―――気の迷い
恐怖は危険察知という名のセンサーとして役立つ。だが、気の迷いは俺には不要な要素だ。戦場で一瞬でも判断が鈍れば、0.2秒の遅れでも最悪な展開になりかねない。ラステイションの女神の心得勉強会にしろ、ルウィーの誘拐事件にしろ、この短期間で驚くような事が起きすぎている。ルウィーの一件後、考え込む時間は減ったものの気の迷いからか、無心になるのが困難になっている俺が入る。そこで、休暇を取り業務の件で中々できなかった「武術」の修行に励む為外出している。一応名誉の為に読者には言うが、筋トレやランニングはしてはいるぞ。…ランニングに関しては「ランニングとは思えない速さで走っている人がプラネテューヌ教会周辺にいる。」と言う変な噂話が出来てしまっているらしい。
今、バーチャフォレストで木人に似た巨木に対して猛打をしている俺は、プラネテューヌの女神様の補佐をしているごく一般的(?)な男。強いて違うところをあげるとすれば、超能力が使えるってとこかナ…?名前は…ってこんなネタを打ち込むくらいなら真面目に修行に励めって話だな。前述の通り、基礎の再確認及び技の練度を高めるといったところか。とりあえず、一呼吸おく為にふと後ろを向くと、一人の少女が立っていた。その子はボロボロのズボンに殴られたら痛そうなグローブを身に付けている。あまりにボロボロだから、ズボンから縞模様的な何かが見えているように見えた…。
『………。』
Scene09が始まって早々この急展開である。その少女はまるで興味があるかのようにマジマジと俺を見ている。そして向こうが話しかけてくるのを待っている形となってしまっている俺がいる。待っているのも仕方ないから声を掛けてみよう。
「何か用か…?」
「あ、ご、ごめんなさい!同じ格闘家として興味がありまして…邪魔しちゃいましたか?」
「いや、丁度一呼吸置くため休憩するところだ。」
「あ、は、初めまして。わたしは鉄拳って言うの。丁度ここら辺でランニングしてた最中なの。宜しくね。」
「…俺は、獨斗永守。宜しく。」
そう言って俺は鉄拳と名乗る少女が手を出していたので握手をした。握手して分かったが、この少女、細くてか弱く見えるが、かなりの実力を持っていると感じた。それと同時に向こうも感じ取ったらしい表情をしている。
「…結構お強い方?」
「自分で評価したことはないな。」
さて、修行の心算が完全に予定が狂ってしまった。一応基本は見直すことができたからいいのだが、ここに居ると面倒事が重なりそうだから御暇しよう。そんな時、Nギアが鳴っているので取り出す。イストワールからだ。
「俺だ。」
《すみません永守さん。休暇中で申し訳ありませんが、緊急で頼みたいことがあります。》
「要件は?」
《はい、バーチャフォレスト最深部から、バーチャフォレストに向かっているフェンリスヴォルフが向かっているそうです。ネプテューヌさんも向かっていますが、まだまだ時間がかかるそうです。一番近い為とはいえ、本当に急で申し訳ありませんが…、お願い出来ますか?》
「…分かった。引き受けよう。」
《いいんですか?折角の休暇ですのに…。》
「気にするな。こういう緊急事態には慣れている。では、行動を開始する。」
そう言い終えてそっとNギアを切った。全く、今日は急展開のバーゲンセールだな。折角の休暇が台無しな上に、なんだこの気の休まる事のない急展開は…。
「何かあったの?」
「プラネテューヌ教会から緊急で、バーチャフォレスト最深部に向かってフェンリスヴォルフの暴走を止めてくれと連絡があった。俺はこれからそこに向かう。君はここから離れた所へ行ってくれ。」
「獨斗さんは、プラネテューヌ教会の関係者って事?」
「まぁ、そうだが。」
そう曖昧のように言うが、彼女は意を決したような、強い志を持つ瞳で此方を見てきた。
「…わたしも付いて行きます。」
「どういうことだ。」
「こっちのネプテューヌさんとは会ったことないけど、知ってる人が困っているなら尚更だよ。」
「…ネプテューヌを知っているのか。それにこっちとは?」
「あ、えーと、わたしは元々この次元の人じゃないの。ネプテューヌさんとは別次元で会ったことあるんだけどね。」
別次元…俺と似たような感じか?全く、摩訶不思議な世界だ。今更驚くことはないが、今の話を聞いた限り、別次元にもネプテューヌはいるのか。…あんなのが同じ世界に2、3人いたら世話する側はたまったもんじゃないな。
「…奇遇だな。俺もゲイムギョウ界出身ではない。」
「え、そうなの?」
「今は立ち話している場合じゃない。着いて来るなら行くぞ。」
