オリ主が挑む定礎復元   作:大根系男子

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特異点F:炎上汚染都市 冬木
純白の花嫁(女とは言ってない)


生を得た。

二度目の生だ。

眩しさを覚える。

幸福の絶頂を覚える。

真新しい血肉に有る筈の無い口元が綻ぶ。

笑みが、浮かんだ。

私は、僕は、俺は、生きている。

生きているのだ。

もう一度、今度こそ。

ああそうだ。

今度こそ、今度こそ、只々当たり前の幸せを得るのだ。

だから俺は、僕は、私は、幸福に成らなくてはいけない。

幸福であらねばならない。

もう二度と、死ぬようなことがあってはいけないのだ。

生を、生を。

ありとあらゆるモノを踏みにじってでも。

この身は生きねばならない、生きて生きてその先の未来に行かねばならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己評価ではあるが私は美少女なのだろう。

いや、三十路も近づくこの歳では少女というのも如何な物かとは思うが、やはり外見は美少女だ。

当然この時代には存在しないが西洋人形のような精巧な芸術品を思わせるその姿。

鏡を見れば何処か化け物染みていてぞっとすることはあっても、少なくとも王妃という立場で公に出る分には問題ないだろう。

如何せん胸の発育だけは母親の胎にでも置いてきたのかこれっぽっちも育つ気配を見せない。

とは言え、年相応に色気の一つや二つは出せた。

だから目の前で困惑する男に()()()()するのも簡単だった。

 

「ねぇ、ランスロット?良いでしょ?」

 

存外、甘い声が出た。

目の前の偉丈夫に向かって放たれた気だるげな甘い声は蜜を孕んだ果実の様。

 

「私ね、苦しいの。もっと、ね?もっと頂戴って、胸の奥でぎゅぅってするの」

 

退廃の毒気を纏わせて、嘆願する。

切なげに長い睫毛を震わせ、頬に赤みを施して小柄な自分の身体を活かして騎士を見上げる。

 

「ギネヴィアっ、いけませんっ……」

 

強くは出れない、知っている。

何せ長い付き合いだ。

中身がどうあれ、見てくれが美女だとこの男はどうにも強く出れないのだ。

それこそ王命であってもだ。

これが誉れある円卓の筆頭騎士でいいのかと思わず口から溜息が出そうになるが、そこはそれ、ぐっと堪える。

何せこの駆け引きを遂げなければ己の内から涌く欲求は如何にも解消できそうになかった。

己の心情を想う様に香り高い色彩が揺れた。

魔術工房だなんて言って王宮内に創った硝子で覆われた小さな箱庭。

そこで穏やかな春の日差しを受けて柔らかな香りを漂わせる草花。

その香気に混ぜながら甘い毒を漂わせる。

 

「ね?お願い……苦しいの、切ないの」

 

あと一押し。

明らかに動揺で揺れるヘザーの花弁を確認しながら彼の腕に触れる。

しな垂れかかる、その一歩手前。

男に花を持たせてやらねばと母から口酸っぱく言われたせいもあってかこういうことは得意だ。

貴方が抱いて、最後の一押しは貴方が踏み出して。

そう言う為の女の口実。

自分という存在が嘗てどんな器に入っていたのか知りはしないが、少なくとも今の入れ物が女であるという事はこういう時に便利だった。

 

「もう……我慢できないよぉっ」

 

幼子が父に強請るように、それでいてまるで娼婦のように唇から淫靡な音を出す。

蜜は溢れて臭いを泡立てる。

放蕩息子が見れば口を押さえること請け負いなしのこの光景。

主人が見れば間髪を容れずにお仕置き(エクスカリバる)だろう。

だが今この場に邪魔者はいない。

居るのは男の性に揺れる騎士(ヘタレ)と私だけ。

主人は政務に明け暮れ、もう二晩と会えていない。

息子は蛮族退治だといって盗んだ騎馬でお目付け役(ガウェイン)と共に遠征中。

全くもって問題なし。

さあ逝け、あっ間違えた、言ってしまえ。

お前の言葉を王妃が待っているぞ。

さあ、さあっ、さあっ!

