オリ主が挑む定礎復元   作:大根系男子

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遅くなりました。
625字から1171字、それから2500字前後に(作者基準ですが)軽度のグロ描写があります、ご注意して読んでいただければ幸いです。


サクラメイキュウ

音が響いた。

産声だ。

腐り朽ち果ててとうの昔に誰からも忘れられた、そんな古ぼけた扉を引きずる音だ。

 

音が響いた。

喝采だ。

幾度も幾度も宙から降り注ぐ流れ星のように大地()を穿つ、そんな誰かを叩きつける音だ。

 

声が聞こえた。

絶叫だ。

餓え老いさらばえた老犬が嬉々として慟哭しながら飼い主を喰らおうとする、そんな醜い化け物の声だ。

 

声が聞こえた。

哀願だ。

遠い場所から必死に踏み届ませようと恐怖に打ち勝って必死に呼びかける、そんな優しい誰かさんの声だ。

 

光が見えた。

灯火だ。

暗い暗い嵐の海で漸く彼方に見えた美しくて美しい道標(幻想)、そんな都合の良い光だ。

 

光が見えた。

太陽だ。

明るい空の下で沢山の木と草と花を芽吹かせて命を輝かせる、そんな暖かくて大切な橙色の瞳だ。

 

―――音が、聞こえた。

誰かが、来たのだ。

戦場から帰ってきた夫を見つけ胸の内全てを曝け出して駆け寄ろうとする、そんな狂おしい程に切実な優しさが駆けてくる音だ。

 

―――声が、聞こえた。

誰かが、来たのだ。

夜更けに出会った怪物が咢を開いて少女を冒涜しようとする、そんな汚らしい悪魔を見てしまった大切な誰かの声がする。

 

―――光が、見えた。

誰かが、来たのだから。

太陽のように暖かな輝きが寒い寒い夜の空へと沈んでいく、そんな恐怖と涙に揺れ曇る、そんな顔をさせないと、守ると誓ったはずの誰かの()だった。

 

そうだ、私は。

(忘却のアルターエゴ)は。

(ギネヴィア)は。

(■条■歌)は。

 

また、裏切ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とれない」

 

外れない。

何度も。

何度も。

何度も。

何度も試してみたけれど。

外れない。

 

「とれない」

 

爪が砕けた。

痛く、なかった。

痛くあってほしかったのに、爪の砕ける鈍い音すら感じない。

 

「とれない」

 

掻き毟る。

いつの間にか灰色に変わってしまった髪の毛を頭皮の肉ごと剥ぎ千切りながら。

それでも外れない。

外れてくれない。

 

「とれない」

 

頭についた、(それ)がとれない。

どれだけ掻き毟っても。

どれだけ引き抜こうとしても。

それは幾度でも生え、依然鈍く暗く、そして青く光っていた

 

「ない」

 

無い。

亡い。

在るべきものが、ない。

 

「ない」

 

肉がずり落ちる。

痛い、筈がない。

痛覚は元々存在しないのだから。

 

「ない」

 

抉り出す。

肉と汁が混ざった汚らしい赤が掻き出されながら、耳がある筈のその場所が抉れていく。

それでも見つからない。

見つかる筈もない。

 

「ない」

 

頭に在るべき、(それ)が見当たらない。

どれだけ掻き出そうと。

どれだけ探そうと。

人の耳は生えてくれることもなく、ただただ獣の耳だけが角の隣で存在を誇示している。

 

「ない」

「ない」

「ない」

 

ない。

私の繋がり。

私の希望。

マスターと、立香とあの燃え盛る街で結んだ特別な(パス)

直接契約を意味するそれが、

 

「……ない」

 

何処にも見当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

どろりと、血とは違う暗い何かが眼から漏れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

分かっていた。

 

ううん。

 

分かっているのだ。

私は、主人に牙を剥いた。

愚かな、本当に愚かな間違いを犯した。

……間違いだなんて、まるで自分の犯した罪を取り戻せるような言い方をするなんて、呆れるほかない。

間違いではない。

自分は、あの時、その選択肢が正しいと思った。

マシュを傷つけたあの女が赦せなかった。

メドゥーサが一歩遅かったら、もしかすると死んでいたかもしれない程の怪我を負わせたあの女を。

心の底から憎んだ。

 

