無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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前回のあらすじ。

ヒトガミ「帰ったらラプラスに襲われるよ(意味深)」
リベラル「へ、変態だー!」
ラプラス「誠に遺憾である」

ついつい感想にあったのをあらすじに使用。ギャグセンスないからアイディア頂けるのは嬉しい限りです。


9話 『生まれた後悔』

 

 

 

 薄暗い洞窟の中に、ひとつの光源があった。パチパチと小さな音を響かせ、焚き火の前で一人の少女が暖を取っている。

 

 リベラルだ。彼女は思案していた。

 もう一度、考えていた。

 人神の助言の意味を。

 

「……駄目ですね。何がしたいのかサッパリです」

 

 一体、どのような考えがあって、リベラルにすぐさまラプラスの元へと帰るように告げたのか。

 それに、そのように伝えたのに、物理的に龍鳴山へと戻れないのだ。意味不明すぎるだろう。

 

 もしや、ただ単にからかってきただけではないのかとも思える。

 もしくは、こうして悩ませること自体が、目的か。

 いずれにせよ、戻れないのだから、ラプラスを待つ以外の選択は出来ない。

 

「…………」

 

 衝動的にラプラスの元から、飛び出してしまったリベラルだが、別に一人で生きていくことが困難な訳ではない。

 ラプラスによって鍛えられた彼女は、十分すぎる生存能力を持ち合わせている。故に、帰らなくていいのであれば、このまま一人で過ごしたいと考えていた。

 

 どうせ、帰れば延々と鍛練をさせられる。今はまだ存在しない『七大列強』のような化物たちと、戦わされることも目に見えている。

 何が悲しくて、態々死地へと向かわなくてはならないのか。ヒトガミの使徒に勝てる保証など、どこにもないのに。

 それに、あのラプラスでさえも、ヒトガミの使徒に敗北を喫することになる。リベラルがどれほど強くなっても、安心することなど出来やしないだろう。

 

「……ハァ」

 

 人神の話では、ラプラスはリベラルを捜すとのことだ。己の使命を、より確実にするために。

 

(捜さないで欲しい…)

 

 それが、溜め息を溢した彼女の、率直な思いであった。

 龍族の過去を知っていても、父親の未来を知っていても、命を賭けるのは嫌だった。

 

 リベラルは自由に生きたい。いや、自由でなくてもいい。必要最低限、自身のやりたいことが出来れば、それで構わない。

 しかし、ラプラスの役目を引き継ぐのは駄目だ。いや、やはり役目を引き継ぐこと自体は構わないかも知れない。

 転生者であるリベラルだけにしか、出来ないこともあるだろう。それならば、構わないのだ。

 そんな僅かな一部分だけであるのならば。

 

 しかし――『魔龍王』を引き継ぐのは無理だ。

 

 例え、第二次人魔大戦でラプラスを救ったとしても、ヒトガミは彼を殺すまで延々と手の届かぬ場所から、一方的に攻撃を続けるだろう。

 ラプラスを救うことは、実質不可能である。ラプラスが敗北するのは、ほぼ確定事項だ。

 もしも彼を助けられるとすれば、それはオルステッドのようにループをするか、テンプレ主人公のような馬鹿げたチートを持つかだ。

 

 ふざけるな。

 そんな力があれば、そもそもこんなことになってなどいない。リベラルでは救えないのだ。

 

 そもそも、記憶を失った技神が技の研鑽を続けるので、リベラルが引き継ぐ必要などない。

 本来ならば、引き継ぐ必要はないのだ。

 だが、ラプラスは違う。

 もしも自分がいなくなれば、リベラルが跡を引き継ぐことを願っている。期待されているのだ、彼女は。

 

 その期待が――とても怖かった。

 

 そう、怖かった。

 リベラルは、ラプラスの使命を受け継ぐことに耐えられない。

 

 龍神の願い。五龍将の無念。龍族の悲願。父親の希望……。

 

 どうして、彼らの想いを背負えようものか。

 その責務に、突き進めようものか。

 それら全てを抱えるには、あまりにも長く、重すぎる。

 

 彼らだけではない。その他にも、騙された人々はいる。神々も騙されている。誰もが怒り、憎しみ、悲しみ、嘆き、奪われていった。

 それら全ての想いを引き継ぎ、乗り越え、決着をつけなければならない。耐えきれる訳がないだろう。

 

