無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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4話 『幸せな悪夢』

 

 

 

 手が、震える。

 現実を受け入れることが出来ず、思わず込み上げた吐瀉物を吐き出す。

 全部、覚えていた。

 自分が何をしてしまったのか、全部だ。

 

 ルーデウス・グレイラットは薄暗い森の中で、1人焚き火を囲んでいた。

 けれどその顔に血色はなく、今にも折れてしまいそうな程に弱々しい姿となっていた。

 眠ることも出来ず、燃える炎を虚ろに見つめる。

 

「オエッ、オエェェェ」

 

 再び吐瀉物を吐き出し、漠然としたまま状況を整理していく。

 

「何で……何でこんなことに……」

 

 脳裏にこびりつくのは、大切な人たちの姿。

 そう、覚えているのだ。

 用意された魔石病のネズミを使い、シルフィエットとロキシーのご飯に病原菌を混ぜ込んでしまったこと。

 背中を預けてくれたパウロへと向けて岩砲弾を放ってしまったこと。

 驚いているクリフの腹部に剣を突き刺し、魔術で燃やしてしまったこと。

 全部、覚えている。

 

「あ、ああ……ああぁぁぁぁぁ……!!」

 

 自分のしてしまったことに絶望し、嗚咽と叫びが溢れ出てしまう。

 彼らの、彼女たちの表情が何度も脳裏をよぎる。

 信じてくれていたのに、その信頼を裏切ってしまった。

 闘神たちの援護をしてリベラルも追い込んでしまった。

 

 夢であって欲しかった。

 実はビタが見せている悪夢なんじゃないかと、現実を否定する。

 けれど、いつまで経っても夢は醒めない。

 クリフに突き刺した剣の感触が、ずっと手に残っていた。

 

「パウロ……クリフ……うぅ……俺は……!」

 

 どうしてこうなってしまったのか。

 こうなるまで順調に全てが経過していたのに、唐突に全てが壊されてしまった。

 その原因に気付くことも、そして周りに伝えることも出来なかった自分の情けなさに嘆いてしまう。

 

 こうなってしまった原因は……分かっている。

 ヒトガミだ。

 あのモザイク野郎が全て指示したのだと、全部分かっている。

 けれど、分かっているけれど。

 それでもヒトガミ以上に許せない存在がいた。

 

 

「ビタ……殺す……絶対に殺してやる……!!」

 

 

 ヒトガミの指示だったとしても、その一線を超えたのは冥王ビタだ。

 この身体で周りに被害を振り撒いたことが、何もよりも許しがたい行為だった。

 信頼を裏切られた時の皆の表情が、鮮明に記憶に刻み付いている。

 湧き出した怒りは、再び絶望にのまれゆく。

 

 パウロとクリフだけじゃない。

 今もずっと臥せてるであろう愛しい2人の姿も脳裏に浮かび上がる。

 そしてそこで、ハッとしたかのように思い出す。

 

「そうだ……シルフィとロキシーを……助けないと……」

 

 元々は2人を助けるためにミリシオンに向かっていたのだ。

 冥王ビタに恨みはあるが、今はその怒りを堪えなくてはならない。

 パウロとクリフを失ったけれど、2人を助けなければ何のためにミリシオンに向かったのか分からなくなる。

 幸いにも、リベラルから神級魔術を入手する際の注意点は聞いているのだ。

 まだ、何とか間に合うと。

 この絶望を乗り越えるには、そう信じるしかなかった。

 

 ヨロヨロと立ち上がったルーデウスは、僅かな希望に縋り歩いていく。

 けれど、すぐに思い知ることになるだろう。

 それが儚い希望でしかないことを。

 更なる絶望が待ち受けていることを、今はまだ知らない。

 

 

――――

 

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 思わず飛び起きてしまう。

 目を開けた瞬間、私は大量の汗を流していた。

 最近の稽古でも、これほどの汗を流したことはなかった。

 とんでもない悪夢を見たのかも知れない。

 未だ動悸のする胸を抑えながら、私は辺りに目を向ける。

 

「あれ……何か忘れているような……」

 

 山積みになった本。

 申し訳程度に整えられている家具。

 ここは龍鳴山にある、私の部屋だ。

 そう、私の部屋……の筈だ。

 悪夢を見たせいか、いまいち意識がハッキリしていない。

 一度身体を伸ばした私は、ベットから出て立ち上がる。

 そして、そのまま扉の先へと向かう。

 

