色彩の花嫁   作:スカイリィ
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第二話 色彩をくれた人

 晴れた土曜日の朝ほど最高だと思える時間はない。主婦にとって晴れの日は友達だ。

 私は着替えて立香を起こしに行く。あの子は昔から朝の支度が遅い。ベッドの中でいつまでもぐだぐだしている。それで遅刻ギリギリになるのが学生時代の日常風景だった。

「立香」

 扉を開けると、彼の部屋の中に妙な違和感があるのを感じ取る。なんだ。誰かいる?
 立香のベッド。その掛布団のふくらみが異様に大きい。ちょうど一人分くらい。

 まさか。

 足音を立てないようにベッドサイドへ移動する。案の定、立香の黒髪とは別のピンクブロンドが枕元にいた。顔の近くにもってきた手が繋がれているのが分かった。

「お熱いことで」

 はしたない、だなんて叱責する気にはなれなかった。手を繋いで寝息を立てる二人の顔が、あまりにも、幸せそうだったから。



「ゆうべはお楽しみでしたね」
「はい、とっても楽しかったです」
「おおおおう……?」

 立香より先に起きて、パジャマ姿で自身の部屋へ向かう彼女を挨拶がてらからかってみたところ、思いもよらない反応が帰って来た。
 てっきり顔を赤くしてうつむいてしまうと予想していたのに、元気に肯定してきたものだから変な声が出てしまった。

「え、待って、何してたの?」
「先輩にたくさんお話をしていただいたんです」彼女は頬を桜色に染めながら答えた。「先輩がアルバムを見せてくれて、子供の頃の思い出を話してもらいました」
「それが、楽しかったの?」
「はい。夢中になって、ずっと話していて、気づいたらそのまま寝てしまいました」

 彼女の口振りは何というか、長編ファンタジー小説を読破した子供のようだった。彼氏の思い出話にここまで目を輝かせる女の子など私は想像したことがなかった。

「せっかく寝床を用意していただいたのに、勝手に先輩のお部屋で寝てしまって、申し訳ありません」
「いいの。ある程度予測していたから」肩をすくめる私。「それより、着替えて。朝ごはんの準備だから。オムライス」
「教えていただけるのですね」

 パッと明るい笑顔を見せるマシュ嬢。そのコロコロ変わる表情に私は笑いそうになった。

「かなり自己流だけどね。でも立香は美味しいって」
「すぐに行きますね」

 パタパタと部屋へ向かう彼女を見て、こらえていた笑いが口元から漏れた。



 マシュ嬢の料理の手際はとてもよく、私が教えたことをすぐに覚えてしまった。基礎がきちんとできているのだ。瞬く間にオムライスが四つ完成した。

 そしてちょうどテーブルに並べているころ、夫と立香が起きてきた。示し合わせたんじゃないかというくらいに行動タイミングが同じなのは親子だからか。

「これ、マシュが作ったの?」
「はい。手伝ってもらってばかりでしたけど」
「ありがとう。頑張ったね」
「はうう……」

 ねぎらいの言葉と共に立香がマシュ嬢の頭を撫でる。あっという間に彼女の顔が耳まで赤くなり、会話を続けようとしていた口からは熱い吐息しか出てこなくなる。こやつら、朝からいちゃつきおってからに。

「早く食べなさい。マシュさんが頑張って作ったんだから、冷めたらもったいない」
「はーい」

 皆で席についてオムライスを食べ始めると、立香は一口食べて真っ先に「おいしいよ、マシュ」と声をかけた。途端にマシュ嬢の顔が明るくなる。もう嬉しくて嬉しくてしょうがないという風に。

 息子はいつの間にここまでタラシになってしまったのだろう。これが計算でなく天然だとしたらえらいこっちゃ。

「立香、今日はどっか行くのか」うまいうまいとオムライスを口に運びながら夫が訊く。
「んー。京都で遊んだし、せっかくだからゴロゴロしてようかなって」
「芸者綺麗だったか」
「うん。でも振袖姿のマシュが綺麗でさ」
「ほほう」
「これ、写真」

