オリ主が挑む定礎復元   作:大根系男子

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遅くなって申し訳ないです。
今回は長い上に1000字目から2200字目ぐらいまでに若干のグロテスクな描写がありますのでご注意ください


純白の花嫁(質量兵器MIMIZU)

目覚めが怖くて、眠れなかった。

 

 

 

サーヴァントに、睡眠なんて高尚な機能は必要ない。

けれど、どうにも召喚に不備でもあったのか、自分の身体はある程度の睡眠と魔力供給だけでなく食事による栄養の摂取を欲してしまう。

否。

そもそも本当に死んで英霊になったのか、そもそも自分はまだ生きてるのか。

それすら分からないあやふやで中途半端な身の上なのだ。

不備があろうとなかろうと、結局こうなっていたように思う。

 

第一、朧気ながらも自分はかつて立香の生まれた小さな島国で生きていたという()()がある。

その時だってどうやって生きてどうして死んだのかなんて覚えていない。

だから同じ。

一度あったのだ、転生なんて言う馬鹿げたことが。

現代に生きた人間が五世紀の王妃になるなんてことが。

だったらそんな中途半端な、世界の理から外れた人間擬き(転生したナニカ)がまたもう一度生き返って、いいえ亡霊になるのだってあり得なくない。

 

不備ではなくこれが正しいのだろう。

誰もが一度しかない人生を踏みにじって嘲笑う気色の悪い化け物みたいな私が、中途半端に生きている人間の真似事をしなくちゃ体が壊れるなんて気の利いたブラックジョークなわけで。

 

 

 

だから否応なしに眠ってしまい、結局、最悪の目覚めで起きることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼アアアアアアアァァァァァァァァッッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

叫ぶ自分と叫ばざるを得ない自分が乖離するように存在して、何処かそれを俯瞰するように眺める自分もいて。

自分と言う存在がバラバラなのだと理解しながら、やはり悲鳴を上げるしかなかった。

 

声が聞こえる。

起きるといつも聞こえる。

いいえ、違う。

嘘はよくない。

だってママはわたしにそうやって教えてくれたもん。

 

そうね。

そうよ。

そうだとも。

 

起きてる間は必死に一生懸命生きている(サーヴァントの)ふりをして、逃げ出した現実から目を背けて。

そうやって耳を塞いでるから。

優しくて暖かい人たちと、かつて自分が夢見て、その癖自分から壊すことを善しとした『幸せ』に浸りながら。

死んでいった友も民も、一時だけだからと自分に噓をついてまで誤魔化して。

ずっと聞こえないふりをしているのだ。

 

 

 

『私は貴女のことを信じている』

 

それは約束。

あの人がローマ遠征に向かう前夜に交わした言葉。

 

 

『私たちを待っていてくれる』

 

それは信頼。

大切な人から送られた大事な大事な言葉。

 

 

『約束、守ってくれるのでしょう?』

 

それは愛情。

あの人との最後の思い出。

 

『私を』

 

私が

 

 

 

 

 

 

 

―――幸せにすると

 

 

 

 

―――踏みにじった裏切りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

待てなかった。

 

「……なさい」

 

待てなかった。

 

「…めんなさい」

 

待つことが、

 

「ごめんなさい」

 

出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」

 

待てなかった。

王の帰参を。

守れなかった。

王の宝物である民を。

自ら焼いた。

任された土地を。

自ら命じて無駄死にさせた。

騎士たちを。

 

待てなかったのだ。

 

私は、ギネヴィアは。

 

愛する人と約束した、再会を、踏みにじって、王妃の責任も騎士たちからの信頼も娘からの尊敬も民からの希望も、

 

「全部ッ、全ブッッ、ゼンブッッッ!!!」

 

王からの愛からすら裏切って、勝手に一人で()()()()()()()()()()

 

「嗚呼ああああァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

責任があった。

信頼があった。

尊敬が、希望が、そして愛情が。

そんな果たすべき、背負うべき重圧をあの蛮族に立ち向かう誰もが背負って膝をつかぬよう必死に前を見据えていた戦場から。

何の役にも立てないまま、一人勝手にこの未来に逃げ込んだのだ。

 

「グゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!」

 

死ね。

死ねっ。

死ねッ!

 

死んでしまえ。

 

喉の奥から潰れた蛙の断末魔が漏れる。

肺の奥から出鱈目な呼吸に悲鳴を上げて、その癖これで罰を受けれると喜ぶ自分がいて。

 

「ゲエェェェェェッッッ!!!」

 

まず眼を潰した。

 

誰の所為なのか。

死んだからか。

それとも生きたまま誰かの意思で送り込まれたのか。

それは定かではないけれど、たった一つの事実がある。

 

 

 

私はあの戦場から逃げ出した。

 

 

 

なら、誰が何で如何であっても、どんな理由があっても関係がない。

逃げた、裏切り者なのだ。

 

 

痛い。

でもまだ王の言葉が脳を駆けている。

 

体中を掻き毟ってその言葉から逃げ出そうとする。

それでも出て行ってくれるのは霊子で作られた仮初の血液だけ。

 

「フウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!」

 

ぶちっと鈍い音に続いてがんと骨に纏わりついた神経を通して鈍い音が聞こえて。

その音に傾けように王の言葉は止むことがなく。

結局もっと痛みを求めて、右腕の指、五本ともを喰い千切った。

 

「痛いのッ!!!なんでッ!?どうして!?どうすればいいの!?もっとなの!?わかった!わかった!分かったからアッッ!!」

 

もっと傷ついて。

もっと苦しんで。

もっと。

もっとっ。

もっとッ!