 扉の先では、金髪の縦ロールをした女の子がせっせと片付けをしていた。

 やがてこちらに気付いた彼女は、パァッと笑顔を見せて口を開いた。

 

「あっ! リベラル様! おはようございます!」

「ああ、おはようございますエリナリーゼ」

 

 そうだ、彼女はエリナリーゼだ。

 魔龍王ラプラスが拾ってきた少女。

 私の大切な家族である義妹。

 

 けれどエリナリーゼはキョトンとした様子で首を傾げていた。

 

「もう、何言ってるんですか! 私はロステリーナですよ!」

「あ、あれ、そうでしたっけ……?」

「そうです! 名前を忘れるなんて酷いです!」

「すみません、ちょっと寝ぼけていたみたいです」

「もう、しっかりしてくださいよ!」

 

 ロステリーナは将来エリナリーゼになるのだが、今はまだ違うのだ。

 ぷりぷり怒る彼女を見つめつつ、今度こそ記憶を失わせないように立ち回りたいな、と考える。

 いや、何かおかしいな。

 まだその時は来てないのに、今度こそという言い回しはおかしいだろう。

 どうやら私はまだ寝ぼけているらしい。

 そう思いつつ、居間へと向かう。

 

 居間では1人の少女が本を読みながらカップに手を伸ばしていた。

 黒い髪をした日本人らしい顔つきをした少女だ。

 何でここにいるんだろう?

 そんな違和感を感じたものの、私は彼女にも挨拶する。

 

「おはようございます静香」

「おはようリベラル。……凄い汗かいてるけど大丈夫?」

「大丈夫ですよ。それより何を読んでるんですか?」

「貴方が書いた転移理論よ」

 

 ナナホシはペラペラと本をめくりつつ答えた。

 その本は私が前世の知識を持ってして作り上げた本だ。

 既に私自身が転移を行い、効果を証明することが出来ている。

 

 後は彼女を帰すだけなのだが……何でまだ帰してないんだっけ?

 よく分からないけど思い出せない。

 まあ、いいか。

 静香に作ってもらうことに意味があった筈なのだから。

 

「リベラル、起きているようだね」

「あ、お父様」

 

 別の扉から現れたラプラス。

 その姿を見た私は、昔の癖で少しだけ身構えてしまう。

 稽古と称してずっとしごかれていたため、身体が覚えてしまったようだ。

 不思議そうな表情を浮かべつつ、彼は首を傾げていた。

 

「おや、リベラル……泣いているかい?」

「――え?」

 

 彼の言葉に反応し、顔を触ると確かに涙で濡れていた。

 別に泣くようなことなどなかった筈なのだが、止めることが出来なかった。

 

「あ、あれ……? すみません、何か止まらないです」

「リベラル様、大丈夫ですか!?」

「一体どうしたのよ」

「ああ、大丈夫です。大丈夫ですから気にしなくていいですよ……」

 

 私がいきなり泣き出したため、心配そうな表情を見せる2人に返事しつつ、袖で拭いながら涙を無理やり止める。

 けど、どうしてだろう。

 お父様の顔を見ただけでなくなんておかしい。

 分からないけど、とても安心したのだ。

 そんな感情を抑えることが出来ず、涙がまだ溢れ出ている。

 

 それからしばらく皆は黙って待ってくれた。

 私も何とか落ち着くことが出来たため、ようやく顔を上げることが出来る。

 涙で目の周りが赤くなってしまったが、時間が経てば治まるので気にはしなかった。

 

「落ち着いたかい?」

「……ええ、何とか」

 

 優しく語り掛けてきたラプラスに対し、私は返事をする。

 突然こんな姿を見せたというにも関わらず、彼は特に事情を聞いてきたりしなかった。

 私自身も何でなのか分かっていないため、それはとても助かった。

 

「それよりも、準備は出来ているかい?」

「第二次人魔大戦は既に始まっている。ヒトガミの企みを阻止するためには、暴走している魔王たちを止めなくてはならない」

「え、ああ……そういえばそうでしたね。明日には向かうんでしたっけ」

 

 あれ、そんな理由だったっけ?