「う、うん!」
そうして、俺は奇妙な出会いをした格闘少女とバーチャフォレスト最深部へと向かった。
―――バーチャフォレスト最深部
ここへ来るのは数か月ぶりだ。あの時は途中参戦のネプ姉妹と意味不明だったが、興味本位で行ってしまったクエストを受けて、ドックタグがペンダントに変わってしまった事があったな。最深部の入り口前へ着くと、巨大な狼のようなモンスターが周囲のモンスターを蹴散らしている光景が広がっている。俺はNギアを取り出しモンスター図鑑的なのを開いて生態を調べている。
「フェンリスヴォルフ…。危険種だがノンアクティブモンスター。ならなんだこの暴れようは。汚染されているようにも見えない。」
「何かあったのかな…?」
そうしていると、周囲のモンスターを蹴散らし終え満足するかと思ったら、此方を見つけると同時に猛スピードで突っ込んできて鋭い爪を振り下ろしてきた。
「っ!」
「わわわっ!!」
俺と鉄拳は左右に分かれるように避ける。地面が陥没するような威力はないが、あの鋭利な爪は厄介だ。あんなのに引き裂かれたら無事でいられるか怪しい所だ。しかし、奴は次のターゲットとして、鉄拳の方を向き走り始めた。
「そっちへ行ったぞ!!」
銃があれば迷わず射撃しているが、生憎今日は武術の修行の為に銃を自室に置いてしまっている。ハットスライサーやパイロキネシス(ネプテューヌに勝手に命名された技名)であの速さに対して迎撃出来るか分からないが、被っているトラベルハットを手に持つ。だが、俺の心配はどうやら無用だったらしい。
「やぁあああああ!!」
無駄の無い構えから、とても気迫のある声とは思えない可愛い声と、細い腕から放たれるカウンターのような右ストレートがフェンリスヴォルフの顔面に当たる。しかし、その放たれた拳が当たった瞬間フェンリスヴォルフが大車輪の如く回転しつつ5メートルは吹っ飛んでいた。俺は鉄拳の元へ駆け寄る。
「お見事。力の配分から当てる時の力の入れ具合、全てが調和してる綺麗なパンチだ。」
「ちょっと危なかったけど、何とかなったよ。」
「しかし、奴さんはまだやる気満々のようだ。」
あんな攻撃を受けたら、並大抵のモンスターは一瞬で終わっているだろうが、相手は危険種。そこらにいる雑魚に比べれたら格段に強いはずだ。此方も身構え、向こうも体勢を立て直しているが、此方の強さを警戒しているのか身構えた状態で動かない。
「さて、今回ばかりは前衛に出るとするか。」
「わたしも行きますよ…!」
「俺が目眩ましをするから、追撃を頼んで良いか?」
「うん、わかったよ。」
「さて、アンタに恨みはないが消えて貰うぞ。」
それを言い終わると同時に、フェンリスヴォルフに向かって走り出す。急接近しつつ、着ているノースリーブパーカーを脱ぎつつ念力で操り、フェンリスヴォルフの目元に目掛けて放り投げる。目元に張り付き当然それを振り払うかのように顔を振りまくる。
「はぁああ!!」
「てやあああ!!」
鉄拳によるガゼルパンチとも言える右のパンチに合わせるかのように、体を捻りつつ横回し蹴りを放ち、その両方が顔面へとヒットする。自分でも驚く程タイミングがドンピシャである。当然その強烈な攻撃を受けたフェンリスヴォルフは脳震盪を起こしたかのように怯んでいる。
「叩き込むなら今だよ、風神拳ッ!!」
「OK、くたばれ…!!」
鉄拳は右手に風を纏わせてのアッパー、俺は発勁を利用したアッパーと同時に衝撃波を放つ。鈍い打撃音と共にフェンリスヴォルフは中へ浮く。次の瞬間、ある意味驚くべき光景が映る。
「てりゃああああああああああああっ!!!!」
聞き覚えのある凜々しい声と共に、空中に浮かしたフェンリスヴォルフをパープルハートことネプテューヌがトドメの一撃とも言える一閃を放ちフェンリスヴォルフは爆散し結晶片へとなる。一撃で倒せてしまった事に驚いているネプテューヌなのだが、止めは誰でもいいという考えではあるが急な出来事過ぎて、呆れたような感情が出ているのか鉄拳と共に目を丸くしている自分がいる。
「結局おいしいところは持っていかれちまったな。」
「ご、ごめんなさい。遠目から見たら襲われてるように見えたからつい…。」
「いいさ、誰がトドメを刺したって結果は同じなのだから。」
「あはは…。」
「ん?えい君、その子は?ナンパでもしたの?」
「お前は何時ぞやのアイエフのようなこというな…。この人は修行中に出会った協力者だ。」
「初めましてじゃないけど、初めまして。鉄拳っていうの。宜しくね、こっちのネプテューヌさん。」
