無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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2話 『饗宴』

 

 

 

 当初の予定通り、ミリシオンにはルーデウスとパウロ、クリフとリベラルが向かうことになった。

 シーローンに関してはまだ時間に猶予があるため、1週間後に出発予定だ。そちらに関してはザノバとオルステッド、そしてサポートとしてペルギウスがいる。

 留守組に関しては、こちらも予定通り元親衛隊が護衛に当たってくれることになった。治癒魔術を使えるものもいるため、なるべくシルフィエットとロキシーの傍にいてもらう予定だ。

 

 荷作りを終え、早速出発することになった。

 今回は急ぐ旅である。

 装備も最低限だ。

 数日分の飲食物と金銭。

 クリフの体力が少ないため、馬を購入して向かう。

 

 昨日の時点でペルギウスには話は通してあるため、馬でも空中城塞に入ることに了承は貰っている。

 そのため、ラノアから馬で向かうことになった。

 

「クリフ先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、これくらい大丈夫だ」

 

 クリフは馬に乗った経験が少なかったため、予定より向かう速度は落ちた。

 と言っても誤差の範囲内だ。

 徒歩で行くより何倍も早いことに変わりない。

 彼は申し訳なさそうにしていたものの、その程度で怒るものもこの場にはいなかった。

 

「なぁリベラル。闘神と剣神がいるかも知れないって本当か?」

 

 道中で、パウロが困惑するかのようにそう尋ねてくる。

 彼女はそれに対し否定することなく、可能性について話すことにした。

 

「絶対ではありませんが、私はそう考えてます。シーローンの方にいることも考えましたが……ミリシオンにいると睨んでます」

 

 リベラルがそう思うのには、理由がある。

 かつてオルステッドは3人の使徒と同時に戦ったことがあるのだが、その時のメンバーが剣神、北神、魔王なのだ。

 それは別の世界線での話だが、失敗に終わった。

 であるのならば、彼よりも弱いリベラルを潰そうとするのが自然だろう。

 そのため、戦力をミリシオンに向けてくるのではないかと考えていた。

 

「闘神って、七大列強三位ですよね? 勝てるんですか?」

 

 額面通りに受け取るのであれば、オルステッドの次に強い存在である。

 ルーデウスが不安に思うのも仕方ないだろう。

 

「そうですね……私も全力で戦う必要があります。切り札を使いたいところですね」

「切り札?」

「……かつて初代龍神を止めるために戦いを挑んだ五龍将たちが使っていた変身魔術です」

 

 と言っても、ルーデウスたちには伝わらないだろう。

 リベラルは続けて説明していく。

 

「変身することで、身体能力を爆発的に向上させ、その身を鋼よりも硬化に変えます」

 

 彼女の話すそれは、文字通り圧倒的な火力を生み出す。

 身体は本来の三倍ほど大きくなり、鱗も分厚く、顔に至るまでびっしりと覆う。

 鼻と口が突き出し、後頭部から角が生え、まるでドラゴンのように変貌するものだ。

 体をより原始的なものへと変質させ、爆発的な力を得る。

 その代わり、己の寿命を大きく縮めることになる秘術。

 

 気軽に使えるものではない。

 発動にも準備時間がいるため、余裕がある訳でもないだろう。

 

「もしも闘神がいれば……1分間、いえ、30秒だけ時間を稼いでください。その間に準備を終えます」

「30秒……稼げますかね」

「大丈夫だルディ。オレもいるぞ」

 

 自信を感じさせる声色でそう告げたパウロだが、実際にリベラルも彼のことを頼りにしていた。

 パウロは水神流のレベルも高いため、時間を稼ぐとなればこれ以上ないほどに適任とも言えるのだ。

 北神流にもそういった時間稼ぎに関する技もあるため、30秒なら十分稼げると信じていた。

 