 

傷んで苦しんで傷ついて悲しんで儚んで恨んで憎悪して後悔して憐憫して貶して汚れて犯して染めて侵して穢して唾棄して千切って砕いて襤褸衣にして吐き捨てられて傷つかなくちゃッ。

 

皮を引き裂き、鈍い音をたてながら水が飛び散る不快な赤で彩って肉を打つ。

何度も。

何度も。

何度も。

爪を剥いで。

胸を削いで。

喉を引きちぎって。

皮を引っ掻き回して。

指を力の限り捻じ曲げて。

 

嗚呼、そうでもしなければ、私の罪は終わらない、終われない。

 

そうやって今日もこのカルデアに来てからの朝の通過儀礼になってしまった自傷行為を行う。

終わり(贖罪)は見えない。

虚しさすら浮かばない。

自分自身を許すなんて言う機能もない。

ただ、ただ、声なき誰かから罰を受けているのだとそう思い込むことで今日も無意味に罪の海を泳いでいく。

 

それが私の現実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど『そうして』いたのだろうか。

二度目の覚醒にも似た感触を得た。

ぱさりと誰かがタオルをかけてくれる。

誰かだなんて分かっている。

 

この部屋は空っぽだ。

魔術工房としての機能だって最低限。

それこそ立香が手に入れた一時的に魔力を増幅させる概念礼装(龍脈)をしこたま仕込んでこんな風に身体がぼろぼろになったときに一日一度だけ回復できる機能、そして心配性のドクター達からの観測を欺瞞する術式しかない。

それでも工房で乙女の部屋だ。

私の許可なく入り込める鼠なんて要る筈がない。

だからいるのは同居人でたった一人の同郷の仲間、大切な子どもだけ。

 

きっと()()()私の自傷行為で汚れ続ける部屋を丁寧にふき取り感情と共に溢れる魔力の余波で己の身体が傷つくことも厭わず掃除に勤しんでくれていたのだろう。

 

「……ありがとう、次郎丸」

Fooooooo(ええんやで、母ちゃん)

 

自分で感謝の言葉を言って、漸く我を思い出す。

タオルを被せてくれたのはきっと処刑場の様になった部屋の惨状を見せないためと、顔の皮どころか骨もぐちゃぐちゃになっている自分の姿を部屋にある姿見に映させないため。

相変わらず気の利くいい子だ。

本当に、自分なんかには勿体ない。

 

「……ほんと、やんなっちゃうわ」

 

紅くなった指先で虚空に文字を書く。

魔力と神秘で意味を増幅した文字。

北欧から伝わって、ちょうど私たちの代ぐらいで流行った魔術言語。

神代において自らの瞳を捧げ至宝の英知を授かったとされる高き者(ハーヴァマール)、彼の神の紡ぐ言葉(原初のルーン)に比べるには片腹大激痛請負無しの劣化品。

後世でアングロサクソンルーンと呼ばれるそんなものの原型。

とはいえ、便利なのだ。

何せ文字を刻むだけで効果がすぐ出るのだから。

 

期待した効果は『龍脈』の恩恵を受けてすぐに発揮した。

刻んだのは魔力を循環・吸収し再生を促すための『収穫(jara)』『(lagu)』『(yr)』、そして『野牛(ur)』の四つ。

 

別になんてことはない。

完全無欠、華麗で美麗、麗しの魔法少女系人妻ギネヴィアちゃんがいつも通り戻ってきた、ただそれだけ。

要するに仮初の肉体と第三再臨で喪服の様に黒く染まったワンピースを再生させた、ただそれだけの話なのだ。

 

「……次郎丸、あとはお願いね」

Foo(おー)

 

とはいえ治ったのは自分の身体だけ。

血と肉片に塗れそう多くはない家具が暴走した魔力の余波でしっちゃかめっちゃかになった自室。

その片づけを頼み、重い足取りで扉へと進む。

きっと立香たちがお腹を空かせて朝ご飯を待っている。

徹夜明けで碌に食事も喉を通らない程疲れたスタッフが英国風粥(ポリッジ)を待っている。

何よりここを出たら、何時ものように完全無欠のギネヴィアちゃんであらねばならない。

もう弱いところは見せられない。

私はサーヴァントだ。

弱くて情けない、直ぐ負ける雑魚だが。

それでも今立香たちは私を頼り信頼してくれる。

なら杖として信頼に応えなくては。

 

もう二度と、逃げてはいけない。

 

こんどこの信頼を裏切ったのなら。

 

きっと自分は、何モノでもなくなってしまうのだから。

 

そう改めて自己を認識して、扉を開く。

その光景を何時か何処かで見たような気がして、だからだろうか。

そんな■れた記憶(デジャブ)が頭に描かれたから。

 

聞き覚えがないはずの、聞きなれた小憎たらしい誰かさんの声が、自分の内から響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

―――完全無欠、ねぇ。随分と()()()()()、君は

 

 

 

けれど、その言葉は。

 

 

 

―――()()がいなくては()()は何も出来なかったというのに……ああすまないね、もうそんな事は忘れてしまったんだったか

 

 

私の頭に残ってくれる筈もなくて。

 

 

 

―――そうだろう?■■■…

 

 

 

すぐに忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけでブリーフィングね」

「誰に向かって言ってるのですか、ギネヴィア」

「さあ?」

 

ただの現状把握だ。

どうにも最近数分前のことも随分と遠い昔のことに思えて仕方がない。

ぴしりと嫌な幻聴がする。

前回の戦闘で疑似霊核が壊れてからというものちょっと調子が悪い。

どうしたものか。

 

まあいっか。

別に、そんなことどうだっていいのだから。

 

