色彩の花嫁   作:スカイリィ
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プロローグ

 不思議な夢を見た。

 たくさんの怪物の群れと、それに戦いを挑む人々の夢。

 怪物達は一様に気持ち悪い姿をしていて、人間を滅ぼそうとしていることが一目でわかるほど悪意に満ちていた。

 それに立ち向かう人々の姿は、あきれ返るほどに統一感がなかった。

 騎士、侍、勇者。
 王様、皇帝、神様。
 科学者、作家、音楽家。
 鬼、殺人鬼、吸血鬼。
 海賊、聖人、魔法使い。

 時代も国もまるで違うような人達が、団結して怪物達を薙ぎ倒していく。己が磨いた技を怪物にぶつけ、数に勝る相手に知恵で立ち向かう。逆に倒されていく人もいたけれど、再び立ち上がって戦っていく。軍勢と呼ぶにはあまりに統一感の無い装いと無茶苦茶な戦いぶりにはむしろ清々しさを覚える。

 そして百人を超えるかという戦士達の中心には、見覚えのある一人の男の子がいた。

 私の息子だった。

 戦士達のように卓越した技も知恵もない息子は、傷だらけになって、ボロボロになって、倒れて、それでも必ず立ち上がって怪物へと向かっていった。それで再び倒れることになっても、あきらめようとはしていなかった。

 不思議と周りの戦士達は息子を疎んじてはいなかった。むしろそんな息子を慕っていた。
 彼のために力を尽くせ、頑張れ、と檄の声も飛ぶ。みんなが彼を支え、守っていた。

 私も「がんばれ」と届かなくてもエールを送っていた。あなたならできる、あきらめないで、と。どんなに無茶でも、親として息子の頑張りを否定なんてできるはずがなかった。私は傷だらけになっていく息子から目を逸らさなかった。


 やがて、息子を支える者達が入れ代わり立ち代わり変わっていく中で、ただ一人だけが変わらず傍にいることに私は気づいた。

 それは息子と同じ年頃の女の子だった。鎧を着込み、大きな盾を構えて、息子に向かう脅威を打ち払っていく。

 私はその女の子を知らない。けれども周りの戦士達と同じく息子のために傷だらけになって戦っていたのは判った。

 優しそうな娘だった。でも同時に怖がりで、戦うことが嫌いであることも察しがついた。命のやり取りなぞ怖くて怖くて、今にも足がすくんでしまいそう。

 どうしてそこまで頑張るの。私は率直にそう思ったが、戦う彼女の表情を見て、その疑問はたちどころに氷解した。

 傍らの男の子がいるから、怖くても立ち上がれる。彼女の顔はそう物語っていた。

 彼女もまた──いや、その場にいる誰よりも──息子のために勇気を振り絞って戦っていたのだ。


 私には、ただの普通の女の子にしか見えなかったのに。







 夢の余韻に浸れるほど月曜の朝に余裕などない。
 起きて着替えて、朝食の支度へと向かおうとする私の背中に、起きたばかりの夫が「おはよう」と声をかける。

「おはよう」私は少しぶっきらぼうに返した。いつものことだったし、何より今は時間が惜しい。


 本日のメニューはご飯と、ワカメと玉ねぎの味噌汁、昨日作った肉じゃがの残り、漬物、目玉焼き。

 それらを手早く作り上げ、皿にのせてダイニングのテーブルへ運んでいく。ちょうど夫が髭剃りと着替えを終えてやってきたところだった。私もエプロンを外して椅子に座る。

「いただきます」

 いつものようにテレビを見ながらの朝食。夫とも少しだけしゃべる。ここ最近は「人類空白の一年」という話題でほとんどの番組が持ちきりだった。曰く「地球上のすべての知性活動が丸々一年間停止していた」のだという。

 人類は地球が静止したことに気づくことすらできなかったそうだ。ではどうしてそれが分かったのかといえば、惑星だ。人類が止まっても火星とか金星は動いている。それの位置が、一年分先にズレていたのだ。

 彗星のガスで人類全員の精神思考が止められていたとか、コンピュータの盛大なバグだとか、あるいは地球全体がタイムスリップしたのだとか。番組のコメンテーターたちは様々な憶測を吐き出していたが、どれも納得のいく答えは出てこない。

 しかし一般庶民の生活にはそれほど影響がなかった。新しいカレンダーを買えばそれだけで済んだ。

 だからこうして普通の朝食をとることができる。大事にならなくてよかった、と思う。

 そうして番組が変わるころ合いになると、夫が席を立って「行ってきます」と言った。

「いってらっしゃい」

 今日は会議があるとかで少し遅くなるそうだ。私はその背中をチラリと見てから朝食を口に運ぶ。時間がなかったのか、夫が少しだけ残した漬物にも箸をのばす。

 天気予報では今日からしばらく快晴が続くらしいと告げていた。私は内心でガッツポーズをする。買い物は楽だし、洗濯物が干せる。窓を開けて換気ができる。布団を干せる。良いことづくめだ。