 立香が腕を伸ばしてスマートフォンの画面を見せてくる。

 品のある紫に花柄をあしらった振袖、紅色の帯、何かの花を模ったピンクの髪飾り。それらを身に纏い微笑むマシュ嬢が写っていた。

「ね、美人でしょ?」ニヤリとした笑顔で立香。「レンタルのお店の人もすごい褒めてたよ。こんな綺麗で華やかな人はそうそういない、って」
「もう、先輩ったら」
「本当に綺麗だと思うけど。私も」二人だけの世界に入ろうとするのを上手いこと食い止める私。「良い花飾りね、何の花?」
「シクラメンです。その花、好きなんです」
「うん、綺麗だと思う。マシュさんに良く似合ってる」

 私の賛辞を受けて、二人は同じように喜んだ。

 シクラメンは地中海の花ゆえ、振袖に添えるのは珍しいと思ったけれど、彼女の可愛らしさには合っている気がした。恥ずかしさと嬉しさで真っ赤になってうつむいてしまうところも似ていた。

 二人はこの花が好きなんだろうか、漠然とした疑問を考えながら私はオムライスを食べていた。

 むう、私のより美味しい。ムシャムシャする。



「二条城でウグイス張りの廊下を歩いたのですが、あれは素晴らしいセキュリティシステムです。ぜひカルデアにも採用すべきだと思いました」
「なに、侵入者でも多いの?」
「いえ、先輩の部屋へ頻繁に夜這いを仕掛ける女性が何人かいるので、それの対策です」
「なんでそんなにモテるの、うちの息子。見境なしに手を出してるとかそういうの?」
「先輩は、大変魅力のある方なんです」照れるようにマシュ嬢は言った。「その人の過去に関係なく、誰にでも分け隔てなく接しているので、惹かれる方が多いんです」

 朝食の後片付けをしながら私とマシュ嬢の会話は続く。彼女が洗った食器を私が戸棚へしまいこむ。

「マシュさんも大変ね。ライバルが多くて。女の戦い」
「その言い方は語弊があります。一部男性も参戦しているので」
「なにそれ怖い」

 モテすぎだろ、と私は息子の貞操が心配になった。
 食後、居間のソファーでテレビを観賞しながらくつろいでいるのが見えるが、もしかしたら久方ぶりの安らぎを得ているのかもしれない。

「じゃあ、マシュさんにとって、立香はどんな人?」

 流れに乗じて、私はずっと訊きたかった質問を彼女に投げ掛けた。息子のどこを好きになったのか、どこが嫌いか、なぜあの子を選んだのか、これである程度分かるはずだ。

 せいぜい『私の王子様』とか『運命の人』という答えだろうと私は予測していたのだが、数瞬間後にマシュ嬢から出たのは意外な言葉だった。

「私に色彩をくれた人、です」

 しきさい? 思わず聞き返した私にマシュ嬢は皿を洗う手を止め、こちらに向き直った。

「私の人生に、生きる価値を与えてくれたんです。先輩は」マシュ嬢は優しい表情で自身の胸に手を当てた。「先輩のおかげで、私はこうして生きている」
「命の恩人、ってわけでもなさそうね」
「……今からするお話、内緒にしていただけますか?」

 あまり大っぴらにする話でもないので。そう言われて居間にいる息子と夫を見やる。息子はテレビを見ていて、夫はテーブルを挟んだ反対側のソファーで新聞を読みながら息子に何か話している。仕事はどうだとか、ちゃんと毎日食べているか、とか。こちらのことは眼中にないようだった。

 問題ないよと視線で答えると、彼女は小さな声で話し始めた。

「……私、少し前まで医療施設から出られない身体だったんです。十四歳までは無菌室暮らしで、十六になっても青空さえ見たことがありませんでした」

 それは、と私はいきなり言葉に詰まってしまった。
 重い話というのもあったけれど、昨日から元気な姿を見せる彼女にそのような過去は似つかわしくなかったからだ。青空を見たことがなかった、だって?