愛おしいのだ。

マシュが、立香が、このカルデアの皆が。

自分は生きているのか死んでいるのかも分からない。

戦力的に見ても、恥ずかしくなるほどに弱く役立たずだ。

そしてあの戦場から、愛している人から任された場所からこんな遠くに逃げ出してしまった。

結果論であろうと、自分の意志であろうと、その結末は変わらない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

誰の言葉だったか、とても、とても大事な人から贈られた筈のその言葉がふと脳裏を過ぎる。

けれど誰が言ったのか、霞が掛かった様にしか思い出せない。

結局腑に落ちた言葉だけがしっくりと残った。

 

そうだ、決して勝利という結果だけを私は望んではいけなかった。

 

私が誰の意志であろうと、もしも自分の意志であろうと、そんな逃げた時の仮定は意味をなさない。

逃げたのだ。

私に残ったのは半端な霊基と裏切った(逃げた)という結果だけなのだ。

 

そんな私を受け入れてくれた。

そんな私の手を取ってくれた。

そんな私に微笑んでくれた。

 

幸せだった。

本当に、まるで円卓を取り囲み皆で笑いあっていたあの時のように。

心の底から、幸福に感じていることを恐れて憎んでしまう程に、幸せだったのだ。

 

だけど。

私は牙を剥いた。

愚かな、裏切りの女王(ギネヴィア)という名に相応しい所業だ。

あの時。

半端な私を受け入れた人たちの事など何も考えていなかった。

ただ憎かった。

この幸せを奪おうとする敵を許せなくて、矜持も誇りも人道も、何かも塵屑に見えた。

己の人として在るべきものを天秤にかけて、()()()()、そんな物が価値を薄めてしまう程にただ勝利を、ただ敵を殺すことを渇望して。

ケダモノに成り果てた。

半端者で弱くて役に立たなくて、いつも誰かに迷惑しかかけれない私。

それを抱きしめてくれた優しい主人の制止も涙も、そして恐怖も忘れ果てて。

私はただ暴力を振るい続けた。

その結果がこの様だ。

 

過程と結果はワンセットじゃない。

 

例えこの手が勝利を掴んで。

例えこの手が復讐を果たしても。

この手には何も残らなかった。

彼らがくれた信頼も。

彼らが託してくれた希望も。

彼らが、立香が抱きしめてくれた温もり(約束)も。

何もかも自分から溢して、何も残らない。

誰か()を殺し、誰か(仲間)を苦しめ、そして誰か(立香)を傷つけた結果だけが残った。

そんな。

酷く虚しいモノが結果で、だからこそ勝利なんていう過程は意味をなさず、私は裏切ったという結果だけを手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

溢れだしたどろりとした黒が広がる。

 

 

 

 

 

「……なん、なんだろう」

 

私は一体、何なのだろうか。

何をしたいのだろうか。

気が付けば血で赤く染まっていた拘束服もなくなっていた。

代わりに纏うのは、あの時の白い服。

白地に紫、それが今は赤く脈動する血管まで浮き出ている。

金紗の髪は灼け焦げ炭化したように灰色に染まっている。

四肢も炭化しそれでいて所々腐ったように醜く爛れている。

小さな掌は赤く染まって、その長く伸びた爪にも黒くなった血が目一杯詰まっている。

毟り取っても噛み砕いても気が付けば生え揃った牙は一向に無くならず、異物であるが故に呼吸の度に咥内を傷つけ続けている。

そして、獣の角と耳は変わらず其処にある。

腐臭が漂う。

 

「……なんで、こうなっちゃうんだろう」

 

口から洩れた疑問を脳が認識した瞬間、乾いた笑いが漏れた。

嘲笑だ。

馬鹿馬鹿しい。

聞いてあきれる。

なんで、何故、如何してこうなったのかなんて。

 

「……私が選んだことでしょうにッ」

 

私が選んだのだ。

 

―――形態変化(フォルムチェンジ)

 

そう告げて、私は女王からただの化け物になった。

あらゆる意味を、過程を、信頼を、愛を。

そんな者を歯牙にもかけず、ただ相手を己の欲と比較して殺すかどうかを決めるだけの無様で醜悪な化外に成り果てた。

自分の意志だ。

マシュの言葉(信頼)暴力を振るうのに(自分にとって)都合の良い甘言に捻じ曲げたのも。

ああして暴威の限りを尽くして見ている仲間のことなど何も考えなかったのも。

あの燃え盛る街で死にかけた自分の手を取って助け出してくれた人に牙を剥いたのも。

その結果、鎖を繋がれたようにこの部屋で一人生きながらえているのも。

ゼンブゼンブ、自分の意志で決めた結果の成れの果てだ。

 

