純白の花嫁(おしゃまでおきゃんなギネヴィアちゃん……え、これもう死語なの?)
命に、不要な物は一つとしてない。
世界という盤面に、何時だって不要な物はないのだ。
全ての物事には意味があり、因果は結ばれ繋がっている。
だから、こうなることは必然で、こうなることは分かり切っていた。
世界は間違えた。
たった一つの欠損が、たった一つの理由が、何もかもを台無しにした。
否、これからも台無しにしていくのだ。
消さねばならない。
何があっても、何が起こっても、誰を踏みにじっても。
生きているという結末を、生きているという過去を、生きているというこの今を。
消さなくてはいけない。
世界は間違えた。
たった一つの偶然から犯され。
たった一人の愛欲で殺されて。
そしてこれからたった一つの欲望で生かされる。
消さなくてはいけない。
例え、それが全てをなかったことにしてしまっても。
例え、それがどんなに罪深いことだったとしても。
私たちは、復讐を遂げなくてはいけないのだ。
だから。
そう、だから。
他ならぬ己の欲望のために。
誰の為でもなく、何のためでもなく。
たった一つの勝利を掴むために。
ただ勝つために。
ありとあらゆるものを踏みにじってでも。
ただ、この身が勝利を掴むために。
私は、僕は、俺は、アルトリア・ペンドラゴンを殺さなくてはいけないのだ。
「あー、マリー・アントワネットに会いたかったなー」
自分より後代とは言え、正直自分などよりも遥かに格の高い女王に会ってみたかったのだ。
それだけ。
第一特異点、そう名付けられた特異点を修復し終え幾日かたったある昼下がり。
次の特異点である、あの因縁深い国に行くまでに与えられた束の間の休暇。
私は厨房に立ってオーブンをじっと見たまま、三時のおやつを心待ちにしている立香とマシュ、それからジャックに話しかける。
手に僅かについた粉はさらりとしていて、自分の居た時代から随分と遠い時代に来たのだと思い知らされる。
可愛らし気な名前がついているそれを支給された情報端末に載っていたレシピ本で知った時にはわざわざ冬木で食材と資材の確保に奮闘している士郎君に大急ぎで頼んでしまった。
後々意味を知ってあんまり可愛くないことを知ったのは内緒だ。
とはいえ、『イギリス料理』、というか我らがブリテン島の菓子作りには欠かせないものらしい。
勿論自分よりも後代の料理人たちが考案したものなわけで、実は馴染みも薄いのだが。
まあそれはそれ。
お前の物は俺の物、とは誰の言葉だったか。
王妃として即位するよりも前の記憶、そしてかつて自分がこの時代に近い場所で生きていた頃の記憶は欠損してしまっている。
そんなわけで、何となく覚えているものもあるが、如何にも誰の言葉だったとか、何の言葉だったとかそういうのは分からない。
まあ私が王を愛している、ただ一つその事実さえあればあんまり問題ではないのだが。
というわけで、ログレスに居た頃は中々できなかった物資をある程度好きなように使って調理、それも嗜好品である菓子を作るというちょっとというかかなり貴重な経験をしているわけだ。
うん、楽しい。
目の前には膨らみ、柔らかい乳白色を晒しながら食べてもらうのを待っているスコーン達。
四十近く作ってみたが、これでも足りるか不安な物。
どうにも大人数の食事と言うのは慣れなくていけない。
「なにがー?って、げぇぇっー!」
「ちょっと、あんまり女の子がはしたない声を出す者じゃないわよ?立香」
あれこれ考えつつ、ふとよぎった考えから目を瞑りたかった私に立香が返事を返して、そのまま悲痛に叫んだ。
だいぶ、ぐだってる情けない感じのを。
「……また失敗したー」
「はぁ、『頑強』ね。あのね、話しかけた私が悪いかもしれないけど少しは集中してなさいな。私が見てるからいいけど、一応魔術行使の一環なんだから。下手すりゃ、ぼんっていくわよ、貴女の髪が」
「うぅぅ、いいじゃん。一応使えないわけじゃないんだから……」
「そう言ってもう何十枚とそれを量産してるじゃない」
「わーん!ましゅー!ギネヴィアおばあちゃんが苛めるよー!」
「誰がおばあちゃんですってッ!私は若いッ!」
こいつッ!
