今回は三人称、カルデア側からみたギネヴィアについてを。
前回の行動が第三者からは如何見えたのかを書いてみました。
グロはないです
―――ゴメンナサイ
信徒が祈るような、聖者に懺悔するような、恋した人を裏切った乙女のような、それはそんな小さな慟哭だった。
あの時彼女が何を思ってそう言ったのか、ロマ二・アーキマンは深い思考の海の中で何時までも考えていた。
ギネヴィアが召喚されてロマ二が初めてした仕事は彼女という存在の偽装であった。
女神の神核、そう呼ばれるスキルを確かにロマ二はカルデアのデータベース、そして彼自身がとある戦争に参加したことで与えられた知識から知っていた。
だからこそ、
女神足らしめるそのスキルが、神性の類似スキルでしかない筈のそれがまるで呪いか何かのように発動している事実を知った時、ロマ二はその事実を信頼できる人間にのみに伝えた。
一人は己の正体を知る盟友レオナルド・ダ・ヴィンチ。
もう一人はかつての戦いで主人に忠を尽くし続け、そして何かあれば手段を選ばず最良を選び取ることを知っているメドゥーサ。
たった二人、ロマ二を合わせれば三人だけがギネヴィアという存在についての情報を理解していた。
ギネヴィアのマスターである藤丸立香にすらひた隠した。
その結果は、正しかった。
ギネヴィアという少女は何処までも歪なサーヴァントだった。
低いステータスも能力も、一般的と言っても
だがそんなことは問題ではなかった。
本来その能力差にバラつきはあれど誰も彼もが人知を超えた超越者であるはずのサーヴァントを、十代の少女の身体能力と何ら変わらない程に低下させる。
その脆弱な肉体すら蝕み数多の身体障害を引き起こすその様は正しく病魔のそれ。
加えて属性が『狂』であることを加味したとしてもあり得ない程、それこそ本来であれば日常生活に支障をきたすレベルの幻覚。
最早それ等はサーヴァントである以前に、人間として致命的だった。
あり得ない話だった。
生前狂気に陥った逸話を持ち、そして
けれど、彼女は語る限りそんな逸話を持たなかった。
だからこそあり得なかったのだ。
まるでサーヴァントとなってしまったからそんな呪いを降り掛けられたとでも言いたげなその在り方は、あまりにも歪だった。
時に
それでも第一特異点、そして今探索を続ける第二特異点で人類最後の希望となってしまった
だからこそロマニ・アーキマンは断腸の思いで彼女を戦場へと送り出した。
そしてだからこそ、本人を含めて少しでも不安となる要素を隠そうとして、マテリアルを偽装したのだ。
それだけなら、そうそれだけなら良かった。
最悪霊基保管室に存在する彼女本来の霊核を破壊し霊基記録を消却してしまえば良いのだから。
それはあの心優しいマスターやマシュにとっては辛いことであろうが、それでも自分が割り切って独断で罪を被ることも厭わないだけの覚悟がロマニにはあった。
そう、ただ歪なだけなら。
ただ呪いがかかっていて戦力的に余りにも不安要素が大きすぎるだけならロマニは実行できていた。
『あら、ロマニ。元気ないんじゃない?そうそう!さっき
実行、出来なかった。
『見て、これジャックが描いたあなたの似顔絵!ほらこのちょっとだらしのない優しそうな目元なんて貴方そっくりよ!どう?うちの娘も中々巧いもんでしょ?』
ロマニ・アーキマンには、カルデアの最高責任者である筈の彼は。
『レオナルドったら酷いのよ……って貴方の隈も大概酷いわね。化粧で隠しきれてないじゃない。全くもう!どうせまだ仕事あるんでしょうからこっちに来なさいな、もう少し私が上手にお化粧してあげるから』
その選択をすることが出来なかった。
口では王妃なのにーと文句を垂れながら、それでも上機嫌で昼夜を問わず修理に励んだ。
味覚がない、それは食の楽しみが奪われているのと同義だ。
自分で作るなら猶更、最早食事という行動そのものが恐怖でしかない筈だっただろう。
それでも職員の為に主の為に給仕を続け時には他のサーヴァントから手習いスタッフの故郷の料理まで振舞って見せた、弱い自分にはこれぐらいしかできないからと。
突然できた娘に例え代償行為のなれの果てであっても、傷の舐めあいのような生産性のない行為であっても、本当の母親の様に振舞い続けた。
五感がほぼ喪失しているのを誰にも悟られせぬまま、他者の痛みに寄り添い気を病む職員の為に時に悪戯を繰り返し精神面の安定を図った。
本人は気づいていなかったことだが。
立香やマシュと話すとき、心の底から楽しそうに笑い声をあげる彼女が外見相応の少女にしか見えなかったことを。
三人が仲の良いただの友人の様に話す姿に心を救われた職員もいた。
そして、誰にも悟らせるつもりはなかったのだろう、
毎朝、肉体を傷つけていることをいつの間にか増えていた観測係は知っていた。
それでも常に笑顔で主人の杖として在らんとしていたことを、誰もが理解していた。
全人類の未来を背負っても折れないように必死に前を見据えて戦い続ける立香。