 あまりの重圧に、潰れてしまう。

 彼らの歴史を紡ぐには、覚悟が足りなかった。リベラルには、その全てを背負うことなど出来やしなかった。

 

 だって――彼女の背中はあまりにもちっぽけで、たった一人しか背負えないのだから。

 

 

「……本当に、どうして、私なんかがリベラルとして生まれたのでしょうね…」

 

 

 力なく溢す。

 人を殺す覚悟をしていても、そんな使命を抱える覚悟なんて、出来る訳がない。

 彼女は生まれてから、常々考えてきた。

 

 もしも、ラプラスの娘でなければ。

 もしも、使命を背負わなくて済むならば。

 未来を知っていなければ。

 転生なんてしてなければ。

 本来のリベラルであったのならば……。

 

 どのみち、それらはもしもの話でしかない。既に過ぎてしまった話だ。

 どれほど拒絶しても、現実は変わりやしない。

 

「……ん?」

 

 ふと、洞窟の外から音が響く。

 そのことに気付いたリベラルは、そちらに顔を向け、警戒しながら立ち上がった。

 

 魔物であれば、撃退するのみ。

 野盗でも、同じく撃退するのみ。

 静かに構え、耳を澄ませるリベラルは、ひとつの足音を聞いた。

 カツカツと一定のリズムを刻み、ゆっくりと彼女の元へとやって来る。

 

 やがて、その音の主は姿を現した。

 

「……想像よりもずいぶんと早いですね、ラプラス様…」

 

 ある意味、予想通りであったリベラルは、肩の力を抜いた。しかし、まだ彼と対面することに気持ちの整理が付けられていない。

 僅かな緊張感を持って、彼女は声を掛けた。

 

「――――」

 

 そんなリベラルに対し、ラプラスは返事をしなかった。

 目を見開き、何かに絶句している様子を見せている。

 

「ラプラス様…?」

「貴様は…」

「……?」

 

 小さく呟かれた言葉に、リベラルは首を傾げ、

 

「貴様は誰だ――!!」

 

 瞬間、目にも止まらぬ速さで接近したラプラスに首を掴まれ、とてつもない力で壁に叩きつけられた。

 

「がはぁ!」

「答えろ…貴様は何者だ…!」

 

 何とかして掴まれた手を解こうと藻掻くも、彼の手は微動だにせず、益々力が込められる。

 リベラルは苦しみに呻き、意味なき言葉を溢す。

 

 何故こんなことを?

 どうして?

 これが人神の予言なのか?

 

 苦しみながらも、何とかこの状況に陥った原因を、考え続けていたリベラルであったが、

 

「――その魂は…何だ…? リベラルを乗っ取っている貴様は誰だ…? 私の娘をどこにやった…!」

 

 ラプラスの言葉を聞き、頭が真っ白になった。

 

 

――――

 

 

 ロステリーナに見送られ、龍鳴山からサレヤクトと共に飛び立ったラプラスは、まずは元の位置へと戻って行った。

 元々、リベラルと合流しようと考えていた場所だ。彼女がサレヤクトとはぐれてしまった場所から推測し、どの辺りでいなくなったのかを、先に調べる。

 

 すると、ラプラスにはリベラルの痕跡や気配が見えた。

 僅かに地面に血の染み付いた場所だ。そこから、リベラルは別の方角に進んで行ったことを理解する。

 

「リベラル…一体どこへ…?」

 

 戦闘があった痕跡は見られない。ただ、己の意思でどこかへ向かったことだけが分かった。

 

 ひとまず、リベラルが無事かも知れないという希望が涌き出ると同時に、どうしていなくなったのかという疑問が涌き出る。

 だが、痕跡があるので、捜索は難しくない。

 ラプラスは魔眼の力を使い、サレヤクトと共にリベラルの気配を追って行った。

 

 

 サレヤクトの背に乗り、数時間ほど飛行を続けると、とある山に辿り着く。

 

 名もなき山だ。

 特に標高も高くなく、狂暴な魔物が住み着いてる訳でもない。

 どこにでも見かける、普通の山である。

 

 そして、その山の中腹に、ポッカリとひとつの洞穴があった。

 リベラルの気配は、その先にあった。

 ラプラスは迷うことなく降り立ち、サレヤクトに入口の見張りを頼み、中へと入って行く。

 

「……ふむ」

 

