無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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前回のあらすじ。

キシリカ「よしよし、可愛い奴よのお」
リベラル「……」(抱き付きながらクンカクンカ)
サレヤクト「変態としての開花か…」

書きたかったあやつを書けたので思わず投稿。代わりに、次回の更新は遅くなるかもです。

※7月11日、アトーフェラトーフェ親衛隊隊長を、ムーアからムーア(祖父)に変更致しました。


7話 『魔王との邂逅、そして――』

 

 

 

 リベラルはキシリカを背負い、森の中を駆けて行く。中々の速さで走っているせいか、キシリカは辛そうな表情を浮かべていた。

 どうやら、体力の減っている空腹状態で、激しくからだを揺さぶられるのは堪えるらしい。不死身のキシリカでも、そういった根本的なものは通用するようだ。

 

「き、貴様! もう少しゆっきゅっ! むぎゅ! 舌を噛んでゅ! イダッ!」

「あ、すいません」

 

 からだが揺さぶられてる時に口を開いたせいか、キシリカは舌を噛んで涙目を浮かべる。流石に申し訳なかったので、リベラルは速度を落とし、歩き始めた。

 

「うぐぐ…もう少し気を使えんのか…」

「それより、後どれくらい進めば?」

 

 リベラルはキシリカの不満を無視して、目的地の場所を問う。そのことに彼女は不満そうな表情を浮かべたが、腹の音と共に死にそうな顔になり、静かに答えた。

 

「数分ほど歩けば着くのじゃ…」

 

 そして数分後、森は開け、リベラルの目の前に小さな砦が映った。どうやら、昔に放棄された砦のようである。

 木造で四角に作られており、周囲には堀がある。しかし、橋は降ろされており、無防備に入口が開かれていた。

 

「あれ? ここってもしかして…」

「うむ、先ほどの男たちの住み処のようじゃの」

「無人なのですか?」

「数人ほどおるの。中で食事をしとるようじゃ」

「……まさか、それを奪い取れと?」

 

 恐る恐ると言った様子で、リベラルは背負っているキシリカへと顔を向ける。すると、彼女は笑顔を浮かべ、

 

「なに、別に奪い取れとは言っておらん。ただ少しばかり分けて欲しいと頼めばいいのじゃ。妾はいつもそうしておるぞ」

 

 どうやら、彼女の性根は乞食と何ら変わらないらしい。賊を相手にそのような頼みをしたところで、薄い本のような展開にしかならないだろう。それはそれで見たい気もするけど。

 それに、未来でも何故かキシリカは城に戻らず、浮浪者のように魔大陸のあっちこっちで出現していた。バーディガーディーによって、身元が保証されていたにも関わらず、だ。

 根っからの乞食だと、思うべきなのだろうか。仕方ないので、リベラルは中に入ろうと一歩踏み出し、

 

「むっ、待つのじゃ」

 

 顔を顰めたキシリカによって、その歩は止められた。

 

「どうしたのですか?」

「…今し方、中の男どもが倒されたのじゃ」

「倒された? 魔物か何かがこの中にいるのですか?」

「違うのじゃ…何故あの阿呆がここにおるんじゃ…」

 

 千里眼で辺りをキョロキョロと見回し、いまいち要領を得ないことを呟くキシリカに、リベラルは頭に疑問符を浮かべる。

 

「くぅぅ…しかし、めしがそこにあるのじゃ…退きたくないぞ…」

「キシリカ様、私には何のことかサッパリなのですが」

「…アトーフェじゃ。あの阿呆が中におる」

「…は?」

 

 『不死魔王』アトーフェラトーフェ。

 何故かこの場に、その魔王がいると言うのだ。

 

 キシリカの言葉に、何で? と言った疑問しか湧かなかったが、彼女の様子では本当にいるのだろう。

 未来の情報を知っているリベラルは、アトーフェラトーフェという存在が、どれほど理不尽な人物なのかを知っている。頭が悪すぎるせいで話が通じず、すぐに肉体言語を行おうとする脳筋である。どれほど丁寧に説明を行おうと、アトーフェラトーフェは言葉の意味を理解してくれない。