「……もどれるかなぁ」

 

戻りたい。

やり直したい。

ただ無力で、それでも笑いあえたあの時間に。

まだ裏切っていなかったあの場所に。

戻りたい。

 

「……もどりたい」

 

戻りたい。

ああ神様、どうかどうか私をあの時、あの場所に。

……なぁんて、裏切った人の事を何も考えず、恥も外聞も捨てでも祈り縋りたい。

 

「……もう無理なんて、分かってるのにね」

 

無理だ。

誰が主人に牙を剥く獣を飼いならす。

誰がそんな化け物と一緒に暮らしたい。

誰がそんな獣を信頼できる。

出来るはずがない。

だから無理なのだ。

犯した罪を人はプラスに補填できない。

そんな都合の良い生物でも世界でもない。

人は取りこぼした失敗を、何とか帳尻合わせようとするので精一杯なのだから。

信頼や愛もそうだ。

失ったものは、取り戻せない、決して補填はできない。

だからもう一度作り直そうとする、築きなおそうとする。

更地となったその場所にもう一度花を咲かせようと努力できる。

 

だけど全てがそうというわけではない。

傷つけた信頼や愛は違う、決定的に違うのだ。

身体の傷と違って、傷ついた信頼や愛はもう二度と治らない。

失望によって失うのとは違う。

文字通り裏切りによって心を傷つけ痛めつけることでひび割れた信頼や愛は二度と修復することはない。

深く深く刻み込まれて、関わりを持つたびにじくじくと痛み続ける。

壊れるのではない。

砕けて粉になるのでもない。

癒えぬ傷が残ったまま、信頼や愛という無上の絆だったものの残骸が裏切ったその人たちの心に居座り続ける。

それを裏切った人間(他人)の手で退かすことなんてできない、消え去らない記憶となって残っているのだから。

それはつまり、文字通りどうしようもないのだ。

 

他者を傷つけるとは、裏切るという事はそういう事なのだ。

私の犯した裏切りは消えない。

きっと補填も、帳尻を合わせることもできない。

今の私は、自分から望んで誰もが恐れ忌み嫌う怪物になって身内を蝕む癌に他ならない。

それでも殺されないのは利用価値があるからじゃない。

いいえ。

利用価値があろうと使うはずがない。

それだけの事をしたのだから。

だから今生きていられるのは、レオナルドの言葉を借りるなら『温情』なのだろう。

 

優しいのだ、此処の人たちは。

だから殺さない。

だから見捨てない、決して捨てない。

私は捨てて人でなしになったのだけれども、彼らはそれを決して選択しない。

だから生き延びている。

 

「……なんて無様」

 

無様だ、本当に。

王も騎士も民も失って自暴自棄になっていた自分は輝かしい人の道を歩くお日様(藤丸立香)に救われたというのに。

それなのに自分はそんな人として大事な信頼も友情も愛情も捨てた。

そんな捨ててしまって餓えた悪鬼が今も生きていられるのは、捨てた筈の『優しさ(人らしさ)』によってだ。

それを無様と言わず何だというのか。

 

 

 

 

 

 

 

部屋いっぱいに黒い何かが溢れて、暗い海になった。

 

 

 

 

 

 

 

『本当にそうなのかい?』

 

誰かの声がした。

誰、だなんて聞かなくても何となく分かった。

一体何時からそこにいたのか。

執事長をしていた義兄(ケイ)が討ったという魔物の声が自分の胎から聞こえた。

 

「……それ以外に何だと言うのよ、キ■スパ■ーグ」

 

自分で口にして笑ってしまいそうになる。

魔物の名を言った時、自分がこの世界でたった一人ではないのだと、そうどこかで安心する自分が居たのだから。

なんて醜い。

なんて無様。

なんて、なんて。

キモチワルイ生き物なのだろうか、自分は。

 

 

『無論決まっているさ、君がまた戦場に立つ。そんな君の言う無様でない結末は本当にないのかという意味さ』

 