というわけも糞もないのだけれど、今は第二特異点に向けてのブリーフィングの真っ最中。

 

サーヴァントも素材回収に出てるオリオン達を除いてみんないる。

流石は狩りの女神とその女神に認められた至高の狩人。

私たちより遥かに効率よく獲物を追い込んで、素材や食料を確保してくれる。

 

勿論今回のレイシフトには最後の詰め以外は基本的に参加しないことが決まっている士郎君と桜ちゃんもいる。

当然のことだ。

何せ彼らは疑似サーヴァント。

マシュ同様、生きた人間なのだ。

下手に傷つけば死んでしまう。

以前までは戦力の乏しさから酷使してしまったが、今はそれなりに戦力も整った。

同時運用を考えると常時出れるのは魔力負担の軽い私とメドゥーサ、そして聖杯そのものに適性を持ち立香と直接契約してるために戦場に出ざる負えないマシュだけだが、それでも十分すぎる。

 

そんなわけで皆揃って立香と共にドクター達から今回の説明を受けている。

 

「今回のレイシフトについてだけど前回同様存在している筈の聖杯の正確な位置情報は不明。歴史に対する変化も現状こちらからは観測できていない。すまない、あの爆破による観測機自体の機能不全と実証データの不足からまだ観測精度が安定しないんだ」

「私や技術スタッフ、それからギネヴィアたちの力を借りてかなり復旧も進んだんだがね、それこそレフ・ライノールに爆破された直後と比較しても七割近くは補修が完了している。それでも残念なことに、うん、この万能の天才たる私がこう言うのは非っ常に遺憾なのだけれどこれが今できる精一杯の観測なんだよ。まあ全部レフってやつの仕業なんだ、うんうん、すまないね」

 

そう言うレオナルドの言葉に小さく、立香が反応する。

 

「レフ……」

「ああそうだ、今回の人理焼却という前代未聞の惨劇の黒幕候補だ。君たちの作戦の趣旨は前回同様だ。特異点の調査及び修正、そして聖杯の入手、若しくは破壊。そしてこの特異点が生じた原因の調査、つまりは今回の件に大きく関わっているだろうレフ・ライノールの探索だ」

「とはいえ我々も最大限バックアップすることを約束しよう。だから後事は我々カルデアのスタッフに任せて君は存分に指揮を振るってくればいいのさ。……さて話は変わるが今回のレイシフト先である古代ローマが人類史においてどういった意味を持っているのか、立香君、君に改めてレクチャーしておくとしよう」

 

そう言ったレオナルドがこちらに視線を向ける。

……いやアンタが言い出しっぺなんだから自分で話しなさいよ。

 

みたいな目線を向けるが、レオナルドは無視してこちらにパスを渡す。

 

「幸い此処には古代ローマと縁深い英雄が一人いる……というわけで頼むよ、ギネヴィア」

「うげぇ」

 

くっそ、よりにもよって私に振るのか。

うん、腹立つ。

ので、この特異点が解決したらレオナルドの三時のおやつは一回ぐらい抜きにしてやることにしよう。

 

そんな誓いを立てつつ、私はしぶしぶ口を開いた。

 

「……古代ローマっていうのはね「あ、ちょっと待って」はいはい、質問をどうぞ藤丸さん」

 

おおちょっと学校っぽいとかなんとか嬉しげにしながら、こちらが腰を抜かすことを立香は言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

「古代ローマって、そもそもどこ?」

 

 

 

 

 

 

 

空気が固まった。

 

「……へ?」

「古代ってついてるんだから今はローマって国なんだろうけど、ほら私日本史専攻だからさ」

 

知らないんだーってのほほんという娘を見て、いやな汗が流れる。

あれ、デジマ?

若しかしなくてもローマってそんなに知名度ないの?

思わず年長者面子と顔を見合わせるが黙って首を振ってる。

いや何とかしてよメドゥーサ。

っていうか何でブリーフィング中もいちゃついてるのよ士郎君。

あと桜ちゃ……桜さん。

その手に持ってるリモコンは何なんですか?

ギネヴィア分かんないや。

あ、いいの。

答えなくていいの、嬉々とした顔で口を開こうとしないで。

お願い黙って、お願いです、お願いします。

ただでさえ締まらないブリーフィングがこれ以上ぐだぐだな上にピンク色に染めたくないの。

 

いや、でも、うん。

うっそでしょ、私に講義させるのこれ?といった目線を向けるが、駄目だ、誰も目を合わせてくれない。

……仕方がない。

 

「……マシュ」

「……はい」

「取り合えず今回必要な分だけ伝えるから、詳しいことは後でみっちり教えてやって」

「……お任せください!必ず先輩のお役に立ってみせます!」

「え?なに、私ヒマラヤまで来て勉強するの!?折角試験ともセンターともおさらばしたのに!!」

 

ぎゃーと叫ぶ立香とよしよしと背伸びして慰めるジャック。

うん、かわいい。

かわいい……けど本気でちょっと心配になってきた。

この子、ちゃんと学校で勉強してたのかしら。

ところで試験は分かるけど、()()()()()()()()()()()

 

 

とはいえ、いつものぐだぐだな空気が流れ始めて、少しばかり緊張していた空気がいい感じにほぐれる。

本当、何というかこういうことが得意な娘だ。

本人は全く意識していないのだろうけど、陽の気というか、気質そのものが春先の太陽のように柔らかで温かい娘なのだ。

まったく、だからこそちょっとお馬鹿でも協力したくなって、そして主人としても仰ぎたくなるのだろう。

人徳、だろうか。

全くもって羨ましいことだ。

 

 

 