 

「いやいや、そもそも何でここにいるのですか?」

「恐らく妾を追ってきたのじゃ。一年前からあのアホウに追われておっての…」

 

 それは、どこか(未来)で聞いたことのある話だった。

 

「……因みに、その原因は…?」

「うむ、それは…あやつの父親、ネクロスラクロスが残した、形見の秘酒を拝借してしまっての。ほーんのちょこっと貰っただけだというのに、アトーフェの阿呆はそれはもうカンカンにブチキレての…」

「…………」

 

 どうやら、キシリカも阿呆だったらしい。思わず地面に落とすと同時に、「むぎゃっ!」と悲鳴が上がる。

 

「完全に自業自得じゃないですか!」

「し、仕方ないじゃろ! だって、昔に飲んだことがあったけど、それがもう本当にものすごく美味しかったんじゃもん!」

「じゃもん! じゃないですよ! もうこのままここに捨てて行ってもいいですか!?」

「い、嫌じゃぁ! 置いてかないでくれい! 妾をおぶる……あ」

 

 そこで、キシリカは言葉を切って、リベラルの後ろを見る。

 

「……まさか」

 

 半ば予想は出来ていたが、リベラルも後ろを振り返れば、そこには、黒い鎧を着た兵士たちがいた。数はそれなりに多く、20人程おり、全員が二人を取り囲んだ。

 

 絶体絶命である。

 

 

――――

 

 

 兵士たちは威圧するかのように、リベラルを睨み付けていた。中には、腰につけている剣を引き抜いてる者もいる始末だ。

 どうやら、リベラルの呪いが原因で、既に臨戦態勢に移ってるらしい。数が多すぎるせいで、逃げ場もない。戦いになれば、間違いなく殺されるだろう。

 

「この殺気…ヤバイぞアイツ…」

「こえぇ…何だあの化けも…あれ? 何か一瞬美人に見えたぞ?」

「バカ言うな。あの恐ろしい眼を見てみろ…あれは血に飢えた獣の眼だぞ」

「それより、アトーフェ様はどこにいるんだ?」

「今こっちに来てるらしい」

 

 この時代でも、割りとアットホームなようで、兵士たちはワイワイとざわついていた。だが、リベラルはそんなことどうでもよかった。内心では、この危機をどう乗り越えればいいのか、頭をフル回転させていた。

 このまま進めば、リベラルは契約を結ばされて、無理矢理アトーフェラトーフェの親衛隊に入隊させられるだろう。もしくは、このまま殺されるか。

 前者ならば、いずれ状況が打開される可能性は高い。リベラルは曲がりなりにも魔龍王の娘なのだ。ラプラスが黙っていないだろう。

 呪いのせいで後者になってしまえば、諦めるしかない。ジ・エンドだ。

 

「貴様ら、少し黙らんか」

 

 と、そこで、一人の兵士が周りの兵士を一喝し、黙らせた。彼はそのままリベラルへと歩み寄ると、兜を外す。中身は灰色の髪をした、彫りの深い歴戦の戦士といった感じの老人だ。

 彼はリベラルの目の前に来ると、頭を下げた。

 

「恐ろしき御方よ…我々は貴方と敵対するつもりは御座いません。どうか、そこにいるキシリカ様を引き渡して下さりませんか? 自分には孫がいるのですが…再び顔を見るまで、こんなところで死ぬわけにはいかないのです」

 

 呪いの影響を受けているだろうに、柔和な笑みを作り、なるべくリベラルを刺激しないようにしている。その姿勢は、とても真摯であった。

 リベラルは、いつの間にか背中にしがみついている、キシリカへと視線を向けてしまう。

 

「そ、そんな奴の言葉を聞くでない! アトーフェは話の通じる奴ではないぞ!」

「…………」

 

 そんなにもアトーフェラトーフェの元に行きたくないのか、必死になるキシリカ。リベラルとしても、不死魔王と話し合いをするつもりはない。だって、まともな会話が出来ると思ってないし。