「ルディ様も、無理に戦おうとせずに時間稼ぎに徹して頂ければ大丈夫です」

「……というと?」

「泥沼のような妨害系の魔術を全力で使えば、凌げる筈です」

「なるほど」

 

 ルーデウスが扱うのは攻撃系の魔術だけではない。

 泥沼もそうだが、重力魔術なども時間稼ぎにはもってこいの魔術だろう。

 それ以外にも一時的に空を飛翔することも出来るため、剣神がいようとも何とかなると見ていた。

 

「僕はどうすればいい?」

「クリフ様はなるべく私たちの傍を離れないようにしてください」

「分かった」

 

 彼も自分が一番足手まといであることは自覚しているのだろう。

 悔しそうにしながらも、素直にリベラルの言葉を受け入れた。

 

 その他にも、3人には状況に合わせた対処法について伝えていく。

 闘神や剣神がいるかは分からないものの、伝えることで不利益は発生しない。

 彼らも真剣な表情で話を聞いていった。

 

「それとクリフ様。ミリシオンでの神級魔術の観覧についてですが、出来ない可能性が高いです」

「なに?」

「魔族排斥派が必ず邪魔してくるでしょう。ですので、そのことを考慮する必要があります」

「そうか、そうだな。そのこと忘れていたよ……ありがとう」

「いえいえ、交渉を優位に進めれればそれでいいですから」

 

 魔石病の進行も遅くはないため、可能な限り物事を早く行う必要がある。

 なるべく不確定要素は減らしたかった。

 

 そのままミリシオンに向かうため、一度空中城塞を経由する必要がある。

 ケイオスブレイカーへとたどり着くと、ペルギウスが直々に出迎えるのであった。

 

「来たな、リベラルよ」

「ワガママを聞き入れてくださりありがとうございます、ペルギウス様」

「構わん。珍しいことに貴様が必死に懇願してきたからな」

 

 事情は既に聞いているため、態々声を掛けに来たのだ。

 彼とて魔石病について多少の知識はあれど、治す術は持たない。

 愛する妻を2人同時に失いそうになっているルーデウスに対し、流石に同情的な視線を向けている。

 

 ナナホシも様子を見に来たようで、ペルギウスの傍に控えていた。

 彼女はルーデウスに声を掛け、同情や励ましの言葉掛けをしているようだった。

 その間に、ペルギウスがリベラルへと話し掛ける。

 

「ふむ……どうやら死ぬ気はなさそうだな」

「いやいや、当たり前じゃないですか。治しに行くのに何で死を覚悟しなきゃならないんですか」

「だが、今回は敵の策略に見事に引っ掛かったのであろう?」

「策略ごと打ち破りますよ」

 

 ククク、と面白そうに笑う彼に対し、リベラルは呆れた表情を浮かべる。

 

「ふん、貴様の強さは我がよく知っている。不覚を取るとは思っておらぬ」

「ツンデレですか」

「ツン……? まあよい。我をここまでこき使うのだ。つまらん結果になれば承知せぬぞ」

「言われなくても」

 

 そこでペルギウスは押し黙った。

 何か言おうとしているのは分かったため、急かさず静かに待つ。

 

「この雰囲気、昔のことを思い出す」

「戦争の頃ですね」

「どうなるのか結果が分からぬ、五分五分の戦いを強いられた時の空気だ」

「でも、私たちはその勝負を勝ち続けてきた」

 

 ラプラス戦役でも、似たような状況はあった。

 彼女の言葉通り、戦いに勝ったからこそ2人はこの場にいるのだ。

 こんなところで負けるつもりなど更々なかった。

 

「…………リベラル」

「何ですか?」

「貴様は我に残された数少ない戦友の一人だ」

「そうですね」

 

 どこか不安そうな表情を浮かべ、彼は告げる。

 

「…………死ぬことは許さんぞ」

 

 珍しく弱気な発言を溢したペルギウス。

 その様子にリベラルは目を白黒させ、やがて苦笑を浮かべる。

 

