以前、女神の心得を学ぶ為に訪れた時と同じ馬車に乗って、ルウィーの教会へと向かっている。ルウィーの職員の方と、渡された書類を見ながら馬車に揺られながらルウィー教会へと移動している。書類に関しては、主に教会に着いてから一週間の仕事スケジュールが記載さている。内容はブランの補佐、教祖のミナさんとロム、ラムの教育、身の回りの手伝い等、書いてある事は至って普通だ。差し詰め“緊急時対応の書いてないマニュアル”ってところだな。因みに、スケジュールの大半がロム、ラムの教育で埋まっている。
「何か分からないところとかありますか?」
「大丈夫だ、問題ない。」
女性職員が俺に話しかけてくる。いや、職員というには少々位が低い。彼女は“フィナンシェ”で、ルウィー教祖である西沢ミナさんの部下にあたり、ミナさんがロム、ラムの教育をしている時等に変わってブランの侍従を務めているそうだ。立場的にはNo.3と言っても過言ではないと俺は思う。自分も考えてみれば、仮とは言えNo.3に近い役職に立っていたのだから変わりはないだろう。
「突然の決まり事な上に、なんだかすみません。内容としては其方に載っている事で、殆どがロム様、ラム様のお世話ばかりに果て嵌めてしまって…。」
「ああ、大丈夫だ。おてんば娘の教育はやった事無いが、“指導”なら何とかなるだろう。」
「少々不安ですね…。」
「まぁ、勉強にもなるだろう。」
―――ルウィー:教会
「来たわね。」
「ああ、一週間宜しく頼む。」
教会に到着し、一週間滞在する部屋に案内されてから永守はスケジュール通りの業務をしている。彼の仕事を3日間見てきたけど、正直プラネテューヌに身を置いておくには勿体ない程の逸材だと感じている。第一印象ではどう見てもギルドのクエスト関係ばっかりやっている印象だけど、普通に執務を熟しているしギルドのクエストも期待以上の結果を残している。一番不安だったのは、ロムとラムの教育だったけど、基本的にはミナと協力しあっているから、大きな問題は起きていない。…悪戯がないって訳じゃ無いけど。兎に角、永守のお陰で、わたしは趣味に没頭する余裕も増えた。
「やっぱりプラネテューヌに置いておくのは勿体ない逸材だわ…。」
「何か言いましたか、ブラン様?」
「何でも無いわ。下がっていいわ、フィナンシェ。」
3日目の午後の報告をフィナンシェから聞いた。今日はロムとラムにギルドの仕組みとクエストの流れを教えたとのことで、今後は、プラネテューヌやラステイションの候補生のように、二人にも簡単なクエストを受注し出来るようにしようという考えだそうだ。正直、わたしはまだ早い気がする。
『…女神としてでなく、妹としてか。それは、二人の意見を聞いての答えか?』
彼の言うことも理解出来る。女神候補生…それは何時か私の右腕的な立ち位置になる存在。しかし、幼い上に変身も出来ないあの二人が傷ついてしまう事をわたしは望んでいない。…考えても仕方ない。とりあえず、明日の用事の為に永守には働いて貰わないと…。
「フィナンシェ、一つお願いがあるわ。」
時刻は22時…
ロムとラムはぐっすり寝ている。それを確認したわたしは執務室に行く。約束の時間までにまだ余裕があるので趣味の小説の作成をする。
「失礼する。」
約束の時間になったのか、永守が執務室に入ってきた。
「こんな時間に悪いわね。協力してほしい事があるの。」
―――ルウィー:ショッピングエリア
「悪いわね、私情に付き合って貰って。」
現在時刻は昼前。ルウィーのショッピングエリアらしい場所にあるコーヒーショップにブランと共に入り、店内の椅子に座っている。昨日の話と言うのは荷物持ち係になって欲しいという話で、特にNoと答える理由は見当たらない為承諾した。
それから、朝早くから行きつけの本屋に行き、じっくりと吟味しつつ本を購入した。と、待っている俺に対して気を使ったのか…
「お互いに1、2冊ずつ買って、交換してみない?」
という提案があり、お互いに購入したのを教会に帰ってから交換しよう…という話だったが、本を買いに行っただけと言うのは勿体ないとなり、近くのコーヒーショップで一休みと昼食をしつつ交換する事となった。因みに、まだ時間が早いのかコーヒーショップ内は空いており、直ぐに座ることができた。
「ご注文をどうぞ。」
「ランチセットAを1つ、飲み物はアイスコーヒーで。」
「えっと、わたしは、クワトロベンティエクストラコーヒーバニラキャラメルヘーゼルナッツアーモンドエキストラホイップアドチップウィズチョコレートソースウィズキャラメルソースアップルクランブルフラッペ…と、サンドウィッチで。」