 正直、この状況はキシリカの自業自得なので、素直に引き渡すべきだろう。それに、アトーフェラトーフェが現れる前に、早急にこの場から立ち去る必要があるのだ。

 リベラルは、キシリカへと笑みを向けた。

 

「キシリカ様」

「な、なんじゃ」

「思えば、貴方と出会ってからはや数百年…いつも飯ばかりたかってきましたね」

「何を言っておるのじゃ! 妾とお主はさっき出会ったばかりじゃろう!」

「私はもう疲れました…こんなにも尽くしてるのに、キシリカ様は私を見てくれないのですから…」

「そ、そうか…それが貴様の望みなのじゃな!? 分かった! これからはリベラルだけを見る! だから…妾を引き渡さないで欲しいのじゃ!」

 

 あまりにも意味不明なリベラルの発言に、キシリカは必死についてきて何とか難を逃れようとする。だが、リベラルは彼女の肩に手を置く。

 

「まぁ、冗談はここまでにしまして」

「ほへぇ?」

「どうぞ、新鮮な幼女です」

 

 そして、ポイッと、キシリカを目の前に放り投げた。

 

「こ、こんの薄情ものめぇぇぇぇ!!」

 

 腹が減ったと言ってる割には、未だに元気そうなキシリカ。彼女は「グルルルル!」と唸り声を上げ、リベラルに襲い掛かろうとするも、あえなく兵士たちに拘束される。

 しかし、既にリベラルには関係のない話だ。むしろ、人として正しい行動と言えよう。

 

「ありがとうございます。これで、アトーフェ様も怒りを鎮めて頂けるでしょう。孫とまた再会出来そうです…」

「それはよかったです。では、私はこれにて……」

 

 とにかく、キシリカを引き渡した以上、リベラルはもうここに用はない。早急に立ち去ろうと、手短に返事をしたリベラルであったが、

 

「ムーア! キシリカのアホを捕まえたと聞いたぞ!」

 

 そこに、女の声が響き渡る。

 時間切れだ。

 とうとう、魔王が現れてしまったのだ。

 

「アトーフェ様。はい、こちらに」

「キシリカ…よくもオレの親父の酒を呑んでくれたなぁ?」

 

 青色の肌。白い髪。

 赤い目。コウモリのような翼。

 そして額から突き出る、一本の太い角。

 服装は兵士たちと同じ、黒鎧。だが、まだあまり使われていないのか、汚れや傷は、それほど見当たらなかった。

 

「アトーフェ…妾が呑んだのはほんのちょっとだろう! 妾は何も悪いことをしとらんぞ!」

「うるっせぇ! ほんのちょっとだろうがテメェが呑んだせいで酒が見付からないんだぞ! どこに隠しやがった!」

「ちゃんと元の場所に戻したわ!」

「なかったからオレがここにいるんだろうが! 訳の分からんことを言うな!」

 

 二人は言い争いをし、リベラルに意識を向けていなかった。なので、彼女はそっとこの場から立ち去ろうとしたのだが、

 

「待てお前!」

 

 何故かアトーフェラトーフェに呼び止められ、逃走に失敗する。

 

「その面構え…その出立ち…そして今にもオレを殺さんとする殺気…よしっ! 合格だ! 貴様には我が親衛隊に入る権利をやろう!」

「は?」

「知り合いが人族との戦争の準備を始めていてな! オレも使える兵士を集めてるのだ!」

 

 要は、リベラルをスカウトしているらしい。後々起こる戦争のために、戦力が欲しくて。

 

「中にいた奴らは貧弱だったが…貴様はそんなことなさそうだ! 名を名乗れ!」

「リ、リベラルです」

「オレは不死魔王アトーフェラトーフェだ!」

 

 ドガッと、からだを殴り付けられたかのような感覚。

 ラプラスが刃物のような鋭い殺気だとすれば、アトーフェラトーフェは鈍器のような重たい殺気だ。

 質の違う殺気を前にして、リベラルは思わず名前を答えてしまった。

 

「貴様には我が親衛隊に入る権利をやろう! どうだ、嬉しいだろう!」

 