恐怖を呑み込んで戦い続けるマシュ。
マスターだから、サーヴァントだからなんて関係がない。
そんな二人と同じように、ただの幼い少女を見守る様に、誰もが彼女のことを善く思っていた。
別に老若男女だれからも愛されていたわけではない。
ギネヴィアの振る舞いを嫌った職員もいる、うるさいのだと年長のスタッフは苦笑いを浮かべていた。
それでも。
そう、それでも。
ロマニ・アーキマンを含めて誰もが彼女のことを仲間だと
だからこそ、彼女を殺すことがロマニにはできなかった。
「……僕が、僕が消すべきだったんだ」
誰も居ない指令室で、声が響いた。
普段交代で勤務している他の職員の姿も今は居ない。
呻く声はロマニの物だった。
あのギネヴィアの暴走から数日が経っていた。
つまり、ギネヴィアが第二特異点から
あの特異点の、あの戦闘の顛末は酷く歪だった。
突然膨れ上がった魔力。
それに対応するように変更された
黒い喪服は白地に紫が混じったローブに。
髪は金から青みがかった灰に。
頭部側面にあるべき耳は腐り堕ち、獣のように耳が頭上に生える。
その反対には仔羊のそれのような鈍く光る瑠璃色の獣角。
肉食獣のような爪と牙に違わぬ身体能力、そして異常な再生能力。
その瞳すら色を変え菫色に、そしてその瞳孔は縦に細く。
まるでそれは人の形をした
その魔獣さながらの有様は、行動にも出ていた。
自分の身体が使い潰れるのすら厭わず、四肢があらぬ方向によじれ曲がってもそれを文字通り直しながら戦い続け、そしてその最後に敵を徹底的に破壊し尽くした。
止めてと叫んだスタッフが居た。
見るに堪えないと眼を塞いだスタッフがいた。
誰か止めさせろとこちらの声も届かないのに必死に声を張り上げるものもいた。
観測の手を止めず何とか自分にできることを探ろうとした者も。
あまりの惨状に吐き続けとうとう胃液しかでなくなった者もいた。
それでも誰もが、彼女の悲痛な顔を見捨てられなかった。
牙を剥き出しにして嗤い、自分の肉体を抉り傷つけながら敵を叩き潰すその姿を。
他者を害する歓びに浸ってある筈の叫びが嗚咽混じりである事を。
体中の水分がなくなるのではと思う程に、その瞳から涙を流し続け狂喜の言葉とは裏腹に助けを乞うて慟哭し続ける童女のような姿を。
―――ゴメンナサイ
最後の時に、牙を剥きだしにして口を開いたときに
メドゥーサの鎖が首に絡まり動きを止められた瞬間に、電池が切れた出来の悪い玩具の様に意識を落とし、そのまま疑似霊核が崩壊してしまったその姿を。
誰もが見ていたからこそ、誰もが責められなかった。
「戦場になんか立たすべきじゃなかった。立香ちゃんやマシュとは違う、
こちらに
ロマニとダ・ヴィンチと僅かな医療スタッフだけだ。
酷い有様であった。
あり得ない話だ、特異点で負った傷が疑似霊核を通してこのカルデアで召喚された霊基にまで影響を受けることなど。
それなのに、
夫が好きだって言ってくれたのだと自慢げに惚気ていたその金紗の髪は見るも無残に炭化し灰のようにくすんでいた。
一瞬で生身の人間は追い出されるほどに、ダ・ヴィンチ一人で対応せざるをえない程に異常な状態であった。
だから謹慎という処分は妥当だった。
戦力的にどんなに心許なくとも。
立香やマシュと友人のような関係を築き、特異点という異常な環境でも互いの気持ちを和らげられる効果を失っても。
その料理が二度と食べられなくても。
もう誰も、彼女を戦線に立たせようとは思えなかった。
自分の身をいとわず戦うのは何もギネヴィアだけではない。
あのマシュだってそうなのだ。
けれど、高潔な騎士ではなく。
化け物に成り果てでも約束を果たそうとする少女の姿を見て、それでも自分たちの世界を救うために戦えと、過去の世界からやってきた
それはロマニも同じ。
否、それ以上に重い。
何故ならロマニは知っていた。
これほどひどくなるとは予想だにもしなかった。
時折まるで自分の傍に
毎朝、悲鳴を上げて自身の身体を傷つける彼女を知っている。
その存在が
それでも戦えと。
人類の未来の為に、その身を削れと幼い少女達に命じてきたロマニだからこそ誰よりも重く感じていた。
「生きて歩くだけで幸せになるなんて思い違いだった」
搾り出す声はあまりにも細い。
しかしその重さは水底よりも猶深く押しかかる。
ロマニ・アーキマンは優秀だ。
たった十年で魔術協会すら絡んだ国連組織の一部門のトップに立った。
冠位指定に到達し
そして成り行きとは言えこうして人類史を取り戻す前線で全ての責任を背負って指揮を取り続けている。
押し付けるしかできないと本人は卑下するだろうがそれでも彼は優秀で強い人だった。
だからこそ殺さなかった、殺せなかったという選択が彼を悩ませる。
「僕の間違いだ、殺すことが彼女にとっての最善ッぐっ!?」
けれど、その言葉をどうしても許せれない人間もいた。
「何か言ったのかいロマニ?ああすまない、よく聞こえなかったよ。それで?
