してはならないのだから。

 

「貴女のお名前よ?怖ーいお姉さんが来る前に、早く教えてくださいな」

「ちょっと貴女、急に何言ってるのよ!駄目よ藤丸、不用意に魔術の世界の人間に名前なんて教えちゃ。こんな状況でそんなこと言うサーヴァント、第一私たちを待ち受けて「立香、藤丸立香だよ」ちょっと!」

 

リツカ、フジマルリツカ。

何度か口の中で含むようにして確かめる。

大丈夫、如何やら自分はこの手の名前というか発音に慣れた土地に嘗てはいたようで、少しすれば慣れた調子で言えそうだった。

何せ一世一代の大舞台、此処で上手に名前を呼べなきゃちょっと恥ずかしいからと年甲斐も照れる自分が居て、笑ってしまう。

そうして韻を確かめること数瞬。

魔術師の言った通り、名前は容易く呪いとなる。

魔術の世界で尊ばれ秘匿される大切なもの。

それを渡されたなら、名前が紡いで縁を繋ぐ、そんな呪いを掛けるなんて欠伸が出るほど簡単なこと。

身体は重い、けれど心は何時になく軽い。

魔力回路が唸りを挙げる。

残っている僅かな小源を奮起させて、泥も何糞と大源を吸い上げて。

 

「綺麗……」

「……何よこれ。こんな陣、それこそ神代の魔術師じゃなきゃッ!?」

 

神代なんて何とまあ買ってくれる。

これは益々頑張らねば。

汚泥に染まった大地に描けるだけの精緻な魔術陣を描く。

刻むは『補完』『召喚』『邂逅』『循環』『再生』『固定』、そして『契約』。

都合七つの術を以って大番狂わせの術式と成す。

元よりこの身は王と民に捧げている。

今更誰かの飼い犬になるのに抵抗はない。

おまけに主人候補は随分と素敵な人だ、文句なんてこれっぽっちもない。

 

さあ準備は整った。

 

「藤丸立香。道無き場所で人の道を貫く貴女の姿に私は救われた。一時の恩義、この卑小なる身の全てを以って返しましょう」

 

陣は火花によく似た閃光を散らす。

状況は相も変わらずよく分からないまま。

まあでもどうやらサーヴァントというのは超一級の使い魔でそれを使って戦争する、ということだけはよく分かった。

なら後は簡単だ。

使い魔の一つや二つ、片手で足りる頃には作れていた。

ましてや使い魔との契約だなんてとっくの昔に通過した魔術なのだから。

 

「我が名はギネヴィア!ブリテン島を統べしログレスが王、アーサー・ペンドラゴンの妻!」

 

霊基に残る術式を読み取り有り合わせの術理で『補完』したと仮定。

己の身が既に『召喚』されたと偽証。

主人との『邂逅』を起点に設定。

体内の小源と周囲の大源を『循環』させ動力として起動。

汚染された肉体を再召喚したと誤認させ『再生』することで初期化。

名前を結んだことで縁を結び付けたことにして自分を世界と立香(マスター)に『固定』。

六つの門を通り、『契約』と成す。

そうすれば、ほら。

 

「我が杖は主が為に、我が声は主を導くために。あらゆる万難を排し如何なる難題も紐解こうッ!」

 

正規の方法っぽく契約をするだけなんて簡単なことだ。

 

 

 

 

 

 

装いが変わる。

空色の戦衣装(バトルドレス)が風で翻る。

先ほどの洋装とは違う、戦場に立つに相応しい装いに思わず口元が綻んでしまう。

魔力も潤沢に廻る。

パスを通してそれが彼女本人からだけでなく、大規模な魔術炉か何かの後押しを受けているのが分かる。

とは言えこういう契約は予想外なのか、立香は体調を崩したように膝を着いた。

 

「ごめんなさい、無理をさせてしまって。それに本当ならもっと素敵に華麗に可愛く決めたいとこなのだけれど」

 

本当に残念だ。

如何やら彼女と契約しているもう一人の方。

防戦で踏み留まるのもそろそろ限界なことが砂塵の向こうからも伝わってくる。

自分の所為で時間を取らせたのだ。

その分はおつりがくる程度には頑張らねば、仮にも王妃であったこの身の沽券に関わる。

 

「無理やり契約させてごめんなさい。とまあ、それはさておき、一先ず向こうの子を助けに行くわね?」

 