「…?わたし、この子と会ったことあったっけ?」
「えっと、わたしはこっちの世界とは別の次元から来てるの。」
「まぁ、俺と同じ感じらしい。」
「なるほどね。一応改めましてね。」
まぁ他愛もない会話をしつつ、ネプテューヌは女神化を解除するのだが、鉄拳が一つ疑問を持ってそれを問う。
「そういえば、獨斗さんは協会の関係者みたいだけど、ネプテューヌさんとはどんな関係で?」
「うん、えい君はわたしの補佐だよ!」
「まぁ、俺は迷える子羊…といえばいいのか。そんな状況を解決してくれた感じだ。」
とまぁ紹介はこのくらいにして、やはりノンアクティブモンスターが暴走していたのが気になるので、現認究明の為に奥へと進もうとする。
「あれ、えい君出口はこっちだよ?」
「少し現場調査をする。どうしてノンアクティブのモンスターが暴れていたのかも気にいなるからな。後で報告するから、先に帰ってても構わないぞ。」
もし、今回の暴走モンスターがあの時出会った奴が関わっているのだれば、何が手掛かりがあるはずだ。俺はネプテューヌに背を向けるように奥へと行くのであった。
―――プラネテューヌ協会
「では、暴れだした原因は不明…ということですね。」
「はい、現場では当初、汚染したモンスターが居たという情報があり、暴れた後のような形跡もありましたが、原因までは突き止められませんでした。」
あの後、ネプテューヌが気を利かせたのか、アイエフと諜報部所属の数名が調査の協力をしてくれた。しかしながら、イストワールに報告するアイエフの言う通り、汚染モンスターが数体いるという目撃情報はあり、周辺にはモンスター同士が暴れたような跡は多数目撃したが、今回の暴走した原因の確証、確信と言えるような証拠は見つからなかった。死体とかあれば検死とかできたが、大抵のモンスターは倒してしまうと結晶片になって消滅してしまう。仮定としては、汚染モンスターが暴れ、何らかの形で巻き込まれたフェンリスヴォルフが暴走して当時に至る。と考えるのは自由だが、結局考えた所で確証となる原因はわからないままだ。因みに、あの後鉄拳はまた修行に戻ったとの事らしい。
「現認を突き止められなくて済まない、イストワール。アイエフも、協力してもらったにも関わらず、結果が出なくて申し訳ない。」
「いえ、此方も休暇中であるのに押し付けたような事をしてすみません。」
「まぁ、こんな日もあるわよ。謝る必要はないわ。」
正直、俺はここの連中は皆優しすぎると考えている。…いや、俺がいた部隊が厳しすぎたのか?最初出会ったころも、警戒することなく受け入れてくれたし、他の国の女神とも難なく打ち解けている。それが、この世界のいいところなのかもしれないけどな。用件が済んだところで何時もの広間で、珈琲でも飲もうと考え向かった。
「やったぁあ!大物釣れたぁ!!」
「ぐぬぬ、わたしより大物を釣るとは…ネプギア!例え妹でもわたしは負けないよ!!」
ネプテューヌは何時も通り平常運転でゲームの真っ最中だ。ただ、彼女としては珍しくフィッシングゲームをネプギアと交互に遊んでいる。かなり本格的なリール付きの釣り竿コントローラーで、釣っている時の感覚や操作感も本物同様に感じることができる代物とのこと。当然、大物が掛かればそれ相応の重さがくるらしい。釣りか…。
「ネプテューヌ、俺もやっていいか?」
「むむ、えい君から来るなんて珍しいね。もち、いいよ!」
ネプテューヌの番だが、割り込む形でコントローラーを持ちやってみる。確かに釣った時の『本格的』と謳っているだけあって、小物が来れば軽く、大物が来ればそれ相応の重さと引っ張り具合がコントローラーに伝わる。しかし、やはりゲームはゲームだ。ルアーを投擲すると画面はルアーの方へ行ってしまう。魚が捕まったらゲージが見えて、どれくらいで糸が切れてしまうかが一目で分かってしまう。…そうだ、聞いてみるか。
「この辺りで本物の釣りができる場所ってあるのか?」
「ネプギア、この当たりに釣り出来るところってあったっけ?」
「えぇ?私に振るの!?ん~と…、確かラステイションのリビートリゾートで釣りの施設はあったかな?」
リビートリゾート、ラステイションの海岸沿いのエリアだな。海に泳ぎに行ける場所でもあるが、釣りもできるのか。
「…よし、明日リビートリゾートで釣りをしに行こう。」
『…ええ!?』
当然といえば当然だが、俺の発言でみんな目を丸くして驚くのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
永守の発言通り、次は釣りに行く回になります。