今度こそ乾いた笑いが喉の奥から洩れていった。

嗤ってしまう。

何を言うかと思えば、そんな事か。

そんな夢物語、そんな、そんな私の裏切りを清算する方法なんてある筈がない。

 

「馬鹿馬鹿しい、気でも狂ったの?それとも本当にそんなっ奇跡みたいなことがあり得るとでもっ!?」

 

しゃがれた怒声が口から出ることに自分でも驚いた。

一体どれほどの時間此処にいるのかも忘れてしまったが、それでもこんな声が出るほど他人に憤りを感じれるだけの余裕なんて不埒な物と体力があるだなんて、とてもじゃないが信じられなかった。

なんて、浅ましいのだろうか。

本当に他人に怒りを向ける資格なんて私には有りはしないというのに。

それを気にした風もなく、どこ吹く風で魔獣は言う。

 

『無論だとも。何度でも言おう、この結末で君は満足かい?ボクはとてもじゃないが見ていられないよ、こんな紋様(結末)は。余りにも拙くて中途半端だ、これじゃあやり切った三文芝居にだって劣るというものだよ』

 

ボクは演劇なんて見たことないけどね、と付け加える魔獣に思わずもう一度怒鳴りたくなった。

それを奥歯を砕いてでも噛みしめて、か細い吐息のように吐き出す。

 

「……一体何を私に期待するというの?こんな、こんな無様な裏切り者に。仲間の想いも気持ちも心も踏みにじって己の欲(殺意)を優先させた私に何を期待するって言うのよっ……なんで、なんで貴方は私なんかに期待するのよ……」

 

それに魔獣はあっけらかんと答えた。

当たり前のことのように、そしてそれを物知らぬ幼子に教える様に。

 

『それは仕方がないさ。ボクと君は()()()()()()たった二人の共犯者(ドウルイ)なのだから』

 

そう無感情に告げる魔物の言葉に同意はできない。

そうだとしても、なんだというのか。

寧ろ申し訳なさが、卑屈の念と共に湧き出る。

こんな裏切り者と共犯者(同類)だなんて、自分に声をかけてくれるいつの間に光一つない暗闇の中でも白く輝くように目の前に姿を現した魔物に申し訳なかった。

 

「やめなさい。私と同類だなんて言うのは貴方自身を貶める言葉よ、豊穣(ヘンウェン)の子」

 

その言葉に魔獣は何処か嬉しそうに、それでいて寂しそうに告げた。

 

『彼女はボクの直接の母親というわけではないのだけれどもね。嗚呼だが、そうだね。仮にもだ、何も知らないボクに乳を与えてくれた優しい彼女のことを口にされると少し考えを改める必要があるのかもしれないね』

 

けれど何処か、やはり嬉しそうに魔獣は歌う。

 

『けれどボクと君の契約は、ボクが君の共犯者であるという()()()()()は決して消えない。そしてそれでいい、それがいいんだよ』

 

今回は前回の時の所為でちょっと失敗したから焦ったけどね、そう言って申し訳なさそうに告げる。

その魔獣の言葉がどんな意味を持つのか少しばかりも私には分からず、結局なんの色気もない言葉を返した。

 

「……だとしてもよ、キ■スパ■ーグ。貴方の力を借りて裏切ったのは私なのだから、貴方が何かを恥じる必要なんて、ましてや申し訳なく感じる必要なんてない」

 

そうだ、この裏切りは。

この結末は。

私の物なのだ。

私が負うべき咎なのだ。

誰かに擦り付けるなんていう、何処までも恥知らずな真似を。

こんな惨めな人でなしになった自分だとしても。

そこまで落ちるなんてこと、私にはどうしてもできなかった。

せめて、仲間に信頼されていたからと。

せめて、仲間だと思っていてもらえたのだからと。

この結末が見知らぬ赤の他人を傷つけたのではなく、大切な誰かを裏切ったという結末にしてしまったのだと。

せめて、せめてそれぐらいは思わせてほしかった。

厚顔無恥で恥ずべきことではあるけれど、幸せだった日々に自らの手で泥を塗った(裏切った)のだとしても。

そんな日々があったのだという事実まで、己の手で否定したくなかった。

 

そんな私の精一杯の抵抗を笑うことなく魔獣は口を開く。

 

『いいや、それでもだ。それでもなのだよ、ギネヴィア』

 

瞳に淡い星光のような輝きを載せて、憧憬に思いを馳せるように歌う。

 