いいかしらマスター?だなんて聞いてみれば青い顔。

先程から忠告を続けていた年若い魔術師に介抱されながらそれでも強く頷き、答えてくれた。

 

「私はまだ貴女の事何も知らないけど……だけどわかるよ、さっきの言葉に嘘はなかった。だからお願い、マシュを守ってッ!」

 

主人の言葉に飼い犬の様に見っとも無く打ち震えてしまう。

マシュ、前にいる少女だろう。

自分の事よりも戦友を。

おまけに勝手にした契約の宣言を信じるとまできた。

堪らない、胸がぎゅっと熱くなる。

熱を帯びた仮初めの心臓が鼓動に応じて血潮を騒がせる。

先程と言い今の言葉と言い、如何にもこの子は人をその気にさせる天才の様だ。

悪くない。

気が付けば既に脚は駆けだした。

本当に犬になってしまったかなと思わず笑ってしまう。

良い、本当に良い。

血の巡りも久々に悪くない。

戦場にいるだけでない。

今一つ泥の影響で如何にも思考がクリアじゃないが、まあ何とかなるだろう。

見っとも無く茹で上がってヒステリーになるような年じゃないし。

ギネヴィアまだ若いもん。

三十路まであと一年あるもん。

大丈夫、うん、大丈夫、きっと、めいびー。

踏み出す足に魔力を載せ、叩きつける勢いで破裂バースト。

十分な速度で戦闘の余波で砂塵を舞うその向こうに到達して。

さて大仕事、そう思ったら、

 

 

 

「……あ?」

 

 

 

見っともなくも頭に血が上った。

 

騎士が居た。

大鎌を構えた女に対して、熟練の技に振り回される歪な少女。

立香同様後姿からでもわかる幼い様。

騎士の形をした少女だった。

 

「おや?……驚いた、生きの良い少女が増えたと思えば魔術師(キャスター)ですか。成程空席が漸く埋まったと、大変結構。私も素敵な獲物が増えて嬉しいですよ」

「ねえ……ちょっと……」

「はい?…ああこの子ですか、何、なかなかヤりますよ。貴方も一緒にどうです?前を守るだけで精一杯のこの子が後ろから刺されたらどんな顔をするでしょう」

「くッ!」

 

見慣れぬ少女だ。

当然だ、何せ私はついさっき此処に来たのだから。

盾を構え、目の前の鎌女と私を見ながらこの状況を如何にかしようと懸命に考えている。

 

「ねえ」

 

きっとそれは主人の為。

分かる、ええ分かる。

だって貴女の瞳はこんなにも美しい。

 

「ねえ、ねえ」

 

今を抉じ開けようとこの瞬間を生きる無垢な瞳。

嗚呼知っている。

 

「ねえ、ねえ、ねえ……」

 

知っている。

 

 

 

「ねえッ―――」

 

 

 

終ぞ、終ぞ返してあげることが出来なかった。

言ってあげれていない、抱きしめられていない仲間。

嗚呼知っているとも、誰よりも真摯で父親譲りの不器用な優しさを持った騎士。

見ればわかる。

彼とは異なる変質した霊基。

きっと彼女に託したのだろう。

マシュと呼ばれた少女は、あの優しい、そして私が『お帰りなさい』と、『ありがとう』と、そう言ってあげることができなかった、

 

 

 

「―――おまえ、なにやってるの?」

 

 

大切な大切な仲間の忘れ形見なのだろうから。

 

「ッ!?貴女ッ、一体何をッ!?」

 

魔力が渦を巻く。

吹き荒れる嵐となって叫びを上げる。

彼の騎士王は何故少女の肉体で、頑強にして屈強なる騎士たちの頂点に立つことができたのか。

一つは聖剣、王の証明。

もう一つは、

 

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膨大な魔力を動力とする特殊技能、溢れんばかりのそれを四肢から噴出し純粋な推力と成す秘儀。

強化の魔術を容易く嘲笑う一つの頂点。

 

魔力放出。

 

「決めたわ。何処の誰とも知らないけれど、ねえ?」

 

その疑似発現。

当然そんな魔力炉を持って生まれてはいない。

 

「この私が約束してあげる。素敵な御顔のお嬢さん?貴女は」

 

 

 

―――ぐちゃぐちゃに磨り潰して殺してあげるわ。

 

 

 