「かしこまりました。」
「…呪文でも唱えたのか?」
「違うわ。ドリンクのオーダーよ。ほら、ここに載っているでしょ?」
「確かに載っているな…。よく噛まずに読めるな。」
「このくらい簡単に読めると思うけど。」
「クワトロベンティエクストラコーヒーバニラキャラメルヘーゼルナッツアーモンドエキストラホイップアンドチッ…ん?」
「ふふ、まだまだね。」
早口言葉大会があったら、間違いなくブランがトップになるんじゃないかと考えてしまった。俺も頭の中で復唱したが、ホイップアドチップあたりで読み間違えてしまう。
「そうだわ、注文が来る前にお互いに買った本を交換しましょ。」
「…分かった。」
お互いに購入したのは1冊の為に交換自体はあっさり終わった。さて、ブランが買った本は…
「…100万回生きたデッテリュー?」
「えぇ、ルウィーでは有名な絵本よ。それならロムとラムにも読ませる事が出来るし、貴方にルウィーの事を知ってもらう事も出来ると思ってね。」
「なるほど。」
「じゃあわたしも開けるわ…。子どもの教本?」
「ああ、俺も少し学んだ方がいいかなと思ってな。」
「しかもこれ、丁度欲しいと思ったのじゃない。…ありがと。大切にして読むわ。」
「どういたしまして。」
そうしている内に、注文したのが来た。
「…思ったより普通のフラッペだな。」
「ええ。ここでのわたしのお気に入りよ。それよりも、貴方がサラダ付きを頼むのも以外だわ。」
「健康の為さ…。」
それから、他愛もない話やサンドウィッチの交換をしたりと、若干周りの目が痛い事もしてしまった。その事に気づいたブランも若干恥ずかしそうにしていた。食事を終えて、飲み物をお互いゆっくり飲んでいると、4本のペンを差し出してきた。ペンの方は頭の方に色がありそれぞれ白、青、桃、赤色をしている。
「…何だ?」
「とりあえず、赤を使ってみて。」
俺は、言われた通りに差し出された赤のペンを掴む。
掴んだ瞬間に、手に馴染み扱いやすいという感覚がし、頑丈そうな感じもした。手拭きナプキンをとりスラスラっと書いてみる。赤色をしているから赤色が出るかと思ったが、普通の黒ペンだった。わかりやすく表現するなら“馴染む…実に馴染むぞぉおおお!!”なペンってとこか。
「最後のわかりやすい表現は置いて、どう?」
「ネプテューヌみたいなことするなよ…。兎に角使いやすいな。」
「…その赤色は貴方にプレゼントよ。」
「プレゼント?」
「そうよ。ここを離れたとしても、貴方がここで一週間過ごしたという思い出になればと思ってね。」
「…ありがとな。」
「どういたしまして。それと、残りのペンの事はロムとラムには内緒にしてもらえるかしら?サプライズプレゼントをしたいの。」
「サプライズ?」
「ええ、今日はロムとラムの誕生日なの。」
「10月16日…明日が誕生日だったのか。」
「そうね…貴方もプレゼントを用意してもいいししなくてもいいわよ。そこは任せるわ。」
「…分かった。」
そうして、コーヒーショップから出て教会に戻り、残りの仕事をすることにした。
―――
あの後、一度教会に戻り残りの仕事を終えてから、ネットで調べてプレゼントの用意をする為準備をしている。
「…こんな所か。」
6mmのパワーストーンを複数用意し、それにゴム製の紐を通しブレスレットに仕立ててみた。銃の組み立てよりは遙かに楽である。ロムとラムのプレゼントとして、
「どうしたブラン。」
「あ、永守…。貴方に聞くのも可笑しいと思うけど、貴方から今日貰った本、持ってたりする?」
「あの教育本の事か?俺は持って行ってないぞ。」
「そう…。悪いわね…。」
そう言って、俺の横を通り過ぎ廊下の向こうへと行ってしまう。あの様子だと、誰かが本を持って行ってしまったのかと思うが…。ミナさんやフィナンシェあたりなら読みそうだが、無断で持っていくような人じゃないからな。そんな事を考えつつ、中庭に到着しそこの丸テーブルの椅子に座る。
「ふぅ…。」
「永守お兄ちゃん…?」
「永兄…?」
一息ついた後、声に反応して前を見ると、丸テーブルからひょこっという感じで顔を出しているロムとラムがいた。だが、その顔は何処か元気がない…というよりロムは泣きそうで、ラムは怯えている感じだった。
「どうした、怖い夢でも見たのか?」
「ううん…違うの…。」
「これ…。」