情けない声を上げつつ隣に座るマシュに抱きつき、ついでとばかりに私を貶す小娘に怒声を返す。
ギネヴィアは若い、若いのだ。
いつの間にか二児の母になってたりしたし、どっちも気が付けば認知せざるをえない状況ではあったのは認めるが。
百歩譲って素敵で無敵で可憐なギネヴィアお姉さん呼ばわりは許すが、おばあちゃんは許せない。
そうとも実年齢がどうあれ、いや私はまだ若いけど、見た目完全に美少女なのだから。
水浴びしたってちゃんと肌が水を弾いてくれてるんだから。
「駄目ですよ、先輩。あんまりギネヴィアさんを苛めたりしたら」
「えぇぇ、でもすぐ怒るしさ……若しかして更年期障「立香ァッ!」あやべ」
「もう、ほら言ったそばから駄目じゃないですか。そんなことより、先輩も少しお疲れのようですし少し休憩にしませんか?ジャックさんも作業が終わったようですし」
そ、そんな事って……と思わぬところからダメージを受けつついる私を無視してマシュはぐんにゃり抱き着いている立香をどかしつつ三時のおやつの準備を始めた。
なんだろう、このどっかの誰かさんを思い出す合理主義な感じは。
いや言わなくても分かるのだが。
やはり血は繋がらずともうちの二枚看板の片割れと似ているテキパキ準備を始めたマシュの姿に思わず目頭が熱くなる。
いや、年じゃない。
絶対に年じゃない。
年じゃないって言ってるでしょうがッ!ガウェインッ!
「ジャックさん、お芋の準備は終わりましたか?」
「んー?あ、マシュ。うん、終わったよー!」
随分と集中していたようでマシュの言葉でようやく我に返ったように返事をする愛娘。
その脇には古新聞に乗せられた芽が取り除かれたじゃが芋。
如何やら今晩の夕飯の下拵えは済んでしまったようだ。
「先輩の礼装作りもやっぱり上手くいかないことですし、おやつにしましょう」
「え?ひどくない」
「うんっ!」
そんな感じで今日も長閑なお茶会が始まった。
野苺。
ブルーベリー。
オレンジ。
全部自家製、と言いたいところだが農業プラントで育てているそれらは魔術を使ってもまだ収穫には時間がかかる。
というわけで立香たちがスコーンに各々好きな物をつけたり挿んだりしているジャムの原材料は勿論士郎君にとって来てもらったものだ。
いやぁ、自衛もできて現代知識も豊富な英雄というのは素晴らしい。
そんな彼はここにはいない。
多分、そんな気はなかったのだろうけど傍から見れば口説いている風にし見えない現場を押さえられて、桜ちゃんの折檻を受けていることだろう。
彼の嬌声交じりの悲鳴が廊下に響き渡るのもここ数日でカルデアに増えた風物詩だ。
勿論それに見て見ぬ振りをするまでがワンセット。
今日も元気にカルデアの職員たちは鍛えられている。
それが一体何時役に立つのか……と魔術師にしては珍しく電気関係に聡い眼鏡をかけた職員がぼやいていたが、うん、聞かなかったことにしよう。
「美味しい!」
「はい、とっても美味しいです!」
「うん、普通においしい」
とまあ、可愛らしい感想が二つ、それから小憎たらしい感想が一つ来た。
「ありがとう、ジャック、マシュ」
「ねぇ、私には?」
「はいはい、普通で悪うござんした」
「ちょっとー、私の扱い軽すぎない?」
「あんたが私の扱い雑すぎるのよ」
えーと頬を可愛らしく膨らませて抗議の声を上げてくるマスターが居るが無視して自分もスコーンを口に放り込む。
食感に粉っぽさはない。
今回はこっそり味覚共有の魔術を仕込んでなかったから流石に分からないが、三人の表情筋と瞳孔、それから咀嚼の速さからまあ不味くはないのだろう。
味覚が薄れきってから随分とたった。