 

 

 

「はいクラレントどばーんッ!」

 

 

 

自分の背後で馬鹿みたいに能天気な破壊音がする。

思わず舌打ちが出てしまったが後の祭り、ランスロットは自分から離れて襟元を正している。

手前にある扉、その向こう側に敷いた客除けの術式が纏めて、そして極めて頭の悪い方法で打ち砕かれていた。

そして勢いそのまま飛び込んでくる軽装姿の少女。

 

「そこまでだぜっ!母上っ!」

 

ばーんと脆い硝子に何の遠慮もせず開け放つ辺りもう少し教育に力を入れねばならなそうだ。

 

「いやぁ探した探した、此処ほんとなんでこんな迷路みたいなカタチしてるんだよ。仕様がないからつい、王剣(クラレント)使っちまったぜ」

 

清々とした顔でそう宣う馬鹿娘に頭を抱えそうになる。

どう考えても何かあれば聖剣ぶっぱ、とりあえず聖剣ぶっぱ、何はともあれ聖剣ぶっぱで解決できると思っている父親と同僚の所為だろう。

 

「(とりあえずあのゴリラは後で締める)」

 

愛馬も悲鳴を上げる筋肉馬鹿を思い浮かべながら私はくるりと回って息子に向き直る。

 

「いい加減いっつも城から抜け出して畑仕事するの止めろよ母上。……つうかランスロット卿、あんた母上のお目付け役だろ。その様子じゃまーたかどわかされたな」

「いや、落ち着け、モードレッド。これは違ゥッ!」

 

取り敢えず余計なことを話しそうな穀潰しは股間を蹴り飛ばして黙らせる。

振り返った先にいた先には自分がお腹を痛めて産んだ子ではないけれど、王とそして自分によく似た金紗の髪。

私の碧眼とは違う父譲りの翡翠色の瞳。

アーサー王に正当な嫡子として認められた可愛い可愛い馬鹿息子がいた。

 

「……ねえ、モードレッド」

「応、何だ!母上!」

 

まるで私を見つけたことを褒めてくれと言わんばかり。

むしろ尻尾が幻視できるほど。

 

「母さんね、何度も言ったと思うけど」

「応!あ、それで母上また勝手に外に「まだ母が喋ってますよね?」……ちぇー」

 

しかしこの子は武芸に関しては天性の才は有れど、如何せん、ちょっとばかし、うん、残念なのだ。

我が野望の為にも、ここで躾ついでに回避しなくてはいけない!

母の特権ここに極まれり、なのだ。

 

「工房は魔術師のお城、無暗矢鱈と入ったり壊したり聖剣をぶっ放してはいけません」

 

何度も言いましたよねと念を押せばしぶしぶ分かってるだなんて返事が返ってくる。

 

「(よしっ)」

 

いける、このぐだって来た感じはいける、行けるわギネヴィア、いい調子よ。

 

「良いですか、聖剣とは相応しき時に振るうからこその物。貴方に私が預けたその王剣はこの国の王権その物です。みだりに振るってはいけません」

「あーもう!わかってるって!」

「そうですか、ならよろしい。さて、モードレッド。此度の遠征もまたお疲れさまでした。父上もさぞお喜びでしょう、早く顔を見せてあげなさい。きっと素敵な食事で歓待してくれるでしょう。おお、そう言えばもう昼時ですね。貴方もお腹が減ったでしょう、早くお行きなさい。そうそう母はこれから少し所用で出かけますので留守は任せますよ」

 

反論許さず、口早に告げそそくさと歩き出す。

この間に用意していた荷物を圧縮し己の服の中に放り込む。

そのまま足早に去りながら、愚息の頭を一撫で。

完璧!まさに完璧よ!ギネヴィア!

自画自賛しちゃうっ!

さあこれで思う存分荒地で農作実験三昧よ!

 

「って駄目だぜ!母上!またそうやって勝手に王都離れて訳わかんねぇ実験するのは止めろってこの前アグラヴェイン言ってたじゃんか!」

「くっ!」

 

ぐだりが足りなかったか。

思わず王妃らしかぬ悔しさを声に出してしまう。

 

「……いいですかモードレッド。母のしている実験はそれはもう崇高な、ええそれはもう大変崇高な実験なのです」

ならばと正論で攻め立てる。

どうだ、母親に口喧嘩で勝てるまい!

「いや、母上毎回種植えちゃあよく分かんない幻想種擬き育ててるじゃん」

「ぐぅぅっ!」

 

ド正論で返された。

モードレッドに、それもモードレッドに!