ロムが俺の言った事は違うと言い、ラムがボロボロの本を出す。…よく見るとその本の表紙は見覚えがある。というより今日買ってブランに渡した教育本だった。理由を聞いてみると、悪戯で本ファンネルをしていたらその本を水浸しにしてしまい、乾かすのを試してみたが、ページとページの張り付いたところを剝がしたりする時に破けたりしたそうだ。昼に帰ってきた時に大事そうにしていたのを見ていたらしく、大事な物を壊してしまい怒られるのが怖いという。俺が買って渡した事を伏せて質問してみる。
「謝らないのか?」
「謝りたいけど…謝る前に怒られるのが、怖い…。」
「怖い…。(ぷるぷる)」
「…先ずは謝る事が大事だ。どんなことも隠し通す事は難しい。今から謝って怒られるのと、それを知った後に怒られるの。どっちがいいか?」
『………。』
「どちらにしても、怒られるのが嫌か。」
「永兄…どうしたら…いいの…?」
「永守お兄ちゃん…。」
「どうしろと言われても、俺は助言ぐらいしか出来ないし、やってしまったことの重さを感じているならもう答えは出ている。ほんの少しの勇気と覚悟があれば十分だ。後は、二人次第だ。」
「でも…。」
「怒られるの、怖い…。(うるうる)」
どうやら完全に怖気づいてしまっている。赤の他人なら兎も角、身内なら怒られる可能性はあるが許されることもある。本当なら、自分達で気づき、自分達の力だけで心から謝りに行くことが出来ればな…。俺はある名言を思い出し、ロムとラムの涙目を拭きながらそれを言うことにする。
「地球にいた頃に、こんな名言がある。”もし自分が間違っていたと素直に認める勇気があるなら、災いを転じて福となすことができる。過ちを認めれば、周囲の者がこちらを見直すだけでなく自分自身を見直すようになるからだ。”謝る事は決して自分の株を落とす事ばかりではない。」
『う、うん…。』
「話し声が聞こえると思ったら、夜の講座でもしてるのかしら。」
『お、お姉ちゃん…。』
こっちから出向く前に、ロムとラムからしてみればラスボスが来てしまった感じだ。怖いのか二人とも後ろに隠れてしまう。
「ど、どうしたの二人とも…。」
「…さっきの言葉を思い出すんだ。ほんの少しの勇気でいい。それをするだけで一回りも二回りも成長する。」
それを聞いた二人は、恐る恐るブランの所へ寄っていく。
「お姉ちゃん…。」
「これ…。」
「これは…?」
『ごめんなさい…!』
ロムとラムは怒られることを覚悟で涙目になりながら頭を下げて謝る。ブランは状況を把握したのと、二人が謝った事に驚きつつ穏やかな顔へ変わる。
「二人とも…良く謝ったわね…。」
「お姉ちゃん…怒らないの…?」
「二人とも、謝るという事を理解した上で謝ったのでしょ?なら、わたしは怒る理由なんてないわ。」
そう言って、ブランは二人を優しく包むように抱く。緊張の糸が解けたのか、ロムとラムは大声で泣ぎだす。ただ、どことなく嬉しそうな顔をして泣いていた。
「永守、貴方が二人に勇気を与えたの?」
「俺は何もしてない。ロムとラムがほんの少しの勇気とほんの少しの覚悟を決めたに過ぎない。本当だったら何も言われずに気づいてくれるのが一番なのだがな。」
「そこまでわたしは、あの二人に高望みはしてないわ。これから少しずつ…そう、少しずつ学んでいけばいいわ。」
「…そうだな。」
そう言って俺はコーヒーを片付けつつ中庭を後にし、自室に戻る。
「家族か…。女神にも家族がいるのは微笑ましいが、今の俺には相応しくない代物だ。…願わくは俺のようにはなるなよ…。」
翌日、ブランからのプレゼントと、俺のプレゼントを渡し大いに喜ぶロムとラムを見て微笑むブラン。そのブランにも、昨日作った水晶のブレスレットを渡すと、驚きつつも嬉しそうな顔をしたのだった。因みに、ブランは教訓として”物を大切に”という意味を込めてのプレゼントだそうだ。
【用語集】
○大丈夫だ、問題ない。
”そんな装備で大丈夫か”の台詞の後に帰ってきた有名な言葉。だがしかし、大抵その言葉の後の末路は”大丈夫じゃ無い、大問題だ。”という展開が多い不思議。
○クワトロベンティエクストラ(以下略
ドラマCDで出てきたフラッペ。脳内ではデコレーションがふんだんに盛りあげた普通のフラッペと想定しましたが、あの物語内でのフラッペはどんなものか…気になる。
○もし自分が間違っていたと素直に認める勇気があるなら(以下略
故・デール・カーネギーの格言の一つ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!