だからまあ、こういう時にぼろを出さずに食べる技術もあるし、相手の様子から味の評価もある程度分かる。
何より長年人妻をやってきたのだ。
流石に士郎君のように世界中の料理人と『めるとも』だったか、そういう文通友達がいるような人には敵わないが味見しなくたってそこそこのものは作れる。
私は決して全能ではないが、それでもそこそこ何でもできるのだ。
「というか貴女ねぇ、いい加減第一等級の礼装を量産するのはやめなさい。流石に使えないって程じゃないけど、これだけあっても使い道だってないし何より無駄に魔力やら材料がなくなるんだから」
「そうだそうだー資源も無駄じゃないんだぞー!取りに行かせられる俺の身にもなってみろー」
「そうよ……ってオリオン、貴方いつの間に来たのよ、というか奥さんどうしたのよ」
見ればいつの間にか大皿からスコーンを取って好き勝手にジャムを塗り付けて食べているナマモノがそこに居た。
「さっきだよ、さっき。いやほら、偶には息抜きしないと恋人関係って駄目になるって聞くし、だからさ。なんつうか、ちょっと、な?」
「な?じゃないよ、またアルテミス怒るよ」
「いやそこはほら、マスターがちょちょっと何とか言い聞かせてな」
「流石にアルテミスさんに言い訳は通用しないのでは」
「?でも……」
なんだかんだ言いながら理論武装を口にするオリオンにジャックが声を掛けようとして、直ぐに口をつぐんだ。
聡い我が子はどうやらしゃべらない方が色々と面白い結果になるのだと直感したのだろう。
うん、良い成長、なのかなぁ。
「まあ、とにかくさ。ちょっと休憩だ、休憩。アルテミスのオリュンポス山だけじゃなくて、偶には違う山を眺めながらお茶をしないと息苦しいっていうもんだ」
「オリオンさいてー」
「えーひっどーい」
「何とでも言えい!俺はオリオン!愛の狩人だぜ!」
「きゃー素敵―!で、これからどうするのかなー?」
「勿論、休息を終えたら狩人らしく次の
いつの間にか、空気が冷え固まっていることに漸くオリオンは気づいたようでぬいぐるみのようなその身体で器用に冷や汗を流す。
自動的に空調機が暖房に切り替わっているのを眺め、時代の進歩に辟易しつつ私は大皿をそれとなく退かす。
流石にオリオンの後ろでにこやかに笑いながら冷気を垂れ流すというか吹雪の様に振りまく月の女神様が机をひっくり返すなんて真似しないと思うが、まあ一応だ。
ついでにポケットに入れてあった袋にスコーンを詰めておく。
「えーっと、アルテミス様?」
「やだーダーリンったら!そんな他人行儀な呼び方しちゃ駄目よー」
「あのー、えっと……何時から?」
「うーん、マシュが美味しいって言ってた時からかな?」
「あの、ちなみにその時私が居た場所は?」
「もっちろん知ってるわ!……ねぇ楽しかった?机の下で他の女の子の足眺めるの」
あ、これ私知ってる。
ぐわしと、その細腕からはちっとも分からないほどの力でオリオンを掴むアルテミス。
ワタがー!どっちの意味でもワタがー!と叫ぶオリオンを無視してアルテミスはこちらに声をかけてくる。
「四人ともごめんねー、お茶の時間の邪魔しちゃって」
「いいよ、こっちこそ誘ってなくてごめんね」
「気にしなくていいの!私とダーリンもレイシフトから帰ってくるのもう少し後だと思ってたから」
はいこれ今日見つけた素材のリストねーと言って立香に手渡しているその様子は片腕で泡を飛ばしながら悲鳴を上げているオリオンの姿がなければきっと理想的な職場の風景なのではないだろうか。
ちなみにマシュはジャックにオリオンの醜態を見せないようにその手で両目を塞いでいる。
うん、良いお姉さんだ。