『あの輝きに魅せられて君と契約をしておきながらこの不始末を君だけに被せるというのは少しばかり、いやかなり、ボクの矜持に関わる』

 

それは自嘲するような、如何にも調子はずれの声。

そんな、人間染みた声をする魔物だったかと薄れた記憶を巡らせるが、重く圧し掛かる重圧に脳が悲鳴を上げる。

マシュとの約束が。

アルトリアとの誓いが。

裏切ってしまったカルデアの人々(仲間)の顔が。

そして、泣かせてしまった、恐怖させてしまった彼女の顔が、声が、瞳が。

他の事を考えさせてはくれない。

 

そんな私のことはお構いなしに、調子外れな声は続く。

 

()()()()は君の出力不足ではあったが、そうは言ってもアレは(ボク)の、比較(権能)だ。そしてボクも予測しきれなかった。まさか、あの()()()()()があんな手を打つだなんて予想していなかったよ……何も見えない(何も知らない)状態で()()()()()をするから千里眼持ちというのは厄介だね』

 

何を言っているのか分からない。

ただ調子外れな中には寂し気な誇らしさがあった。

まるで自慢の友を詰りながら誇るような悪友だけに出来る、そんな尊い言葉だった。

それを言った後、器用に顔を嫌そうに歪めて、魔獣は失言でも取り消すように咳ばらいをして話をもとへと戻した。

 

『兎に角さ、■の権能(それ)が及ばなかったが為に今回の勝利(惨事)を引き起こしたというのなら、そして君ではなくこのカルデアに居る人々を苦しめたというなら、ボクは君と共にそれを恥じ後悔し挽回したいと思う責任と自我、矜持がある』

 

そして、と茶目っ気たっぷりな言葉が紡がれた。

 

『君と地獄に落ちると言って(道を共にして)おきながら、敗北を覆せない(無かったことに出来ない)だなんて……()()に聞かれたら笑われてしまうからね。それはほら、ボクの沽券にも関わる話なんだよ、うん、言い訳ではないよ、本当さ』

 

暗闇の中で、静かに佇むその白い魔物は悪戯っぽくそう笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、随分と長いこと、そして随分と久しぶりに話をしたね』

 

しみじみと、魔獣は言う。

何の事だろうか。

自分はあの口煩くて、それでいて心配性な義兄(ケイ)から聞かされた冒険譚以上のことを、こ()()()()()()()()()()()

だと言うのに、魔獣はまるで久しく会えていなかった旧友と友諠を温めあえた後のように言う。

それがどんな意味を持つのか、どんな意味を齎すのかなんて私には終ぞ分からず仕舞いのまま。

魔獣は語りを続ける。

 

『そろそろボクもお暇しよう……と思っていたけれど如何やら()()の様だ。ならもう少しだけ此処に居ないといけないかな』

 

来客。

そんなものが来るはずがない。

何時だって化け物の巣に来るのは生贄か、そうでなければそんな悪しき怪物を殺すために勇んでやって来る勇者だけなのだから。

その諦観で埋め尽くされた疑問が顔に浮かんだのだろう。

やはり魔獣は器用に口角を上げて、疑問に答えた。

 

『いいやギネヴィア、君は気づいていないだけさ。自分で言っていたじゃないか、カルデア(此処の)の人達は優しいと。そうだとも、彼らは決して訪れなかったわけじゃない。君がこの部屋の隅で殻に籠って耳を塞いでいるときも、ずっとここを訪ねていた』

 

ジワリと嫌な安堵が沸いて、すぐに後悔が降ってきた。

 

『気づかなかったかい?時折君を想って恐怖を押し殺して見舞いに来る職員達が居たことを。気が付かなかったかい?ロマニ・アーキマンが夜も寝ないで君の事を悩み、それでも君の心を少しでも癒そうと膨大な文献を紐解いていることを。気が付かなかったかい?レオナルド・ダ・ヴィンチが君の腐りかけ■の理に汚染された霊基を癒そうと、変わり果てた君のクラス(アルターエゴ)元のクラス(キャスター)に戻そうとしていることを』

 

安堵なんてしはいけない。

もしかすると自分は許されるかもしれない、そんな風に僅かでも思ってしまう自分が憎い。

怖がらせ、牙を剥いて歯向かった自分が赦されるはずがないのだから。

……傷つけた心を、裏切ってしまった彼らとやり直せるはずがないのだから。

 