「あの子が、そこから救ったというの?」
「私が一度死にかけた時、先輩が駆けつけて、手を握ってくれたんです」

 私の容態が急変してしまって、と彼女は付け加えた。

「命の終わりを目前に控えて、私は少し、怖かった。もう残された時間で何もできない。空の色さえ知ることもできず、ここで死ぬんだと」

 彼女は自分の右手を見つめて、少し黙った。
 私は身震いした。彼女の口振りにはかすかだがその時の恐怖らしきものが混じっていて、それが実際にあったことだと示唆していたのだ。
 わずかな沈黙の後に彼女はまた口を開く。

「そんなことさえ考えていた私の手を、先輩はずっと握っていてくれました。先輩の手は温かくて優しくて、私が抱いていた死の恐怖を和らげてくれたんです」

 死の恐怖を和らげてくれる温もり。その感触を思い出しているのか彼女の口角が上がる。

「──私はこの人のために、私ができることをしたい。そう思って私はそれを乗り越えました。医療施設の中で孤独しか味わってこなかった私の人生に、初めて生き甲斐というものができたんです」

 彼のために生きたい、と。

「そのあと、たくさんの人々に支えられて私は回復しました。気づいたら以前より強くなっていたんです」

 マシュ嬢の瞳が立香に向けられる。彼の目は相変わらずテレビに向けられていたけれど、彼女はその光景さえも愛おしそうに見つめていた。

「それで外へ出られる身体になった時に、先輩は私の手を引いて外に連れ出して、空を見せてくれたんです。自分の生きる世界の、青い青い綺麗な空を。あの時の気持ちは、一生忘れられません」

 そっか、と私は答えが得られたことに満足していた。「モノクロだったあなたの世界に色彩を与えたのが、立香だったのね。おまけに綺麗な青空をプレゼントしてくれた、と」
「はい」
「そりゃ惚れない方がおかしい」

 うふふ、とマシュ嬢の笑いがこぼれる。

「でも私はまだ、その『惚れる』という感情が分からないんです。先輩が他の女性と話しているとモヤモヤしたり、先輩といるとドキドキするというのはあるのですが、それが先輩への恋なのかと訊かれると、わからない」
「実感がない?」
「そうです。経験が絶対的に不足していて、これが恋愛だという実感がないんです。先輩は私に『好き』と言ってくれたのに」
「そのことは立香には?」

 伝えました、と少し申し訳なさそうに彼女は答えた。

「私がそれを実感できるようになるまで待っている、と。無理強いはしない、とも」
「だから結婚はまだ決めていない、って言っていたのね。こんなに仲が良くて、ずっと一緒にいるって言いきったのに、おかしいと思った」
「すみません、私のせいで」
「あなたは悪くなんてない。立香が決めたことなんだから」小さく縮こまってしまいそうな彼女の頭に私は手を置いた。「いつか、わかるようになる。焦らなくても大丈夫」
「ありがとう、ございます」
「孫を産むのはまだ良いから、あなたの気持ちを確かめなさい」

 孫、と聞いてマシュ嬢の顔が赤くなる。反応から察するに彼女も一端の性教育を受けているのだろう。ささやくような声で訊いてきた。「お孫さんの顔、早く見たいですか?」
「見たいわよそりゃ。見るまでは死ねない。でもそれで貴女が無理することはないから」
「はい……」