そこら辺の機微が聡いというか逞しいというか、最初に会った頃より随分と変わった風に思う。
それが立香やカルデアのみんな、そして彼女はまだ知らないどっかの誰かさんの影響だと思うとやっぱり嬉しい。
でもあのロクデナシ騎士のように誰かれ構わず、しかも人妻や未亡人だとなおよしとか言っちゃう、粉をかけるプレイボーイならぬプレイガールになるのだけは勘弁だ。
私は手に持ったスコーンを詰めた袋を差し出しながら談笑しているアルテミスに声をかける。
「素材回収お疲れ様、甘い物はいかが?」
「ありがとー!後でダーリン搾り尽くしてから食べるね」
「待ってッ!搾るってどこを!?っていうか何をッ!?」
そんなオリオンの悲鳴を無視しながら私たちに別れを告げて女神様達は去っていった。
うん、良き哉良き哉。
偶には夫婦で喧嘩もするのが長続きの秘訣。
きっとそれは愉しく弄ばれてくることだろう。
二人を見送り、皿をはしたないが少しだけ引き摺るようにして音を立てながら元あった場所に戻す。
さあお茶会を再開するとしよう。
「今すごい勢いで食堂の空調が稼働したんだけど何があったんだい!?」
と思ったらこれまたすごい勢いで血相を変えたドクターが入ってきた。
後ろではやれやれといった表情でレオナルドが笑ってついてきている。
うん、元々職員全員分は焼いたのだ。
先程の冷気で粗熱もとれたようだし、
「そんなことより、少しお茶にしようと思うのだけれど一緒にいかがかしらご両人?」
さあ王妃の歓待、とくとご覧あれってね。
「礼装の方の調子はどうだい?立香」
「全然だめー」
紅茶を優雅に飲みながらそう尋ねたレオナルドにぐだーっとだらしなくテーブルに突っ伏した立香が答える。その手に持っているのは本日通算十七枚目、倉庫にある分も数えれば五十枚は降らないであろう数を誇る、
「またそれかぁ、まあ立香ちゃんと相性よさそうだしねぇ」
「壊れるなぁ?」
「へ?」
「……ごめん、今の聞かなかったことにして」
ロマニの返事を聞いて立香は何故か耳まで真っ赤にして変な呻きを挙げているが、気にしないでおこう。
「にしても本当上手くいかないわねぇ、マスター適正は高いくせにどうしてこうも魔術の素養に欠けちゃうのかしら」
「そこは君や我々で何とか補えるが、やはり
一般的によく知られていて私が纏うドレスや立香達が身にしている衣服のような
単純な魔術師の杖としての機能を主とする魔術礼装、それに対してより限定的な概念を再現する機能を持つのが概念礼装だ。
例えば私のドレスは単純な魔術行使を増幅・強化する機能を持った『補助礼装』。
立香の纏う制服は三種類の高度な魔術理論を編み込んだ科学的に特殊な繊維で縫い紡がれた『限定礼装』。
そう言ったものとは違い、概念礼装はどちらかと言えば概念武装や宝具に近しいものだ。
概念。
時にそれは人物であり、物体であり、無形であり、空間であり、国家であり、知識であり、はたまた愛しい記憶やあり得たかもしれない可能性まで、それこそ本当にありとあらゆる物事が宿した積み重ねてきた時間・歴史・記憶に宿った神秘の総称。
取り合えず概念ねわかるわ、と言っておけば三流魔術師ぐらいは気取れるのではないだろうか。
気取った瞬間論破されて、嘲笑されること請け合いだが。
とかくまあ、非常に多岐に分かれ奥が深く、それこそ人ひとりの一生では余程の天才や逸脱者でもなければ真に迫った解答なんて得られない、それぐらい魔術師としてはデリケートな単語なわけだ。
若しかすると「」にも通ずるかもしれないが、それはさておき。
とにかくそんなとんでもないモノが『概念』なわけだが、それを物質的に表出化させて身に纏えるようにするだなんていう、控えめに言っても頭の可笑しい術理が『概念礼装』なのだ。