さて。

いい加減そろそろレクチャーを始めよう。

何せこれから語るのは真っ当な学校では教えてもらえない裏の歴史なのだから。

 

「取り合えずそうね、ローマは現代でいうイタリア、世界地図で見たら長靴の形をしてる国よ」

「ああ!サッカーとピザの国」

「……コメントは控えるわ」

「あれ?でもギネヴィアってイギリスの王妃様だったんでしょ?何でイタリアの歴史なんて知ってるの?」

 

あら、良いところ突くじゃない。

そう思うと傍に控えて桜ちゃんといちゃついてた士郎君が答えを言ってくれた。

 

「それはギネヴィアのいたブリテンの敵がローマ帝国だったからだ」

「え?だってイタリアでしょ?イギリスとイタリアじゃ遠すぎじゃん」

 

それも正解。

だから此処からは私が話さなくては。

 

「そうよ、だからさっきの話は半分だけ正解なの。あのね、これからレイシフトする、そして私達と戦った古代ローマ帝国はヨーロッパ全土を支配する巨大な大帝国だったのよ。それこそ今のフランスぐらいまで呑み込むほどのね。だから海を渡った小さな島国であるうちにちょっかいかけに来たり、逆にうちがちょっかい掛けたりもする仲だったの」

 

自分で言って嫌な仲なことだ。

 

「いい立香、古代ローマ帝国っていうのは文字通り大帝国であると同時に人類史に非常に大きな意味を持つ国でもあるの」

 

さあここからは気合を入れなくては。

指を振り、投影魔術で眼鏡と白衣を生み出す。

勿論士郎君のするあれとはちがってすぐに消える通常の投影だが、まあお遊びで雰囲気を出す分ならいいだろう。

眼鏡をかけて白衣を纏い、さてこれで少しは先生っぽくなったかしら?

 

「嘗て世界は神と人とが寄り添って生きることが常識だったの。神話っていうのはその頃の名残みたいなもの、物理法則は出鱈目であらゆる天災や逆に幸運も含めたあらゆる運命が神の手に束ねられていた時代、それを神代と言うわ。貴方たちがフランスで戦ったファブニールみたいな幻想種たちが跋扈し、神の血を引く英雄が当たり前のようにそれらを討つ時代。人は神の庇護下で時に弄ばれ、時に愛されながら生きていたの」

「この中だと私とオリオンがその時代の英雄になりますね。つまり神秘が濃く、有り体に言ってしまえば強力な英雄が多いのです」

「補足ありがとう、メドゥーサ。さて、そんなとんでもない時代を終わらせようとした英雄が人類史には幾人かいる。神の庇護下を離れ、神秘に支配された世界法則を誰もが知る物理法則へと移行させ、人が己の足で大地に立って歩いていくことを善しとした大英雄達が」

 

 

それこそが人類の本当の始まり。

生命体(Homo sapiens)としてではない。

自ら思考し運命をその手で切り開く権利と尊厳を有する存在としての始まりだ。

今から語るのはそんな始まりの一線を踏み越えるために私たちの背を押した偉人のこと。

 

「始まりは古代メソポタミア……って言って分かる?あ、その顔ぴんときてないわね、中東あたりだと思っておきなさい。その場所を治めた始まりの英雄、私たち英雄たちの全ての原典であり人の手で豊穣を齎し死をあるがままに受け入れた『英雄王ギルガメッシュ』。他にはギリシャ神話で神との約定を破って人に光と知恵を与えた『先立つ者プロメテウス』、それから原罪を背負って神の言葉のみを灯火に現世を生きることを伝えた『神の御子』、それ以降だと世界一周を成し遂げて私の国を含めて存在していた世界の果てという概念そのものを崩した『太陽を落とした女フランシス・ドレイク』、そういった人類が人類として現実を生きることを促した英雄達が人類史には存在しているの。つまり、神話の存在を含めた魔術師たちの言う『神秘』を駆逐した存在よ」

 

時に星の開拓者、時に星の裁定者。

呼び名は違い、行いの発端も経緯も結末も異なるけれど、その本質は同じ。

人の行く末、それを人間自身の手に委ねてくれた先達たちのことなのだ。

 

「そしてローマにも居た。それがローマ建国の父『ロムルス』。軍神の子であった彼はローマ建国した後忽然と姿を消したそうよ。それが彼の偉業。自ら作った国を神である自分が統治するのではなく、人の手に委ねたこと。そのことでローマは急速に神代や神秘と離れていき純粋な人間の手によって繁栄していったわ。つまり、」

 

一息入れ告げる。

 

「神話を終わらせて人間の力のみで大帝国を作った始まりの国、人類史における輝かしい歴史の先駆け、人類繁栄の象徴にして礎そのもの。神秘()に隷属するだけの人類が初めて純粋に自分の欲と手によって繁栄っていう現象を引き起こす土台を作った国、それがローマ帝国の正体よ」

 

言い切った。

うん、ちょっと満足。

 

まあとにかく、そんな凄い国を相手にしていたのだ。

そしてこれから相手をしに行くのだ。

いやあ本当、なんでこの旅路はこんなひどい難易度なのかしら。

 

しっかし改めて考えると、やっぱりあの馬鹿の存在は俄かに度し難い。

無論憐れむ気はない。

そんなことは彼と戦い散った名もなき騎士たちへの侮辱であり、憎き宿敵であっても偉大だと感銘を受けた自分への否定となり、何よりアイツはそんなこと全部承知で世界に喧嘩を打ったのだろうから。

だからこそ、世界は奴の、剣帝の存在を断じて許さなかったのだろう。

何せあれは、ローマ帝国そのものへの反存在(アンチテーゼ)なのだから。

 