 

「あ、アレはですね、弛まぬ実験の、そう必要な犠牲なのです。失敗は成功の母、そう述べた大偉人がきっといる筈でしょう。とりあえずチャレンジしてみなくては何も芽は出ないのですよ」

声が震えているのは気のせいの筈。

 

「いや、種蒔いて出てきたのが芽じゃなくて竜頭の怪物とか駄目だろ。アグラヴェインとベディの奴、青い顔してたぞ。ケイはブチ切れてたし」

「くぅぅ!」

 

まあガウェインは喜んで切り倒しに行ってたけど、という息子の正論が突き刺さる。 

何時からこの子はこんなに賢くなってしまったのか。

最早打つ手はなし、否、そう否!

 

「……お、」

「お?」

 

これは全ての誇り全ての恥を癒す最後の必殺技(ひっさつわざ)

 

「おぼえておきなさいよぉぉっ!」

 

即ち逃走。

戦術的撤退である。

足場に固めた魔力を爆発させ続けながら愚息の脇をすり抜ける。

情けない声によって注意を逸らし完璧なタイミングで駆け抜ける。

完璧、いっつぱーふぇくと。

 

「(勝った!アーサー王物語完!)」

 

勝利の未来へレッツゴー、さあめくるめく楽しい実験の始まりだ!

 

「其処までにしておきなさい、ギネヴィア」

「ぐえぇ」

 

襟元掴まれてレッツもゴーも糞も無くなった。

 

「全く、このお転婆は本当に……」

「おーやるじゃんランスロット卿。最優の名はだてじゃねぇなぁ」

「貴女もいい加減、王妃のやり口を覚えなさい。でなければ王の後継など夢のまた夢ですよ」

「……人妻の色仕掛けにやられそうになってるやつに言われたかねぇよ」

「ぐっ!」

 

器用に私を抱えたまま胸を抑えるランスロットとそれを見てケラケラと笑うモードレッド。

何時もの風景。

見慣れた日常。

 

「まっ、母上の言った通りいい時間だしな!円卓の連中誘って飯にしようぜ!」

「ふむ、偶にはそれも悪くない。漸く東の連中との小競り合いも落ち着いてきたのだ。ゆっくりと肩を並べて友諠を深めるのも時には必要だろう」

 

貴方もそう思わないか、そんな分かり切った問いに笑みを浮かべる。

 

「……仕方がない、偶には私が腕を振るいましょう!」

 

それに俄かに騒ぎ出す息子とそれを見て苦笑する友。

暖かい、何時もの光景。

光の差した硝子扉。

その向こうで待つ王の姿と幸せそうに食事をする姿を思い描いて笑みが零れた。

そんなごく当たり前の幸せ。

それがこのログレスの王妃ギネヴィアの毎日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下ッ、女王陛下ッ」

 

いつの間にか王座に座ったまま眠っていたらしい。

見慣れた玉座の間。

其処に切羽の詰まった、若い少女の声が響いた。

悲鳴とも懇願ともとれるその声の持ち主は馴染み深い王妃付きの近衛のものだった。

眠りに誘ってくれるような優しい声が何時も甲冑でその美しい顔を隠した恥ずかしがり屋の少女だった。

戦火の臭いが蔓延る王城内に相応しいものではなかった。

 

「ええ、ごめんなさい。少し眠ってしまっていたみたい」

少し前であれば舌をちろりとだして可愛げでも出していただろうか。

ああでも、今はもうそんな余裕はないのだ。

夢に見た、あの暖かい日を最後に享受したのは何時だったか。

戸を開けたその向こう、十二の席を埋める誉れある騎士達。

それを支える特別顧問たる先達者と世界最高峰の魔術師。

そんな彼らを束ねるは混迷極めるブリテンを統一し悪しき竜を討った騎士の王。

ブリテンが誇る十五騎の最大戦力、それが円卓の騎士。

そしてその半数以上が欠けてもう随分と久しい。

 

「御休みのところ、申し訳ありません。火急、アグラヴェイン卿より伝令が」

 

始まりは何てことはなかった。

剣帝の崩御。

音に聞こえる戦闘狂、その死。

分かり切っていたことだ、只々力を追い求めあの羅刹が道半ばで倒れるなど知れたことだったのだ。

そしてそれはそのまま朗報だった。

元より資源の少ないブリテンの地、新たな開拓の先を海の外に求めるのは当然の帰結で、だから王は旅だった。

ローマ遠征、後の世にそう語られる円卓崩壊の原因。

 