勿論、これまでも似たようなものがなかったわけではない。
よく似た名前の概念武装や宝具だって元をただせば同じような物だ。
前者は言わずもがな、触媒となる物質に宿っている『概念』に最適な形を与えて魔術的な行使を可能とした礼装なわけだし、後者に至っては英霊が成した功績・奇跡がそのまま強力無比な神秘を宿した『概念』の結晶となっている。
「まあでも、こんな術式を昨日まで魔術のまの字も知らなかった子どもが仮にとは言え概念の抽出に成功させているんだ。うん、発案しておいてなんだけどやっぱり私って天才じゃないかな」
「せめて疑問形ぐらいつけなさいよ」
だが概念礼装は違う。
事象記録電脳魔・ラプラスと霊子演算装置・トリスメギストス。
カルデアが誇る星の本棚とも言うべきこの演算装置を通して作成されるその礼装は、この地球上であり得たかもしれない可能性を含めたあらゆる歴史から複写・摘出した
正直言って話を聞いた時には阿呆かと思ったし、魔術舐めんなと発狂しそうにもなった物だ。
だってそうでしょ、疑似的とはいえ平行世界にまで裾野を広げた幾千年以上の歴史の中からほとんど手探りで目当ての強力な概念を引き当てるなんて正気の沙汰じゃないもの。
例えるなら、広い砂浜から十年前に自分がほんの一瞬見た砂粒を一つだけみつけるようなものだ。
「だけど概念礼装の抽出が難しいのは言うまでもない。立香ちゃんはよく頑張ってくれてるよ」
「そうです!本当に先輩はすごいと思います。わたしも頑張らなくては!」
「どくたぁー、ましゅぅー」
「はいはい、そこ甘やかさないの。幾ら難しいって言ったって戦力増強のためにはある程度等級の高い礼装が必要なんだから」
「くそー、BBAめ」
「おいこら何度目だ、ぶっ飛ばすわよ」
そんな途方もない魔術を行使する理由はいたって簡単。
戦力の増強、それに尽きる。
物質化した概念はそれこそ低等級の物であっても只人の手には負えないほど強力な礼装だ。
何せ、形こそカードの体を成しているが、実態は剥き出しの『概念』その物とも言えるのだから。
だからこそ使用するのはサーヴァント達になる。
物によっては宝具にすら匹敵するほどの強力な神秘を帯びたそれは、ただ持つだけで霊基を強化し、それぞれが内包する『概念』によって様々な効果を授けてくれる。
幾らカルデアからのバックアップがあっても立香自身がまだ能力的に未熟な今、あまり大多数のサーヴァントを現地で召喚・使役することは敵わない。
直接契約しているマシュや私、それから等級自体がそもそも無いだなんていうイレギュラー極まりない桜ちゃんを除けば、特に等級の高いジャックやオリオン達なんかを同時使役するのは前回のオルレアンの決戦の時のように
現時点でこれ以上サーヴァントを増やすのではなく、今いる戦力を強化するという結論に至るのも自明の理ってやつね。
いやまあ、とんでもなく楽ではないことなのだが。
地球規模のガチャガチャと言ったところだろうかなんて遠い昔に自分もしたような気がする玩具を思い受べていると、ぐだったまま立香が呻く。
「うぅ、そんな簡単に
「文句言わないの、私教えたでしょ?普遍的な概念を示す低等級じゃなくて、偉大な先人や術式が刻まれた高等級の礼装じゃなきゃこの先は厳しいって。大体レイシフト先じゃあ大がかりな召喚陣を敷けないかもしれないでしょ?今みたいに簡易的な召喚陣で練習しとかないと、痛い目見るの私よ」
「ならいいじゃん」
「100倍にして返してやるわよ」
「くそー」
まあでも裏技がないわけでもない。