「さて、これから行くのはそんな私たち人類が繫栄していくことができた土台を作った国、その国が隆盛を極めた時代よ。この特異点をしっかり修正しなけりゃ私たちが繫栄したって事実自体がひっくり返されかねないの」

「……うん、わかった」

「……すっごい目が泳いでるけど大丈夫?ねぇ、ちょっと、こっち見なさい。ねぇったら」

 

見ない。

……大丈夫かしら、今回のレイシフト。

今更思いもしなかったところから不安が沸いてきたのだけれど。

そう思っていると口元に笑みを浮かべてへにゃりとした顔でロマ二が助け舟を出してくれた。

 

「まあとにかく!ローマっていうのは凄い国、そして立香ちゃんはいつも通り修復してくればいい。それだけ覚えてくれればいいよ」

「おー!それなら分かる!」

 

それならってどういうことよ。

そう思ってるとレオナルドも茶々を入れる。

 

「まあロマンが締めてくれたことだし、ギネヴィアの面倒くさい講義は一旦置いておいて皆そろそろレイシフトの時間だぜ」

「じゃあなぁんで私に説明させるのよー」

 

ぶーぶー。

抗議の声を上げる。

勿論、他の面子はさらっと流して各々の持ち場に戻る。

 

私もレイシフトへと向かう立香たちを追いかけるが、そんな私の背にレオナルドが声をかけた。

 

「それはね、若しかしたら聞けるかと思ったのさ。アーサー王伝説、魔術世界では史実とされるその歴史に描かれた最大の矛盾」

 

 

 

―――滅亡寸前である筈の西ローマ帝国が何故健在であったのか、っていう史実との食い違いの答え合わせをね。

 

 

 

ああ、そんなことか。

でもまあ確かに、後世の人間からすれば不思議でしかない。

何せ未来の知識っていう眉唾極まりないものと曲がりなりにも魔術師を自負する私だからこそこの事実を知ってドン引きしたのだから。

思い出すのも忌々しいが、まあ仕方がない。

何時ものように答えるとしよう。

 

「貴女の些細で大きな疑問に答えましょうか。史実では大帝国の威光を失っている筈の五世紀のローマ帝国が何故騎士王率いる円卓と軍勢を以てしても敵わぬ悪役として物語に描かれたのか」

 

ため息を一つ吐く。

本当に、本当に。

どうしようもないぐらい反吐が出て、そして同じだけ王族という立場の自分は憧憬を抱かずにはいられない彼のことを思い浮かべながら。

 

「答えは簡単……立て直した馬鹿がいたのよ、傾きかけた国をたった一代で5つの大国を巻き込んだ連合国にまで仕立て上げて大陸全土を支配せんとした男が。その結果、人類史に英雄として名を刻むことを許されなかった哀れで強欲で傲慢、そして」

 

 

 

 

 

 

 

―――世界の全てを心底愛していた、ルキウス・ヒベリウスっていう馬鹿な皇帝がね。

 

 

 

 

 

 

それだけ言い切って、返答は聞かずにレイシフトをする立香たちの下へ行く。

話の続きはまた帰ってからでもすればいい。

どうせ、アイツは古代ローマ帝国だからといっている筈もない。

何せ英霊の座に登録されない、歴史の闇に消えた虚構の幻霊に、他ならぬ自分の決意を以て成り果てた、そんな男なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ところでセンターって何なの?」

「へ?知らないの、ギネヴィア?」

「大学に入るための一次試験のことですよ、ギネヴィアちゃん。私と士郎さんもそれはもう苦労しました」

 

遠い目をする桜ちゃんと士郎君の二人。

その気持ちはあまり『前』のことは覚えていない自分だが、何故か胸の内で叫ぶような感覚がある。

どうやら自分も苦労したようだ。

 

しかし、成程、()()()()()()()()

 

「なぁんだ、共通一次のことだったのね。それならそうと言って頂戴よ、冬木とか立香のいた土地だとそんな愛称付けて呼んでたの?」

 

そんな可愛げのある横文字なんて使わなくてもいいじゃないと脹れてみるがあんまり、というか全く想定してない返答が返ってきた。

 

「「「「……え?」」」」

 

再び空気が固まる。

 

え、何、私何か変なこと言ったの?

 

でもだぁれもそれに答えてくれないまま、さくさくとレイシフトが開始してしまった。

まったくもう、何だって言うのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼の前に広がるのは戦場だった。

古代ローマ帝国、そう聞いていたからきっと重装歩兵や騎兵がいるのだろうと内心見慣れた光景を思い浮かべていた。

忘れていた、ここは特異点。

人ならざる、否、人の域を超えた怪物(サーヴァント)によって蹂躙される場所。

ならその光景は当たり前だった。

 

「ロマン、あれ、なに?」

 

砂埃を挙げて、死を纏った兵士たちが寡兵を蹂躙している。

 

『こちらでの解析は済んだ。気を付けろ皆!あれは冬木で見た髑髏や竜牙兵とは格が違う。あれは宝具で召喚された死者の軍団だ!』

 

そう、死者の河が目の前に広がっていた。

翡翠色の火を掲げ生きとし生けるモノを喰らわんとする不死者の軍勢が嵐となって戦場に吹き荒れていた。

 

「……わかった。ならロマン!生存者探して!なるべく生きの良さそうな人のリストアップ!」

『ッ!……優先順位をつけて犠牲は少なく、か。ああもうッ!無茶言うようになったね立香ちゃん!勿論任せてくれ!』

『生命反応の基準値設定を下げろッ!相手は怪我してんのが当たり前だッ!こっちの人間基準にしても意味がねぇぞッ!』

『もうやってます!』

『観測データの切り替えと精度向上は済んだぞッ!』

『あざっす!フォルヴェッジぱいせん!』

『いいから手を動かせ、スガタっ!』

『ッ!?この反応は……』

「先輩!あの集団の中に!」

 