「そう彼が……では、行くとしましょうか」

 

だからこそ、私はそれを邪魔し続けた。

どう足掻いてもこの地に未来はない。

何の因果か、どんな理由か、それは定かではないが、自分は先の世を知っている。

そう言う風に生まれ落ちた。

千里を見通し世を選定する眼など持ち得はしないが、純粋な知識としてそれを知っていた。

 

輪廻転生。

仏教に語られる生まれ変わり。

それがどうしてかこの時代に生まれ落ちることとなったのか、魔術の徒となった今でもそれは分からない。

それでも此の瞳は先を知っている、その事実だけで十分だった。

 

「大変申し訳ありませんッ!御休みと知っていれば、せめて、せめてッこの首でアグラヴェイン卿に待って頂きましたッ」

「そんなこと言っては駄目よ?第一皆が剣を振るっている時に一人休んだ私を責めこそしても貴女が非を感じる必要なんてどこにもないでしょ?」

「どうかどうか、どうか御自愛下さい!開戦よりこれまで、陛下は幾夜御身を床に就かれましたでしょうか?」

さあ幾夜だったか、王が旅立ち、それに入れ替わるようにして蛮族が攻めてきてから半年。

 

既に国土の三分のニが蛮族の手によって犯されていた。

 

知っていた、滅びの要因が何であるか。

手に取るように先が分かっていた。

農作物が満足に育たぬ貧しい大地。

そこに魔術なしで、そして何れ農夫たちが自らの知恵のみで解決できるように種を選定して幾年か。

少しでも飢饉を先延ばし蓄えを増やすために道理にそぐわぬ禁呪を以って天候を改竄しどれほどか。

知っていようと足りぬ知識、それを補うために生まれを問わず出自を問わず海の外の識者を受け入れたのは幾人か。

間違っていると分かっていても悲しみの申し子に零れぬ霊薬を渡してどうなったか。

あの毒婦が生んだ悲しき少女を我が子として愛した年月はどれ程になったのか。

そうまでした。

そこまでやった。

分かりうる限りの原因を叩き潰し、知りうる限りの悪因を断った。

滅びを許せなかった。

死を許すことが出来なかった。

 

「大丈夫よ、貴女の見てないところでちゃんと寝てるの。知っているでしょ?私、魔法使いなのよ」

 

眼を開けながら寝るのなんて馬の世話より簡単よ、と鎧の下で悲痛な声を静かに上げる少女に告げてみせる。

 

嘘だ。

辛い。

苦しい。

休みたい。

眠気は慟哭に変わって頭の中で鐘を鳴らし続けている。

手足がずっと冷たくて仕方がない。

化粧を知らない白い肌が死人のように青くなって結婚式以来久しぶりに化粧道具を引っ張り出すことになった。

食事も満足に喉を通らず、磨り潰した泥のような物を飲み込んでいる。

辛い、苦しい、眠ってしまいたい。

嗚呼、それでも、彼女が愛する国を守らなくてはいけない。

 

「それに彼の事、そんな風に言っては駄目よ。あんな怖い顔して、彼、とっても繊細な人だから」

 

第二席パーシヴァル、第十三席ギャラハッド、聖杯探求の命を受け未だ帰還ならず。

第三席ケイ、第四席ランスロット、第六席ガヘリス、第九席ベディヴィエール、王の信任篤き最高の騎士たちは王と共にローマの地に。

このキャメロットに残ったのは半数、そして特別顧問の大領主。

それで十分だった。

一騎当千の武が、千を超える文官を束ねる智が、幾万の民を守る将が此処にあった。

王の判断に何の間違いもなかった。

そう、その筈だった。

 

「彼の処に行く前に大まかな戦況を教えて頂戴。時間が惜しいのでしょう?私は大丈夫だから、ね?」

 

戦況なんて、()()()()()()()()()()というのに。分かっていながらそんな言葉を吐き出す自分に呆れてしまう。

間違っていなかった。

王の為に費やした己の半生も、そしてこの先の未来を想い後事を騎士と私に託して旅だった王も、間違ってなどいない筈だった。

 