実際に立香の言っている通り、召喚場で概念の抽出を行えばトリスメギストスのサポートを万全に受けられる。
だからまあ低等級の、つまりごく一般的で普遍的な『概念』を弾いて表裏の知名度を問わず
それはそれ。
いつでもカルデアのサポートがあるとは限らない。
前回も現に魔力供給がほぼ断たれた状況での戦闘だったのだ。
念には念を入れて、今しているように自分で簡易術式を刻んで抽出する必要があるのだ。
うん実にスパルタ。
たまには不便にも慣れておかないといけない。
人間、楽をしすぎると心が腐るっていうものなのよ。
「……まあでも、カルデアのバックアップも凄いけど低等級でも概念の抽出なんていうことしてるのは十分評価に値することね。才能、は別としても筋は悪くないんだから頑張んなさい。……きっと貴女なら出来るでしょうから」
「マシュッ!ジャックッ!ギネヴィアがデレたッ!!」
「言うに事欠いてそれか!」
人前だから結構頑張って褒めたのに!
何だか嫌に耳が熱い。
糞、疑似皮膚感覚も切っとくべきだった。
そう思っているとドクター達も口々に言いだす。
「僕たちに甘やかすなと言っておいて、自分は飴を差し出す。うーん、流石は稀代の悪女だなぁ」
「いいかい、マシュ、ジャック。ああ言うのがツンデレ、しかも割とメンヘラ入ってる最悪のパターンだ。間違ってもああなっちゃ駄目だぞ」
「……ああなんだか私の中の霊基が騒いでます。正確に言うと『王妃、あざとい。さすが王妃』とかなんとかだと」
「おかあさん、もっと
「ぐぅ!」
ぐ、ぐうの音は出っちゃったけど反論できない。
ちくしょう、だいぶ悔しいわ、私。
でも負けない。
ふれーふれーギネヴィア、がんばれがんばれギネヴィア。
……駄目だ、心折れそう。
「良いもん、お話ししないで一人で情報端末突っつくから」
「見給え諸君、あれが世でいう構ってちゃんだ。流行らない上に同性に敵を作るので多用せず、もし見かけたら『嗚呼、この人はきっと友達少ないんだろうな』と思い給え」
「「「はーい」」」
「はい……」
「レオナルドォッ!!あと同意しないでマシュぅっ!」
そんな感じで鍛錬は進まず、されど会話は進む。
今日もオリオンと士郎君の悲鳴をBGMに優雅なお茶会を楽しむ。
迫る第二特異点へのレイシフト。
燻る様に残る憎悪と、纏わりつく後悔から目を逸らすように。
今だけは、この時間を私は楽しんでいた。
戦火でさえも息を潜めて眠る夜更けがあった。
帳は堕ち、世界は闇に沈んだそんな夜。
そんな世界に男はいた。
篝火が僅かに灯る
巨木のような逞しさと抱擁を思わせる偉丈夫。
褐色の肌とその下に内包されたしなやかで屈強な筋肉は正しく天上の美、神々からの授かり物。
神話の英雄。
否、彼こそが神話を終わらせた者。
人の世を見極め、人が人として独り立ちすることを良しとした裁定者の一人にして、生きたまま神の位階へと辿り着いた神代最後とも言うべき神霊。
大帝国の礎を築きし者。
名をロムルス。
その男は何をするわけでもなく、ただ静かに宙を見上げ続ける。
そこにある星々をその瞳に移し、何時間もただ老木の様に其処に在り続けていた。
「何を見ておられるのですかな?我らが神祖殿」
どれほど経ったか、ふいに大樹へと声をかける男が訪れた。
その体躯、大樹に負けず劣らず壮健な様。
芳醇な葡萄酒の香りの様に漂う
それもその筈。
彼こそが皇帝の代名詞。
その名を冠すことは没してなおもなかったが、それでも誰もが知りうる圧倒的な知名度。
ローマ帝国が誇る智将にして良き施政者、そして愛多き男。
名をカエサル。
声をかけてきたカエサルに対して、目線を向けたロムルスは何をするでもなく、ただゆっくりとその姿を見る。