そんな一団に立ち向かう五十に満たない兵を率いる華がいた。

荒らしい筈の戦場。

蹂躙されている現状。

にもかかわらずその冴えは離れた場所から見る私達から見ても美しく麗しい。

 

真紅の薔薇がいた。

 

「ロマニ達はまだ時間かかりそうだし、だれが私たちの敵かなんて分からない状況。さて、如何してくれようかしら?ねえご主人様(マイマスター)

「決まってる、敵かどうかなんて今関係ないよ。こういうのはね、」

 

荒々しい筈の戦場。

 

「弱い者苛めしてる方が大抵は悪もんなんだよっ!行くよみんなッ!」

 

小気味いい。

 

「了解ですマスター!マシュ・キリエライトッ吶喊します!」

「では命も出たことですし、行くとしましょう。後ろ、任せますね」

 

そう言っていの一番に飛び込んでいくマシュとメドゥーサ。

さあ負けていられない。

 

戦場に大盾で殴りこんでいく二人の後方で、こちらに気配を飛ばしてくる随分と剛毅な猛者のそれを感じ取りながら剣を掲げる。

 

「いつも通り、代り映えしなくて悪いわね。こちとら士郎君と違って切れる手札もないもんですから」

 

魔力は十分。

さあ行こう。

 

燦然と輝く王剣(クラレント)ッ!しっかり働きなさい!」

 

がんと手に低く響く魔力の奔流。

それを受けて、私と立香を含めた自陣の仲間に強化が働く。

自陣の定義?

そんなもの、感性よ。

私が、というか立香が認めた相手なら少なくとも仲間。

だから当然それは今救出しようとしている寡兵たちにも効果は及ぶ。

 

見るからに動きが良くなる真紅の薔薇と彼女に率いられた兵士たち。

 

うん、上等。

さて二手目だ。

 

「行くよ、ギネヴィア!」

「もっちろん!さあ次郎丸、飛び込むわよ。久しぶりの戦場よ、今日は思いっきり喰い散らかしてきてやりなさいな!」

Fooooooooo!!(応さ!待ってましたッ!)

 

二人で飛び乗り、そのまま進軍の合図を出すとその柔軟で大きな体をぎゅっと発条のように縮こませてから、

 

Foooooooooooooo!!!(I can fly!!!)

 

思いっきり文字通り爆ぜる様にして戦場に飛び込む。

 

そのまま恵まれた質量を生かして後世の大砲の弾なんて目じゃない破壊力と地響きを叫びながら、敵の亡者をまとめて叩き潰す。

 

「なんとっ!そなた等カルデアはこんな愛らしい生き物まで飼っておったか!うむ、余好みの美少女に美女だけでなくここまで余の心を擽るラインナップを揃えるとは!そなた等が戦列に加わることを、このローマ帝国五代皇帝ネロ・クラウディウスがとくに許す!」

 

なんか後方からこんな戦場で聞こえちゃいけない重要人物の名前が聞こえた気がするが、とりあえず無視。

それに、どうやらいい感じにあっちの方からさっきの剛毅な気配が走ってきているようだし。

 

「マシュ!」

「はい先輩!失礼します!」

 

マシュに抱きかかえられて立香が真紅の薔薇の下へと連れられて行く。

取り合えず後ろのことは彼女たちに任せる。

もし本当にあの皇帝なら一体全体、何がどうなって女体化してるんだか。

……あ、うちの旦那もそうだったわ。

 

ま、いっか。

 

「そんなことより、暴れるわよ次郎丸。手綱は端から握るつもりはないから、貴方は前だけ向いて喰らい潰しなさい」

Foooooooo!(うっしゃー!)

 

その言葉と共に私を背に乗せたまま次郎丸は這いずりだす。

 

忘れてはいけない。

この子は幾ら格が落ちようと竜種。

それもただの蚯蚓から最上位の幻想種へと成りあがった、今で言うシンデレラストーリーの主人公みたいなものなのだ。

幾ら最下位(Eランク)だからといって舐めてかかってきてもらっては困る。

 

元より竜とは祀り、鎮めるもの。

土地の守護者にして大いなる自然の権化。

なら、その端くれたるとぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)とて、その力の一端は背負っている。

 

口を開き、亡者を呑み込む次郎丸。

当然敵もその手に持った槍や剣で咥内を突き刺し抵抗するが、元より宝具によって存在する魔力の塊(幻想)なのだ。

時間はかかろうと幾らでも吸収しきれる。

つまり呑み込んでしまえば、火力のある宝具や大魔術でもぶっ放さない限りこっちの勝ちだ。

 

勿論、敵は多数。

とは言え、敵を呑み込み、取りこぼした者はその巨体で捻り潰す。

焼け石に水程度でも三〇〇程度の敵なら何とでもなる。

 

潰し、喰らい、飲み干す。

 

勿論次郎丸任せでは終われない。

無尽蔵と思えるほど湧き出てくる死者の列は次郎丸を殺さんと群れを成して襲い掛かってくる。

なら露払いと行きましょう。

話術(スキル)、起動。

 

やけ(焦熱)もやせ(炎熱)はなてッ!(放熱ッ!)