先ず先遣隊として向かったパロミデスが死んだ。

万を超える軍勢から生き残った数百を守る為に殿を引き受け、飲まれるようにその骸ごと姿を消したのだという。

次に逝ったのはボールスだった。

聖杯の兆しに触れ唯一生還した年若い騎士は獅子の如く奮迅し防衛線が出来上がる半月もの間休む間もなく戦い続けた。

誉れ高い円卓に座るのだと息巻いて、それに見合う心根と武勇を持った若者だった。

次代を担うと、息子が王となった暁には心から騎士として支えてくれる、そう秘かに思っていた。

けれど漸く築き上げた防衛線、それを壊さんとする猛威にただ一人立ち向かい相打ちとなって討ち死にした。

 

その次はペリノア老とガウェインだった。

始めは仲が悪かった。

仕方がない部分もあって、それを互いに武勲として酒の席で笑い合える程度には手を取り合えるようになった。

だからだろう、ペリノア老の領地を蝕む蛮族を真っ先に騎馬を駆って助太刀しに行った。

二月と半月、朝も夜もなく戦い続け最高の騎士の名に負けぬまま剣を持って息を引き取ったと眼も肺も潰れ息もできぬその身でガウェインの勇姿を告げてペリノア老は逝った。

 

兄の死に堪えられぬ嗚咽を漏らしながらガレスは剣を執った。

友だった。

何てことはない、王宮で身分が近しい数少ない女同士だったから。

密やかに恋話をしたり、甘い砂糖菓子を作ってみたり、時にはお忍びで城下町に遊びに出たり、子どものように遊んだ友だった。

彼女は拭いきれない涙をそのままにキャメロットの目前まで迫った敵を一月の間守り続けた。

勇ましい子だった。

騎士として相応しい武勇もあった。

けれど優しい子だった。

親しい騎士が一人失われるたびに当然のように涙する、当たり前のことを当たり前に出来る女性だった。

だから時間稼ぎだと言って出陣する彼女を、死に行く彼女を止められず、優しいその子を必要だからとこの手で彼女ごと撃った。

全身を炭化させて白い手の見る影もないまま帰ってきた彼女が最後に見せてくれたのは何時ものお人好しな笑顔だった。そんな笑顔こんな場所でさせたく無かったのに、私がさせてしまった。

彼女の献身によって敵が引いて、ようやく静寂になった。

敵が隊列を直すまで、半月有るか無いかの平穏が訪れた。

 

そんな時だった。

ある晩ふらりとトリスタンが消えた。

 

例に漏れず女好きで取り敢えず口癖を言えば何とかなると思っていて、寝てるのか起きてるのか分からない男だった。

よくランスロットと馬鹿をやってパロミデスと喧嘩してアグラヴェインが説教をする、そんな景色を王と並んで笑いながら見るのが楽しみで、そして当たり前の日常にいる大切な仲間だった。

円卓の十一番目の椅子に使い終わった空の瓶と幸運の印(ホワイトヘザー)が置いてあった。

便りもないただそれだけがぽつんとあって、もう彼の口癖も優美で寂しげな竪琴も聞けなかった。

翌朝彼が僅かな供回りを連れて間引きに行ったのが分かった。

誰もそんなことは命じてはいない、王命に背く働き。

珍しく私情を隠そうともせず忌々し気に報告するアグラヴェインの姿が印象的で場違いな笑いが出てしまった。

彼が笑わなかった分笑いたかったのに出たのは雨だけだった。

その後二月の間、蛮族の襲撃はなかった。

だから今、蛮族の攻勢が再開してしまってもこうして戦っていられる。

 

「いえ、其れには及びません。遅参を御許し下さい、王妃」

 

現れた黒騎士の姿は見知った男だった。

円卓の騎士第十二席アグラヴェイン。

誰も彼もが零れ落ちるこの場所で最後の綱を支え続ける猛者。

今現在ブリテンが何とか最後の一線を踏み留まれる要たる三人の騎士の一人。

 

「ええ、勿論。貴方が来るのは何時だって必要な時、遅参なんてないでしょう?」

 

渋面のまま返答も無しに押し黙るのは、そんな不敬を良しとされた自分のお目付け役で良き理解者だった。

 

「それで貴方が此処まで来たのですから、何かありましたか?」

「……モードレッド卿に帰投の命を下して頂きたく」

「……そう、ある程度集まったのね」

「はっ。それに着き王妃には聖槍を引き揚げていただきたく」

「そうでしょうね、分りました」

 