大地から吹き荒れた魔力を身に纏って前進。

内部拡張を施して仕込んである細剣を召喚する。

私が生まれ持った魔術回路はそれほど魔力を生めなかった。

だから魔力放出なんて夢のまた夢。

けれど私は魔女、足りないものは余所から補えばいい。

正規のサーヴァントとして再召喚された今の自分にならその真似ができる。

『魔力充填』、地母神に連なる己の系譜、その掠れきった権能とも言えない小さな伝承保菌。

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生者であった頃は気にも留めなかったものだが、成程不便になったこの身で使うとこれは確かに面白い。

 

「魔術師風情が三騎士に白兵戦を挑みますか!」

 

謂わば大地その物が簡易的な礼装。

足りなくなれば幾らでも汲み取れる、そこら中に底の浅い癖に矢鱈広い井戸が掘ってあるようなものだ。

魔力を放出しながら、そのまま吸い取る。

サーヴァントとしての器が理解できれば、大地の呪いなど呪詛除けの術で幾らでも何とでもなる。

 

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言葉を告げる。

原初の言語なんて大それたものじゃ無い。

ただ言葉を告げて勝手に術式を起動しただけ。

『話術』、そう括られたスキル。

言葉に乗せた通り、複雑なことは何も無いのだ。

王権の名の下に命じることで、世界は応える。

仮にも王妃、その程度できない筈がない。

迫る鎌よりなお早く、不可視の刃が蛇に襲い掛かる。

 

「それは騎士王のッ!?」

「あらご存知なの?それは結構、では死になさい」

 

元から護身用にと仕込んである細剣に纏わせた風の鞘。

いえ、風の渦、極小の嵐を纏わせ鍔迫り合うことを許さず無造作に振るう。

遠き果てで楽団を指揮する者が振るう指揮棒タクトのようにとはいかない。

しっちゃかめっちゃか、大騒ぎ。

ただ乱暴に、剣士としてではなく、ただ天災を振りまく悪鬼と化す。

 

「素敵でしょ?これ、隠すだけじゃなくてこんな使い方でもいける口なのよ」

「何をッ偉そうにッ!」

 

原型は言わずと知れた騎士王の第二の鞘。

風王結界、鞘を何処ぞの性悪女狐にぶん取られたから仕立てた騎士王の鞘。

ブリテン十三の秘宝が一つ、姿隠しの外套。

それを戦闘用に彼女でも扱えるように術式として再調整(デチューン)したのが不可視の鞘だ。

要するに、術式さえ分かっていれば誰でも扱えるのだ。

 

「貴女達、さっきの弓兵もそうだけど随分魔除けの加護(嫌味な服)を着てるのね」

 

お陰でちっとも魔術が通らないじゃないと嘆息しながら叩き続けれてやれば女神が如き美貌を歪めて蛇は叫んで返してくる。

 

「何を馬鹿な事をッ!その対魔力を通して傷をつける貴女のそれが魔術でないというならなんだと言うのです!」

「あらやだ、口を開けたら餌がもらえると思って?ええ、よちよち、可愛い赤ちゃんねー……誰が教えてやるものかよ、ぶわぁかッ!」

「きっ、さまァッ!」

 

誰が教えてやるものか。

珍しくしょげ返ってきたあの人。

まさか至宝の鞘を盗むとは流石に夢にも思っていなかったようで、マーリンも頬を引きつらせながらこの術式を編んだあの日の事。

こっそり隠れて術式を盗み見て、ばれてこってり叱られたあの思い出。

お前なんぞに一欠けらとてくれてやるものか。

そもうちの子に手を挙げたのだ。

 

―――死んで償うのが道理だろう?

 

ちらりと後ろを見やれば困った顔して盾を構えるマシュという少女。

如何やら突然乱入してきた自分に驚いているらしい。

うむ、子どもはそれぐらい驚いてくれないとサプライズの甲斐がない。

馬鹿息子はそこら辺、打てば響くように反応するから気持ちよかった。

特に―――、

 

槍兵(ランサー)の私とじゃれ合いながら余所見ですか。随分余裕がありますね?」

「チッ!」

 

頬のぎりぎりを鎌がすり抜ける。

風で身体を押して後ろに下がるけれど、さてどうしたものか。

 