 先ほど言った台詞を忘れたのか、再び同じことを言うアトーフェラトーフェ。だが、リベラルはそのことに、突っ込む余裕もない。

 

「け、結構です!」

「なんでだ!」

「戦いが嫌いだからです!」

「なんだと! 何故だ!」

 

 この流れは不味い。

 

 漠然とそう思いながら、リベラルは何とか親衛隊に入らないように会話を進めていこうとする。だが、考えることに必死で、アトーフェラトーフェに会話が通じないことを忘れていた。

 

「痛いのは嫌ですし、危ない目に遭うのも嫌だからです!」

「なんでだ!」

「いえ、だって…え? そのままの意味なのですが…」

「訳の分からんことを言うな! ちゃんと説明しろ!」

 

 ここまで会話が噛み合わないことがあるのだろうか。リベラルはそう思わずにいられなかった。

 

「えっと…つまり、死にたくないってことです!」

「安心しろ! 親衛隊に入ればオレが少しくらい鍛えてやろう!」

「いえ、だから戦いが嫌いなんです」

「なんだと! 何故だ!」

「痛いのも危ない目に遭うのもごめんだからです!」

「なんでだ! その程度気にすることはないだろ!」

 

 いつの間にか、二人の会話はループしていた。

 

「なに同じ話をしとるんじゃ。馬鹿じゃろ。アトーフェにまともな話などできるものか」

「オレは馬鹿じゃねぇ!」

 

 口を挟んできたキシリカに、アトーフェラトーフェは激昂する。

 

「それに貴様もだ! 生意気にもオレに殺気を向けてる癖に戦いが嫌いだと? オレを馬鹿にしてるのか! 馬鹿にしてるんだな!」

「むぎゃ!」

 

 殺気なんて向けてません。全力でそのことを否定したかったが、全てはリベラルの呪いが原因である。無駄になるだろう。

 キシリカに蹴りを入れてから、ズンズンと歩み寄って来るアトーフェラトーフェに、リベラルはもはや諦観の念を抱いた。周りの兵士たちも、特にそれを止めようとしてくれない。

 

(……ど、どうしましょう)

 

 『不死魔王』アトーフェラトーフェ。未来では、七大列強の下位陣と同等の強さを誇ることになる。だが、それはあくまで“未来”の話だ。

 今の彼女は、まだ北神カールマン・ライバックと結婚している訳でもないので、北神流を扱える訳でもない。それに、未来で台頭し始める第二次人魔大戦前なので、戦闘の経験値も少ないだろう。

 しかし、アトーフェラトーフェは『不死魔王』だ。受けたダメージを、体質だけで再生させる不死身の肉体を持つ。それだけでも、かなり驚異である。むしろ、その能力のお陰で、恐怖の象徴として伝わるのだ。

 

 ――勝てるだろうか?

 

 それは、実際に戦ってみなければ、分からないだろう。それに、例え倒せそうになったとしても、周りに兵士たちもいる。止められることは明白だ。

 やがて、アトーフェラトーフェはリベラルの目の前までやって来て、

 

「グルオオォォォオオ!!」

 

 

 ――巨大な赤竜が、咆哮と共に舞い降りた。

 

 

――――

 

 

 サレヤクトは、空からずっとリベラルを見守っていた。そして、彼の役割は、リベラルの窮地を救うことである。もしもの時に備え、近くを飛んでいたのはそのためだ。

 

「何だこいつは!」

 

 舞い降りたサレヤクトは、まず目の前にいたアトーフェラトーフェに突進し、彼女を吹き飛ばした。

 

「グアァァァァ!!」

「アトーフェ様!」

「てか何でこんな場所にレッドドラゴンがいるんだ!」

「しかもデカイし!」

「お前ら! 掛かれ!」

「お前行けよ!」

「いやお前が行けよ!」

 

 次に、周囲にいたワイワイと騒ぐ黒鎧の兵士たちを、尻尾で薙ぎ払う。彼らは、防ぐことも出来ずに直撃し、吹き飛ばされた。

 サレヤクトのたった二回だけの行動で、アトーフェラトーフェと親衛隊は、あっという間に壊滅状態になったのだ。圧倒的である。

 