 なんて思うが、確かに以前にそう言っていた気がする。

 戦争を止めるためにも、私は強くなったのだから。

 

「リベラル、君は既に十分な実力を身につけることが出来た。それこそ、私に匹敵するくらいにね」

「そうですかね……その割には無様な姿を見せてしまったと思いますけど」

「……? そんなことあったかい?」

「あれ? 前にボロ負けして……してませんでしたっけ?」

「そんな記憶はないけど……大丈夫かい?」

 

 不思議そうな表情を見せるラプラスに、私も首を傾げる。

 けど、彼がそう言う以上私の勘違いなのだろう。

 先ほどからどうにも頭が回っていない。

 こんな状態で戦場に立てば、アッサリ死んでしまうかも知れないんだ。

 しっかりしなきゃ。

 

「ともかく、明日には向かう。身体をしっかりと休め、備えておくように」

「分かりました」

 

 ラプラスの言葉に従い、今日はストレッチなど身体をほぐすことをメインにしていった。

 

 

――――

 

 

 グニャリと、景色が歪む

 

「――ハッ!?」

 

 気が付いた時、私は戦場にいた。

 辺りに怒声がこだまし、魔術が近くを飛び交う。

 どうやらこちらが優勢なようで、人族たちが撤退しようとしている魔族に追撃しているタイミングだった。

 

 それよりも、私はいつの間にここに来たのだろうか。

 龍鳴山からの記憶がすっぽ抜けており、いまいち状況が掴めない。

 知らない間に人族が優勢になってるし、援護する必要も感じられなかった。

 しかし、記憶が抜けているのは不味い。

 何らかの攻撃の影響が考えられるため、私はすぐさま遮蔽物に身を隠して怪我の有無を確認する。

 見たところ、特に外傷や魔術的な干渉は見られなかった。

 

「一体何が……」

「リベラル、ここにいたのかい?」

「お父様」

 

 タイミングよく現れたラプラスが、怪訝な表情を浮かべながら声を掛けてきた。

 

「戦況はどうなってますか?」

「見ての通りさ。追撃中だよ」

 

 まあ、それは分かってるんだけどさ。

 

「では、私たちもそろそろここから離れますか?」

 

 私たちは援軍というより、第三者の介入という形でこの場にやってきた。

 どこの指揮にも属していないため、勝ち戦に長々と付き合う必要もないだろう。

 戦場では敵味方の区別をつけにくいため、人族から攻撃される恐れもある。

 長居は不要なのだ。

 

 そう思ったのだが、ラプラスは首を横に振る。

 

「いや、私たちも追撃しよう」

「構わないですけど……いいんですか?」

「ああ、実は奴らがヒトガミを召喚するという情報を手に入れてね」

「ヒトガミを召喚……?」

 

 唐突な言葉に、私は思わず驚いてしまう。

 私の知る人魔大戦では、そのようなことはなかった筈だ。

 

「……そんなことが出来るのですか?」

「出来るかどうかは分からないけど、可能性が少しでもあるのならば止めないといけないからね」

「まあ、それもそうですか」

 

 もしかしたら、私が介入したことが原因かと考えてしまう。

 もしくは、元からそのような話があったけれど阻止されたか。

 どちらにせよ、その話を聞いた以上ラプラスの言う通り止めなくてはならないだろう。

 

「リベラル、私は今の話を詳しく調べてみる。君は追撃を頼んだよ」

「任せて下さい」

 

 そうしてこの場から離れていったラプラスを見送りつつ、私も行動に移る。

 追撃であるのならば、そこまで周囲の被害を考える必要もないだろう。

 私は帝級魔術を使用し、広範囲に影響を与えていく。

 神級魔術を使うことも考えたのだが、ただの追撃にそこまで過剰なものを使う必要もない。

 実際、帝級魔術でも過剰であり、逃げ惑う魔族たちが僅かな間に沢山死んでいった。

 反撃しようと騎士のような格好をしたものたちもいたが、巨大な地割れを発動することで、全員仲良く地の底へとダイブしていった。

 

「流石に抵抗はありますが……やはりぬるいですね」

 

 逃げ腰の相手からの攻撃は、大して怖くない。

 流れ弾が当たらないようにだけ気を付けつつ、私は更に魔術を発動していく。

 

 そうこうしていると、視界に城が映った。

 魔族たちはそこに逃げ込んでいく。

 同じ調子で魔術を放ったのだが、外壁の結界に弾かれてしまった。

 

「ふむ……」

 

 私は魔眼を開き、その結界を解析していく。

 ほんの数秒で解析し終わったため、魔力を込めた岩砲弾を一発だけ放つ。

 たったそれだけで、結界はアッサリと破壊されるのであった。

 

「さて、と……?」

 

 城門から影が向かい出る。

 黒い影のように見えたそれは段々と形作られていき、とある人物を作り出す。

 漆黒の肌に六本の腕。

 魔王バーディガーディだ。

 