 マシュ嬢はそれだけ言うと皿洗いを再開した。顔がまだ赤いのは立香と『そういうことをする』のを想像してしまったからだろう。彼女にはまだ刺激が強すぎた。

 私も同じく作業へと戻り、──彼女から隠れるようにして目頭を押さえた。

 マシュという少女の過去を聞いても、私はあまり同情しなかった。彼女より不幸な人間など世界中にいる。

 逆に、眩しいと感じていた。彼女の人生に煌めく色彩を。
 ことあるごとに目を輝かせていたのは、その目に映る全てのものが彼女にとっては新鮮だったからだ。


 立香の話した思い出は、何よりも素晴らしい冒険譚で。

 立香が食べてきたという料理の味は、どんな御馳走よりも美味しくて。

 立香が差し出した手は、女神様ですら及ばないほど優しくて。

 立香に連れられて見たという青い青い空は、世界一美しいに違いなくて。


 私は鮮やかな彼女の人生を、うらやましく思ってしまった。
 そんな輝きのある命なんて、私には眩しすぎる。





 その日、私はハンバーグとカレーのレシピをマシュ嬢に教え込み、彼女はそれらを昼食と夕食でほぼ完璧に作り上げてみせた。立香と夫にも好評だった。

 むろん、私は実践させた三種類以外にも料理のレシピを伝授していた。あとは、彼女自身がうまくやってくれるだろう。

 これで立香も安心だな、と夫は夕食後に上機嫌で酒を飲み始めた。立香とマシュ嬢にもワインを勧めたが、未成年だからと二人は断った。

 酒の代わりにと思って、私はマシュ嬢に大きな菓子箱を手渡した。

「これは?」
「チョコレート。マシュさんが今日頑張ったから、ご褒美」
「でもこれ、高そうなのに、いただいてよろしいのですか?」
「いいの。全部食べなさい」
「先輩と、一緒に食べても?」
「もちろん」

 ありがとうございます、と彼女は礼を言って、すぐさま立香のところへ直行していった。
 確かに料理を一生懸命覚えた彼女への褒美としての意味合いはあったけれど、私にとってそれはあくまでおまけであった。あれだけの過去を伝えてくれた彼女への返礼だ。

 立香と一緒にチョコレートを食べるくらいの幸せしか提供できないけれども、それでも無いよりはマシだ。私はそう考えて自身を納得させていた。



 そして私はこの時、自身が犯した過ちに気づいていなかった。



 それはマシュ嬢と立香がチョコレートを食べ始めて二十分ほど経ってから起きた。私は夕食の片付けも終えて、昼間に入れた洗濯物を畳もうとしていた。


「せんぱいは、私の下着姿を見るのが嫌なんですか?」

 やけに艶っぽい声が耳に届いた。なんだ今の。

「こんなに熱いんですよ、私のここ。せんぱいが冷ましてくれないと、私困っちゃいます」
「落ち着いて、マシュ。ほら、いい子いい子」
「ん、はぁ……。せんぱいの手、気持ちいいです。あ、んっ」
「痛かった?」
「いえ、気持ちよくて。ふふっ……」

 なにしてんのあんた。私は居間のソファに座る立香たちに近寄った。

「ごめん、この状況どうしたらいいのかな、母さん」

 そう尋ねる立香の胸にはマシュ嬢がしなだれかかり、とろんとした目で彼を見ていた。

「んう。せんぱい。もっとなでなでしてくれないんですか?」
「ああ、ごめんね。よしよし」

 さっきからマシュの様子がおかしいんだ、と立香は彼女の頭を撫でながら報告する。「このチョコレート、中身何?」

 私はとっさに、テーブルの上に残されたチョコレートの箱を持ち上げて裏側の成分表示を見た。

「ああ、ごめん。これリキュール入りだった」
「やっぱり」
「マシュさん、下戸なの?」
「下戸ってのもあるけど、うっかりこうなると手が付けられなくて。俺はデンジャラス・ビーストって呼んでる」

 デンジャラス・ビースト。声に出して読みたい言葉にランクインしそうなフィット感があった。
 立香が私と話していて己にかまってくれないことに業を煮やしたのか、マシュ嬢が行動に出た。

「もう、せんぱいがよしよししてくれないなら、私がしちゃいます」

 えい、とマシュ嬢は立香の頭を自身の胸へと引き寄せ、がっちりと右腕でホールドした。彼の顔面がもろに豊満なバストへと押し付けられる。

「あああ、マシュ待って、これやばい、すごくやばい、無理無理無理」
「先輩、そこで話されるとくすぐったいです。あんっ」
「あのね、理性がね、四散しそうなの。だからお願い。あと息が、できない」