頭を抱えデスクで悩み続けるロマニの正面に立ち襟首を掴んで己の方を向かせたのは、
「……まだ、交代の時間には早いんじゃないか、レオナルド」
レオナルド・ダ・ヴィンチだった。
その美貌に陰りはない。
ただその形の良い愁眉が鋭く弧を描いている。
「
「……すっとぼけた、そんな事は言っていないよ」
「なら教えてくれるかい、ロマニ・アーキマン。君はさっき何を言おうとしたのかを」
その問いにロマニは返さず苛立ったように問い返した。
「何が言いたいんだいッ?」
「おや、そんなことまでこの私に答えさせるかい?」
そう小馬鹿にしたように言い返すレオナルドに、たまらずロマニは叫んだ。
「ああそうだよッ!分からないよッ!あんな風になるって誰が想像がついた!?分からないとも、少なくともッ彼女の
正しくそれがロマニの悩みの源泉だった。
知っていたから、予測がついたから、
「あの時ッ……あの子が召喚されたときに僕が
それなのに戦場に立たせたことを、誰よりも深く後悔しているのだ。
優しい男なのだ。
飛びきりに他者に甘く、その癖自分には人の何倍も厳しい悲観主義者。
それでも人類の光を信じて嘗て
今もなお人を愛しているからこそ、何処までも後悔しているのだ。
もしかするとそれは、ただのレオナルド・ダ・ヴィンチであれば指摘することはなかったかもしれない。
けれど此処に居るのはここまで二人三脚で共に秘密を共有し、確かな信頼を築いてきたカルデアのキャスター。
ロマニ・アーキマンという一人の人間の友人であるレオナルド・ダ・ヴィンチだから、到底見過ごせない間違いだった。
「ああ、間違えているさ、ロマニ・アーキマン。このレオナルド・ダ・ヴィンチが直々に教えてやるよ。……君は一体何なんだい?」
実に抽象的な問いに自分への憤りを露わにしていたロマニも眉根を顰め、それから少しまごついてから答えた。
「何を言ってるんだよ……僕は、ロマニ・アーキマン。このカルデアの臨時最高責任「違う」ッ」
「違う、違うよロマニ。君は確かにカルデアの最高責任者になってしまったけど、けれど君の本質はそれじゃあないだろ?」
はっきりと、そう断言する。
そうではないのだと、それはお前ではないと。
「忘れるなよ、ロマニ。君は
忘れるなと、強く強く念を押すように二人の間の秘密を言いながら希うように言う。
その姿はどこか親が子にこうであって欲しいと願う、そんな姿によく似ている。
そして告げる。
「今の君はカルデアの責任者なんて言う大層な肩書の前に」
―――
ロマニ・アーキマンという男の原点を。
「最善とか、選択肢を間違えたなんて君だけは絶対に言うんじゃない。君はね、ロマニ。誰よりもそそっかしくて優しくて、そして誰よりも懸命に人生を歩む君が『少女を殺さない』という選択を恥じるなんて、後悔するなんてあっちゃいけない」
医師であるから。
見てしまった、その理由だけで自分の未来も幸福も投げ打って人類の未来、ただその為に責任を背負う男だから。
目の前の
そして
だから決して後悔するなと、祈るように言う。
「大体ね、ギネヴィアの事で悩むならそれこそマシュだって、立香だって戦場に立たせられなくなる……その甘さを捨てて非情に走れとは私は言わないけれどね。だけどさ」
呆れて茶化すように物を言うが、ロマニの目にはダ・ヴィンチが尊いものを見る人に映って見えた。
「君が真っ先にギネヴィアを危険因子として排除するのではなく見守ることを決めた時、私、すごく嬉しかったんだよ」
告げる言葉は上っ面を塗りたくっただけのものではない。
真実、心から告げる尊敬と友愛に満ちた優しいもの。
「頼むから忘れないでくれ。君は医者だ。人を救い、今までもこれからもこのカルデアに住む住民たちの心を立香やマシュ、そしてギネヴィアと共に奮い立たせ必死に癒してきた。そんな君が『少女の命を守った』、その選択の正しさを忘れないでくれ」
強い言葉だった。
厳しさもあった。
けれどそれ以上の心配と暖かさ、そしてお前は決して間違っていないと全幅の信頼と肯定が詰まっていた