「じゃれ合いだなんて、酷いわ。こんなに私がんばってるのに」

「どこがでしょう?斬り合いでもするのかと思って蓋を開けみれば、宝具擬きで頬を撫でるだけ。最初こそ驚きましたが対魔力があれば問題ない程度のお粗末具合。拍子抜けですよ」

「あらあら、私びっくり箱じゃないからそんなに期待されても困るのだけど」

 

さてどうしたものか。

魔力を垂れ流して身体能力を向上させ。

宝具に迫った大魔術で傷をつけてみたが、やはり擬きは所詮擬き。

王と戦場を駆けたあの術式ならば相応の神秘が宿るだろうが、私が使ったところで大した戦力には数えられそうにないようだ。

そもそも再召喚時に確認した自分のステータスを見る限り、どんなに背伸びしても殴り合いでは敵わない。

 

「ねえマシュさん?」

「っ!はい!えっと、何でしょうか?キャスターさん」

「元気のいい返事。とっても素敵よ、素敵ついでに一つお願いしてもいいかしら?」

 

分からないなりに確り受け答えをする少女を見て何となく視界がクリアになる。

成程、確かに円卓を担う物なら泥の残滓も熱した頭も冷やしてくれるか。

さてと、英霊なんて大それたものになったつもりはないが、隠し玉はちゃんとある。

まさかこの子が来るとは思わなかったが、まあ良しとしよう。

あの槍でなかっただけ幸運だ。

 

「私が今からとっても分かりやすい合図をするから、そしたら立香を連れて逃げて頂戴」

「え……あの、キャスターさんはどうされるのですか?」

「私は大丈夫よ。何て言っても無敵で可憐で素敵な王妃様ですもの。なーんの心配も要らないの」

 

だから良いわね?と念を押せばゆっくりと頷く。

こんなお喋りを待ってくれる程度には目の前の女も情緒が分かる様で、それならきちんとお礼を言わなくちゃ。

()()()()()()()()()()()()

 

「相談は終わりましたか?」

「お喋りに付き合ってくれてありがとう。意外とお話の分かる人ね?貴女も」

「この場合はどういたしましてと言えばよかったでしょうか?ふふっ、ですが、礼を言われるのはこそばゆい物ですね。今から食べられる獲物だというのに、上品に気取り返っている。なんて滑稽でしょう、思わずその細い首をへし折ってあげたくなりました」

「……ごめんなさいね。首を絞めて致す奇特な趣味はちょっと無いのよ」

 

あの人そういう趣味なかったし。

嗚呼愛しい人。

愛しい貴女。

貴女の宝が此処に居ます。

王命を全うした偉大な騎士が此処に居ます。

私の元まで帰ってきてくれた。

なんて素敵、まるで御伽噺の王子様みたい。

あ、駄目ね、駄目よギネヴィア。

私の王子様はアーサー・ペンドラゴンただ一人。

他の誰にもそれは譲れない。

というわけでも糞もないけれど。

ごめんなさいね、貴女。

使わないって約束、ちょっと破るわ。

 

「でもそうね、汚染されて尚感じる気品と神威。その大鎌も造形こそシンプルですけどとっても綺麗……アカイア所以の物かしら?そんなお局様にお礼の言葉だけじゃ足りないわね」

 

―――だから魅せてあげる、私の生涯の研究成果、使うなと言われた愛し子を。

 

魔力が奔る。

先程までの余技とは違う、正真正銘の切り札の一つ。

それに身構えるが、ざーんねん。

これはそんなに大それたものじゃない。

集い、集まり、形を作る。

くるくるくるくる廻って、廻って。

弾ける瞬間が合図の音!

 

「お腹を空かせたはらぺこ坊や?さあお食事の時間ですよ」

 

大見えを切ろう、楽しく愉快に上品に。

 

とぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)!」

「ッ!??」

 

魔力が破裂し()()が顕現したのと同時にマシュも飛び出していくのが分かる。

物分かりの良い子でとっても安心。

この子も久しぶりの召喚ではあったけど、随分調子がよさそうだ。

(ランサー)もこちらを見ていた後ろ(立香たち)もびっくりしている。

中々いい反応についつい年甲斐もなくはしゃぎそうになってしまい、急いで取り繕う。

ささ、気品たっぷりお上品に軍配を振るとしましょう。

 

「久しぶりね、起き抜けに大変でしょうけどちょっとお仕事よ。頑張りなさいな?」

Fooooooo(よっしゃやったるで)!」

 

唖然とした表情のランサーがこの子の声を聴いて漸く口を開く。

さあさあどんな感想でもばっちこいよ!