 いーやーでーすー、と言いながら彼女は立香の頭をなでなでし続ける。あまりの光景に直視できなくなって向かい側のソファーを見ると、夫が酔いつぶれて寝ていた。これは幸運なことだったので私は少し安心した。

「っ……せんぱい、あああっ、んう。もう、暴れないでください」
「二人きりの、時ならともかく、親の前でこんなこと、できないから」

 だから離して、そう訴える立香。至極まっとうな言い分であったのだが私には猛烈に嫌な予感のする訴えであった。そういえば、あの時私は彼女になんと言った?

「んー?」

 焦点の揺らぐ彼女の瞳がゆっくりとこちらへ向けられる。狩る者の目。私はとっさにそう思ったが、逃げる余裕などありそうになかった。

「確か、お孫さんの顔が見たいんでしたよね?」

 にへら、と笑う彼女の顔が私にはある種の死刑宣告に感じられた。正確には息子に下された死刑宣告と言えなくもないのだが。

「せーんぱい」マシュ嬢はサキュバスも真っ青の甘い声色で彼に告げる。「子作りしましょう」

 獣だ。私は戦慄した。理性では彼への好意というものを実感できていなくても、本能はすでに彼との生殖を望んでいるのだ。私はそんな彼女の情欲を目覚めさせてしまった。恐るべき色欲の獣を。

「だめだよ、そんな」立香は明らかに気が動転していたが、それでも彼なりの理由を説いていた。「俺もマシュも、未成年で」
「未成年でも、もう産める身体です。私はせんぱいの赤ちゃんを産みたいです」
「いや、でも。ううう」
「せんぱいは、私を孕ませたくないんですか?」
「孕ませたい。──いや待って、違うんだこれは」

 死刑台の前でわめく囚人のように立香は抵抗を続ける。彼の中で暴れまわる獣を抑え込んでいるのは、マシュ嬢への思いやりだ。好きという感情すら実感できていない純粋な少女を酔った勢いで犯すなど、彼の優しさは許していないのだ。

 私はそれを助けることができなかった。どこか、まどろっこしいからやってしまえ、という欲望が息子への助け舟を阻害していた。

 手をこまねいている間に、彼女は立香の優しさをぶち殺す行動に出た。ホールドしていた彼の頭を開放し、彼が離れようとする寸前にその顔を両の手で挟み込んで自らの顔の間近へ持ってくる。

「あ、あ、マシュ、マシュ、マシュ……!」

 すでに息子の息遣いは荒かったし、顔は紅潮して目の焦点も合っていない。豊満なバストで呼吸が阻害され、酸欠で意識が朦朧とし、彼の理性が決壊寸前になっていることが読み取れた。生来頑丈な彼の理性も酒入りチョコのせいで脆くなっている。もうこれ以上は自身の獣を抑えきれない。

 そんな立香の理性にトドメを刺すべく、彼女は彼の耳元に唇をよせ、ささやいた。


「わたしとひとつになりましょう、せんぱい」

 それがまさしく殺し文句となって立香の理性と優しさにギロチンの刃を落としたのが私にはわかった。彼の抵抗が完全に止まる。

 マシュ嬢が手を放すと、彼はゆっくりと立ち上がって、彼女の手を引いて歩きだす。

「立香?」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 壊れたように言葉を繰り返す息子を見て、もうこれ全然大丈夫じゃないなと私は悟った。

「避妊はしときなさい」

 マシュ嬢を連れて自身の部屋へ向かう立香に、いちおうの警告だけはかけてやった。獣に避妊を説いたところで無駄だとは知っていても、それくらいの言葉をくれてやることはできた。

 二人がリビングのドアを閉めて去っていったのを確認すると、私は深い深いため息をついた。

 なんかもう、ごめんなさい、と。