 中を探索しながら、ラプラスはふと昔のことを思い出す。

 己が『五龍将』となり、『魔龍王』の名を授けられる切っ掛けとなった事件を。『剛龍王』クリスタルを殺害した下手人を、躍起になって探していた頃のことを。

 あの時もまた、魔眼の力を用いて、ここと同じような山に辿り着き、洞窟の中を探索した。

 もちろん、その時に引き連れていた部下たちもいなければ、洞窟が人工的でもないのだが。

 

 ただ、なんとなく。

 人神に誘導されてしまったあの時と、状況が似ているように感じたのだ。

 

「……いるな」

 

 警戒しながら奥へと進んで行けば、益々リベラルの気配が強くなるのを魔眼が捉える。

 己の娘がいることはほぼ確実だろうと、ラプラスは強く確信した。

 

「……しかし、何だこの気配は…?」

 

 リベラルが無事だという事実に、安心感で気が抜けそうにもなる。だが、ラプラスは娘のものとは別の、異質なナニかを魔眼で捉えていた。

 再び警戒心を高め、更に奥へと進めば、焚き火でもしているのか、揺らめく炎の影が視界に映る。

 

 

「……想像よりもずいぶんと早いですね、ラプラス様…」

 

 リベラルは、あまりにも呆気なく見付かった。

 心配するのが烏滸がましく感じるほど、無事な姿を見せて。

 

「――――」

 

 しかし、ラプラスは目の前の事実に絶句していた。

 驚きで目を見開いてしまい、心臓が高鳴るのを自覚する。目の前の現実を認めたくない気持ちが湧き出し、思考するのに僅かな時間を要した。

 魔眼で見たリベラルの姿は、致命的におかしかったのだ。

 

 ラプラスが魔眼を介して、己の娘を見るのは確かに今回が初めてだった。

 そんな眼に頼らずとも、普段から気配の察知は出来る。魔力を感じ取ることは出来る。龍気を感じ取ることも出来る。

 だからこそ、目の前にいる己の娘の異常さに気付いた。

 

 外側の力は、普段から感じるものと同じなのに――内側の力は別人だったのだ。

 

 まるで、からだ()の中に異物が入り込んでいるかのような姿。

 何者かが寄生し、力を利用しているかのように歪な魂。

 

 そう、己の娘は、別の“ナニかが成り代わっていた”のだ。

 そのことを理解したラプラスは、沸々と煮えたぎるかのような怒りが湧き出し、怒気に身を染める。

 

「……ラプラス様…?」

 

 不思議そうなリベラルの声が響く。

 己の娘と、同じ声で喋っている。

 

「貴様は…」

「……?」

 

 仕草すらも、同じだ。

 その事実に、怒りが止まらない。

 憤怒が心を燃やし尽くす。

 

 ラプラスがリベラルと共に歩んだ時間は、たったの百年すら経過していないほどに短い。悠久の時を生きる彼にとって、それは刹那とも言えるほどに、短い時間。

 確かに、リベラルとはほとんど鍛練でしか関わっていない。正直な話、ラプラスは己の娘の好物や、好きな物すら知らない。

 だが、違うだろう。そんなものは関係ないのだ。己の娘を大切に思うことに、時間など関係ないだろう。好きなことすら知らないが、それも関係ないのだ。

 

 父と娘。

 たったそれだけの関係なのかも知れない。

 けれど。

 それこそが。

 何よりも大切な繋がりだった。

 

「貴様は誰だ――!!」

 

 とても堪え切ることが出来ず、ラプラスは怒りを爆発させた。

 凄まじい速度で移動し、驚いた表情を浮かべる、リベラルの姿をした“ナニか” の首を掴む。そして、そのまま壁にあらんかぎりの力で叩き付けた。

 

「がはぁ!」

 

 痛みによる叫び声を上げていた。

 そんなことお構い無しで、ラプラスは首を掴む手に力を込めた。

 苦しそうな顔で呻き声を漏らしていたが、力は一切弛めない。

 

「答えろ…貴様は何者だ…!」

 

 ラプラスは怒気を孕ませた声で、正体を問いただした。

 手に込めた力を弛めることはなかった。そんな状態では、答えたくても答えることすら出来ないだろうに。

 

 だが、彼はあまりの怒りで冷静さを失い、そのような些細な事実に気付くことが出来なかった。

 

「――その魂は…何だ…? リベラルを乗っ取っている貴様は誰だ…? 私の娘をどこにやった…!」

 