 

嵐だというなら、その風に任せて燃やしてしまうとしよう。

露がうっとおしいなら蒸発させてしまいしょう。

 

劫火と言わずとも物言わぬ躯を焼き清めるには十分な熱量の炎の弾丸を飛ばす。

 

使用冷却時間(クールタイム)までまだあるわね!ならッもういっちょッ!あつまれ(制御)かたどれ(形成)ふっとべッ!(射出ッ!)

 

大地を支配下に置いて、頭上からではなく地面から突き出る杭の様に形成した砲丸を放つ。

数なんて分からない。

何せ材料は無限大だ。

スキルの有効時間が切れるまで蹂躙できる。

というか、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「女だてらに随分と豪快なものよ!さぞや、名のある魔術師とみるがどうだッ!」

「何がどうだ、だ。良いからさっさとこちらの目的を済ませるぞ、我が王よ」

 

猛牛の蹄が虚空を跪かせながら戦場を駆け抜けてくる。

その手綱を握るは偉丈夫。

その気風は察する必要もない、覇者の物。

 

「そちらこそ、さぞ立派な王とお見受けしますが、騎兵殿?」

「はっはっはっ!褒めても我が戦列に加えることぐらいしか今はまだやれんぞ!何せ此度の遠征は負け戦続き、この征服王たるイスカンダルを以てしても未だ蹂躙しきれずにいるのでな!」

「御冗談を、名高きオリエントの王よ。その尊名、我らブリテンの地でも語り継がれております。お逢いできて光栄です、雷神の御子様」

「おぉブリテンと来たか!となれば貴様は()()()の縁者と言ったところか、ん?」

「御身のご想像にお任せいたしますわ、大王様。この身は魔術師、その名は忌み嫌われそしてひた隠すもの。何より今の私は主に使える杖ですので」

 

話しながら手を休めず魔術を振るう私の()()を許し、いや愉快痛快と負け戦を受け入れた上で笑い飛ばす覇王イスカンダル。

その名は知っている。

アカイアが誇る両雄の血を引き、そして天空の主神にして恋多き豊穣の長ゼウスの子。

その遠征によって数多の国、民、土地を手中に収めた偉大な大王だ。

そりゃあもう気を遣う。

というか久々に王妃様モードというか外向けの猫被った。

うん、気の良さそうな人だけど、どうも警戒を解いてくれないし下手に喋れば今はまだ首を撥ねられる、そんな予感を脳裏で浮かべる。

 

そんな世辞の言い合いの間に眉根を寄せた不機嫌そうというよりも疲れ切った表情で入る魔術師。

 

「その辺にしておくがいい、魔術師。そちらの事情はある程度君の主人から話を聞いた。詳しい話をしたいところだが、あまり時間は無い。君のその、なんだ、うむ、蚯「()()()よ、お若い魔術師さん」……失礼、レディ。その()()()に兵たちを格納してこのまま我々の拠点まで離脱といきたい」

 

 

仕立てのいいスーツは近代から現代の英雄の証左。

王や格式の高い人間との付き合いを踏まえたうえで最適なタイミングに忠言を入れられる。

立ち振る舞いは戦士のそれでは決してない。

武勇に優れたわけでもない近現代的なスーツ姿の優男。

言葉そのままであれば古めかしい戦場には些か以上に浮くはずだ。

ならば何者か。

己が武を振るえぬことを弁えたうえで自身の力を何時でも活かせる立ち位置に立つ。

目線は猛禽のそれすら凌ぎ盤上全てを睥睨するもの。

あたかも指揮者が如く腕を振るい声を飛ばし数の暴力による蹂躙を智と謀略を持って凌いでいく。

そしてその魔力量は順当に考えれば魔術師のそれ。

露出している肌に傷や、傷を受けて治療した後もない。

十中八九、魔術師(キャスター)

それも生前従軍経験のある軍師や宰相のような英霊、もしくはそういう経験を持っている英霊の力を借りた魔術師。

 

「それはいいけれど、どうやってあの軍勢を押し留めるのかしら?」

 

こちらの彼は次郎丸の話題でなぜか脱力したように僅かに警戒を緩めた。

けれど立ち振る舞いは戦士のそれではなく、けれど己が武を振るえぬことを弁えたうえで自身の力を何時でも活かせる立ち位置に居る。

さあ、どうしましょう。

というか、この状況でこのお若い魔術師さんはどうなさるのかしら。

ちょっとワクワクしてしまう。

 

「他愛もないことだよ、レディ。かの英雄王の宝剣に敵わずとも今の私には古の大軍師の秘計がある。此れしきの軍勢、障害と為り得はしない」

 

そう言うと前に出てこちらに背を向ける。

別に私への警戒を解いたとかそういう話ではない。

たんにそれが一番合理的で、そして後ろの王を信頼してるからなのだろう。

……うん、なんだろう。

そんなに怖がられる要素あったかしら、私って?

 

「物理で殴るだけが魔術戦ではない。これでも教壇に立つ者なのでな、レディ、君に一つそれを教示するとしよう」

「あら、素敵。是非見せてくださいな」

 

特に裏はない。

純粋に楽しみなのだ。

後代だからといって見くびるなんて烏滸がましい真似はできない。

士郎君っていう超弩級の反則技持ちがいい例だ。

だからこそ楽しみなのだ。

この若い魔術師が魅せる真価がどれほど眩いのか、ついつい気になってしまうのだ。

……自分でも年より臭いのは百も承知だから取り合えずあんたは黙っときなさい、ガウェイン。

 

「では御覧に入れよう。これより表すは奇門遁甲、五重の計略。これぞ大軍師の究極陣地ッ!」

 

そう宣言し、風の動きが、雲の流れが、息を飲む様にぴたりと止まる。

ぞっと肌が泡立つほどに、複雑奇怪な術式。

奇門遁甲、ということは少なくとも西洋の術式ではない。

東洋の大軍師、うん。

誰だろう、大村益次郎(花神)かしら?