「トカゲの分際でよくもやってくれたなぁ!」

 

 だが――アトーフェラトーフェは不死だ。

 もう傷を修復したのか、すぐさま目の前まで戻って来ていた。それに、親衛隊たちにも不死魔族が混じっているのか、ヨロヨロとゾンビのように立ち上がる。

 因みに、キシリカは尻尾に巻き込まれて気絶していた。

 

「サ、サレヤクト様…」

 

 リベラルの不安そうな呟きに、サレヤクトはチラリと視線を向ける。それから、今の内に逃げるようにと首を振った。

 その合図を受けたリベラルは、すぐさま逃走を選択する。彼女の力量では、サレヤクトの戦闘に合わせて戦うことなど出来ないだろう。巻き込まれて、先ほどの兵士たちのように、薙ぎ払われるのが落ちだ。

 

「ムーア! 奴を逃がすな!」

「ハッ!」

 

 アトーフェラトーフェの叫びに、ムーアは動く。走り出すリベラルに、彼は魔術を放とうとしていた。

 

「死せる大地にあまねく精霊たちよ! 我が呼びかけに答え、かの者を――」

乱魔(ディスタブ・マジック)!」

 

 リベラルが咄嗟に放ったのは、今はまだ世に作られていない未来の技術、乱魔(ディスタブ・マジック)。未来にて龍神ウルペンが作り出すこととなる、奥義のひとつだ。

 発動前の魔術に対し、対応した魔力を送ることで術の発動を阻害するもの。比較的単純な理論で成り立っていたからこそ、リベラルはこれを既に会得することが出来ていたのだ。

 

「なんだと!?」

 

 だが、そんな未知の術を受けたムーアにとっては、何が起きたのか理解出来ないだろう。

 

「くっ…全員、魔術を放て!」

「はっ!」

 

 しかし、そこから立ち直るのは早かった。自身が魔術を放てないことを悟ると、すぐさま周りの兵士に指示を出していたのだ。

 ムーアは優秀な指揮官と言えよう。魔術師としても、高位に位置するかも知れないだろう。だが、この場の相手は、リベラルだけではないのだ。彼は判断を誤った。

 

「むっ! いかん! 総員、防御を――」

 

 ムーアが指示を出し切る瞬間――彼らは巨大な炎に包まれた。

 アトーフェラトーフェだけでは、サレヤクトを抑えることが出来なかったのだ。彼のもたらしたブレスが、周囲の兵士たちに直撃したのである。

 

「ぎゃぁぁぁ!」

「ぐうぁぁ!」

「うおおぉぁぁぁ!」

 

 プスプスと異臭を放ちながら、黒焦げになって地に倒れ伏せる兵士たち。死んでない者もいるだろうが、リベラルが逃走を完了させるには、十分すぎる隙であった。

 

「この、トカゲ野郎がぁぁ!!」

 

 部下たちを灰燼に変えられたことに激昂したアトーフェラトーフェは、持っている大剣を構えながら、サレヤクトへと立ち向かう。

 その様は、魔王である彼女には皮肉なことに、まるで巨悪に立ち向かう勇者にも見えた。

 

 

――――

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

 ひたすら走り続けていたリベラルは、森の開けた位置まで戻って来ていた。

 あの様子であれば、サレヤクトは恐らく負けないだろう。アトーフェラトーフェは倒せないかも知れないが、機を見計らい、適当なタイミングで戦闘から離脱することは明らかだ。

 もう、安心しても大丈夫だろう。そう思い、リベラルは肩の力を抜いた。

 

「ここは…あの盗賊たちがいた場所ですか…」

 

 ふと、地面へと目を向ければ、そこには血溜りの跡があった。どうやら、男たちの死体は魔物が食ってしまったのか、はたまたアンデット化したかの、どちらかだろう。

 悪いことをしてしまったな、とリベラルは思い、静かに黙祷を捧げる。

 