 叫び。心からの叫びだ。

 使命の為か。父親としてか。

 だが、どちらにせよ些事でしかない。その嘆きの結果に、大差はないのだから。

 

 リベラルは、怯えるかのような様子を見せた。唇を震わせ、忙しなくあちこちに視線を動かす。血の気の引いた顔色で、真っ青だ。

 傍目から見ても、動揺していることは明らかだった。

 

「……あ、ぅ…ぐぅぅ…」

「ああ、そうか、私としたことがうっかりしていたね。これでは話したくても話せない訳だ」

 

 苦しそうにずっと呻くリベラル。

 ラプラスは力を込めすぎていたことに気付いた。力を弛めると同時に、反対の壁へと思い切り投げ捨て、

 

「これで話せるだろう?」

「がっ…ぁぁ…」

 

 虫のように感情のない目で、冷徹に見つめた。

 

「さて、君が何なのか早く答えて欲しい。今なら答えられるだろう。君は答えるべきだ。私の質問に答えてくれ。さあ、早く答えろ。貴様は誰だ? 貴様は何だ?」

 

 まるで、羽根をもぎ取ったトンボを見下ろすかのように、観察していた。なのに一切の隙なく、油断なく、まるですぐにでも処理が出来るように。

 

 壁に投げ捨てられたリベラルは、フラフラと覚束無い足取りで立ち上がる。けれど、恐怖でからだを震わせながらも、口を開いた。

 

「わた、私は…リベラルです…」

「そんな答えは聞いてない」

 

 ラプラスは再びリベラルへと超速で接近した。そのままの勢いで腹部に掌底を叩き込む。

 

 そんなものをぶちこまれた彼女は、何の抵抗も出来ぬまま衝撃を全身へと行き渡らせ、吐血した。

 それだけで済む訳もなく、衝撃によって吹き飛び、奥の岩肌へとからだを激突させる。肉の抉れる嫌な音を響かせて。

 

「ああぎゃあぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫を上げるリベラル。痛みに苦しみ藻掻き、その場でのたうち回っていた。

 そんな光景を、ラプラスは黙って見つめる。

 

 …僅かでも受け身を取っていれば、もう少し軽傷で済んだだろう。

 あまりにも無抵抗に岩肌へと激突していたことに、場違いにもそう思ったラプラスは、既視感のような感覚を覚えていた。

 だが、すぐに雑念だと切り捨てる。

 

「…もう一度問う。貴様は誰だ?」

「えぐ…ぅ…リベラル…ですよ。ラプラス様…」

 

 苦痛に顔を歪めながらも、ガタガタと足を震わせて再度立ち上がったリベラルに対し、

 

「――紛いものが私の娘を騙るな!!」

 

 ラプラスは怒声を上げた。

 我慢ならないのだ。

 このような存在が、己の娘と同じ姿で、同じ声で喋ることに。

 

 彼にとって、リベラルとは宝物だ。

 大切なもののひとつ。

 それが汚されて、怒らぬ訳がない。

 

 そう、先程から感じる苛立ちは、それが原因だ。原因の筈なのである。

 なのに、どうしてか。

 偽物の姿が、妙に見覚えのある動きをしていたのだ。まるで、本物をトレースしたかのように、だ。

 

「私は、リベラルですよ…!」

「黙れ!」

 

 リベラルは何度も同じことを答える。

 そのことにラプラスは心を抉られる。

 みたび超速で接近し、先程のように掌底を放った。だが、あまりにも不用意で、単調すぎたのか、今回は別の結果となる。

 

 返されていたのだ。

 力の(ナガレ)を。

 

 このままでは自身の力を反転されるだろう。ラプラスは中空に吹き飛ばされることを察知し、微かに動く。

 刹那の間に、返される(ナガレ)を更に変えて、後方へと受け流したのだ。

 あまりにも圧倒的で、卓越した技だ。ラプラスはそこで止まることなく、カウンターへの反撃を放つ。

 

「あぐぅ!」

 

 それを避けられる訳もなく、リベラルはまた吹き飛ばされた。受け身を取ることも出来ず、地面をゴロゴロと転がっていく。

 ぼろ雑巾のような姿になっていた。

 それは、どこかで見たことのある光景だった。

 

 どこだったか。

 リベラルだ。

 今まで組手をしていた時に見た光景だ。

 

「あ、うぅ…話を聞いて下さいよ…ラプラス樣…」

 