「何言ってるんですか。そこはさっさと帰ってこいとか、そんな言葉でいいんですよ!」

「フッ……それもそうだな」

 

 ペルギウスは一呼吸置いた後、再びリベラルを見据えた。

 

「貴様に貸した借りは沢山ある。さっさと終わらせて帰ってくるがよい。その時は我が再び出迎えてやろう」

 

 その言葉に、リベラルは笑みを浮かべる。

 

「でしたら、温かい飲み物でも用意して待っておいて下さい」

 

 ペルギウスの肩をポンっと叩いた彼女は、その横を通り過ぎていった。

 彼も先ほどの不安を解消したのか、いつもの余裕ある表情へと変わった。

 

 そのタイミングでナナホシもルーデウスとの会話を終えたのか、彼女の元へと歩いて来るのだった。

 

「リベラル」

「何ですか静香、貴方まで不安そうな顔して」

「いや、心配して当然でしょ……」

 

 ナナホシは戦う力がないので、七大列強などと言われてもピンとこない。

 それでも戦地に向かうとなれば、そのような思いを抱くのも当然だろう。

 それに、彼女はある程度関わった人間が死んだり、死にそうになったという経験がない。

 シルフィエットやロキシーが誰にも治すことの出来ない奇病に掛かったとあれば、不安を隠すことが出来なかった。

 

 そんな彼女に対し、リベラルは安心させるかのようにウインクしてみせる。

 

「大丈夫ですよ。私は死ぬつもりもありませんし、誰も死なせる気もありません」

「…………」

「それに、静香との約束を果たすまでは何がなんでもここに帰ってみせますから」

「なら、いいけど……」

 

 そのまま脇を通り抜けたリベラルは、話し終えて待っていたルーデウスたちの元へと歩いて行く。

 そして、空中城塞を後にするのであった。

 

 転移魔法陣からミリシオンまでは、約3日間ほどの距離だった。

 馬を空中城塞に通す許可はもらっていたため、態々近隣の村に立ち寄る必要はない。

 なので、真っ直ぐ向かうことが出来る。

 

 馬やルーデウスたちの体力が持たないため、夜間は流石に野宿だ。

 ルーデウスとしては1秒でも早く到着したいだろうが、無理をした結果ヒトガミの使徒に不意を突かれたりすれば目も当てられない。

 焦っている時こそ、慎重にならなくてはならないのだ。

 

「ルディ、ご飯はちゃんと食っとけよ」

「……はい」

「あと、眠れないのは仕方ねぇけど、それでも無理やり寝るんだぞ」

 

 ラノアを出発する頃は問題なかった。

 しかし、時間が経つにつれて徐々に冷静になり、思い出してしまうようになったのだろう。

 道中ではルーデウスが焦りや緊張によって、酷い様子になっていたのだ。

 目には隈が出来ており、食事もあまり喉が通っていない。

 体調不良であることが目に見えていたのだが、パウロのように気休めな言葉しか掛けることが出来なかった。

 クリフも何とか落ち着いてもらおうとしていたが、あまり芳しくないようだ。

 

 ギースのことをみんなに伝えられてなかったという事実が、かなりメンタルにきているらしい。

 実際にギースが原因なのかは不明だが、かなり怪しい存在であることは確かだ。

 もしもちゃんと伝えていれば、という思考と自責の念に囚われている姿がよく見られた。

 

「ルディ様、魔石病を治せれば失敗なんて気にする必要もないでしょう」

「……まあ、そうかもしれませんね」

「落ち込むのは分かりますが、しっかりしないと助けられるものも助けられなくなりますよ」

 