返事はもう慣れてしまった。

王妃が王の留守を預かるという事。

王宮の、否、国の全権を担うという事。

それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()という事。

最果ての錨、国土諸共外敵を討ち滅ぼす兵器を使うという事。

何度使ったか、最早キャメロットの前に人が住める土地はない。

大地という表皮(テクスチャ)は焦土と化している。

多くの騎士を犠牲に敵を槍で狙える場所にまで集め、そうして長い年月をかけて育ててきた国土を贄に敵を殺す。

大切な民と領土を手にかけて、僅かな勝利をこの半年の間ずっと拾い続けてきた。

それを今日もまたするだけ。

 

「……御気持ち、非才なるこの身で幾許も図れぬことを御許し願いたい」

 

顔に出たとはいよいよ年かしら、だなんて馬鹿みたいなことを思ってしまう。

情けない、この戦時に何をしているか。

感傷も絶望も必要ない。

求められた、民に騎士に国に。

支えでなくてはいけないのだ、王が帰るその時まで。

ほんの僅かに、久しぶりに恥ずかしさが込み上げて、つい人間らしい感情に突き動かれてしまった。

 

「貴方が非才なら、他の騎士たちはただのゴリラよ」

 

古馴染で生き残ってくれた戦友を相手につい軽口が出る。

ゴリラなんてそんな物、この国の誰も、勿論今生の自分ですら見たことないというのに。

咳払いを一つし、空気を切り替える。

さてお仕事だと活を入れてやらねば、もう駄目だった。

 

「アルテガール」

「此処に居るぜ、王妃殿。待ちに待ったお仕事の時間か?」

 

気負うことなく空気を読まないのではなく叩き潰す洒落っ気を交えて夫の盟友が返事をした。

若草色の髪を揺らす壮健な若者。

ガレンシス伯アルテガール卿。

今回の蛮族襲来で土地を焼かれ生き残った領民を連れてこのキャメロットまで落ち延びた一人だった。

本人は落ち武者だなどと嘯くが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この男ほど頼もしい存在は今この王城の中にはもうそれほど残ってはくれていなかった。

 

「殿を」

 

だから命ずるのも一声で良い。

 

「応、精々赤いのが戻るまでの間、敵さんを引っ掻き回してやるさ」

「アルテガール卿、貴公の騎馬は先日の防衛線で失われたと聞いたが如何にする?世もや健脚振りでも見せつけるわけでもあるまい」

 

暗にこちらではもう馬は用意できないぞと、そう告げるアグラヴェイン。

嫌味でもなく本当の事だった。

既に多くの騎士は馬を捨て徒歩で戦いに挑んでいる。

馬はこの王都に避難した人々の食料にされ残されたのは指揮官の騎馬と物資輸送の為の物、そして伝令用の早馬だけ。

それにしても酷使のし過ぎで多くの馬が足を故障している。

この国に残された財の底は見えていた。

 

「おいおい、忘れたのかよ?」

 

アルテガールはそんなこと知ったことかと笑ってみせる。

 

「いいかアグラヴェイン、俺は負け戦は苦手だし籠城なんて大嫌いだ。だから走ることにかけては誰にも負けない、例え騎馬が無くとも戦車がなくともだ」

 

思わずいいなと羨ましく思ってしまった自分が憎たらしかった。

どうしてこうも、この男は、こんな状況でも、光輝けるのだと嫉妬する。

そんなことは知る筈もない。

彼は言葉を続ける、絶対の自負に満ち溢れた言葉を。

 

「この国で俺より足の速い奴はいない」

 

 

 

 

 

 

 

深夜、皆が眠った。

無論文官は今も働いていて見回りの兵たちも交代で傷ついた身体を押して敵の襲来を観測している。

なら皆ではないかと下らない自問自答をしてしまう。

どうすればいいか。

その答えが出ないから、今も些末事に逃げ出そうとする。

逃げたい。

そう、逃げたいのだ。

こんな筈じゃなかった。

こんな、こんな苦しい生を何故、何故選んでしまったんだろう。

どうしようもなく誰も彼もが零れていく。

王妃とこんな小娘に敬意を払ってくれた兵士たちが。

城下町に遊びに行って窘めながらも見守ってくれた民が。

一緒に笑った仲間が、一緒に遊んだ親友が、一緒に王を支えてきた騎士たちが。

誰も彼もが欠けていく。

幸せが崩れていく。

描いた未来が泥で塗り潰される。

こんな筈じゃなかった。

こんな筈ではなかった。

こんな、こんな、未来に辿り着きたかったのではないのだ。

彼女に見せたかったのは、約束したのはこんな場所ではなかったのだ!