 

「―――石兵八陣(かえらずのじん)ッ!」

 

言葉に従い降り注ぐ石柱。

それが結界であることは分かったが、分かったのはそこまで。

内外問わず遮断する高位の結界、解析なんて寄せ付けてくれない。

むしろそんなことをすれば余計に迷い彷徨う羽目になるのは自明。

五百近い目の前の軍勢は石柱に瞬時に囲まれそのまま闇の中へと誘われていった。

 

「さて、ご期待に添えたかな、可愛い魔術師さん(レディ)?」

「勿論よ、素敵な紳士様(ジェントルマン)。最高に魅力的な宝具じゃない!」

 

うん、良いもの見れた。

あそこまで一つの目的(戦力の無力化)に特化しながら複雑かつ緻密で大胆な術式を想像させてくれる大魔術を見れたのだ。

何より術式を完璧に隠蔽してるのが最高だ。

正直何年かかっても解析したいという魔術師(研究者)としての血が騒いでしまう。

 

そう思っていると、後ろにいた立香たちが駆け寄りながら声をかけてきた。

 

「ギネヴィア!話終わったー?」

「女の子があんまり大声出さないの、男に笑われちゃうわよ」

「……BBA」

「アンタそれ言えばあたしが毎回怒鳴るって思ってるんじゃないでしょうねッ!?ええその通りよッッ!!私は若いッッ!!」

 

 

ええい小娘め!

そう言えば私が嚙みつくと知ってこの仕打ち。

許しがたい発言に温厚な私でもとさかにくるってものよ!

 

「諸君、このご時世だ、あまり女性だから如何こうとは言わんが此処は戦場だ。あまり大きな声を出すことは慎み給え。敵の増援が来ても困りものだ。それに此処に来るまでに魔力をそれなりに使ってな、正直これ以上余力を削るような真似はしたくないのだよ」

 

とまあぷんぷんしてると割と、というかだいぶ疲れた顔で苦言と提案をしてくる魔術師。

言われてみればその通り。

早いとこ逃げるとしましょう。

 

「なら貴方の言った通りさっさとずらかるとしましょう。増援だっていつ来るか分からないんだし」

 

言うが早い、王妃様は何時だって行動が迅速。

次郎丸に目配せして口を開けさせる。

話は聞いていたのだろう。

生き残った兵士たちが連れ立って恐る恐る中に入っていく。

 

さあさっさと逃げて状況を整理しなくちゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だもう帰るのか?」

 

立ち去ろうとした私の背中に静かに突き刺さる音。

声がした。

忘れられない声だ。

 

「……なん、で?」

 

そうだ、覚えている。

何度この男に煮え湯を飲ませられたか。

何度この男に仲間を殺されたか。

何度この男に苦汁を舐めさせられたか。

 

「相も変わらず詰まらん女だな貴様は。物事の移り変わりへの情緒、感動、そして気回しをしてこそと言うものを。全くこの(ローマ)や、そうあの騎士王を少しは見習うといい」

 

相も変わらない不敵で絶対の自信に溢れた言葉。

祖国を愛し、世界を愛し、だからこそ人理に背いた男。

 

「……どうしてッ」

 

だからこその疑問。

何故、

 

「それにしても、久しぶりの再会だというのに随分な顔だ。どうした同郷の誼に会ったんだ、喜べよ」

 

何故ッ

 

「如何してお前が此処にいるッ……!?」

 

何故、死んで祖国と人類史そのものから名前を消されたお前が居る!?

 

「なあ、ギネヴィアよ」

 

その言葉に答えることはできなくて。

脳を埋め尽くす疑問だけを口にした。

 

「答えろッ!ルキウス・ヒベリウスッッ!!」

 

私の叫びを受けて、真紅の軍服を纏い不遜な笑みを浮かべる男。

剣帝ルキウス・ヒベリウス。

 

 

 

これが我らブリテンに連なる者にとって最大の宿敵との再会だった。

 

 

 

 

 

 




私事ですが前回、ついに感想が百件目に到達しました!
皆さん本当にありがとうございます!
そんなわけで幕間的な何かを書きたいと思いまして、活動報告の方で『祝!感想百件記念アンケート!!』というタイトルでアンケートを取っております。
もしよかったら回答していただけると嬉しいです。



さて。
というわけで前回散々言ってた『彼』とか『あの男』こと、うちのド田舎にはカルデアエース同様未だ入荷しない蒼銀のフラグメンツ5巻(4月26日から絶賛発売中!)に恐らく登場しているであろう笑顔が素敵な方のローマ皇帝ことルキウスさんが今回のフライング参戦枠です。

タグに書いたなら書いたことは実行しておかないと!みたいなスタンスの自分なので蒼銀と書いたからには蒼銀のキャラも設定も世界観も大きく関わってもらいます。

同じように陸戦型ガチタン魔法少女白兵戦仕様なんてふざけたタグ付けたからにはちゃんと出さなきゃと思い、結果今回の旋回砲塔ギネヴィアちゃん(但し対魔力で詰む)搭載質量兵器MIMIZU(但しブレスは尻から出る)が出来上がりました。



だから難易度ルナティックも同じと思ってやってください。
毎回出るであろうフライング枠の様に居る筈のない存在が居るように、居るべき存在がカルデアに居ない。
そんなこともあるのが本作なのだと、どうか許してやってください。

……っていう別にあの子のことは書くの忘れてたわけじゃないですよーっていう長い言い訳でした





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