 それから、ラプラスが帰って来るのを待つため、最初にこの地に降り立った場所に向かおうとし、

 

「…………」

 

 足を止めた。リベラルは、気付いてしまったのだ。今、この場には自分しかいないという事実に。

 ラプラスは言わずもがな、街へと買い物に行ってるのでいない。サレヤクトは、アトーフェラトーフェたちの相手をまだしていると思うので、間違いなくいないだろう。

 

「…別に、大差ないですよね」

 

 それに、もうひとつ気付いたのだ。

 

 リベラルは、アトーフェラトーフェが親衛隊への勧誘をした時に、断った。理由は単純なもので、戦いたくないからだ。だが、このままラプラスの元へと戻れば、遅かれ早かれ戦うことが宿命付けられる

 それに、アトーフェラトーフェは「親衛隊に入ればオレが少しくらい鍛えてやろう」と勧誘していたが、『少しくらい』とも言っていたのだ。もしかしたら、今の時代ではまだ、あまり兵士たちを鍛えてないのかも知れない。

 とは言え、無理矢理アトーフェラトーフェと契約させられ、死ぬまで一生彼女の元で働かせられるかもしれないだろう。だが、どのみち、ラプラスの元にいても、未来が宿命付いてるのだ。未来を縛り付けられている。無理矢理契約を結ばされてるのと、差ほど変わらない。

 それに、龍鳴山で鍛練をするのは、もう懲り懲りだったのだ。

 

 リベラルは気付いた。

 アトーフェラトーフェもラプラスも、そう大差がないことに。

 

「……帰りたく、ないな」

 

 ポツリと、そんな思いが溢れ落ちる。

 一言溢れれば、その心が止めどなく溢れて、抑えられなくなった。

 

「そうですよ…元々はラプラス様は一人で戦って行くのですから…」

 

 そう、元々リベラルという存在は、異分子だ。

 彼女がいないところで、未来に影響は及ばない。

 

「私がいなくても…何の問題もないのでは…?」

 

 だからこそ、リベラルの心は揺れ動いた。

 

「……ちょっとくらい…家に帰らなくていいですよね? ちょっとした家出とそう変わりませんから…」

 

 リベラルはまるで言い訳するかのように、誰ともなしに言葉を呟く。そして、その足は、別の方角へと向いていた。

 

「そう…ちょっとだけですから…」

 

 フラリフラリと、リベラルはあてもなく歩いて行く。彼女を止めるものは、この場にはいない。リベラルの意思は、完全に片寄っていた。もう、溢れた思いは止められない。

 やがて、リベラルの姿は見えなくなる。この場から完全に立ち去り、ラプラスと合流することなく消えた。

 

 

 それから、しばらく経ってから戻って来たラプラスは、リベラルを待ち続ける。

 己の娘の呪いを抑える魔道具を手にし、喜んでくれる姿を想像して。普段はあまり見せぬ、柔らかい笑みを浮かべて。

 

 サレヤクトが現れるまで、ずっと…。

 

 

――――

 

 

 その日、リベラルは夢を見た。

 

 そこは、不思議な場所であった。

 真っ白い空間だ。

 何もない空間だ。

 彼女自身も、すぐに夢だと気付いた。

 

「やあ、初めましてかな。こんにちは。リベラルちゃん」

 

 そこに、奴はいた。

 のっぺりとした白い顔で、にこやかに笑っている。

 しかし、モザイクが掛かっているかのように、その顔を記憶することが出来ない。

 

「知っていると思うけど、僕は人神(ヒトガミ)さ」

 

 気さくすぎるぐらい気さくに、彼は片手を上げて、

 

「そして、君の味方だよ」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべ、そう言ったのだ。




※どうでもいい補足。
アトーフェラトーフェの酒を飲んだのはキシリカですが、彼女は全てを飲んでません。
その後に現れたバーディガーディが酒を全部飲み干して、キシリカに罪を擦り付けたのです。この頃のバーディガーディは、眼鏡を掛けたインテリアなのだった。

という設定にしてみた。どうでもいいだろうけど。

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