それは裁定者として、法なき時代に人が人を裁くこと許された超越者としての瞳。
ただ人であるならばその視線だけで呼吸すら儘ならないだろうが、此処にいるのは歴戦の名将。
春風が凪いだようにロムルスの愛をしかと受け止め、微笑みを返す。
その様子に満足したのだろうか。
ロムルスは頷く。
それをどう受け取ったのかその胸中を語らず、されど返礼の様に、降りた許可のままに献策をする軍師のように、カエサルは口を開いた。
「我らがこの地に降り立ちあの宮廷魔術師、失礼、今はもう
それは事実。
覆しがたい、この時代本来の皇帝の敗北と歴史に名を残し人理にその名を刻んだ英雄たる彼らの勝利を示す言葉に他ならない。
言葉は続く。
「勝利は必定。見る必要もなければ、そこに至るが為に御身に来て頂く必要もなし。あちらが残すサーヴァントは手負いの暗殺者と勝利の女王、そして業腹ながら我が策をも上回って見せた古き王とその軍師のみ」
僅か四騎。
無論彼らを侮ることは皇帝たちにない。
嘗て全てを統べた異国の皇帝の首を落とさんとあと一歩の域まで踏み入った計算高き暗殺者。
復讐に燃え、それでも清廉なる女王の風格を残し今は民を守るために怨敵とすら手を取る気高い騎兵。
最果ての海を目指し数多の勇者、数多の国家を背負い民に夢を見せ続けた奔放にして偉大なる大王。
その彼を支えるは、遠く東方で語り継がれる大軍師の魂を宿した若くとも老獪な魔術師。
そして彼女がいる。
暴君と罵られ暗愚と貶められた哀しき皇帝。
なれど民へ向ける愛は真紅の薔薇が如く苛烈で誠実。
剣の才は冴え渡り、一流に及ばずとも数多の武芸・芸術に精通する一輪の大華。
麗しき者。
勇ましき獅子すら屈服させた、ローマ帝国第五代皇帝。
名を、
「ネロ・クラウディウス。確かにあの者の潜在能力は脅威でしょう。残す英霊たちも皆万夫不当。ですが我々の盤面に敗北の言葉はなく。我らは言わずもがな、麗しくも賢き我が愛しき妻、不死の騎兵を束ねる暴風王、堅き城壁よりもなお屈強な炎門の守護者、大陸を蹂躙した
指折り数えられるのは、彼女たちにとっての絶望。
誰も彼もが圧倒的であり、そして滅びかけたローマ帝国のサーヴァント達と異なり聖杯によって万全の状態を維持している大英雄たち。
その彼らの末席を彩る者。
最後に唱えられる者の名を口にしようとして、カエサルはほんの少し躊躇いを見せる様にして口を閉ざした。
彼の生前を、そして普段の日常を知る者ならば驚きのあまりそれこそ口を閉ざすだろう。
あのガイウス・ユリウス・カエサルが、口を閉ざすとは何事かと。
結局カエサルの口から出たのは、彼自身の内に残る蟠りであった。
「何故、何故なのですか、我らが神祖よ。偉大なる人、神代の終わりを告げた裁定者。何故、貴方はこれ程の力を必要とされるのか。何故
分からない、そう美貌を歪め恥じる様にカエサルは呻く。
分からないのだ。
これ程の戦力を揃え、本当の意味で特異点を破壊しようとする男の考えが。
これが浅ましい反英雄にもなれないような愚か者であればまだ納得できた。
理想を振りかざし狂信者のように災厄を齎す破壊者であっても理解はできる。
その身を汚染され嘗ての理想も正義も愛すらも忘れてしまったのであれば、とうの昔に離反したことだろう。
だがカエサルの前にいるのはそのどちらでもない。
偉大なる先達。
人の身でありながら神の位階へと辿り着いた大英雄。
己の故郷を造り上げた、文字通り国造りの大権能を有するやも知れぬほどの存在。
何よりロムルスが神と成った際に手にした名は
愛する
だが現実は違う。
「何故御身はその身に
―――あの羅刹を召喚されたのですか?