 今度は立ち上がらない。

 地面に倒れたまま、リベラルは声を上げていた。

 

「私は…生れた時からリベラルですよ」

「ならば、私の魔眼に映る歪さは何だ?」

「……それは…私が……転生、してるからです…」

 

 自白した。

 目の前の存在は、言ってしまった。

 認めたくない事実を。

 

「『転生法』か」

「それとは違いますけど…そう大差はないかも知れませんね…」

「……貴様は、最初から私の娘だったと…?」

「そう言ってるじゃないですか…」

 

 リベラルの言っていることが事実かどうか。そんなもの、事実だろう。

 神々が存在した、太古から生きてきたラプラスは、だからこそ事実だと理解させられる。

 『転生法』とは、龍神が編み出したものなのだ。神が作り出した奇跡の技。人神であれど、そう易々と真似出来ないだろう。

 リベラルがいなくなってからの僅かな間に、魂を乗っ取る術など存在しない。

 

 そう――リベラルは最初からリベラル(転生者)なのだ。

 

 その事実に、心が揺らぐ。

 何をすればいいのか分からない。

 棘が刺さったかのような感覚を覚えた。

 

「確かに…私は紛いものかも知れません…」

「そう、だな…」

 

 認めたくなくても、それが事実なのだと、理解してしまう。フラリと力が抜け、頭が白く染まることを自覚した。

 あまりにも残酷な現実だ。ただ、その事実を受け入れられなかった。

 

 転生とは、別の生命体を乗っ取るものだ。本来の魂を奪い取り、その者になりすますものだ。

 即ち、本来のリベラルという存在は、もういない。

 

 いないのだ。

 ラプラスの本当の娘は。

 この世のどこにも。

 死んでしまってるのだから。

 

「それでも…私はラプラス様の娘です」

 

 なのに。

 それなのに。

 

 弱々しい姿で、けれど強い意思を持って、リベラルはそう言った。

 

「――――」

 

 上手く物事を考えることが、出来なかった。疑問すら沸き上がることがない。

 ここまで思考が停止してしまったのは、初めての出来事であった。声を出すことも出来ず、何かを思うことも出来ず、ただただ茫然とした。

 

「今までずっと、ラプラス様のことを父親だと思ってましたよ。優しさを見せてくれず、ずっと厳しかったですけど……嫌になって逃げ出してしまいましたけど……」

 

 それでも、リベラルの言葉が心に染み込む。

 

 

「それでも、私にとって、この世界で唯一の家族なのですよ…!」

 

 

 彼女は、ラプラスの娘だ。

 全てを失ってしまったラプラスの、唯一の家族。

 たった一人の娘。

 心が折れてしまいそうになった時に生まれた、一筋の希望。

 

 そんな彼女が、ボロボロの姿で必死に懇願している。

 誰がこんな姿にしてしまったのか。

 

 ラプラスだ。

 ラプラスが、こんな姿にした。

 

「――――」

 

 確かに紛いものかも知れない。

 魂は歪だ。

 本来の魂を乗っ取っているだろう。

 

 それでも、自分の娘だ。

 今まで自分が育ててきた娘なのだ。

 彼女と共に、今までずっと過ごしていた。

 それは、揺るがない事実。

 

「私にとっての父親は、ラプラス様しか、いないのですよ……」

 

 望んで生まれた訳ではない。

 生まれたくて、生まれた訳でもない。

 それでも、たった一人の父親だ。

 だから。

 

 

「だから――ごめん、なさい……お父様ぁ…」

 

 

 気付けば、リベラルは泣いていた。

 顔をクシャクシャに歪めていた。

 酷い涙声で、懇願していた。

 

 ラプラスは、己の娘の泣き顔を見たことがない。

 鍛練でどれほど傷付こうが。不満を溢していようが。リベラルが泣き出すことは、一度もなかった。

 

 その娘が、泣いていた。

 許して欲しいと涙を流して。

 どうしてか。

 そんなの簡単だ。

 

 ラプラスの娘として生まれたことを、謝罪していた。

 

「――……」

 

 その姿を見て。

 ラプラスは。

 

「……私は帰るよ…リベラルがどうするかは好きにしたらいい」

 

 煮え切らぬ台詞だった。

 それだけを告げて、洞窟の外へと出ていった。




心情の描写がムズいぃ。上手く書ける人ほんと羨ましいなぁ…。

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