 思わぬ形の登場に、私は思わずたじろいでしまう。

 気持ち悪い形で現れたこともそうなのだが、そんな影みたいな形で移動出来たことも驚きだ。

 バーディガーディの両隣には騎士のような格好をした不死魔族もいつの間にか控えており、いつでも前に出れる位置にいた。

 バーディガーディが口を開いた。

 

「銀緑よ! 何故ここまで徹底的に追撃するのだ!!」

「何故、と言われましても、それが私の役割だからです」

「この光景を見て何とも思わんのか?」

 

 バーディガーディの言葉に、私は周囲を見渡す。

 辺りはいつの間にか焼け野原になっており、目の前にあった城壁も既に半壊している。

 ここまでやった記憶はないのだが、一緒に追撃していた人族の軍勢は何故かいなくなっていた。

 ここには私とバーディガーディとその側近しかいなかったのだ。

 

「ふむ、状況はよく分かりませんが……貴方は倒さなければなりません」

 

 バーディガーディには恨みはないのだが、今回の戦争で闘神鎧を手にしてラプラスと相討ちになることを知っているのだ。

 今度こそラプラスを助けるために、この男はここで仕留めなくてはならない。

 ……ん? 何かおかしいな。

 バーディガーディとはこれが初対面の筈なのだが、妙な既視感を覚えている。

 

 ……まあ、いいか。

 さっさと片付けてしまおう。

 

 そんな私の空気を察したのか、側近たちが動こうとした。

 だけど、私の方がずっと早い。

 

「不死瑕北神流『不帰』」

 

 飛び出した2人を手刀で一閃。

 真っ二つとなり血吹雪が舞い散る。

 私はユラリとした歩法で血吹雪すら避けつつ、そのまま飛び上がった。

 

「『八双』」

 

 目の前にいたバーディガーディへと、踵落としを振り下ろした。

 彼はそれに反応すら出来ず、時が止まったかのようにその場に静止する。

 

「その太刀にて負わされし疵、不治なり」

 

 その言葉と同時に、バーディガーディは縦に真っ二つとなるのだった。

 倒れた彼は微動だにせず、血溜まりに沈んでいった。

 

 不死魔族であろうと死を与える技だ。

 バーディガーディが復活しないことは当然だった。

 けれど、何故だろう。

 私はどこか釈然としない気分だった。

 

「…………」

「フハハハハ! 隙あり!」

「!?」

 

 唐突に背後から現れたバーディガーディに、突進される。

 そのまま抱きつかれて押し倒されそうになるのだったが、私は何とか踏ん張った。

 普通に蘇っていることに衝撃を感じつつ、私は冷静に対処する。

 

「『鯨波』」

 

 衝撃と振動を与えることで、バーディガーディの動きが止まった。

 私はその隙に拘束から抜け出し、再び『不帰」によってバーディガーディの首をはね飛ばす。

 何言か呟きつつ地面に倒れたのだが、再びバーディガーディが別方向から現れる。

 それどころか、バーディガーディが3人いるのだった。

 

 流石の事態に、私は混乱を隠せない。

 分身出来るとは思わないし、もしかしたら影武者の可能性もある。

 しかし、ここまで似た人物を集められるのも驚きだ。

 とはいえ、バーディガーディの数が増えようとも私のやることは変わらない。

 ただ殲滅するのみだ。

 

「ハァ!!」

 

 何人ものバーディガーディを倒していく。

 倒すたびに新たなバーディガーディが現れ、こちらに立ち向かってくる。

 異常事態としか言えない状況だが、幸いにも彼の戦闘力はさほど高くなかった。

 むしろ、弱かった。

 まるで無双系のゲームのようになぎ倒していき、私は城の中に入り込む。

 そこでもバーディガーディしかいなかったのだが、特に強くもないので恐怖もない。

 

 だけど、なんだろう。

 何で私は大量発生しているバーディガーディを気にせず対処しているのだろう。

 この状況を普通に受け入れていることにも違和感を感じる。

 

 バーディガーディは様々だった。

 剣を使うのもいれば、魔術を使うのもいる。

 立ち向かうのもいれば、逃げ惑うのもいる。

 同じ存在なのに、随分と個性を感じる光景だった。

 

「…………?」

 

 その中で、妙に気になるのがいた。

 衝撃波を発生させるエストックと、バックラーを持ったバーディガーディがいた。

 一撃で倒したので既に死んでいるのだが、妙に心の片隅に引っ掛かるのだ。

 何か取り返しの付かないミスをしたかのような、そんな感覚。

 