 ルーデウスは転生する前にも、同じようなうっかりミスをしたことがあるのだろう。

 だからこそ、今回の失敗を引きずってしまっているのではないかとリベラルは考えている。

 今度こそ後悔しないように本気で生きていく、と誓ったのに、今の状況になればクヨクヨするのも仕方ないのかも知れない。

 もっとも、元気を出して集中してもらわなければならないのも事実だ。

 今の状況で襲撃を受ければ厳しい場面が出てくるだろう。

 

 そうしてミリシオンへと向かって行く中、遂にその時がやってくるのであった。

 

 

――――

 

 

 ミリシオンへと向けて馬を駆けて行く中、先頭を走っていたリベラルが足を止める。

 彼女の視線の先には、3人の人物が行く手を遮るように立っていた。

 

 リベラルに追い付いたルーデウスたちも、横に並ぶかのようにして馬を止めた。

 

「まじかよ……話は本当に事実だったのかよ……」

 

 信じられないものを見たかのように、パウロは悲しそうに呟いた。

 それもその筈だろう。

 彼にも前方に並んでいる人物の顔がハッキリ見えたのだ。

 

 

「ギース……! 何でお前がそこにいるんだよ!」

 

 

「悪いなパウロ、俺はこっち側なんだよ」

 

 視線の先に映るのは――ギース・ヌーカディアであった。

 

 彼は悪びれた様子も見せず、堂々とそう告げた。

 その事実をパウロは信じたくなかっただろう。

 同じ冒険者の仲間として、長年の付き合いがあるのだから。

 そんなギースが自分たちを裏切り、悪神の味方をするなんて悪い夢でも見てるのかとすら思うのだった。

 

「リベラルさん、隣にいるのは誰なんだ」

「……あれは、剣神ガル・ファリオンです」

 

 それは元々予想していたことだったので、特に驚きはなかった。

 しかし、もう1人の人物はリベラルも予想していない人物であった。

 

「そして更に隣にいるのは――北神カールマン三世アレクサンダー・ライバックです」

 

 まさかの人物に、彼女は計画の修正が必要なことを悟る。

 ルーデウスたちに伝えたのは、剣神と闘神の対処法だ。

 北神までいるのであれば、通用しない対応が出てくる。

 だが、肝心の闘神は見当たらない。

 周囲の警戒もするのだが、どこかに潜んでいる様子もなかった。

 

 まさか3人だけなのか、と勘繰ってしまう。

 もしもそうであれば、リベラルが1人で片付けることが出来るだろう。

 

「ルーデウス様、クリフ様は下がって下さい」

「分かりました」

「わ、わかった」

 

 魔術師である2人は後ろへと移動してもらい、リベラルとパウロは馬から降りる。

 パウロはいつでも動けるように、既に抜剣済みだ。しかしその視線はギースに釘付けだった。

 

「闘神はいないのですか」

「ハッ、見ての通りだぜ。俺様たちが相手だ」

「ガル様……何故私たちと戦おうとするのですか?」

 

 その質問は時間稼ぎという訳ではない。

 単純に気になったのだ。

 態々剣の聖地から離れ、どうしてこちらを襲おうとするのか。

 ヒトガミに一体何を言われたのか知りたかった。

 

 だが、ガルはその問い掛けに対して鼻で笑う。

 

「なぁ銀緑、お前が剣の聖地にその隣の奴を迎えに来た時のことを覚えてるか?」

「……覚えてますよ。稽古と称して百人組手みたいなことをさせられましたね」

「おいおい、まるでこっちが悪者みたいに言いやがるな」

「有無を言わさず戦わされましたので」

 

 その言葉に、彼は誤魔化すかのように頭を掻き、とぼけるのであった。

 

「まあ、それはいいんだよ」

「……? そのことが原因で戦おうとしてるのではないのですか?」

「それもあるぜ。けどよ、お前と戦って思い出しちまったんだよ」

 

 一拍おいて、彼は口を開く。

 

「俺様が目指していた高みが、どこにあるのかを」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、ガルはそう告げた。

 