暫し、沈黙が流れた。
愛を以って悲痛に人理を崩壊させる手助けをせんとする己が主に問う、後進にロムルスは星空を見上げながら答えた。
「我が子、カエサルよ。見よ、星の廻りが変わる。星見の者達が人理を修復せんとなけなしの、されど掛け値なしの
それは是より来訪する者達の事。
この最果てにおいてなお足掻き続ける人々の事。
「我らの所業は
故に、自分たちは間違っている。
足掻き、そして理不尽な別れを告げた世界を取り戻すため、正しい歴史を再び歩むために果てなき戦いに挑む彼らこそが正義だと告げる。
その上で間違っていないのだと、これが最善なのだとロムルスは宣言する。
言い訳のように己に言い聞かせる軟弱な言葉などでは到底ない。
元よりロムルスと言う男にそんな情けない思考回路は備わっていない。
徹頭徹尾、魂の芯からの英傑。
故にこそ、今、そしてこれから告げる言葉は全て事実なのだ。
「我が父マルスの星が強く輝いている。
ロムルスは己が父である
その輝きは夜を騒がぬよう仄かに燃える篝火など比べることすら許されぬほど強く、強く輝いている。
古く火星は争いを指し示す凶星とされた。
その星が今、未だかつてない程眩く輝く。
「聞け、
祈るよう、愛するよう。
ロムルスの言葉は大海が如く何処までも夜の世界に溢れていく。
それは正しく父の愛。
「この世界に芽吹いてしまった愛欲と恋慕と無知の暴威によって最後の
そう言って言葉を切り、ロムルスは再びカエサルを見る。
その瞳の色は憂いであった。
「そして知れ、
知れと、そう告げたその身の内は分からずとも、この言葉こそがカエサルの欲した答えなのだと悟る。
それは真実であり、虚構であり、欲望であった。
「人形がこの地に来る。閉じた箱庭から逃れた愚かな乙女、哀れな人形、悲しき幼子だ。その姿は地を這う蚯蚓によく似ている。知り、そしてこの言葉を刻め。あれは
その言葉は真理であり、虚飾であり、希望であった。
「知らねばならんのだ。七つの門を下りて降り立ったあのモノが何者になるのか、その在り方を、その結末を、その終演を。すべて、すべて
それきり、ロムルスは言葉を閉ざした。
カエサルにはその言葉の真実の意味を、ロムルスの胸中を完璧に推し量ることはできないでいた。
星が流れる。
その輝きは凶星よりも静かで、大気の中で燃え尽きる儚いもの。
それがまるでこの世界そのものの結末を暗示させるようで、カエサルは未だ胸のしこりを取れないまま、神祖の隣に立ち並ぶほかなかった。
というわけで第二特異点は神祖ロムルス(神性所持各種ステ・スキルアップ仕様)と愉快な仲間たち(うち一人は冬木市民マラソン大炎上モードダイエット仕様)でお送りします。
カリュドーンさんみたいなほぼ完全なオリ敵はいないので安心ですよ!
彼は出すけども