「さて、僕らの仕事はこれからだ。もうすぐ立香たちもベルゴムムを出発する。そうすれば『形ある島』まで一直線だ。そんな彼らのフォロー、だけどそれだけじゃない」
だから、いつの間にかロマニは涙をこぼしていた。
自分の倫理観故に、人として手に入れた自由であるが故の価値観で間違った選択肢を選んだとこの数日を責め続けてきたロマ二にとって、その肯定はどんな宝石よりも美しいもので。
如何な灯火よりも暖かな優しさだった。
「職員たちからも、勿論ジャック達からもせっつかれてるしね……君はここの所寝ないで観測しているから個人通信までは知らないだろうけど、立香も泣きながら会わせろ会わせろってってうるさいのさ。いや、これは彼女に向かって
軽い口調だ、もう襟首からダ・ヴィンチの手は離れていた。
気のせいか、ロマニはその手が今まで背苦しんでいた重圧まで取り除いてくれた気がした。
「……確かに彼女の、ギネヴィアの能力は未知数だった。あのスキルについても我々は何も理解しないまま蓋を閉じてしまったままでいた。その結果があのザマだ。なら、今度はもう二度と起きないように手を尽くす、そしてその為に頭を働かせる。そういうのが私たちの仕事だろ?」
気持ちも軽く、視界も涙で揺れていたが明瞭だった。
「ここで一つ大人の威厳を見せるとしようじゃないか。何問題ないさ、ここには万能たる私と、女神の呪いなんて気にせず少女一人を受け入れてみせた最高の医者がいる。なら、何も何処にも、問題なんてないだろう?」
美しい瞳を閉じてウィンクしてダ・ヴィンチが言うその言葉に、ロマニは強く頷いた。
薄暗い廊下を軽いステップを踏む様に軽快に女は歩いていた。
その女にとって今回の事態は決して予期せぬものではなかった。
詳細は伏せられていたし、そもそも世界の構造についてはさっぱり分かっていなかったのだが。
それでもマスターの呼びかけに応え自分の意志で召喚されたこととはまた別に、彼女は
それは彼女が、色々と縁深かったからだろう。
何せ彼女は、その命令者の世界ではわざわざ三十年もの時間を遡ってまで
だからこそ、此処に居るのは当たり前だった。
やるべきことがあった。
夫が違う世界の自分が住む場所を守るために飛び出していったから。
それを追いかけていたら、強く気高い、まるで懐かしくて大切などこかの赤い悪魔のような真摯な祈りが聞こえたから。
そして、
だから彼女は此処にいる。
嘗てこの世全ての悪を背負わせられ、望まぬままに悪業を成し、自棄になって臨んだままに悪徳を成してしまったからこそ。
そしてその上で、帳消しになど出来ないとわかっていても、僅かな補填すらできないと知っていても、その人生を愛する家族と贖罪に捧げたから。
そんな彼女だったから、今この扉を開けるのだ。
「おはよう、ギネヴィアちゃん」
音もなくスライドし開いた牢獄の先。
薄暗い廊下よりもなお黒い闇と真っ赤な鮮血の中。
「よく眠れましたか?」
一人の
「でもそれもお仕舞いにしましょう?……さあ」
軽やかな風のように、桜の花弁を散らすように。
「アナタを終わらせに行きましょう」
笑顔のまま告げた。
CCCイベに脳が震える日々ですが皆さまどうお過ごしでしょうか?
まだの人は今回は結構実施期間長いのでぜひ。
一人称ではないですがロマニ視点っぽい感じの今回。
正直ギネヴィアのフォロー回です。
とはいえ、平行世界によってはというかプレイヤーの数だけあるカルデア所属の英霊面子ですが中には反英霊も居るでしょう。
ここだって連続殺人鬼と一般というかそう言われてるジャックが居ますし。
それでも受け入れて、その上で善良で純粋で本当に美しいと言われるんだから、とんでもなく真っ当な大人が多いんじゃないかなぁと思います。
という作者の思いで今話は書いてみました。
さて次回からはギネヴィアの劇的ビフォーアフター編、皆大好き立香ちゃんと桜さんに大活躍してもらいます。
のでもしよかったらまた見てやってください、よろしくお願いします。