 かつて龍神オルステッドに敗北した彼は、その頂きを目指した。

 才能はあったし、努力もした。

 それでも超えられない壁にぶち当たってしまい、燻ってしまうようになった。

 けれどリベラルと戦い、再び敗北したことで思い出したのだ。

 何のために自身が剣を手に取ったのかを。

 

 それが剣神ガル・ファリオンの戦う理由だった。

 

「そうですか……でしたら、ルディ様を襲ったのも私と戦うことが理由ですか」

「ああ、そうだぜ」

「何故生かしたのですか?」

 

 それが彼女の最大の疑問点であった。

 生殺与奪を握りながら、殺さなかった理由がどうしても分からないのである。

 その質問に、彼は悩むかのような素振りを見せつつ答えた。

 

「…………気まぐれだ」

「気まぐれですか」

「ハッ、別に理由なんざどうでもいいだろ。今、俺様とお前が戦う。それだけで十分だからな」

 

 最早敵対は避けられないだろう。

 戦う理由によってはこちらに取り込めないかと考えていたリベラルだが、その思考は捨て去る。

 彼女と戦うことが理由なのであれば、どうすることも出来ないだろう。

 

 抜剣しようとしたガルを手で制し、リベラルは続けてアレクサンダーに視線を向ける。

 

「アレクサンダー様、お久しぶりですね。貴方は何故私たちと戦うのですか?」

「もちろん銀緑である貴方を倒し、北神カールマン三世として恥ずかしくない名声を手に入れるためです」

 

 その返答に、彼女は呆れた表情を見せた。

 

「私を倒すことが、名声ですか」

「当然です。七大列強の上位層と遜色ない実力を持つ貴方を倒せば、僕は英雄としての歩を進めることが出来る」

「はぁ」

 

 思った以上に俗な理由に、リベラルは返す言葉がなかった。

 言ってることは剣神と大差ないのだが、名声のためという理由のせいでどこかお気楽さが見えてしまう。

 本人はそのつもりがないのだろうが、彼女から見ればそう見えるのだ。

 

「そんな理由でしたら、貴方の父親も、そして祖父も悲しみますね」

「父さんと祖父様を超えるためだ!」

「……全く、アレックス様が嘆くわけですよ」

 

 こちらも話など聞く耳を持たない様子だった。

 最早戦いは避けられないだろう。

 

 こうして無駄話に興じていたリベラルだが、無意味にしていた訳ではない。

 絶対に闘神がいるであろうという予感があったからこそ、会話しつつ周囲の警戒を続けていたのだ。

 バーディガーディは魔眼が通用しないため使用していないが、それでも彼女の索敵能力は高い。

 こうして会話の中で一切姿を現さないことから、近辺にはいないのだろうとリベラルは判断した。

 

「しかし……まさか貴方がた2人で私に勝つつもりですか?」

「おいおい、俺もいるぜ」

「おめぇは戦えないだろギース」

 

 茶化すかのように口を挟んできたギースだが、彼らは誰も緊張感を途切らせない。

 

「なぁギース、お前一体どういうつもりでゼニスの様子を見に来たんだよ」

「言ったぜパウロ、俺は単に心配なだけだってよ」

「ふざけんじゃねぇぞテメェ! ニコニコと良い顔しながら近付きやがって! そして内心ではオレたちを殺そうととしてただぁ!?」

「そう怒んなよパウロ。たまたまこうなっちまっただけだ。そしてたまたま俺たちは敵対しちまった。ただそれだけのことさ」

 

 あっけらかんとした彼の様子に、パウロの怒りは収まらない。

 けれど、それを制してルーデウスが声を上げた。

 

「ギースさん……シルフィとロキシーが魔石病になったのは、あなたが原因なんですか?」

 

 その言葉に、彼はキョトンとした表情を浮かべる。

 