『本当にかい?本当に君は気が付かなかったのかい?君の娘がアーチャー達と共に食事を作って毎時間、毎日欠かさず君の所へ持ってきては君が食べなかった冷めたそれと取り換えていたのを』

 

安堵してしまう。

駄目だ。

それは駄目だ。

許されてはいけない。

許してはいけない。

甘んじてはいけない。

私は―――裏切り者なのだから。

 

『やれやれ、強情なことだ。本当に誰に似たのやら。だが他者軽視を帯びた自己否定も自傷行為を伴う悔恨もその辺にしておくといい……ほら、お客さんだよ』

 

その言葉に項垂れて何もかも遮断して閉じこもろうとしていた自分の頭が、自然と扉の方を向いた。

 

音もなく、私が開けることが出来ないように魔術的にも物理的にも施錠を施しカルデアと隔離していた扉が、開いた。

ふわりと一人の少女が入ってくる。

菫色の柔らかな髪とそれに違わぬ微笑みを浮かべた少女。

衛宮桜、この世全ての悪(アンリマユ)を背負う、復讐者(アヴェンジャー)

そして果たすべき贖罪の道を歩き続けた人。

……私とは違う裏切らない人。

そんな人が、私に声をかける。

 

「おはよう、ギネヴィアちゃん」

 

まるで何もなかったような声だ。

私が犯した罪を知らない筈がないというのに。

それを感じさせない。

何時ものように、朝ごはんを一緒に作りに来てくれるときに言ってくれるような。

優しい声だ。

 

「よく眠れましたか?」

 

いつも通りすぎて、だからこそ今居る自分の立ち位置を見失ってしまいそうになる。

 

「……なんで?」

 

だから枯れた声で問いを投げた。

けれどそれに対する返答はなく、彼女の形の良い唇で紡がれたのは終わりを告げる鐘の音だった。

 

「でもそれもお仕舞いにしましょう?……さあ」

 

こちらの言い分など聞かず、衛宮桜はいつの間にか桜色の魔力を足元から零れさせ始める。

それは嘗てあの第一特異点で見せてくれた、あの時三人で見惚れた宝具の前兆。

零れだした魔力は桜の花弁を模って黒い汚泥に溢れた部屋を優しく照らす。

 

そして、

 

「アナタを終わらせに行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

―――深層摘出・櫻の夢(イマジナリ・アラウンド)

 

 

 

 

 

 

 

宝具が展開された。

深層世界を表す、春色の景色。

彼女の心の強さを表す、虚数魔術の最奥。

 

()()()()()()

 

「遅くなりましたが、初めましてですよね?衛宮、え・み・や、桜です。()()()()()()()()を教えてもらってもいいですか?」

『嗚呼、初めまして衛宮桜。嗚呼うん、本当に美しい宝具だ、心の底から感嘆に値する。そして君は、如何やらボクのことを理解しているようだね』

 

意識が遠のく。

 

「ええ、と言っても()()()から聞きかじった程度ですからこの世界の事を含めて詳しい事はあまり分かりませんが……全く!私の子どもみたいなものなんだからもう少し愛想よく教えてくれてもいいのに」

『……成程、ということは抑止力(ガイアやアラヤ)からではなく』

「そうですよ、私自身は立香ちゃんの声を聴いて召喚される気でいたんですけど、その前にあの子に呼び止められて……なんでも『平行世界に介入するにはまだ()()』とかって。だからそうですね、私は抑止力ではなく別世界の観測者、その代行の代行ってところです」

 

声が上手く聞き取れない。

自分が保てない。

強い、本当に強い眠気が襲ってくる。

 

『やれやれ、あの男の所為か。観客が増えたのは気づいていたが、まさかたった一度の敗北で平行世界の観測機にまでばれてしまうとは……これだから大英雄というのは厄介なんだよ、こちらの予想を直ぐに上回っていく。全く本当に儘ならない。知らなかったよ、子守りは中々に大変な仕事なようだ』

「ええ本当に、子供を育てるってすごく大変ですよ」

『君に心の底から同意するよ、衛宮桜。ああ、そうそう、今のボクの名前だったね……安心すると良い、幸いなことに今のボクはまだ只の小動物。ガイアの怪物でもなければ、その名で呼ばれこそすれど災厄の魔猫でもない。そうだな、君の出身を考えればボクにまだ名は無いってところかな』