 他にも似たような感覚を覚えるバーディガーディがいた。

 何故かメイド服を着ていたり、完全に無抵抗で話し掛けてくるのがいたり。

 だが、ここは戦場だ。

 そんな感覚がしても手を止める訳にいかない。

 

「終わったかい、リベラル」

「…………」

 

 いつの間にかその城は更地になっており、傍にラプラスがやって来ていた。

 何故か喪失感のあった私はその言葉に返事をしなかったが、それをラプラスは気にした様子も見せない。

 

「ヒトガミの復活についての情報は無事に入手出来たよ」

「そうですか」

「ああ。上空にて行われるらしい」

「上空……ですか?」

「見てみなさい」

 

 彼が空へと指をさす。

 その先を見ると、大量の魔族たちが空の彼方に集っているのが見えた。

 とても巨大な一丸となってこちらへとゆっくり向かってきている。

 目を凝らすと、巨大な岩を運んでいるようだった。

 

「……それは、止めないといけないですね」

「私も追従する。先行して欲しい」

「分かりました」

 

 その言葉と同時に、私は弾丸のように飛翔する。

 上空にいる魔族たちの群れに向かって一直線に進んでいった。

 やがてある程度近付いたところで、魔眼を再び開いて規模を正確に確認していく。

 

「……上空ですし、本気で魔術を放っても問題なさそうですね」

 

 そう、今までは周囲への被害を考え、控え目な魔術しか使うことが出来なかった。

 けれど、上空というこの場所ならば周囲への影響も緩和される。

 

 魔族の群れは非常に高度な結界を使用しており、恐らく神級結界が張られていることが推測出来た。

 生半可な魔術では突破することが出来ない。

 だから私は、ありったけの魔術を込めていった。

 

 ――奥の手を一発だけ使いましょうか。

 

「――――」

 

 準備に約30秒間。

 私の奥底にある『龍神の神玉』から徐々に力を寄せ集めていく。

 身体が、金色に輝いていく。

 私の身体に埋め込まれた神玉は、無の世界に行くことよりも、戦闘面に調整されたものだ。

 それを活用することによって――私は初代龍神の力を行使することが出来る。

 文字通り、神の力だ。

 その威力は、神級魔術すら上回るものである。

 

 金色の輝きはやがて指先へと集約されていく。

 眩い光は徐々に薄くなっていき、しかし強大な力の奔流によって大気が震える。

 

「――神の一撃をお見せしましょう」

 

 腕をゆっくりと上げ、指先で魔族たちを示す。

 その瞬間、私の指先より不可視の力が発せられ、魔族たちへと飛んだ。

 

 たった一撃。

 その一撃で、魔族の群れは全壊し、巨大な岩は墜落していった。

 

「いっちょ上がり、ですね」

 

 墜落していくその光景を眺めつつ、私もそこへと向かっていく。

 周囲にいた魔族たちは逃げ去っていったようだが、まだ残っているものもいる。

 

 そう考えた瞬間、私は身体をずらしつつ、貫手を放った。

 

 一瞬光ったかと思えば、目の前には貫手で貫かれたバーディガーディがそこにいた。

 私はそのまま心臓を握り潰し、引き抜く。

 それと同時に見えない波動が放たれていたのだが、『流』によって受け流して跳ね返す。

 波動を放った人物は吹き飛んでいき、そのまま頭が潰れるのだった。

 

「……血迷ったか、リベラル」

 

 奥から何人ものバーディガーディが再び姿を現し、こちらへと手を向ける。

 それと同時に視界が暗黒に包まれていく。

 けれど魔眼を開いている私には、相手の行動を正確に読み取ることが出来ていた。

 

「厄介な力を持っているようですね」

 

 暗黒に紛れ何人かが突進してきたが、狙いに気付いた私はすぐさま魔術による迎撃に切り換える。

 どうやらバトル漫画のような時間とダメージ変換能力を持つものがいるらしい。

 触れられた時点でかなり状況を引っくり返されないため、遠慮なく帝級魔術を放つ。

 何発もの魔術が殺到し、何人かは消滅したようだがまだ残っているものも多い。

 

 ここに来るまでの間に神級魔術を放つ準備はしていたため、一気に殲滅しようとしたのだが、急激に魔力が吸い取られてしまい発動することが出来なかった。

 辺りを見れば、暗黒に紛れながら私を挟むかのように2つの扉が顕現していたのだ。

 どうやら前龍門と同じように魔力を吸収するみたいだ。

 

「『呪罰(パニッシュ)』」

 