「違うぜルーデウス、俺はあの2人に何もしてねぇ。それは誓って言えるぜ」

「……だったら、どうして魔石病になるんですか!?」

「ヘッ、そりゃ、自分の胸に聞いてみろよ」

 

 軽薄に笑うギースに、傍にいたパウロが我慢の限界を迎える。

 堪えきれないかのように、剣を構えるのであった。

 

「リベラル、そろそろいいよな? あの野郎だけは許せねぇ」

「そうですね、お喋りはここまでにしましょうか」

 

 そんな雰囲気を感じ取ったのだろう。

 剣神と北神も剣を構えた。

 

「クリフ様はルディ様の傍から離れないようにしてください。余裕があれば援護をお願いします」

「分かった!」

「ルディ様はパウロ様の援護を。私は大丈夫です」

「分かりました!」

 

 後方の2人にも指示を出し、隣にいたパウロに視線だけを向ける。

 

「パウロ様は、北神の相手をお願いします」

「ああ」

「剣神流との戦いは一瞬で決まるものです。10秒だけ粘って下さい」

「10秒だな、それくらいなら余裕だぜ」

「くれぐれも油断はしないで下さいね」

 

 ガルは一撃で勝負を決めようとするだろう。

 勝敗はさておき、時間は掛からないのだ。

 リベラルも負ける気は更々なかったため、その時間内に倒すことを宣言するのであった。

 

「ルディ、背中は頼んだぜ」

「任せて下さい」

「さっさと終わらせて、ロキシーちゃんたちを治そうぜ」

 

 そう言葉にしたパウロは、足に力を込める。

 

「いきますよ!」

「おう!」

 

 そして、リベラルが飛び出すのと同時に駆けるのであった。

 

「牽制します!」

 

 後方から響く息子の声に、パウロは真正面を向いたまま応える。

 

 そして、

 この困難を乗り越えられると信じていた。

 自慢の息子がいれば、

 誰にも負けないと信じていた。

 だからこそ、安心して背中を任せられるのだ。

 

 そして、ルーデウスの放った岩砲弾は――

 

 

 

 

 ――パウロに直撃し、その身を粉砕するのであった。

 

 

 

 

 何が起きたのか分からぬ表情のまま、彼の身体はバラバラに砕けていった。

 どこからどう見ても即死だ。

 あまりの出来事に、リベラルの動きも止まる。

 

 

「あっ、めんご。ミスっちゃいました」

 

 

 軽薄な声が響き渡る。

 まるで大した失敗をしていないかのように、軽い謝罪をルーデウスはするだけだった。

 その彼の傍にいたクリフは、激怒してしまう。

 

「ル、ルーデウス! 何やってるんだ!?」

「ああ、すいませんクリフ先輩。手元が狂っちゃいまして」

「いや、狂ったってお前……!!」

「先輩ちょっとうるさいんで黙ってもらえますか?」

 

 

 そして――帯刀していた剣を、クリフの腹に突き刺していた。

 

 

 

「え、は……? なん、で……?」

 

 

 唐突な出来事に、反応できる訳もなく。

 クリフは信じられないものを見たかのように表情を歪め、その場に倒れる。

 ルーデウスはトドメを刺すかのように、倒れた彼に火を放つのであった。

 

 そうして残されたのは、リベラルだけだった。

 

 

「ま、さか……」

 

 

 彼女の脳裏を走るのは、今までの出来事だ。

 ルーデウスが突然の凶行に走ってしまった原因。

 

 いやそんな馬鹿なと。

 考えたくもない想像が駆け巡る。

 それでも、違和感はところどころあった。

 

 どうして聖獣レオがルーデウスに威嚇するのか。

 こちらの行動を筒抜けにしていた内通者は誰だったのか。

 ギースのことを何故誰にも伝えられていなかったのか。

 

 ヒントはたくさんあった。

 気付けるチャンスはあった筈なのだ。

 自分の考えが外れていることを願いながら、

 リベラルは魔眼を開き、彼の姿を捉えた。

 