 

カツンと音が鳴る。

気づけばその場所にいた。

 

「な、に……これ……?」

 

城塞都市キャメロット、その王宮。

文字通り戦争用に造られたこの都市は一度邪竜の手に堕ちた。

だからこそ数多の識者と術者が粋を集めて浄化し二度と邪悪に染まらぬように仕上げた。

人の祈りで編まれたこの場所、当然自分もその儀式に参加した。

だからこんな門は知らない、知る筈もない。

自分が歩いたのは武器庫に行くための回廊。

明日戦場を征く兵の為に少しでも力となる様に術を掛けようとしたはず。

だから、こんな場所に行くはずがない。

 

「何……?何で、こんな門扉が?」

 

古ぼけた門だった。

灰と埃に塗れ、月明かりに照らされることもなく佇んでいる。

施された装飾は風化し腐ったように剥がれ落ち、唯一戸を開くために付けられた獅子の口輪だけが残っていた。

そんな白亜の城に似つかわしくない物が自分の前を遮っている。

蛮族の仕業かと疑うが、そんなことが有りえる筈がない。

この城はあらゆる邪悪を弾く場所。

万に一つも奴らが入れるはずがない。

マーリンの幻術すらこの場所では一定の制限が掛けられる、それほどまでに完璧な場所。

だからこんなものがある筈がない。

ゆっくりと服に仕込んだ武具の所在を確かめる。

何時でも、そしてどんな相手であっても生き残れられるように幾つもの術式を起動させる。

そうして私は扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば、其処にいた。

焼け付いた空気が肌に触れる。

戦場で嗅いだ血混じりのそれとは違う、ただ燃えているだけ。

降り注ぐ雨にはこびり付いた僅かな腐臭。

それは火を消す慈雨ではなく世界を侵す毒。

 

「ッ!?」

 

何が起きた。

何処だ此処は。

今は一体何時なのだ。

いや、其れよりも。

 

―――何故こんな身体になっている。

 

魔術師でなくても分かる。

血の通わぬ肉、軋むことすらない骨、張り付けられた皮。

その全てが霊子によって編まれた偽物。

掻き毟るように全身を調べ、この身が何かに変わっていることを見せつけられる。

この身が生者の物でないことが分かってしまう。

 

「っは……はっはっ」

 

乾いた笑いが漏れた。

まざまざと突き付けられる。

 

「どんな呪いよ、人の魂だけ引っ張り出すだなんて、そんなのマーリンだってできないわ」

 

蛮族の術士は凄いものだと笑って、

 

「そんな……わけ、ないか……」

 

そんな奇跡誰にだって使えない。

だってそれは魂の物質化、そんなこと出来るのは辿り着いた者(魔法使い)だけ。

なら、わたしは、こんな亡霊のようになって見知らぬ場所にいるわたしは、

 

「来客が現れたと聞いて来てみれば、よもや今更代役が宛がわれようとは」

 

思考を遮られた。

男の声がする。

老年というには若すぎる、だがその割に疲れきったそんな諦観に近い何かを纏った声だった。

自分の知り合いにこの声色の持ち主はいないが、よく知った声ではあった。

長く続く戦いに暮れた老兵によく似ていた。

 

「驚いたよ、こんな最果てまで抑止の手が届くとは」

 

己の何を見てそう思ったのか、見慣れぬ胴鎧(ボディアーマー)を朱塗りの呪詛で彩った騎士は口元を皮肉気に歪め其処に立っていた。

 

「……出会い頭に抑止力(アレ)と同類にするなんてちょっと口説き文句には洒落がないんじゃないかしら」

 

口から出るのは王妃としての言葉。

情けない所は見せられないと虚栄を張ってみせる。

 

「よく言う物だな、魔術師(キャスター)。君もまた聖杯に呼ばれて集った使い魔(サーヴァント)に違いなかろうに」

「あら素敵、籠の鳥だなんていい趣味だわ。それならご同類のよしみで仲良くお茶何てどうかしら?」

「いや結構だ。私にもやることがあるのでね」

 

そう言って矢を番える男。

ああ生きねば、生きなくては。

だから逃げなくては。

 

―――ナンノ為ニ?