自信作だから一杯褒めて頂戴な!

 

「なッ何ですか……その、醜い、余りにも醜い化け物は!??」

「はぁ?」

 

何を言っているのか分からない。

アグラヴェインなんか『流石は王妃。美的センスも一流ですな』なんて白目剥くぐらい褒めてくれたのに。

 

「……蛭、いえ蚯蚓ですか。ぶよぶよと汚らしい肉を晒す化外め!それほどの巨体、一体何を喰らえば……」

「そう蚯蚓よ!でも可愛く()()()にしてるの!ちょーっと大きくなりすぎたけど、まあうちの主人も食いしん坊だったし……っていうかみみずなんだから主食は土に決まってるでしょ?」

 

ねーと言えば「Foooo(それな)」と返してくれる。

あはは、ちょっと何言ってるか分かんないわ。

 

「ちょっと……この巨体が!?」

「もー!たかが()()()()()()()()()()何て、貴女の故郷にも似たようなの一杯いたでしょ?」

「いませんッ!!」

 

いないのか、王妃びっくり。

隣の子も自分の同輩が居ないことに驚いているのか可憐な桃色のお肉をぶるぶる震わせてる。

そんな呑気なやり取りか、それとも宝具その物が気に入らなかったのか。

美しい形の眉を吊り上げて、アカイアの英傑は牙を剥く。

 

「……まあ良いでしょう。聊か驚きましたが、何てことはありません。図体だけが取り得の幻想種程度、我が鎌の前ではひれ伏すほかありません。不死殺しの毒を帯びた我が宝具にとって巨体であることは何の取り柄にもなりませんよ?」

 

鎌を持った腕を引く。

四肢の力は見るからに夥しい魔力と溢れんばかりの力で満ちている。

ここが勝負所なのだろう。

 

「あらそう?なら怖いから私は帰るわね」

「……は?」

 

まあそんな話に乗る筈がないのだが。

あとよろしくねーと言えばやっぱり何時もの声で頼もしく鳴く我が切り札。

 

さて立香たちは結構前に行ったようだし、自分も走らなくては。

何時もの様に足元で魔力を弾いて、呆けたランサーとやる気満々の我が子を置いて私は戦闘離脱したのだった。




《宝具解説》
とぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)
ランク:E
種別:対人宝具
レンジ:1~50
最大補足:1~20人
由来:王妃が在位して以降一〇年以上の歳月をかけて丹精込めて育てた蚯蚓
詠唱:お腹を空かせたはらぺこ坊や?さあお食事の時間ですよ

全身ぶよぶよとしたピンク色の蚯蚓。
元は貧しい大地が広がるブリテンを開墾する為に女王が庭先で拾ってきた蚯蚓。
蚯蚓って確か土に栄養くれるんでしょ?という絶望的に欠けている知識が原因。
勿論10センチに満たない蚯蚓でブリテン全土の土壌改良なぞ不可能。
故に、ルーンを刻んだ石やら騎士たちが狩ってきた魔獣の骨を餌と住処の土に混ぜて育てたことで10mを超す巨体に成長した。
この時点では幻想種としてのランクは『野獣』、決して宝具の域に至れる格ではなかった。
決め手はどこぞの人妻好きが隠し持っていた竜種の血肉を強請って奪い取り餌として与えてしまった事。
それによって雑種竜(デミドラゴン)以下の亜竜(ワーム)としての霊格を得て晴れて宝具として登録された。
人語は解さないが一定の知能はある、勿論女王は何を言ってるのかさっぱりわかっていない。
能力は食べた物を体内で貯蓄し魔力も含めた栄養素を分け与えること。
ブレスは出ないが糞は出る。
攻撃能力はその巨体を活かした体当たりのみ、実に男らしいとのこと。
ちなみにこれを見たアグラヴェインは暫く食事が喉を通らず、ベディビエールは夢に現れたのか三日ほど眠れない夜を過ごし、ケイは何時もの様にブチ切れた。
尚民衆には何時ものご乱心だとガンスルーされたとのこと。



無事に一時的な狂気から回復した主人公。
けれど不定の狂気が残っているぞ!
きっと円卓の騎士に会ったら発狂間違いなし。
おまけに宝具はEランクの蚯蚓、あれ?詰んでね?

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