 

 

 

「…………冥王……ビタ……」

 

 

 

 

 彼女の魔眼に映るは、浸食されきったルーデウスの姿だ。

 今の彼に、自分の意思はないのだろう。

 ただの操り人形として、そこにいた。

 

 

「ああ、ようやく気付きましたか」

 

「一体……いつから……」

 

「さて、いつからでしょうか」

 

 

 はぐらかすかのような台詞だったが、彼女は過去のことを思い返し紐解いていく。

 ラノアでは冥王ビタがルーデウスに憑依するタイミングはなかっただろう。

 内通者がルーデウスであったことを考えると、オーベールが襲撃するよりも前となる。

 聖獣レオが召喚された時には、既に憑依されていたのだろう。

 だからこそ、レオは警戒しながらも契約内容である絶対服従に逆らうことが出来なかった訳だ。

 リニアとプルセナにレオが何と言ってるのか聞いたと言っていたが、本当に聞いたかどうかも怪しい。

 

 

 そしてそれより以前となれば、1つしかタイミングはなかった。

 

 

「……剣神と、出会った時ですか」

 

「その通りです」

 

 

 そここそがルーデウスの分岐点(ターニングポイント)だったのだろう。

 生殺与奪を握りながらも、何もしなかった理由にも繋がった。

 ヒトガミはこの瞬間のために、ルーデウスを見逃した訳だ。

 どうして疑問に思わなかったのだと、過去の自分をぶん殴りたい気持ちになる。

 

 つまり――ルーデウスがラノアに来た時点で、既にビタは潜んでいたのだった。

 

 だとしたら、シルフィエットとロキシーが魔石病に掛かった原因は、ひとつしかない。

 目の前にいる存在が、自らネズミを用意し、2人に汚染した食事を摂らせたのだ。

 その残酷な事実に、思わず握りこぶしを作ってしまう。

 

 

(よりによって、よりよってルディ様にそんなことをさせるなんて……!)

 

 許せる訳がないだろう。

 あれほど悩み、苦しみ、ようやく結ばれた3人の仲を、このような形で引き裂くなんて、許せる訳がなかった。 

 

 

「…………」

 

 

 リベラルは無言で構える。

 こうなってしまった以上、もはやどうしようもない。

 様々な気持ちを押さえつけ、目の前の敵を倒すしかないのだ。

 

 けれど、目まぐるしく状況が移り変わる中で、彼女は忘れてしまっていた。

 魔眼を開いた結果、見えなくなるものがあることを。

 遠方より飛翔する()()()()に、リベラルは気付くことが出来なかった。

 

 

「だったら、貴方がたを倒して前に進むだけですよ」

 

 

 そうして駆け出そうとし――

 

 

「!!? バーディ――」

 

 

 ――飛来した黄金が、リベラルとぶつかった。

 

 

 凄まじい衝撃と共に彼女は弾き飛ばされ、地面に陥没を作りながら何十メートルも吹き飛ばされる。

 やがて勢いがなくなり、止まった彼女の近くに、それは着地した。

 

 

「フハハハハハハ! 吾輩、参上!!」

 

 

 ()()とは即ち。

 かつての因縁を持ち、

 第二次人魔大戦を終わらせた伝説。

 そして、父親の仇。

 

 

 七大列強第三位――闘神バーディガーディ。

 

 

 

「――バーディィィィィィ!!」

 

 

 憤怒の形相を浮かべたリベラルは、血まみれになりながら叫ぶ。

 

 

 

「銀緑よ! 貴様に父を超えられるか!」

 

 

 かくして孤立無援の中、戦いは始まった。

 何千年も前、龍鳴山にてぶつかった2人。

 その2人が再び、この地でぶつかることとなった。

 

 銀緑と闘神。

 第二次人魔大戦に終止符を打った2つの存在。

 伝説の戦いが始まる。


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