 

キャスター。

口遊む者、語る者。

サーヴァント。

従者、従卒。

聖杯。

グレイル、ホーリーチャリス。

 

その言葉に聞き覚えあれどそれが意味する魔術的な意味は分からない。

己と同じように超高密度の霊子で編まれた目の前の戦士と、そして今の己がそれにあたることは理解できるが

さてどうしたものか。

何もかも分からない。

異邦の地で、謎の騎士。

それも妖精たちが住まう自分の国でもそう見ない神秘の塊。

嗚呼でも、もう、そんな事どうだっていい。

だってもう逃げる必要も取り繕う必要もなくなってしまったのだから。

最後の意地で張った虚栄が剥がれ落ちていく。

 

「ねえ騎士様、どうやら私死んじゃったみたいなの」

「……何?」

 

笑ってしまう。

何て無様。

あんなに生き足掻いて見せたくせに自分の死に際すら分からないまま自分は死んだ。

 

「あーんなに生きたかったのに、なーんにも残せないまま皆より先に逝ってしまったみたいなの」

 

嗤ってしまう。

何て愚劣。

任せられた役目すら果たせずあれだけ民に血を流させておいて勝手に死んだ。

おまけにあれだけ固執していたというに死んでみせたらこの通り、肩の荷が降りたと言わんばかりに清々としている。

 

「ふっふ、ばーかみたい。わたし、なんのために生きたというのでしょう」

 

自分勝手に生きて何一つ分からず死んで、勝手に楽になって。

そして今何一つ分からない場所で彷徨い出ている。

 

「そうか、君は……」

 

気持ち悪い。

状況なんてこれっぽっちも分からない。

ただただ勝手に楽になって祖国を見捨てた浅ましい己への憎悪だけが直走る。

嗚呼でも。

成程、そうか。

 

「ねえ聞いて下さる?」

 

「私ね、もうあの人の妻じゃなくなっちゃったの」

 

「もうあの人を支えられない……ッ」

 

「もうあの人とお話しできない……ッ」

 

「もうあの人を、彼女を幸せにしてやれないッ!」

 

「もうね……もう、もうッあの人の傍にいられなくなっちゃったのッ!」

 

―――私はもう王妃じゃない。

 

「不完全な召喚による記憶障害か……確かに覚えはある。いやそもそもこんな状況で呼ばれたのだ、生前の意識のまま引きずり出されることもあるか」

 

目の前の男が何を言っているのか分からない。

何故憐れむのかも分からない。

理解できない。

何一つ。

身体の力が抜ける。

馬鹿みたいにずっと考えていた政も今の状況への疑問を散っていく。

でも一つ分かる。

 

「……嗚呼どうしましょう」

 

馬鹿みたいに、狂ったように。

恋に破れた乙女の様に。

 

「ふふっ御免なさい。実は私とってもはしたないのだけれど、すっごく今()()()()()()

笑みを浮かべる。

可愛く、あざとく、とびっきり笑顔(殺意)を顔に張り付ける。

 

「……おや、君ほどの女性からそんな情熱的なお誘いを受けるとはわざわざ門番を代わってきた甲斐があったか」

 

ぐるぐるぐるぐる回る何か、ずっと忘れていた黒いもの。

情欲にも似た獣の情。

 

「ええ、ええっ!勿論よ!素敵な御人!素敵な騎士様!ねえ?どうか」

 

媚びる。

情けもなく。

遠慮もなく。

これは正しき戦いではない。

私情に全てを投じた情けない八つ当たり。

それでも。

それでも。

この行き場のない劣情を。

猛り狂う激墳を。

どうか。

 

「どうか受け止めて下さいな(死んで下さいな)?」

 

言葉を終えて哄笑と魔力が溢れ出し、辺りを焼き払った。

 

後に観測者(カルデア)の手によって名付けられるその名は特異点F。

その場所で初めて行われた異邦のキャスター(ギネヴィア/わたし)と正規のアーチャーによる開戦の合図だった。

 

 

 




学者系キャスターギネヴィア。
門の先は特異点F、しかも黒化無しマスター無しで魔力切れそう。
自分の死因も分からない。
おまけに狂化スキルもないのに自前で発狂中。
さあ彼女の明日はどっちだ!

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