「ごちそうさま」

 手早く皿をキッチンに運んでから、今度は洗濯機に朝脱いだ服を突っ込んでいく。昨日脱いだ分もだ。それで洗濯機のスイッチを入れてから、再びキッチンへ戻って皿と使った料理道具を洗って片づける。

 皿洗いが終わったところで洗濯機が停止のアラームを鳴らした。ぴったりのタイミングだった。

 洗濯籠に全部突っ込んで、二階のベランダへ運び上げる。水を吸った洗濯物は重いが、これでかなり筋肉がついた。

 ベランダに洗濯物を干していく。良い天気だ。お昼には乾くだろう。それまでに掃除でもしておこうかと考える。お昼は久々に出前でも取ってみようか。うどん食べたい。



 洗濯物を吊るし終わって、ふう、とため息が漏れる。今朝の夢を思い出した。夢の中とはいえ、息子の顔を見れたことはうれしかった。

 息子は、元気にしているだろうか。

 高校卒業と同時に海外へ行ってしまった一人息子。なぜ大学に行かないんだ、と夫は猛反対していたけれど、私は心配しながらも送り出してあげた。
 確か、カルデアとかいう国際機関の人員募集に応募したのだとか。英語はできる息子だったから言葉には苦労していないだろう。

「大学なんて後でいくらでも行ける。男の子は人生一度くらい外の世界を見てきた方がいい。病気と事故には気を付けてね」

 私はそれだけ言って息子を送り出した。あの後は音信不通だった。息子が海外へ行った後すぐに人類停止とやらが発生してしまったせいで混乱しているのかもしれない。海外で日本人の少年が死んだというニュースもないから、まあうまくやっているのだろう。

 どこで働き、どんな仕事をして、どんな仲間がいるのかもわからない。それでも不思議と心配する気は起きなかった。世界の荒波に揉まれ、たくましくなって帰ってくるという妙な確信が胸の中にあった。

 それでも寂しくないと言えば嘘になる。十八年間育て上げた息子と離れ離れになるのは、やっぱり心苦しいものがある。

 メールでも送ってみようか。元気ですか、とでも。

 ベランダの手すりに寄り掛かった私はスマートフォンを取り出すと、ぎこちない動きで起動させる。少し前に買い換えたのだが、慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。若いころはすぐに新しいものを覚えられたのに、こういうところで歳を感じてしまうのは何だか嫌だった。

 メールフォルダを開き、文面を考える。元気ですか、仕事はうまくいっていますか? でいいだろう。

 新規作成をタップしようとしたところで、メールが受信されたことを示すバイブレーションと音が鳴った。ちょっとびっくりしてスマートフォンを落としそうになるが、こらえる。誰だ。新着メールの覧を見ると、そこには見慣れた名前が載っていた。

 息子からのメールだった。なんというタイミング。やはり親子か。

 件名は「帰省します」だった。

 それを見たとたん、私は驚くと同時に笑顔を浮かべた。今朝の夢はその予兆だったか。こういうこともあるのか。第六感という奴だろうと人知れずに舞い上がった。

「明日の火曜日に関西国際空港へ行って、そこから京都観光をしてきます。家には金曜日につきます。月曜日には日本から出ます」

 一週間の予定がそう記載されていた。一週間も休暇をとれるというのは良いことだが、京都観光?

 なぜ京都へ先に行くのか、という私の疑問に対する回答は書かれていなかった。

 代わりにその疑問を吹き飛ばす文章が私の目を引いた。

「紹介したい人がいるので、一緒に連れていきます」

 私は思わず目を見開いて、気づいた時には返信ボタンをタップしていた。まさか、まさか、と。

「その人の写真はありますか? あったら送ってください」

 慣れない手つきで文面を打ち込み、素早く送信ボタンを押す。手が震えているのが分かった。紹介したいといって連れてくるからには、女性関係だ。おそらくはめでたいことであるはずなのに、私の心臓は早鐘を打ち鳴らしていた。あの夢は、まさか。

 きっと数分程度の時間だったろう。それでも私には数時間ほどに感じられた。その間に洗濯籠は部屋に突っ込んでおいて、ベランダには風に揺れる洗濯物と私だけになった。

 返信が、きた。震える手つきでメールを開く。件名は「この子」だった。

「名前はマシュ・キリエライト。日本語しゃべれるし、箸も使えるから安心して」

 そんな文面なんかどうでもいいとばかりに私は添付された写真に目を通していた。

 画像には二人の人物が写っていた。一人は息子で、もう一人は外国人の少女だった。二人は自撮りしたように肩を寄せ合い、微笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 ピンクブロンドのショートヘアー。黒縁の眼鏡に、雪のように美しい肌をした白人だ。息子と同じ年頃の、可愛らしい少女。頬を染め、息子に寄り添っている。

 私はごくりと喉を鳴らした。予知夢なんて信じない部類だが、この一致には運命とやらを感じられずにはいられなかった。

 私はこの娘を知っている。

 彼女は夢で見たあの女の子と、瓜二つだった。