 

ばたりと倒れた。

もう何にも感じない。

何も理解できない。

ただ押し寄せる眠気に、浸るしかない。

 

そんな私の方に声が降り注ぐ、そんな気がした。

 

「此処を開けてもらうのもちょっと一苦労でしたが、上手くいったみたいで安心です」

『その手に持ってるのは……そうか、君が来る為に背中を押した世界はボクの理も確り理解していたんだね』

「あ、それは違うそうですよ。交戦経験のデータはあったけど、結局撃破した世界は検索できなかったって言ってましたから」

『それでも、()()は対ボク用の概念武装(Logic cancer)だろう?良いのかい、ギネヴィアに使って?』

 

くすりと優しく誰かが笑った気がした。

 

「いいんですよ、私とギネヴィアちゃんは仲良しですから……それに」

『それに、なんだい?』

 

それはとてもとても優しくて、遠い昔に誰かがそうしてくれたように柔らかく私の髪を撫でながら、

 

「似てますから、この子は……如何にもならない理不尽に心を勝手に折って、そのまま一人で閉じこもって嘆く怪物、それは確かに自分勝手で傍迷惑で悍ましいものです」

 

泣きわめく我が子を慈しんで、間違えを正す。

そんな優しい、とても大事なはずの誰かさんのように。

 

「ギネヴィアちゃん。貴方の思っている通り、確かに怪物は忌み嫌われる。何の罪もない人を傷つける、夜道を怯えて歩くしかできない悪者です。そしてそんな怪物は必ず排斥されるし、必ず怖れ怯えられ、忌み嫌われる」

 

セピアに色褪せたその場所(記憶)の中で微笑んでくれる人のように。

 

「……けど、それでもそんな怪物の手を取って日の当たる場所まで連れて行ってくれる人が必ず居る」

 

暖かい春の陽射しで抱きしめてくれるように。

 

「決して、掴んだ手を離さないで共に歩いてくれる人がいる。どんなに非力でも、心の中にある恐怖を呑み込んで一緒に笑おうと努力してくれる人は必ず居る」

 

桜ちゃんは言い切ってくれて。

 

「だから、大丈夫ですよ。此処の人達は士郎さんと一緒で、決して弱い人ではないですから」

 

だから、

 

「安心して、お休みなさい」

 

 

 

 

 

 

 

―――疑似深層領域投影(レイシフト)プログラム『サクラ迷宮(Bottom black)』起動。

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、私の意識は、泡に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで君は良いのかい?』

「何がですか?」

『君の仕事のことだよ』

「私があの子から任された仕事はこの世界で()()観測されたガイアの怪物、つまり貴方の反応の調査だけですから。現に手渡された礼装も()()()()()()()()()()()ですし」

『そうか、つまり』

「ええ、貴方の討伐ではないです。それに覚醒してないみたいですし今は良いかなぁと」

『あのギネヴィアを見た後によく其処まで信じれるね』

「いえ、別にギネヴィアちゃんの事を全部信じてるわけじゃないですけど……此処には先輩が居ますから。ならきっと大丈夫ですよ」

『……こういうのを信頼と言うんだね。嗚呼本当に、君たち人類というは度し難い程に美しい生き物だよ』

「そう言える貴方なら、きっと此処の人達もギネヴィアちゃんも傷つけたりしませんよ……ところで」

『ん?なにかな』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、視線が嫌らしいです。具体的には胸と鎖骨と脚」

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ノーコメントで頼むよ』

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ムーンセル「来ちゃった///」

というわけで度々曲名をサブタイトルにしてたのは今回あの曲名を使うまでの予行練習だったのさ(多分)

本作ではCCCイベより大幅にフライングしてムーンセルさんがちょっぴり介入してます。
具体的にはムーンセルから後輩系デビルヒロイン経由で我らが桜さん(映画のキービジュアルすっごいかっこいいです桜さん万歳)に業務委託という形で介入しています。

そんなわけなので次回からは本格的にドキドキ!ギネヴィアのメンタルケア大作戦!~ポロリもあるよ~です。
正直ここらで一回うじうじしたところ叩きなおさないと、三章で詰むので立香先輩に頑張ってもらいます。
メンタルケアはマスターの仕事だよね、それ一番言われてるから(SN感)

では、次回もよろしくお願いいたします

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