 これは古代魔族が扱っていた呪いに分類される魔術だ。

 効果は単純明快。

 自身の魔力を毒性だったり暴発するものに変換し、それを吸収させるだけである。

 結果、術者は血反吐を溢し、龍門が解除されるのであった。

 

 隙を作らせぬよう突撃してきたものもいるが、手刀を放つことで呆気なく消滅していく。

 が、捨て身で来た1人が首を飛ばされながら私にタッチした。

 その瞬間、私の動きは停滞し、徐々に停止していく。

 

 本当に時間を操るものがいるとは思わなかったが、すぐさま私は自身の状態を解析する。

 こう見えて時空間に関係する研究をずっとしていたのだ。

 停止しきる前にレジストし、私の時間は正常なものに戻すことが出来た。

 

 その間に攻撃を仕掛けられていたが、私は残像すら残さぬ速度で回避していく。

 そのまま反撃し、どんどん相手の数を減らす。

 それと共に、先ほど発動しようとしていた神級魔術の準備を終える。

 

「そろそろ終わらせましょうか――『黒天……」

 

 発動しようとしたのだが、バーディガーディが阻止しようもこちらに走り出していた。

 そしてそのまま――目の前で手を広げて立ち止まるのだった。

 突然の行動に、私は一瞬だけ呆けてしまう。

 が、それもほんの僅かの間だ。

 

 

 私は構わず神級魔術を発動した。

 

 

――――

 

 

 神級魔術の影響か、私の眼前は見渡す限り更地へと変貌していた。

 指向性を持たせて発動したため、私より後ろには何の影響もない。

 目の前だけに影響を与えることには成功した。

 とにかく、これで魔族やバーディガーディたちは塵も残さず消滅しただろう。

 もはやこの場にいるのは私だけなのだが、目標は達成したので良しとしよう。

 

 そして帰還しようとしたのだが、そこにラプラスがやってくるのだった。

 

「……随分と無茶をしたようだね」

 

 ラプラスは眼前の光景に唖然としながら、そう呟く。

 だが、神級魔術を扱えるラプラスも同じ光景を作り出せるだろう。

 

「まあ、魔力は相応に消耗しましたがまだ余力はありますよ」

「そうかい。それなら良かった」

「良かった? どういうことですか?」

 

 私の問いかけに、ラプラスは視線を遠方に向ける。

 私も釣られてそちらに視線を向ければ、その存在はいたのだ。

 

 

 のっぺりとした白い顔で、にこやかに笑っている。

 特徴は無い。

 こういう顔の部位だと認識すると、すぐに記憶から抜けていくような感覚。

 覚えることが出来ない。

 まるで全体にモザイクが掛かっているかのような印象。

 

 私はそいつを知っている。

 ――ヒトガミだ。

 

「どうやら龍神様の結界から抜け出したらしい」

「らしいって……不味くないですか」

「ああ、不味いね。だから、ここで止めなければならない」

 

 振り向いたラプラスは、私のことを信じているのか真っ直ぐな眼差しを向けた。

 

「リベラル……君の力を貸して欲しい」

「ハァ……分かりましたよ。30秒だけ時間を稼いで下さい」

「30秒?」

「出し惜しみはしません。切り札を使います」

 

 先ほどのように神の力を使っていいのだが、あれは消耗が激し過ぎるので何度も使うことが出来ない。

 戦闘中に何とか回復出来ればいいが、使うにしてもヒトガミの強さを見極めてからの方がいいだろう。

 それならば、私は私に出来る全力を出すのみだ。

 

「……分かった。何とか凌いでみよう」

「お願いします」

 

 ヒトガミへと向き合ったラプラスを傍目に、私は詠唱していくのだった。

 

 まるで夢のような違和感。

 夢だとしても構わない。

 私は今度こそ、父様も、ロステリーナも、静香も、みんなを守り切るのだ。

 大切な人たちを傷付けるのであれば、私はそれを滅するのみだ。

 

 

「……その龍はただ使命にのみ生きる。

内包した技術は伝えるためだけにあった。

 

 かの龍が嘆きしとき、解放されん。

 龍と魔に別れ、しかし思い知るだろう。

 使命を握りし龍が、いかなる思いで使命を奪われたかを!!

 

 最後に封印された龍。

 最も優しき瞳を持つ、銀緑鱗の龍将。

 魔龍王ラプラスの名を以って解放する。

 

 目覚めろ『龍之怒(ヴリトラ)』」

 

 

 そして――私は切り札を切るのだった。


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